令和六年、元旦。謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
という今年最初の記事にそれらしい写真を載せてみましたが、すみませんこれは去年の3月11日に撮影したものです。昨年は19時まで通常勤務で、帰ってきてからお雑煮の汁の仕込みをしたりなんだりかんだりで……紅白を見ながら日本酒を飲んで、11時55分くらいに居眠りして、気が付いたら0時11分でした。これじゃ起きていても仕方がないので寝ようと思って布団に入った感じなので、完全に明けきってから起き出した次第です。
そして今日が私の2024年仕事始めです。仙台市内の商店が軒並み休業するような状況でも、私はいつも通り頑張ります!
なお、どの日の夢を初夢というのかわかりませんが、今年初めて見た夢は「家族の前でスカートを履いて過ごす夢」でした(実際はまだしていない)。男性として着る服には無頓着で、同じ服を何年も着続けていたのですが、女性としての服を選ぶ時は本当に色々考えます。特に、色の組み合わせでこんなに印象が変わるのか! と……これまで未開拓だった領域なので……。いやはや、洋服に迷ったりクローゼットに服が山積したりするのも理解できます。
このジャケットも、1月末で閉店することが決まった泉中央駅前の『アリオ』の中にある婦人服店で買い求めたものなんですが、これ、「左前」なんですよね。ボタンをつける時に全然違和感なく出来ちゃったので、いつも着ていたコートも含めて「私はもう女性用の服をずっと身につけていたのか!」と混乱してしまいましたが……そういうデザインなのですね最近はね。右前とか左前とか、そんなこと、どうでもいいんでしょうね。なんか安心しました。
あと、このリボンは……昔から時々身につけていたんですが、今回こうしてアクセントの一部として飾ってみました。私が通っていた高校の、女子生徒が着るブレザーの胸元を飾っていたものなんですが……それを先輩から譲り受けて、ずっと大切にしまっていたもので……その頃は自分がこうして女の子の格好をして街を歩くことなんて(想像はしても、そんな勇気がなくて)できなくて、ずっとしまい込んでいたのですが……とうとう自分なりに、みんなに見てもらえる形で身につけることができました。今回は単純に胸の前で蝶結びにしただけなのですが、Youtubeで「綺麗なリボンの結び方」みたいなのを見て試してみたらグッと「それらしく」なったので、今度はもう少しちゃんとした形の写真を撮ります!
ロングも1枚。27㎝のパンプスとかブーツとかはなかなか売っていないのでGUで買ったユニセックスのキャンバススニーカーを……そして帽子はドンキで見つけたベレー帽をかぶってみました。メイクはしないですが、とにかく全身レディース(一部ユニセックス)のコーデで街を歩くのは、まさに自分の心が解放された気分で……とても楽しいです。
本格的な正月休みは明日明後日なので、また改めて書きますが、とりあえず今年はこんな感じで私の中のアニマを大切にしながら、ヘルマフロディトス的な生き方を充実させていきたいと思います。
本年もよろしくお願いいたします!
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大晦日なので「今年を振り返って……」的なことをまとめてみようかと思います。ただブログを本格的に再開する以前はTwitterを主戦場として立ち回りをしてきたので、その瞬間瞬間で発散して手元に残っていないんですよね。それでも非公開の日記は毎日つけていたので、ちゃんと何があったのかは書いているのですが……それを全部書くと原稿用紙400枚分くらいの分量になるので、いま思い出して印象的なことを書いていきます。すでにアップロードしているものではありますが、それらを全部振り返って史上最大レベルの情報量でお送りします!
「春」 編
3月19日 - メディフェスせんだい2023に参戦!
観客として参加したのですが、最後にちょっとだけ感想を言わせていただきました。この時から『市民メディア』という言葉を意識し、アチコチ出掛けてそこで写真を撮って発信するという活動をしてきました。また、ローカルとか障害者とかトランスジェンダーとかメタバースとか……私は別に壁を作っていたつもりはありませんが、「当事者からの発信」をこうして受信するのは初めてだったので……本当に素晴らしい機会でした。私自身もこの時公式にADHDでASDであることを告白。そして蘭茶みすみさんの大ファンになって、こんな記事を書いたりしていました。
【聴いてみた】蘭茶みすみ5周年ミニアルバム【書いてみた】
【めためた】蘭茶みすみライブおぼえがき【ライブ】
この時にお目にかかった「つーさん」サンと「蘭茶みすみ」サンには、本当に勇気をもらいました。私の心の中にあった……でも、変なことだと思って押し込めて隠していた気持ちを、こうして表現できるようになったのは……本当に皆さんのおかげです。
「夏」編
8月29日 由良ゆらら~列島横断!? ロングロングツーリング!
夏はアイドルのライブに行ってみたりなんだりかんだり(仙台弁)と、市民メディア『佐藤非常口@仙台』としてバリバリ活動していましたが、真夏のロングツーリングも行ってきました。去年は海沿いの道路をひたすら南下して福島県いわき市に行ったのですが、今年は西海岸を目指して走ってきました。山形県は今年初めて行ったのですが……そして、途中「自動車専用道路」をそれと知らずに走ってしまったのですが(時効でしょうがゴメンナサイ!)……その名に高い由良海岸へ。さらに出羽三山のひとつ「月山」も行ってきました。本来であればそれぞれ別な日に行こうかと思っていたのですが……とにかく山形の行ってみたいところ1位2位を一気に攻略してしまった次第です。じつに、じつにエキサイティングな日帰りロングツーリングでした。長いか短いかは私が決めます!
「秋」編
この頃、SNSの速さについていけなくなり、泣きながらブログに戻ってきた私。毎日3000字級の記事を連投し、自分のことを爆裂大解放……みっちり書きまくっているのですが、重要なイベントを上げるとすると、こんな感じでしょうか。
せんだい21アンデパンダン展
結構泣きべそみたいな気持ちで行ったのですが、これは大きな転機でした。むしろ時間が経つほどに体験がよみがえってきて、何度も何度も……この時に吹き込んで来た新風、「自由と独立の精神」というのは現在の私、そして未来の私を貫く理念となりました。この気持ちを、倒れるまで続けていきたい……。
他にも多くの美術展に参加しました。
Rimoさんの個展のこと
仙台写真月間のこと
「植物のある風景展」のこと
亀井桃さんのこと
そして私のもっとも好きなお三方「ユ、六萠」さん「ペロンミ」さん「門眞妙」さん……
特集記事 その1
特集記事 その2
……なお門眞さんには、ペロンミさんの個展を見に行った時に再びお会いしてご挨拶をさせていただくことができました。「またお会いできて嬉しいです」と、気恥しくなるような正直な言葉をお伝えして……でも、それが伝えられたことがとても幸せです……。
「冬」編
12月もさまざまなイベントに参加しました。
ブックハンターセンダイに行ってきました。
これまで美術系の方面を開拓していたのですが、ここで文芸系の開拓が進みました。やはりこうしてアナログ的な出会いが良いですね。その後もあえて検索せず、自分のなかでイメージをどんどん膨らませる……私の空想力は狂人レベルなので、もうちょっとまとまったら気持ちを伝えたいと思います。
サブカルチャー合唱団演奏会に行ってきました。
美術、文芸と来て今度は音楽イベント。これまでもアイドルやシンガーソングライターのライブに行っていましたが、ブログ再開後に行って、記事がある程度まとまっていて……それを押し付けられる方はどう思うかわかりませんが……ともかく私の「狂人解放治療」はこのあたりで目的を果たしたと言っていいかもしれません。
二人展「Destiny」のこと
秋保の杜美術館のこと・1「ドール展」
秋保の杜美術館のこと・2「越後しのさん」
秋保の杜美術館のこと・3「みひろさんの個展」
秋保の杜美術館のこと・4「高校生の皆さんの映像作品」
全部まとめて振り返ると、ものすごいことになりました。この辺りになると、ひとつひとつ濃厚な感想を述べているので、いま改めて振り返って書くことはありません。やっぱりこうして文章に起こすことで、自分のものになるんですねえ。小賢しいSNSの投稿なんて吹き飛んでしまいます。
*
これらの外部要因に対して、内的体験として多く読書をしました(昨日の記事をご覧ください)。元々読んだ本のタイトルと日付くらいはメモしていたのですが、途中から感想をメモするようになって……ブログを再開してからは、ご覧の通りとてつもない分量の記事を書くようになりました。
そして――
12月21日 『私の両性具有願望とその証明について』
着たい服を着て、生きたいように生きてみたい! 私はアニマとともに生きていく!……3月からずっと心の中で温め、大切に育ててきた気持ちがとうとう開花しました。既に私の精神はアニマとしっかり手を取り合っています。もう後戻りはできません。
ただ、この記事でも書いている通り、私は自分が「精神的に完全な女性」すなわちトランスジェンダーにはなれないようです……つーさんサンやみすみんサンのようになりたいという気持ちはあるのですが……男性としても女性としても中途半端な私は、「生存させて置いてはならない」人間なのか……。
とはいえ、これに関してはあまり悩んでいません。ここで河合隼雄先生が述べているこの言葉を引用させていただきます(引用元で傍点があるところは下線で代用しています)。
……二分法的な思考法は極めて便利で有効であるが、随分と無理をしているものだ。……自然科学における二分法に加えて、人間を考えるときにも二分法が出てくる。そして、たとえば「男らしい」、「女らしい」などという分類ができる。それによって「秩序」ができる。それは便利であるし、時には、それは正しいとさえ感じられる。しかし、多くの場合、その秩序を支えてゆくための無理が何らかの犠牲を要求する場合が多い。しかし、そのような「秩序」を全員が受け入れているときは、それを犠牲として意識されることさえない。
(『とりかへばや、男と女』)
私も矢川澄子さんの文章を最初に説明する時に「女らしい」と書きました。そう、「男らしさ」「女らしさ」という言葉で説明するのは便利なんです。でも、私の中にある「女らしさ」が大きくなるにつれて、
「男らしいとか女らしいという言葉は、その範囲から外れることをすると、男のくせにとか女性ながらとかという考え方になるのではないか?」
そう思ったのです。
理窟ではわかりますよ。個性とか多様性とかジェンダー不平等とか、色んな言葉があります。ただ、メディフェスを経験したうえで見えてきたものは、そういった理窟ではなく、無意識レベルで刻み込まれた「男らしさ、女らしさ」の呪縛であると私は直感しています。私自身、この呪縛に囚われています。
そんな悩みがよぎった時は、このイラストを眺めます。
男らしいか女らしいかは私が決めることじゃないし、私を含めて、そんなものに縛られるべきではありません。それによって生きづらさを感じるようなことがあるなら、なおさらそうです。
自分の心を守るために何でもする。それは当然のことでしょう?
誰だって『在りたい私』を守り、そのままで生きていけるように。
異論は受け付けません。
「在りたい私」は私が決めるんです!
そしてこの格好でキラッキラのイルミネーションを眺めるというシンデレラの夢を演じてみたのでした……。
SNSに復帰するのは来年3月19日の予定です。もちろんその後もブログは続ける予定です。あくまでここが私のホームですから。ただ容量がそろそろ限界に近付いているので、その点はどうしたらいいかな……なんて、ちょっと希望的な悩みもありますが、まあ自分のペースでね。実生活も文芸もアートも、大好きをおなか一杯食べて……
……こんな感じで復帰できるように頑張ります!
先日チフリグリさんに行った時に紹介して頂いたイベント『仮囲いの中のアート市』に行ってきました。場所は仙台駅に隣接するAER(アエル)の2階にある特設ブースです。つまり仮囲いです。
今月はアートと名がつく場所に次々と足を運んでは何かしらお迎えしてばかりですが、今回はもう「市」とうたっていますからね。私もそのつもりである程度の現金を用意して行ってきました。いざ突撃~!
……会場の中の雰囲気は、写真を撮っていいのかどうかわからないので言葉で紹介させていただきます。展示作品としてはポストカードに食器、ろうそく、大きめの絵画、家具、革のバッグやお財布など……アートという大きな囲いの中で心ときめくものがいっぱいありました。
その中で私が最初に手に取ったのは画家「永田かのん」さんの絵でした。これは実際に私が購入したポストカードの画像です。これは透明水彩で描かれたもので、淡くて優しげな雰囲気が気に入りました。……ということを、会場にいらっしゃった永田さんご本人にお伝えしようとしたのですが、まさかいらっしゃるとは思わず「美術:2」のダメっぷりを発揮。何とも拙い言葉しか出て来ず……それでも! それでも絵柄が気に入ったこと、インコも猫も好きなことはお伝えしました。ポストカード2枚購入しました。とても良い記念でした。
こちらは幾何学えかき「あまの」さんの作品です。これと同じ図柄の原板(かなり大きなキャンパスに描かれたもの)がありましたが、さすがにそれをお迎えしても飾る場所がないのでポストカードで購入した次第です。色彩的には結構目に刺さるヴィヴィッドな印象ですが、それが整然とした幾何学模様で描かれているので妙に整然としていて、右脳と左脳が一歩も引かずに押し合いへし合う……実に刺激的な体験をさせていただきました。すっごく良いと思います! これを見るために期間中何度か足を運ぶかも。
そしてこちらはフジワラメグミさんによるハンドクラフトの小銭入れです。
昔、小岩井農場で買ったホースレザーの小銭入れを愛用していたのですが、それを紛失してしまって……とりあえずダイソーのビニールレザーの小銭入れを利用していたものの、「いつか、ちゃんとした革の小銭入れをまた買おう」と思っていたところにコレですよ。本物の革ということだけではなく、工芸作家の手によるクラフトとあれば、これ以上の逸品はありません。白い革の小銭入れとコレと、どっちにしようか悩んだのですが……確かに見た目は白い革の方が綺麗だしさわやかだし惹かれるのですが……最後に決め手となったのは「手触り」でした。実際に触った時の感触という点ではこの茶色の革の小銭入れに勝るものはなく……普段使いとしてたくさん手にすることを考え、こちらをお迎えしました。過去のいつかは今日来たんです!
*
ま、そんなわけでアートに実用品にと、今回も色々お迎えしてしまいました……。
他にもスニーカーや帽子に腕時計など、スカートコーデにもパンツルックにも合わせやすいユニセックスなものも購入したし、本当、買い物してばっかりです。でも、別に高級ブランドっていう訳じゃないですよ。スニーカーとかはGUで値下げされたものばかりだし。革の小銭入れだって、そんなに極端に高いものじゃないし。いつだって大切なのは気持ちです。
そんなわけで、今日は良い一日でした。買い物をしなくても、色々と見て回ったり、作家の人とお話ししたり……とっても楽しいイベントです。1月9日まで開催中です! 誰が見るともしれませんが、とにかく告知しておきます!
さて、クリスマスも終わって、いよいよ年末年始モードも本格化するか……という今日この頃ですが、ちょっと心が温かくなる出来事があったので書きます。
というのは、遠く北海道は函館から速達でお手紙が届いたんですね。差出人は、私の弟が函館の大学に通っていた頃懇意にしてもらった方で、毎年年賀状やクリスマスカードの交換をしているんですが……今年は色々あって忘れていました。これをもらって思い出したという感じです。
素敵なプレゼントを頂きました。スーパーでコツコツ買い集めたチキンとかピザとかワインとかケーキとかでソロクリスマスを満喫しようと思っていたのですが、こうした心の温かくなるプレゼントを頂けて……本当に嬉しいです。
私自身も学生の頃、新聞の「文通相手募集」のコーナーを見て遠く離れた女の子に手紙をだし、やり取りをかわしたことがあるくらい手紙好きなんですが、今年は文芸関係でも手紙の話について触れたことがありましたね。
「文体。」(三島由紀夫の手紙について)
「書本。」(森茉莉/早川茉莉さんの手紙について)
何せ手紙というのは気持ちがこもります。さらに手元に置いといて、時々読み返すことができます。手に取れる形で相手の気持ちがあるというのは嬉しいものです。そうして相手が手に取って読むことを思うと、便箋や封筒それにペンの太さや書きつけるインクの色なんかにも気を配りたくなります。私の勝手な楽しみかもしれませんが、文房具店でアレコレ見て回るのも楽しいです。
そういう人間なので、こないだ別な人に手紙を書きました。気持ちは目いっぱい込めましたが、あえてシンプルな横書き便箋と茶封筒で送りました。とにかく読んでもらえるように。……何だったら、読んでもらえなくてもいいんです。こうして手紙に書いて送る。勇気を出して手紙を出す。それだけで、ある意味こちらの行動は終わっているのですから。
……でも……読んでもらえたらいいなあ。私のヒーロー手帳(違)は無くなっちゃったけれど、気持ちはちゃんと書ききれたと思うので……。
メリークリスマス。
仙台市泉区にある七北田公園で開催されている「七北田公園イルミネーション&キャンドルナイト2023を見てきました。ちょっと早めに会場周辺について、しばらく図書館や周辺の百貨店で過ごしたりして、午後5時過ぎに出発です。
こないだとは違うスカートです。より可愛らしいデザインだと思って、同じショップで買いました。……ええ、いよいよ私もスカートデビューしました。この格好で図書館も百貨店もイベントも行ってきました。そして手持ちのアイテムを駆使して「ひとり自撮り写真」にもチャレンジしてみました。そんな一日のことを振り返ってみたいと思います。
*
今年で7回目を迎える同イベントは敷地内にある「都市緑化ホール」をメイン会場とし、サンルームに植栽しているベンジャミンなどに電飾を施すほか多種類のキャンドルも灯し、白と橙の幻想を演出する……というイベントです。さらに3年前からは、コロナ禍で奮闘する医療従事者に感謝の意を表すべく、公園の敷地内をブルーライトアップするという演出も行われております。今回「行ってみようか」と思ったのは、そのあたりの主旨に賛同したためです。ギリギリ歩いて行けるし、疲れたら地下鉄で帰ってくることもできるしね。
さあ、どうですかこの雰囲気! 残念ながら私のスマホの目をもってしてもその魅力をお伝えすることができないのですが、比較的マシな写真を選んでみました。あ、公式ホームページにはちゃんと綺麗に写った写真があるのでそれを参照してください。私は私で感想を書きますから。
昨日見た光のページェントは『仙台カラー』の二つ名を持つ電球色で非常に暖かみのある色合いなんですが、これは真逆ですね。寒色系オブ寒色系。それが辺り一面を支配しているので、白黒+青……生命がすべて凍り付いた世界に放り込まれたような気分です。完全に夜の世界ですね。今までこれほど徹底的に青く神秘的な世界を見たことがなかったので、ろくな言葉が出てこなくて申し訳ありません。いやはや、これは素晴らしいと思います!
あと、これも良く写っていますね。昨日の経験を踏まえて、光の反射具合とかも多少気にして写したので、みすみんサンも映えまくりです。みすみんサンならこういうのをメタバースの世界でやるんでしょうが、私はアナログハートなので……。
*
メイン会場『都市緑化ホール』の方に来ました。これまたすさまじい力の入り方ですね。気合いが違うんだな気合いが。シャンデリアがいくつもぶら下がった高級ホテルのロビーにも引けを取りません。中にはそれこそキラッキラがあふれかえった空間があり、そのオブジェの前に椅子が2脚か3脚ほど置かれておあつらえ向きの記念写真ブースがありましたが、ちょっと自撮りが難しそうなのでそこは見るだけにして……植物園コーナーに来ました。
キャン! ド! ル!……ということで、キャンドルの温かい橙の光にきらめく風景を撮影しました。自然の光というのは目にも優しいし、何とも落ち着きますよね。
*
これがイベント会場で撮ったセルフポートレートです。
鞄とかアウターとか、とにかくかさ上げして土台にできそうなものを全部積み重ねてその上にスマホを設置して、セルフタイマーで撮影しました。他の人の順番もあるのであまり取り直す暇はなく、これがパーフェクトであるとは思いませんが、割とよく頑張った方なんじゃないかなと。
そして、璃奈ちゃんボードならぬ「みすみんボード」です。もちろん私は蘭茶みすみさんのことが大好きな一ファンであって、私がみすみんサンではないのですが、ついにこうして一緒に写ることができたのかな……と。これもいまだにメタバースの世界に踏み出すことができないアナログハートたる私の愛情表現です。みすみんサン大好きです!
ちなみにこの日は服だけではなく、何やら可愛く見える? 女性向けのマスクを着用してお出かけしました。
具体的には「独自に研究した角度が鼻を高く見せる」「フェイスラインを美しく見せる」などの意匠が盛り込まれているようです。確かにこれを着用している時は、私のアラ(特に、笑うと頬に皺が寄ってしまうところ)が隠され、随分と印象が変わりました。世辞にも可愛いというわけではないし、そういうのを目指しているわけではないのですが、ええ……随分、良くなりました。
まあ、そうだとしても「眼」と「髪型」は男性の私のままなので、やっぱり自撮り写真を公開する時は璃奈ちゃんボードで行きたいと思います。表紙はこれから考えます。とりあえず今日はみすみんサンにヘルプして頂いたということで。
おまけ。これは屋外でフリースを着て、たすき掛けにショルダーバッグを下げている時に撮影したものなんですが、何となくスーツ&ネクタイにスカートを履いているように見えて、少々気に入っているのでこれも公開させていただきます。
*
と、こんな感じで素敵な一夜を過ごしてきました。
タイトルの『クリスマス・シンデレラ』というのは、『ハロウィン・シンデレラ』の続きという意味を込めています。あの小説も元ネタは私自身が思っていたことと、ハロウィンの夜に衣装(光沢生地のセーラー服風ワンピース!)を着て公園でセルフポートレートを撮った時の顛末をほぼそのまま書いているので、今回が2回目です。私が一夜限りのシンデレラを演じてみた、っていうことですね。
もっとも、2回目のシンデレラは魔法の力を借りて変身したわけではありません。すでに私は魔法を使わなくても自分で変身して表に出られるようになりました。これは私の普段着です。スカートでもパンツスタイルでもメンズコーデでもジェンダーレスファッションでも、私は着たい服を着て生きていきます。
私のアニマを解き放つ勇気を与えてくれた――そして『在りたい私』というものを探す知恵を与えてくれたみすみんサンこと蘭茶みすみさんに、ありったけの愛を込めて花束を。
メリークリスマス! みすみんサン!
メリークリスマス。
今日は11月に帰天した叔母の四九日なのであんまり賑やかに騒ぐ気分ではないのですが、皆様におかれましては良いクリスマスを過ごしていただきたく、このような記事を書かせていただきます。
何の記事かというと、ページェントですよページェント。冬の仙台を彩る『SENDAI光のページェント2023』のことです。昨日もちょこっと書きましたが、今日は他の写真も含めて大盛りで紹介したいと思います。
どうですか! この人と車と電飾の数と言ったら! このブログにアップロードできる画像のサイズ制限が2MBなのでだいぶん抑えていますが、とにかく物凄い綺麗です!
別にフォトジェニックな写真を撮ろうという気はさらさらなかったのですが(そんなのはご立派なデジイチを構えた人たちやSNSに精通し「バエル写真」の何たるかを知悉している若い人たちに任せます)、とにかく自分が見て感動した景色を記録し伝えるために写真を撮ってきました。それが1枚目のコレです。一番町四丁目商店街の入り口辺りで、それまでの両サイドにあった建物が消え、パノラマ的に景色が広がって……。
昨日稲垣足穂の本を一冊読了したからかもしれませんが、突然広い宇宙に放り出されたような、そんなきわめてロマンチックな感動が起こりました。去年は「憧れに初めて出会えた」感動がありましたが、今年はそんな天体嗜好症気味の感動があったのです。
中央の欅並木エリアにはハート形の電飾など「どうぞSNSでたくさんいいねがつくような記念写真が撮ってください」的なオブジェクトがありましたが、そんな人だかりに私のような心の淋しい暗い人間がひとり並んだところで余計に淋しさが増すだけだし、そもそも誰も写真を撮ってくれないし……ということで車道越しに「そんなのがあるんだなあ」程度に眺め、要所要所で適当に数枚撮影しました。
もちろん私が大好きな『蘭茶みすみ』さんとも一緒に写真を撮ってきました。別に機材があるわけでもなく、これを片手に持って一緒に写すという極めて原始的な方法で撮影したので「何枚か撮った中で、一番見られるもの」を出展させていただきます。これをフォトコンテストに出そうかな(しません)。仕事鞄にもプライベート鞄にも、出かける先には常にみすみんサンが一緒にいるのです。春夏秋冬全シーズン撮影したらいずれ一冊のフォトブックにしたいと思います。
そんな感じで滞在15分程度でパーッと見て数枚の写真を撮って帰ってきたのですが、クリスマスの電飾は定禅寺通りだけじゃないんです。仙台駅構内「東西自由通路」から駅近くの商店街「ハピナ名掛丁」から「クリスロード」を経て「一番町商店街」にいたるまで、それぞれ趣向を凝らしたルミナリエや装飾が施されていました。そんな記録写真を一気に公開します。
せーの、ドン!
(♪ テーッテレッテーテレッテー)←例の正解ファンファーレ
そんなわけで12月の夜の都会は右も左も電飾だらけです。皆様にとって、今日という日が素敵でありますように。
*
「ふぁーぜる・くりすます。御存じかな?」
「知ッテマスヨ、ハラサン。
Santa Claus ノコトデショウ」
「今夜、私、ふぁーぜるくりすます!
アハッ、アハッ、アハハハハ!」
メリークリスマス、ミスターローレンス。
今日は11月に帰天した叔母の四九日なのであんまり賑やかに騒ぐ気分ではないのですが、皆様におかれましては良いクリスマスを過ごしていただきたく、このような記事を書かせていただきます。
何の記事かというと、ページェントですよページェント。冬の仙台を彩る『SENDAI光のページェント2023』のことです。昨日もちょこっと書きましたが、今日は他の写真も含めて大盛りで紹介したいと思います。
どうですか! この人と車と電飾の数と言ったら! このブログにアップロードできる画像のサイズ制限が2MBなのでだいぶん抑えていますが、とにかく物凄い綺麗です!
別にフォトジェニックな写真を撮ろうという気はさらさらなかったのですが(そんなのはご立派なデジイチを構えた人たちやSNSに精通し「バエル写真」の何たるかを知悉している若い人たちに任せます)、とにかく自分が見て感動した景色を記録し伝えるために写真を撮ってきました。それが1枚目のコレです。一番町四丁目商店街の入り口辺りで、それまでの両サイドにあった建物が消え、パノラマ的に景色が広がって……。
昨日稲垣足穂の本を一冊読了したからかもしれませんが、突然広い宇宙に放り出されたような、そんなきわめてロマンチックな感動が起こりました。去年は「憧れに初めて出会えた」感動がありましたが、今年はそんな天体嗜好症気味の感動があったのです。
中央の欅並木エリアにはハート形の電飾など「どうぞSNSでたくさんいいねがつくような記念写真が撮ってください」的なオブジェクトがありましたが、そんな人だかりに私のような心の淋しい暗い人間がひとり並んだところで余計に淋しさが増すだけだし、そもそも誰も写真を撮ってくれないし……ということで車道越しに「そんなのがあるんだなあ」程度に眺め、要所要所で適当に数枚撮影しました。
もちろん私が大好きな『蘭茶みすみ』さんとも一緒に写真を撮ってきました。別に機材があるわけでもなく、これを片手に持って一緒に写すという極めて原始的な方法で撮影したので「何枚か撮った中で、一番見られるもの」を出展させていただきます。これをフォトコンテストに出そうかな(しません)。仕事鞄にもプライベート鞄にも、出かける先には常にみすみんサンが一緒にいるのです。春夏秋冬全シーズン撮影したらいずれ一冊のフォトブックにしたいと思います。
そんな感じで滞在15分程度でパーッと見て数枚の写真を撮って帰ってきたのですが、クリスマスの電飾は定禅寺通りだけじゃないんです。仙台駅構内「東西自由通路」から駅近くの商店街「ハピナ名掛丁」から「クリスロード」を経て「一番町商店街」にいたるまで、それぞれ趣向を凝らしたルミナリエや装飾が施されていました。そんな記録写真を一気に公開します。
せーの、ドン!
(♪ テーッテレッテーテレッテー)←例の正解ファンファーレ
そんなわけで12月の夜の都会は右も左も電飾だらけです。皆様にとって、今日という日が素敵でありますように。
*
「ふぁーぜる・くりすます。御存じかな?」
「知ッテマスヨ、ハラサン。
Santa Claus ノコトデショウ」
「今夜、私、ふぁーぜるくりすます!
アハッ、アハッ、アハハハハ!」
メリークリスマス、ミスターローレンス。
今年に入ってから読んだ矢川澄子さんの本のまとめです。
04-07 『矢川澄子ベスト・エッセイ 妹たちへ』
10-28 『おにいちゃん 回想の澁澤龍彦』
11-07 『ユリイカ臨時増刊 矢川澄子 不滅の少女』
12-04 『いづくへか』
12-11 『兎とよばれた女』
12-13 『失われた庭』
12-15 『反少女の灰皿』
12-17 『受胎告知』
これで本当に、矢川澄子さんは一段落かな。大体、手に入るような本は全て読めた気がします。もちろん何度だって読み返したくなったら読めばいいんですけど、兎年に矢川澄子さんの本をたくさん読んだというのは、良い記念になった気がします。
もちろんただ「読んだ」という記録をもって満足するというわけではありません。矢川澄子さんの本を書いたものを通じて、トランスジェンダーの方とも少し違う私の性自認が全く私だけの独りよがりではないことに気づけたのは、発達障がい者の私にとって大きな心の成長につながりました。
心の問題、性自認の問題というのは、私にとって最も重大なテーマです。まだまだきちんと整理しきれていない部分があります。ただ、以下の点については確信を得ています。
・私の心は男性原理で完全な女性(トランスジェンダー)になることはできない
・それでも心の中にある女性らしさ(アニマ)があり、それを大切にしたい
・お話を書く時に性転換して女性らしく生きることは不可能ではないしおかしなことはない
・私は私の中のアニマを隠さずに、手を携えて生きていきたい
もとより肉体的な性別によらず人間の心は曖昧なものであり、社会通念上男女の区別がされたとしても、その人の性自認は肉体の性別によって決まるものではない。特に、それによって差別や中傷を受け、生きづらさや苦しみを感じるようなことは決して許されない。
私自身元々そういう心を持っていたのですが、今年の3月以来、トランスジェンダーの人たちに対する理解と共感がものすごい勢いで高まっていました。その感情的な要素が、矢川澄子さんの文章をたくさん読むことで理性的にも強化され、いよいよ結実しようかというところまで来ました。
アニマとの和解。ヘルマフロディトス願望。これまでも何度か「ジェンダーレスファッション」としてレディースパンツスタイルで外出することはありましたが(というか実は最近それがデフォルト)、このたびついにスカートとトップスを買いました。とにかく初めて着用したのでコーディネートも何もあったものじゃないのですが、記念として、そして『在りたい私』の形の証明として写真を公開することにします。
といっても、先述したようにこの点についてはまだまだ固まっていません。まだこの格好で外出したことないし、なかなかそういう勇気もないし。あくまで最初の1枚です。
これを一つの過程として、この後また別な形で自撮り写真公開するのか……やがてこの格好で街を歩き、お外で撮影した写真を公開するのか……それは今の時点ではわかりません。
ただ、どんな形であれ、今の私はやりたいことがたくさんあります。たくさん出掛けたいし、たくさん会いたいし、たくさん楽しいことを経験したい。
まだまだ生きていたいです。心からそう思います。あと、私はLGBTQの方たちとともに生きていく社会を望んでいます。私はどうしても当事者になることができませんが、可能な限り精神的に寄り添いたいと思っています。LGBTQとか性的マイノリティって言葉も死語になるくらい、当たり前にその人の『在りたい私』を認められるような社会が理想ですね。……そうならないにしても、私の気持ちは変わりませんが。
風邪をひきました。睡眠時無呼吸症候群なので口呼吸して口の中が渇いて夜中に目が覚めることがあるのですが、先日は口どころか喉の方までカラカラに干上がってゴホンゴホンと咳が出る有様でした。そのあと頭が重たかったり熱っぽかったりと体調不良に苦しめられる有様です。
やはり20代の頃のようにはいきません。かつては多少体調が悪くても「こんなところで休んじゃいられない」「頑張らなくちゃ」と思って仕事とか日常生活を押し通していたら、そのうち風邪の方があきれてどこかに行っちゃうという強引な方式で切り抜けていたのですが……だんだんそういう無理が通らなくなってきたような気がします。
これを衰えたというのか。確かにその通りですが、いつまでも若いつもりでいようというのが四諦八苦の真理に逆らうものです。無理が利かないならそれなりに健康に気を遣って、一日一日を良い日にしていきたいと思います。20代の頃と40代の頃で色々違うのは当たり前なのです。
このところは神経症めいたことばかり書いていましたが、今日はちょっと力を抜いて、日記めいたことを書いてみたいと思います。
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔があるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。(梶井基次郎 『檸檬』)
そんな状況なので昨日は帰ってきて着替えてすぐに寝てしまいました。年間350日以上飲酒する私ではありますが、さすがに酒を飲む気にはなれませんでした。入浴することさえままならず、菓子パンだけ食べて就寝。もはやどうしようもありません。
それでも今日は休日で、出かける用事もあり、こうしてブログを書きながら「……」ちょっと気になったので、ちゃんとシャワーを使いました。そうしたところ気力が回復して、この記事の内容もいくらか明るいものとなりました。さらにこの後、いつも通り朝ごはんも食べたし。体力的にもまずまず回復してきました。
天気は悪いんですが、元気出していきましょう。エーザイ。
7:41 追記:日記の公開順序が前後してしまいましたが、「出かける用事」というのはチフリグリさんにカレンダーを買いに行くことでした。今日はこれから仕事です。がんばります!
昨日は朝から雨ふりで、なおかつ体調もちょっと良くないという有様でしたが、イベントに行ける日にちは今日しかなかったので、宮城野区五輪の「ギャラリーチフリグリ」に行ってきました。このように雨でみすぼらしい感じになっていますが、来年2024年のカレンダーを買ってきたのです。
*
シフト勤務の仕事を始めてから十数年来、1か月の勤務表をそのまま壁に貼り付けてカレンダー代わりにしてましたからね。そのシフト表だってころころ変わるし、予定も組みようがありません。大体スマホなりパソコンなり、そういったもので見たい時には見られるし。
と、初っ端からカレンダー不要論を書いてどうするんだと憤慨される向きもあろうかと思いますが、それでも毎年何かしらカレンダーは買っています。それは1年をお気に入りの人物とかアニメとか車とかオートバイとか犬とか猫とか……まあ何でもいいんですが、いわゆるお気に入りと一緒に過ごすためのアイテムだからです。よく、言い訳程度に小さな文字で2か月分の数字が印刷された代物がありますが、まあそんな感じです。
最初にそういうものを意識したのは、私の兄が自分の部屋に『魔法騎士レイアース』のカレンダーを飾っていたのを見た時でした。当時中学生で可愛い女の子の漫画やアニメが大好きだったので、私もと言って翌96年の卓上カレンダーを購入。原作版とアニメ版の違いこそありましたが、色々辛いことがあっても『レイアース』のキャラクターのおかげで乗り切ることができました。
ある年には、部屋に3種もカレンダーを飾っていました。「尾崎豊」「奥菜恵」「夏目雅子」……ちょうどこの頃キヤノンのCMで夏目雅子さんの写真が使われ、写真集なんかも復刊されて、ちょっとしたブームがあったのですが、その勢いで買っちゃいました。要するに月替わりのポスターを買って1年を過ごしたということですね。
そのあとは『カードキャプターさくら』に『きらりん☆レボリューション』など、アニメなカレンダーを貼って1年をワクドキしながら過ごしていました。それから時は流れて、オートバイの免許を取ってからはカワサキの公式カレンダーを購入。今は移籍してしまいましたがジョナサン・レイ選手の勇姿を眺めながら辛い時期を乗り越えてきました。
今年は実際に予定を書き込んでいつでもパッと見られるようにしておきたかったので、ダイソーで購入したものを使っていたのですが、2024年はコダワリの1枚を! ということで……って、えらく前置きが長くなってしまいましたが、ここから本題です。
*
今日並べられていたのはこれら4作品。宮城の銘品『白石和紙』を貼り付けたもの、神奈川の版画家が作成したイラストをあしらったもの、さらに福島のアマチュアデザイン集団『しろくまクリエイターギルド』の皆さんが作ったもの、そしてチフリグリと同じ建物にある駄菓子屋さんの店主(2018年閉店。なおこちらの方は、チフリグリを経営する方のお兄さまでもあるそうです!)が作った万年カレンダー。
『しろくまクリエイターギルド』の皆さんが作ったものは、色相図の順番に従って異なるクリエイターが月ごとに描いた絵をつづったもので、1枚ごとに全く違った作風の絵が続きます。中には、本来の主役であるはずの日付が絵の一部として幾何学的なカーブを描いていて読みづらいことこの上ない(=実に面白い)のもあったりして楽しかったです。
また、駄菓子屋さんの店主が作った万年カレンダーは……いわゆる日付が入っていないタイプのものなんですが、月すら書いていなくて、「春」「夏」「秋」「冬」「暑くなってきた」「寒くなってきた」と非常~に曖昧なものです。見る人の気分でめくればいいって感じでしょうか。とてものどかな感じです。
そんななかで、私がセレクトしたこちらの作品はずいぶんとスタンダードな作品なのかもしれません。こちらの作者の方は、かつてチフリグリの方が事務方として手伝っていた美術家の方で、現在は目白山(神奈川県藤沢市)で銅版画と切り紙イラストレーションを製作されているそうなのですが……こういった素敵な絵柄が12か月、月替わりで楽しめます。
ただ、これはお話を聞いて気づいたことなんですが……
ちょ、先生! 何で作品のところに穴開けちゃってるんですか! 穴開けるなら開けるなりに、もう少し余白を多めに取るとか、そうすればよかったのに!……とかってお話で盛り上がっちゃって、楽しかったです。
*
なかなか自分から話を切り出すことが苦手な私ですが、今回も色々と楽しくお話をさせて頂きました。
「こないだ来ましたよ~」ということをアピールするためにわざわざブクハンで買ったトートバッグを持っていったのですが、その前、初めて来た時(アンデパンダン展)のことも覚えて下さっていて、それがとても嬉しかったです。実は今回来たのも、もちろんカレンダーを買いに来たっていうのもあるのですが、やっぱり顔を覚えてもらいたかったというのがあるので……こうして私も少しずつ、仙台のお店やギャラリーに顔なじみが出来てきました……私なんかのことを覚えてくれて、本当に嬉しいです……。
そして今回、次のイベントの案内チラシを頂きました。今回こちらのイベントに出展される作家の方も別な用事があって来ていました。その方もまじえてお話をさせて頂いたのですが……うん、このイベントも面白そうです。今回こうしてお会いして、お話を伺って、よりいっそう行きたくなりました。あくまで私のタイミングではありますが、行った時に再会できればいいなあ。
以上、とりとめもないことを楽しさ任せで書いてしまいました。思い詰めてどうしようもなくなって書き出す時だけじゃないんですね、こんなに言葉が山ほどあふれかえっちゃうのって。来年も良い年でありますように。
追記:
写真を振り返っていて「あ、これもあった!」と思い出したので慌ててアップロードします。先ほどご紹介した福島のアマチュアデザイン集団『しろくまクリエイターギルド』こと『しろくまデザイン研究室』のキャラクター「真素白玖(ましろ・はく)」です。チフリグリの方も「えーと、こういうの……なんていうんでしたっけ?」と困惑してしまうくらいなので私も明確にどういう位置づけのキャラクターなのかわかりませんが、とにかく可愛いので真っ先に写真を撮ってしまいました。やっぱり時代はアクリルスタンドか~! そりゃ撮るよね~!
~今日は、朝起きてふと思ったこと書きつけるだけの記事となります~
これでも23年ほどホームページ運営というのをやっています。しかも一般的な内容のものとビデオゲームに特化したものの2種類で、そのうちゲーム系HPの方は今年で開設20周年を迎えました。The Place of the Video games
ただ、こんなサイトを運営していて何なんですが、最近は本当にゲームそのものをやらなくなりました。せいぜいスマートフォンで遊ぶ『ポケモンGO』とか『どうぶつの森ポケットキャンプ』とか、位置情報と他者との交流をもって遊ぶゲーム暗いですね。PS4とかメガドライブミニとかはあるんですが、全然やらない。……ただしそれは、大好きすぎていったんやり始めると寝食を忘れて没頭してしまうので、それが怖くてやらないだけで、ゲームそのものに興味がなくなったわけではありません。特にメガドライブミニは危険ですね。既にもう何十時間も遊んでしまったので。
それに今のゲームセンターに行ってもプライズゲームばかりで、それも技術より資金力で景品を獲得できる「抽選機」ばかりですから、私がアレコレと蘊蓄を語る余地がありません。そうすると文章として書きたいゲームーー私が実際にプレイして大好きだったゲームに関しては概ね書き尽くしてしまった、という感はあります。元々書きたいことを書いていたので、無理して題材を探して書かなきゃなんていうのは本末転倒です。
何よりも今はデジタル的なコンテンツが進化充実して、ゲーム関係なら実況しながらプレイ動画を垂れ流すのが主流ですからね。どれほど画像をキャプチャして文章を書き連ねたところで、しゃべりながら実際のゲーム動画を見せるコンテンツにはかないません。
私がHPを始めた頃に相互リンク(この言葉も最近聞きませんね)をしていただいていた方や、私自身が楽しく読んでいた先達のホームページはずいぶんと消えてしまいました。Infoseekとかジオシティーズみたいに、提供元がサービス終了してしまったこともあり、随分と淋しい状況になってしまいました。
だからといって一部のサイトがやっているように、クラウドファンディングを募って維持存続させようという気もありません。
もう役割を終えて誰も見ないかもしれませんが、特にやめなくちゃいけない差し迫った事情もないのなら、続けていこうと思います。そして続けるからには、年に1度でも2度でもいいから、何かしら新しいことをしていきたいと思います。
これで終わりにするか? また続けるか?
その決定権は私にあります。
まだです、まだ終わりません!
CONTINUE
09
■YES NO
*
ということを思ったので書いてみました。せっかくなので20周年の御挨拶として今年2回目のホームページ更新をしました。
どんなことでも言葉にして伝える。それが伝わるか伝わらないかは私の筆力とかタイミングとか色々あると思うのですが、最低限、私が読み返して楽しめればいいんです。
(てんとう虫コミックス12巻 「ベロ相うらない大当たり!」より)
私はSNSとか動画投稿とか文章以外の方法でチャレンジして失敗して不幸な出来事もあって打ちひしがれてまた文章の世界に戻って来た人間なのですが、本当に……本当にちょっぴりだけなんですが……この元高さんの気持ちがわかりました。門眞妙さんのこととか、アンデパンダン展のこととか、美術関係の文章に関しては、自分でも割とよく書けたなという気がします。かえって誰かに読ませるのを意識せず、自由に書いたのが良かったのかもしれませんね。
そして今この記事を書くため「変ドラ」さんのHPを参照しこの話を振り返ったところ、色々込み上げて涙ぐんでしまいました。年齢的にもドラのびから元高さんサイドに近づいたしなあ。本当に良い話です。
うん、やっぱり私は文章で頑張ってみます。仕事をしながらアマチュアで文章を書き続けます。いつか自分で本を綴じて世の中に出せるように……。
昨日(12月7日)は二十四節気のひとつ「大雪」でした。言葉通りここから本格的な冬が来るぞ冬が来るぞということを暦の上で意識づける日です。そして12月下旬の「冬至」に向かって冬将軍が驀進する……かと思いきや、昨日も今日も明日も暖かくなるみたいですね。
昨日も? そう、午前中はね。
昨日から『秋保の杜 佐々木美術館&人形館』で新しい企画展が始まったので、久々にオートバイで出かけたのですが、秋保の道路の温度計は18度を示していました。こんなに暖かいなら、ここまで厚着をしてこなくてもよかったな……なんて思いつつ、今回も開館直後に突入しました。そして色々なことを感じ、ひたすらメモしてきました。メモしてきたのでその点についてはまた稿を改めて書きたいと思います。ここでは展示以外のことについて、まとめて書きます。
一通り展示を眺め、なんだか今にも雨が降り出しそうな雰囲気を心配しながら我が愛車小虎号(カワサキ・Dトラッカー125)に戻ると、2匹の犬を連れて来た白人男性が。そして門矢士のごとき通りすがりのライダーにすぎない私なんかに、
「何ccデスカ?」
と話し掛けてくれたのです。さらに、
「タイヤ、小サイネ」
「モトクロス、ヤラナイ?」
などとたくさんお話をさせてもらって……私も自分のオートバイのことを聞かれるのが嬉しいので、とっても楽しい気分になれました。
看板だけは去年初めて訪れた時に写真を撮っていたので、たぶんここの方なんだろうなというアタリはついていましたが、やはりSteveさんだったのですね。公式ホームページもぜひチェックしてみてください! ThanksですSteveサン!(お前はいったい何国人だ)
*
その後の天候はどうかといえば、多少の強弱こそあれ、しっかり雨でした……そして雨よりも大変だったのは風です。元より仙台は杜の都ならぬ『風の都』との異名もあるくらい風が強くて冷たいのですが、午前中の陽気をすべて吹き飛ばしてしまうような雨風になすすべなくやられまくり、ゲームで冷気系の魔法を食らった時というのはこんな感じなんだなと思いました。こちらも冷気系ダメージを軽減する装備をしているから「効果はいまひとつだ……」なんですが、それだって地味に体力は削られていきます。久々の気力勝負でした。
それでも、こんな日だからこそ見られた景色もありました。せーの、ドン!
撮ってみて、その出来栄えに「写真にはうつらない美しさがあるから……」という歌を思い出しました。私の印象としてはもっときれいに見えたんですが。まあとりあえず「久々に虹を見た」という事実だけ伝われば幸いです。
そして体力を削られつつも無事に帰ってきたところ、私の部屋の隣に住まう人もちょうどお仕事から帰ってこられたようで、久々にご挨拶をさせて頂きました。近所付き合いがない私ではありますが、最も近い隣人ですからね。これもまた、すべてのタイミングが合ったからこその出会いでしょう。
*
というわけで、12月7日の出来事をまとめてみました。やはり対面で誰かと話すのは楽しいです。決して話し上手なわけではないし、誰彼構わずすぐに打ち解けられるようなことはありませんが、こういう小さな経験を積み重ねて、ゆるやかに心を成長させていければと思います。
すべてが大切な出会い。
(久保ユリカの1stアルバムのタイトル締め)
昨日も? そう、午前中はね。
昨日から『秋保の杜 佐々木美術館&人形館』で新しい企画展が始まったので、久々にオートバイで出かけたのですが、秋保の道路の温度計は18度を示していました。こんなに暖かいなら、ここまで厚着をしてこなくてもよかったな……なんて思いつつ、今回も開館直後に突入しました。そして色々なことを感じ、ひたすらメモしてきました。メモしてきたのでその点についてはまた稿を改めて書きたいと思います。ここでは展示以外のことについて、まとめて書きます。
一通り展示を眺め、なんだか今にも雨が降り出しそうな雰囲気を心配しながら我が愛車小虎号(カワサキ・Dトラッカー125)に戻ると、2匹の犬を連れて来た白人男性が。そして門矢士のごとき通りすがりのライダーにすぎない私なんかに、
「何ccデスカ?」
と話し掛けてくれたのです。さらに、
「タイヤ、小サイネ」
「モトクロス、ヤラナイ?」
などとたくさんお話をさせてもらって……私も自分のオートバイのことを聞かれるのが嬉しいので、とっても楽しい気分になれました。
看板だけは去年初めて訪れた時に写真を撮っていたので、たぶんここの方なんだろうなというアタリはついていましたが、やはりSteveさんだったのですね。公式ホームページもぜひチェックしてみてください! ThanksですSteveサン!(お前はいったい何国人だ)
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その後の天候はどうかといえば、多少の強弱こそあれ、しっかり雨でした……そして雨よりも大変だったのは風です。元より仙台は杜の都ならぬ『風の都』との異名もあるくらい風が強くて冷たいのですが、午前中の陽気をすべて吹き飛ばしてしまうような雨風になすすべなくやられまくり、ゲームで冷気系の魔法を食らった時というのはこんな感じなんだなと思いました。こちらも冷気系ダメージを軽減する装備をしているから「効果はいまひとつだ……」なんですが、それだって地味に体力は削られていきます。久々の気力勝負でした。
それでも、こんな日だからこそ見られた景色もありました。せーの、ドン!
撮ってみて、その出来栄えに「写真にはうつらない美しさがあるから……」という歌を思い出しました。私の印象としてはもっときれいに見えたんですが。まあとりあえず「久々に虹を見た」という事実だけ伝われば幸いです。
そして体力を削られつつも無事に帰ってきたところ、私の部屋の隣に住まう人もちょうどお仕事から帰ってこられたようで、久々にご挨拶をさせて頂きました。近所付き合いがない私ではありますが、最も近い隣人ですからね。これもまた、すべてのタイミングが合ったからこその出会いでしょう。
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というわけで、12月7日の出来事をまとめてみました。やはり対面で誰かと話すのは楽しいです。決して話し上手なわけではないし、誰彼構わずすぐに打ち解けられるようなことはありませんが、こういう小さな経験を積み重ねて、ゆるやかに心を成長させていければと思います。
すべてが大切な出会い。
(久保ユリカの1stアルバムのタイトル締め)
一昨日お出かけした長町というのは、仙台市の南部にある「新しい街」です。歴史的には宿場町として云々……というのはあるのですが、そういうものを全部なくして綺麗で新しくて高級で清潔な都市計画に基づく理想的な街づくりをして出来上がった街です。マンションも商業施設も公共施設も病院も何もかも21世紀的な建物ばかりです。
一方、私が住まう仙台市の北部というのは、どちらかというと昭和40年代辺りに開拓されて人が住み始めたエリアなので、一戸建ての家が多いです。住宅地があって、メインストリートがあって、商店があって……という具合です。地下鉄の駅の周辺とかは比較的新しくて綺麗な感じなんですが、一歩そのエリアを外れると薄汚れたコンクリートと塗装が剥げて錆びた橋が架かる「古い街」の本性が現れています。
別に自分が住んでいるからってわけじゃないと思うんですが、どうも新しい街というのは……率直に言うと「いずい」感じがします。いずいというのは仙台弁で「何となく心地が良くない」といった意味合いで、長袖シャツの上にアウターを着た時に二の腕辺りで袖がくちゃくちゃになった時などに言います。
小説『帝都物語』でいえば満州国の新京みたいなもので、新しくて綺麗な建物ばかりで見た目はいいんだけど人の「いとなみ」が感じられないというか。いや勿論そんなことはないと思うんですが、どうしても私は馴染めない……私自身が古い人間だからなのかもしれませんが、やっぱり雲を衝くような高層マンションが立ち並ぶ「新しい街」よりも、昭和感爆発の一軒家がそこかしこにひしめく「古い街」の方が私は好きかな、って思います。
以上、今日はお仕事で特別なイベントもなかったので、日ごろ温めていた「仙南仙北論」をちょっとだけ書きました。そんな私がいま住まうアパートも築35年ですから、ギリギリ昭和か平成か……あ、昭和だ!(35年前=1988年=昭和63年)
12月ですね。師走ですね。寒い寒い寒い……。
もうね、朝起きて顔を洗ってご飯を作る時にキッチンに立つと、息が白いんですよ。部屋の中でもこんなに寒いんです。実際、昨日仙台では「初氷」を観測したとのことです。やっぱり冬なんだなあ……でもまあ、12月なら「そういうものだよね」と受け入れることもできます。これからますます寒くなるだろうし。コートも厳冬期用のものでいいですね。
ただ寒い寒いと言っても雪がほとんど積もらないのは仙台の大好きなところです。盛岡も雪深いですし、青森なんかは一晩で膝の高さまで積もっちゃうので、一日に3回も4回も雪かきをしなければいけません。除雪車が通っても圧雪凍結で路面状況は最悪……プアなスタッドレスタイヤではズルズル滑って大変です。雪壁にぶつけたこともあるし、緩いカーブを曲がっている時に滑り出し用水路に落ちかけたこともありました。
その際に私を救ってくれたのは、この動画を見て覚えた運転術でした。別に超絶ハイテクニックとかじゃないです。ただハンドルをまっすぐにして、トラクションがかかるまで我慢するんです。下手に急ハンドルを切ると揺り返しで完全にコントロール不能になっちゃうので。そうなったら本当にどうしようもないので。
今は車そのものを手放してしまったので、そういう心配もありませんが……ともかく皆様、冬道の運転はお気を付けください。今日は早番なので短めで恐縮ですが、こんなところで失礼します。
(なぜか海未ちゃんシメ)
もうね、朝起きて顔を洗ってご飯を作る時にキッチンに立つと、息が白いんですよ。部屋の中でもこんなに寒いんです。実際、昨日仙台では「初氷」を観測したとのことです。やっぱり冬なんだなあ……でもまあ、12月なら「そういうものだよね」と受け入れることもできます。これからますます寒くなるだろうし。コートも厳冬期用のものでいいですね。
ただ寒い寒いと言っても雪がほとんど積もらないのは仙台の大好きなところです。盛岡も雪深いですし、青森なんかは一晩で膝の高さまで積もっちゃうので、一日に3回も4回も雪かきをしなければいけません。除雪車が通っても圧雪凍結で路面状況は最悪……プアなスタッドレスタイヤではズルズル滑って大変です。雪壁にぶつけたこともあるし、緩いカーブを曲がっている時に滑り出し用水路に落ちかけたこともありました。
その際に私を救ってくれたのは、この動画を見て覚えた運転術でした。別に超絶ハイテクニックとかじゃないです。ただハンドルをまっすぐにして、トラクションがかかるまで我慢するんです。下手に急ハンドルを切ると揺り返しで完全にコントロール不能になっちゃうので。そうなったら本当にどうしようもないので。
今は車そのものを手放してしまったので、そういう心配もありませんが……ともかく皆様、冬道の運転はお気を付けください。今日は早番なので短めで恐縮ですが、こんなところで失礼します。
(なぜか海未ちゃんシメ)
先日、一番町商店街でこのような催し物がありました。愛媛県宇和島市は仙台市と姉妹都市であり、時々こうしてイベントがあるのは見ていましたが、今回はちょっと積極的に見て回りました。
残念ながら私が行ったタイミングでは、この夢のような蛇口は休止しておりましたが、素晴らしいじゃないですか。蛇口ひねったらジュースが出て来るって全国の小学生が一度は夢見たドラえもんの秘密道具級の代物ですよ。その代わりパックに入ったみかんジュースを1本買って帰ってきました。みかんといえば沼津でしたが、ここは姉妹都市のよしみがあるので、宇和島のみかんを推して参りましょう。
ところで、何で宇和島市が仙台市と姉妹都市なのかと言えば、これは400年前の歴史的な出来事に由来します。すなわち宇和島藩の開祖『伊達秀宗』は我らがお殿様で仙台藩祖・伊達政宗公の長庶子なんです。そのことは漠然と知っていましたが、今回わかりやすい絵本のパネル展示があり、それを丁寧に眺めることで大きな感動とともに宇和島市への思いが強くなりました。今日はそのことをまとめてみたいと思います。
のちの伊達秀宗こと兵五郎は1591年に生まれました。長らく子供に恵まれなかった政宗公にとっては初めての子どもであり、しかも男子なので「御曹子」として両親からも家臣からも大切に育てられました。
当時の天下人だった太閤豊臣秀吉は大名たちに妻子を人質として差し出すことを強制していて、兵五郎も人質として京都伏見城に住むことになりました。とはいえ太閤が可愛くて可愛くて仕方がない秀頼と二歳しか変わらない(兵五郎の方が年上)ので実質的には秀頼の遊び相手として兄弟のように可愛がられ、一字拝領して秀宗と名乗るようになりました。『信長の野望』では家臣に与えられる褒賞の中でもトップクラスに効果の大きな一字拝領で忠誠度100です。
秀吉が亡くなった後は家康公のもとに人質として送られ、江戸で厳しくつつましい生活を送りつつ育ち、19歳の時には井伊直政の娘・亀姫と結婚します。この頃には正妻愛姫との間に嫡子が生まれており、こちらが現天下人秀忠から一字拝領して忠宗と名乗り藩を継ぐことになりました。
少々立場が微妙になって来た秀宗ですが、それにもめげず大坂冬の陣では父子で出陣。独眼竜の子ここにありとアピールすることに成功しました。ちなみに(時代的なこともありますが)政宗公の子らで唯一、共に戦ったことにあるのが秀宗です。秀宗二十四歳の時のことでした。そしてこの功績をもって政宗公が「秀宗に領地を与えてほしい」と猛アピール。大名格・宇和島伊達家十万石としてデビューしたのです。
ここで強調したいのは「宇和島藩は仙台藩の飛び地ではない」ということです。宇和島藩祖が仙台藩祖の子どもというのは事実ですが、直接大名から知行を与えられたので、仙台藩と宇和島藩は同格対等のポジションなのです。
若き藩主となった息子を心配し、政宗公は五か条の教訓と軍資金を与えました。プリンス秀宗は「親子のことだからお金は返さなくてもいいだろう」と思っていたのですが、お目付け役に政宗公からつけられた家臣の山谷清兵衛は「返すべきです」と主張。そのために金策には苦労するし、自分の行動をいちいち政宗公に告げ口してアレコレ言われるし……と、秀宗にとっては非常にうっとうしい存在になってきました。
そしてとうとう秀宗は山谷清兵衛を一族郎党皆殺し(処断)し、さらに報告を怠ったため、政宗公は激怒。「親子の縁を切る」「とても十万石の領地を治められる器じゃないので、幕府に返納する」との話に発展。宇和島藩はわずか5年目で存亡の危機に立たされたのでした。
どうやらこの時に政宗公からの苛烈な訴えを聞き、親子をとりなしたのが老中・土井利勝だったようです。どうもこの人は中間管理職の鑑みたいな方だったみたいで、他にも一触即発の人間関係をとりなした伝説があるのですが、ここでもその手腕を発揮。江戸で険悪度100になった親子を対面させ話し合いをさせます。
ここで今までずっと話せなかった自分の微妙で複雑な感情を告白。親の心子知らずなんて言葉がありますが、その逆バージョンですね。これにいたく衝撃を受けた政宗公は、これ以降藩政に口出しをしないと約束をしました。そしてその代わりに和歌を交換したり茶器を譲り受けたりと良好な親子関係が続きました。また秀宗公も善政を敷き、明治維新まで250年以上にわたる宇和島藩の基礎を確立したのです。地元では8代目の宗城さん(幕末四賢候のひとり)が有名すぎて藩祖は存在感が薄いらしいですが、私は今回のパネル展で秀宗公と宇和島が大好きになりました。
四国はちょっと遠いから、実際に行くことはかなわないかもしれませんが、今度またフェアなどやる時があれば、もっと積極的に楽しんでいきたいなと思います。姉妹都市だから、これからも何度もあると思いますけどね。
良いと思います!
宇和島伊達物語
―おわり―
―おわり―
ようやくユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』を読了しひと段落したので、今月あったことを混ぜ込みつつ、いくつか書きたいことを書きたいと思います。時系列も何もメチャクチャです。書きたいことから書くんです。ランダムアクセスメモリーズです。そう言いつつ何でダフトパンクじゃなくて好きさこの街がなのかと言えば、今日はまさに仙台の商店街の話だからです。
2022年3月から仙台市民になり今日に至るわけですが、ようやくここが『私の街』になってきたかな、って気がしました。そういう気持ちになれる嬉しい出来事がありました。
それは11月25日のことです。この日はとても寒かったのですが、消耗品のマスクが在庫僅少だとかなんだとかで、しぶしぶ街に出ました。ええ私はいまだに外出する時はマスク着用しています。そしてマスクを買う時はいつも一番町商店街のお店で買っているのです。何でかといえマスク50枚1箱210円というドン・キホーテも絶対にまねできない超絶破格で売られているからです。
箱にはアルファベットしか書いていない海外産のもので、たぶん緊急事態宣言でマスクが一時的に品切れになった頃入荷したんだろうな……とは思いますが、別にマスクに消費期限はないですからね。全く気にせず無くなるたびに購入しています。
そうしていつものようにマスクをレジに持っていき、袋入り用ですかそのままで結構ですといういつもの会話を経て代金を支払ったあと、お店のおばちゃんに、
「いつもありがとうございます」
という一言をプラスして、かけてもらったのですね。
顔を覚えてもらえたんだ! ということが、とても嬉しかったです。私もこの街の住人になりたくて、一番町商店街とか近所の商店街とかを可能な限り利用するようにしていて……ずっとそういう誰にも気づかれないし誰も気にしないし自分でもあえて言わない地味で地道な努力がついに報われたんだ! ってね。
思えば去年の2月頃、ようやく仙台に住む夢がかなうことになって、住まい探しのついでに「ちょっと街を歩いてみようか」と思ってハピナ名掛丁からクリスロードに向かった時、人出の多さに気絶しそうになりました。その後、実際に住み始めてからも青葉通と広瀬通の位置関係がわからなかったり仙台駅西口から東口までの行く道がわからなかったり苦労の日々が続きましたが、今は南町通から定禅寺通までまっすぐ行けるようになりました(アーケードを端から端まで突き抜けるだけ)。
この1年半あまり、とにかく街歩きをしまくり、写真を撮りまくり、ピカピカの新しいビルと昭和感爆発の商店街が混在する仙台という街が大好きになりました。波長が合うんですよね。生まれ故郷の盛岡も、当然ながら落ち着く街ではあるのですが、仙台はそれにプラスして楽しみもたくさんあるし。そして、この街に来たことで出会った人たち……私のことを助けてくれた、多くの人たち……。
何度言っても言い足りないし、何度言ってもいいと思うので言います。
仙台に来てから出会った全ての人たちに感謝しています。私はこの街が大好きです。
皆様いかがお過ごしでしょうか。私は風邪をひきました。「病臥」というほど重態ではないのですが、鼻づまりとか若干熱っぽいとか、色々と万全ではありません。心の方は少しずつ自分を解放して生きるように改めているので元気になりつつあるのですが……うん、ここで無理しちゃいけませんよね。
そんなわけで、今日のブログもちょっと控えめになります。明日は明日で何とか更新したいと思いますが、もしかしたら休んじゃうかもしれません。誰も見ていないような気もしますが、見ている方がいらっしゃったらゴメンナサイ。その時は、元気になったらまた戻ってきます。

そんなわけで、今日のブログもちょっと控えめになります。明日は明日で何とか更新したいと思いますが、もしかしたら休んじゃうかもしれません。誰も見ていないような気もしますが、見ている方がいらっしゃったらゴメンナサイ。その時は、元気になったらまた戻ってきます。
昨日は平地でも雪がちらつくほど寒かったので、ずっと引きこもっていようと思ったのですが、ある急用が発生し……そのタイミングがまだ午前10時ころだったので、半ば衝動的に飛び出しました。そうしたところ色々と面白いことがあり、「衝動で行動するのも悪くないな」と思いました。ただ、今はきちんとした文章を書けるようなテンションではないので、ダイジェスト的に書きます。それぞれ、気持ちが落ち着いたら書けるようになると思うので、その時に修正します。今は……それを忘れないようにするためにね。ご了承ください。
一番町は藤崎デパート前で「伊達な姉妹都市・えひめ宇和島フェア」をやっていました。宇和島は我らが伊達政宗公の長男(ただし庶子)・秀宗公が藩祖なんです。絵本形式での「伊達秀宗物語」が展示されていて、深く感銘を受けました。後日改めて書きます。
仙台や東京で活躍するイラストレーター『亀井桃』さんの展示イベントを見に行ってきました。これでも個展があれば駆けつける位好きなんです。亀井桃さんのことも改めて書きます必ず書きます。
そのほか、一番町アーケードの、いつもマスクを買っているお店に行ったら「いつもありがとうございます」と言ってくれて嬉しかったとか、書きたいことはたくさんあります。その辺も、ちゃんとまとめて書きたいと思います。とりあえず今日は事実をまとめて書きます。なんか味気なくてスミマセン。それでも毎日更新するんです。
一番町は藤崎デパート前で「伊達な姉妹都市・えひめ宇和島フェア」をやっていました。宇和島は我らが伊達政宗公の長男(ただし庶子)・秀宗公が藩祖なんです。絵本形式での「伊達秀宗物語」が展示されていて、深く感銘を受けました。後日改めて書きます。
仙台や東京で活躍するイラストレーター『亀井桃』さんの展示イベントを見に行ってきました。これでも個展があれば駆けつける位好きなんです。亀井桃さんのことも改めて書きます必ず書きます。
そのほか、一番町アーケードの、いつもマスクを買っているお店に行ったら「いつもありがとうございます」と言ってくれて嬉しかったとか、書きたいことはたくさんあります。その辺も、ちゃんとまとめて書きたいと思います。とりあえず今日は事実をまとめて書きます。なんか味気なくてスミマセン。それでも毎日更新するんです。
先月は書きたいことが山のようにあって、予約予約で10月の記事が11月10日くらいに公開されるとか、「毎日書く」と言いつつ書いていない時期がありました。そのストックも尽きて、今日は本当に11月25日の早朝に書いています。書く方も「夜明けのラヴィット」を見ながら気楽に書いているので、どうぞコーヒーでも飲みながら気軽にお読みください。私もそうします。
昨日から全国的にものすごい寒気が流れ込んでいるので、日本全国どこに行っても寒いとは思うのですが、仙台も寒いです。最新の気象情報によると、仙台ではきょう未明「初雪」を観測したそうです。平年より1日早く、去年よりも7日早いとか。まだ11月ですよ晩秋ですよ暦の上ではnovenberですよ。まあ何と言っても寒気様の訪れによるものですから、我々平地人は受け入れるしかありますまい。
さてここまで書いたところで、もう何を書けばいいかわからなくなって去年の記事を参照しようとしたら2日分しか書いておらず……そうか、Twitter(当時)に本格的に入れ込んでいたもんなあ。まあそちらで得た経験も多かったし。今はXじゃなくてブログに傾注して、最終的にバランスを取れればいいかなあ。
SNSにしてもブログにしても、はたまたmixiなど他のメディアにしても、その時その時の私の心模様を反映していますからね。何でもやっぱり書き出すことが大切なのかなって思いました。
11月は、多くの場所に行き、多くの人と会いました。……しまった! そういうことを書かなくちゃいけないですよね! だからといって今すぐ全部まとめて書くわけにはいきませんが……だ、大丈夫です非公開のプライベートな日記に残していますから!
でも、備忘録も兼ねて今月いった場所のことについてまとめておきます。すべてをリプレイする!
(ジー……ガッチャンガッチャン……)
11月5日
長沼フートピア公園で食べ物イベントに参加。ふーしゃんサンに逢う
11月8日
叔母帰天の2日後せんだいメディアテークにて政宗公の演武を見る。
11月15日
秋保の杜佐々木美術館&人形館に1年ぶりに来館。
越後しのさん、みひろさんの個展、東北生活文化大学高等学校の皆さんの映像作品、シモンドールなど見る。その後、秋保大滝を経由してペロンミさんの個展を見に行く。たまたま打ち合わせでいらっしゃった門眞妙さんに2回目の御挨拶をさせていただく。
11月18日
ペロンミさんの個展再訪。その後フォーラスで『植物のある日常展』を見る(たまたま会場に行ったら今日からだと気づいた)。その後ディスカバー・タイワンを楽しむ。
11月21日
フォーラス『植物のある日常展』再訪。波長を合わせて思い切り楽しむ。その後、叔母の使っていた電子レンジなどを譲り受ける。従姉の飼っているワン公と遊ぶ。
急いで振り返ったところ、大体こんな感じでしょうか。
まあ、何よりも叔母が帰天したのがつらかったし、悲しかったし……でも、私の心の気づかないところに気づいたし……。書きたいことが醸成されて、上手にまとめられる日まで、大切に温めていきたいと思います。差し当たって、それを忘れないように書きました。
まだまだ私は、生きていたい。私は人生を愛しています。
昨日から全国的にものすごい寒気が流れ込んでいるので、日本全国どこに行っても寒いとは思うのですが、仙台も寒いです。最新の気象情報によると、仙台ではきょう未明「初雪」を観測したそうです。平年より1日早く、去年よりも7日早いとか。まだ11月ですよ晩秋ですよ暦の上ではnovenberですよ。まあ何と言っても寒気様の訪れによるものですから、我々平地人は受け入れるしかありますまい。
さてここまで書いたところで、もう何を書けばいいかわからなくなって去年の記事を参照しようとしたら2日分しか書いておらず……そうか、Twitter(当時)に本格的に入れ込んでいたもんなあ。まあそちらで得た経験も多かったし。今はXじゃなくてブログに傾注して、最終的にバランスを取れればいいかなあ。
SNSにしてもブログにしても、はたまたmixiなど他のメディアにしても、その時その時の私の心模様を反映していますからね。何でもやっぱり書き出すことが大切なのかなって思いました。
11月は、多くの場所に行き、多くの人と会いました。……しまった! そういうことを書かなくちゃいけないですよね! だからといって今すぐ全部まとめて書くわけにはいきませんが……だ、大丈夫です非公開のプライベートな日記に残していますから!
でも、備忘録も兼ねて今月いった場所のことについてまとめておきます。すべてをリプレイする!
(ジー……ガッチャンガッチャン……)
11月5日
長沼フートピア公園で食べ物イベントに参加。ふーしゃんサンに逢う
11月8日
叔母帰天の2日後せんだいメディアテークにて政宗公の演武を見る。
11月15日
秋保の杜佐々木美術館&人形館に1年ぶりに来館。
越後しのさん、みひろさんの個展、東北生活文化大学高等学校の皆さんの映像作品、シモンドールなど見る。その後、秋保大滝を経由してペロンミさんの個展を見に行く。たまたま打ち合わせでいらっしゃった門眞妙さんに2回目の御挨拶をさせていただく。
11月18日
ペロンミさんの個展再訪。その後フォーラスで『植物のある日常展』を見る(たまたま会場に行ったら今日からだと気づいた)。その後ディスカバー・タイワンを楽しむ。
11月21日
フォーラス『植物のある日常展』再訪。波長を合わせて思い切り楽しむ。その後、叔母の使っていた電子レンジなどを譲り受ける。従姉の飼っているワン公と遊ぶ。
急いで振り返ったところ、大体こんな感じでしょうか。
まあ、何よりも叔母が帰天したのがつらかったし、悲しかったし……でも、私の心の気づかないところに気づいたし……。書きたいことが醸成されて、上手にまとめられる日まで、大切に温めていきたいと思います。差し当たって、それを忘れないように書きました。
まだまだ私は、生きていたい。私は人生を愛しています。
(M・ユルスナール著/澁澤龍彥訳『三島由紀夫あるいは空虚のヴィジョン』訳者あとがきより)
……そういう一般的な情勢について私はなんの知るところもないし、なんの興味もない。もともと日本文学の国際化だとか、国際社会における日本文学だとかいった問題には、なんの興味も関心もない人間だからである。私にとって関心があるのは、いつでも個々の作家、個々の作品である。
最近はXをほとんど見ません。Youtubeも見ません。何だったらテレビの全国ニュースもあんまり見ません。平日はウォッチンみやぎを見るので、多少はTHE TIMEを見るんですが、基本的には県内ニュースと河北新報の夕刊が私の情報源です。
先日THE TIMEで、インフルエンサーがどうとかっていう話をしていました。今や情報は自分で発信者を探して得る時代! だそうです。……そういうものなんですねえ。レシピ本よりガイドブックより何より自分好みの情報を発信するインフルエンサーのSNSを見つけてフォローする! とか。私もその点は「そうかな!」と思います。今の私がそうしないだけで。
ええ、情報弱者と言わば言えです。ただ私はADHDでASD(自閉スペクトラム症)という気質をもっているので、あまりにも情報が多すぎるとパンクしちゃうんです。だから入ってくる情報を節約しています。
その代わり、よく本を読んでいます。そして県内ニュースやイベント情報などには敏感に反応し、実際に足を運んで感じるようにしています。そして自分で体験し、自分が感じたことを何よりも大切にしようとしています。冒頭に引用した澁澤さんの言葉は、そのまま私の理想です。実際既にある程度、自分のなかで実現できつつあります。
極端な話、別に世の中がどうなったっていいんです。私の心の中にある人工楽園は、かなり出来上がってきましたから。『さかしま』のデ・ゼッサントみたいな生き方もいいですよね。いずれにしても私の心の中で作り上げる世界だから、何だっていいんです。
とはいえデ・ゼッサントも健康を害して人工楽園を放棄せざるを得ませんでした。肉体を廃止して真に精神的な生活を送りたいと願っていますが、現実問題として私の精神は肉体あってのものです。だから体調維持も心がけなければなりません。
近頃はめっきりと寒くなって、頭が痛いとかおなかが痛いとかめまいがするとか貧血に似た症状で起きていられないとか、割と明確な体調不良が起こって大変です。いつもできていることが急にできなくなったり、10秒前に自分がやっていたことを忘れて呆然としてしまうこともありました。そういうわけで、今読んでいる「ハドリアヌス帝の回想」が終わったら、今度こそ軽めの本を数冊読んで心を整えたいと思います。1年100冊の目標もあとちょっと(現在96冊目)、まずは元気を出していきたいと思います。
先日帰天した叔母の遺品整理を手伝うべく、叔母の遺骨が安置されたアパートに行ってきました。
といっても、別に形見分けという感じではありませんでした。既にセレモニーは終わっているし、大まかな整理は伯母夫婦と従姉が行っているので、私はといえば実際のところ、
「処分する前に、欲しいものがあったら持って行っていいよ」
と言われたので、アレコレと良さげなものを物色し持ち去る……そんな感じです。不人情だの泥棒猫だのと言わば言えです。先述したようにセレモニーは終わっているし(百か日の法要まで先回りして行った)、天の国にはいる時は何も持たずに入るものなので、ここにあるのはリサイクルされるかどうなるかという物質に過ぎないのです。
そしてひと段落した後は伯母の家の粗大ごみ搬出を手伝い、最終的には焼肉とビールで久々に体に栄養をつけて帰宅し10時間くらい寝て現在に至ります。体力ゲージ全快です。
今はアレコレもらって来たものがゴチャゴチャと部屋の中にあるので、これをどう組み込んでいくか。生きている私に課せられたミッションが生まれました。電子レンジは私も持っていたのですが、シャープの多機能なものを引き取って来たので入れ替えます。型はちょっと古いけど、ついにグラタンとかトーストとか焼き物ができるのでね。大きく変わろうとしている感じがします。
あとは電気ストーブなんかも2台もらっちゃいました。既に1台あるので、3台もあります。これなんかは、特に不便を感じていなかったのですが……やっぱり気持ちがあるのかな。あくまで物質に過ぎないものだけれど、やっぱり叔母が遺したという……ね。多分遺そうと思って遺したのではなく、そういうことを何も考えることもなく帰天してしまったのだと思いますが。
こういう人間なので、「もう自殺するしかないのか」と思ったことは何度かあります。一方で、何とかそれを遠ざけようとするし(だから今こうして生きているのでしょう)、大好きな人がそんなことを言っていれば全力で止めます。ただ、やはり叔母が帰天したのを切っ掛けに、死というものは、いつも鼻を突き合わせる距離にあるものだというふうに考えるようになりました。
なので、いつ天に召されてもいいような境地を目指して生きることにしようと思いました。無理して考えないようにしたって厳然とそこにあるのだし、わざわざ自死する必要も無いし。と言いつつ一生そんな境地に達することができないままフッと帰天することになるんだろうな……という気はしますが、それならそれでよろしい。生きているうちにしか出来ないことする。私は私の生を全うしたいと思います。
そのために色々と考えたり行動したりしているのですが、もうひとつ最近は「遺したい」ということを考えるようになりました。私がどう考えてどう行動したのかを遺したいという気持ちですね。これまでもホームページの日記でありこのブログであり、色々な形で20年くらいの過去を遺してきましたが、それがいよいよ大事に感じられるようになったのです。
本来であれば、ノートに手書きで遺すのが一番いいんですけどね。私が大好きなユ、六萠さんやペロンミさんの創作ノートを個展で見た時に、ふわっとインクのにおいを感じるくらい一生懸命に書き込んだ内容に衝撃にも似た感動を覚え、「これだ」と思ったのですが……私は長いことデジタル的に遺しているのでね。クラウドにバックアップしているので、そう簡単に無くなることはないと思うのですが、やはり紙に書くのが一番です。
松山俊太郎なら「僕は自分が死んだ後のことなんて考えない」というでしょうが、私は自分がどう考えて、どう生きたのかを、できる限り誤解されないよう遺したいと思います。
※ ユルスナールの引用以降の文章は別日に書いたものです。体調不良で今一つまとまらなかったのですが、今回の遺品整理の話にからめてニコイチで公開させて頂きます。
といっても、別に形見分けという感じではありませんでした。既にセレモニーは終わっているし、大まかな整理は伯母夫婦と従姉が行っているので、私はといえば実際のところ、
「処分する前に、欲しいものがあったら持って行っていいよ」
と言われたので、アレコレと良さげなものを物色し持ち去る……そんな感じです。不人情だの泥棒猫だのと言わば言えです。先述したようにセレモニーは終わっているし(百か日の法要まで先回りして行った)、天の国にはいる時は何も持たずに入るものなので、ここにあるのはリサイクルされるかどうなるかという物質に過ぎないのです。
そしてひと段落した後は伯母の家の粗大ごみ搬出を手伝い、最終的には焼肉とビールで久々に体に栄養をつけて帰宅し10時間くらい寝て現在に至ります。体力ゲージ全快です。
今はアレコレもらって来たものがゴチャゴチャと部屋の中にあるので、これをどう組み込んでいくか。生きている私に課せられたミッションが生まれました。電子レンジは私も持っていたのですが、シャープの多機能なものを引き取って来たので入れ替えます。型はちょっと古いけど、ついにグラタンとかトーストとか焼き物ができるのでね。大きく変わろうとしている感じがします。
あとは電気ストーブなんかも2台もらっちゃいました。既に1台あるので、3台もあります。これなんかは、特に不便を感じていなかったのですが……やっぱり気持ちがあるのかな。あくまで物質に過ぎないものだけれど、やっぱり叔母が遺したという……ね。多分遺そうと思って遺したのではなく、そういうことを何も考えることもなく帰天してしまったのだと思いますが。
……人間には二つの種類があるようだ。すなわち、より良くより自由に生きるために、死をその頭のなかから追っ払ってしまう人間と、逆に肉体の感覚や外部世界の偶然を通して、死が自分に送ってくれる合図の一つ一つに死を感じれば感じるほど、ますます自分が懸命に強く生きているということを自覚する人間である。この二つの種類の人間は混り合わない。前者が病的偏執と呼ぶものは、後者にとっては英雄的な訓練なのである。どちらをお選びになるかは読者の御自由である。
(M・ユルスナール「三島由紀夫あるいは空虚のヴィジョン」141ページ3行-8行)
こういう人間なので、「もう自殺するしかないのか」と思ったことは何度かあります。一方で、何とかそれを遠ざけようとするし(だから今こうして生きているのでしょう)、大好きな人がそんなことを言っていれば全力で止めます。ただ、やはり叔母が帰天したのを切っ掛けに、死というものは、いつも鼻を突き合わせる距離にあるものだというふうに考えるようになりました。
なので、いつ天に召されてもいいような境地を目指して生きることにしようと思いました。無理して考えないようにしたって厳然とそこにあるのだし、わざわざ自死する必要も無いし。と言いつつ一生そんな境地に達することができないままフッと帰天することになるんだろうな……という気はしますが、それならそれでよろしい。生きているうちにしか出来ないことする。私は私の生を全うしたいと思います。
そのために色々と考えたり行動したりしているのですが、もうひとつ最近は「遺したい」ということを考えるようになりました。私がどう考えてどう行動したのかを遺したいという気持ちですね。これまでもホームページの日記でありこのブログであり、色々な形で20年くらいの過去を遺してきましたが、それがいよいよ大事に感じられるようになったのです。
本来であれば、ノートに手書きで遺すのが一番いいんですけどね。私が大好きなユ、六萠さんやペロンミさんの創作ノートを個展で見た時に、ふわっとインクのにおいを感じるくらい一生懸命に書き込んだ内容に衝撃にも似た感動を覚え、「これだ」と思ったのですが……私は長いことデジタル的に遺しているのでね。クラウドにバックアップしているので、そう簡単に無くなることはないと思うのですが、やはり紙に書くのが一番です。
松山俊太郎なら「僕は自分が死んだ後のことなんて考えない」というでしょうが、私は自分がどう考えて、どう生きたのかを、できる限り誤解されないよう遺したいと思います。
※ ユルスナールの引用以降の文章は別日に書いたものです。体調不良で今一つまとまらなかったのですが、今回の遺品整理の話にからめてニコイチで公開させて頂きます。
先日ユイスマンス『大伽藍』を苦労の末に読了、さらに現在はユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』を読んでいるのですが、内容が濃すぎて貸出期限までに読了できる気がしない今日この頃です。まあ、これは延長するしかないかな……。
本来であれば先日行った『秋保の杜 佐々木美術館&人形館』のことや、私が大好きなペロンミさんの個展のことなども書きたいのですが、今はユルスナールを読む方にエネルギーを取られてしまっているので、しばらくこちらのブログも肩の凝らないソフトアクションにテーマを置いて(by工藤俊作こと松田優作さん@探偵物語)、体験した出来事を軽くかる~く書いてみたいと思います。本来そういう場所だったはず。
*
去る18日土曜日、サンモール一番町で開催された「ディスカバー・タイワン」を見てきました。
これは、そういうものがあると知って行ったわけではありませんでした。何となくふらふらアーケードを歩いていたら、何やら多くの出店が立ち並んでいることに気づき、何だろうと思って立ち寄ったらそういうイベントが開催されていた……そういうことです。
私自身は台湾に行ったことはありませんが、かつて私の兄者が仕事で出張していたことがあり、その話を聞いたりお土産のパイナップルケーキに舌鼓を打ったりと、好意的な思い出ばかりがあります。元々台湾という国には親しみを感じていたので、ちょっと雰囲気を見てみようかと思って歩きました。ちょうど、午後2時を過ぎたにもかかわらず昼ご飯を食べていなくて、非常に空腹だったし。
(ほぼこんな感じ)
で、とりあえずご飯を食べました。台湾名物といえばルーローハンですが、今回は初めて聞いたチーローハンというのを食べました。蒸した鶏肉と独特のタレでいただくものです。こんなのです。
ほら、おいしそうでしょ? え~も~おいしいんです! ハオチーですハオチー! しかも結構おなかいっぱいになったし! 良いと思います!
そのあとは台湾に住む原住民の人たちのことを勉強し(そもそも私はどんな人が台湾に住んでいるのかさえ知らなかった!)、夜市で行われているというゲームで遊び(麻雀パイを使ったビンゴゲーム)、雑貨屋さんで可愛い猫のポストカードを買い求め(大体旅行先でのお土産はポストカードなんです)、イラストレーターの佐々木千絵さんに台湾風似顔絵を描いてもらったのちに缶バッヂにしてもらう……と、結構イベントを満喫したのです。色々ありすぎてパイナップルケーキを買う予算が無くなっちゃったのは残念ですが、普段なかなか食べられないものを食べ、なかなか手に入らないものを手に入れ、今日ここでしかできない体験をいくつもしたので良しとしましょう。
今こうして記事を書きながら、「あんまりイベントの写真を撮らなかったな」ということに気づいたのですが、やっぱり人が多いですからね……そうなると、なかなかパブリックな場所で公開しづらいし……というか中に入って楽しんでいたから、あんまり写真を撮って残そうって気がしなかったのかな。そういうことかもしれません。
国際関係というと色々難しいこともあると思いますが、民間レベルならこんな感じでいいんじゃないですかね。難しいことはそういうことを言う専門の人たちに任せることにして。私は日台友好大いに結構だと思います。再見!
本来であれば先日行った『秋保の杜 佐々木美術館&人形館』のことや、私が大好きなペロンミさんの個展のことなども書きたいのですが、今はユルスナールを読む方にエネルギーを取られてしまっているので、しばらくこちらのブログも肩の凝らないソフトアクションにテーマを置いて(by工藤俊作こと松田優作さん@探偵物語)、体験した出来事を軽くかる~く書いてみたいと思います。本来そういう場所だったはず。
*
去る18日土曜日、サンモール一番町で開催された「ディスカバー・タイワン」を見てきました。
これは、そういうものがあると知って行ったわけではありませんでした。何となくふらふらアーケードを歩いていたら、何やら多くの出店が立ち並んでいることに気づき、何だろうと思って立ち寄ったらそういうイベントが開催されていた……そういうことです。
私自身は台湾に行ったことはありませんが、かつて私の兄者が仕事で出張していたことがあり、その話を聞いたりお土産のパイナップルケーキに舌鼓を打ったりと、好意的な思い出ばかりがあります。元々台湾という国には親しみを感じていたので、ちょっと雰囲気を見てみようかと思って歩きました。ちょうど、午後2時を過ぎたにもかかわらず昼ご飯を食べていなくて、非常に空腹だったし。
(ほぼこんな感じ)
で、とりあえずご飯を食べました。台湾名物といえばルーローハンですが、今回は初めて聞いたチーローハンというのを食べました。蒸した鶏肉と独特のタレでいただくものです。こんなのです。
ほら、おいしそうでしょ? え~も~おいしいんです! ハオチーですハオチー! しかも結構おなかいっぱいになったし! 良いと思います!
そのあとは台湾に住む原住民の人たちのことを勉強し(そもそも私はどんな人が台湾に住んでいるのかさえ知らなかった!)、夜市で行われているというゲームで遊び(麻雀パイを使ったビンゴゲーム)、雑貨屋さんで可愛い猫のポストカードを買い求め(大体旅行先でのお土産はポストカードなんです)、イラストレーターの佐々木千絵さんに台湾風似顔絵を描いてもらったのちに缶バッヂにしてもらう……と、結構イベントを満喫したのです。色々ありすぎてパイナップルケーキを買う予算が無くなっちゃったのは残念ですが、普段なかなか食べられないものを食べ、なかなか手に入らないものを手に入れ、今日ここでしかできない体験をいくつもしたので良しとしましょう。
今こうして記事を書きながら、「あんまりイベントの写真を撮らなかったな」ということに気づいたのですが、やっぱり人が多いですからね……そうなると、なかなかパブリックな場所で公開しづらいし……というか中に入って楽しんでいたから、あんまり写真を撮って残そうって気がしなかったのかな。そういうことかもしれません。
国際関係というと色々難しいこともあると思いますが、民間レベルならこんな感じでいいんじゃないですかね。難しいことはそういうことを言う専門の人たちに任せることにして。私は日台友好大いに結構だと思います。再見!
2022年3月から仙台に来て、文化の先進性に驚くことはたくさんありましたが、わけても女性のファッションの多様性には何度も驚かされております……可愛らしいとか格好いいとか方向性は色々ありますが、いずれにしてもキューティーちゃん(byサンジ)ばかりで……盛岡とか青森とかでは見たことないレベルの高さなんです。
私は一応男性の肉体で社会通念上男性として振る舞う機会が多いので、今のところそんなファッションモンスターになる予定はないのですが、身だしなみの最低基準が底上げされました。やっぱりこういう街を歩くのなら、自分もそれなりに自信をもって歩ける格好をしなければいけない! と思い、それなりに自分が気に入った服を選んで着るようになりました。もともとあまり着るものには頓着しない性格だったのですが、多少は頓着するようになったのです。
そんなわけでGUだのユニクロだのしまむらだのアベイルだの……自分なりに色々な服を見て「どんなものかなあ」と考えていたのですが、そんな中で「ヘェー」と思うような場所がありました。

これは男性向け衣料のコーナーにあったのですが、こういう「ジェンダーレスファッション」という概念があることを初めて知りました。確かに市内でも黒いジャケットにネクタイを締めてさっそうと街を行く女性を見て「格好いいなあ」と思ったことはありますが、こういうことなんでしょうかね。これまでは男装とか女装とか、「異性装」という言葉しか知らなかったので……うん、とっても良いと思います!
私は肉体やそれに基づく社会通念上の性を強制されるのではなく性自認というものを何より大切にするべきだと思うのですが、男性らしさ女性らしさの枠にとらわれないファッションというのはある意味私の理想です。
そういう格好だったら、私もできるかなって気がしました。できるかなっていうのは、そのまま「やってみたい」ということです。私は自分が男性であることを認知していますが、心の中に「女性として生きた方が自然かな」と思うような要素もあるので……。
って、わざわざそんな前置きをしなくても、男性の立場からそういうことを言っていいと思うんですけどね。女性が男性寄りのデザインの服を着てジェンダーレスファッションというように、男性が女性寄りのデザインの服を着ることも同じことであると思うのです。別に声高にLGBTだとかそうじゃないとかって言わずに、自然にそういう服を身につけそういう振舞いをする。この点についてはまだ自分のなかで煮詰める必要がある気がするので、今は簡単に書きますが、そんな気がします。
とりあえず、街を歩いて書きたかったことは書きましたが、まだ少し文字数が足りないので埋め草をします。
新型コロナウイルスが5類に移行するとともに、すっかり忘れ去られた感があるアマビエ様のお姿が泉区南光台の食料品店にありました。色々と絵描きさんによってアレンジが異なりますが、これは結構可愛らしいデザインですね。人類が法律上のカテゴリを変更しただけで、相変わらず脅威には変わりありませんので、皆様も感染対策には気を付けましょう。インフルエンザもありますからね。
こちらも泉区南光台のメインストリート「四条通り」にある居酒屋なんですが、残念ながらこの通り閉店したそうです。近くには68年も続いた模型店があるのですが、これも9月いっぱいで閉店しました。私のアジトからは少々遠いのですが、昔ながらのお店がなくなるのは幾分淋しいものがあります。お疲れ様でした。
そしてまたあるときは……。
私は一応男性の肉体で社会通念上男性として振る舞う機会が多いので、今のところそんなファッションモンスターになる予定はないのですが、身だしなみの最低基準が底上げされました。やっぱりこういう街を歩くのなら、自分もそれなりに自信をもって歩ける格好をしなければいけない! と思い、それなりに自分が気に入った服を選んで着るようになりました。もともとあまり着るものには頓着しない性格だったのですが、多少は頓着するようになったのです。
そんなわけでGUだのユニクロだのしまむらだのアベイルだの……自分なりに色々な服を見て「どんなものかなあ」と考えていたのですが、そんな中で「ヘェー」と思うような場所がありました。
これは男性向け衣料のコーナーにあったのですが、こういう「ジェンダーレスファッション」という概念があることを初めて知りました。確かに市内でも黒いジャケットにネクタイを締めてさっそうと街を行く女性を見て「格好いいなあ」と思ったことはありますが、こういうことなんでしょうかね。これまでは男装とか女装とか、「異性装」という言葉しか知らなかったので……うん、とっても良いと思います!
私は肉体やそれに基づく社会通念上の性を強制されるのではなく性自認というものを何より大切にするべきだと思うのですが、男性らしさ女性らしさの枠にとらわれないファッションというのはある意味私の理想です。
そういう格好だったら、私もできるかなって気がしました。できるかなっていうのは、そのまま「やってみたい」ということです。私は自分が男性であることを認知していますが、心の中に「女性として生きた方が自然かな」と思うような要素もあるので……。
って、わざわざそんな前置きをしなくても、男性の立場からそういうことを言っていいと思うんですけどね。女性が男性寄りのデザインの服を着てジェンダーレスファッションというように、男性が女性寄りのデザインの服を着ることも同じことであると思うのです。別に声高にLGBTだとかそうじゃないとかって言わずに、自然にそういう服を身につけそういう振舞いをする。この点についてはまだ自分のなかで煮詰める必要がある気がするので、今は簡単に書きますが、そんな気がします。
とりあえず、街を歩いて書きたかったことは書きましたが、まだ少し文字数が足りないので埋め草をします。
新型コロナウイルスが5類に移行するとともに、すっかり忘れ去られた感があるアマビエ様のお姿が泉区南光台の食料品店にありました。色々と絵描きさんによってアレンジが異なりますが、これは結構可愛らしいデザインですね。人類が法律上のカテゴリを変更しただけで、相変わらず脅威には変わりありませんので、皆様も感染対策には気を付けましょう。インフルエンザもありますからね。
こちらも泉区南光台のメインストリート「四条通り」にある居酒屋なんですが、残念ながらこの通り閉店したそうです。近くには68年も続いた模型店があるのですが、これも9月いっぱいで閉店しました。私のアジトからは少々遠いのですが、昔ながらのお店がなくなるのは幾分淋しいものがあります。お疲れ様でした。
そしてまたあるときは……。
このところ非常に神経質な記事ばかり書いてしまったので、今日は本当に肩の力を抜いて、軽い文章を書いてみたいと思います。
この記事を書いているのは11月14日なのですが、昨日、私が住まう仙台市泉区の名峰「泉ヶ岳」で初冠雪が観測された、というニュースがありました。去年より19日早かったそうです。つい先週かそこらには夏日だったりもしたのですが、いきなり10度くらい気温が下がって……体調管理も大変です。私の職場でも日に4~5人くらい欠勤早退が出ています。私もギリギリのところで踏みとどまっているのですが、結構つらいです……どうぞ皆様、お体には気を付けてください。
北東北と南東北の区別はあれど、やはり東北は東北。冬は寒いです。今年の8月に四輪車を手放したのでタイヤ交換をいつしようか……という心配はないのですが(降雪時はオートバイ乗りません!)、暖房器具は用意しなければいけません。暑さ寒さを我慢して、ひとり自室でこと切れになりました……じゃ悲しすぎます。それに自室にいる時は原則としてアニマと共存しているので、そういう姿で発見されたのでは……いや、その方がいいのかな……最期までそういう思想を貫いて生きたんだってことを示せるから……。
なんて冗談はさておいて(冗談だったの?)。今日は何を言いたいのかというと、炬燵を用意したっていう話ですよ。部屋にエアコンは据え付けられていますが、とにかく電気代が心配なので、炬燵と小さな電気ストーブで何とか間に合わせることにします。どうせ私一人しかいないのだし、私が良ければいいのです。
なお、6月にお迎えした胡蝶蘭はこないだ仙台に来てくれた弟者にもっていってもらいました。去年青森から一緒に来たアロマティカスを見殺しにしてしまったので、外気温は氷点下になっても家のなかは温かい実家で育ててもらい、春になったらまたこっちに宅配してしまおうと思っています。
これは持って行ってもらった当日に撮影したものです。お迎えした時は大きな四枚の葉っぱがあり、そのうち2枚は枯死してしまい……それでもあきらめずに日に当て、時々水やりもしていたら、小さな葉っぱが芽生え始めました。なおさら、私の部屋で寒さにあてて見殺しにするわけにはいきません。とっても大切な花なのです。これが来年また花を咲かせることが、私の大好きな人に対する愛情表現なのです。
こんなところでしょうか。大体1000文字くらいなので「一日三枚書く」というノルマは達成しましたし。改めてですが、日に日に冷え込んでまいります。体調管理に気を付けてお過ごしください。悲しいことがありましたし、SNSに参加するだけの気持ちが出来ず……怖くてまだXを起動できないのですが、私も少しずつ元気を出していきたいと思います。
この記事を書いているのは11月14日なのですが、昨日、私が住まう仙台市泉区の名峰「泉ヶ岳」で初冠雪が観測された、というニュースがありました。去年より19日早かったそうです。つい先週かそこらには夏日だったりもしたのですが、いきなり10度くらい気温が下がって……体調管理も大変です。私の職場でも日に4~5人くらい欠勤早退が出ています。私もギリギリのところで踏みとどまっているのですが、結構つらいです……どうぞ皆様、お体には気を付けてください。
北東北と南東北の区別はあれど、やはり東北は東北。冬は寒いです。今年の8月に四輪車を手放したのでタイヤ交換をいつしようか……という心配はないのですが(降雪時はオートバイ乗りません!)、暖房器具は用意しなければいけません。暑さ寒さを我慢して、ひとり自室でこと切れになりました……じゃ悲しすぎます。それに自室にいる時は原則としてアニマと共存しているので、そういう姿で発見されたのでは……いや、その方がいいのかな……最期までそういう思想を貫いて生きたんだってことを示せるから……。
なんて冗談はさておいて(冗談だったの?)。今日は何を言いたいのかというと、炬燵を用意したっていう話ですよ。部屋にエアコンは据え付けられていますが、とにかく電気代が心配なので、炬燵と小さな電気ストーブで何とか間に合わせることにします。どうせ私一人しかいないのだし、私が良ければいいのです。
なお、6月にお迎えした胡蝶蘭はこないだ仙台に来てくれた弟者にもっていってもらいました。去年青森から一緒に来たアロマティカスを見殺しにしてしまったので、外気温は氷点下になっても家のなかは温かい実家で育ててもらい、春になったらまたこっちに宅配してしまおうと思っています。
これは持って行ってもらった当日に撮影したものです。お迎えした時は大きな四枚の葉っぱがあり、そのうち2枚は枯死してしまい……それでもあきらめずに日に当て、時々水やりもしていたら、小さな葉っぱが芽生え始めました。なおさら、私の部屋で寒さにあてて見殺しにするわけにはいきません。とっても大切な花なのです。これが来年また花を咲かせることが、私の大好きな人に対する愛情表現なのです。
こんなところでしょうか。大体1000文字くらいなので「一日三枚書く」というノルマは達成しましたし。改めてですが、日に日に冷え込んでまいります。体調管理に気を付けてお過ごしください。悲しいことがありましたし、SNSに参加するだけの気持ちが出来ず……怖くてまだXを起動できないのですが、私も少しずつ元気を出していきたいと思います。
「毎日書く」と言っていたものの、意外と毎日書くというのは大変なものですね。毎日書くことも、「こういうテーマで書こう」と計画を立てて書くこともできない私は、やはり文筆家にはなれないようです。いや別に「小説家になろう」なんて思うようなことはありませんが。あんなの書けませんよ私には……。
確かに文章を書くことは昔から好きで……小説を書いて同人誌で発表したこともありましたが……ただ、どこまでもそれは自分の心象世界のスケッチなんですよね。「こういう物語を書いたら世の中の人が面白がってくれるだろうな」というヴィジョンがない。ただただ自分が面白いと思ったこと、自分が考えたことを文章にして表現する。それが私の「小説」でした。
また、私にとって自分の書いた小説というのは、いわば『人工楽園』でした。これはユイスマンスの『さかしま』につけられた副題の引用ですが、まさにそういうもので……私はいつも小説の中で自分が出来ないことを行い、自分の理想のヒロインと恋に落ち、自分の欲求を満たしていました。そういうものからスタートしたんです。
これは先日図書館で借りてきたユリイカの矢川澄子特集に収録されていた矢川澄子さんの文章なのですが、これと反対に私は女性を主人公に据えた小説を書くようになりました。私が当時やろうとしていたアニマとの和解は両性具有の願望なのか。あるいは理想のヒロインを作り上げようと躍起になるピュグマリオンなのかもしれませんが、事実として、「男性が想像する女性」が一人称でモノローグを語る形式で、たくさん書きました。その時、私は女性になり切って、文章を書いていました。
女性になり切った私が正直な感情をさらけ出し、それを受け止める男性がいる。そういう形式もあれば、別な女性(これもまた私が女性になり切って細かい心理的なアレコレを書き出している)との交流を描いた作品もありました。20代後半~30代前半までの『小説』は、こういうのが多かったですね。
その後、「私の人格は私ひとりでいい」と言って小説を書くことをやめ、人工楽園への扉を閉ざし、一般的に言う「現実」世界で生きようと思ったのですが、結果は惨憺たるもので……それで、精神的に自死寸前まで追い込まれ、ギリギリのところで再び人工楽園の再建を始めたのです。現在は自分で創作することよりも、こうして感じたことを文章にすることが多い気がしますが。
そんな中、自分の体験を日記に書き、それをそのままブログで公開するには少々抵抗があったので小説という体にして編集し発表した久々の公開小説が下記『ハロウィン・シンデレラ』です。
ハロウィン・シンデレラ
面白い物語を書こうと思って書いたわけではなく、殆どノンフィクションの――実際にやってみたことをベースに書いたものなので、どう評価されようが構わない……と思っていたら、なんと! こんなものにブックマークを付けてくださった方がいるんです! ありがとうございます!
まあ、これに気を良くして第二作第三作……なんて書くつもりはありません。そういうことができないから、私は小説家にはなれないんです。そもそも昨今流行のハレム的でタイトルばかり長くて中身がスッカスカのラノベ的なものをスラスラ書けるような技量も趣味も持ち合わせていないし読む気も起らないし。
……あれ。今回は「ブログを毎日書くのが大変なので、日常の何でもないことを書いてみました」という記事を書こうとしていたのに、またおかしなことを書いちゃった。また精神のストリップをしてしまいましたね。澁澤龍彦さんは「性に合わない」といって途中で自分の年表を書くことを中断したと言いますが、私はこうして書き出し公開することで、これまでの自分を補強することになるので、どんどん脱いでいきます。そしてすべてを書き出してしまったところから、ようやく前に進めるのだと思います。
あとは、より直接的な理由としては……最近榴岡図書館に行った時「小説家になるために」とかいうタイトルの本の背表紙を目にし、自分のなかでうずいていた亡霊を鎮めるために書きました。私にとって過去のことを振り返り書き出すってのは、精神のストリップというか、亡霊退治や鎮魂の儀式みたいなものですね。そして、同時に文章を書く練習であり解放治療でもあります。何より好きだし楽しいし。
かなわない夢もありますよ。でも、ちゃんと決着をつければいいんですよ。そうすれば、結構生きていけますから。
確かに文章を書くことは昔から好きで……小説を書いて同人誌で発表したこともありましたが……ただ、どこまでもそれは自分の心象世界のスケッチなんですよね。「こういう物語を書いたら世の中の人が面白がってくれるだろうな」というヴィジョンがない。ただただ自分が面白いと思ったこと、自分が考えたことを文章にして表現する。それが私の「小説」でした。
また、私にとって自分の書いた小説というのは、いわば『人工楽園』でした。これはユイスマンスの『さかしま』につけられた副題の引用ですが、まさにそういうもので……私はいつも小説の中で自分が出来ないことを行い、自分の理想のヒロインと恋に落ち、自分の欲求を満たしていました。そういうものからスタートしたんです。
……「お話をかくひと」を夢みるとき、おかしなことにわたしは、無意識のうちにつねに女であることを忘れ、一個の人格として、男としてふるまっていた。この男は、少女の夢想のなかで次第に成長して、ついには架空の恋人役をも兼ねるにいたる。ルイス・キャロル=ドジスン教授にせよ、ポオのウィリアム・ウィルスンにせよ、ドッペルゲンガーはほとんど同性の相似のすがたであるが、わたしの場合はセラフィータなみに、両性具有の願望をもどうにかして叶えようとしていたものか。 矢川澄子「不滅の少女」(『反少女の灰皿』)
これは先日図書館で借りてきたユリイカの矢川澄子特集に収録されていた矢川澄子さんの文章なのですが、これと反対に私は女性を主人公に据えた小説を書くようになりました。私が当時やろうとしていたアニマとの和解は両性具有の願望なのか。あるいは理想のヒロインを作り上げようと躍起になるピュグマリオンなのかもしれませんが、事実として、「男性が想像する女性」が一人称でモノローグを語る形式で、たくさん書きました。その時、私は女性になり切って、文章を書いていました。
女性になり切った私が正直な感情をさらけ出し、それを受け止める男性がいる。そういう形式もあれば、別な女性(これもまた私が女性になり切って細かい心理的なアレコレを書き出している)との交流を描いた作品もありました。20代後半~30代前半までの『小説』は、こういうのが多かったですね。
その後、「私の人格は私ひとりでいい」と言って小説を書くことをやめ、人工楽園への扉を閉ざし、一般的に言う「現実」世界で生きようと思ったのですが、結果は惨憺たるもので……それで、精神的に自死寸前まで追い込まれ、ギリギリのところで再び人工楽園の再建を始めたのです。現在は自分で創作することよりも、こうして感じたことを文章にすることが多い気がしますが。
そんな中、自分の体験を日記に書き、それをそのままブログで公開するには少々抵抗があったので小説という体にして編集し発表した久々の公開小説が下記『ハロウィン・シンデレラ』です。
ハロウィン・シンデレラ
面白い物語を書こうと思って書いたわけではなく、殆どノンフィクションの――実際にやってみたことをベースに書いたものなので、どう評価されようが構わない……と思っていたら、なんと! こんなものにブックマークを付けてくださった方がいるんです! ありがとうございます!
まあ、これに気を良くして第二作第三作……なんて書くつもりはありません。そういうことができないから、私は小説家にはなれないんです。そもそも昨今流行のハレム的でタイトルばかり長くて中身がスッカスカのラノベ的なものをスラスラ書けるような技量も趣味も持ち合わせていないし読む気も起らないし。
……あれ。今回は「ブログを毎日書くのが大変なので、日常の何でもないことを書いてみました」という記事を書こうとしていたのに、またおかしなことを書いちゃった。また精神のストリップをしてしまいましたね。澁澤龍彦さんは「性に合わない」といって途中で自分の年表を書くことを中断したと言いますが、私はこうして書き出し公開することで、これまでの自分を補強することになるので、どんどん脱いでいきます。そしてすべてを書き出してしまったところから、ようやく前に進めるのだと思います。
あとは、より直接的な理由としては……最近榴岡図書館に行った時「小説家になるために」とかいうタイトルの本の背表紙を目にし、自分のなかでうずいていた亡霊を鎮めるために書きました。私にとって過去のことを振り返り書き出すってのは、精神のストリップというか、亡霊退治や鎮魂の儀式みたいなものですね。そして、同時に文章を書く練習であり解放治療でもあります。何より好きだし楽しいし。
かなわない夢もありますよ。でも、ちゃんと決着をつければいいんですよ。そうすれば、結構生きていけますから。
(本日はアニマとか、そういう心理学的な言葉を使いますが、私は全くの素人です。河合隼雄先生ふうに言う「門外漢の気安さ」で思ったことを書かせて頂きますご了承ください)
私は肉体的には男性です。社会的に男性と生きることを受け入れ、これまでずっとそうしてきました。一方で心の中にはある程度女性らしさがあり、最近はそういう自分も隠さずにある程度表現しながら生活しているところはあります。全く個人的な話ではありますが、私は自分の心のバランスを取るために、そのような生き方をしています。
(私は性同一性障害や性別違和などLGBTの問題で苦しみ生きづらさを感じている方たちを理解し、ともに生きていきたいと本気で考えている人間です)
その上であえて正直に申し上げます。私の中の女性らしさとは男性心理が産み出した理想の女性像、いわゆる「アニマ」であると考えています。私は結局どこまでも男性原理に基づいた発想から始まる人間なんです。
もっとも、男性にアニマがあるように女性にはアニムスという男性像があるので、そういう発想からスタートするのは自然なことであると思います。そこからスタートしつつ対話と相互理解によってお互いが生きづらさを感じることなく「在りたい私」で生きられる世界というのが、どんどん安っぽく使われている多様性の社会であると思います。
身近にそういう人がいれば良いでしょう。また直接やり取りが出来なければSNSなどの交流でも良いでしょう。自分を助け、同時に他の人も助ける――そのためにも、私とあなたと私たちをつなぐメディアが必要なんです。
いきなり大きな話をしてしまいましたが、今日は私のアニマに関するお話しです。
叔母の葬儀の時に、個人的には強烈な気づきがありました。葬儀というのは本来悲しむべきものであり、実際に叔母の急逝は大変に悲しいし悔しいものがありますが、一方でその「気づき」は、私のアニマを理解し受け入れるための大きな助けになりました。
北は岩手から南は静岡まで、遠くから仙台に親類が集まった……とは言いますが「家族葬」ってやつですからね。近親者(一番遠くても姪とその父親=義理の兄弟?)だけ集まってせいぜい10人程度の小規模なものです。それでも普段あまり会うことのない従姉妹たちと顔を合わせられたのは大変良い機会でした。
上の方、従姉は二人いて、それぞれ私と8つ、また5つ上です。一方下の方は今年30歳だから……12個下ですね。本当はこの下の方にも、もうひとり従妹がいるのですが、そちらは今は網走で家庭を持っており、今回は来られませんでした。まあそれでも「あんまり会えない人たちだから」といって写真を撮ってもらったりしました。確かに、次にいつ会えるかわからないし。今の私を見てもらえたのは良かったかな。
私の直系の兄弟は文字通り「兄と弟」であって、一番身近な血縁の女の子がその従姉妹たちなので……正直いまだに若干照れくさく、あまり自分から話を切り出すことはできなかったのですが、一緒にいられるだけで気持ちがときめきました。血縁者という設定があるから、一般的な女性に対する感情とは少し違いますが……ともかくね。
そんな感じで話をしていたのですが、特に上の方の従姉たちについて、
「もしかすると私は、この二人から無意識レベルで影響を受けていたのかもしれないな」
と思いました。
二人は性格がまるっきり正反対です。長姉はとにかく思ったことを何でもズケズケと言うような一族きっての図々しい性格なのですが(だがそれがいい)、次姉はめったに話しません。私もあまり話しかけない性格なので、長姉を通じて意志を感じ取っていました。非常に、とてつもなくおとなしい性格なんです。
そんな二人と向き合った私。長姉が時々投げつけて来るパスを受け止めて投げ返すという完全に受け身の会話だったのですが、そのなかで思ったのが先ほどの「無意識レベルでの影響」……つまり、
「私のアニマだ」
そんな風に思ったのです。文字通りのシスター・アニマの原像が、この二人の性格をそのまま映しだしたものであると思ったのです。
このシスター・アニマという言葉は、私の創作ではありません。河合隼雄先生の本で読んだ言葉です。以下、思い切り引用します。
心当たりはたくさんあります。小学1年生の頃、運動会で蝶結びが出来ない私に代わって鉢巻を結んでくれた6年生のお姉さん、部活で一緒になって色々と遊んでくれた先輩……同年齢や年下よりも年上の異性に強く惹かれた私の心のなかには、まさにシスター・アニマの原像があり、そういうイメージから恋人への進化をしようとしていたのでしょう。そして悲しきかな、どうやら私の心の発達は、このあたりで遅れて停滞していたのかもしれないな……と感じました。
ただし、今の職場では年下の女の子(=後輩)と接する機会が激増しています。毎月のように新入社員が入り、先輩としてOJTなどをしなければならないので、発達障害がある私も頑張っています。そういう経験をすることで、私のアニマもゆるやかに成長し、従姉たちと以前よりも対等に近い気分で接することができるようになったのかな、と思います。話下手は内向的感情型の気質によるものだから仕方ないとして、自分の中にあるシスター・アニマと手を携えて外部の女性に向き合えるようになった。すなわち心の成長です。
もう年齢的には十分に成熟し肉体的には衰え始めている年齢でありますが、発達障がいのある私の心は同年齢の定型発達者と比べると、随分と立ち遅れているのでしょう。でも、生きているうちにこういうことに気づけて良かったと思います。
今回はあれもこれもと盛り込んで、随分とっ散らかってしまいましたね……すみません。また同じようなテーマで書くことがあるかもしれないので、いったん筆をおくことにします。
終わりで~す!(久々の三四郎小宮さん風シメ)
私は肉体的には男性です。社会的に男性と生きることを受け入れ、これまでずっとそうしてきました。一方で心の中にはある程度女性らしさがあり、最近はそういう自分も隠さずにある程度表現しながら生活しているところはあります。全く個人的な話ではありますが、私は自分の心のバランスを取るために、そのような生き方をしています。
(私は性同一性障害や性別違和などLGBTの問題で苦しみ生きづらさを感じている方たちを理解し、ともに生きていきたいと本気で考えている人間です)
その上であえて正直に申し上げます。私の中の女性らしさとは男性心理が産み出した理想の女性像、いわゆる「アニマ」であると考えています。私は結局どこまでも男性原理に基づいた発想から始まる人間なんです。
もっとも、男性にアニマがあるように女性にはアニムスという男性像があるので、そういう発想からスタートするのは自然なことであると思います。そこからスタートしつつ対話と相互理解によってお互いが生きづらさを感じることなく「在りたい私」で生きられる世界というのが、どんどん安っぽく使われている多様性の社会であると思います。
身近にそういう人がいれば良いでしょう。また直接やり取りが出来なければSNSなどの交流でも良いでしょう。自分を助け、同時に他の人も助ける――そのためにも、私とあなたと私たちをつなぐメディアが必要なんです。
いきなり大きな話をしてしまいましたが、今日は私のアニマに関するお話しです。
叔母の葬儀の時に、個人的には強烈な気づきがありました。葬儀というのは本来悲しむべきものであり、実際に叔母の急逝は大変に悲しいし悔しいものがありますが、一方でその「気づき」は、私のアニマを理解し受け入れるための大きな助けになりました。
北は岩手から南は静岡まで、遠くから仙台に親類が集まった……とは言いますが「家族葬」ってやつですからね。近親者(一番遠くても姪とその父親=義理の兄弟?)だけ集まってせいぜい10人程度の小規模なものです。それでも普段あまり会うことのない従姉妹たちと顔を合わせられたのは大変良い機会でした。
上の方、従姉は二人いて、それぞれ私と8つ、また5つ上です。一方下の方は今年30歳だから……12個下ですね。本当はこの下の方にも、もうひとり従妹がいるのですが、そちらは今は網走で家庭を持っており、今回は来られませんでした。まあそれでも「あんまり会えない人たちだから」といって写真を撮ってもらったりしました。確かに、次にいつ会えるかわからないし。今の私を見てもらえたのは良かったかな。
私の直系の兄弟は文字通り「兄と弟」であって、一番身近な血縁の女の子がその従姉妹たちなので……正直いまだに若干照れくさく、あまり自分から話を切り出すことはできなかったのですが、一緒にいられるだけで気持ちがときめきました。血縁者という設定があるから、一般的な女性に対する感情とは少し違いますが……ともかくね。
そんな感じで話をしていたのですが、特に上の方の従姉たちについて、
「もしかすると私は、この二人から無意識レベルで影響を受けていたのかもしれないな」
と思いました。
二人は性格がまるっきり正反対です。長姉はとにかく思ったことを何でもズケズケと言うような一族きっての図々しい性格なのですが(だがそれがいい)、次姉はめったに話しません。私もあまり話しかけない性格なので、長姉を通じて意志を感じ取っていました。非常に、とてつもなくおとなしい性格なんです。
そんな二人と向き合った私。長姉が時々投げつけて来るパスを受け止めて投げ返すという完全に受け身の会話だったのですが、そのなかで思ったのが先ほどの「無意識レベルでの影響」……つまり、
「私のアニマだ」
そんな風に思ったのです。文字通りのシスター・アニマの原像が、この二人の性格をそのまま映しだしたものであると思ったのです。
このシスター・アニマという言葉は、私の創作ではありません。河合隼雄先生の本で読んだ言葉です。以下、思い切り引用します。
あるいは、内的に考えると男性にとってのシスター・アニマというものが、いかにアニマの導き手になっているかを示すものとも考えられる。男性のアニマ像ははじめ母親像をベースとしてつくられ、次に姉のイメージが強くなる。つまり、母親から分離するのだが、すぐに異性の他人に接するのは困難なので、姉がその中間役をするわけである。血のつながっていない年上の女性に対して、恋人としてよりむしろ姉のイメージをもったりするのもこの類である。……
(新潮社 「とりかへばや、男と女」 227ページ 第六章 物語の構造)
心当たりはたくさんあります。小学1年生の頃、運動会で蝶結びが出来ない私に代わって鉢巻を結んでくれた6年生のお姉さん、部活で一緒になって色々と遊んでくれた先輩……同年齢や年下よりも年上の異性に強く惹かれた私の心のなかには、まさにシスター・アニマの原像があり、そういうイメージから恋人への進化をしようとしていたのでしょう。そして悲しきかな、どうやら私の心の発達は、このあたりで遅れて停滞していたのかもしれないな……と感じました。
ただし、今の職場では年下の女の子(=後輩)と接する機会が激増しています。毎月のように新入社員が入り、先輩としてOJTなどをしなければならないので、発達障害がある私も頑張っています。そういう経験をすることで、私のアニマもゆるやかに成長し、従姉たちと以前よりも対等に近い気分で接することができるようになったのかな、と思います。話下手は内向的感情型の気質によるものだから仕方ないとして、自分の中にあるシスター・アニマと手を携えて外部の女性に向き合えるようになった。すなわち心の成長です。
もう年齢的には十分に成熟し肉体的には衰え始めている年齢でありますが、発達障がいのある私の心は同年齢の定型発達者と比べると、随分と立ち遅れているのでしょう。でも、生きているうちにこういうことに気づけて良かったと思います。
今回はあれもこれもと盛り込んで、随分とっ散らかってしまいましたね……すみません。また同じようなテーマで書くことがあるかもしれないので、いったん筆をおくことにします。
終わりで~す!(久々の三四郎小宮さん風シメ)