忍者ブログ
大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
初めに大事なことを書いておきます。

 先月Xを休止してブログを再開した頃から、「認識者」または「受信者」としての自分を突き詰めるべく奮闘しております。

 それは対象によって「観る」だったり「聴く」だったり「読む」だったりするわけですが、いずれにしても私は完全な受け手としてそれに向き合います。「自分だったらこう演じる」とか「私も今度、文章を書くときにこういう技法を真似てみよう」とか、そんな小賢しいことはすべて排除し、ただただ楽しむのです。

 でも、楽しんで終わりじゃただの消費行為です。XでもyoutubeでもTikTokとやらでもいいんですが、次から次へと新しいものが現れては消えてしまいます。感想も「エモい」とか何とかって刹那的な快楽になっているのではないでしょうか。少なくとも私の感想はそうです。そうなっていました。
確かに、最初に字数制限を無視して書きたいことを書き、そこから削りに削ってようやく140文字にして発信するとか、そういう方法をとってはいるのですが、それでも毎日毎日そんな短い言葉ばかり使っていると、短い文章しか書けなくなります。せっかくの感動も薄まって細切れになって溶けてしまいます。私はね。私は……。

 だから、じっくりと長い文章に向き合う。そして自分の心が感じたことを大切にしながら、それをどんどん膨らませていく。膨らんだ感想をできるだけ損なわないように片っ端から文章にしてみる。そうすると1000~3000字、時には6000字級の文章が出てくるわけです。このブログは今やそんなヘヴィ級の文章を連発する壮絶な解放治療場と化してしまったのです。

 でも、そう言うのが必要だと思います。そうして自分の心をしっかり守りながらはぐくんでいく。1か月くらい続けて、私の心も少しずつ復調しています。1日おきとか2日おきにXもやっていますし、やったら自分の好きな人にリプライをつける位のことはしますが、わざわざXで発信するよりはこのブログで思い切りのびのびと書いていた方が楽しいのです。誰が読んでくれているのかわかりませんが、ともかくこれが私です。そんな私がこないだ見てきた写真展のことについて、今回は、書いてみたいと思います。

 *

 現在、仙台市内のギャラリーでは「仙台写真月間」という催し物が開催されています。仙台市青葉区錦町にある「仙台アーティストランプレイス」(SARP)で毎週、異なる写真家のひとの展示が開催されるので、写真(下手の横)好きとして見てきました。ただこのごろは先述したように、もう自分にはいわゆる「上手な写真」は撮れっこないから……という気になっているので、別に技術を学ぼうとかそういうわけではなく、ね。ただ見てみたいから見に行く。それだけです。

 

 感想を第一に言うと、沖縄で撮影されたという事前情報がなければ、それとわからないような写真です。送電線の鉄塔とか、どこかの橋脚とか、そんなのばかりで。ただ、そんなことはどうでもよくて――ひたすら画面の大半を占める空間の広さが気に入りました。

 心をふさいでいた蓋がパン! と吹き飛ばされたのです。そして、それっきり音も何もない「制止した世界」に自分が立っている気分になりました。しばらく――ずっと――眺めていたくて、その場に立っていました。

 嬉しかったです。嬉しい? 

 ええ、確実に「受け手」としての私の内面、心は開かれていることが確認できたからです。そして、こうしてそれを言葉にして伝えることも、だんだん思い通りにできるようになってきたからです。

 そう、やはり私はこれがいいんです。自分が何かを発信して誰かを感動させるなんて夢のまた夢です。というよりも、夢見る必要すらありません。私がどれほど頑張って輝いて見せたところで、それ以上に輝く星がいっぱいあるのでは、仕方ないじゃありませんか。だったら私が輝かなくてもいい。その代わりそこに星が輝いていることを見つける側の人間になろう。地上から星を見上げる人間になろう。観測者、認識者になろう。そういう活動が確実に心身を良い方向に運んでいると確認できたのです。

 そのうえで、感想は伝えます。感想を伝えるにも技術は必要です。ただし感想とは別に技術技法を解説するものでなくても良いと思います。自分がどんなところをどう感じたか、自分の経験と照らし合わせて何を思ったか。そういう、私にしか見えないような魅力を伝え、「そうだったのか…」と思ってもらえるだけの技術は必要であると思います。

 おや? 確か私は「別に、誰も読んでくれなくてもいい、伝わらなくてもいい」と思っていたのではなかったかな? 確かにそれはそうです。ただ、今この文章を書いている中で思ったのは、それとはまた少し違っていて……まだうまく言えないのですが、大体こんな感じでしょうか。すなわち、

 「読んでくれなくてもいい。伝わらなくてもいい。でも伝わるよう努力はする。読んでもらいたい心は込める。今は伝わらなくても、いつか伝わるように。わかってもらえる人がいてくれると信じて、ひたすら書き続ける」

 今は誰も読んでくれなくても、更に十年二十年と続けたら、少しは良くなっていくかもしれない。もしかしたら、一生誰にも読まれないまま終わってしまうかもしれないけれど、それでもいいじゃないか。とにかく書き出してみる。それで私の心が育つなら、それでいいじゃないか。

 そんな感じで、やっぱりブログは続けていきたいと思います。毎日書きます。ただ、既にお気づきと思いますが、時間があって書きたいことが山ほどある時は、何日分かまとめて書いています。時間が経てば鮮度が落ちるから、新鮮なうちに調理してしまわないといけないのです。今日はもう4日分くらい書きました。読むに堪えない雑文ですが、それでも積み上げればきっと……。

拍手[0回]

PR

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック