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おはようございます。

 朝から熱中症

 いぬがみです(めまい、吐き気)。


 今から20年前、私は高校2年生でした。ちょうど微妙な月なので具体的に書くと、1998年度、高校2年生でした。なので1999年4月から高校3年生というところです。

 現在公開中の映画「ラブライブ! サンシャイン!!」であれば、2年生の子たちと一緒です。いや一緒っていうか、ちょうど20年、離れているということですね。キリのいいところで。

 こないだの『ファインダー』に出てきた女子高生もそうですけど、現実的に高校生だった時代から、そろそろ20年。そしてそれ以上の時間が経とうとしています。

 よく考えればジョシコーセーが主人公の物語なんて、いつの時代もあったから、どこかでこういうタイミングが来るのだとは思いますが……あるいは、20年という節目だからかな。『仮面ライダージオウ』とか何とかもそうですけど、色々メモリアルイヤーな感じがします。


 たぶん、今年が勝負でしょうね。

 今までいろいろと忘れていたこと、捨ててきたこと、後悔していること、物足りないこと。その10年分20年分あるいは30年分を取り戻そうとして、ここ半年くらい頑張ってきましたが、やはり30年分をいっぺんに生きようとすると、時間が足りません。物理的時間は万物において平等ですから、あとはいかにその時間を濃厚に生きるか。

 幸いにも私にはコンサータがあります。これを服用し始めてから、人生を143パーセントくらい生きている気がします。その分、身体的負担も小さくありませんが。


 題名は、ナムコの格闘ゲームのキャラクターのセリフです。

 これは記憶違いかもしれませんが、「ソウルキャリバー」の主人公であるジークフリートが勝利時に言っていたセリフです。確かドリームキャスト版で、ソウルエッジに乗っ取られた『ナイトメア』のバージョン違いとして出てきたはずですが、こんなことを言っていたような気がします。

 そしてもうひとりは、「鉄拳4」のオープニングの三島一八ですね。

 「生きていたのか!」

 自分の手で抹殺したつもりの親父・三島平八に対してモニターカメラ越しに叫んだセリフ。正確には「貴様からは……すべてを取り戻す!」ですが、そんな感じです。

 
 何もしてこなかった――と思い込んでいた社会人生活の10年。

 何もかもを捨てよう――と忘れ去っていた中/高/大学生時代からの20年。

 ラジコンとファミコンの合間で泣いたり笑ったりしていた小学校時代からの30年。


 そして、もうすぐ40年。

 ずっとずっとずっと先のことだと思っていた未来が、もう手の届きそうなところにある。

 だから私は生きます。

 過去を、そして、現在を。



 *


 ……本当は20年くらいで区切ろうと思っていたのですが、今この記事を書きながら聞いているのが『女神転生』のサントラなものですから、ちょっと範囲を広げてしまいました。1作目は1987年、2作目は1990年なので少々ずれはありますが、キリのいいところで30年ということにしました。大変だぞ、こりゃあ(笑)。
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おはようございます。

 世界最高の読心(リーディング)能力

 いぬがみです(……「ときメモが好きなようだな」)


 それは90年代の名作「メタルギアソリッド」の登場人物であるサイコ・マンティスですが、以前「TRICK」というドラマを見た時、ホットリーディングとかコールドリーディングとか、そう言う言葉を覚えました。のちに「ザ・クイズショウ」でも出てきましたが。

 いずれも相手の心を読む技法なわけですが、そのことをいまさら突き詰めるつもりはありません。それを知ったところで、本当にその技術を自分のものにしている人からすれば、容易に看破できるというか、むしろそれこそつけ入る隙だと思いますので。メンタリストの方のダイゴさんを見ていると、そう思いますね。こんな人と相対したら、私は全面降伏です。

 今日は、要するに人間だれしも、ほかの人の言葉を自分に当てはめてしまうものだな、と思いました。っと、そう言う話です。


 本を読んでも映画を見ても、「ああ、これは今の自分と一緒だ」と思ったり。それは感情移入という言葉でもいいですが。そして、すべての創作物というのは、そのために存在しているのだと思いますが。

 その、最も強力なものが聖書ですね。これはもう2000年以上かけて磨き抜かれた言葉の数々ですからね。たぶん人間の側に立って考える人は、これらの言葉さえ様々な心理学用語を振りかざして理詰めで解明するのでしょう。

 それなら、それでよろしい。聖書の言葉をイエズス様すなわち神様のありがたい教えと受け止め、そのように行動しようとすることを嗤うのなら、嗤えばよろしい。

 その先に私が求めるものは無いですから。私は私の信じる道を行きますから。


 *


 あと、もうひとつ書こうと思っていた話題があります。

 これは自分でもあんまりよくわからないのですが、やはり――この際聖書だろうと何だろうといいのですが、同じ文章を目にしても、電子メディアよりも紙メディアの方が頭に入るんですよね。

 …………

 あれ、この話、「湾岸ミッドナイト C1ランナー」で出てきたような気がするな。すみません、これはコミックスを読み直して、また改めて書きます。
こんにちは。

 冷めやらぬ余韻

 いぬがみです(数日前に見たまんが映画のね)。


 こんなことを言っているから私は、突き詰めることができないんですよね。また、それでいいと思っている節もありますし。

 さて、ユルスナールの『三島あるいは空虚のヴィジョン』を読了しました。

 私が昨晩書いた、三島氏の自決直前の雰囲気は、ユルスナール女史と澁澤龍彦氏(翻訳者)によって大体わかりました。あとはもう結構です。

 やはり私にとっては、この3冊を併せて読むことでバランスが取れるのかなと思います。当事者たる三島氏があって、「親しくそして本質的な理解者」であり「時間を超えた優しい眼差し」を注ぐ澁澤龍彦氏があって、さらに、その澁澤氏が自ら翻訳を手掛けたユルスナール女史があって。そのおかげで私は現代を生きることができるのです。

 まあ背の立つところまでしか入っていないのに「海を知った」というようなものですが、これも含めてあくまでも仮想体験、冗談のひとつと思っていただければよろしいです。


 そして、改めて思ったのは、やはり文章力というのは重要だということです。

 平易なのか難解なのかという問題とは別に、上手なのか下手なのかということですね。

 たぶんその辺が、心に響くとか響かないとか、そう言うことなのかなと思うのです。

 大学まで行って文学をやってきたわりに、なんだか拙劣極まりない文章しか書けない私としては、これら偉大な方々の文章を読むたびにトホホと苦笑いしてしまいます。もはや頭をかきながら情けなく笑って引き下がるしかありません。

 まあ、私自身の文章がまずいので、せめて良い文章をたくさん読みたいと思います。よし、今日はコンパクトにまとまりましたね(?)。
こんばんは。

 過度に先鋭化する精神を御するべく、体を鍛える。

 いぬがみです。


 こないだ本棚を整理して澁澤龍彦『三島由紀夫おぼえがき』を再発見し、その三島氏の「太陽と鉄」を読み、さらにユルスナールの「三島あるいは空虚のヴィジョン」……と、続けざまに読んでいる私です。

 すでにこの時点で私は三島氏に強く魅了されています。困ったことにそれが、例えば三島氏の文学を読んで感動して……というのではなく、精神と肉体のそれぞれを鍛え上げて自分の求める境地にたどり着こうとした三島氏の生き方そのものに共感あるいは共鳴してしまっているのです。

 実際に私が同じ轍を踏まないのは、私が三島氏と比べてあまりにも凡庸であり拙劣であり、またアニメや漫画やその他もろもろ……三島氏や澁澤氏が生きていた時代には存在しなかった雑多なものに、すでに心をからめとられているからです。

 そして、それゆえに私はまだまだ生きていたいと願うからです。

 今回の妄想は、私がゆるぎない生への執着を心の中にいつも燃やし続けていることを前提にお読みください。って、ここまで書いている文章を読んで、すでに皆さまあきれ返って、このあとの駄文を読むことはないでしょうが。それであればこそ、私も心置きなく妄想をメモすることができるのですが。


 とりあえず私が思っていることを書きます。

 市ヶ谷で割腹自殺を遂げた三島氏は、ヴェトナム戦争に反対して抗議の焼身自殺を遂げた僧侶と重なります。

 どちらも、何かしらの精神的危機に追い込まれ衝動的に自殺した……という凡百のそれとは異なります。おそらくですが、自分の意志で、よりによって非常に苦痛を伴うであろう方法により自殺をしようと思ったのです。

 どうして?

 そのことを検索すれば、なんやかんやと情報が見つかるでしょう。時間も空間も異なる人たちがそれぞれに推測して論じていることでしょう。しかし、私はそういうのを見ようとは思いません。

 彼らのことを思えば、どうしても客観的になれないからです。

 どうしても、どうしても軍服に身を包み関孫六を携えて市ヶ谷に飛び込んだ三島氏やガソリンを持って往来に出ていった僧侶に、自分自身を重ねてしまうのです。まるで自分がその当事者になったようなイメージを持ってしまうのです。

 その日――自分が切腹や焼身といった、凄惨極まりない、およそ人間が知覚できる最大限の苦痛を伴う死を、自分自身の手で行う時、どういう気持ちなんだろう。


 たとえば、明日の朝、それをすると決めていたら。

 「今日は寝る。明日起きる。そして明日の正午に自分は死ぬ。自分の手で。自分の意志で。」

 「ガソリンをかぶって、自分で火をつける」

 「鋭い刀を自分の腹につきたてる。さらに突き立てた刀を、意志をもって真横に滑らせる。そして自分の腹筋と内臓をズタズタに切り裂く」

 1月19日にそうすると1月1日に決めて、それまで、どんな思いで生きるのか。

 その日、何を思うのか。

 前の日の夜、何を思うのか。


 「豊饒の海」の最終稿を、切腹する日にまとめ上げた三島氏はどう思っていたのか。

 
 その前の日の夜、何を思っていたのか。



 今、何を思うのか。




 今……。




 何を……………………。
おはようございます。

 ラブライブサンシャインの映画を見てきました

 いぬがみです(昨日、レイトショーで)。


 ほとんどまともにテレビシリーズを見ず、予備知識もさほど持たず、ただただ津島善子という体で行ってみました。

 色々と感動しました。

 詳細なことは省きますが、ひとつ再確認したことがありました。それは私自身がAqoursとは別に気づき、大事にしてきたことなんですが。

 要するに、

 「たとい物理的な要因で離れていても、心はずっとつながっている」

 ということです。


 この三連休、初日こそバイクで往復100キロの小旅行をしたりとアクティブな感じでありましたが、昨日と今日は主に部屋の片づけをしていました。何せ次々と本を買い込むので、さすがにある程度整理しないとパンクしてしまうのです部屋がね。

 それと同時に「あ~昔読んだあの本どこ行ったっけかなあ?」という思いに駆られることが時々あったので、いったん整理してやろうと思い、相当な時間と手間をかけてひっくり返しました。

 そして200冊以上の古本を処分し、まあそれでも十分ではないのですが、とりあえず読みたい本や忘れていた本がごっそり見つかったので十分な成果があったのかなと判断。

 「よっしゃ、今日はこのぐらいにしといたるわ」

 と池乃めだか師匠の物まねでひとりごち、現在は若干とっ散らかったままの部屋を片付ける最終段階に入ろうかというところです。その途中で思ったことを書き留めておこうと思い、この記事を書いています。


 懐かしい本と一緒に、懐かしい「写真」が出てきました。あと、スクデット。要するにトロフィーですね。それの楯バージョン。


 ひとつは、もともと額縁に入れてしまっていたのですが、四つ切に引き伸ばした写真。そこに写っているのは、まつ毛の手入れをしている女子高生を真横から写したもの。タイトルは確か「真剣な女」だったかな。20年前、部室の整理をしている時に見つけ、処分される前にパネルから引きはがして回収したものです。

 この被写体の女性は私の一年先輩でした。その学年の部員は女子が二人いて、もうひとりの方は明朗快活、部活に関する運営もテキパキ/サバサバとこなす人でした。一方でこの先輩はどちらかというと口数は控えめで、話すよりも考えることが好きな雰囲気の人でした。

 そして、その先輩のことが、私は好きでした。いっしょに話をするのが楽しくて、その先輩がCoccoが好きだというとすぐにCDをレンタルしてきて、カセットテープにダビングして(時代ですね~)、通学途中の自転車でしょっちゅう聞いていました。

 ところが、やはり同学年の女子の友達が欲しかったのか。その先輩は3年生の夏休み明けには辞めてしまいました。運動部ならそれもいいんでしょうが、私たち文化部は秋の文化祭が最後の晴れ舞台ですからね。それまで一緒にやりたかったのですが、まあ……今更どうこう言っても仕方がないことです。

時々過去に戻って歴史を修正したいと思うこともありますが、これに関しては、戻ったところで手の出しようがない気がしますし。今はただ小林秀雄先生にならい、あれこれと余計な思いを抱くことなく、ただその事実だけを懐かしむことにしましょう。


 そしてもうひとつは、私が1997年の夏、宮古市は浄土ヶ浜において撮影した幼い兄妹の写真。タイトルはそのまま「兄妹」ですが、これ、なんと文化部の甲子園こと全国高等学校総合文化祭岩手県大会写真部門……ハァハァ……において、優秀賞をいただいたんです。もうね、全校クラスで表彰されるレベルですよ。そして極度の恥ずかしがりや(今でいう自閉スペクトラム症)だった私は登壇をボイコット。同じ部に所属していて、一ランク上の「最優秀賞」を受けた女の子に替え玉をさせるという蛮行を実施してしまいました。

 これに関しては歴史改変したい気持ちが今でも起こります。しかしながら、その後全国大会へ行くことを泣きながら拒否した彼女に代わって、私が鳥取県米子市までロングジャーニーしたので、貸し借りなしと言えばそうなのかもしれませんが。そしてこの米子市のアーケード街にある古本屋で出会った「ルイス・キャロル詩集」がその後の私の人生に大きな影響を与えた……のですが、これはまた別な機会に。

 写真の話に戻ります。

 もう20年以上経ったし、何もかもが時効だと思うので語りますが、この写真はいわゆる「写真合宿」で撮影したものです。当時の顧問はいわば上級アマチュアカメラマンで、撮影技法や構図の捉え方などに一家言がある人でした。それゆえに、サボりたい人たちの吹き溜まりに近かった
当時の写真部から、やる気のなさげな人たちを一掃。当時違う部活から「サボれるから」という理由で異動した私もその対象になりかけたのですが、

 「やらなきゃいけないことは、やる」

 ということでまじめにコツコツと取り組みました。それを認めてくれたのか、あるいは単純に誰も行きたがらなかったのか、私と私と同学年の友人ふたりだけで顧問の愛車ハイエースに乗り私たちの学校から東に100キロほど離れた海岸の民宿に泊まり写真を撮りまくったのでした。

 そうやって撮りまくった写真が文化祭の審査員の目に留まり、さらにそれが岩手日報の記者の目に留まり、「日報キャビネコンテスト」にそこそこデカいサイズで掲載されました。そしてその写真を見た被写体の家族がびっくりして岩手日報に問い合わせ小騒動になりました。そう、遠距離からズームレンズでビシバシ撮った、無断撮影写真だったのです。

 当時からプライバシーなんたらという問題意識がないわけではありませんでしたが、今ほど情報化社会が進んでいなかったのでね。掲載されたのも別に週刊文春とか投稿写真とかじゃなくて岩手日報の写真コンテストですからね。ちょっとしたドッキリ小騒動ではありましたが、最終的には認めてもらえたので良かったです。


 当時の部の備品カメラは「EOS650」と「EOS1000」。当時としても10年選手であり、まあペンタックスSPでフルマニュアル撮影(ただし露光計を除く)の楽しさに目覚めてしまった現在の私からしてみれば電子制御のカタマリと言ってもいいこれは……いや、いいカメラですよ。

 何せ初心者が服を着て歩ていたような16歳のコゾーが、優秀賞を頂けるような写真が撮れるんですから。実際ズームレンズでレイアウトも自由自在だし、むつかしーことは全部コンピュータが計算してくれるし。――もっとも、プログラムAEは「バカチョンは使うな」という顧問の意向により使用禁止であり、絞り優先AEまたはシャッター速度優先AEなど、ある程度人間の意志があって、コンピュータがそれをサポートして……という写し方だったのですが。

 うん、実際、カメラに関する基本的な知識は、その後も色々と入門書とかを読みましたが、結局この顧問から直に教えられたことしか、身に沁み込んでませんね。やっぱり実際にやってみたことしか、生きてこないんです。
 
 その顧問は一年ほどで異動になり、次にやってきたのは「写真は好きだけど技術はいまいち」な先生でしたからね。その年の夏には私が好きな先輩がいなくなっちゃうし、ある意味、灰色の青春です。結局最初からクライマックス、あとは頽廃デカダンスな高校生活でした。まあそれはいいんですが。


 さて話が随分と長くなってしまいましたが、その時にパネルに引き伸ばす前の試し焼き写真が出てきたのです。

 忘れようとした時もありました。そのあと、思い出して、取り戻そうとしました。

 だいぶん、出来上がってきました。ファミコンの「火の鳥」のように、たくさんのピースに分断された私の過去が、徐々にひとつの絵になってきました。

 まあ、絵というか、一本の道のようなものなんですけどね。

 「あの時、あんなことがあったっけな」

 そうやって過去を懐かしむ行為は後ろ向きな、ネガティブな行為だと思っていたこともありましたが、30を過ぎた頃から、変わってきました。

 「あの時、あんなことがあったから、今はこうしているんだな」

 過去を点検し、現在を確認する。

 そして未来への指針を定め、歩いていく。または、走っていく。

 「過去・現在・未来の区別は単なる幻想にすぎない」

 アインシュタインはそんな風に言っていますが、それよりも私はブレット・ハートの言葉の方が好きです。すなわち、

 「現在、過去、未来においても俺が最高だ」

 ということです(※)。


 いいこといっちゃったかな。



 ※ 実はブレット・ハートも映画からセリフを引用していたらしいですが、私はその映画を見ていないので、ブレット・ハートの言葉として引用させていただきました。
こんばんは。

 調べられることを調べない

 いぬがみです。


 「太陽と鉄」と「三島由紀夫おぼえがき」を交互に読んでいます。

 すでにお二方とも幽明境を異に(この言い回しも、澁澤氏の、三島氏を悼むエッセイで覚えました)されているので、なおかつどうせこのブログも誰も見ていないので、こんな冗談を言わせていただいても咎められることもないでしょう。

 すなわち三島氏がF104に同乗体験したことと、私がオートバイに乗って走り回ることは、ある意味では異次元の世界を垣間見たという意味で同じである、ということです。私はまさにこの時点で、三島氏と自分自身をぴたりと重ね合わせられるのです。ただ私の肉体はいまだ鉄による鍛錬(三島氏ふうに言えば『耕す』こと)が完了していないので、あくまでも精神薄弱者の虚妄に過ぎないのですが。あるいは悪い冗談。


 それにしても、先日のノベライズ版『ウルトラセブンX』は一時間ちょっとで一冊丸ごと読み終えてしまったのですが、さすが三島氏の言葉です。2時間以上かけて、ようやく「エピロオグ――F104」まで読み終えました。

 じつに濃厚です。

 濃厚すぎて、手元にあるスマートフォンで、今テレビに映っているCMの主演女優が誰なのかということを検索さえしません。この時代、些細なことでも検索して検索して検索すれば大体のことがわかります。

 あの人は誰だ? その人はこういう人です。誰でも、あっという間に知ることができます。

 でも、それを、あえてしない。その分のリソースを、より良質なものに傾ける。


 うまく説明できないんですが、同じ文章を読むにしても、デジタルな画面に映ったものより紙に印刷したものの方が頭に入るんですよね。だから基本的に、電子書籍というのは好きにはなれません。Web連載されている漫画も、気に入ったものは紙で買います。

 だから、こうやってデジタルに書いている文章も、きっと誰の心にも残らないでしょう。情報減衰。やがて消滅するうたかたの夢。

 ……な~んてね~!(「ザ・クイズショウ」の片桐仁さん風オチ)
おはようございます。

 過去現在未来

 いぬがみです。


 今年一発目の更新というわけですが、それとはあんまり関係なく、本棚の整理をしました。ブックオフではなく変な中古雑貨店に本を持ち込んでしまったせいか、100冊で70円という金額を付けられ、かといって持ち帰るのもおっくうなので、結局、私の20年の歴史は70円でゴミになってしまいました。

 そしてゴミとして処分され、私は過去を捨てた男……断捨離という言葉は嫌いですが、私もまた、そうやって過去を切り捨て物質を消費して老いさらばえて朽ち果てるのでしょう……と悲観するつもりはまったくありません。

 100冊処分しても、まだまだ本はたくさんあるからです。しかも逆に、もはや自分の手の届かないどこかに行ってしまったと思っていた本がザクザクと出てきたからです。

 河合隼雄先生とユング関連の本。村山早紀先生の「ルリユール」。「ウルトラセブンX」のノベライズ版。中島らもさんの「固いおとうふ」。そして、もう一度買いなおす覚悟で日ごと古本屋に行くたび探していた澁澤龍彦氏の「三島由紀夫おぼえがき」をはじめとする著書の数々……。

 この流れは社会人時代→大学時代→高校時代という逆スライド時系列に基づいています。そうです、私は十七歳で村山早紀と澁澤龍彦をチャンポンにして読み漁り、その勢いでサドの『悪徳の栄え』『新ジュスティーヌ』の悪魔的饗宴に耽溺しつつルイス・キャロルのノンセンス的な空想的世界を泳いでいたのです。

 その後、司馬遼太郎・山岡荘八といった大御所作家の大型時代小説をがっつり平らげ、吉村昭・坂井三郎らノンフィクション的なものもかじり……と、まあ私の読書遍歴をつらつらと並べても仕方ないのでこの辺にしておきますが、要するに、まだまだ私の場合、本を読む意欲は衰えていないなというのを感じました。

 高校時代、大学時代につちかった読書のスキル。……いや、まあ本を読むことは別にスキルでもステータスでもないと思うんですけどね。ただ、やっぱり本を読むってある程度能動的な要素がありますからね。スマホで動画を見るように、何も考えないでボーっとしていても流れてくるものじゃないですから。あえてこういう言い方をしました。すみません話を戻します。

 それが社会人になって「忙しい」とか「現実を生きなくちゃ」とかいって本から遠ざかっていましたが、毎日起きると同時につけていたパソコンが故障した2013年、120冊くらい本を読んで、「ああ、やっぱり本って面白いな」と再確認。

 その後、転職して空き時間がメチャクチャになって、休憩時間は主に寝て過ごすようになって、またしばらく本から遠ざかっていたのですが……最近はADHD/ASD関連の本だったりバイク関連の本だったり、ジャンルはメチャクチャですが、とにかく漫画ではない本を読んでいます。そして今回、私の中では最重要書籍の一つと言っていい「三島由紀夫おぼえがき」が出てきたことで、いよいよ、ずっと目に見えるところにありながら手に取らなかった「太陽と鉄」が生きてきます。


 精神障害とコンサータによって毎日過剰にエキサイティングな状態が続いている今日この頃。タバコでそれを抑えていたのですが、最近はそれも控えるようになりました。そうすると、もはやじっとしていられないくらいの興奮感が全身を駆け巡るので、またまた体を鍛えてみようかと思うのです。

 いわゆる筋トレっていうと、なんかちょっとスポーティな感じがするんですよね。あるいは松本人志さんの「マツザップ」みたいな、「あの~マツザップというのは、気が狂うまでやるという」というような。

 それに対して私は、文武両道を体現した三島氏を目標として体づくりをやっていこうかと思います。厳しく研ぎ澄まされた日本刀のごとき鋼鉄の肉体と、それに包まれた精神。それは今、極端に緊張した精神をどう制御し、どう生きていけばいいのか苦しんでいる私のひとつの理想形と言ってもいいでしょう。

 筋肉だけではなく、精神だけでもなく。暴れたがる精神を鍛え上げた肉体が包み込み、血液が沸騰するようにたぎる肉体を精神が抑える。そのバランス領域を高め続けることで、おそらく私の理想とする境地が見えてくるのでしょう。その境地にたどり着いた時、私がどうするのかはわかりませんが。

 自分が境地にたどり着いたことを峻烈極まる行動でアピールして果てるのか。あるいは、いつまでも境地がどこなのか見つけられないまま還暦を目前に静脈瘤破裂かなんかで死んでしまうのか。はたまた何事もなく、ついでに医療技術の進歩によって長寿高齢化が進み、2061年くらいまで生きてハレー彗星を見上げ、「なあんだ、たいしたことなかったな……」と晩年の澁澤龍彦氏の物まねでうそぶいているのか。

 
 どうも、お酒を飲んでいるわけでもないのに、朝から随分と長い文章を書いてしまいました。

 昨今SNSという言葉が一般的に広がり、それに対して自閉スペクトラム症の私は若干の抵抗感を覚えています。言葉に対してというか、SNSそのものに対して。別にそうまでして誰かとつながりを求めたいとは思わないのです。

 そうなると、このブログもSNSというやつなのか? じゃあ自分はどうしてブログをやっているのだ? と自問自答。それにこたえられないのであれば、このまま2019年はブログ更新をせずに生きていこう……と思っていたのですが、要するに備忘録ですね。あとで自分が振り返った時に、すぐに思い出せるように。

 だから、この記事を読んで誰かが共感できるかと言えば、たぶん誰も共感できないでしょう。それで結構です。

 でも、もしも誰かが何らかのきっかけでこの記事を読み、何かを感じることがあるかもしれませんからね。オープンしなければ誰も絶対に見ることはないでしょうけど、オープンにしていれば、その可能性はゼロではありませんから。

 そして私も、それを意識して書き続けることで、よりいっそう精神を磨くことができるでしょう。ちなみに私の好きな日本刀は関孫六です。それはもちろん、あの人(※)が持っていたからです。




 ※ 「帝都物語」の主人公? である加藤保憲が持っていた刀です。映画やアニメになった時代ではなく、物語の後半、昭和編ですけどね。そしてその刀を元々持っていたのは平岡公威氏です。
こんにちは。

 皆様、いかがお過ごしでしょうか

 いぬがみです。


 さて年の瀬も押し迫ってきて、今年もこの年末特集を組んでみたわけですが、そこでハタと気づいたことがありました。気づいたというか、その……早い話が、

 「今年の上半期、何をしていたんだっけ」

 ということですね。

 わずかに残っているブログ記事などを見て、「車を買い替えた」「嫁と一緒に東京旅行」「生まれて初めてディズニーシー」など、それなりに大きなイベントがあったはずなんですが、下半期の、文字通り人生観が変わるっていうレベルでの出来事の連続に、すっかり消え失せていたみたいです。

 そういうわけで、今年は簡潔に振り返っていきたいと思います。現在この記事を書きながら聞いているのは坂本龍一「変革の世紀」です。


 7月、バイクの免許を取るべく教習所へ通う。一方で精神的負荷がメンタルの限界近くになりつつあったので、聖書の言葉に救われ始める。

 8月、14年ぶりに行った精神科でADHDとASDであることが判明。

 9月、10月、特になし。というか、「バイクの免許」「仕事の忙しさがピーク」「嫁の在留資格の更新」など、精神的な負荷が許容範囲の数倍のしかかり、もはやブログ更新どころではなくなる。この時期はもう周囲の人間に毎日のように「仕事をやめるか人間をやめるか」という話をしていたような気がします。

 11月。ようやくバイクの免許を取得。さらに愛車(カワサキ・Dトラッカー125)を購入。未知の世界に飛び出すも、ほどなくしてバイクは冬季休眠。それでも家にあるスクーターで、わずかながらバイクライフを楽しむ。

 12月。メリークリスマス、ミスターローレンス。


 そんなところでしょうか。

 バイクとコンサータとイエズス様――これらの存在が、私を救ってくださいました。コンサータによって無意識レベルの闇から引き上げられ、バイクによって前へ前へと進む力をもらい、その気持ちをもってイエズス様の恵みを受け入れられるようになったと思うのです。

 科学が助けてくれたのか、神様が助けてくれたのか。

 たぶん、どちらも正しいです。

 でも、どちらが先に来るかと言えば、それは言うまでもありません。

 良き出会いをもたらしてくれるのは、いつだって。……ね。

 私はこの通りの障碍者ですから、いまだに罪を犯します。人間の、肉の欲に負けてしまいます。

 でも、きっとイエズス様は、それを「よくないことだ!」と思っている私に、手を差し伸べてくださると思うのです。

 だから私は生きているのです。


 ONE LOVE 神に感謝
おはようございます。

 メリークリスマス

 いぬがみです。


 NORADによればふぁーぜるくりすます(※)は昨夜の午後11時ころに東京上空を通過したのだといいます。その頃、私はココスで予約した「ラブライブ!サンシャイン!!」ケーキを食べ、ワインを飲み、聖夜をお祝いし喜びました。

 今日は、さらにこの日を特別なものとするために、今朝「聖書放送」というアプリで仕込んだ情報をもとに書きます。アレルヤ!


 さて、すでに皆さまもご存知の通り、マリア様は馬小屋で御子イエズス様を賜りました。

 「マドモアゼル・マリア
  あなたは懐妊あそばした
  あなたは夫もないくせに
  男のお子さんを生みになる。
  大きにお邪魔さまでした、
  ごめんあそばせ……」
  こう言って天使が帰ってしまいます。

 これはその少し前、いわゆる「受胎告知」の文言です。えらくそっけないのはジャン・コクトーが詩を書き、それを堀口大學氏が翻訳したからです。私はこれを澁澤龍彦『幻想の肖像』で読み衝撃を受けたのですが、まあそんなこんなで出産しました。

 でも、馬小屋で。その日、宿に二人の泊まる場所がなかったから。

 2018年現在でさえ馬小屋とは入ればウッと鼻をつまみたくなるようなにおいが立ち込める場所
です。ましてや当時の馬小屋と言えば、いわゆる衛生面とか、そう言う部分では非常に劣悪だったといわざるを得ません。そんな中で生まれたばかりの御子を飼い葉桶に預けたマリア様。そして成長し、人々を導く存在になられるわけですが、ええと、あんまり難しい話はよしましょう。大切なことがわからなくなってしまうから。


 よし、今日のシメはこれにしよう。はい、うどんです。

 ……違います。

 今日は1年のうちにいくつもある祝日の一つじゃないんです。クリスマスが終わったから次は正月だ、次はバレンタインデーだ、ホワイトデーだ、東映まんがまつりだ起爆(カンフル)剤まつりだ……って、次から次へと気持ちが移っていたんじゃ、疲れちゃいますよ。あと、お金ばっかり出て行って、何も残りませんよ。

 今日は始まりの日です。2018年前に神様が地上に御子を与えてくれたことを祝福し、喜ぶ日です。そして、この喜びを毎日思い出し、かみしめ、再び次の日が訪れることを祈りながら、私たちは生きていかなければならないのです。

 「神は、その独り子をお与えになったほどに世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
 (マタイ福音書3章16節)

 メリークリスマス! メリークリスマス、ミスターローレンス!


 ※ Father christmasすなわちサンタクロースのこと。イギリスではこういう呼び方をするのだそうです。そして映画『戦場のメリークリスマス』では、ビートたけしさんが演じるハラ軍曹がイギリス人捕虜であるロレンス中佐に自分がサンタクロースだという時、こういう言い方をしていました。 「今夜、私、ふぁーぜるくりすます! アハハ、ハハ、ハハッ!」
こんばんは。

 そしてメリークリスマス!

 いぬがみです。


 今日はどうしようかと思っていたのですが、映画を見てきました。「仮面ライダー 平成ジェネレーションズFOREVER」だったかな。今やってる仮面ライダーの映画です。

 それ自体はとても面白かったのですが、ちょっと素敵な計らいが映画館で行われたのでそのことを書きます。

 私が行ったのは盛岡の「ピカデリー」という映画館です。

 盛岡の中心街には「映画館通り」というところがあります。これはその名の通り、何件もの映画館が立ち並び東宝東映日活その他……なんていうものがあったのですね。今は建物の老朽化やシネコンなどの影響で随分と寂しいものになってしまいましたが、それでも電線地中化など市政レベルで街を作っているので、とにかく映画館通りです。

 今日映画館に入ると、一番後ろの席に身なりの整った老紳士が一人座っていました。おや? と思いつつ前から3列目に座り、上映の時を待っていた私。

 ……と、照明が暗くなる前に先ほどの老紳士がスクリーンの前に立ちました。

 なんと、その人はこの映画館を運営する「南部興行」の社長さんだったのです。

 そしてご挨拶とともにふるまわれたのは来場者へのクリスマスプレゼント。実に素敵なことです。極端にシステマティックな最近のシネコンなんかではありえないでしょう。あくまでも昔からのスタイルを貫く地元密着型の映画館だからこそ。

 「今日こんな日に、映画なんか見ていていいんだろうか?」

 そう思ったりもしました。

 でも、こんな恵みにあずかることができたのだから、良かったのだと思います。

 願わくば皆さんにも、神の恵みがありますように。メリークリスマス!

 メリークリスマス! ミスターローレンス! (?)
かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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プロフィール
HN:
いぬがみ
年齢:
37
HP:
性別:
男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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