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おはようございます。

 8月最後の週末、どうでしたか

 いぬがみです(私は相変わらず仕事でしたが)。


 8月最終週末と言えば1年に1度のお祭り。そう24時間テレビ。……も、そうなんですが、ええ「鈴鹿10時間」ですよね。

 世界中からこのためにレーシングチーム、そしてレーサーが終結。長時間のレースということで、この一戦だけ参加するレーサーもいました。

 今回は私がゲームでも使用している「HOPPY86」のつちやエンジニアリングが不出場だったので普段はライバルとしてみている「グッドスマイルレーシング」の初音ミクAMGを応援しました。今回は特別仕様(桜ミク)のカラーリングに、ドイツ本国からの公認を受け全面的サポートを展開した同チーム。結果は……国内最高位の5位ということで、大健闘と言っていいでしょう。

 いや、結局、私も初音ミク好きなんですよね。いわゆる「痛車」というカテゴリに分類されるのでしょうが、同チームはシリーズチャンピオンを獲得したこともある実力派ですから。ドライバーも、谷口伸輝選手が参加しているし。

 
 一瞬の速さですべてが決まるスプリントレースも当然白熱しますが、私はやはり耐久レースで勝利するチームこそ最高のチームだと思っています。車の性能、すなわち速さはもちろん必要ですが、それ以上に試されるのはチームの総合力。給油やタイヤ交換のタイミングもそうですし、10時間とか24時間とかをキッチリ走り切る信頼性とドライバーの走らせ方。すごく難しいと思います。

 これらをすべてクリアし、表彰台こそ逃したもののしっかり走り切った桜ミク号。本当にお疲れさまでした。心からそう思います。
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おはようございます。

 科学で理解し、神様に祈りをささげる

 いぬがみです。


 これは私に限ったことではないのかもしれませんが、やはり人間、相反する感情を同時に持つものですよね。

 それをきちんと心理学的な理屈で説明がつけられる、つけてもらえるのは、とても助かります。って、Wikipediaを見たとか、その程度のものでもね。

 もっとも、Wikipediaとかネットの記事というのは、その単語じたいの解説であって(百科事典だから、それでいいんですが)、全体的に人の心を理解するためには、やはりそれなりの本を読まないといけないでしょう。河合隼雄先生の本はきわめてわかりやすく、その影響から基本的に私はフロイトよりもユングです(?)。

 という前提で、思ったことを書きます。


 ううん、私の「衝動性」というのは、このあたりの感情に起因するのかもしれません。

 衝動性……これまたネットでチラッと見ただけなので、正しいかどうかは後程検証しますが、とりあえず書きます。要するに「それをすれば必ず破滅的な結果が待っていることをわかっているのに、あえてそうしてしまう」ところが衝動性らしいんですね。

 仕事をしなきゃいけないのに飲酒したり、身体的にも金銭的にも負担が大きいのにタバコをバカスカ吸ったりする。あとは――例えば、社会通念上良くないことを考え、実行することで、強い快感を覚えるとか。

 これは重要なことです。慎重に検討しなければいけません。検討というか検証というか。

 もしかすると、私がずっとずっとずっと昔――物心ついたころから持ち合わせていたメカニズムを説明できる糸口かもしれませんから。(※)


 精神科を受診し、ADHDと診断されたことで、ようやく私は生きられるような気がします。変な話ですが、フツーの人だと思い込んでいれば、きっとその方が生きにくかったでしょう。「自分はあまりにも社会不適合な人間だ」と自分をさいなみ続け、神様から愛されていることさえ忘れ、肉の欲におぼれて大罪を犯しゲヘナに投げ込まれる……ことばかりを想像していたでしょうから。

 多分これも、イエス様の愛だと思います。


 コリント人への手紙第一10:13
 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。


 これが脱出の道。だからこの道を私は進まなければならない。真にイエス様と向き合い、余計なものをそぎ落として、イエス様の言葉を信じるために。



 ※ 13:36追記

 「依存している」←どうやらADHDに関する記事ではなく、それに付随する「依存症」についての記事だったようです。タバコやアルコールなどに依存している私が調べた時の結果ですね。

 しかし、これはこれで興味深い記事です。
おはようございます。

 I'll do anything

いぬがみです(Kluteの楽曲タイトルです)。


 何でもADHDに絡めて話をしたいわけではありませんが、自分のことをよく知るために、まずは自分の特性をきちんと把握しなければなりません。自分の特性。それがADHDだってことですよ。

 「病気」ではなく「特性」ですから。治る治らないの問題じゃなくて、そういうものとして受け入れ付き合っていかなきゃならないんですから。そのために私は日々薬を飲み、こうして考え、それを言葉にしていきたいと思います。

 というエクスキューズを置いたうえで話をします。今日のテーマは「依存症」。


 どうしてそうなってしまうのか。少なくとも私の場合、不安を紛らわすためでした。

 朝起きたら仕事前に350ml缶を1本。昼休みに350ml缶を2本。夜はあんまり飲まないけれど、一時期「仕事中にのんで、仕事が終わったら飲まない」という逆転現象が生じていました。最大で酒量は中びん2本分くらいになったかな。それを朝6時にのんで、それから仕事に入るのです。

 まったくもって異常。まったくもって反社会的です。

 もちろんそんな悪癖をいつまでも続けていいとは思っていません。飲みながらも自分をさいなみ続け、咎め続け――今は自分から酒を飲もうとは思いません。

 だって、飲んでも飲んでも結局、不安な気持ちはなくならなかったから。


 同じようなもので言えば、タバコ。

 この一箱を吸い終わったらやめよう。そう思いつつも不安や焦燥感にあらがえず、コンビニによってコーヒーを買うついでに「17番ひとつ」と言ってしまう私。そして1日5本程度で済めばいいものの、ひどい時には3本連続で吸ったことがありました。

 とりあえず今日時点では、タバコを切らしているので、吸っていませんが。

 もう、わかっているはずなんですけどね。どれだけタバコを吸っても、気持ちは穏やかにならないって。困難な状況は変わらない。ただただ具合が悪いだけって。


 酒は人付き合いの潤滑油として、そういう場に行けば飲まざるを得ないでしょう。そして確かにビールがおいしいのは認めるところですが、とりあえず「酔うために飲む」ことはしません。それは必ず我が身を亡ぼすことになるでしょう。

 そしてタバコも。

 今日はとりあえず「停戦」ならぬ「停煙」としておきます。薬の効き目を確かめながら、慎重に自分の体と心を観察します。

 しかし、先に見ているものは「休煙」です。実際、25歳から35歳までの間は休煙できてたし、無理なものではないはずです。

 そして終煙宣言を出せるように。緩やかに、しかし強く、自分をコントロールできるようになりたいと思っています。


 もしかしたら、コンサータもその助けになるかもしれません。

 わがリトルケミカルブラザーも、マルボロをバカスカ吸いつつ「ADHDの薬の効果を弱めるから、タバコは吸っちゃいけないんだよね」と言っていました。タバコには4000種類以上の化学物質が含まれているといいますから、なるほど、確かに何かしらの影響はあるでしょう。それに、「気持ちを賦活させる薬(コンサータ)」と「気持ちを抑えつける薬(タバコ)」では、お互いが干渉しあって効果が薄れてしまいそうです。今の私に最も必要な成分はニコチンではなくメチルフェニデートですから。やはり休煙に向けた動きを見せることにしましょう。以上、現地から犬神特派員のリポートでした(紛争地域リポート風オチ)。
おはようございます。

 今日も一日、生きましょう

 いぬがみです。


【湾岸ミッドナイト32巻 P31】
今の低い自分を受け入れるのは弱いコトか…?
いや…逆だろうって。

くくく…なんか小学生に言ってるみたいだな…

まんまデキの悪い小学生でした。
自分のテストは50点なのに、百点の奴を見てケチつけてただけ。
人を認める。
自分を認める。
今の事実を受け入れる。
で、否定するならそこから…

認めろよ、そのうえで否定しろ。
話はそこからだろう…
そこから動くだろう…と


 その言葉が凄く胸に響いて、いつも心にとめていたつもりでしたが、結局のところ私は今までダメな自分を受け入れることができなかったんでしょう。

 まあ、これは私自身が決めることではなく、第三者――それも専門的な知識を持った精神科医の方でないと決められない、認められない、わからないことではありますが。

 その歴史とか何とか、そういうのはWikipediaでも何でもご覧ください。ただ、私は2018年という現代に生きていてよかったと思います。ADHDという言葉が(昔より少しは)世間的にも認知され、その生きにくさを改善させる薬があり、私のような人間も3週間先の予約を取れば服薬することができるのですから。

 はっきり言えば私は、もうほかの人と同じようなペースで仕事はできないでしょう。そのことは会社にも伝えました。部署異動、最悪の場合は離職も覚悟のうえでした。

 しかし、それでも私の直属の上司は離職勧告も部署異動の検討もしませんでした。

 「ミスをして、それをフォローできない周りが悪い」

 そうまで言ってくれたのです。


 それでも、もうほかの人と同じようなペースで仕事はできないでしょう。何で2回言ったの? 絶対伝えたいからだよ!!!(絶望的な活舌で)。

 それでも、それでもですよ。

 同じようなペースで仕事はできなくても、マイペースで仕事はできます。まだ本当に「どうしようもない」状況は来ていないようです。

 だから今日も私は仕事をします。たとえ、つらくても。
 おはようございます。

 大丈夫ですか? だいじょばない!

 いぬがみです(三四郎大好き)。


 さて昨日から服薬生活を始めた私。市販薬(ウット)にせよ処方箋薬(パキシル、メイラックス)にせよダウナー系の薬ばかり飲んでいた私にとって、もしかしたら初めてかもしれないアッパー系の薬です。いやコレをそういう言い方でカテゴライズしないと思いますがふつう。

 でも、故・中島らもさんの本だったかな。そうなると『アマニタ・パンセリナ』かな。原本が手元にないので記憶違いかもしれませんが、その中で出てきたリタリン(と同成分の薬)を飲めるというのは、おかしな話ですが、どこか嬉しかったりもするのです。何せ中学のころに『危ない薬』(データハウス刊)を読んで以来のドラッグマニアですから(書斎派)。

 まあ、そんなサブカル的な話はよろしい。本当にそれがないと生きていくのが難しいくらい追い込まれて、そのうえで飲むのですから。


 まだ初日ではありますが、一日が、少し長く感じられるようになりました。

 私の仕事は朝6時から10時までと、17時から22時までであり、昼間は「中抜け」という名の休憩時間でありまして、その時間帯に仮眠をとったりするのですが・・・この時間にゲームをするだけの気力がまた甦ってきたようなのです。ちょっと前は起きていることがストレスといってもいいくらいであり、少しでも休んで気力と体力をアップさせようと思い5時間くらい寝ていたこともありました。

 しかしながら、そんな状況で眠ったとしても夢見が悪くて全然休めず、時間だけが過ぎていきました。人間そんなスマートフォンのように都合よく充電できるわけもありません。・・・結局そういう生活スタイルも、悪い影響をおよぼしていたのかもしれません。

 イエス様も「いつも目を覚ましていなさい」とおっしゃっておりました。まあこれは別に24時間起きていろという意味合いではなく、もっと精神的宗教的な意味合いですが、起きて何かを考えたり気分転換をしたり。そういう、生きることに前向きになれそうな気がするのです。


 とりあえず、そんな感じです。あまりぐだぐだ書いても仕方がないので、いったん文章を区切ることにします。
おはようございます。

 今日からコンサータ飲み始めました

 いぬがみです(第一種向精神薬)。


 先月末くらいに「自分はADHDなんじゃないか」と思い、ADHD情報サイトにある病院に片っ端からテレフォンショッキング。「今ADHDの先生がいない」「うちはそういうのやっていない」など次々に断られる中、「8月21日以降なら予約お受けできますよ」と言ってくれたところが。その時点で3週間ほどあったものの、とにかく受けて見なきゃわからん! ということで予約したのが7月30日。

 その後、激闘に次ぐ激闘。注意欠陥多動性衝動性に起因すると思われる失敗は忙しさもあり常軌を逸したトルクカーブで上昇。寝ている時にも仕事の夢を見て、部屋にいる時は気持ちが深く落ち込んでしまい、きわめて危うい状態になってしまいました。それでも「生きていくこと」に関しては全然揺らがなかったですが。だってイエス様がいるから。天に召されるタイミングは私ではなく主が決めることだから。


 そして、何とか生き延びた20日ぶりの休み。朝9時に病院に行き、問診票には思いつく限りの文言をギッシリ書き込んだ私。すでにこの時点で少々病んでいる感じもしましたが、それに加えて若干の質疑応答(?)。そして院長室で改めてADHDのチェックリストに記入したところ、

 「あ~こりゃADHDですね」

 と即断即決。あまりのスピードに文枝師匠ばりの椅子コケをしてしまいそうになりましたよ私(新婚さんいらっしゃいのアレ)。 


 というわけで第一種向精神薬「メチルフェニデート」→商品名「コンサータ」の服用を始めました。

 ちなみにもうひとつの商品は「リタリン」……コンサータとの違いは、効き方のスピード(コンサータはカプセルの中身がゆっくりと溶け出し、長い時間をかけて少しずつ効いていくタイプ)。そうか、ついにこんな強力な薬を飲むことになったのか。

 
 まあ、いいんですけどね。

 どうせ今の仕事は続けられないだろうし。
こんばんは。

 過去を振り返り涙ぐむ余裕があるなら

 いぬがみです(それだけ明日見つめよう)。


 すべてアルフィーの歌の歌詞です。

 この歌を聞いていたのが、記憶の中では1995年から1996年。私が中学2年から3年の頃です。

 その頃ちょっとだけ、いわゆる「音楽」というものに興味を持ち、アレコレ聞いていたのですが、うちの兄者がどこかでCDをレンタルしてカセットテープにダビングしたものを聞いたりもしました。ユーミンとかサザンとか尾崎豊とかアルフィーとか、私の心のコアなところにある音楽がちょっぴり古いのは、そういう影響があるのでしょう。

 年齢を重ねて改めて聞いてみると、歌詞の深みや温かみをしみじみとかみしめつつ、その歌詞にセンチメンタルに感じ入っていた中学時代の感情が同時に去来します。

 それがとても心地いいのです。

 1995年、1996年。それは私にとって必ずしも幸福なことばかりがあった時代ではありません。正直、つらいこともたくさんありました。あまり思い出したくない出来事もいっぱいあります。

 でも、それを37歳の「大人の理性」で抑えつけ、余計なものを排除し、おいしいところだけを引き出し味わう。そのためのキーのひとつがアルフィーであると思います。

 明日早いので今日はそろそろ休みます。この話はいずれまた。
おはようございます。

 今日も一日、聖霊様の加護のあらんことを

 いぬがみです。


 ホームページの古い記事として今も遺しておりますが、10年ちょっと前、私は心療内科に通っていました。「パキシル」「メイラックス」といった薬を常時服用していました。この薬は非常にてきめんで、「FLAT FEELING」という言葉はその薬が効いている時の夕凪のような心境をそのまま表したものです。そんな感じでした。

 その後、薬を飲まなくても何とか生活できるようになり、13年くらいが経ちました。

 最近はどうも、良くない気がするのですよね。

 酒もたばこもしょせんは一過性のもの。中枢神経に穏やかに効く薬が必要になってきました。

 ただ飲みたいわけではありません。そうしないと仕事に支障が出るようなレベルまで来てしまったのです。

 すでにこの業界に入って4年。それだけ経つのに周りからは「何も変わらない」と思われる苦難。年齢的にもそれなりなのに、いつも同じようなミスばかり……。

 
 そんな中、ADHDという言葉を知りました。私はよくPTSDとかACDCと間違えてしまうのですが、

 「もしかして、おれはこれなんじゃないか」

 セルフチェックを経てそう思いました。何をやってもダメなのは、きっとそのせい。

 だから仕方がないというわけではありません。原因がわかれば治療する方策もあるし、自分でも「これはこういう感情なんだから、こうすれば大丈夫」と抑えつけることもできます。それに関しては、この日本国内向けのブログではあえて言明しませんが、強い心のよりどころがあります。LAWがあります。そのために私は道を誤らないよう慎重に歩いていかなければいけないのです。



 しかしながらサタンの妨害、はたまたゼウスの妨害(参照)は日に日に強さを増しており、「まずい」「自分でもコントロールできない」そう思ってしまう時があります。それは私の信仰の足りなさゆえであり、湖に沈みかけた頃のペテロの如くであります(マタイによる福音書14章22節~33節を参照)。イエズス様もこんな私に「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」とおっしゃることでしょう。

 ただひたすらに信仰を深めていく。それは今後も変わらない信念でありますが、それ以外にも何かしら助けを得られるのなら求めたい。そう思ってADHDの相談を受けてくれそうな盛岡市内の精神科・心療内科に片っ端から電話をかけまくり、返事を待っている今日この頃です。
おはようございます。

 僕が僕らしくあるために

 いぬがみです(尾崎豊さんは「僕が僕であるために」)


 長年探し求めていた「ALFEE BEST COLLECTION」がツタヤ十和田店にあるのを知り、さっそくレンタルしてきました。そしてそれと同時に、なぜか槇原敬之さんのベスト盤もレンタルしてきました。

 特別に槇原敬之さんが好きだというわけではありません。というか、どちらかというと好きではありません。「自分はダメな人間だけど何とか頑張ってるよアハハン」と平日の昼間の街中で微笑みを浮かべている成人男性のようなイメージと言いましょうか。アレだ村上春樹氏の小説を読んだ時と同じような、むずがゆさと心地よさを感じたんです。そう、なんか心地よく感じる要素があるから嫌いと言えないし、こうしてCDをレンタルしてきてしまうんです。

 好きでもないのにどうして? と言えば、やはり私も槇原敬之さんの歌がある世界を生きてきたから。ウチの兄者が「どんなときも」の8cmシングルを買ってきた時はひそかに再生していたし、「冬がはじまるよ」は小学校の音楽の授業で歌ったし(今思うと、なぜ? という気がしないでもありませんが)、そのほかにも歌詞で気を引く歌がたくさんあります。

 そう、すごく言葉を大事にするアーティストだなという印象です。その部分は、好き嫌いとは別にすごく評価している部分です。いいことだなあ、って。

 結局、槇原敬之さんの歌をトリガーにして1991年にたいむとんねるするわけですよ。だから別に、そんなに槇原敬之さんのことが好きなわけじゃない……はずなんですが……。


 ……今まで聞き流していたものをきちんと聞いて、歌詞の内容をしっかり理解して、いいか悪いか決めようとしている。それだけです。べ、別に好きになったりしないんだからね! (よくある言い回し的オチ)
こんばんは。

 改めてアルフィーと向き合う今日この頃

 いぬがみです。


 落ち込むというわけではないんですが、何となく気持ちがズシリと重い今日この頃。やっぱりバイクの免許取得にあたり「うまく行くかな」という心配があるからです。もちろん参考書も買ったし、バランス感覚を養うトレーニングもしているし、やれることはすべてやっておこうとばかりにやっているので、不安――とは、ちょっと違う気もしますが。

 でも気負い過ぎて、結局うまくいかなかったですからね。今度は落ち着いていかないと。


 そんな心境でも聴けるのは、アイドルでもアメリカンロックでもなく、ピアノでありアルフィーでした。ピアノっていうか、ジョヴァンニ・アレヴィっていうイタリアのピアニストが弾いている楽曲、というべきかな。

 そのジョヴァンニ・アレヴィについてはまた改めて書くとして、今日はアルフィー。

 

 この曲、ずっと好きだったわけじゃありません。と言って嫌いだったわけでもなく、単純に忘れていたのです。

 でも、youtubeで聞いて、中学生の頃うちの兄者がどこかで借りてきてカセットテープに録音したものを聞き、あまりに感傷的になりすぎて泣いてしまったのはコレだったな、ということを思い出しました。

 そして今の私には、どんな歌よりも響くのです。ミュージシャンという言葉を「バイク免許取得」に置き換えて。

 多分これからもっともっと、つらくて長い道のりがあるでしょうけど、そんな時はこの歌を聞いて自分を励まし、夢に向かって頑張りたいと思います。

 
 なお、もう一つのキーワードは「勝つまでやる」ということです(これは「安堂ロイド」というドラマの中のセリフです)
かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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プロフィール
HN:
いぬがみ
年齢:
37
HP:
性別:
男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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