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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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おはようございます

2週間ぶりに仕事が休み

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


まあ色々あって気持ちが疲れています。非常にきわどい状況です。まず、そのことを最初に書き出しておきます。

そんな中でも、「散華 土方歳三」「函館売ります 土方歳三蝦夷血風録」と、続けざまに函館で買ってきた本を読みました。いずれもタイトルどおり、新撰組副長というよりは陸軍奉行並、洋装&総髪姿モードになった土方さんの物語です。

前者は新撰組時代のことを「回想」という形で色々振り返る物語です。ともすれば乱暴者で手がつけられない性格に描かれる芹沢鴨や、思想上の違いから(土方さんが主人公の小説では)あまり扱いのよくなかった山南敬助さんなども相当な好人物として描かれており、多分、私が読んできたどの小説よりも情がある、慈しみ深い土方さんがいます。これと「人間土方歳三 新撰組副長秘め語り」は、書き手の土方さんに対する熱い思いがたっぷり感じられる名作だと思います。

後者は土方さん・・・というよりも、当時実際にあった「ガルトネル事件」を中心に取り上げた物語です。これはプロシアの商人と蝦夷共和国政府との間で、函館の広大な土地を99年間(!)貸す代わりに賃貸料を貰い受けるという密約をめぐる事件なのですが、実はそのプロシアの証人の影にはロシヤの秘密工作員がいて・・・ということで話が進んでいくのですが、土方さんは上巻の後半くらいからようやく出てきます。

ちょっと考えれば、いくら話の上では「貸すだけだから」といっても、99年間というスパンは長すぎるように感じます。もしこれが実際に締結されたら、函館は香港とかみたいに、20世紀に入るまで外国扱いになっていたのかな・・・なんていう風に思います。そして、それを阻止しようと動いたのが、条約を結ぼうとしていた蝦夷共和国側の大幹部である土方さん、というのが面白いですね(これは文庫版の下巻のあらすじに書いている内容です)。

どちらも大変に面白い物語です。「本を読む時間がない」などと言い訳をしていた私も、それ以外の色々なことを差し置いて読みきってしまいました。そして確かに、読んでいる間は日々の色々なツマラナイ感情から解き放たれ、心をまっすぐに伸び伸びと解き放つことができたのです。


小説を読むことが、私の仕事に直結するとは思いません。ハイハイと愛想良く振舞うことを求められる私の仕事にあっては、むしろこういう本を読んで「土方さんのようになりたい!」と思うのはある意味マイナスかもしれません。そういうことよりも、もっと仕事のことを考えて自分を磨いたほうがいいのかもしれません。

でも、やっぱり思ったんですよね。1998年の夏、鳥取県米子市の古本屋で手に取った筑摩書房の「ルイス・キャロル詩集」にめぐり合った日から、ずっと歩んできた道。本をもっともっと読みたいと思って大学の文学部に入ってしまったくらい、私は本が好きなんだって。お酒よりもマージャンよりも、読書こそが私の心の栄養になるんだって。

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おはようございます

8月も下旬に入り、今のところ1日しか休んでいません

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(今日も出勤)。


まあ、忙しいのはありがたいことです。私の仕事もお客さんがあってこそ。冬の閑散期はホテルを閉めるか閉めないかの瀬戸際まで追い込まれましたからね。それからすれば「忙しくて休めない」うれしい悲鳴です。そういうべきなのでしょう。

建前としてはね。

でも人間ですから。疲労というものがたまりますから。もうちょっと短いスパンで休みたいと思いますよ。

……それでも、結構、気力はまだあるんですけどね。


さて、そんな弱音も泣き言も包み隠さず並べ立てるのがこの場所ですが、楽しいこともあります。楽しいというか、「どうして自分がこの仕事に憧れ、チャレンジしようと思ったのか」それを思い出させてくれるような場面というか。

それはズバリ、家族連れで泊まりにやってきたお客さんと接客した時。まだ義務教育前の小さな子供が嬉しそうにホテル内を駆けまわったりレストランにやってきたりするのを見ると、かつて自分がこういう場所に特別な思いを抱いていたのだ…ということを思い出します。泊りがけで旅行、しかも、自分の家よりもよほど上等な部屋と料理。特別な時間です。

「仕事だからやる」

少なくとも私は、それだけじゃ無理ですね。

向いているか向いていないかで言えば、たぶん、向いていないでしょう。正直なところ、どこまでやれるのか、不安に思うことはあります。

それでも、せめて心の中心はずらさないように。自分の気持ちをしっかりと据えて、立ち向かっていきたいと思います。

今日は少し早起きすることができたので、そんなことを思い、記事を書きました。かつてのように「朝起きたらPC起動してブログを書く」という生活スタイルが崩れて2年あまりになるでしょうか。まあ不規則勤務だから仕方ないんですけどね。

とはいっても、この場所はずっと守り続けます。頻度は落ちても、時々でも、ちゃんと気持ちに余裕がある時は記事を書いていきます。

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こんにちは。



『森のキュイジーヌ』管理人のいぬがみです(愛車はマツダ・ファミリア)。


今日は休みだったので、午前中はパチンコをしてきました。・・・と言ってもギャンブルはしていません。預けていたメダルを消費するため、盛岡南ショッピングセンター内のゲームコーナーに行き、そこにあるメダル方式のパチンコをやったのです。

機種は『スプレンビー海百景』。20世紀末に発売された機種です。一応デジタル画面があって、その中で数字がそろうとフィーバーするという時代のものなんですが、その画質はちょっとしたレトロゲームのような雰囲気です。

メダル1枚につきパチンコ玉5個。入賞すれば5個プラス。ストックが2000個を越えるといったんストップし、メダルが150枚払い出される。そういうシステムです。

詳細は別なブログで書きますが、2時間で大当たりを17回引き、ゲームを一時中断して店員さんにメダルを補充してもらうこと4度。300枚借りたメダルが、返すときには2500枚以上になっていました。空前絶後の大フィーバーです。もう成功者として写真を飾ってもいいんじゃないかな(もちろん目のところは黒棒で)。


で、午後からは、2年ぶりくらいに走りました。今の職業になってからは、わざわざ走らなくても十分に汗をかき、体重も20キロ近く落ちたので、休みの日は全力で休むようにしていたのでね。本当に久しぶりです。まあ、ジャージを用意していなかったので普段着のまま、ごく軽いペースで、当時の半分くらいの距離を走ったに過ぎないのですが・・・

・・・やはり身体がなまっているなと思った一方、まだこのくらい走れるのかなと驚きました。なまっているけど、錆びているけど、朽ちてはいない。まだやろうと思えば、ある程度やれるんだということに気づきました。

2014年6月30日をもって、第二新卒で10年勤めた会社を辞め、その後色々あって今の会社にもぐりこみ、散々叩かれながら2年。向いていない向いていないと言われながらも、いつ辞めてやろうかいつ辞めてやろうかと思いながらも、何とかここまで来ました。

ちょうどいい機会かもしれません。

この接客サービス業を続けて経験したこと、その前に積み上げてきたものをミックスして、新しい何かを作り上げる。35年目の私、大きくジャンプアップする、いい機会かもしれません。私にも愛すべき存在、守るべき存在ができたし。

新しい何かを、ここから見つけ出したいと思います。

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こんばんは。

先週、また函館に行ってきました

『森のキュイジーヌ』管理人のいぬがみです(今回は観光じゃありません)。


一応、名目としては『ヘルニアの手術のため入院していた弟者が退院するので、荷物を運ぶ手伝いをするため』だったんですが、函館赤レンガ倉庫を隅から隅まで見て回り、海鮮丼を食べてはこだてビールを飲んで土方さんのコスプレ(洋装Ver.)をして歩きまくり、そのままウチの奥さんのためにオルゴールを買って・・・と、結局いつもどおり観光&散財の日々。

すでに貯金がドンドン目減りしている状況ではありますが、それでも弟者のため青森名産『下北ワイン』を買って快気祝いとして送ったり、まあ大変な状況です。

もちろんそんな台所事情は弟者には言わないし、ここでもクドクドと申し上げるつもりはありません。それでは函館旅行記を何か書くのかと言えば、それも今ひとつまとまっていないので書けません。そもそも函館土産の『社長のよく飲むビール』を平社員の分際で飲んでしまい、激しく酔ってしまったため(度数10%のストロングエール)、久々に取り掛かったものの、長い文章は書けません。

ただ、そんな状況でも一言だけ申し上げます。

やっぱり、せっかく北海道まで行ったんだから、ただただ時間とお金を使っただけ・・・で忘れてしまったら、もったいないですよ。だから何かしら、感じたことを――極論すれば、行って帰ってきて、それで改めて思ったことを盛り込んで、いずれホームページのほうで文章にしたいと思っています。

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こんばんは。

追悼: 吉良知彦さん(ZABADAK)

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


こないだは森岡賢さん(元ソフトバレエ)が急逝し、今度は吉良知彦さんですか。…そして、またしても私のような人間がこんなことを書いていいのかどうかわかりませんが、この機会にちょっと自分とZABADAKのことについて、まとめておきたいと思います。


まず、初っ端からコアなファン並びに現在進行形でずっとZABADAKのファンである皆様には申し訳ありませんが、私にとってのザバダックは上野洋子さんがあってのものなんです。一応20周年記念アルバムは持っていますが、それを除けば『桜』で止まっています。ええ、上野洋子さんが在籍している時に発売された、最後のアルバムです。

そのくせ、私が初めて聞いたザバダックの曲は新居昭乃さんがヴォーカルを務めている『城』だったりします。今から15年ほど前のことでしょうか、新居さんの歌をなんでも聞きたい! と思い少々イリーガルな方法(某有名P2Pソフト)で音楽をかき集めていた時代のことです。

その後地元のCDショップで「創世記」という名のベストアルバムを発見し、試しにとばかりに聞いたところ、上野洋子さんの透明感あふれる歌声に衝撃を受け、以来ファンになる…という次第です。


だから、私自身よくわからない部分もあるんですよね。やっぱり吉良さんが歌っているトラックよりも上野洋子さんの歌っている楽曲の方が好きな気もするし、でもアルバム全体を通して聴いてみると「両方あってのザバダックだよな」と思うし、今書いたように最初にザバダックを好きになったのは新居さんの歌だったし…と。

ま、アレですよね。電気グルーヴとかも、初めて知った時代が三人体制(砂原「まりんジェット吉」良徳さんがいたころ)だから、やっぱりその頃のアルバムがしっくりくるけど、基本的な軸は2人体制になってもブレないし。CDとかを買うほどではないけど、いつまでも第一線で活躍してほしいという気持ちで…ね。応援する気持ちは変わりありません。

だから、その。

新しいアルバム、新しい楽曲は聞いていません。でも私にとってザバダックは、とても大好きな音楽です。私の二十代前半を支えてくれた、とても重要な音楽です。それだけに今回、ザバダックそのものともいえる吉良さんの急逝は、心の一部を切り取られたようなショックを受けています。

でも、これからもずっと、この位置づけは変わりありません。吉良さんがこの世を去っても、上野洋子さんが2008年の「TOKYO HUMMING」以来全然CDを出さなかろうと(?)、私は永遠にザバダックのファンです。

心より冥福を。R.I.P.

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こんにちは

前回は随分と酔っ払っていたのかな

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(書いた時の記憶があまりない)。


どうしていきなり今日「3.11」のカテゴリの記事を書こうと思ったのかというと、今「ヒルナンデス」を見ているとき、うすみさこと臼澤みさきちゃんの出演するCMが流れたから。内容としては今度の参議院選挙、投票年齢が引き下げられて18歳以上ということになったので、投票を促すものでした。ちょうど、うすみさが18歳だから、同年代の人たちに向けたメッセージなんでしょうね。

そうか、もう5年も経ったのか。そんな感じがします。

実は今年の4月、八戸からず~っと国道45号線を南下して陸前高田市に行ってきました。北三陸の方は何度か行ったものの、南三陸の方は全然行っていなかったからです(私の実家があるのが県北の方にあるので、日帰りとかだと結構厳しい)。

午前11時くらいに青森県十和田市を出発して、流れ流れて陸前高田。着いた時にはもう夜でした。

そこでふと思い車中泊。翌朝、あいにくの天気ではあるものの、徐々に明るくなっていく空と「奇跡の一本松」そして震災遺構となった旧陸前高田道の駅を眺め、かえってきました。

いずれこのことはまとめてホームページで書き出しますが、5年経っても復興は道半ばなのだなということ。でも、確実に流れはあるということ。


今まで被災地のことは、一日たりとも忘れたことがありません。そしてこれからも、私はずっと被災地のことを想い続け、力になりたいと思っています。

ただし、今回のツアーの主目的である「うすみさの新CDを沿岸の街で買う」というのは、果たせませんでした。そもそもCDショップが見つけられなくて・・・土地勘がなくて、見つけられなかったのでしょうが。

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こんばんは。

別にお酒を飲まなくても眠れます

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(今日はビール・ワインを飲用済み)。


村山早紀先生の「その本の物語」を読んでいます。まだ上巻の半分ほどを読んだくらいですけどね。

これは物語の中の物語というか、我々と同じ世界にいる少女「南波」が親友に語って聞かせる「風の丘のルルー」という魔女の物語がどちらかというとメインなのかな、という感じです。ひとまず100ページほど読んだところでは、そちらが主な内容でした。

本当は十代の少年少女あるいはもう少し年少の…たとえば小学校高学年とか、それくらいの年齢の子が読むのが適切、なのかもしれません。少なくともあと1週間そこそこで35になろうかという野郎(ギリギリ既婚)が読むべきものではないと思います。

少女の難しい心象風景、魔女(御年110歳くらい:ただし魔女は歳をとるのが遅いので見た目は小学校高学年くらい)の心象風景。村山先生の描く、温かくも切ない心模様に私も感じるところがありますが、やはり30過ぎのオッサンゆえの気恥ずかしさ。お酒を飲んで酔っ払って、「まあまあ、いいじゃねえかそんなこと」と勢い任せに振り切ってしまいたくなる部分もあります。

この、「そぐわない雰囲気」がたまらなく好きです。と言ったら皆さま「はぁ?」と思うでしょう。ですが正直、率直な感想としては、そういう感じなんです。

いまだに十代の少年少女のようにちょっとした心の機微に敏感に感じられるセンスがあること。そして、それをどこか冷静に眺め、「いいことだ」と考えられる理性があること。

――要するに? あくまでも私の勝手な、自己満足的なことだとは思うんですが、大人と大人未満の若者と、両方の感動をひとつの頭の中で同時に共有できるのかなと。そういう気がするんです。いまだにティーンの感情を捨てきれていないというか。

あるいはずっと「隠し持っていた」のかもしれませんね。表向きはいち社会人、常識人として生きていくための方策を身に着け、それを実行に移していたものの、その中で隠し持っていたもの。すなわち感情。心に壁を作り、建前と本音を使い分けてきた35年間。



…いや、これ以上はよしましょう。話せば私の半生を振り返るような、とてもこの一日のブログに収まらないような回想録になってしまうので。

何が言いたいのか。一言で言えば「魔女上等」ってことです。たといルルーが魔女だろうと鬼女だろうと、心が優しくて、魔女ではない人々と仲良くなりたいというのなら、それを拒むことは何もないということです。そしてそれを、私はルルーではない魔女だったとしても、そうしたいなと思ったのです。

その本の物語の主人公であるルルーの心情は、私たち読み手は詳しく知ることができます。知っているから仲良くしてあげたいと思います。これは当然のことです(そうでなければ、本を読むことはしないでしょう)。問題は、私がそんなルルーの心情を知らず、普通の女の子だという認識しかなかったら? ということ。何の前触れもなく、それまで仲良くしていた子が「実は魔女だった」と分かった時、それを受け入れられるのか? ということ。

そんな時でも私は「受け入れたい」と思うのです。たとい私が受け入れた魔女が本当は悪魔の手先で、結局は取り込まれて非業の死を遂げるようなことになったとしても、後悔はしません。

「信じる心ってのは、人間、死ぬ間際でも持てるんだ」

昔、とある元暴力団会長(その後、児童養護施設経営者→タクシー運転手)が瀕死の重傷を負った時、そう言っていたから。私はその人の言葉がとても好きだから。

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これ、読んだのは2回目なんですよね。

実は最初、たぶん三笠文庫版の方だと思うんですが、それを東京に旅行した時上野駅の本屋で買ったんですよね。

読んで、温かい物語に感動して(村山先生の小説はいつもそうなんですが)。

それからしばらくして、今度は地元の本屋で「あっ、新作が出たんだ!」と思ってパッと買ったら、どうも既視感しかしない。よく調べてみると、どうやら私が読んだ第1作に加筆修正+番外編を加えた新装版だった、と。

決して嫌いな物語ではありませんが、やはり一度読んだ小説ですからね。おおよそのあらすじを知っているのに、もう一度読むのはね。…そう思って、途中までは読んだものの、しばらく放っておきました。


それから時が過ぎて。前回のエントリで書いたように「本を読め!」と自分で決めたので、だいぶん時間もたったし、そろそろ読んでみるか、と思い手に取りました。

何せ2016年現在、私はホテルでお客様をもてなす側に回っていますからね。その頃は想像だにしませんでしたが、そうなんです、時々忘れそうになりますが、私これでもホテルの従業員なんです(レストラン担当)。

今はあまり時間がないので簡単に感想をまとめて、後程改めて記事を書きたいと思いますが、不良ホテルマンの私に優しく――しかし重くのしかかる水守先生の言葉がありました。著作権法違反のそしりを受けることも覚悟で(そしりを受けたら即削除します)、引用させていただきます。


  『ホテルは、たくさんの人々の生きた時間を記憶し、そっと保存しておいてくれる場所なの
   かもしれないな、と思った。その建物の命ある限り、通り過ぎていった客たちの思い出も
   ともに抱いて、地上に存在し続ける場所なのかもしれない』


私がどうとかという話じゃありません。ホテルとはそういう場所なのです。だから、来てくれたお客さんにそう感じてもらえるような場所を作れるよう、私はもう少し頑張らなければいけないのかなと思いました。

これだから、本は面白い。新しい何かを気づかせてくれる。


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こんばんは。

ふと、最近ずっと本を読んでなかった

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです


「本を読む暇がない」「読みたい本がない」様々ないいわけが思いつきます。

言い訳ですよね。

「本を読む暇がない」ご飯食べる時間と寝る時間を差し引いても、色々と余暇はあるはずです。「リングドリーム」をやるとかニュースサイトをつらつら眺めるとか、そんな時間があれば30ページくらい本を読めるはずです。暇はあるだろう。ハイ次!

「読みたい本がない」馬鹿野郎様! もうちょっとよく考えろ! 本当に読みたい本がないのか? そんなことはないだろう。ちょっと照れくさいとか今の自分には合わないとか、色々な壁を自分で作って避けてるけれど、かつての私は好き嫌いなく悪食といえるほど様々な本を読んだはず。

今でも、2013年のことは誇りに思っています。この年は2月にPCが故障したということも手伝いラノベから時代小説、あるいはユング心理学からエッセイ本まで、とにかくたくさん読みました。試しに数えたら100冊以上読んでいました。読もうと思えば読めるはずなんです。

なぜこんなことを急に書き出したのかというと、最近どうも心理的な余裕がない日々が続いているからです。心の余裕がない、すなわちネットばかり見て、頭が働かなくなってきたのです。

たとえば、昔私が学生だった頃のように、1日に15分くらいでいいから、毎日本を読む時間を確保する。1日のスケジュールの中に組み込み、それをずっと続けていく。そうすることでまた、本を読む習慣を付けていけばいいのかな。

今でも学生の諸君はやってるんですかね。登校して、朝礼の前に10分15分、1時限が始まるまでの間にみんなで読む。今にして思うと、あの時間、結構良かったような気がします。


さて、何を読もうかな。

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こんにちは。

ピアノ・デス・ピアノ~愛のテーマ

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(心が疲れてシリメツレツ)


私のスマートフォンにあるgoogle nowに、どういうわけか井上純一さんの「中国嫁日記」の記事の新着情報が。確かにコミックスは全巻持っていますが……内容は、井上さんの中国嫁「月(ユエ)さん」が妊娠されたということです。

その一方に触れた瞬間、私はまるで自分のことのようにうれしくなりました。過去にお二人がなかなか妊娠しないことを悩み、病院に行かれた…とかって話を漫画で読んだからです。今改めて確認したらコミックス4巻です。

まあ、私も今月1日からリアルに中国嫁を貰ってしまったから、そう感じるのかもしれません。今はまだ中国にいて、果たして入国審査をパスできるのかどうか? すごく心配なところではありますが、そんなことを言っている場合ではありません。産めよ増やせよ地に満ちよ。彼女と私はそこで子を産み、育て、そして死んでいった…宇宙世紀0079…と、急になぜか永井一郎さん風のナレーションになってしまいましたが、私もやはり自分の生きた証を残したいと思うのです。未来への遺産を残したいと思うのです。

だから、二人の新しい命が宿り生まれてくることを尾崎豊「誕生」ふうにお祝いします。井上さん、月(ユエ)さん、おめでとうございます。


そして、私も責任ある立場として、もはや独り者の頃のように落ち込んでばかりもいられないなと思いました。クヨクヨしてはいられません。仕事に疲れていられません。私を愛してくれる人がいるのだから。私を信じて私と人生を共にする覚悟を決めてくれた女性がいるのだから。もう交通事故やその他つまらないことで死ぬわけにはいきません。


まあ、それは建前であり、感情の方がどうしても戻ってこなければ、仕方がないのですが…でも、こんな危機は何度も乗り越えてきたはず。こういう時はじっと耐えて、浮上するタイミングが来るのを待つしかないんです。きっと、そういうことなんです。

 *


そんなこんなで、いまだ心は不安定状態ですが、何とかやっています。明日の仕事が終われば、長かった連勤(2ケタ)も終わり、久々の休日です。とりあえず実家に戻って…入国管理局に行ってこようかなと思っています。まずは、色々と必要な書類や書き方を聞きにね。

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こんばんは

ワインは必ず1瓶空けないと気が済まない

いぬがみです(現在、半分くらい飲みました)。


最近はどうも、気持ちがすぐれません。色々あって気持ちが鉛のように重く沈み込んでしまう日々が続いています。

正直「今夜は誰とも話したくないな」と思う日が続いています。

今日はそういう意味では、念願かなって一人でワインを飲み、本を肴にブログを書いています。


一回、ワインの飲みすぎで死にかけたんですけどね。

同じように短時間で1瓶空けた翌朝、トイレに立ったら、急に貧血に見舞われて。異様なほど体がひんやりして、トイレの前で倒れ込んでしまいました。

「ああ、もしかしてこれ、死んじゃうのかな」

本当にそう思いました。たぶん、ちょっとした急性アルコール中毒だったんじゃないかなと思います。

その状況、同じように急性アルコール中毒が原因で? 亡くなった尾崎豊とイメージが重なります(公式な死因は「肺水腫」)。別に私は、「自分もそんな風に死にたい」と思ったことは一度もありませんし、何よりも本人自身インタビューで「三十歳までは死なないでとか、言わないでくださいよ」「長生きしたいですよ」といったことを言っていたようですし(なんだったかな。youtubeの、尾崎豊の楽曲を聞いている時、そこに挿入された映像で見たんですが)。

ただ、はっきり言ってお酒、特に大好きなワインを飲まないと気持ちを支えられない。そんな状況にあることは事実です。

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こんにちは

少し気持ちが疲れています

いぬがみです(Androidから投稿)


最近、尾崎豊を毎日聞いています。

最近なんか話題になったみたいですね。私はあまり関心ありませんが。

実際「尾崎豊聞いてます」といっても、誰でも知っているようなのは慎重に避けています。

15の夜、卒業、I love youそれからoh my little girl あたりでしょうか。forget-me-notとかは、聞いてますけど。


今、私のスマホに入っているのは、

街の風景・傷つけた人々へ・ドーナツショップ・風の迷路・レガリテート

こんな感じです。

まあアルバム「誕生」に収録されている曲は前々から好きなのでアレなんですが、十代の頃のアルバム(1~3枚目まで)の曲も、聴いてみると結構いいじゃんって。


要するに、あんまり力んでいない尾崎豊が好きなんです。穏やかな歌い方、楽しそうな歌い方をする曲がいいなって。なおかつ有名すぎない曲。

あとは、あまりアジテーション臭くない曲というか。

「セールス上、大人たちに反抗する十代の若者のカリスマに仕立て上げられたけど、本当は内省的なフォーク指向の歌い手」

尾崎豊ファンを自認する人の中でも割とニュートラルな立ち位置の人は、そんな風に捉えているようです。

その立ち位置から尾崎豊という人の楽曲に向き合うと、すごく心にしみこんだのです。1stアルバムの1曲目に収録された「街の風景」が、ストンと私の中に落ちたのです。

そんな私が好きなアルバムは「壊れた扉から」と「誕生」。どちらも好きです。いずれアルバムごとにまた改めて記事を書いてみたいと思いますが、ひとまず今日はこの辺で。

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こんばんは

サムライ・ハート・ウィル・ゴー・オン

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(プラチナ)。


随分前に買った星亮一+遠藤由紀子『ラストサムライの群像』を読みました。

これはサムライと呼ばれた男たちが綺羅星のごとく輝き、その後超新星のごとく消えていった幕末時代の英傑たちを取り上げた本です。もちろん私は極・大好きな土方歳三さんが最初にフィーチャーされているので買いましたが、そのほかにも中村半次郎・スネル兄弟・乃木希典といった人たちも取り上げられています。乃木希典というと旅順攻略戦などの「乃木大将」のイメージであり、幕末の維新志士(長州)だということは、この本で初めて知りました。

そんなわけで、正直なところ土方さんと沖田君の項目を読んで以来しばらく続きをめくる気がせず(まあ、私生活で色々ありすぎて、ゆっくり本を読む余裕がなかった…というのが実情ですが)、随分と読了するのに時間がかかってしまいました。

とはいえ、やはり一通り目を通せば、それまで名前も知らない・あるいは良いイメージを持っていない人たちに関してもウムムとうならされたり、そうだったのか! と目を開かされたり。つくづく、幕末の時代というのは日本の歴史の中でも特異な、激動の時代であったと感じます。

以下、オムニバス形式で収録された本書の形にならい(?)私も断片的に感想を書きます。


・「唐芋半どん」中村半次郎

基本的に私は奥羽越列藩同盟側の人間(岩手県出身)なので薩長の人たちは…どんなに歴史上素晴らしい活躍をされたとはいっても…そのことを全く否定するわけではありませんが…素直に受け入れられない部分があります。この中村半次郎という人もそうでした。

何せ二つ名が「人斬り半次郎」ですからね。幕末四大人斬りとしてピックアップされていること、明治維新後に西郷隆盛をたきつけて西南戦争を引き起こさせた(というイメージ)など、超好戦的な人物だというイメージがあったんですが、どうもこの本によると、そうではなかったみたいですね。

元々貧乏な家の出身で、いつもサツマイモばかり食べていたため「唐芋武士」などとバカにされることもあった半どん。そういった生い立ちのためか人をいつくしみ、思いやる温かい心の持ち主であったと言います。もちろん人を斬ったことは事実であるものの、どうもその一度きりだったみたいで。そうなると、本当やむにやまれぬ理由で刀を抜いたのかな…と思ってしまいます。だから私もあえて「半どん」と薩摩風の愛称で呼ばせていただきます。西南戦争はある意味「半ちゃんのドンといってみよう」です。略して「半ドン!」(??)。

・「会津のロレンス」スネル兄弟

幕末の有名外国人と言えばやはり武器(死の)商人グラバーでしょうね。明治維新において旧幕府軍を圧倒する最新火器をガンガン輸入し、たぶん莫大な財産を築いた成功者。

スネル兄弟も同じように、会津藩に武器を提供した商人ではありますが、こちらは動機が違います。「戦争があれば武器が売れて、儲かるワイ」とそろばんをはじいたグラバーに対し(?)、スネル兄弟は会津そして奥羽越列藩同盟を思い、これを何とか助けようと商売人として以上の働きをしたのだと言います。

すなわちガトリング砲をはじめとする最新兵器の輸入、軍艦の購入手引き、兵隊の補充(傭兵をインドから雇って外人部隊を編成すればいいと進言した!?)などなど…二人は心から会津にほれ込み、これを救おうとしたわけです。そのことを著者は「アラビアのロレンスのようだ」と評しています。

ちなみにこの兄弟、羽織袴に大小を手挟みピストルをぶら下げて会津城下に居を構えていたのだと言います。まさに青い目のサムライ、異人侍です。本当に青い瞳かどうかは、白黒写真しか残っていないので不明ですが。

・会津人の見た「長州藩士・乃木」

この本の最後に取り上げられたのは会津藩の白虎隊出身で、東京帝国大学の総長にまで上り詰めた山川健次郎氏、そしてその山川氏が尊敬する五歳年上の長州藩士・乃木希典…要は乃木大将です。私は別に軍人として尊敬しているとか、そういうわけではないのですが、どうしても「乃木大将」と言わないと落ち着かないので、以降はそうさせていただきます。

乃木大将と言えば「旅順攻略戦」のイメージが強く、この本を読んで「えっ? 乃木大将は長州出身だったの!?」と気づいたぐらいなんですが、二人の間には特に会津長州の因縁はなかったようです。

そして山川氏は乃木大将が殉死された際、その死について、

「もちろん殉死という意味もあるだろうけど、本当は旅順攻略で死なせてしまった部下たちに心の中でした約束を果たすため、ということもあったのだろう」

と語っています。

旅順攻略戦についての乃木大将の采配に関しては、色々な見方があろうと思います。ここで詳しく語るのは控えますが(語るほどの見解を持っていないし)、難攻不落の要塞を目の前に総攻撃の指令を出すのは「死にに行け」と言っているようなものだ、と山川氏は考えます。ただし、「君らばかりは死なせん」今すぐというわけにはいかないが、いずれ私も後を追うから…という思いを胸にそういった指令を出したのだ、と亡き先輩の心中をおもんばかります。

それは自らのバックボーン――藩のために自刃した家老・萱野権兵衛や白虎隊の仲間たちのイメージと重なったのかもしれません。そう考えると、乃木大将のことをもう少しちゃんと理解しなければいけないな、と私も思いました。

それと同時に、これは一通り読み終えての感想なのですが、つくづく自分はサムライと呼ばれた人たちに強いあこがれを持っているのだな、と思います。今は生涯の伴侶を得た喜びに浮かれる一方、職場で色々と悩むことがあります。正直なところ、「もう、自分の力ではこれ以上、この仕事を続けられないんじゃないか」と泣きながら(?)思いつめることが、ここ数日、何度かありました。

でも、こうして歴史の激しい荒波にのまれ…いや、その荒波に真っ向から立ち向かい、逆方向に泳ぎ切ったりうまく波に乗ったりした男たちの話を読むと、あきらめるのはもう少し後にしようと思いました。だって、私ずっとそうして生きてきたから。誠心誠意。その想いがあったから、素敵なパートナーと巡り合うことができたんだし。

うん、こうして改めて書き出すことで、それを認識することができました。そういうわけで、今日はこの辺でお開きに…。



ちなみに、この本の共著者である遠藤由紀子さんは1979年生まれ…私の二つ年上です。いや、そのくらいしか離れていないんです。それなのに、こんなに切れ味鋭い文章でザクザクと斬り込んでくることに私は最後の最後(著者略歴を見た時)で衝撃を受けました。もう歴女とか、そんな甘っちょろい肩書じゃ足りませんよ。

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ずっと追いかけてきたわけではなく、アルバムも2枚くらいしか持っていない私が語るべきではないのかもしれませんが、やはり心の中で結構重要なポジションを占めているので、一応語らせていただきます。

元ソフトバレエの森岡賢さんが心不全で急逝されたという一方をネットニュースで目にした時は、少なからず動揺しました。そして、そのタイミングで、ソフトバレエの後minus(-)というグループで活動されていることを知ったのが、とても悔やまれました。まあ、私がソフトバレエに傾倒していたのは今から10年以上前、大学時代のことであり、社会人になってからはそこから離れようとして来たから、仕方ないんですが(大学時代の思い出があまりにも楽しすぎて、そこから出てこられなくなるから)。

きっかけは私の友人がプレゼントしてくれたコンピレーション・カセットテープの中に入っていたWHOLE THE WHOLEを聞いたことなんですが、自分の意志でCDを買ったのは2002年のSYMBIONTが最初でした(そして現時点では、それが最後である)。当時発売されたシングル『メルヘンダイバー』がとても気に入って、買ったのです。ちなみに同時に買ったのはスティーヴ・ライヒのベスト盤でした。スゴイね。

『メルヘンダイバー』は今でも割と聞きます。友人いわく少々ポップすぎる嫌いがあるそうですが、私は素直に好きです。それだけに、今回の突然の訃報はとてもショックでした。

でも、森岡賢さんがこの世を去っても、私はずっとソフトバレエが好きです。minus(-)はまだ聞いていないのでなんとも言えませんが、とりあえず関連して書きました。

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私が持っている中国の、ものすごく古いイメージ――歴史的な意味ではなく、私自身が人生で最初に持ったイメージは、

「中国の人はみんな自転車に乗っている」

ということでした。朝の通勤ラッシュは道路が自転車で埋め尽くされる――そんなイメージ。

無論、爆裂モータリゼーションが突き進む現代中国では、自転車の代わりに自動車が走りまくっています。というのは前回のエントリで書いた通りです。

むしろ自転車を、あまり見かけませんでしたね。…うん、ちょっと記憶にはありません。

その代りバイク、それも「電動バイク」とでもいうべき乗り物が、多く見受けられました。ほとんど音がせず、シャーッと快速で駆け抜けていく様はなかなかカッコイイなという感じがしました。まあ歩行者天国のような場所でいきなり後ろから来られると怖いんですけどね。

やはり中国、いくら自分たちが一番(=中華思想)といっても環境に配慮して、みんな排気ガスの出ない電動バイクに乗ってるんだな…と感心しましたが、これまたWikipediaに拠る話なのですが、なんか国内事情もあるみたいですね。すなわちオートバイには色々と規制があるのに対し、電動自転車は面倒なことがないから、爆発的に普及した…と。

ただ、その規制云々というのも都市単位で決まっているようで? 言われてみれば今回訪れたハルビンやチチハルでは、郊外を旧来のガソリンエンジン型バイクで爆走している人たちがいました。確かに郊外の、果てしなく広がる不整地を走るには、エンジン付きバイクの方が似合います。「AKIRA」で言えば甲斐のバイクですね。…あれ? でも甲斐のバイクも超伝導か。じゃあジョーカーですか? 誰が電飾ブタだ!

まあ、それはともかく。「電動バイク」という響きは、とても格好いいものがあります。さすがにAKIRAの世界に出てくるような、「そんなのに乗ってる方の気が知れねぇぜ」とか「ピーキー過ぎてお前にゃ無理だよ」というような超高性能モデルは出ていないようですが(出ていたら大変だ)ある部分では、中国の方が日本よりも先を行っているような? そんな気がしました。

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中国を移動するときは、とにかく乗り物が欠かせません。何せ国土が広いですからね。

電車、バス、タクシー。色々と乗りましたが、ここではタクシーに乗っている時、その車窓から見た中国の交通事情について書きたいと思います。


中国でタクシーというと、まあ日本でもおなじみ会社経営のタクシーがあります。初乗り9元、その後1公里ごとに…という感じです。といってもそれは窓ガラスに書いているのを見て「そういうもんなのかな」と思っただけですが。

一方で、中国独特のタクシーシステムがあります。それは、日本ではある意味「白タク」とでもいうような、不思議なシステムによって成立する個人タクシーです。これはあとから日本に帰ってきて色々と調べた情報も併せての話なのですが…。


中国において車による移動を伴う際、ウチの嫁さんはスマホで何かを問い合わせしていました。最初に画面を見ながら操作をし、そのあと誰かと話をし、しばらくして…

「ほら、行くよ」

ろくすっぽ中国語を解さない私にわかるよう日本語と英語をチャンポンにしながら話しかけ、手を引かれていくと、そこにあるのはどう見ても一般車。「?」と立ち止まる私に後部座席のドアを開け「ドウゾ」という嫁さん。「???」そのまま車で連れ去られ、気が付いたら人気のない郊外。そこで鈍器のようなものを手にした男たちに囲まれジ・エンド…ということは無論なく、再び8歳年下の嫁さんに身振り手振りで「ホラさっさと降りて降りて」と促される34歳(来月で35歳)の日本人男性…。

これ、要するに登録制の個人タクシーシステム、らしいんですね。最初に客が行きたい場所と支払える金額を打ち込み、その条件に合致するドライバーがいたら契約開始。あとはクレジットカードで支払いするので現金のやり取りはナシ(=安全)というわけで、随分と先進的なシステムだなと思いました。

個人タクシーというか、要するに「自家用車でアルバイト」みたいな感覚なんでしょうか。おかげで様々な車に乗ることができました。アウディやフォルクスワーゲンといった欧車もあれば日産などの日本車あり、ヒュンダイやチーア(起亜)といった韓国車あり…あ、今チーアはヒュンダイの傘下組織なんですね(たった今Wikipediaで知りました)。

いや、面白いシステムだなと思います。車好きの私としてはとても楽しかったです。嫁さんには言えませんでしたが、「もうしばらく、乗っていたいな」と思ったり思わなかったり。


もっとも、中国における運転マナーというのは、日本人からしてみれば最悪です。

中華思想の国だからなのかな。「すべての道はオレの道」という基本理念で運転しているのかな? と思いました。あるいは、日本とは交通法規が違うのか? と。

まず追い越し割り込みは日常茶飯事。けっこーな交通量の道でもガンガン飛ばします。そして前方の車のために自分の理想的な速度に対して5キロ以上マイナスになると、容赦なくクラクションを鳴らします。中国において車のクラクションは「オラどけバカ」という意味のようです。

また中国では交差点を右折する際、信号の色は関係ありません。赤信号だろうと全速で右折。ここで私は「あれ? 中国では、右折するときは赤信号でもいいのか?」と思いました。これは一般車でも一般的なタクシーでも一緒です。

要するに、「クレイジータクシー」とか「スリルドライブ」の世界です。横断者にもクラクション。邪魔な車にもクラクション。とにかく目的地まで全速前進。何人(なんぴと)たりとも俺の前は走らせねぇ。運転者の大半がそういう思想のもとで走っている交通戦争の世界。それが中国です。

でも、不思議と交通事故(を起こしている現場に出くわすこと)が少なかったのは、そういう状況で無事に切り抜けるノウハウをみんなが一般常識として兼ね備えているからなんでしょうね。日本人がいきなりハンドルを握ったら、あるいは中国人が日本でハンドルを握ったら、おそらく生きては帰れないでしょうが、それが当たり前の世界で生きていれば別にどうということはない。すなわち「お国柄」。

だから私はこう言います。「日本人からしてみれば最悪」だけど、中国ではそれが普通なんだって。それでバランスが取れているのなら、外国人がとやかく言うことじゃないのかなって。


さて、そんなところで今日は筆をおきます。次回は今回語り切れなかった「電動バイク」について。金田の超伝導バイクが実用化されるのは、案外中国の方が先だったりするかもしれません(?)。

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ご無沙汰しておりました

久々に記事を書きます

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


前回のエントリで中国人女性と恋に落ちデートして婚約した…というところまで書きましたが、今度は結婚しました。ええ、もう一度中国に行って、「国際結婚センター」? に行って、「結婚証」というやつを夫婦で一部ずつもらってきたのです。

正直なところ、ウチの両親はこの結婚について、必ずしも賛成というわけではありません。結婚する意志が揺らぐことはなかったものの、こんなに反対されるとは…と随分悩んでしまいました。でも、もう結婚しちゃったからね、と。逆にこちらから事実関係を積み上げて、この結婚が間違いじゃなかったことを一生かけて証明していかなきゃいけないのかなと。そう思っています。

さて、そんなわけでせっかく1年で海外に2度も行くという体験をしたので、色々と私が感じた事などをこのブログで書き出していこうと思います。いずれはまとめてホームページ上で出したいと思うのですが、とりあえず小分けに、気づいたことをパッパッと書いていきます。


第一回目は、そうですね、「中国に降り立って、街を歩いて、感じた事」。


日本にいてもよくニュースで「今中国は高度成長期を迎えていて」云々なんて言いますが、確かに、中国の街はものすごいです。北京、天津、瀋陽、哈爾浜(ハルビン)、斉斉哈爾(チチハル)…とりあえず私が訪れた街はそんなところですが、いずれも超高層ビルがあっちこっちにそびえたち、繁華街を歩けば化粧品やら車やらの大型広告があふれかえっています。

そして、そこを行きかう若者たちはとてもクールで、ウチの奥さんなんかもそうですけど、すごくオシャレです。私もウチの奥さんが行く美容院で髪をカットしてもらいましたが、すごくセンスがいいのです(それを受け入れられるかどうかは、これまたその人自身のセンスによるでしょうが)。

天安門を見て、故宮博物院で歴史を感じた後、南鑼鼓巷でタピオカ入りミルクティーを飲む…そんな、過去と現在をシームレスに行ったり来たりできる、不思議な国なのです。


一方で、そんなきらびやかなメインストリートから一歩路地に入ると、そこは私がイメージする「一昔前の中国」がいまだに息づいています。すなわち汚れた雑居ビル、その1階に密集する雑然とした雰囲気の店、そしてその前で思い思いの行動にふける労働者チックな人々。要するにあれです、80年代の香港映画のイメージ。ああいう雰囲気がまだまだ残っているのです。

そういう古い建物をどんどん取り壊して、新しい建物に作り替えているのが、今の中国なのかなと。ものすごい勢いで街が発展しているところなのかな、と。無責任にフラッと訪れた日本人たる私は思いました。

そして私はそんなカオス的な中国が好きです。はっきり言って今回のツアー、相手の言っていることは九分九厘理解できませんでした(結局、リスニングの勉強をする機会がなかったから)。だから私一人がここで生きていくことは不可能な話ですが、少なくともこの国…というかこの街の雰囲気は、私は受け入れることができるのかなと思いました。

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こんばんは。

何とか、再び日本の地を踏むことができました

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


21日の午後3時に発ち、25日の午後1時に帰ってきました。だから中3日くらい、向こうの国にいたのかな。

会って、話して、心を通わせて。


…もう多くを語ることはしません。

結論から言います。


私、婚約しました。


これから実際に結婚の手続きに入ります。ウチの両親にはまだ話していませんが、反対はさせません。どうしても許されないのなら、家を飛び出すことも選択肢として考えています。どうあっても、この結婚、あきらめるつもりはありません。

札幌に行かなきゃいけないとか、ハルビンに行かなきゃいけないとか、手続きがとんでもなく大変ではありますが、すべてはこのチャンスを結実させるため。そのためだったらどんな困難も乗り越えて見せます。

「うる星やつら」を読んでラムちゃんにドキドキした初恋の時から20年余。キスなしハグなし手つなぎなしの女性無縁人生にケリをつけるために。いや、もう自分が手を伸ばせば届くところまで来ているんでね。あとはやるだけです。

フツーじゃなくてもマトモじゃなくてもいいです。やりますよ、私は。

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こんばんは

これが国内最終更新となります

『森のキュイジーヌ』管理人のいぬがみです(25日にまた戻ってきますけど)。


ついに来るべき時が来た、と言う感じです。

紹介された時点で結婚前提。会う前にいきなりSNSでやり取り。そうかと思えばいきなりテレビ電話で対面。私の考える交際プロセスにはない展開の連続で面食らってつんのめってアワアワしながら、それでも何とかここまでこぎつけました。

まあ、逆にそういった前提でコミュニケーションを始めたから、結構リアルに話を進めていくことができたのかもしれません。

元々彼女のほうが、日本に来て仕事をしたいと言う願望があったみたいなのでね。それで、いい年して女っ気もなく毎日スカポンタンなことばかりやっている私に白羽の矢が立ったと。「いやいや、確かに結婚はしたいけど、どうやって生活していくの」という難問疑問をズバズバと解決。それならば、と説得されて今日に至ります。そう、今日の時点で不確定な要素はもはや私自身の気持ちだけなのです。


その私と相手、当人同士のやり取りもなかなか苦戦しました。私が浮気性で、他の女の子を照会されておきながらアタシに「愛してる」なんてよくも言えたものね! といった意味合いの言葉を投げかけられ、思わず私も結構ガチな言葉で反論。嫌われたくないから、というよりは私の沽券にかかわる問題だったので、一切退かずに言ってやりました。

それ以来、私は『親愛なる』とか『ダーリン』とかと言われています。随分と気に入ってもらっているようです。そういわれたら私だって悪い気はしません。

唯一気になるのは、私が今の仕事を続けたいと言うこと。岩手県花巻市と青森県十和田市は、日本と中国よりはずっと近い距離であるものの、いつもいつでも一つ屋根の下・・・というわけにはいきません。そこを受け入れてもらえるか、そうでなければどうやって説得するか、というのが今回の私の懸案材料です。ま、これも『杞憂』であればいいのですが・・・もしも、どうしても受け入れてもらえなければ・・・

どうするかは、私の中で固まりつつあります。「私と仕事と、どっちが大事なの」と言われた時の答え。一時の感情的なたぎりではなく、私の過去現在未来すべてを考えて出した結論です。


そんなこんなで、いまだに少々とっ散らかっている私の心の荷物も、まとまりつつあります。

昨日のSNSのやり取りでは、彼女も自分の知っている日本語に少々不安があるようでした。ああそうか、やっぱり相手もちょっと緊張しているんだ――と思うと、私も気が楽になりました。それだったら、私ばかりがそんなに気負う必要もないんだって。素直な気持ちで、何とかそれが相手に伝わるように努力すればいいんだって。

初めてテレビ電話で対面した日は何もいえなかったけれど、今なら。言葉がどれほど通じるかわからないけれど、心は通じ合ってるから。

何とかなるよ、何とかね。きっと。



それじゃ、ちょっと行ってきます。

いい結果を出すことができたら、またこのブログで報告します。

そうじゃなかったら、その時は・・・。

・・・いや、よしましょう。

必ずいい結果を出して、このブログで報告します。



では、また。

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こんばんは。

公私において「杞憂」という言葉を実感した

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


つまり、よかったんですよ今日は。仕事もプライベートも。

前回(3月5日)に同じ種類の仕事をしたときは失敗の連続で絶望的な気分になったのですが、今日はどうにかソツなく乗り切ることができました。それと同時に、仕事が終わった後のWechatも、結構いい感じだし。どうやらすべてにおいて、うまくいきそうな予感がします。

ハッキリ言って今日が一番ユーウツだったんですよね。前回のようにとっ散らかって色々な人に迷惑かけちゃうんじゃないかって。実際、今日はかなり忙しいことが予想されたし。

でも、何とか乗り切ったんですよ。まあ、マネージャーが上手に仕事配分をしてくれたから、私の個人的な負担が随分軽くなった…そういう理由に尽きると思うんですけどね。何にしても、これで一歩上に進めた気がします。


だから、改めて思うのです。「人生、どうにかなるものだ」って。

何が悪くて何がいいのか、よくわからないものです。自分にとって人生最悪だと思っていた出来事が後々のハッピーチャンスに結び付く布石だったりすることもあるし。「こんな会社、いつ辞めてやろうか」と思いながら辞表を出すのを日一日と先延ばしにしているうちに、仕事が楽しくなった&素敵な出会いが転がり込んできた…とか。

だから、もう私は心配しません。来るべき時が来たら、素直に受け止めます。とにかく後悔のないよう全力を尽くします。それだけです。

では、明日は朝早いのでそろそろ休みます。よい夢を、おやすみ(彼女に一日の締めくくりに送る定型文→出展はもちろん、布袋寅泰さんの本のタイトルです)

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こんばんは。

「頭文字D Fifth stage」を見ながらワイン1本完飲

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(その前にビール2本飲用済み)。


いや厳密にはまだコップ1杯分残ってるんですが、この程度、記事を書き終わる前に確実に飲み干してしまうでしょうからね。とにかく今日はそういう状況です。明日は午前10時出勤だし、まだ21時をちょっと回ったところだし。何の心配もなく私はこのコップ1杯のワインを飲み干し、結果的にひとりで1本(720ml)のワインを飲み干しますヤイサホー!

……と、ここまでワインが進んでしまったのは、ちょうど「頭文字D」が、その…原作を読んだことがない部分なんですが…なんか、高橋涼介と「死神」北条凛とのバトルに差し掛かったところだから、でしょうね。

今の犬神、「婚約者」という言葉がとても響きます。親同士が決めた「許嫁」だとはいえ、自身も相手の女性を想っていたのにフラれて、挙句の果てにその人が自ら命を絶った…。その痛み悲しみ、今の私なら痛いほどわかります(←たぶん、去年の私なら全然わからなかった)。だからこそ、その想いに耐え切れず、ついつい酒が進んでしまった…そう言わせてください。

最近はワインが大好きです。ちょっと前まではワインなんて貴族かそれを意識した人が飲むものとして敬遠し、労働者階級はビールで日本酒でしょう、と言っておなかいっぱいになるまでビールを飲んでいたのですが、正直なところ最初から最後までビールだと夜中に激烈にのどが渇いて目が覚めてしまうので、やはりワインがおいしいな、と思っている今日この頃です。適度にスピーディに酔っぱらえるしね。

いや、酔いの速度で言えばやはりウイスキーなんですが、すでに3回ほど、記憶を飛ばしてしまっているのでね。いくら手っ取り早く酔えるからとはいえ、記憶を飛ばすほど飲むのは私の自分ルールに反します。だから、程よく酔えてなおかつおいしいワインがいいのかな…と、そう思っているところです(そろそろ、キータッチがおぼつかなくなってきた)。


えっと…今日のタイトルはなんでしたっけ。え? 「そぎ落とせ」? ああ、そうそう。そういうテーマで書こうと思っていたんですよたった今思い出しました(ヴァージニア・ウルフ風意識の流れ的書き込み)。


……ええと、その……。

ああ、そうだ。今日はいつもよりも早く仕事が終わったので、井上純一先生の「中国嫁日記」を読んでいたんです。何せこれ、私にとっては大先輩ですからね中国人女性との結婚生活の。そうしたら3巻目でいきなり中国に拠点を移し、しかもちょうどその時期に起こった大反日運動…。せっかく日本における中国人女性の生活における戸惑いを参考にしようと思ったのに、なんだか違う感じになってきました。といっても、すでに5巻目まで買っているので、文句は言えませんが。

いや文句を言えないとか、そういうことじゃないんですよ。最悪、私も中国に移り住んで、そこでなんとか生活ができるようにならなきゃいけない! と泥酔した頭で考えました。もっとも、私は今のところ大陸に移り住む予定はないし、何より彼女が「日本に来たい」というから結婚するので現時点ではありえない話なのですが。あ! いや、結婚するかどうかはわからないですが…。

ともかく色々と外的要素を取り込んで考えるに、「そこまで思いつめる必要もないんじゃねえか」ということですね。あまり純粋純粋でも心の余裕が少なくなってアレなんですが、そこは考え方を切り替えて。むしろ様々な心配事を余計なものとしてそぎ落とし、ただただ純粋に相手のことを想っていれば道は開けるんじゃねえかと。その結果ずっこけてしまっても、まあいいじゃねえかと。そう思えるようになってきたのです。

だから、ええと…なんか、今日は結論めいた話をできそうにないので、強引に締めます。ほら、つまり、その…

人生、何が正解なのかわからないってことですよ。「まとも」とか「そつなく」とか、そういうことを念頭に置いて生きるのもアリだとは思いますが、仮にそういうレールを外れてしまったとしても、案外何とかなるということです。私なんかはもう、1年半ほど前に前の会社をクビになって以来、「どうとでもなれ」という感じで人生を送っているのですが…それが意外と面白いんですよね。

新しい生きがい、新しい人生の目標、そして思いがけず手にした人生のパートナー獲得への手がかり…。

「人生のピーク」がいつやってくるのかなんて、誰にもわかりません。だから、そのことを信じて生きてみるのって、とても楽しいと思います。今がピークじゃなきゃこれから先にあるんだって。そう思えば、人生ず~っと楽しくて仕方がないと思います。よし、これで今日は結論!

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こんばんは。

私以外、私じゃない

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(鬼畜の所業)。


色々なことをしてきました。

服も買ったしプレゼントも買った。パスポートもあるしチケットも買った。今日はプレゼントを入れる箱とメッセージを書きつけるカードも買った。神様にもお祈りしたし縁結びのお守りはお正月からずっとつけてるし。ほかに何をすることもありません。ただ当日、やるべきことをやるだけです。

でも、不安がなくなりません。もうできることはやった、準備は万端だ、そうわかっているのに不安がなくならない。

……

そんな時に思い出したのは、夢枕獏先生の大長編格闘ロマン小説「餓狼伝」でした。この中に出てくるプロレスラー・長田弘という選手が空手の大会に出場するのですが、その前夜にやはり不安が解消できなくて何時間もトレーニングを積む…という場面があるんですよね。

長田は同門のライバルであり親友でもある梶原と酒を酌み交わして心を落ち着けるんですが、

「忘れていた」 「空手をやろうが柔道をやろうが」
「俺はプロレスラーでしかない」
「そんなカンタンなことを忘れていた」

というセリフを口にします。作中でも小細工なしの純プロレスラーとして強敵にぶつかっていく長田らしいシンプルな言葉です。それは同時に、長田が大好きで小説を読むたび長田に力をもらってきたいぬがみの心にも強く響きました。

そうなんですよね。今回の一戦のためにあの手この手奥の手まで用意しました。無論それらも必要なものだとは思いますが、最後は私のハートが大事なはず。用意した作戦をうまく使いながらも、シンプルに熱くふるまうことこそが私の生き方だったはずです。色々なことを考えすぎて、積み上げすぎて、ちょっと、わからなくなっていたかもしれません。


あと4日。

準備はすべて整ったので、あとは心を落ち着けるための準備期間に充てたいと思います。

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おはようございます。

人事を尽くして神様おねがい

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


本当は神仏は尊ぶものであって、自分のために働いてくれるものではないんですけどね。吉川英治「宮本武蔵」でも、それを読んだ大山倍達・極真会館総裁も言っていました。困った時の神頼みではなく、自分自身の力で運命は切り開くものなのだ、と。

それでも私は気持ちが弱いので、昨日実家に帰った時、地元の盛岡八幡宮にある「縁結美神社」に今回の戦勝祈願をしてきました。

考えてみれば戦勝祈願の神頼みって、昔はよくやっていましたよね。昔っていうのは戦国時代とか、それよりも前の話ですけどね。こう、神社の由来とかを読むと、昔誰それという武将が戦の勝利を願って建てたとか祈ったとか、そういうのが残っていますから。

だから、神頼みをすることが必ずしも心の弱さを証明するものではない…ような気もしますが、でも武蔵先生の境地が最高ですよね。

そう思って、賽銭をあげてパンパンと手を合わせ祈りをささげたものの、

「頑張ってきますんで、見ていてください」

というニュアンスで祈ってきました。どうしようもない時は助けてほしいけど、基本、自分で頑張りますから、って。


言葉を勉強し、文化を勉強し、服のコーディネートに20年分頭を悩ませ、切り札のプレゼントも購入(10回払い)。どんな話をするか、いつ切り札を出すか、そんなシミュレーションを頭の中で何十回も繰り返し、毎朝毎晩のWechatは欠かさず行う。

「言わなきゃ気持ちは伝わらない。でも言い過ぎたら、今度は引いちゃうんじゃないか」

過ぎたるはなお及ばざるがごとしと東照大権現も言っておられます(ということになっています)。そのあたりのさじ加減が、不肖いぬがみ、どうもよくわからないので、いつも不安感が胸にもやもやと募っています。


(3/17追記:不安が少し解消されそうです。詳しくは本日の記事をご覧ください)

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おはようございます。

speak LARK

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです(ロジャー・ムーア風OP)。


気持ちをより効果的に伝えるため、いわゆる自撮り写真というのをやるようになりました。

元々写真を撮られることはあまり好きではなかったので、やむなく撮られるときは昔の人のように直立無表情でした。まあそれはカメラの性能(露光時間の関係)のせいなのですが。

しかし、今は逆に写真を撮られることが大好きな中国の人に見せるので、私からすれば少々行き過ぎる感情表現もアリなのか? とかと考え研究しています。


本来であれば爆笑問題の太田さんの真似をしたいのですが(両手を広げて片足をあげるあのポーズ)、自撮りするのは難しいので片手で作るジェスチャーにしようかなと。

ただ、同じサインにしても国によって全然意味合いが変わってくるので(中指を突き立てるのは世界共通)、気をつけないといけないなと。

たとえば我々がよくやるVサイン。

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おはようございます。

あと一週間、あと一週間…しかないのか!?

「森のキュイジーヌ」管理人のいぬがみです。


そうなんですよね。色々な意味での人生初が、来週21日に迫ってきているんです。

ここ数日はちょっと気合を入れて頑張りすぎたせいで心身ともに疲れ切ってしまいました。いや心はある一定のテンションを保っているんですが、そのせいで体の方に負担がかかってしまって、なかなか大変なものがあります。

正直、マージャンとかしてられないですよ。ある意味この支配からの卒業をしたいです。行儀よくマージャンなんてできやしなかったって感じですよ。

ともかく、あと一週間。そろそろ隠すこともないと思うので、自分の気持ちを整理する意味でもオープンマインドで記事を書いていきたいと思います。


そんな一発目の記事は、実は私、「彼女イナイ歴=年齢」なんです。

笑います? そんなこと言ったら…でも本当なんです。

もちろん、そういうチャンスが一度もなかったわけではありません。自分から打って出ることはなかったものの、どういうわけか私に興味がある女性も、ゼロではありませんでした。しかしながら、そんな時に恋愛経験も準備もなかった私、気後れして踏み出すことができなかったのです。「頭文字D」の池谷先輩のようなものと思ってもらえれば結構です。

それ以来、自分はこのまま独身でいいやと思うようになりました。その分、誰かをハッピーな気分にさせられればいい。「男はつらいよ」の寅さんみたいに、誰かが幸せをつかむ手助けをしながら自分は気楽に生きていければいいな、と。そう考えるようになっていました。


あとは、なんか求道者的な人に憧れてしまったから、というのもあるのかもしれません。

架空の人物で言えばリュウ(ストリートファイター)、吉川英治先生が創作した方の宮本武蔵、実在の人物で言えば土方歳三、大山倍達、等々…あまり身辺に女っ気がなくて(厳密にいえばそうではないでしょうが、大きなイメージとして)、むしろそういう、女性と付き合うことを不純物として遠ざけ、ストイックに自分の追い求める理想に邁進する…そういう姿にあこがれ、人生を歩んできたので、余計に遠ざかったんでしょうね。

「別に女性にモテたいとも思わない。そんなことに使う余力があるなら、少しでも自分を高めることに使いたい」

そう思って日々の生活費と自分の趣味にお金を使ってきたので、恋愛経験といえば「ときメモ」での会話くらいしかありません。あれは1~3を合わせると50回以上クリアしたかな。特に1は、2回オールクリアしています。


だから今回の旅行、いきなり彼女と二人でアチコチ回る…という話を昨日聞いた時は、頭の中が真っ白になりました。

最初は向こうの家族とか、今回一緒に日本を出国する彼女の伯母夫妻(私に彼女を紹介してくれた人でもある)と一緒に色々回って少しずつ距離を縮めて、最終日に二人きりでいいムードになって…みたいな想像をしていたんですが、そうじゃないみたいです。いきなり二人モード。しかも、行程はすべて彼女にお任せ。

初彼女と初対面の日が初デートで初海外を行く……と、なんだか「ウラジオストク中学の体育館裏で裏番長に裏拳で殴られてくる」みたいな超展開になるとは、たぶん誰も予想できなかったことでしょう。こんな展開、北川悦吏子でも書けませんよ。


本格的に異性を意識しだした中2のころから20年。このブランクを埋めるためのスピードはあまりにも早すぎて、一瞬でも気を抜くとすぐにおいて行かれそうです。だから使えるものは何でも使うし、使えなさそうなのもどうにかして使います。総力戦です。オレ総動員法発動です。


で、そうやって自分の心の物置をひっくり返して整理しているところなんですが、まあ武器になりそうなものは、そうやって求道者的な目線で積み上げてきたものでしょうね。漢字一文字で表せば「誠」。固すぎると言われようがまじめすぎると言われようが、自分が一番自信を持てるのはそういうことですから。

「ときメモ」の経験も、少しは役に立つでしょう。こういう時は、こんな感じのセリフがあったっけな…と。小説・漫画・映画にテレビ、そういうものと合わせて、いくつかフレーズを準備しておきましょう。

実世界で恋愛しなかった分、本を読んで感じた事。そういうもので何とか武器を作って、この一戦、攻略したいと思います。文字通り、これが人生の分岐点、今までの失われた20年いやいや34年余りの劣等感をまとめてペイバックするときですから。お礼は100倍返しだ!


…いやね、本当に、縁あってここまでこぎつけることができたと思っています。今の会社に入って以来、色々な人と会う機会が増えましたが、すべては縁あってのものだと思っています。だから、こういう良縁を大切にしていきたいと思うのです。たぶんこれが、毎年毎年初詣のたびに神様にお願いしてきたことに対するご利益だと思うので…。

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