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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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 こういうことを言うと変だと思われるかな、と思って、あまり言わないようにしていたのですが、自動販売機が好きです。

 もっとも、どんな自販機でも好きだと言うわけではなく、レトロなやつが好きです。あと、当たりくじつきのやつ。

 これをふたつ統合すると、昔はよくあった、「当たりくじ」専用の設備がついている自販機が好き、ということになります。抽選の間、ちょっとした音楽が流れたりすると、さらにいいですね。

 めったに当たるものではないのですが、それだけに当たった時はとてもうれしいです。


 昨日の夜、仕事帰りにコーヒーを買ったら、当たってしまいました。10年ぶり(かそれ以上)の快挙です。

 私が利用した自販機は専用のインジゲータがあるわけではなく、投入金額を表示するデジタル部分を利用するもので、左側から数字が流れてきて、その数字がそろったら当たりというシステムでした。

 たいてい「7……7……8!」とかってなって、テント師匠の人間パチンコのオチみたいに「なんのこっちゃ!」と言って立ち去るのですが、昨日は「7……7……7!」とそろってしまって、「ピーッ!」と音が鳴り出しました。

 「うわっ、当たっちゃったよ! どうしよう!」

 0.1秒単位で「2本目はどれにしようか」と考え、最終的にペプシネックスを選択した私。右手にボス無糖ブラック、左手にペプシネックスを抱えて、その日は帰途につきました。

 最近は色々あって、つらいなと思ったこともありましたが、昨日のそのことでいっぺんに気持ちが晴れました。だから生きていこう。そう思いました。


 余談:私が小学生のころにコロコロコミックで連載されていた『電脳ボーイ』というマンガで、自販機の当たりくじインジゲータの「当たりのランプが光ったとき」に商品確定ボタンを押せば当たる! と描かれていて、友人らと早いの遅いのと言いながらやっていました。そのためか、今でもそういった自販機でジュースを買う時は、ランプが光った時に押してしまいます。

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 いま生きている人は、これからも生きていかなきゃいけないんだろうな。1年半前からそう思うようになりました。

 命があるだけでも……と言うのは簡単ですが、それさえも容易ではありません。あれから1年半が経ったわけですが、すでに話題は被災地の現状からそれ以外の場所のこれからに移っている感じがあります。今から20年後に原発をなくすとかなくさないとか、今すぐなくせとかなくせないとか。

 確かにそれも大事なことです。でも私はそれ以前に岩手県民ですから。まずは岩手の人のために何かをしたい。そう思うのです。

 正直なところ、よくテレビで流している原発云々という話には、ほとんど興味がないのです。「そんなの、勝手にやってくれ」という気分です。


 先日NHKで「被災地の現状」についてのテレビ番組を見ました。

 私の力だけではどうにもならない現状がそこにあることを実感しました。個人レベルではどうにもならない現状。家とか土地とか仕事とか。

 実際そこに住む人も生きて行かなきゃいけないから、住み慣れた地元を捨てて別なところに行ってしまい、ずっと続いてきたコミュニティが消えかけているという話を聞いた時、「そうか」と思いました。絆だなんだと騒ぎ立てても、生きていかなきゃいけないという現実の前には……。


 いま私が個人的に直面していることも、私自身の物差しで計れば非常につらい決断をしなければいけないことです。気持ちも不安定になることが多く、そのために前のようなスチャラカな記事を書くこともできません。

 でも、おれは生きていかなければいけないのだな、と思いました。とりあえず、今こうして生きているのだし。それに、大好きな海沿いの街の人たちの力になりたいし。

 絆とか心をひとつにとか、いまさらそんな言葉を振りかざすつもりはありません。そんな言葉はいりません。

 私は岩手が大好きです。海が大好きです。だから海沿いの街が大好きです。それで十分でしょう。

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 全日本プロレスの中之上靖文選手が、ついに初勝利をあげました。しかも相手は元三冠王者で、ついこないだまでアジアタッグ王者でもあった浜ちゃんこと浜亮太選手。

 オーディションで合格はしたものの武藤さんから「物足りない」と言われ、その後も長~い練習生としての日々を送り、やっとデビューしたと思ったらなかなか勝てず、後輩たちに次々と追い越されて2年8ヵ月。

 そんなわけで対戦カードを見た時も「あ、こりゃ浜ちゃんの勝ちで確定だな」とあまり期待していなかった私。そんな意地悪い下馬評をひっくり返して、ついにシングル初勝利。「練習生の中上」と呼ばれていた時代からずっと目をかけてきた選手だけに本当にうれしかったです。


 それ以外にも「元・全日本プロレス」の選手が続々と集まった9.8後楽園ホール。懐かしい顔がそろいました。これからも楽しみです。

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 「文章は書くことよりも、書かないことの方が難しい。あれもこれも出力していたら独り善がりとなり、読み手の存在を忘れてしまう。そうなったら共感など得られぬし、誰もお金を出して読もうとは思わない。」

伝え人・菊池孝さんへの追悼文/一人称に頼らぬ文章によるダンディズム(鈴木健.txtさん)より


 私の職業は文章を書いてお金をもらう仕事ではありませんし、ここもそういう場所ではありませんが、この言葉は私にとって非常に重たいものでした。私もそれなりに文章の書き方については気をつけるようになってきましたが、それでもこうしてハッキリ言われると(って、私に言われたわけではないのですが)、よりいっそう気をつけなければいけないな、と思ったのです。

 あまりシンプルな言葉じゃ面白くないんじゃないかな。そう思ってあれもこれもと盛り込んだ文章を書いてきましたが、それは結局、独りよがりになってしまう。今は誰でも言葉を発信することができる時代ですから、たとえそういった内容でも全世界に向けて公開することができます。だからなおさら、気をつけなければいけないわけです。きっと。


 ブログはやめたくありません。でも、何か思ったことがあったとしても、それを削って削って、それでも何か伝えたい言葉があったら、それを書くようにします。そうでなければ書きません。


 あと2ヵ月……。

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 ここで色々なことを書くのも、気持ちを整理するために重要なことなので、改めてこんなことを書く必要もないかもしれませんが……今、私の生活において、これまでで最大の転機が訪れようとしています。

 これがプライベートの、おめでたい話ならよかったんですが、そうじゃないんですよね。

 今わかっているのは、色々と変わってしまうと言うこと。

 「まあ何とかなるさ」「大丈夫じゃないの」と言ってはみるものの、それは不安感を抑え付けるために自分に言い聞かせているような言葉。

 本当に大丈夫かどうかは、ちょっとわかりません。


 そういうわけで、もう少し気持ちが落ち着くまで、更新をちょっと休むかもしれません。もし何日か更新されない日があったら(そうそう毎日見てくれる方が、どれほどいるかわかりませんが)、そういうものだと思ってください。

 ただ、これまでもそうですし、これからもそうですけど、犬神は常に前を向いて全力で生きていきます。常に視線は「どうやって生きていくか」という方向に向けられています。

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 その昔、昔といっても私が大学生のころだから、せいぜい10年程度のものですが(十分に昔ですか)、平日の10時半からテレビで『必殺仕事人』の再放送をしていました。

 私が初めて見たのは小学生のころで、出てきた仕事人の顔ぶれを見ると『新・必殺仕事人』~『IV』のあたりであったと思います。主水、秀、勇次のゴールデントリオが仕事をしていた時代です。

 10年前に放送していたのは、それよりも少し前。まだ勇次がいなくて、元サムライで今はおでん屋を経営する左門がいて、秀がまだ新入りの若造扱いをされていた時期です。

 そのころは秀もまだまだ若造だったために、血気にはやってリスクを犯したことに対して主水と左門が制裁を加えるような場面がありました。仕事に対しては結構ドライな(ように見える)主水がここまで激怒する姿は見たことがなく、非常に衝撃的でした。


 で、そのころ本格的に使い始めたインターネットで、何かと必殺がらみの情報を調べていくと、なんだか妙なサブタイトルが並んでいる時期がありました。

 ・せん、りつ、カチンカチン体操をする
 ・主水バースになる
 ・主水、ワープロをうつ

 とても時代劇のタイトルとは思えません。

 このうち特に気になっていたのは3つ目の『主水、ワープロをうつ』。なにやら未来を想像するシーンで、主水があのままの格好でパソコンに向かうと言うシーンが展開されるそうなのです。

 いつか見てみたいなあ。と思って何年かが経ちましたが……な、なんと! 最近その画像を動画投稿サイトにアップロードしている人がいました。あまりにもうれしいので、私のブログにも引用したいと思います。



 ……。

 時代劇史上最高にシュールな映像ではないでしょうか。200年以上先のことを思い描いて「これからはエレキで文字を書く時代ですよ!」と力説する主水はいったい何者なのでしょうか。逆バック・トゥ・ザ・フューチャーというか。

 ともかく、CSの再放送かDVDを買うかしないと見られないと思っていたシーンを見ることができてよかったです。このふり幅の大きさもまた、『必殺』シリーズの魅力と言うことか。

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 9月だと言うのに今日の日中の予想最高気温が30度越えという厳しい状況ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 さて今日は『防災の日』。かつて多くの人が犠牲になり、帝都・東京が灰燼に帰した関東大震災が起こったのを教訓に、防災についての意識を高めるために設定された日です。……たぶん。

 小学生のころはこの日、必ず避難訓練をやっていました(ほかにも何度かありましたが)。この時は集団で昇降口からドタドタと出てくるのですが、何で折りたたみ式の滑り台を使わないのだろう? といつも思っていました。……あれは本当に最後の手段なんでしょうね。ちゃんと自分の足で昇降口まで下りられるのなら、その方がいいに決まってます。今なら、何となく想像もつきます。


 さて、昨日の「めざましテレビ」でも様々な防災用品が紹介されておりました。なんか、ずいぶんとハイテクというか、不思議なグッズもたくさんありました。特に何もなくても使って見たいなあ、と思うような。

 当家には特にそういった特別なアイテムは何もありませんが、「これがあったからよかった」というものもありました。そう、去年の3月11日のことです。

 
 1.懐中電灯

 これは言うまでもありません。停電で真っ暗な状態でしたからね。とりあえず大型のものを上向きにしてひとつ置き、トイレなどに行く時は別なものを手持ちにして行きました。やはり人間、明かりがないと何もできません。特にみんなで同じ部屋にいる時なんかは、広範囲に光が届くようなものがあると安心です。

 2.ラジオ

 これも当然です。停電状態で、今外で何が起こっているのかまったくわからない状況にあって、唯一の情報源はラジオでした。やはり取り回しがいいというか、情報が早いのはラジオです。そして情報というだけでなく、気持ちを支え、前に進む元気を与えてくれたのもラジオでした。これは後に『その時、ラジオだけが聴こえていた』を読んだ後にまた書くと思いますが、ラジオのよさを30年間でもっとも味わった数日間でした。

 3.卓上コンロ

 これなんかは、柘植久慶氏の『サバイバル・バイブル』でも取り上げられていましたが、かなり役に立ちました。3月のまだ寒い時期ですからね。それ単体で暖かい食べ物を食べられるので、本当に助かりました。もちろんこれは電気が止まっただけで、水道が無事だったからというのもありますが。ガスボンベの予備さえあればかなり有効です。災害時だけでなく、日常でも使えますしね。


 とりあえず、この3つでしょうか。

 私の家は内陸中の内陸にあるので、今回の震災ではそれほど大きな被害はなく、停電が復旧すれば大体元通りの生活になりました。そのため、あくまでもこれは当家に限ったケースではありますが、とりあえずね。

 昨晩もフィリピンで大地震があり、一時的に日本沿岸全域へ津波注意報が発令されました。災害はいつ来るかわからないですから、常に物心両方を備えておきましょう。ほら、備えあればうれしいなと言うじゃありませんか(まさかの岸和田博士オチ)。

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 今日は東京の小学生諸君にとって夏休み最後の日だと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。個人的には、海で泳いだとかプールで泳いだとか、そういった記憶はありませんが、よく走りよく汗を流した夏だったと思います。気温だけ見れば今も夏ですけどね。

 そんな非常に暑い夏をすごした私。昨日はちょっと涼しいところに行ってきました。八幡平市の山の上から流れる松川渓流のほとりです。ここの川は水温がとても低いので、川のそばまで行くだけで思いっきり涼しいのです。

 目にも涼しく、少し手を水に浸すなどして身体的にも涼しくなったところで、同市内にある本屋にちょっと寄り道。本を探すためでした。


 私が探している本と言うのは、『その時、ラジオだけが聴こえていた』というものです。これは震災直後から108時間に渡り災害特別番組としてリアルタイムに情報を発信し続けた岩手放送のドキュメントです。実際、停電の中で私もラジオから流れてくる情報だけが頼りであり、同時に希望でした。ラジオを積極的に聴くようになった遠因であるかもしれません。 

 特集コーナーで山積み平積みにされていたうちの一冊を手に取り、ついでだからとばかりにうろうろと歩いていると、また別なところに特集コーナーを組まれていた『ハヤチネ!』というマンガが。岩手県民にとってはハヤチネといえば早池峰でありアテルイII世であることは言うまでもありませんが(?)、果たしてこれは何なんでしょう。

 立ち読みができないようビニールでパッケージされていましたが、まあせっかく岩手を題材に取り上げてくれているのなら、読んでみようかなと思い、黙って一冊を手に取りました。

 さらに店内をうろつくと、今度は今年の正月からず~っと探していたアランの『幸福論』が。おおっ、これぞまさに幸福! 当然ながらパッと手に取りました。表紙が若干モエモエ美少女くさい絵柄なのが少々気になりますが、まあ中身は大丈夫だろう。そう思って都合3冊をレジにドサッと放り投げ、勘定をしてもらいました。予定の2倍ほどの出費になってしまいましたが……まあ、せっかく出会ったのだし、これも何かの縁ですよ。あまり行くことのない本屋さんだし、たまにはこういうのもいいかな。

 あとはこれらをいつ読むかと言うことなんですが……こないだ上野駅で買った本もあるし……いや、参りましたね。ちょっと楽しみな『参りました』ですけどね。


 


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 先日、東京に行った日の夜のことでした。

 私が風呂に入っている間、兄者が『ミルキィホームズ』というアニメを見たそうなのですが、その感想がなんとも不思議なものでした。いわく、

 「最終話だと言うので見たところ、いきなり○○(自主規制)でーす! といって女の子が出てきて、ガビーン! って言って終わった」

 そうです。……ほぼ言われたとおりに再現してみましたが、何のことだかさっぱりわかりません。

 まあミルキィホームズっていうのが、どういった女の子たちが出てくるアニメなのかと言うのは、上野駅構内でも広告が大きく張り出されていたので知っていました。さらに言えば新日本プロレスの親会社であるブシロード社が製作している(?)というのも知っていました。そんなこんなで、一度ちゃんと見てみなきゃいけないなあと思っていたのですが……最近、DVDを借りて見てみました。


 ふむふむ……(ただいま視聴中、しばらくお待ちください)。

 特殊能力を持つ4人の女の子が怪盗女を追いかけていたところ、何らかのショックにより特殊能力が失われ、それまでのVIP待遇から一転、追放の危機にさらされる……というのが第一話の内容でした。

 まあ今回は第一話ですからね。探偵というよりも特殊能力アクション物語のような内容でしたが、今回でその特殊能力もなくなったし、次回から本格探偵アニメになるのでしょう。たぶん。きっと。


 久々にこういったアニメを見ました。たまにはこういうのもいいかな。

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 昨日はついつい更新せずに終わってしまいましたが、今日はちゃんと更新します。小島・カズ組vs武藤・ヤン組の話です。

スポーツナビによる試合結果レポート

 この中で小島さんは『元・全日本プロレス』という立場です。2年前に退団し、現在は新日本プロレスの所属選手となっている小島さん。その際には何かと難しい事情が絡んだみたいで、「別に気にしてねえよ」とことあるごとに言う武藤さんに対して、なんか、ずっと気にしている風の小島さん。別に全日本だろうと新日本だろうと小島さんは小島さんじゃないの、と思っている無責任なファン、それは私。

 でも、全日本と新日本の合同興行や何やの機会にタッグを組んだ両者。今回はお互いに対戦相手として戦い、試合をクリエイトしたわけで。試合後の握手も含めて、「いい戦いだった」と思うのです。

 「人と人の間に色々あるのはどの社会でもいっしょ。いつまでも根に持っても仕方ない。シャットダウンするんじゃなく、何かあれば感情を出して戦いたい。全日本のリングはそういう場所でありたい」

 カズさんは試合後にそう振り返りました。さかのぼれば今から3年前、小島-武藤間の因縁なんて比べ物にならないくらい激しい感情をお互いに持ち寄り激突したのも全日本のリングでした。船木誠勝さんと鈴木みのるさんです。

 それでも激闘の末に和解し、後にタッグを組んで戦うようになりました。確かに全日本のリングと言うのは、そういう場所なのかもしれません。

 リングに上がる以前の物語、リングを降りた後の物語。レスラー自身の人生に感情移入し、その熱さを自分の人生に還元できるもの。それがたぶんプロレスなのかなと思います。


 そういう意味では、ジュニアヘビー級の大和ヒロシvs田中稔戦は……どっちも好きなので、非常に複雑な思いです。まあ、ここは素直に初防衛を果たした大和をたたえておきましょうか。これまで傍流と言うか、熱さは団体イチだけどその熱さがいつも空回りしている面白キャラという印象でしたからね。同期でスターの素質をたっぷり備えたKAIがヘビー級に転向することだし、新世代ジュニアの旗頭としても、今年は飛躍の年となってくれればいいなあ。私はSTACK OF ARMS派ですけど。

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 最近はあまりプロレスの話題に触れることがありませんでしたが、もちろん今でもプロレスは大好きです。

 基本的には「シンニホン、イチバーン!」なのですが(今はWWE)、それに負けないくらい好きなのが全日本プロレス。こちらは団体として好きというか、選手個人が好きっていう感じかな。武藤さんとか、ミノ様こと稔さんとか、船木さんとか。

 最近は、特に船木さんに対する思い入れが強いです。なぜかといえば、パンクラス時代の著書『船木誠勝のハイブリッド肉体改造法』を愛読し、日々のトレーニングに生かしているから。3冊あるうちの1冊目は実際のプロレスラーもトレーニングの参考にしたというほど実践的な方法が盛り込まれ、2冊目は私のような一般人が参考にするのにちょうどいい、ややライトな構成となっています。3冊目はまだ読んでいないのでわかりません。

 そんな船木さんが、昨日、全日本プロレスの至宝である3本のチャンピオンベルトに挑戦。対戦相手は他団体・ノアの秋山準選手です。


 事前会見では渋滞に巻き込まれ遅刻、そのことを秋山選手一流のネチネチ「口撃」でなじられ、何も言い返せないなど、かなり追い込まれていました。

 
ノア秋山、会見遅刻の船木に先制口撃=全日本
「挑戦者としてより、まず時間を守りましょう」
2012年8月10日(金)(スポーツナビ)


 その後も内田社長と心中宣言をしたり引退も考えたりと、「船木さんなら本当にそうするかも」という真剣発言がポンポンと飛び交い、かなりハラハラした状態でこの日を迎えた次第です。


 しかしながら、さすが船木さんはやってくれた、という感じです。終わってみればわずか4分そこそこで相手を撃破。見事に至宝奪還です。

 4分というのは、プロレスの試合としては、すごく短い感じがします。ただ船木さんの場合『秒殺』という言葉を生み出したパンクラスの立ち上げメンバーですからね。かえって船木さんの強さとスゴさを感じられるので、これはこれでいいんじゃないかなと思います。

 そして次の試合は、全日本プロレス最強……もしくは日本プロレス界最強のパワーを誇る諏訪魔選手。どちらを応援するかと言われれば船木さんを応援します。この勢いで今後も現役プロレスラーとして活躍を続けて欲しいと思います。おめでとうございます!


 ……本当はミノ様vs大和ヒロシとか、コジカズのこととか、書きたかったのですが、ちょっと長くなってしまったのでまた後日と言うことで。

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 車のカテゴリにするか、アニメのカテゴリにするか考えたのですが、どちらかというとアニメの話が多くなりそうなので、こっちのカテゴリに設定します。

 このたびキャラホビ2012というイベントにおいて、ジオン公国のシャア・アズナブル少佐(で、いいんでしたっけ)専用の車がジオニックではなくトヨタから出展されました。形式はMS-186H-CAだそうです。

 量産機の「オーリス」をベースにシャア少佐のパーソナルカラーである赤にペイントしてジオン公国の紋章をあしらい、指揮官用のアンテナ(通称「ツノ」)を装備、排気口もモビルスーツのジェット噴出孔のようなデザインにされていて、なかなかかっこいいです。もちろんこれは展示のみでしたが、走れば量産機よりも数倍速いのは想像に難くありません。

トヨタモデリスタ社の公式ホームページ

まんたんウェブ(毎日jp)の写真特集

 
 まあシャア少佐専用ですし、私はマツダ乗りなので、それほど……ですけど、トヨタがこうやって本気で作ってくれたことは「すごいなあ」と思います。トヨタモデリスタのホームページによれば、白いやつもちゃんとあるみたいだし。……ちなみに白い方は一応市販しているみたいです。

 あとは、一般層に訴えかけられるのはやはり初代ガンダムなのだな、と思いました。これが『ガンダム00』とかでは、残念ながら、こうはいかないでしょう。歴史が違うんだよ、ってやつですか。

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 ずいぶん前に買ったものの、なぜか電池を入れることなくずっとほったらかしにしていた「万歩計」に電池を入れて、実際に使ってみました。

 これっていうのは歩数のほかに踏破した距離、さらに消費カロリーなどを算出してくれる機能も備えておりまして。そういうプラスアルファな機能があるのを選んで買ってみたのですが、やはりこういう感じで自分の成果が目に見えると面白いですね。

 早速、これをつけて八幡平のコースを走ってみました。

 電柱の数を数えて、大体1.6キロくらいのコースなのかなと思っていましたが、実際にはそれよりも少し短かったようです。その割りに消費カロリーは自分が思っていたよりもずいぶんと多くて、感覚というのはあまり当てにならないものだと思いました。

 そういった結果でしたが、ひとついえることは、「カロリーを摂取するのは簡単だけど、それを消費するのは容易ではない」ということ。アルコールは極力摂取しないようにしているのですが、体重が以前と比べて6キロほど増えました。

 ただ、食べるものは以前からあまり変わらないので、100パーセント脂肪というわけではない……と自分では思っています。以前はできなかった回数をこなせるようになってるし、若干は筋肉量も増えているはず。そのぶんの重さもきっとあるはずです。


 ともかく、身体作りって面白い。最近はそんなことを考えながら日々を生きています。

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 何日かに渡ってお送りしてきた東京シリーズ、今日が最終回です。

 最終回は……メインの「ツタンカーメン展」について、を差し置いて「新宿」という街について。

 
 新宿と言う街は……一応、初めてではないことになっています。というのは今から十数年前、私が中学生の時代に修学旅行で東京に行った際、自主研修で目的地に行く際に新宿駅で下車した記憶があるからです。ただ新宿駅で下車して、その次にどこに行ったのかはよく覚えていません。

 その時は平日で、しかも朝のラッシュ時。……いち地方都市から出てきた中学生にとっては、もはや想像のはるか上を行く人間の多さに絶句してしまいました。危うく同じ班のメンバーとはぐれそうになったりして。

 今回は日曜日の10時台ということで、そこまでの混雑はありませんでした。まあ本当に混みまくるのは夜なんでしょうけど。


 駅を下りて最初に「おおっ」と声をあげたのは、東京の人にとっては当たり前すぎる風景になってしまったアルタビジョン。『探偵 神宮寺三郎』シリーズにも出てきましたが、どちらかというと『真・女神転生』のイメージが強いですね。戒厳司令官の後藤が演説していたり、崩壊後の世界でメシア教の人が布教活動をしていたり。

 そこから歩き、向かった先は、もちろん歌舞伎町。『真・女神転生』の世界から『龍が如く』の世界へ移行です。

 ゲームにならって歌舞伎町一番街の、あのきらきらしたゲートをくぐり抜けて待ちに飛び込んだ私と兄者。ほとんど予備知識もなく飛び込んできた私はちょうど『3』に出た来た沖縄の暴力団員・島袋力也のポジションです。

 ここが占い師の館でここがバーと金融業者が入っているテナントビルでここがホストクラブなんだよね。って、もちろん実際にそんなものがあろうはずはありませんが、いかにあのゲームがリアルに作られているかを実感することができました。

 残念ながら今は劇場がなくなってしまったので、だいぶ景色が変わってしまいましたが、断片的にゲームの記憶と重ね合わせてその雰囲気を楽しむことができました。こうして景色を再確認すること自体が、今回の旅の収穫といえましょう。


 その後は来た路線をそのままなぞり、上野から盛岡へ。……そうそう、上野駅では東京名物『東京ばな奈』と『ナボナ』を買ってね。ナボナはお菓子のホームラン王です(古いなあ)。

 帰りの新幹線では、誰かが非常通報ボタンを押して列車が緊急停止するアクシデントがあったものの、何とか無事に帰ってきました。短い時間で、まるで夢のように駆け抜けた2日間でしたが、なかなか多くの収穫があったと思います。兄者、ありがとうございました! テヘッ!(なぜか『石井智弘日記』風にシメてみる)

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 上野についた日に行った国立科学博物館。

 ここの常設展では、いかにも私好みの機械がたくさんありました。「過去の最新式」と言いましょうか、当時の持てる技術をすべてつぎ込んで作られた機械の数々。日本発のテレビ受像機やら電送装置やら……。

 湾岸ミッドナイトでもありましたが、0から起こした1というのは、本当にすばらしいものです。厳密には欧米で開発された何かのまねなのかもしれませんが、それでも日本らしさを盛り込んで作られたそれらの機械はなんとも魅力的です。今ではこれらのものとは比べ物にならないくらい高性能なものが、一般家庭でも使われているわけですが、当時のことを思うと……つくづく、素敵だなあと思います。

 そして、私がそれと同じくらいかそれ以上に感動したのが、アナログ式の機械の数々。……詳しく仕組みをみると、「ああ、なるほどね」とは思いますが、生まれた時すでに電卓があった世代の私にとっては、「よくもこんなに面倒くさい(そして緻密で精巧で素敵な)ものを……」とため息をついてしまいました。


 時代をさかのぼり、江戸時代になると、その感動と興奮はいっそう高まりました。

 当時はあまり外国の文化が入ってこなかった時代ですからね。そのために日本独自の発展を遂げたものがたくさんあるわけで、それらのひとつひとつに21世紀を生きる日本人たる犬神はフムフムと感心しました。

 とりわけ犬神が熱心に見たのは、いわゆる「からくり」機械の数々。先ほども書いたようにアナログ式の機械になんとも心引かれる私、大名時計とかお茶くみ人形とかといった、シンプルながらよく考えられた機械が大好きなんです。

 そして今回、国立科学博物館でもっとも気に入ったのが、万年自鳴鐘……いわゆる「万年時計」です。

 これっていうのは当時日本での標準だった不定時法と定時法それぞれに対応した時計に加え、曜日・十干十二支・月齢・二十四節気・京都から見た一年間の太陽と月の動きなどがわかるオプションを搭載。さらに一度ねじを巻けば200日ほど動き続けるという、ほとんどオーパーツと言ってもいいんじゃないかってくらいすさまじい代物です。

 開発者は幕末から明治にかけて活躍した発明家の田中久重という人で(今の東芝の創業者らしい)、1000点を超える手作りのパーツを組み合わせ、1年間かけて作り上げたと言いますが……この人に対しては思わずロジャー・コーマン張りに「狂気に近い才能を持つ天才に違いない!」という言葉を贈りたくなってしまいます。これはもはや世界最高の工芸品でしょう。

 ぜひ私もひとつ欲しいなあと思ったのですが、まあそれは冗談です。私が大名級の地位にいる人間ならば交渉の余地が1厘ほどはあるかもしれませんが、町民もいいところですからね。とりあえず別な和時計のポストカードだけを買って帰ってきました。どうせなら、万年時計のポストカードが欲しかったのですが……ま、いいです。

 そういうわけで、国立科学博物館、とっても楽しかったです。

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 都内での移動は(あまりありませんでしたが)電車がメインでした。

 東京と言うところは岩手に比べて、やたらと電車がたくさん走っていると言うことは理解していましたが、今回は実感としてそれを強く感じました。

 たくさんあるということは、たいていの場所の近くまで走っている路線があるということ。今回投宿した千駄木のホテルも、JRの駅からだと8分ほど歩くところを、東京メトロの駅からだと2分ほど歩けば着くんですよね。

 岩手における鉄道というのは、基本的には東北本線がメインであって、きめ細かい移動手段はバスになるんですよね。それさえなければ、歩くしかないと言う。……ちょくちょく乗り換えつつ目的地近くまで向かうというスタイルに東京らしさを感じました。


 ただ、たくさん電車が走っていると言うことは、そのたくさんの選択肢から自分の目的に最も適したものを選ばなければいけないわけで、地方から出てきた人間にはこれが大変です。

 まず上野駅に下りた時点で、路線によってあっちこっちに道が分かれていたのに驚きました。あれ、こんなに広かったっけ、って。仮に私がひとりでここに降り立ったとしたら、さぞ混乱したことでしょう。さすがの兄者も路線図を見ながら確認し、乗り換え案内をしてくれました。

 上野でこんなですから、新宿駅なんて大変なものです。まあ、単純に来た道を戻るだけだったのでいいんですが、とにかく広いし人もたくさんいるし。普段から利用していればきっと慣れられるのでしょうが……やはり、東京ってすごい。

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 私にとって上野という街は、東京の玄関口、というイメージがあります。

 一般的には東京駅だと思うのですが、私にとってはむしろ上野駅。なぜかといえば、私が初めて東京に行った時代と言うのは……東北新幹線がまだ東京駅に乗り入れしていなかったのです。あれは、1988年のことでした(乗り入れ開始はその3年後の1991年)。

 それから、1996年に修学旅行で東京に来た時も、確か上野駅の地下ホームに降り立った気がします。その時、あまりの空気の悪さにゴホッゴホッとむせこんだ思い出もあります。今回はそういうこともありませんでしたが。


 そのような記憶があるので、やはり上野が好きです。

 久々に公園口から外に出て、アメ横や上野公園周辺をうろうろと歩いてみると……さすがに25年前の記憶が甦ってくることはありませんが……98年ごろの記憶がフラッシュバックしました。

 この時は高校2年生だった私。全国高校総合文化祭・写真部門の岩手県代表(の代役)として鳥取県米子市に行き、写真の勉強の名目で様々な名所を回った帰りのことでした(参照)。

 顧問の先生の意向だったと思うのですが、具体的な理由はよく覚えていません。ただ、同じように駅から外に出てアメ横付近の雑踏を歩き、今はこぎれいなビルになってしまいましたが、当時はまだまだ現役で残っていた昭和度爆発の旧聚楽を見たような気がします。その時の記憶も重なっていたのです。


 そして2012年。

 あの時に私が見た聚楽はもうありません。ただ、やっぱり上野は上野なんです。時代の移り変わりに合わせて、ところどころ綺麗になっていますが、やはりベースに流れるものはあまり変わっていないような気がします。

 東京でも、上野だったら私を受け入れてくれるのかな。

 ノスタルジックでロマンチックな気持ちになった、31歳の犬神なのでした。また行く機会があればいいなあ。

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 というわけで、東京に行ってきました。まずは思いつく限りの概要を書き出していきたいと思います。

 まずは、初日。

 9時台の新幹線に乗って、到着したのがお昼近く。そこでまずは犬神が東京名物と認識している「もんじゃ焼き」というやつを食べました。

 お好み焼きとまったく違うので、なかなか苦戦しましたが、おいしかったです。


 本来のツタンカーメン展は翌日に行くことにして、この日は同じ上野公園の中にある国立科学博物館を見てきました。

 今の企画展は、元素について。酸素や水素といったごく身近な元素から、聞いたことのないような元素まで、様々なものがあることを知りました。そして後半になってくると、特に用途のない実験室の中だけの元素が出てきまして。……これらは元々自然界にあったものではなく、人工的に作り出したものであると言います。私の知らないうちに科学はそこまで進歩していたのです。

 そのあとは常設展において、ボランティアの講師の方にレアアースの現状とその対策についての『講義』を聴かされるなど、非常にアカデミックな日でありました。

 その夜はアメ横の居酒屋『大統領』で久々の飲酒。適度に気持ちよくなったところで千駄木にあるホテルに投宿しました。


 翌日(今日からみれば昨日)。朝イチで上野公園に行ってみると、早くも大行列ができていました。

 そこに並び、じつに30分ほどの待ち時間を経て、いよいよ会場へ。

 エジプトからはるばる日本までやってきた品の数々に感嘆しながら、1時間ほどで会場を後にしました。

 そしてまだ時間があったので、かねてより行ってみたかった『新宿』へ。別に新宿で何がしたいというわけではなく、ゲーム『龍が如く』のモデルになった街を見てみたい、という気持ちだけだったので、まあ特別なことは何もしませんでしたが……歌舞伎町一番街の入り口にあるきらきらしたやつとか、劇場前広場とか(もう劇場はありませんが)、なんかゲームで見たそのまんまの景色に、いい雰囲気を味わうことができました。

 そしてその新宿でソーキそばを食べ、帰ってきたというしだいです。


 ひとつひとつの思いに関しては、また後日書きたいと思います。とりあえず、こんな感じだったということで。

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 ただでさえ色々と重いところにさらなる重圧が降り注いだ昨日という日は、かなり厳しい状況ではありましたが、何とか力ずくで解決することができました。ひたすら正面突破の連続でなんとも不器用なことではありますが、やっぱりそれしかありませんからね。ともかく、何とかやりきったというところです。

 ただ、あまりにも強い気持ちを持ちすぎたせいか、すべて終わったはずなのに「ちゃんとやったよな」という心配がいまだに付きまといます。因果なものです。終わったなら終わったっていって、さっさと忘れてしまえばいいのに。

 というわけで、今日は休みです。

 このあと、な、なんと! 東京に行きます。ツタンカーメン展を見るためです。

 東京に行くこと自体が3年ぶりの私。しかも3年前は業務で行っただけなので、プライベートで行くのは実に11年ぶりとなります。

 たぶん滞在時間は割と短めになろうかと思いますが、久々の東京。中学の修学旅行で行った時は上野駅の空気の悪さに思わずゴホッゴホッとむせてしまった東京。

 ある意味、行くこと自体に意義があるというか。どんな感じなのか、その雰囲気を確かめてみたいと思います。

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 今日はいったいどういうことを書いたらいいか、なかなか思いつきませんでした。

 世の中で起こっている出来事に、自分の思ったことを書く? 私の身の回りで起こったことについて、思ったことを書く?

 でも、どっちにしたって、あんまり面白くなさそうなんですよね。そんなことを、このブログで書いても仕方がないって話ですよ。

 ただ、そうかといって何か面白いニュースを引っ張ってきても、それを面白く書けるだけのエナジーが今の私にはありません。

 行き詰ってしまった感じです。


 じゃあ、書かなくてもいいかと思ったのですが、そうするともっと行き詰る感じがしたんですよね。

 私は責任ある大人ですから、放り出してランナウェイするわけにはいかない。原因は、取り除かれなければいけない。そしてそれは、私自身が、やらなければいけない。

 そういったことを認識、確認し、言葉にしてみるのも、きっと大事なんだろう。そう思って今日は言葉を慎重に選びつつ、書きました。


 今は、前ほど色々なものに興味を持ち、これを受け入れる体制ができていないため、なかなかリラックスできない状況ですが、これもきっと今の目の前の困難を乗り越えれば大丈夫なはず。

 やってやりますよ。越中さん風に言えば、やってやるって! って話ですよ。

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 昨日は、色々と気持ちにノイズが入る日でした。オフィスにいる時もそうだし、外にいる時もそう。ここぞとばかりに思想的なことをアピールする人が国内外にいましたが、今はもう、そういうことに取り合うのも面倒くさい……ので、そういう話はしません。

 そういったことをすべて終えて家に帰ってきたとき、周りからは鈴虫の声が聞こえてきました。

 ああ、もう秋なのかな。そんな風に思いました。

 私は夏が大好きなので、もしも「もう秋だよ」と言うのなら、それはちょっとさびしいです。あんまり夏らしいことをしていないうちに、もう秋になってしまったのか、と。

 確かに暦の上では立秋を過ぎているので、秋だと言えば秋なのかもしれませんが、でも、ね……。


 忙しくしているうちに一年なんかあっという間に過ぎていく。そうは言いたくありません。そう言うと本当にあっという間に過ぎてしまうからです。

 流れていく時間に無理やり抗い、少しでも長く生きていたい。そう思いました。


 *


 昨日のスクールナイン、サンドウィッチマンの「ごはんにあうおかず」スタメン紹介されていました。要するに、野球の打順になぞらえて、色々と紹介していき、それに異論があるリスナーが電話なりメールなりで意見する、という番組だったのですが、これがなかなか面白かったです。

 当初は1番が納豆、2番が味噌汁、3番がしょうが焼き……という順番だったのですが、香川県のリスナーから「辛子明太子」をプッシュされると、伊達さん熟考の末2番を明太子に変更。

 冨澤さん 「え~っ? 味噌汁外すんですか?」
 伊達さん 「味噌汁は引退です。ユニフォーム脱ぎました」

 ほかにも8番に入っていた「さばの水煮缶」も引退しました。ベンチ入りとかじゃなくて、引退だから、かなり重い決断だったということになります。ちなみに代打として「もろみ味噌」が入りました。これっておいしいのかな。

 あと、私が驚いたのは、なんかご飯にバター(マーガリン)をかけて食べるのがおいしいらしいですね。伊達さんも大絶賛していましたけど、なんか、どうなのかなあ……。

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 8月15日は終戦記念日ですね。……まあ、それは敗戦国である日本だからであって、真逆の、非常におめでたい日であるとする国もあるでしょうが……今日は、そういったことについて、調べてみました。

 日本では今日を終戦記念日と言っていますが、英語版Wikipediaによると、米国では9月2日を記念日(V-J day……対日戦勝記念日)と定めているようです。これは、日本が正式に降伏文書に調印した日をもって記念日とする、という当時の大統領トルーマンの意向によるものだそうです。

 そうかと思えば旧ソ連では9月3日(調印して記念式典を開いた日)だったり、イギリスでは日本と同じ8月15日だったり。今まで日本のことしか考えたことがなかったのですが、こうしてみると「ああ、そうなんだ……」と思います。

 お祝いをする国もあるでしょうし、静かに冥福を祈る国もあるでしょう。後者は日本くらいしかないかもしれませんが、ともかくわが国はそういう国なので、私もそういう風に過ごしたいと思います。

 枢軸国だろうと連合国だろうと、政治的思想的な障壁があろうと、戦争によって失われた命であることに変わりはありません。松本零土の戦場まんがシリーズや機動戦士ガンダムの『ポケットの中の戦争』とかを見ると、特にそう思います。それが正しいかどうかはわかりませんが、感情としてそう思います。

 戦争なんて、なければない方がいいです。この日を迎えると、そういう気持ちが強くなってしまいます。

 なお、タイトルは英語版WikipediaにおけるV-J dayの項目から引用しました。こういう言葉で説明されているようです。

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 なんかマックボンボン(※)みたいな響きですが、ボンボンを漢字で書くと盆・盆となります。要するに昨日は休日だったのですが、1日中、お盆の墓参りとかで忙しかったということです(そして、行く先々で大変な混み具合であった、と言うことです)。

 午前中は親父の実家へ。……いったいどれくらいぶりになるでしょう。たぶん年単位で久しぶりだったんじゃないかな。そのせいもあって、あんまり話すことがありませんでした。まあ私が話す以前に親父が色々と話していたので、そもそも話す機会がなかったのですが。


 午後からは母方の実家の墓参り。こちらは3つの寺を巡って、それぞれに参ったのですが……お墓が盛岡市内にあって、元々参る人が多いし、古い町並みの中にあるので駐車場が狭いしで、車の運転をする私はなかなか苦戦しました。私個人としては別な意味で参ってしまいました。

 もっとも、お墓によっては警備会社の人が誘導をしてくれたので、スムーズに入ることができました。これは本当にありがたかったです。

 
 そんな感じで、お盆休み終了です。ええ、今日から金曜日まで、通常業務です。……でも、できればもう1日くらい、休みたかったなあ……。


 ※ その昔、志村けんサンが組んでいたお笑いコンビ。

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 時々違う記事を挟みながら、当ブログでも追いかけ続けてきたロンドンオリンピック。それも今日、というかこの記事を書いている現在、最後の出し物『閉会式』が行われています。そこで犬神も最後らしく、全体を振り返って記事を書いてみたいと思います。

 まずは開会式。ここではモハメド・アリが五輪旗を持つ役で出てきたのが感動的でした。ベッカムが聖火を運び、アリが五輪旗を運び、ポール・マッカートニーが生歌でシメる。なんか口パクでやる案もあったそうですが、そうしないで生歌でやりきったっていうのが、またすばらしいじゃないですか。アリもポールもまだまだ元気そうです。

 
 今年のコンセプトは、あまり事前にテレビで取り上げられていないような競技を積極的に見よう、と言うこと。同時進行で色々と進んでいるので、気がついたら終わっていた……というのもありましたが、それでも普段はあまり見ないようなものを見て、これを楽しむことができたと思っています。

 あとは、メダルの色はともかくとして、そもそもメダル獲得自体が初めて、という競技が多かったような気がします。そういうのばかりテレビとかでたくさん放送しているから、そういう印象なのかもしれませんが、金メダルを取ることを期待されて金メダルを取ることよりもよっぽどうれしいし、よかったなあと思います(もちろん、金メダルを取るのが最高にすばらしいことだとは思いますが)。

 一方で、残念ながらメダル獲得にならなかった種目も多数ありました。……それでも、きっと次につながる経験だっただろう、と思います。サッカーだってそうですし、陸上の、特に女子100mx4リレーもそうです。

 サッカーなんか、大会前はそもそも予選リーグさえ突破できないって言われていたのに、終わってみれば何十年ぶりかの快挙。メダル獲得はできなくてもいいんです。すべての、日本代表をバカにしていた評論家・コメンテーターたちの鼻を明かしてやることは、できたでしょうから。

 リレーもそうでしょう。48年ぶりに参加した競技ですから、勝てなくても仕方ありません。とにかく今回は参加して走りきるだけでいいんです。この悔しさが、きっと4年後の更なる躍進につながるのですから。特に土井杏南選手は16歳でしょう? 磨けばもっともっと光りますよ。


 最後に。今回の大会は、元気とか勇気とか……そういうものをたくさんもらえた大会でした。

 なぜかといえばこの4年間で、私自身が身体を動かすことの大変さ、そして楽しさを自分のものにできたからでしょう。ほんのちょっと、ですけどね。

 泳ぐ時はどれほど大変なのか(今年はまだ泳げていませんが)。走る時はどれほど大変なのか。そういうのを感覚として知っているから、テレビで見ていてもそのハードさがわかるし、タイムのすばらしさもわかります。いや、選手の人たちは私の10万倍以上ハードな練習をしているでしょうけど。

 そして、そういった選手たちに感化されて、10kmの距離を走りきることができたのでした。これもまた個人的には史上初の快挙です。


 オリンピックは終わりますが、オリンピックから得た感動と勇気は終わりません。これからも犬神は、選手たちから分けてもらったエナジーを胸に、さらにこれを激しく燃焼させながら日々を生きていきたいと思います。

 数日前のgoo検索ワードで『ロンドンオリンピック 史上最悪』と打ち込んでいる人が数万人もいたようですが、冗談じゃありません。私にとっては史上最高のオリンピックでした。

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 陸上競技は技術云々も大事ですけど、まずフィジカル、それも先天的なフィジカルがものを言うのかな、という印象でした。特にトラック競技なんかは、日本選手がどれほど頑張っても絶対に超えられない壁のようなものがあるように思いました。

 もちろん日本の選手がいい成績、メダルなんかを取ってくれれば、文句なしにうれしいのですが……ま、参加し続ければノウハウも積み上げられ、いつかはメダルに手が届く日も来るでしょう。だから、そう、参加することに意義があるのです。たぶんそういうことなのです。

 犬神が特に驚いたのは、女子100x4リレー。史上最年少ということで何かと騒がれた土井選手が可愛いな、ということくらいしか予備知識がなかったのですが、なんと48年ぶりの参加だったというじゃないですか。そんなに参加していなかったのか!?

 【評論・陸上女子400Mリレー】伊東浩司氏、アンダーハンドパスの優位性生かせず

 ……実は、最初のところで書いた「参加することに意義がある」というのは、この文章を読んで思ったことです。「メダルを取らなきゃ意味がない」という風潮に、ちゃんとあらがうことができそうです。もちろん最終的な目標は勝ちに行くこと、メダルを取りにいくことですが、それを果たすためにはまだまだ積み上げが必要なのです。


 ちなみに、時々このブログで書いてきた「中学のころ好きだった、足の速い女の子」は、800mの選手でした。……あれ? そもそも日本の選手はエントリしていないのか!?

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