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歴っしゅ歴 ドル美甘子サンあたりから、どうもアイドルの亜流と言うか、「アイドル+何か」というものをウリにする人が多いように思うのですが、こうもたくさんいると、ちょっと辟易してしまいます。
とはいえ、それが岩手の子であれば、応援せざるを得ません。
皆様、「あゆか」という自称アイドルをご存知でしょうか。……自称アイドルって言うと、なんかの容疑者みたいだな。いえ、多分、本当のアイドルです。厳密に言うと農業アイドルです。
私もつい1週間ほど前に知ったばかりなので、あまり詳しいことは知らないのですが、特徴としては話し方にドギツイ訛りがあることでしょうか。……まあ、こないだラジソンで競演した俳優の村上弘明さん(花屋の政)によれば内陸・沿岸の訛りが色々と混ざった訛りだということなので、ナチュラル訛りなのか営業訛りなのかわかりませんが……。
まあ、ナチュラル訛りなのかもしれません。昔と違ってほかの地域にも簡単にいけるし、テレビやラジオでその言葉を聞けば無意識のうちに感染することもあるでしょう。かく言う私も『標準語』を話すよう心がけているものの、時々他地方の方言がポンと出てしまいます。これはそういう方言を使っている人を意識的に真似しているうちに、自分のものとして取り込んでしまったからです。
……うん、いいんじゃないですか、『あゆか』。正直なところ訛りアイドルと言えば佐藤唯(山形弁)という先達がいますが、もっとガンガン売れてくれればうれしいです。犬神も、今日から応援します。あ、今日からじゃないな。昨日から応援しています! なんか変な日本語ですけどね。
とはいえ、それが岩手の子であれば、応援せざるを得ません。
皆様、「あゆか」という自称アイドルをご存知でしょうか。……自称アイドルって言うと、なんかの容疑者みたいだな。いえ、多分、本当のアイドルです。厳密に言うと農業アイドルです。
私もつい1週間ほど前に知ったばかりなので、あまり詳しいことは知らないのですが、特徴としては話し方にドギツイ訛りがあることでしょうか。……まあ、こないだラジソンで競演した俳優の村上弘明さん(花屋の政)によれば内陸・沿岸の訛りが色々と混ざった訛りだということなので、ナチュラル訛りなのか営業訛りなのかわかりませんが……。
まあ、ナチュラル訛りなのかもしれません。昔と違ってほかの地域にも簡単にいけるし、テレビやラジオでその言葉を聞けば無意識のうちに感染することもあるでしょう。かく言う私も『標準語』を話すよう心がけているものの、時々他地方の方言がポンと出てしまいます。これはそういう方言を使っている人を意識的に真似しているうちに、自分のものとして取り込んでしまったからです。
……うん、いいんじゃないですか、『あゆか』。正直なところ訛りアイドルと言えば佐藤唯(山形弁)という先達がいますが、もっとガンガン売れてくれればうれしいです。犬神も、今日から応援します。あ、今日からじゃないな。昨日から応援しています! なんか変な日本語ですけどね。
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メリークリスマス。……ちょっと遅くなりましたが、一応ご挨拶をしておきます。
いやはや昨日は大変でした。本来ならば17時で終わりの予定だったんですが、三連休明けの平日ということもあってか、次々と仕事が舞い込み大忙し。「今日はクリスマスだから残業したくありません」と言ってみたものの「欧米か!」と一蹴され、結局めいっぱい残業して帰ってきた次第です。なんて日だ!
本当は毎年恒例のラジオ・チャリティー・ミュージック・ソン――いわゆるラジソンをずっと聞きたかったんですが、ま、こういう時もありますよね。仕方がないです。
このところ投稿するのは読んだ本の感想とか、震災のこととか、色々と難しいこととか、そんなのばかりでした。まあ、私なりに日々考えて生きていたんです。
「人生は楽しい 考えることがたくさんある」
コレは以前にも引用した『湾岸ミッドナイト』のセリフですが、色々と考えることは苦しい時もあるし、楽しい時もありました。あ、ありましたじゃなくて、あります、か。
それもこれも、たくさんの良書に会えたからだと思います。
ハイティーンの女の子が自分の夢に向かって頑張る小説を読んで熱くなったかと思えば、内田樹先生の『日本辺境論』などを読んでスーッと気持ちを落ち着ける。いわば、健康ランドでサウナ→水風呂→サウナを延々と繰り返すようなものです。今日現在はユングの『分析心理学』を読んでいるので、水風呂パートと言ったところでしょうか。
そんなことを繰り返しているうちに、やっと現在を、
「これで、いいか」
と受け入れられるようになった気がします。十代の熱さも、三十代の理性も、両方がうまくバランスしている現在。
身の程をわきまえつつ、いつも新しいことにチャレンジする気持ちを忘れない。まあ頑張りたまえと大人の振りをしつつ、内心では少年の如くアツくなってしまう。今なら城島サン(これも『湾岸』の登場人物です)の気持ちがわかるような気がします。
そういうわけで、またこのブログも、どうでもいいようなことをつらつら書き付けるブログに戻そうと思います。別に何かを意識して変えたつもりはないんですが、それほど肩肘張らずにね。ま、そんなわけでこれからもよろしくお願いします。
いやはや昨日は大変でした。本来ならば17時で終わりの予定だったんですが、三連休明けの平日ということもあってか、次々と仕事が舞い込み大忙し。「今日はクリスマスだから残業したくありません」と言ってみたものの「欧米か!」と一蹴され、結局めいっぱい残業して帰ってきた次第です。なんて日だ!
本当は毎年恒例のラジオ・チャリティー・ミュージック・ソン――いわゆるラジソンをずっと聞きたかったんですが、ま、こういう時もありますよね。仕方がないです。
このところ投稿するのは読んだ本の感想とか、震災のこととか、色々と難しいこととか、そんなのばかりでした。まあ、私なりに日々考えて生きていたんです。
「人生は楽しい 考えることがたくさんある」
コレは以前にも引用した『湾岸ミッドナイト』のセリフですが、色々と考えることは苦しい時もあるし、楽しい時もありました。あ、ありましたじゃなくて、あります、か。
それもこれも、たくさんの良書に会えたからだと思います。
ハイティーンの女の子が自分の夢に向かって頑張る小説を読んで熱くなったかと思えば、内田樹先生の『日本辺境論』などを読んでスーッと気持ちを落ち着ける。いわば、健康ランドでサウナ→水風呂→サウナを延々と繰り返すようなものです。今日現在はユングの『分析心理学』を読んでいるので、水風呂パートと言ったところでしょうか。
そんなことを繰り返しているうちに、やっと現在を、
「これで、いいか」
と受け入れられるようになった気がします。十代の熱さも、三十代の理性も、両方がうまくバランスしている現在。
身の程をわきまえつつ、いつも新しいことにチャレンジする気持ちを忘れない。まあ頑張りたまえと大人の振りをしつつ、内心では少年の如くアツくなってしまう。今なら城島サン(これも『湾岸』の登場人物です)の気持ちがわかるような気がします。
そういうわけで、またこのブログも、どうでもいいようなことをつらつら書き付けるブログに戻そうと思います。別に何かを意識して変えたつもりはないんですが、それほど肩肘張らずにね。ま、そんなわけでこれからもよろしくお願いします。
読んだ方は「あぁ、そいつは俺も同じだ」と言ってください。
もう、とにかく、これは……本当に、とてつもない、物語でした。
一歩踏み出すたびに、殴り飛ばされるような衝撃。そんな激しすぎる刺激をガンガンに受けまくり、そのたびに立ち上がる――私がね。それを読んでいる私が。
以前、『ガッチガチのバイク小説』だと思ったらそうでもなかった、と書きましたが、ちょっと付け加えます。バイク小説であることは間違いありません。でも、それよりも少し多めに、ハイティーンの少年少女が繰り広げる人間ドラマがありました。このあたりに、32歳の(しかも、人の目をまっすぐに見られないような十代を送ってきた)犬神は散々にやられました。
人の心は難しい。「こういうものだ」と割り切ってハイ次、というわけにはいきません。良かれと思って言ったことが、かえって相手を傷つけることもあるし。傷つけたくないと思っていると、それがまた相手を苦しめることになるし。
今はまだ読み終えたばかりで、長い文章を書けるような状態では、とてもありません。なのでとりあえず速報形式で書きます。
今は、「ようやく終わったのかな」。そういう感じです。ずっと引け目を感じていたところ。彼女らにまっすぐ向き合えなかった自分の弱さ。今回この『レーシング少女』を読んで向き合い、そのあたりにオトシマエをつけられた……そんな気がします。『湾岸ミッドナイト』の山下サン風に言うと、「自分の青春にオトシマエをつけ」た、そんな感じです。
これでもう、十代の頃には戻れないでしょう(精神的にね)。熱い気持ちでいきたいというところは変わりませんが、それは三十代の熱さであって、十代の熱さは……このところ読んだ小説ですっかり完全燃焼しました。もう十代の頃にやり残したという思いはありません。だから、ここまで共感することはないという意味で……十代の頃のようになることは、もうないと思います。たぶんね。
あと、たといゲームの世界でも、私はレーサーにはなれないと思いました。これは後ほど改めて書きたいと思いますが、どこまでもレースの世界と言うのは特別で、そこに生きている人たちというのも特別ななのだと感じたのです。
嫉妬の余地がないくらい、自分たちとは違う人たちだから。プロレスラーもプロレーサーも、私は心から尊敬するし、心から熱くなれる。応援できる。大好きになれる。……つまり、そういうことなのです。
まったくもって、たぎる物語でした。完全にイヤァオな物語でした。
では、以前弟者が大学の図書館から譲ってもらった『徳川家康』と一緒に送ってきた、ユングの『分析心理学』などを読んでみたいと思います。……読めるのか、これ?
もう、とにかく、これは……本当に、とてつもない、物語でした。
一歩踏み出すたびに、殴り飛ばされるような衝撃。そんな激しすぎる刺激をガンガンに受けまくり、そのたびに立ち上がる――私がね。それを読んでいる私が。
以前、『ガッチガチのバイク小説』だと思ったらそうでもなかった、と書きましたが、ちょっと付け加えます。バイク小説であることは間違いありません。でも、それよりも少し多めに、ハイティーンの少年少女が繰り広げる人間ドラマがありました。このあたりに、32歳の(しかも、人の目をまっすぐに見られないような十代を送ってきた)犬神は散々にやられました。
人の心は難しい。「こういうものだ」と割り切ってハイ次、というわけにはいきません。良かれと思って言ったことが、かえって相手を傷つけることもあるし。傷つけたくないと思っていると、それがまた相手を苦しめることになるし。
今はまだ読み終えたばかりで、長い文章を書けるような状態では、とてもありません。なのでとりあえず速報形式で書きます。
今は、「ようやく終わったのかな」。そういう感じです。ずっと引け目を感じていたところ。彼女らにまっすぐ向き合えなかった自分の弱さ。今回この『レーシング少女』を読んで向き合い、そのあたりにオトシマエをつけられた……そんな気がします。『湾岸ミッドナイト』の山下サン風に言うと、「自分の青春にオトシマエをつけ」た、そんな感じです。
これでもう、十代の頃には戻れないでしょう(精神的にね)。熱い気持ちでいきたいというところは変わりませんが、それは三十代の熱さであって、十代の熱さは……このところ読んだ小説ですっかり完全燃焼しました。もう十代の頃にやり残したという思いはありません。だから、ここまで共感することはないという意味で……十代の頃のようになることは、もうないと思います。たぶんね。
あと、たといゲームの世界でも、私はレーサーにはなれないと思いました。これは後ほど改めて書きたいと思いますが、どこまでもレースの世界と言うのは特別で、そこに生きている人たちというのも特別ななのだと感じたのです。
嫉妬の余地がないくらい、自分たちとは違う人たちだから。プロレスラーもプロレーサーも、私は心から尊敬するし、心から熱くなれる。応援できる。大好きになれる。……つまり、そういうことなのです。
まったくもって、たぎる物語でした。完全にイヤァオな物語でした。
では、以前弟者が大学の図書館から譲ってもらった『徳川家康』と一緒に送ってきた、ユングの『分析心理学』などを読んでみたいと思います。……読めるのか、これ?
これは、買ってから3年以上ほったらかしにしていた本です。
本の内容を想像しただけで感じる熱さを受け止める自信がなかったからです(同時に買ったのが「きみはジョッキー」だった)。
でも、今なら何とかなる。西尾維新氏の本も読んだし、『きみはジョッキー』も読んだ。これを読めば、もう『読まないことに引け目を感じる』本は何もない。
そして『レーシング少女』(郁子匠、ポプラ文庫ピュアフル)を読み始めたのでした。以下、速報ベースです。
最初はガッチガチのバイク小説かと思っていたのですが、疑問符と感嘆符を合わせたものを全角一文字として表現したり、会話の中で長音符や波線を多用するような言い方をしているところにぶつかりました。個人的基準としては、そういう表現方法をしているものは『ライトノベル』判定をしているのですが……そんなことも気にならなくなるくらい熱くて気持ちのいい物語なので、細かいことは言わないようにしましょう。
と思ってたら、フツーの女子高生らしく、誰かを好きになったりもするみたいじゃないですか。てっきりバイクのこと以外は何も考えていない子だと思っていたのに……いや、かえって親しみがわいたので、これはこれで大歓迎ですが。
私は二輪の免許は持っていないし、オートバイの知識もあまりありません(さすがにマッハ涼よりはありますけど)。ただ、小学生のころからオートバイが大好きで、いずれは世界選手権に出たいと言う熱い思いは尊重します。それと同時に全力で応援します。そのくらいしかできないから。
そういうわけで、第二章以降も読み進めたいと思います。
本の内容を想像しただけで感じる熱さを受け止める自信がなかったからです(同時に買ったのが「きみはジョッキー」だった)。
でも、今なら何とかなる。西尾維新氏の本も読んだし、『きみはジョッキー』も読んだ。これを読めば、もう『読まないことに引け目を感じる』本は何もない。
そして『レーシング少女』(郁子匠、ポプラ文庫ピュアフル)を読み始めたのでした。以下、速報ベースです。
最初はガッチガチのバイク小説かと思っていたのですが、疑問符と感嘆符を合わせたものを全角一文字として表現したり、会話の中で長音符や波線を多用するような言い方をしているところにぶつかりました。個人的基準としては、そういう表現方法をしているものは『ライトノベル』判定をしているのですが……そんなことも気にならなくなるくらい熱くて気持ちのいい物語なので、細かいことは言わないようにしましょう。
と思ってたら、フツーの女子高生らしく、誰かを好きになったりもするみたいじゃないですか。てっきりバイクのこと以外は何も考えていない子だと思っていたのに……いや、かえって親しみがわいたので、これはこれで大歓迎ですが。
私は二輪の免許は持っていないし、オートバイの知識もあまりありません(さすがにマッハ涼よりはありますけど)。ただ、小学生のころからオートバイが大好きで、いずれは世界選手権に出たいと言う熱い思いは尊重します。それと同時に全力で応援します。そのくらいしかできないから。
そういうわけで、第二章以降も読み進めたいと思います。
そもそも競馬というものの何たるかを知ったのが『こち亀』であったため、競馬とはギャンブル要素の強いもの――というか、それ以外の何ものでもないというのが私の認識でした。それゆえギャンブルを好まない犬神は、岩手にも岩手競馬というものがありながら、まったく興味を持っていませんでした。
それが変わったのは、以前スピリッツで連載していた『バロンドリロンド』という漫画がきっかけでした。元アイドルジョッキーで現在はかなり微妙な立場に立たされている女性騎手『佐倉真子』と才能はずば抜けているもののあまりにもプライドが高くて誰も乗りこなせない馬『バロンドリロンド』との物語なんですが、競技者サイドからの世界を見ることでグッと魅力的に映ったのですね。
……もっとも、それが『女性騎手が主人公だから』見たということは否定できません。今回読んだ『きみはジョッキー』も、準主人公の女性騎手がデビューしたての19歳だというのも、読む原動力のひとつでした。
本当はそういうの、よくないのかもしれません。私自身、『女性だから興味がある』という思いがある一方、『女のくせに』『女ながら』という言葉には強い反発を覚えます。
あるいは、矛盾するかもしれません。ただ、理論はともかく感情的な部分は、きっと私が男性だから女性に惹かれるという、すごく生理的な理由だと思うんですよね。だからこれはもう仕方がないと考えることにしました。ひとまず感情的なものは「そういうものだ」と割り切って、その上で応援する、と。
さて、先ほども書いたように本編の準主人公である女性騎手は19歳です。でもって主人公の男性厩務員も19歳。ふたりともデビューしたての新人です。普通であればこれからいろいろな経験をして大きく成長していくというものなんですが、二人が所属するのは閉鎖寸前の地方競馬。そこにいるのは大半が、すでに色々な経験をしすぎて漂着したようなオッサンたちばかり。若い二人にとってはかなり厳しい環境です。
でも、やはり熱さというか、現状をもっとよくしようという気持ちがあれば、変わるのです。少しずつでも。
まあ、あまり、漫画的な展開はありませんが。名のでこないだ読んだライトノベルというわけではなく、『青春小説』と言われるジャンルのものなんだな、と思います。
例によって感想は後ほど本館の方に書こうと思いますが、ひとまず速報まで。
* 岩手競馬と言うのは全国的に見ても女性騎手を多く輩出しているところだと、先日IBCラジオで地元アナウンサーが言っていました(加藤アナだったかな。イブニングジャーナルです)。1970年代に日本初の平地女性騎手(とWikipedia:女性騎手の項目に書いていた)の高橋優子さんも岩手だし、昨年引退してしまいましたが皆川麻由美さんという人もいました。そして現在、新たな女性騎手がデビュー目指して岩手のどこかの厩舎で練習中である……というのを同じイブニングジャーナルで聞きました。どこのどなたさんなのかは調べても出てこないのでアレなんですが、ともかくデビューしたら犬神も応援します。
それが変わったのは、以前スピリッツで連載していた『バロンドリロンド』という漫画がきっかけでした。元アイドルジョッキーで現在はかなり微妙な立場に立たされている女性騎手『佐倉真子』と才能はずば抜けているもののあまりにもプライドが高くて誰も乗りこなせない馬『バロンドリロンド』との物語なんですが、競技者サイドからの世界を見ることでグッと魅力的に映ったのですね。
……もっとも、それが『女性騎手が主人公だから』見たということは否定できません。今回読んだ『きみはジョッキー』も、準主人公の女性騎手がデビューしたての19歳だというのも、読む原動力のひとつでした。
本当はそういうの、よくないのかもしれません。私自身、『女性だから興味がある』という思いがある一方、『女のくせに』『女ながら』という言葉には強い反発を覚えます。
あるいは、矛盾するかもしれません。ただ、理論はともかく感情的な部分は、きっと私が男性だから女性に惹かれるという、すごく生理的な理由だと思うんですよね。だからこれはもう仕方がないと考えることにしました。ひとまず感情的なものは「そういうものだ」と割り切って、その上で応援する、と。
さて、先ほども書いたように本編の準主人公である女性騎手は19歳です。でもって主人公の男性厩務員も19歳。ふたりともデビューしたての新人です。普通であればこれからいろいろな経験をして大きく成長していくというものなんですが、二人が所属するのは閉鎖寸前の地方競馬。そこにいるのは大半が、すでに色々な経験をしすぎて漂着したようなオッサンたちばかり。若い二人にとってはかなり厳しい環境です。
でも、やはり熱さというか、現状をもっとよくしようという気持ちがあれば、変わるのです。少しずつでも。
まあ、あまり、漫画的な展開はありませんが。名のでこないだ読んだライトノベルというわけではなく、『青春小説』と言われるジャンルのものなんだな、と思います。
例によって感想は後ほど本館の方に書こうと思いますが、ひとまず速報まで。
* 岩手競馬と言うのは全国的に見ても女性騎手を多く輩出しているところだと、先日IBCラジオで地元アナウンサーが言っていました(加藤アナだったかな。イブニングジャーナルです)。1970年代に日本初の平地女性騎手(とWikipedia:女性騎手の項目に書いていた)の高橋優子さんも岩手だし、昨年引退してしまいましたが皆川麻由美さんという人もいました。そして現在、新たな女性騎手がデビュー目指して岩手のどこかの厩舎で練習中である……というのを同じイブニングジャーナルで聞きました。どこのどなたさんなのかは調べても出てこないのでアレなんですが、ともかくデビューしたら犬神も応援します。
『少女不十分』読了しました。
具体的な感想は本館の方で書いたので、こちらではあまり多くを語りませんが、結構たぎりました。
Amazonで100件以上のレビューがあり、しかも評価1~5まで満遍なくあるところからも、これがいかに衝撃的な作品であるかは、すぐにわかるかと思います。いちいちそのレビューを読むような趣味はありませんが、賛でも否でも反響があるのはいいことです。
12年前(当時20歳)に作りたかった世界を、今こうして読める幸福。というか衝撃。あるいは戦慄。西尾維新氏は、12年前の私が思い描いていた理想の私なのかもしれません。……一応、新刊で本を買ったので、このくらいのジョークは許してください。
今の私はその頃を否定……はしません。ただ、それをベースに刺激的で感情的な人間になりつつあるので、西尾維新氏の世界には心地よさよりも緊張感をもってしまいました。それによって今後私がどうするかについては、ここでは書きませんが。
ともあれ、この『少女不十分』という本は、私の人生において非常に重要な位置づけになったことは断言します。いや、これは本当に、とてつもない物語です。
具体的な感想は本館の方で書いたので、こちらではあまり多くを語りませんが、結構たぎりました。
Amazonで100件以上のレビューがあり、しかも評価1~5まで満遍なくあるところからも、これがいかに衝撃的な作品であるかは、すぐにわかるかと思います。いちいちそのレビューを読むような趣味はありませんが、賛でも否でも反響があるのはいいことです。
12年前(当時20歳)に作りたかった世界を、今こうして読める幸福。というか衝撃。あるいは戦慄。西尾維新氏は、12年前の私が思い描いていた理想の私なのかもしれません。……一応、新刊で本を買ったので、このくらいのジョークは許してください。
今の私はその頃を否定……はしません。ただ、それをベースに刺激的で感情的な人間になりつつあるので、西尾維新氏の世界には心地よさよりも緊張感をもってしまいました。それによって今後私がどうするかについては、ここでは書きませんが。
ともあれ、この『少女不十分』という本は、私の人生において非常に重要な位置づけになったことは断言します。いや、これは本当に、とてつもない物語です。
それはもはや偏執的なまでの説明文でした。
それを読んだ時、この人はきっと、すごく頭のいい人なんだなと思いました。同時に高潔な品性も持ち合わせている。だから自分が他人からどう見られているかをものすごく意識して、そのあたりのイメージを守ろうとしている。しかもまったくほころびがない。
ちょくちょく「こんなことを言うと、○○と言われるかもしれないが」という文言で機先を制し、そこにさっきも言ったように、偏執的とも思えるくらいの説明をぶつける。中学時代に柔道の授業で寝技を仕掛けられた時のような、息が止まりそうな感覚でした。
これほどまでに感じ入るのは、私もまた同じようなことを考え、試みていたからです。
自分のことを誤解のないようみんなにわかってもらいたくて、知識を総動員する。およそ考えられる『見方』を想像し、どこからどう見ても私自身が納得するような『私』を表現するために言葉をつむぐ。そんなこんなで大量に盛り込むものだから、どうも小難しくてわかりにくい文章になってしまう。
私の場合はどこまで行ってもアマチュアの領域を抜けることができなかったので、それで終わってしまいましたが、この人はそこをプロの領域まで持っていっている。さすが10年もキャリアを重ねたプロの作家だけある。……そのことには素直に感嘆し、恐れ入りましたとシャッポを脱ぎます。
……そして、この世界を超えた先を見てみたいと思ったのです。
何の話かというと、西尾維新氏の『少女不十分』という長編の話です。
「ま、ライトノベルだからね」と思って、軽い気持ちでページを開いたところ、程なくして本気になってしまいました。なんともいえない感動で頭がどうにかなりそうなので、整理するためにこの文章を書いています。
この本を買ったのは大体2年くらい前です。厳密には2011年の11月なので2年以上経っています。
西尾氏が30歳の時、10年前に体験したことを思い出しながら書いたものですが、30歳の時の私はこれを読めませんでした。西尾氏と私は同い年なので、本当は30歳の時に読めば一番よかったのかもしれませんが、当時の私は西尾氏の文章を受け止めるだけの器量がありませんでした。
もしも読んでいたら、きっと、つぶれていたでしょう。圧倒的な分量の説明文に呑み込まれ、よくて失神。悪ければ後遺症が残るくらいの精神的なダメージを受けていたんじゃないかなと思います。
今は真正面から渡り合うことができます。今のところ、かなり危ういですが、何とか呑み込まれることなく立ち合っています。
それは私が理詰めで物事を考えるばかりでなく、爆発するような感情表現もしていくことを選択したからです。「イヤァオ!」で「たぎったぜー!」な生き方に切り替えたからです(何のことかよくわからない方は「新日本プロレス 中邑真輔」で検索)。
そして感情のたぎるまま100冊以上の本を読み、自分なりの志を持ったからです。
これはもしかすると、今年ずっと続けてきた「過去と向き合い、これを乗り越える」戦いの総仕上げなのかもしれません。
これを読むことで自分と向き合う。そして自分を受け入れ、更なる高みを目指す。そのためには、本作はうってつけのテキストと言えるでしょう。この長編の中で西尾氏が書き出している20歳の頃が、私がもっとも自分を意識し、自分を表現しようと苦しんでいた時代でしたから(当時、大学の同人誌サークルに自分で書いた短編小説を掲載したりしていた)。
……とりあえず、こんなところでしょうか。
さて、続きを読むとしようかな……。
それを読んだ時、この人はきっと、すごく頭のいい人なんだなと思いました。同時に高潔な品性も持ち合わせている。だから自分が他人からどう見られているかをものすごく意識して、そのあたりのイメージを守ろうとしている。しかもまったくほころびがない。
ちょくちょく「こんなことを言うと、○○と言われるかもしれないが」という文言で機先を制し、そこにさっきも言ったように、偏執的とも思えるくらいの説明をぶつける。中学時代に柔道の授業で寝技を仕掛けられた時のような、息が止まりそうな感覚でした。
これほどまでに感じ入るのは、私もまた同じようなことを考え、試みていたからです。
自分のことを誤解のないようみんなにわかってもらいたくて、知識を総動員する。およそ考えられる『見方』を想像し、どこからどう見ても私自身が納得するような『私』を表現するために言葉をつむぐ。そんなこんなで大量に盛り込むものだから、どうも小難しくてわかりにくい文章になってしまう。
私の場合はどこまで行ってもアマチュアの領域を抜けることができなかったので、それで終わってしまいましたが、この人はそこをプロの領域まで持っていっている。さすが10年もキャリアを重ねたプロの作家だけある。……そのことには素直に感嘆し、恐れ入りましたとシャッポを脱ぎます。
……そして、この世界を超えた先を見てみたいと思ったのです。
何の話かというと、西尾維新氏の『少女不十分』という長編の話です。
「ま、ライトノベルだからね」と思って、軽い気持ちでページを開いたところ、程なくして本気になってしまいました。なんともいえない感動で頭がどうにかなりそうなので、整理するためにこの文章を書いています。
この本を買ったのは大体2年くらい前です。厳密には2011年の11月なので2年以上経っています。
西尾氏が30歳の時、10年前に体験したことを思い出しながら書いたものですが、30歳の時の私はこれを読めませんでした。西尾氏と私は同い年なので、本当は30歳の時に読めば一番よかったのかもしれませんが、当時の私は西尾氏の文章を受け止めるだけの器量がありませんでした。
もしも読んでいたら、きっと、つぶれていたでしょう。圧倒的な分量の説明文に呑み込まれ、よくて失神。悪ければ後遺症が残るくらいの精神的なダメージを受けていたんじゃないかなと思います。
今は真正面から渡り合うことができます。今のところ、かなり危ういですが、何とか呑み込まれることなく立ち合っています。
それは私が理詰めで物事を考えるばかりでなく、爆発するような感情表現もしていくことを選択したからです。「イヤァオ!」で「たぎったぜー!」な生き方に切り替えたからです(何のことかよくわからない方は「新日本プロレス 中邑真輔」で検索)。
そして感情のたぎるまま100冊以上の本を読み、自分なりの志を持ったからです。
これはもしかすると、今年ずっと続けてきた「過去と向き合い、これを乗り越える」戦いの総仕上げなのかもしれません。
これを読むことで自分と向き合う。そして自分を受け入れ、更なる高みを目指す。そのためには、本作はうってつけのテキストと言えるでしょう。この長編の中で西尾氏が書き出している20歳の頃が、私がもっとも自分を意識し、自分を表現しようと苦しんでいた時代でしたから(当時、大学の同人誌サークルに自分で書いた短編小説を掲載したりしていた)。
……とりあえず、こんなところでしょうか。
さて、続きを読むとしようかな……。
今日はあの震災から1000日目の節目だそうです。
1000日も経ったのに、いまだに仮設住宅に住んでいる人の割合は8割以上だといいます。
用地の確保ができないとか、復興住宅を建てる業者が確保できないとか、全般的に人が足りないとか。それぞれ理由はあると思いますが、実際に仮設住宅に住んでいる人たちの心情はどれほどのものか。……思うところはありますが、言葉にはしません。どれほど言葉を尽くしても足りないから。たぶん。
今日は、そういう日ですので、その震災関連でこないだ体験したことを書きたいと思います。しばらく立ち上がれないくらい気持ちが崩れてしまった。そんな体験でした。
それは、たまたま観光で西和賀町というところに行った時のことでした。
1000日も経ったのに、いまだに仮設住宅に住んでいる人の割合は8割以上だといいます。
用地の確保ができないとか、復興住宅を建てる業者が確保できないとか、全般的に人が足りないとか。それぞれ理由はあると思いますが、実際に仮設住宅に住んでいる人たちの心情はどれほどのものか。……思うところはありますが、言葉にはしません。どれほど言葉を尽くしても足りないから。たぶん。
今日は、そういう日ですので、その震災関連でこないだ体験したことを書きたいと思います。しばらく立ち上がれないくらい気持ちが崩れてしまった。そんな体験でした。
それは、たまたま観光で西和賀町というところに行った時のことでした。
紅葉が綺麗だと評判の『弁天島』というところに行き、まあそれなりに景観を楽しんだ後のこと。まだ帰るまでには少し時間があったので、さらに南下して『碧祥寺博物館』というところに行ってみました。
これは最初から「ここに行ってみよう」と思ったわけではなく、たまたま走っていたらその看板が目に入ったので、ちょっと立ち寄ってみようと思ったわけです。実際どんなところなのかというと、いわゆる民族資料館といった雰囲気ですね。実際に民家で使われていた農具とか生活用品とかを所狭しと並べているような場所。それは江戸時代から昭和時代まで、数も年代もすごく広かったです。
あとは、どういうルートで仕入れたのかよくわからないのですが、海外の巨大蛇(5メートル以上)の抜け殻とか、そういう異国情緒の漂う資料室があったり、かつて『マタギ』と呼ばれた人々が使っていた道具や習慣などを専門に取り扱った資料室があったり、さらに日本屈指の豪雪地帯らしく除雪道具などを専門に取り扱った資料室があったり……と、第一から第五まで部屋があるんですね。入場料はありますが、とにかくこのケイオスっぷりも含めて見ごたえは十分です。
お寺の本堂は、その「ついで」という気分でした。まあせっかくきたのだし、ちょこっと挨拶がてら立ち寄っていこうかしらん。そんな軽い気持ちで本堂に足を踏み入れたのです。
岩絵の具を使って描かれたインパクト抜群の仏画に「おおう……」と感嘆しつつ本堂の中をぐるりと歩いていると、見覚えのある絵が数枚飾られていました。これは仏画と違って、水彩絵の具でしょうか、淡くてとても穏やかな印象です。
それが納棺復元師である笹原留似子さんの著書『おもかげ復元師の震災絵日記』で見た絵だということは、すぐに気づきました。しかしながら、正直なところ笹原さんの自画像だと思っていたその絵が、震災で亡くなった女性の絵だということに気づいた時、思わず頭の中が真っ白になるような衝撃を受けました。
そんなぼんやりした意識のまま、数枚の『絵日記』を眺め……。
……もはや立っていることさえできなくなった私は、あわてて部屋の中心――ちょうど本尊の真正面ですね。そこに正座し、両手を合わせて目を閉じました。
ようやく立ち上がった時、時計を見ると20分くらい経っていました。
自分はどこまでも無知で無力なものだと思いました。立ち上がれなくなるくらい。
同時に、「だからお寺ってあるんだな」と思いました。お寺というか、仏教というか。
こうして、どんなに打ちひしがれても、それを全部受け止めてくれるし、また立ち上がる力を与えてくれるから。
笹原さんの絵日記、この場所だったから受け止められたと思います。
普段の生活では様々な理屈を並べ立てて、それで自分を守りながら生きているから、絶対にきちんと受け止められなかったはず。
たぶん、日常生活に支障が出ていたでしょう。
だから、これもご縁なのかな。そんな風に思いました。
*
最近、ネットで何を言われようと『見ないから』平気、という人にあこがれています。解剖学者の養老先生とか、プロレスラーの武藤さんとか。
そういう思いが、福岡伸一先生の『せいめいのはなし』を読んで、いっそう加速しました。
まあ、色々と思うことはありますが、一言で表せば「縛られているな」ということ。
前にどんなことを思い、どんなことを言ったか。それはこのブログにしっかり『情報』として残っているから、新しい何かがあっても「前は、こう言ってたしな……」とかって、自分で自分を縛ってしまう。そんな感じ。
それが、これまで何年も続けてきたこのブログを否定することだとは理解していますが、それでも、
「このままじゃ、縛りがきつすぎて息が詰まっちまう」
そう思うのです。
もうブログやめます、とは言いません。
逆に、こう宣言します。
私は趣味も思想もコロコロ変わる人間です。
おいしそうなものがあったら、好き嫌いを言わずに食べてしまう雑食野郎です。
だから、私の言うことは信じないでください。
……このくらい言っておけば、大丈夫かな。
*
さて、色々と長くなりましたが、そんな感じです。
もしかしたら、しばらく、ブログを更新しない時期があるかもしれません。
そんな時は、私が敬愛してやまないリュウ(ストリートファイター)の如く、色々なことを考えながらネット以外の世界を旅しているのだと思ってください。
最後に、『ストIII』のエンディングテキストを丸ごと引用して終わりにします。
『真の格闘家とは?』
『なんのために強くなるのか?
勝利の先に何が見えるのか?』
若い頃はこんな疑問が浮かんだら
一日中頭から離れなかった‥‥
あるがままを受け入れればいいのか
それとも苦悩の末、見つけ出すのか
!
フッ‥‥まだまだ、だな
今の俺は
落ち葉の行方も知らない
強者を思い、この腕が奮う限り‥‥
指一本にでも、力がこもる限り‥‥
闘うだけだ!
では、また。
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以前の私は、気に入らないものはとにかく排除したがる性質があったのだろうと思います。今はまったくないのかといえば、そういうわけではないのですが。
ないわけではないのですが、何かをけなしたり糾弾したり排除しようとしたりすることを強く戒めようと思っているのです。
毎日新聞のウエブサイトで、こんな記事がありました。いつ削除されるともわからないので記事を引用します。
ないわけではないのですが、何かをけなしたり糾弾したり排除しようとしたりすることを強く戒めようと思っているのです。
毎日新聞のウエブサイトで、こんな記事がありました。いつ削除されるともわからないので記事を引用します。
ボカロ小説 : 女子中高生に大人気 ヒットの理由は?(2013年12月01日 毎日新聞デジタル)
シリーズ累計発行部数が200万部を突破した「カゲロウデイズ」(KCG文庫)など“ボカロ小説”と呼ばれるライトノベルが女子中高生を中心に人気を集めている。ボカロ小説とは、初音ミクなど音声合成ソフト「ボーカロイド(ボカロ)」で制作された“ボカロ曲”を小説化したもの。音楽を小説化する……という手法は一般的ではないため、イメージしづらいかもしれない。謎が多いボカロ小説の全容を解き明かすとともに、女子中高生から支持を集めている秘密に迫った。(毎日新聞デジタル)
◇ボカロ曲がアニメのOPならボカロ小説は本編
ボカロ小説の基となるボカロ曲の多くは、“P(プロデューサー)”と呼ばれる音楽制作者がボカロで制作した楽曲を「ニコニコ動画」などの動画配信サービスにアップしたもので、2007年の初音ミクの発売以降、急増した。ボカロ曲は、ファンタジックな世界を舞台に、初音ミクなどボカロキャラが活躍する……というアニメやマンガのような世界観を持った歌詞の作品が多く、“絵師”と呼ばれるクリエーターが手がけたイラストやアニメが付けられている。
5分程度のボカロ曲は、例えるならアニメのオープニングのようなもので、ボカロ小説は、楽曲の歌詞や映像の世界観をモチーフに、そのイメージをふくらませて制作された“本編”ともいえるだろう。
ボカロ小説のルーツといわれているのが、悪ノP(mothy)さんの人気ボカロ曲から生まれ、10年に刊行された「悪ノ娘」(PHP研究所)だ。悪ノP(mothy)さん自身が小説を執筆しており、楽曲の制作者が小説も執筆するという独特の手法は、ボカロ小説のスタンダードとなった。「悪ノ娘」は発行部数が20万部を超えるヒットとなったこともあり、続々と各社が参入。現在は40冊以上が出版されており、シリーズ累計発行部数が200万部を突破したじん(自然の敵P)さんの「カゲロウデイズ」シリーズという大ヒット作も生まれた。出版不況が叫ばれる中、ボカロ小説は一大ジャンルになりつつある。
ボカロ小説は、ライトノベルのようにさまざまなジャンルの作品が出版されている。例えば「悪ノ娘。」はファンタジーだが、「桜ノ雨」(PHP研究所)は青春小説、「初音ミクの消失」(一迅社)はSF、「吉原ラメント」(アルファポリス)は時代小説というように多岐にわたっている。さらに、ボカロキャラが一切登場せず、オリジナルキャラクターを主人公としている「カゲロウデイズ」のような作品が人気を集めるなど多様化。共通しているのは、ボカロ曲を原作としていることだけだ。
◇中二病的な世界観が人気!?
ボカロ曲は10代女性の4割が「好きな音楽ジャンル」として挙げるデータ(13年、東京工芸大調べ)があるほど人気ジャンルとなっている。ボカロ小説も同じ層に支持されており、出版元によると、読者層は8割程度が女子中高生で、中には小学生の読者もいるという。ボカロ小説はライトノベルの一種だが、ファン層はライトノベルのメインターゲットである10~20代男性とは異なる。「悪ノ娘」の編集を担当したPHP研究所の伊丹祐喜さんが「企画当初はネット発の少しニッチで、ターゲットは男性だと考え、ラノベと同じような作り方をした」と話すように、女子中高生の人気は出版社も想定外だったという。
ボカロ曲やボカロ小説が若い世代に支持を集めていることについて、伊丹さんは「思春期特有のもやもやした思いと、世界観がマッチしているからかもしれません。“闇の設定”や救われない内容も好まれる傾向があります」と分析する。例えば「悪ノ娘」は、ファンタジックな世界を舞台に、高慢な14歳の女王が民衆の反乱を受けて、処刑されるという悲劇で、続編「悪ノ大罪」はキリスト教の“七つの大罪”をテーマにしている。思春期にありがちな自意識過剰や妄想癖を指す“中二病”的な世界観が10代の心をつかんでいるのかもしれない。
また、女子に受けていることについて伊丹さんは「読者層は『少年ジャンプ』など少年マンガ誌の作品を読んでいる女の子というイメージで、AKB48が好きな層とは少し違う。格好よかったり、可愛いキャラはいるけど、男性が喜ぶようなセクシャルな女性キャラがでてくるわけではないので、男子よりも女子に人気なのかもしれません」と分析する。
◇謎を読み解く楽しみも
ボカロ小説は、ボカロ曲の歌詞に秘められた謎を読み解く楽しみもある。例えば「カゲロウデイズ」は、特殊な能力を持った少年少女の出会いや活躍を描いた作品で、楽曲の歌詞にはさまざまな謎がちりばめられている。同シリーズの編集を担当しているKADOKAWAの屋代健さんは「曲は謎があるから、楽しめるところがある。ボカロ小説は歌詞に込められた謎が種明かしされるのも面白いのでしょう」と説明する。ボカロ小説がボカロ曲の謎を補完し、謎が解き明かされることによってボカロ曲をさらに深く理解できる……という楽しみ方があるようだ。ボカロ曲とボカロ小説はセットで楽しむものということもあり、伊丹さんは「曲のファンが離れないようにしなければいけません。“これじゃない感”があるとダメなんですよね」と編集の苦労を語る。
出版不況が叫ばれる中、人気ジャンルとなりつつあるボカロ小説。屋代さんは「今後、まだまだ増えると思います」と予想する。ボカロ小説がどのように進化していくのか、今後が注目される。
……なるほど、こういうことなんですね。理解しました。
何でこんなことを思ったかというと、最近『東北ずん子』という小説を読んだからです(感想詳細は本館にて)。そして後になって、これがいわゆる『ボカロ小説』とか『ケータイ小説』とか、そういったものと同じコーナーに置かれる類の本だということを知り、関心があったからです(私が買った書店では郷土・復興支援本コーナーに置かれていた)。
まあ、この記事で概要はわかったので、実際に読むことはないでしょう。そして今後も「なんだ、これは?」と心を動かされることもないでしょう。
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暦の上ではディセンバー
私の心はサバイバー
犬神です
……毎週日曜日にテレビ岩手で放送している『らどんぱ!』という番組のエンディングテーマが、このベイビーレイズの『暦の上ではディセンバー』なんです。ええ、『あまちゃん』でアメ横女学院の人たちが歌っていたアレです。
そうこうしているうちに本当に暦の上ではディセンバーになってしまいました。
「1年なんてあっという間だね」
日々を大切に生きるよういつも意識してはいるものの、さすがにそう言わざるを得ません。無為に過ごしたつもりはありませんが、「もう12月か」と思ってしまいます。
最近は、世の中でいろいろなことがありますね。
そのたびに新聞やテレビなどでは『専門家』の人たちが詳しい解説をしてくれます。ネット上では個人レベルで色々な意見を述べられている人がいます。
そういうのを見るたびに、
「自分は、嫌な人間になってしまった」
そんな風に思うのです。
せっかく皆様が発信している「正しい知識」や「正しい見解」を、丸ごと受け入れて自分のものにする。その通りに考え、その通りに行動する。そういうことが、できないようなのです。
できないのか、しないのか、わからないのか。
……たぶん「わからない」のかな。
本を読むたび、そう思います。
で、この「わからない」ままでいいのかな、とも思うようになりました。
最近は極論本とか言って、今までの常識をひっくり返すようなことを訴える本がはやっているそうですが、そういうのに興味がわかないのも、今の「わからない」状態でいいと思うから、なのかも知れません。
わからないから学びたい。学ぶことは面白い。
それは確かなことだと思います。
以上、これまでとこれからを形にとどめるため書きました。
私の心はサバイバー
犬神です
……毎週日曜日にテレビ岩手で放送している『らどんぱ!』という番組のエンディングテーマが、このベイビーレイズの『暦の上ではディセンバー』なんです。ええ、『あまちゃん』でアメ横女学院の人たちが歌っていたアレです。
そうこうしているうちに本当に暦の上ではディセンバーになってしまいました。
「1年なんてあっという間だね」
日々を大切に生きるよういつも意識してはいるものの、さすがにそう言わざるを得ません。無為に過ごしたつもりはありませんが、「もう12月か」と思ってしまいます。
最近は、世の中でいろいろなことがありますね。
そのたびに新聞やテレビなどでは『専門家』の人たちが詳しい解説をしてくれます。ネット上では個人レベルで色々な意見を述べられている人がいます。
そういうのを見るたびに、
「自分は、嫌な人間になってしまった」
そんな風に思うのです。
せっかく皆様が発信している「正しい知識」や「正しい見解」を、丸ごと受け入れて自分のものにする。その通りに考え、その通りに行動する。そういうことが、できないようなのです。
できないのか、しないのか、わからないのか。
……たぶん「わからない」のかな。
本を読むたび、そう思います。
で、この「わからない」ままでいいのかな、とも思うようになりました。
最近は極論本とか言って、今までの常識をひっくり返すようなことを訴える本がはやっているそうですが、そういうのに興味がわかないのも、今の「わからない」状態でいいと思うから、なのかも知れません。
わからないから学びたい。学ぶことは面白い。
それは確かなことだと思います。
以上、これまでとこれからを形にとどめるため書きました。
先日NHKニュース9で、ユーミンさんこと松任谷由実さんの特集がありました。この番組、こないだはウルトラマンが来てたし、なんだかただのニュース番組じゃない感じですね。
今年はデビューから40周年。これまで発売したアルバムは36枚だそうです(で、最近37枚目のアルバムが発売された)。
テレビのインタビューでは、20代の女の子から50台の夫婦まで、実に幅広いファンがいることを報道していました。その上で、世代によって「この1曲!」というのが違うんですよね。『恋人はサンタクロース』だったり『Hello,my friend』だったり。
私にとっての「この1曲!」は何か? といわれると……同じくらい好きな曲はたくさんあるけど、という前提を許してもらえるのなら……
これを、あげさせていただきますか。
ちょうどこれはニュース9のなかで放送されたNHKの番組「新日本紀行」の1シーンなんですが、この歌の成立経緯とか、ちゃんと歌い出しからサビまで聞いたのはこれが初めてでした。そしてサビの部分を聞いたとき、思わず電流が走りました。あの人の漫画ふうに言えば「犬神に電流走る――!」という感じです。
それが一体いつのことだったのか、そもそも本当にあったことなのか。もしかしたら初めからこの世に存在しなかったのかもしれませんが、この曲を初めて聴いたのは……テレビ番組のCMでした。
確か『あっぱれさんま大先生』か何かだったと思うのです。通常版であればあの(何かと物議をかもした)『記念樹』がテーマソングなんですが、それは『分校スペシャル』とかという特別版だったように記憶しています。……本放送を見たわけではなく、15秒程度のCMを見ただけなので、それ以上のことは覚えていないのですが、そのCMでこの曲が流れていたことは鮮烈に覚えています。そして画面には、雪深いどこかの寒村で子どもがはしゃぐシーンがあったことを覚えています。
そういうわけで私にとって、この歌は真冬のイメージだったんですが、どうしてもその曲のタイトルにたどり着けずにおりました。唯一無二のあの声から、ユーミンさんの歌だという確信はありましたが、楽曲があまりにも膨大で探すのも大変だし……というわけで、ずっと中途半端なまま記憶にとどめていたのですが、なるほど『瞳を閉じて』という曲だったんですね。作曲の経緯を知ると、確かに分校のイメージと合致しますね。あるいは、分校がある風景のイメージというべきか。
私自身は分校育ちではないので、こういった情景にノスタルジーを感じることはない……はずなのですが、どういうわけか様々なイメージがむくむくとわきあがってきます。その時、私は島を離れる側の人間なのか? それとも島に残る側の人間なのか? これは当事者じゃないからそんな風に思うんでしょうけど、とにかく十数年前にまかれた種が、ここに来て急に芽吹いた感のある晩秋の朝でした。
今年はデビューから40周年。これまで発売したアルバムは36枚だそうです(で、最近37枚目のアルバムが発売された)。
テレビのインタビューでは、20代の女の子から50台の夫婦まで、実に幅広いファンがいることを報道していました。その上で、世代によって「この1曲!」というのが違うんですよね。『恋人はサンタクロース』だったり『Hello,my friend』だったり。
私にとっての「この1曲!」は何か? といわれると……同じくらい好きな曲はたくさんあるけど、という前提を許してもらえるのなら……
これを、あげさせていただきますか。
ちょうどこれはニュース9のなかで放送されたNHKの番組「新日本紀行」の1シーンなんですが、この歌の成立経緯とか、ちゃんと歌い出しからサビまで聞いたのはこれが初めてでした。そしてサビの部分を聞いたとき、思わず電流が走りました。あの人の漫画ふうに言えば「犬神に電流走る――!」という感じです。
それが一体いつのことだったのか、そもそも本当にあったことなのか。もしかしたら初めからこの世に存在しなかったのかもしれませんが、この曲を初めて聴いたのは……テレビ番組のCMでした。
確か『あっぱれさんま大先生』か何かだったと思うのです。通常版であればあの(何かと物議をかもした)『記念樹』がテーマソングなんですが、それは『分校スペシャル』とかという特別版だったように記憶しています。……本放送を見たわけではなく、15秒程度のCMを見ただけなので、それ以上のことは覚えていないのですが、そのCMでこの曲が流れていたことは鮮烈に覚えています。そして画面には、雪深いどこかの寒村で子どもがはしゃぐシーンがあったことを覚えています。
そういうわけで私にとって、この歌は真冬のイメージだったんですが、どうしてもその曲のタイトルにたどり着けずにおりました。唯一無二のあの声から、ユーミンさんの歌だという確信はありましたが、楽曲があまりにも膨大で探すのも大変だし……というわけで、ずっと中途半端なまま記憶にとどめていたのですが、なるほど『瞳を閉じて』という曲だったんですね。作曲の経緯を知ると、確かに分校のイメージと合致しますね。あるいは、分校がある風景のイメージというべきか。
私自身は分校育ちではないので、こういった情景にノスタルジーを感じることはない……はずなのですが、どういうわけか様々なイメージがむくむくとわきあがってきます。その時、私は島を離れる側の人間なのか? それとも島に残る側の人間なのか? これは当事者じゃないからそんな風に思うんでしょうけど、とにかく十数年前にまかれた種が、ここに来て急に芽吹いた感のある晩秋の朝でした。
アオシマの「トヨタ・セリカXX」というプラモデルを作りました。
もともと車が大好きだったので、車のプラモデルとかも昔は作っていたのですが、あいにく手先が不器用なタチだったのでね。あまり上手にキットを作ることができなかったのです。
それでも、すでに200個くらいガンプラを作ってきた職人はだしの弟者の影響を受けたのか、はたまた『湾岸ミッドナイト』のゲームで同じ車を操縦し始めたからなのか。買ったはいいものの長いことほったらかしにしていた当キットを手がけ、2時間ほどで一気に作り上げた次第です。
図工が『2』で美術が『2』だった私が、数年ぶりに作った代物ですから出来が良いも悪いもありません。ただ、「プラモを作るのって楽しい」そういうことを感じることができたので、十分に意義があったといえるでしょう。
そんなプラモデル作りと平行して、今年の正月に買った「コンビニたそがれ堂」を読みました。
いきなりあとがきの話からして恐縮なんですが、本作は元々子ども向けに書かれた物語だったそうですが、文庫化にあたりターゲットを大人にシフトさせ、文字数や漢字表記などを修正したのだそうです。つまり私のような三十代のオッサンが読んでいたく感動してもいいってことなんです(まあ私は本当に子ども向けの本だろうと何だろうと読めば感動しますが)。
あるいは、むしろ私のような人間が読むべきなのかもしれません。本作はとにかく温かい物語ばかりです。このところは仕事が妙に忙しくて、その割にあまりはかどらなくて、さながらモニュメント・バレーの如く心がすさみきっていたのですが、それがほぐされ、癒される。そんな不思議な物語です。
ポイントとしては、ここなのかもしれません。どちらかというと反発的で、通り一遍の癒し系ツールでは満足しない犬神。一言で言えば偏屈な性格なので、「何をこの」とか「そんなものに乗っかるおれではないぞ」とかといって、突っぱねてしまうのですが、これはそんな私も手が出せない。そんな雰囲気を持っています。
そのまま物語を読み進めていくうちに、少しずつ少しずつ心がほどかれていくんですね。
それでも中盤までは「本当に、このまま癒されていって大丈夫なの?」「何か、悲しい結末が待ち受けているんじゃないの?」と身構えていました。もしかしたら、そんな私の心をもコンビニの店員のお兄さんは見抜いていたのかもしれません。まあ、そういった結末がないわけではないのですが、それでも最後は心が温かくなる。生を肯定するような、そんな結末。そういうことなんです。
99年に高校の図書館で「はるかな空の東」に出会って以来、もうすぐ15年になりますが、やはり村山早紀先生の本はいいなと思うのです。骨太な力強さを持った上橋菜穂子先生とはまた違った意味で、すごく重要なポジションをしめている気がします。
もともと車が大好きだったので、車のプラモデルとかも昔は作っていたのですが、あいにく手先が不器用なタチだったのでね。あまり上手にキットを作ることができなかったのです。
それでも、すでに200個くらいガンプラを作ってきた職人はだしの弟者の影響を受けたのか、はたまた『湾岸ミッドナイト』のゲームで同じ車を操縦し始めたからなのか。買ったはいいものの長いことほったらかしにしていた当キットを手がけ、2時間ほどで一気に作り上げた次第です。
図工が『2』で美術が『2』だった私が、数年ぶりに作った代物ですから出来が良いも悪いもありません。ただ、「プラモを作るのって楽しい」そういうことを感じることができたので、十分に意義があったといえるでしょう。
そんなプラモデル作りと平行して、今年の正月に買った「コンビニたそがれ堂」を読みました。
いきなりあとがきの話からして恐縮なんですが、本作は元々子ども向けに書かれた物語だったそうですが、文庫化にあたりターゲットを大人にシフトさせ、文字数や漢字表記などを修正したのだそうです。つまり私のような三十代のオッサンが読んでいたく感動してもいいってことなんです(まあ私は本当に子ども向けの本だろうと何だろうと読めば感動しますが)。
あるいは、むしろ私のような人間が読むべきなのかもしれません。本作はとにかく温かい物語ばかりです。このところは仕事が妙に忙しくて、その割にあまりはかどらなくて、さながらモニュメント・バレーの如く心がすさみきっていたのですが、それがほぐされ、癒される。そんな不思議な物語です。
ポイントとしては、ここなのかもしれません。どちらかというと反発的で、通り一遍の癒し系ツールでは満足しない犬神。一言で言えば偏屈な性格なので、「何をこの」とか「そんなものに乗っかるおれではないぞ」とかといって、突っぱねてしまうのですが、これはそんな私も手が出せない。そんな雰囲気を持っています。
そのまま物語を読み進めていくうちに、少しずつ少しずつ心がほどかれていくんですね。
それでも中盤までは「本当に、このまま癒されていって大丈夫なの?」「何か、悲しい結末が待ち受けているんじゃないの?」と身構えていました。もしかしたら、そんな私の心をもコンビニの店員のお兄さんは見抜いていたのかもしれません。まあ、そういった結末がないわけではないのですが、それでも最後は心が温かくなる。生を肯定するような、そんな結末。そういうことなんです。
99年に高校の図書館で「はるかな空の東」に出会って以来、もうすぐ15年になりますが、やはり村山早紀先生の本はいいなと思うのです。骨太な力強さを持った上橋菜穂子先生とはまた違った意味で、すごく重要なポジションをしめている気がします。
これを直すべき欠点というべきなのか、誇るべき特技というべきなのか、自分ではジャッジできないのですが……どうも私は性格的に、物語に入り込んでしまう気質があるようです。
『本を読む』とか『ビデオゲームをする』とかという段階を越えて、その物語の世界をフルに感じる。その過程で自然な流れとして、登場人物と自分を重ね合わせたり、ほぼ同等の目線でその世界を見るようになってしまうのです。
最近これと同時進行で『メタルギアソリッド3』というゲームをやっていたのですが、これがとても強力な物語でした。ほかのタイトルと違って1960年代の戦いなので、頼れるものは自分の視覚・聴覚だけというシステムもあって、すっかりその世界に入り込んでしまいました。普段はこんなですが、コントローラを握れば『ネイキッド・スネーク』になりきっていたのです。
そして、あまりにも深く入り込みすぎていたので、エンディングを迎えた時には激しく精神力を消耗。虚脱状態になってしまったのでした(これは物語の結末がそうだったから、というのもありますが)。
そんな状況だったので、本作も極めて主観的に楽しみました。『魔女の宅急便』の時と同じように、私もまたハイティーンの小僧として感情を総動員していたのです。
だから、評論めいたことは書けません。きわめて個人的な感想になってしまいますが、一応読んだという記録を残すために書きます。
飯塚有里も3年生となり、当面の目標はインターハイで優勝すること、となりました。後輩も心身ともに成長著しく、先輩として色々なことを教えることもありますが、まずは自分がちゃんと成績を残すことが第一ですからね。日々の練習にも熱が入ります。
ただ、熱が入りすぎて周りの人たちと温度差が生じ、イライラソワソワと落ち着かなくなってしまいます。
「みんな、真剣さが足りないんじゃないの? もっと練習しなきゃ、インターハイで優勝できないよ」
苛立ちと焦りをエネルギーにかえて、よりいっそう自主トレに熱が入る飯塚有里。そうすると、いっそう周りとの摩擦が大きくなって……と、まあ3年生になっても相変わらず色々と悩んだり苦しんだりするのです。すべてが順風満帆というわけではないのです。くわえて卒業後の進路のこともあるので、勉強もしなくちゃいけないし……と、ある意味では今までで一番難しい時期なのかもしれません。
それでも、飯塚有里は乗り越えます。仲間、先輩、家族。ぶつかり合う中で少しずつもまれ、一回り二回りと大きくなっていくのです。そしてインターハイ……に出場するための県大会の日がやってきて……。
はい、大体こんな感じの話です。
教えられるなあ、と思いました。
熱ささえあれば、やる気さえあれば、体力さえあればすべて乗り越えられる。そう思っていたのですが、そうでもないんですよね。頑張らなくちゃならないのは当然だけど、それだけじゃチームワークは成立しない。じゃあ、どうするのか? ということなんですが、それを読んでいるうちに教えられました。
私自身が高校生のころは、できるだけ周りとぶつからないように、要領よく立ち回ることばかり考えていましたからね。衝突がなかった分、強力なエネルギーも発生しないような、ゆる~い高校生活でした。
まあ、それが自分で選んだ生き方ですからね。いまさらやり直したいとは思いませんが、それでも本作のような、何事にも精一杯取り組む子を見ると、まぶしくて目がくらんでしまうのです。これが現実です。
でも、何とか最後まで見届けることができました。今はまだ読み終えたばかりで、頭の中の整理ができていなくて……。とりあえず速報ベースで書きました。すごくよかったです。
『本を読む』とか『ビデオゲームをする』とかという段階を越えて、その物語の世界をフルに感じる。その過程で自然な流れとして、登場人物と自分を重ね合わせたり、ほぼ同等の目線でその世界を見るようになってしまうのです。
最近これと同時進行で『メタルギアソリッド3』というゲームをやっていたのですが、これがとても強力な物語でした。ほかのタイトルと違って1960年代の戦いなので、頼れるものは自分の視覚・聴覚だけというシステムもあって、すっかりその世界に入り込んでしまいました。普段はこんなですが、コントローラを握れば『ネイキッド・スネーク』になりきっていたのです。
そして、あまりにも深く入り込みすぎていたので、エンディングを迎えた時には激しく精神力を消耗。虚脱状態になってしまったのでした(これは物語の結末がそうだったから、というのもありますが)。
そんな状況だったので、本作も極めて主観的に楽しみました。『魔女の宅急便』の時と同じように、私もまたハイティーンの小僧として感情を総動員していたのです。
だから、評論めいたことは書けません。きわめて個人的な感想になってしまいますが、一応読んだという記録を残すために書きます。
飯塚有里も3年生となり、当面の目標はインターハイで優勝すること、となりました。後輩も心身ともに成長著しく、先輩として色々なことを教えることもありますが、まずは自分がちゃんと成績を残すことが第一ですからね。日々の練習にも熱が入ります。
ただ、熱が入りすぎて周りの人たちと温度差が生じ、イライラソワソワと落ち着かなくなってしまいます。
「みんな、真剣さが足りないんじゃないの? もっと練習しなきゃ、インターハイで優勝できないよ」
苛立ちと焦りをエネルギーにかえて、よりいっそう自主トレに熱が入る飯塚有里。そうすると、いっそう周りとの摩擦が大きくなって……と、まあ3年生になっても相変わらず色々と悩んだり苦しんだりするのです。すべてが順風満帆というわけではないのです。くわえて卒業後の進路のこともあるので、勉強もしなくちゃいけないし……と、ある意味では今までで一番難しい時期なのかもしれません。
それでも、飯塚有里は乗り越えます。仲間、先輩、家族。ぶつかり合う中で少しずつもまれ、一回り二回りと大きくなっていくのです。そしてインターハイ……に出場するための県大会の日がやってきて……。
はい、大体こんな感じの話です。
教えられるなあ、と思いました。
熱ささえあれば、やる気さえあれば、体力さえあればすべて乗り越えられる。そう思っていたのですが、そうでもないんですよね。頑張らなくちゃならないのは当然だけど、それだけじゃチームワークは成立しない。じゃあ、どうするのか? ということなんですが、それを読んでいるうちに教えられました。
私自身が高校生のころは、できるだけ周りとぶつからないように、要領よく立ち回ることばかり考えていましたからね。衝突がなかった分、強力なエネルギーも発生しないような、ゆる~い高校生活でした。
まあ、それが自分で選んだ生き方ですからね。いまさらやり直したいとは思いませんが、それでも本作のような、何事にも精一杯取り組む子を見ると、まぶしくて目がくらんでしまうのです。これが現実です。
でも、何とか最後まで見届けることができました。今はまだ読み終えたばかりで、頭の中の整理ができていなくて……。とりあえず速報ベースで書きました。すごくよかったです。
なんか連日投稿になってしまいましたが、2巻目を読み終わりました。
今回は飯塚有里も2年生。後輩もできて、いよいよボート部の主力としてステップアップしていくところです。
もっとも、それだけ越えなければいけないハードルも高くなったということで、色々と頭を悩ませることがたくさんあります。先輩として、そして飯塚有里自身として、色々と難しいことに直面するのですね。
それでも、何とか乗り越える。厳しい言葉を投げかける先輩も、飯塚有里のことを思えばこその言葉。そのギリギリのところで立ち直り、より大きく成長していく物語は、すでに三十代となってしまった犬神の心をも激しく打ちました。
「飯塚有里がこれだけがんばってるんだから、お前ががんばらなくてどうするんだよ!」
そう思って、猛烈な勢いで仕事をこなしました。なぜか次から次へと新しい仕事が舞い込んできて、かなり忙しかったのですが、それでも切り抜けることができたのは、完全に彼女たちのおかげです。
作中で、確か飯塚有里が後輩に言った言葉だと思うんですが……記憶違いだったらゴメンナサイ……
「つまづきが人を強くする」
という言葉がありました。
けだし名言である、と思うのです。
まあ、私がこのキーワードを抜き出して書いたからといって、即効性があるわけではありません。そういう言葉を投げかける前段階のストーリィがなければ、今ひとつピンと来ないところがあると思うので、そのあたりはぜひ物語を読んでもらいたいと思うのですが、大小あわせれば10万回以上つまづいてきた私にとっては、妙に胸に響く言葉でした。いまさらジョシコーセーの言葉に感動するのも、どうかと思いますが。思いますが、でも事実ですから。
では、次はいよいよ3年生編です。インターハイ出場、そしてその先に待っているものは……?
すでにある程度のところまで来てしまった犬神ですが、飯塚有里には、どこまでもデカい夢を追いかけてまい進してほしいと思いつつ、読みたいと思います。
今回は飯塚有里も2年生。後輩もできて、いよいよボート部の主力としてステップアップしていくところです。
もっとも、それだけ越えなければいけないハードルも高くなったということで、色々と頭を悩ませることがたくさんあります。先輩として、そして飯塚有里自身として、色々と難しいことに直面するのですね。
それでも、何とか乗り越える。厳しい言葉を投げかける先輩も、飯塚有里のことを思えばこその言葉。そのギリギリのところで立ち直り、より大きく成長していく物語は、すでに三十代となってしまった犬神の心をも激しく打ちました。
「飯塚有里がこれだけがんばってるんだから、お前ががんばらなくてどうするんだよ!」
そう思って、猛烈な勢いで仕事をこなしました。なぜか次から次へと新しい仕事が舞い込んできて、かなり忙しかったのですが、それでも切り抜けることができたのは、完全に彼女たちのおかげです。
作中で、確か飯塚有里が後輩に言った言葉だと思うんですが……記憶違いだったらゴメンナサイ……
「つまづきが人を強くする」
という言葉がありました。
けだし名言である、と思うのです。
まあ、私がこのキーワードを抜き出して書いたからといって、即効性があるわけではありません。そういう言葉を投げかける前段階のストーリィがなければ、今ひとつピンと来ないところがあると思うので、そのあたりはぜひ物語を読んでもらいたいと思うのですが、大小あわせれば10万回以上つまづいてきた私にとっては、妙に胸に響く言葉でした。いまさらジョシコーセーの言葉に感動するのも、どうかと思いますが。思いますが、でも事実ですから。
では、次はいよいよ3年生編です。インターハイ出場、そしてその先に待っているものは……?
すでにある程度のところまで来てしまった犬神ですが、飯塚有里には、どこまでもデカい夢を追いかけてまい進してほしいと思いつつ、読みたいと思います。
順序がちょっと入れ替わってしまいましたが、これが100冊目の本でした。
YA!ENTERTAINMENT というレーベルの本です。公式ホームページで見たところ、言うまでもなく非常に若い人たち向けのようですね。実際私が借りた図書館でも、子供向けコーナーの中にありました。
それにもかかわらず今回図書館で借りてしまったのは、恥ずかしながら『表紙の女の子がかわいかったから』。まったくもって外道な理由であると思います。実際、非常に気にはなったものの、一度はスルーして帰りました。
しかしながら、どうも気になって仕方がありません。気になる、きになる、キニナル……。
何をしてもいまいち身が入らないので、だったらこちらから踏み込み一刀両断にしてやろう! ということになり、閉館間際のところで滑り込み借りてきた次第です。なお、私が一目ぼれしたのは3巻目でした。そして3巻目は戻ってくると誰かに借りられていたので、ひとまず1巻と2巻を借りてきました。なお、これと一緒に借りてきたのがこないだレビューを書いた平岩西遊記でした。
主人公の飯塚有里は、中学のころはバドミントンをやっていました。しかしながら「そんな暇があったら勉強しろ」という家族からのプレッシャーにより途中でやめてしまったという過去がありました。
それだけでなく、姉からは「スポーツなんかやって何になるの。オリンピックに出るわけじゃあるまいし」と冷たい言葉を浴びせられてしまいます。それで、
「だったら、なってやろうじゃないの。オリンピックの選手に」
と発起。学力的にもスポーツ的にもトップクラスの学校に入り、勉強にスポーツに一生懸命打ち込む……と、まあ、そんな感じの物語です。ちなみに1巻は入学から進級するところまでだったので、2巻は2年生編、3巻は3年生編のようです。
若い人向けの本だから、3時間ほどで読み終えるだろう。そう思っていました。
実際、そのくらいで読み終えたと思います。……ですが、なかなか読み始めることができませんでした。およそこういった青春を送ってこなかった(むしろ積極的に否定してきた)犬神にはちょっとまぶしすぎたのです。
それでも、何とか1巻は読み終えました。
うん、いいじゃないですか、飯塚有里。……馴れ合いではなくオリンピアンを目指すという目標を持っているためか、同級生となかなか打ち解けられずにいる辺りはちょっとハラハラしてしまいましたが。
ほら、ボートは個人競技じゃなく団体競技だから、個人の能力はもちろん大事ですが、チームワークも大事ですからね。
「モチベーションが高いのはいいことだが、もうちょっと、その……何とか、うまくやれんもんかね」
まったく縁もゆかりもないオッサンの私ですが、そんなことを考えながら読んでいました。その結果どうなったかは、もちろんここでは書きませんが、犬神もまた飯塚有里の熱さに打たれ、「やってやろうじゃねえか」という気持ちになった次第です(何をやってやるのかは不明)。
そんなわけで、現在は2巻目を読んでいます。飯塚有里も2年生に進級し、後輩が入ってきて、いよいよ主力選手として動き出す……といったところでしょうか。まだ50ページくらいしか読んでいないのでアレですが。
最後はこの男のセリフで締めくくることにしましょう。

やはり、熱さを持っている人が魅力的だと思うのです。私自身もそうありたいと思うのです。
YA!ENTERTAINMENT というレーベルの本です。公式ホームページで見たところ、言うまでもなく非常に若い人たち向けのようですね。実際私が借りた図書館でも、子供向けコーナーの中にありました。
それにもかかわらず今回図書館で借りてしまったのは、恥ずかしながら『表紙の女の子がかわいかったから』。まったくもって外道な理由であると思います。実際、非常に気にはなったものの、一度はスルーして帰りました。
しかしながら、どうも気になって仕方がありません。気になる、きになる、キニナル……。
何をしてもいまいち身が入らないので、だったらこちらから踏み込み一刀両断にしてやろう! ということになり、閉館間際のところで滑り込み借りてきた次第です。なお、私が一目ぼれしたのは3巻目でした。そして3巻目は戻ってくると誰かに借りられていたので、ひとまず1巻と2巻を借りてきました。なお、これと一緒に借りてきたのがこないだレビューを書いた平岩西遊記でした。
主人公の飯塚有里は、中学のころはバドミントンをやっていました。しかしながら「そんな暇があったら勉強しろ」という家族からのプレッシャーにより途中でやめてしまったという過去がありました。
それだけでなく、姉からは「スポーツなんかやって何になるの。オリンピックに出るわけじゃあるまいし」と冷たい言葉を浴びせられてしまいます。それで、
「だったら、なってやろうじゃないの。オリンピックの選手に」
と発起。学力的にもスポーツ的にもトップクラスの学校に入り、勉強にスポーツに一生懸命打ち込む……と、まあ、そんな感じの物語です。ちなみに1巻は入学から進級するところまでだったので、2巻は2年生編、3巻は3年生編のようです。
若い人向けの本だから、3時間ほどで読み終えるだろう。そう思っていました。
実際、そのくらいで読み終えたと思います。……ですが、なかなか読み始めることができませんでした。およそこういった青春を送ってこなかった(むしろ積極的に否定してきた)犬神にはちょっとまぶしすぎたのです。
それでも、何とか1巻は読み終えました。
うん、いいじゃないですか、飯塚有里。……馴れ合いではなくオリンピアンを目指すという目標を持っているためか、同級生となかなか打ち解けられずにいる辺りはちょっとハラハラしてしまいましたが。
ほら、ボートは個人競技じゃなく団体競技だから、個人の能力はもちろん大事ですが、チームワークも大事ですからね。
「モチベーションが高いのはいいことだが、もうちょっと、その……何とか、うまくやれんもんかね」
まったく縁もゆかりもないオッサンの私ですが、そんなことを考えながら読んでいました。その結果どうなったかは、もちろんここでは書きませんが、犬神もまた飯塚有里の熱さに打たれ、「やってやろうじゃねえか」という気持ちになった次第です(何をやってやるのかは不明)。
そんなわけで、現在は2巻目を読んでいます。飯塚有里も2年生に進級し、後輩が入ってきて、いよいよ主力選手として動き出す……といったところでしょうか。まだ50ページくらいしか読んでいないのでアレですが。
最後はこの男のセリフで締めくくることにしましょう。
やはり、熱さを持っている人が魅力的だと思うのです。私自身もそうありたいと思うのです。
実はこれ、101冊目です。本当は100冊目に読んだ本のことを書くべきなんでしょうが、そのタイミングで『ダ・ヴィンチ』についての記事を書き、さらにこの101冊目を読み終えたところ、その物語の内容がすさまじく……なので順番をたがえても、この本のことについて書きたいと思います。
なお、本作はフィクションであり、地名とかは実際にありますが、組織・人物などは架空のものです。ですが、これは『本の感想』なので、そのあたりは無視して思い入れたっぷりに書きます。なので実際の私自身の思想と異なる部分もあることを、おことわりしておきます。あと、あらすじについても結構、書いています。
なお、本作はフィクションであり、地名とかは実際にありますが、組織・人物などは架空のものです。ですが、これは『本の感想』なので、そのあたりは無視して思い入れたっぷりに書きます。なので実際の私自身の思想と異なる部分もあることを、おことわりしておきます。あと、あらすじについても結構、書いています。
表向きは会社の社長、しかしその実態は岩手最大・最古の暴力団の二次団体の組長である黒沢裕次郎。彼はかつて将来を嘱望されたスイマーだったものの、とある事件を起こしたことで表舞台から姿を消した過去があった。しかしながら、そんな彼が親友からの依頼により、スイミングクラブ同士の対抗戦に助っ人として出ることになる……と、まあ導入はそんな感じです。
年齢は28歳で、きわめてハンサムで、表向きは会社の社長。しかも自宅にはトレーニング室もあり、常に身体を鍛えることに余念がない……となると、さしずめ『龍が如く3』の峯義孝のようなものでしょうか。もっとも性格はちょっと古風なところがある昔かたぎのヤクザで、義理人情に厚く堅気に迷惑をかけないことを信条にする熱血漢です。だからどちらかというと桐生さんの方に近いのかもしれません。
実際、水泳だけでなく腕っ節もかなりのもので、堅気には手を出しませんが同業者、特に悪辣な手段で岩手を食い物にしようとする連中には一切容赦しません。そして物語の後半では、もっと過激な連中を相手に腕を振るうことになります。そのあたりも含めて桐生さんですね。
『パラサイト・イブ』を読んだ時もそうだったんですが、中盤あたりから物語の勢いが急加速します。話がどんどん大きくなって、それにひるむことなく裕次郎もがんばるので、クライマックスでは日本中を巻き込んで? の大立ち回りとなります。このあたりはもはや娯楽100パーセント、ひたすら面白おかしくそして熱い雰囲気のまま駆け抜けエピローグへと突入します。
私は堅気の人間なので、暴力団構成員の黒沢裕次郎を……表立って支持することはできません。ただ最近は堅気の人間の方がよほどタチが悪いんじゃないのか? と思うこともあります。少なくとも裕次郎は堅気を食い物にするような人物ではなく、むしろフロント企業の方で堅気の人たちを食わせるようなことをしています。困っている人や弱っている人がいたら(多少荒っぽいながらも)手を貸します。もちろん水泳で人助けもします。終盤には昭和残侠伝(ただし装備は日本刀+マカロフ拳銃)のような格好で悪党どもに挑みます。
結局、職業とか見た目とかじゃなく、『何をするか』っていうことなんでしょうね。命をかけて誰かを守る。その行為には誰もが感動するはずです。そして、もちろん暴力団員になろうとは思わないまでも、人として男としてどう生きるべきか? そういうことを考えさせられるのです。
……な~んてマジメに考えている私を尻目に、裕さんはいつものようにマイペースで振舞っていることでしょうが。
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2013年は過去と向き合い、これを乗り越える年のようです。
……というと大仰な感じがしますが、そこは私ですから。ただ昔解けなかったゲームをクリアしたとか、読んでいなかった本を読んだとか、その程度のことです。
で、昨日はそんな感じで「ダ・ヴィンチ」という雑誌を買いました。特集は……画業35年目に突入した高橋留美子先生特集で、表紙はラムでした。いやメガネ(アニメ版の登場人物)ふうに「ラムさん」というべきでしょうか。
「うる星やつら」は私が初めて女の子を強く意識した漫画でした。中学1年生のころに出会ったのですが、当時は
「こんなにかわいい女の子が出てくる漫画を読んでいることは、周りの連中に知られてはいけない」
と思って、極秘裏にコミックスを買い集めました。当時はまだ「萌え」という言葉はなく、一般的に読まれていたのはジャンプやコロコロコミックなどといった少年誌でした。ちょっと背伸びした連中は『ヤングマガジン』とかを誇らしげに読んでいましたが、それでもこの手のふわふわした漫画を読んでいるやつはおらず、さながら隠れキリシタンのようにこっそりと読んでいました。
一方『ダ・ヴィンチ』は大学の図書館でよく読んでいました。
あまり自信はありませんが「書評雑誌」というコンセプトでいいんでしょうか。今世の中ではこういうのがはやってますよとか、それはこういうところがウケるからはやってるんですよとか、そういうのを紹介する雑誌です。……ですよね?
そのころはすべてを理屈で受け止め、自分の中で整理整頓したいと考えていた時期だったので、非常に熱心に読みました。特に「少女漫画に関する分析」と「戦闘美少女に関する分析」については、当時の記事をコピーしたものを今もファイリングしています。あと町田康さんの特集記事とかも。ああ、それから爆笑問題の日本史原論が大好きで、笑いを押し殺しながら毎号楽しみに読んでいました。
そういうわけで、相乗効果で一も二もなく飛びついた……というわけではありませんでした。
まず私自身が、他人の意見を聞かない超頑固者になったこと。――という割には、ブログ・ホームページなどで誰かが書いた本の感想などにフムフムとうなずいたり、時にはその本を買うなり借りるなりして読むこともあるので、まったく聞かないというわけでもないのですが……少なくとも『はやってるから読む』とか、そういうことはしないですね。
自分のセンサーに照らし合わせて、反応があれば読む。それを手にしたのが発売当日に平積みにされたものだったり、古本屋の店先にある一山100円のワゴンの中に放り投げられたものだったり、はたまた図書館の書庫の奥深くで30年来ずっと眠り続けているものだったり。まあシチュエーションは色々ありますが、いずれにしても読む本は『出会うべくして出会う』という思いがあるのです。
あとは、その……『うる星やつら』が好きなのであって、高橋留美子先生の世界すべてが好きなわけではないからです。『めぞん一刻』とかは後ほど読んでみたいリストに入っていますが、『らんま1/2』とか『犬夜叉』とかにはハマれませんでした。それ以外の作品については、まあ読んでいないので良いも悪いもないのですが、少なくとも『うる星』を初めて見た時に感じたようなパッションを感じることができませんでした。
高橋留美子先生の世界がいかにすばらしいものかは、知っている人は知っているし、知らない人は本誌を買っていただければわかると思うので書きませんが、今の私はその世界にいられるような人間ではないと感じました。
それならわざわざ590円もだして本を買わなくてもいいようなものですが、今回は中学~大学時代の私の『落とし前』として買いました。たぶん、今後はもう買うことはないでしょう。
でも、すごくライトに流行の本の魅力とかがわかる『ダ・ヴィンチ』いい雑誌だと思います。特に今号はラムさんが表紙で、背表紙は『めぞん一刻』(のソフトの紹介)ですからね。ファンならつい手が出てしまう一冊でしょう。そして手にしただけで「ラムさぁーーーん!」と千葉繁さんの声で叫ぶか、あるいは「響子さーん! 好きじゃーーー!」と叫ぶことでしょう(※ 近所迷惑です)。
……というと大仰な感じがしますが、そこは私ですから。ただ昔解けなかったゲームをクリアしたとか、読んでいなかった本を読んだとか、その程度のことです。
で、昨日はそんな感じで「ダ・ヴィンチ」という雑誌を買いました。特集は……画業35年目に突入した高橋留美子先生特集で、表紙はラムでした。いやメガネ(アニメ版の登場人物)ふうに「ラムさん」というべきでしょうか。
「うる星やつら」は私が初めて女の子を強く意識した漫画でした。中学1年生のころに出会ったのですが、当時は
「こんなにかわいい女の子が出てくる漫画を読んでいることは、周りの連中に知られてはいけない」
と思って、極秘裏にコミックスを買い集めました。当時はまだ「萌え」という言葉はなく、一般的に読まれていたのはジャンプやコロコロコミックなどといった少年誌でした。ちょっと背伸びした連中は『ヤングマガジン』とかを誇らしげに読んでいましたが、それでもこの手のふわふわした漫画を読んでいるやつはおらず、さながら隠れキリシタンのようにこっそりと読んでいました。
一方『ダ・ヴィンチ』は大学の図書館でよく読んでいました。
あまり自信はありませんが「書評雑誌」というコンセプトでいいんでしょうか。今世の中ではこういうのがはやってますよとか、それはこういうところがウケるからはやってるんですよとか、そういうのを紹介する雑誌です。……ですよね?
そのころはすべてを理屈で受け止め、自分の中で整理整頓したいと考えていた時期だったので、非常に熱心に読みました。特に「少女漫画に関する分析」と「戦闘美少女に関する分析」については、当時の記事をコピーしたものを今もファイリングしています。あと町田康さんの特集記事とかも。ああ、それから爆笑問題の日本史原論が大好きで、笑いを押し殺しながら毎号楽しみに読んでいました。
そういうわけで、相乗効果で一も二もなく飛びついた……というわけではありませんでした。
まず私自身が、他人の意見を聞かない超頑固者になったこと。――という割には、ブログ・ホームページなどで誰かが書いた本の感想などにフムフムとうなずいたり、時にはその本を買うなり借りるなりして読むこともあるので、まったく聞かないというわけでもないのですが……少なくとも『はやってるから読む』とか、そういうことはしないですね。
自分のセンサーに照らし合わせて、反応があれば読む。それを手にしたのが発売当日に平積みにされたものだったり、古本屋の店先にある一山100円のワゴンの中に放り投げられたものだったり、はたまた図書館の書庫の奥深くで30年来ずっと眠り続けているものだったり。まあシチュエーションは色々ありますが、いずれにしても読む本は『出会うべくして出会う』という思いがあるのです。
あとは、その……『うる星やつら』が好きなのであって、高橋留美子先生の世界すべてが好きなわけではないからです。『めぞん一刻』とかは後ほど読んでみたいリストに入っていますが、『らんま1/2』とか『犬夜叉』とかにはハマれませんでした。それ以外の作品については、まあ読んでいないので良いも悪いもないのですが、少なくとも『うる星』を初めて見た時に感じたようなパッションを感じることができませんでした。
高橋留美子先生の世界がいかにすばらしいものかは、知っている人は知っているし、知らない人は本誌を買っていただければわかると思うので書きませんが、今の私はその世界にいられるような人間ではないと感じました。
それならわざわざ590円もだして本を買わなくてもいいようなものですが、今回は中学~大学時代の私の『落とし前』として買いました。たぶん、今後はもう買うことはないでしょう。
でも、すごくライトに流行の本の魅力とかがわかる『ダ・ヴィンチ』いい雑誌だと思います。特に今号はラムさんが表紙で、背表紙は『めぞん一刻』(のソフトの紹介)ですからね。ファンならつい手が出てしまう一冊でしょう。そして手にしただけで「ラムさぁーーーん!」と千葉繁さんの声で叫ぶか、あるいは「響子さーん! 好きじゃーーー!」と叫ぶことでしょう(※ 近所迷惑です)。
その昔ファミコン通信という雑誌で連載されていた漫画『大トロ倶楽部』。私はこの漫画が大好きでした(というよりも、これを描いている片山まさゆき先生の漫画が大好き)。
毎回色々なゲームのネタを登場人物が取り込んでパロディを演じるのですが、その中で『ハリキリ十勇士』という話がありました。これはタイトルどおり『ハリキリスタジアム』と『真田十勇士』という2つのゲームが混ざり合ったものなんですが、その中では実在の野球チームについて『徳川ジャイアンツ』とか『毛利カープ』とかといわれていました。
その理論で行くと、当然楽天なんかは『伊達ゴールデンイーグルス』となるでしょう。そしてある意味では伊達と徳川の戦いに伊達が勝ったということでしょうか。
ええ、昨日の日本シリーズの話です。
野球に関しては、どこか特定のチームを応援するというわけではありませんでした。ただ、岩手県出身あるいは岩手の高校出身の選手の活躍をちらほら聞くようになっていたので、それなりに見ていました。中継があればそれを聞くし、新聞やテレビの試合結果が流れればそれを見るようにするくらいですけどね。
ただ、ジャイアンツに限っては、あまり好きではありません。理由は『強すぎるから』。ホームランもパカパカ打つし、試合中継を聞いていても追加点追加点で余裕の勝利って言う感じばかりなので、「ま、どうせまた今日も勝つんでしょ」という気持ちになってしまいました。それぐらい強さがあるって、すごいことだと思うんですけどね。
それに対して楽天といえば、弱小チームの代名詞みたいなイメージがありました。実際、毎年の成績はさっぱり振るわなかったわけですが、今年はどういうわけか日本シリーズに進出。どういうわけかって、やはり『神の子』田中投手の存在が大きいのかもしれませんが。あと銀次ね! 岩手出身の銀次!
……ただ、この時点でも、「巨人が4連勝して終わっちゃうんじゃないの」という思いがありました。そのくらい強力なイメージがあったのです。
ところが実際に始まってみれば、大活躍じゃないですか。あのラスボス級のジャイアンツ相手に渡り合い、しっかりと勝利を収めていく。負けた試合にしても、私が想像していたような圧倒的な差をつけられての惨敗・完敗ではなく、ギリギリのところで競り負けたとか、そんな感じ。
「これはもう、どちらが勝ってもおかしくない」
そんな気持ちになっていました。万が一ジャイアンツが勝ったとしても、「楽天強し」の印象は揺るがないだろう。そう思っていたのですが……最終戦は堅実に得点を獲得し、その一方で相手に点は与えず。しかも最終回だけ田中投手が登板して締めるという前代未聞のドラマティックな結末。おそらくこれは歴史に残る名試合だったと思います。
東北の人間として、私もお祝いムードに参加させてもらいたいと思います。楽天おめでとう。あと銀次も、おめでとう。正直なところシリーズ中盤くらいまで岩手県出身だということも知りませんでしたが、今はすっかりファンになってしまいました。犬神は銀次と楽天イーグルスをこれからも応援し続けます!
毎回色々なゲームのネタを登場人物が取り込んでパロディを演じるのですが、その中で『ハリキリ十勇士』という話がありました。これはタイトルどおり『ハリキリスタジアム』と『真田十勇士』という2つのゲームが混ざり合ったものなんですが、その中では実在の野球チームについて『徳川ジャイアンツ』とか『毛利カープ』とかといわれていました。
その理論で行くと、当然楽天なんかは『伊達ゴールデンイーグルス』となるでしょう。そしてある意味では伊達と徳川の戦いに伊達が勝ったということでしょうか。
ええ、昨日の日本シリーズの話です。
野球に関しては、どこか特定のチームを応援するというわけではありませんでした。ただ、岩手県出身あるいは岩手の高校出身の選手の活躍をちらほら聞くようになっていたので、それなりに見ていました。中継があればそれを聞くし、新聞やテレビの試合結果が流れればそれを見るようにするくらいですけどね。
ただ、ジャイアンツに限っては、あまり好きではありません。理由は『強すぎるから』。ホームランもパカパカ打つし、試合中継を聞いていても追加点追加点で余裕の勝利って言う感じばかりなので、「ま、どうせまた今日も勝つんでしょ」という気持ちになってしまいました。それぐらい強さがあるって、すごいことだと思うんですけどね。
それに対して楽天といえば、弱小チームの代名詞みたいなイメージがありました。実際、毎年の成績はさっぱり振るわなかったわけですが、今年はどういうわけか日本シリーズに進出。どういうわけかって、やはり『神の子』田中投手の存在が大きいのかもしれませんが。あと銀次ね! 岩手出身の銀次!
……ただ、この時点でも、「巨人が4連勝して終わっちゃうんじゃないの」という思いがありました。そのくらい強力なイメージがあったのです。
ところが実際に始まってみれば、大活躍じゃないですか。あのラスボス級のジャイアンツ相手に渡り合い、しっかりと勝利を収めていく。負けた試合にしても、私が想像していたような圧倒的な差をつけられての惨敗・完敗ではなく、ギリギリのところで競り負けたとか、そんな感じ。
「これはもう、どちらが勝ってもおかしくない」
そんな気持ちになっていました。万が一ジャイアンツが勝ったとしても、「楽天強し」の印象は揺るがないだろう。そう思っていたのですが……最終戦は堅実に得点を獲得し、その一方で相手に点は与えず。しかも最終回だけ田中投手が登板して締めるという前代未聞のドラマティックな結末。おそらくこれは歴史に残る名試合だったと思います。
東北の人間として、私もお祝いムードに参加させてもらいたいと思います。楽天おめでとう。あと銀次も、おめでとう。正直なところシリーズ中盤くらいまで岩手県出身だということも知りませんでしたが、今はすっかりファンになってしまいました。犬神は銀次と楽天イーグルスをこれからも応援し続けます!
遠藤周作という作家は、正直なところ「こういう作風だ」とか「こういう感じの人だ」ということが語れるほど詳しくありません。せいぜい『イエスの生涯』を読んだことがあるくらいで、小説の類はまだ一度も読んだことがないのです。じゃあどんなイメージなのかといえば、こんなイメージなんです。
決して茶化すわけではありませんが、とにかくこのイメージが真っ先に思いつくのです。あとはネスカフェゴールドブレンドの人のイメージ。
それにもかかわらず今回借りてきたのも小説ではなくエッセイ。『狐狸庵閑談』というものです。これは『THIS IS 読売』という雑誌の1992年5月号~1994年4月号まで連載されたエッセイをまとめたもののようです。
ひょっとしたら阿佐田哲也と色川武大みたいに分けて考えるべきなのかもしれませんが、とりあえず読みました。
感想をざっくり申し上げると、とても面白かったです。
何せ違いがわかる男ですからね。さぞかしインテリな思想の持ち主だと思ったのですが、本人は大の勉強嫌いであったと告白しています。そんなわけで、そんなものを遊び盛りの子供を塾に通わせるなどけしからん! と激怒しておられました。ちなみに私の場合は、ただの1度も塾というやつに通ったことがありませんでした。ついでに言えば試験勉強らしいことも、あまりやった記憶がありません。「どこそこの学校に入るために勉強する」のではなく、「今の学力では入れそうな学校に行く」というグータラ逆転発想野郎だだったのです。
また、連載エッセイということもあって、時事的な内容も書いています。エリツィン政権になったロシアのこととか。私は小学生だったので世の中の動きなどは漠然としかわかりませんでしたが、30代になった今になればわかります。なるほど、こういう感じだったんだな~とかって。
あと、狐狸庵先生は織田信長をあまり評価されていないんですよね。ズバリ『信長は天才だが、視野は狭かった』ためにいくつかドジをやり、最終的には取り返しのつかないドジをやってしまった、と。まあ連載エッセイのひとつに、そういう風に書いていただけなので、もしかしたらまた違った論評をされているかもしれませんが。ともかく「そういう見方もあるんだな」と思いました。私自身の視野が少し広がった気がします。
さて、そんなわけで狐狸庵先生のエッセイはとても面白いのですが、遠藤先生は小説家ですからね。攻め手一冊でもいいから、有名どころを読まないといけませんわな。『沈黙』ですか。『海と毒薬』ですか。何を読むかはわかりませんが、後ほど「これは!」という一冊にめぐり合えることを期待したいと思います。
決して茶化すわけではありませんが、とにかくこのイメージが真っ先に思いつくのです。あとはネスカフェゴールドブレンドの人のイメージ。
それにもかかわらず今回借りてきたのも小説ではなくエッセイ。『狐狸庵閑談』というものです。これは『THIS IS 読売』という雑誌の1992年5月号~1994年4月号まで連載されたエッセイをまとめたもののようです。
ひょっとしたら阿佐田哲也と色川武大みたいに分けて考えるべきなのかもしれませんが、とりあえず読みました。
感想をざっくり申し上げると、とても面白かったです。
何せ違いがわかる男ですからね。さぞかしインテリな思想の持ち主だと思ったのですが、本人は大の勉強嫌いであったと告白しています。そんなわけで、そんなものを遊び盛りの子供を塾に通わせるなどけしからん! と激怒しておられました。ちなみに私の場合は、ただの1度も塾というやつに通ったことがありませんでした。ついでに言えば試験勉強らしいことも、あまりやった記憶がありません。「どこそこの学校に入るために勉強する」のではなく、「今の学力では入れそうな学校に行く」というグータラ逆転発想野郎だだったのです。
また、連載エッセイということもあって、時事的な内容も書いています。エリツィン政権になったロシアのこととか。私は小学生だったので世の中の動きなどは漠然としかわかりませんでしたが、30代になった今になればわかります。なるほど、こういう感じだったんだな~とかって。
あと、狐狸庵先生は織田信長をあまり評価されていないんですよね。ズバリ『信長は天才だが、視野は狭かった』ためにいくつかドジをやり、最終的には取り返しのつかないドジをやってしまった、と。まあ連載エッセイのひとつに、そういう風に書いていただけなので、もしかしたらまた違った論評をされているかもしれませんが。ともかく「そういう見方もあるんだな」と思いました。私自身の視野が少し広がった気がします。
さて、そんなわけで狐狸庵先生のエッセイはとても面白いのですが、遠藤先生は小説家ですからね。攻め手一冊でもいいから、有名どころを読まないといけませんわな。『沈黙』ですか。『海と毒薬』ですか。何を読むかはわかりませんが、後ほど「これは!」という一冊にめぐり合えることを期待したいと思います。
というわけで、『西遊記』を読みました。
正確には、平岩弓枝先生が以前に毎日新聞で連載していた版の『西遊記』を読みました。
何せ媒体(アニメ、マンガ、ドラマ)によってものすごいアレンジを施される物語だけに、これをもって『西遊記』のすべてを知った、というつもりは毛頭ありませんが、それでも基礎はクリアした、といってもいいのではないでしょうか。
唐の太宗皇帝から、天竺に行ってありがたいお経を取ってくるよう言われた三蔵法師が、道々で3人の弟子と出会い、様々な困難を乗り越え成長しつつ旅を続ける。そういう話です。
さしあたってこれは平岩西遊記の感想となりますが、なんとも心温まる場面がたくさんあります。基本的に悟空は(最初は)「ぶっ殺してやる」が口癖の荒くれ者で、そのために何回かホーム(花果山)に帰ってしまう場面がありますが、それでも三蔵法師も、あと神仙の世界に住む人たちも、悟空を優しくなだめます。お経を唱えると頭をギリギリとしめつける「きんこ」もあるにはありますが、それをもって無理やり従えるという場面はほとんどありません。
……いや、もっと言えば、「これはこういうものだよ」というのを教えるためにやった時以外には、記憶にありません。三蔵法師自身も、できるだけこれは使いたくないという気持ちのようです。何より中盤以降は、悟空自身が三蔵法師のことを心配し、自発的に動きまくるので、必要ないんですよね。
また、最初はプライドが高くていけ好かないキャラだった猪八戒もだんだんと融通が利くようになりました。沙悟浄は……天界でも、追放されて人界に下りてきた後も、色々と地道にがんばってきた苦労人なのでね。最初からそれほど悪いキャラではなかったので、特に『変わった』という印象はないんですけどね。
そんなわけで、折々に差し込まれる挿絵も手伝い、たっぷり楽しめました。平岩弓枝という名前は「なんとなく、聞いたことがある」というレベルでしたが、これで『読んだことがある』というレベルに進化しました。さて平岩先生といえば『御宿かわせみ』というのが代表作らしいのですが、これも機会があれば読んでみたいと思います。
ちなみに、今年の2月から読んだ本のタイトルをテキストファイルに保存しているのですが、この西遊記の下巻で98冊目となりました。図書館で一緒に借りてきた本はあと3冊。ということは、いよいよ『100冊』の大台に乗せる時が来たということですね。……まあ、その中には『魔女の宅急便』などの児童文学が含まれているのですが……。
IBC岩手放送で毎週月曜夜8時から放送している『リクエストマンデー』。私も大好きな番組です。
要するに好きな曲をリクエストしてかけてもらうっていう番組なんですが、AMらしく選曲がとても幅広いんですよね。最新ポップスもあるにはあるものの、演歌とか歌謡曲とか、そういうのが割と多い気がします。おかげで私の音楽的な嗜好も少しずつシフトしつつある今日この頃。
先週発売されたうすみさこと臼澤みさきちゃんの新曲『八重の風』を聞いて(もちろん発売当日にシングル・アルバムともに買っているのですが)残業で疲れきった気持ちをふっと緩めたところで、聞こえてきた次のリクエスト曲は「となりのトトロ」。MCの村松文代さんが読み上げたところによれば、8歳の娘の誕生日に、娘が大好きな曲をお願いします、という内容のリクエストだったみたいです。
考えてみれば私が8歳だったころも、・・・その年に公開されたのは『魔女の宅急便』だったんですが・・・スタジオジブリの映画は確かにありました。流行というよりも「当然のたしなみ」のようなものだったと思いますが、私はどういうわけか、まったく見ることなく生きてきました。20代になってからようやく『猫の恩返し』を見たくらいで。
そういうわけで、特別に思い入れがあるわけではないのですが、当時のことを懐かしむキーにはなるので、車を運転しながら意識を向けていたのですが……。
流れてきたのはインストゥルメンタル版でした。
「おや? ここはあえてインストゥルメンタルでかけてきたのだな」
「さっき、井上あずみって歌手名も言ってたから、当然歌入りのバージョンだと思っていたが……ちょっとひねってきたのだな」
そんな風に思っていたら、曲の途中でいきなり中断。どうやら間違えてオンエアしてしまったようで、改めて歌入りのバージョンが流されました。
前にもこういうことがありましたが、J-WAVEとかTOKYO FMでは、まずありえないアクシデントでしょうね。まあ、「TOKIMEKI FEELING」じゃないんだから、という突っ込みをさせていただくことで、この話題は終了ということにしましょう。
要するに好きな曲をリクエストしてかけてもらうっていう番組なんですが、AMらしく選曲がとても幅広いんですよね。最新ポップスもあるにはあるものの、演歌とか歌謡曲とか、そういうのが割と多い気がします。おかげで私の音楽的な嗜好も少しずつシフトしつつある今日この頃。
先週発売されたうすみさこと臼澤みさきちゃんの新曲『八重の風』を聞いて(もちろん発売当日にシングル・アルバムともに買っているのですが)残業で疲れきった気持ちをふっと緩めたところで、聞こえてきた次のリクエスト曲は「となりのトトロ」。MCの村松文代さんが読み上げたところによれば、8歳の娘の誕生日に、娘が大好きな曲をお願いします、という内容のリクエストだったみたいです。
考えてみれば私が8歳だったころも、・・・その年に公開されたのは『魔女の宅急便』だったんですが・・・スタジオジブリの映画は確かにありました。流行というよりも「当然のたしなみ」のようなものだったと思いますが、私はどういうわけか、まったく見ることなく生きてきました。20代になってからようやく『猫の恩返し』を見たくらいで。
そういうわけで、特別に思い入れがあるわけではないのですが、当時のことを懐かしむキーにはなるので、車を運転しながら意識を向けていたのですが……。
流れてきたのはインストゥルメンタル版でした。
「おや? ここはあえてインストゥルメンタルでかけてきたのだな」
「さっき、井上あずみって歌手名も言ってたから、当然歌入りのバージョンだと思っていたが……ちょっとひねってきたのだな」
そんな風に思っていたら、曲の途中でいきなり中断。どうやら間違えてオンエアしてしまったようで、改めて歌入りのバージョンが流されました。
前にもこういうことがありましたが、J-WAVEとかTOKYO FMでは、まずありえないアクシデントでしょうね。まあ、「TOKIMEKI FEELING」じゃないんだから、という突っ込みをさせていただくことで、この話題は終了ということにしましょう。
『帝都物語異録』という本を読みました。
これは荒俣先生が監修した本ですが、いわゆる『帝都物語の解説書』とは少し違います。魔術・妖術などをテーマにその手の専門家たちが・・・どちらかというと現実世界にいる人たちを取り上げた話がいくつか入ったものです。直接的に物語の解説をするページばかりではないのですが、『帝都物語』の世界をより深く理解することができると思います。そしてフィクションとノンフィクションの境目が言い意味であやふやになってしまいます。
あとは、これは個人的なことなんですが、いきなり種村季弘・澁澤龍彦といった名前が出てきた時はギョッとしてしまいました。先日書いたように、澁澤龍彦という名前は、ある意味では神聖な響きをもっていますから。
両氏からはいろいろとオカルト・魔術的な話を聞かせてもらったということですが、その内容がアート的、文学的な世界での話だったので、「高等遊民的なところ」に消化不良を感じてしまった・・・ということでした。
私は荒俣先生も澁澤さんも大好きなので、両氏の間にそういった交流があったことに驚きと(なぜか)うれしさを感じるところですが、その一方で「なるほど、それで荒俣先生は、さらに踏み込んだ世界に行ったのだな・・・」と息を呑みました。アートの世界や文学の世界だけではなく、実際に世界をひっくり返すくらいの魔術。それが『帝都物語』の中で思いっきり開花したわけですね。
ということを書きましたが、私が本当に言いたいのは、別にどちらがいいとかそうじゃないとか、そういうことではありません。
「どっちもいい、どっちも好き、どっちも面白い」
自分はそういうワガママを言える立場にあるのだな、ということを確認したかったのです。
私はアマチュアですし、知識もなければ読解力も少々怪しいものですからね。たくさん本を読んでも、その内容をきちんと理解している・・・自信がありません。たとえばこの場で何か文学論をぶち上げたとしても、それが中学生の読書感想文以下だったりする・・・かもしれません。
でも、お金を払ってそういう創作物を読む側の人間だからこそ、ちょっとヘンテコな解釈をしても許してほしいと思うのです。
……一応、言い訳をしておきます。私がこういった考え方にいたったのは、中学生のころに読んだオーケンさんこと大槻ケンヂさんのエッセー『SR311』のおかげです。
今でこそ色々なものにツッコミを入れながら見るスタイルは一般的なのかもしれませんが、96年当時の私にとっては非常に新鮮でした。江戸川乱歩の短編『人間椅子』の主人公に対しては「コラ。そんなことしている暇があったら働け!」と断罪する一方、『あの娘の名前はなんてんかな』という歌でマネキン人形とは知らずに声をかけ続ける故・坂本九さんを「九ちゃん大丈夫か!?」と心配したりしています。あげくのはてには浜田麻里さんの『All Night PARTY』という歌の冒頭に出てくる「いかれた奴ら」をドリフのバカ兄弟のようなものと想像し、阿鼻叫喚の有様を散々イメージした後で「叫ばんでもとっくに狂ってる」と結論付けています。
「これは面白い!」
以来、そういったヘンテコな考え方をするようになってしまったのです。
でも、ただ突っ込んで終わりというわけではありません。それでは使い捨て、ただの消費です。オーケンさんも、ちゃんと正しい解釈? をすればこういうことなんだけど・・・という前提で、あえてヘンテコな読み方をして楽しんでいるわけですから。どこまでも真摯に向き合い、ちゃんと理解する努力は必要であると思います。
なんか、妙な話になってしまいました。私自身、自分の考えを上手にまとめきれていないので、これに関するツッコミは無用とさせていただきます。ただ言いたいことは、『物事は、色々な見方がある』ということ。これはオーケンさんの本でも大学の講義でも学んだ、私の最重要人生哲学です。
これは荒俣先生が監修した本ですが、いわゆる『帝都物語の解説書』とは少し違います。魔術・妖術などをテーマにその手の専門家たちが・・・どちらかというと現実世界にいる人たちを取り上げた話がいくつか入ったものです。直接的に物語の解説をするページばかりではないのですが、『帝都物語』の世界をより深く理解することができると思います。そしてフィクションとノンフィクションの境目が言い意味であやふやになってしまいます。
あとは、これは個人的なことなんですが、いきなり種村季弘・澁澤龍彦といった名前が出てきた時はギョッとしてしまいました。先日書いたように、澁澤龍彦という名前は、ある意味では神聖な響きをもっていますから。
両氏からはいろいろとオカルト・魔術的な話を聞かせてもらったということですが、その内容がアート的、文学的な世界での話だったので、「高等遊民的なところ」に消化不良を感じてしまった・・・ということでした。
私は荒俣先生も澁澤さんも大好きなので、両氏の間にそういった交流があったことに驚きと(なぜか)うれしさを感じるところですが、その一方で「なるほど、それで荒俣先生は、さらに踏み込んだ世界に行ったのだな・・・」と息を呑みました。アートの世界や文学の世界だけではなく、実際に世界をひっくり返すくらいの魔術。それが『帝都物語』の中で思いっきり開花したわけですね。
ということを書きましたが、私が本当に言いたいのは、別にどちらがいいとかそうじゃないとか、そういうことではありません。
「どっちもいい、どっちも好き、どっちも面白い」
自分はそういうワガママを言える立場にあるのだな、ということを確認したかったのです。
私はアマチュアですし、知識もなければ読解力も少々怪しいものですからね。たくさん本を読んでも、その内容をきちんと理解している・・・自信がありません。たとえばこの場で何か文学論をぶち上げたとしても、それが中学生の読書感想文以下だったりする・・・かもしれません。
でも、お金を払ってそういう創作物を読む側の人間だからこそ、ちょっとヘンテコな解釈をしても許してほしいと思うのです。
……一応、言い訳をしておきます。私がこういった考え方にいたったのは、中学生のころに読んだオーケンさんこと大槻ケンヂさんのエッセー『SR311』のおかげです。
今でこそ色々なものにツッコミを入れながら見るスタイルは一般的なのかもしれませんが、96年当時の私にとっては非常に新鮮でした。江戸川乱歩の短編『人間椅子』の主人公に対しては「コラ。そんなことしている暇があったら働け!」と断罪する一方、『あの娘の名前はなんてんかな』という歌でマネキン人形とは知らずに声をかけ続ける故・坂本九さんを「九ちゃん大丈夫か!?」と心配したりしています。あげくのはてには浜田麻里さんの『All Night PARTY』という歌の冒頭に出てくる「いかれた奴ら」をドリフのバカ兄弟のようなものと想像し、阿鼻叫喚の有様を散々イメージした後で「叫ばんでもとっくに狂ってる」と結論付けています。
「これは面白い!」
以来、そういったヘンテコな考え方をするようになってしまったのです。
でも、ただ突っ込んで終わりというわけではありません。それでは使い捨て、ただの消費です。オーケンさんも、ちゃんと正しい解釈? をすればこういうことなんだけど・・・という前提で、あえてヘンテコな読み方をして楽しんでいるわけですから。どこまでも真摯に向き合い、ちゃんと理解する努力は必要であると思います。
なんか、妙な話になってしまいました。私自身、自分の考えを上手にまとめきれていないので、これに関するツッコミは無用とさせていただきます。ただ言いたいことは、『物事は、色々な見方がある』ということ。これはオーケンさんの本でも大学の講義でも学んだ、私の最重要人生哲学です。
今から10年以上前のことですが、当時はダイヤルアップ回線でインターネットに接続していました。
ピーピーガーガーと奇怪な音を響かせてインターネットに接続するのですが、要するにアクセスポイントまでパソコンを使って電話をかけるようなものなので、そこまでの電話料金がかかります。そのため事前に調べたいことなどを紙に書き出し、つなげてそのホームページを開いたらすぐに切断して、オフラインでじっくり内容を閲覧する・・・ということをよくやっていました。
また、家にネット環境がない友人などが当家まで来て見たいホームページを表示させ、それを丸ごと保存して帰っていくこともありました。最近はあまりしませんが、ファイル(F)→ページを保存(S)というのは、当時としては割とよくやっていたのです。フロッピーディスク5枚だの6枚だのに分けて保存して・・・う~む、何もかも懐かしい・・・。
最近、外付けハードディスクに保存していた古いデータを調べていたら、そうやって大昔に保存していたホームページのHTMLデータが出てきました。
今はもう公開していないサイトの内容とかがそっくりそのまま残っているのは、ある意味では感動的です。特に『幻の名作』と称してファミコンやMSXっぽいタッチで描かれたゲームの画像とか(開発中のグラフィック、というテイで掲載されていました)。
特に犬神が衝撃(?)を受けたのは、MSX版「ときめきメモリアル」。TurboR専用というのはともかく、ディスク20枚組という空前絶後の仕様となるので発売中止になったということです。そりゃ~無理でしょうね。
その一方で、たまに当時のリンクがまだ生きていたり、そのホームページ自体が生きていたりすることもありました。これは非常にうれしいですね。
私のホームページも10年以上やっていますからね。タイトルが変わったりURLが変わったりしましたが、それでも・・・。
やはり、年に数回の更新ペースとはいえ、ホームページは続けていこうと思います。
ピーピーガーガーと奇怪な音を響かせてインターネットに接続するのですが、要するにアクセスポイントまでパソコンを使って電話をかけるようなものなので、そこまでの電話料金がかかります。そのため事前に調べたいことなどを紙に書き出し、つなげてそのホームページを開いたらすぐに切断して、オフラインでじっくり内容を閲覧する・・・ということをよくやっていました。
また、家にネット環境がない友人などが当家まで来て見たいホームページを表示させ、それを丸ごと保存して帰っていくこともありました。最近はあまりしませんが、ファイル(F)→ページを保存(S)というのは、当時としては割とよくやっていたのです。フロッピーディスク5枚だの6枚だのに分けて保存して・・・う~む、何もかも懐かしい・・・。
最近、外付けハードディスクに保存していた古いデータを調べていたら、そうやって大昔に保存していたホームページのHTMLデータが出てきました。
今はもう公開していないサイトの内容とかがそっくりそのまま残っているのは、ある意味では感動的です。特に『幻の名作』と称してファミコンやMSXっぽいタッチで描かれたゲームの画像とか(開発中のグラフィック、というテイで掲載されていました)。
特に犬神が衝撃(?)を受けたのは、MSX版「ときめきメモリアル」。TurboR専用というのはともかく、ディスク20枚組という空前絶後の仕様となるので発売中止になったということです。そりゃ~無理でしょうね。
その一方で、たまに当時のリンクがまだ生きていたり、そのホームページ自体が生きていたりすることもありました。これは非常にうれしいですね。
私のホームページも10年以上やっていますからね。タイトルが変わったりURLが変わったりしましたが、それでも・・・。
やはり、年に数回の更新ペースとはいえ、ホームページは続けていこうと思います。
消える書店:ネットに負け相次ぎ閉店 地域中核店も(10/23 毎日新聞)
しばらく前から、本に関しては極力、本屋で買うようにしています。
確かにAmazonで注文すれば、極端な話、自宅から一歩も出ることなく手元に本が届くわけですからね。欲しいものが欲しいだけ確実に手に入る。こと利便性を思えば、本屋が消えていくのは時代の流れなのかもしれません。
ただ、「時代の流れ」で片付けられるほど、私の本屋に対する思いはヤワじゃないんです。
本屋というのは、かつての私にとってゲーセンと同じくらい重要な、そして大好きな場所でした。いや、過去形じゃなくて現在進行形で大好きな場所なんです。
古い人間なのかもしれません。やはり本は実際に手に取りたいと思うのです。そしてお店が許してくれるのなら、最初の方をちょこっと立ち読みして、「これは!」という衝撃を受けて、レジに持っていく行程を味わいたいのです。
あとは、これが本屋の楽しみなんですが、通常まじわることのないような世界の本も見ることができるのが楽しいんですよね。その気があれば平積みされた児童書を眺めてしみじみすることもできるし、少女漫画の表紙に「うん?」と立ち止まることもできる。さらにいえば軍事専門誌のコーナーにアニメちっくな女の子の姿を見つけて2~3度通りすがった後にどうしても看過できず「お前はどこのワカメじゃ」と故・石立鉄男氏の物まねをしつつ手に取る、なんていうこともできたりするわけです。
こうしていると、まったく思いがけない出会いがあり、そこから一気に世界が広がったりすることもあるのでね。こういうのも、人間自身のセンスを磨くチャンスでもあるのかな、と思うのです。振り返れば高校生のころ、『カードキャプターさくら』を買ったきっかけも、こうして本屋で立ち読みをしたのがきっかけでした。
「皆さん、本屋さんで本を買ってください。そうしないと町から本屋がなくなります」(海文堂書店、福岡店長)
最後の最後まで、私は本屋さんを愛し、通い続けます。・・・店頭に並んでなかったら、注文すればいいのだし。1週間でも1ヶ月でも待ちますよ私は。待つわいつまでも待つわですよ(古いなあ)。
しばらく前から、本に関しては極力、本屋で買うようにしています。
確かにAmazonで注文すれば、極端な話、自宅から一歩も出ることなく手元に本が届くわけですからね。欲しいものが欲しいだけ確実に手に入る。こと利便性を思えば、本屋が消えていくのは時代の流れなのかもしれません。
ただ、「時代の流れ」で片付けられるほど、私の本屋に対する思いはヤワじゃないんです。
本屋というのは、かつての私にとってゲーセンと同じくらい重要な、そして大好きな場所でした。いや、過去形じゃなくて現在進行形で大好きな場所なんです。
古い人間なのかもしれません。やはり本は実際に手に取りたいと思うのです。そしてお店が許してくれるのなら、最初の方をちょこっと立ち読みして、「これは!」という衝撃を受けて、レジに持っていく行程を味わいたいのです。
あとは、これが本屋の楽しみなんですが、通常まじわることのないような世界の本も見ることができるのが楽しいんですよね。その気があれば平積みされた児童書を眺めてしみじみすることもできるし、少女漫画の表紙に「うん?」と立ち止まることもできる。さらにいえば軍事専門誌のコーナーにアニメちっくな女の子の姿を見つけて2~3度通りすがった後にどうしても看過できず「お前はどこのワカメじゃ」と故・石立鉄男氏の物まねをしつつ手に取る、なんていうこともできたりするわけです。
こうしていると、まったく思いがけない出会いがあり、そこから一気に世界が広がったりすることもあるのでね。こういうのも、人間自身のセンスを磨くチャンスでもあるのかな、と思うのです。振り返れば高校生のころ、『カードキャプターさくら』を買ったきっかけも、こうして本屋で立ち読みをしたのがきっかけでした。
「皆さん、本屋さんで本を買ってください。そうしないと町から本屋がなくなります」(海文堂書店、福岡店長)
最後の最後まで、私は本屋さんを愛し、通い続けます。・・・店頭に並んでなかったら、注文すればいいのだし。1週間でも1ヶ月でも待ちますよ私は。待つわいつまでも待つわですよ(古いなあ)。
かつて週刊少年チャンピオンは、私にとって重要な「心の支え」でした。
『バキ』が大好きだったものでね。ちょうどライタイ編~アライ編のあたりでしょうか。当時の私は社会人1年生~2年生ということで、様々な困難に直面していたものの、毎週これを読んで英気を養っていたのです。そういうこともあったので、きわめて個人的な話だとは思うのですが、このあたりのシリーズも私にとっては大好きなところです。
後に定期購読するようになってからは、同時に連載しているほかの漫画も読みました。
当時の読み方としては『浦安鉄筋家族』 『サナギさん』 『バキ』 を除いたすべての漫画を掲載順に読み、最後にこの順番で読む・・・ということをやっていました。
様々な漫画を知りました。
超硬派格闘漫画である『バキ』と(主人公はアレですけど)超軟派巨乳漫画・・・とでも言えばいいのか・・・の『ゾクセイ』が同居するケイオスな誌面にあって、佐渡川準先生の『無敵看板娘』は、なかなか程よいさじ加減だったと思います。ヒロインの美輝は漫画のタイトル通り激烈に強いんですが、同時に可愛いんですよね。順番的にもわりと序盤に読むことが多かったんですが、そのポジションがちょうどよかった気がします。
その後とある事情によりチャンピオンの定期購読もやめ、それにともない離れてしまいましたが、このたび『あまねあたためる』という単行本を買いました。『ふわり!どんぱっち』にも似た空気というか、ふわっとした感じとバチッとした感じが同居するところが、今の私が求めるところなのかな? と思ったからです。
あとは・・・色々と思うところもありますが、それはここでは言わないことにしましょう。以上です。
『バキ』が大好きだったものでね。ちょうどライタイ編~アライ編のあたりでしょうか。当時の私は社会人1年生~2年生ということで、様々な困難に直面していたものの、毎週これを読んで英気を養っていたのです。そういうこともあったので、きわめて個人的な話だとは思うのですが、このあたりのシリーズも私にとっては大好きなところです。
後に定期購読するようになってからは、同時に連載しているほかの漫画も読みました。
当時の読み方としては『浦安鉄筋家族』 『サナギさん』 『バキ』 を除いたすべての漫画を掲載順に読み、最後にこの順番で読む・・・ということをやっていました。
様々な漫画を知りました。
超硬派格闘漫画である『バキ』と(主人公はアレですけど)超軟派巨乳漫画・・・とでも言えばいいのか・・・の『ゾクセイ』が同居するケイオスな誌面にあって、佐渡川準先生の『無敵看板娘』は、なかなか程よいさじ加減だったと思います。ヒロインの美輝は漫画のタイトル通り激烈に強いんですが、同時に可愛いんですよね。順番的にもわりと序盤に読むことが多かったんですが、そのポジションがちょうどよかった気がします。
その後とある事情によりチャンピオンの定期購読もやめ、それにともない離れてしまいましたが、このたび『あまねあたためる』という単行本を買いました。『ふわり!どんぱっち』にも似た空気というか、ふわっとした感じとバチッとした感じが同居するところが、今の私が求めるところなのかな? と思ったからです。
あとは・・・色々と思うところもありますが、それはここでは言わないことにしましょう。以上です。






