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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。

 前回「内田百閒の本を借りて来た」という話をした時は、私のなかでも若干の気負いがありました。何と言っても内田百閒です。文豪漱石の門下生です。同じ漱石門下の寺田寅彦の文章は物理学者らしく正確かつ精緻な文章で、とても硬質な印象を受けました。その下地の上に文人趣味と優しいお人柄を感じ取ることができて、心の中に一陣の涼風が吹き抜けるような印象を受けました。土方歳三さんが入ってきた時の印象を「入室伹清風」という言葉で表した榎本武揚氏が感じたのも、こういうことなのかな、なんてね。
 さあ今度は内田百聞だと意気込んで読んだところ、そんな自分の気負いっぷりが恥ずかしくなるくらいスチャラカな紀行文でした。大体にして作者がこんなことを言っているのだから、ネームバリューに目がくらんでおずおずと本を開いた私みたいな人類はひたすら恥じ入るしかありません。

……汽車が走ったから遠くまで行き著き、又こっちへ走ったから、それに乗っていた私が帰って来ただけの事で、面白い話の種なんかない。……抑(そもそ)も、話が面白いなぞと云ふのが余計な事であって、何でもないに越した事はない。……今のところ私は、差し当たつて外に用事はない。ゆっくりしてゐるから、ゆっくり話す。読者の方が忙しいか、忙しくないか、それは私の知つた事ではない。
(『第二阿房列車』内「春光山陽特別阿房列車」より)

 内容はといえば、内田百聞とお供のヒマラヤ某氏が列車に乗り、飲食し、世の中のボイやほかの乗客や目に入るものすべてにぼやく。そういうことになります。気負いも何も必要ありません。酒と煙草とお弁当があればよろしいのです。それさえあれば一等車のコムパアトだろうと喫煙室だろうと飲食をし no smoking in bed.という標識のある寝台だろうと乱暴な解釈判断をして喫煙するなど、手前勝手で天下御免の内田百聞がまかり通るのです。
 なんて随分と意地悪な書き方をしてみましたが、もちろんこれは「そういう時代」の話ですから、読む方は読む方で勝手に楽しめばよろしい。大体にして書いている人があんな風に言っているんだから、こっちだって居住まいを正してサア読むぞと意気込むこともないし、義憤に駆られて悪行の数々をSNS等で書きだす必要もありません。すればするほど自分は莫迦だと宣伝してまわるようなものです。
 そんな感じで、まさに東京から博多に驀進する汽車のごとく一気に読み進めてしまいました。色々と凝り固まった心を物凄い力でもみほぐされて、何となく軽くなった気がします。同じ漱石門下とはいえ物理学者と純文学者では洋食と和食ほどの違いがあるので、それぞれの味わいを楽しめばよいですよね。そういえば内田百聞の随筆の読後感は、いくらか和食的というか、見た目の優雅さよりもガツガツと食べて口中調味してああ美味しかったなあというアノ感覚に近いですね。対して寺田寅彦は見た目を観察し、一口ずつ食べて食感とか味の変化をゆっくり楽しむ……いわゆる洋食の食べ方ですね。そうか、寺田寅彦は洋の人で内田百聞は和の人なんだ。
 なんて、私も随分と荒っぽい読後感を述べてしまいましたが、まあ、それほど深い感想を述べても仕方がないし、こんなものに対して分析めいたことをするのも野暮というものでしょう。本を読んで旅をしている気分になれれば、それでいいんじゃないでしょうか。私はなれました。ただ、傍目に見ている分には面白いけど、こういう人が近くにいたら私は嫌だなと思いました。すでに内田百聞は幽冥境を異にしているし、昨今の窮屈で清潔な時代では、こんな人間が湧いて出ることはないと思いますが。
 むしろこの本は、時々読み返したり思い出したりして、何度も何度も楽しむのがいいんじゃないでしょうか。一回読んで一回感想を書いてコレデオシマイじゃもったいない気がします。それを「深さ」という言葉で表現すると少々安っぽくなってしまい恐縮ですが、そういう随筆なのかもしれませんね。
 良いと思います!

   *

 ひとまず内田百聞『第二阿房列車』のお話は終わりましたが、ちょっと思い出したことがあったので備忘録をさせていただきます。
 ネームバリューに目がくらんで、サア読むぞと構えて本を開いたら拍子抜けした……という体験は、遠藤周作の本を初めて読んだ時にもありました。というか、その時のことを思い出しました。そのあたりのことは今から10年前の記事にまとめてあります。

 狐狸庵先生! - 2013年11月3日

 それから9年も経ってようやく『沈黙』を読み、ようやく「純文学作家・遠藤周作」の作品に触れたというのですから、きっと内田百聞も純文学の世界ではまた違った雰囲気があるのでしょう。まあこれはこれで十分に面白がったので、いずれ小説の方も読んでみたいと思います。5年後になるか10年後になるか、はたまたその機会は永久に失われることになるのか、それはわかりませんが。

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