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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
 皆様は、魯迅の『狂人日記』という短編を読んだことありますか?

 私は大学の教養課程で読まされた、というかテーマとして取り扱われ、詳しく読んでいくうちにいたく気に入ってしまったクチなのですが、これは短いながら本当に面白いのです。

 内容は、書き手の友人の弟がかつて精神を病み、隔離されていた頃に書き残した日記が出てきたのでそれを読んでみた、というものでして、文章のほとんどはその弟の日記です。

 あまり詳しい批評とかは出来ませんが、さしあたって私の感想としては、日記だけを読んでいればまるでその弟が正義で、弟以外のすべてが悪人であるかのように見えてしまいます。弟以外の人間は、言葉通り「人を食って」生きてきたのです。……いや、ひょっとしたら弟自身もかつて幼くして死んだ妹を食っていたのかもしれませんが(このあたり、あくまでも日記に記された弟の妄想ですよ)。


 今、古い時代に書いていた犬神の文章を読んでいて、ふと『狂人日記』を思い出したのです。私の日記も、当時は一生懸命に書きまくったものの、今にして思えばうん? と思うことがたくさんあるからです。

 それだけでなく、ある意味、今よりもずっと過激な? 論調で自分以外のすべてを批判していて、当時の私の心理状況がいったいどのようなものであったかが見えてきて、非常に面白いのです。

 一部の日記はごっそり行方不明になっていて、それらは多分、永久に読めないと思うのですが、それでも一番古いのは2001年9月。ああ、9年も前になるんですね。

 『今日はずっと家にいた』とか、世の中の出来事をほとんど記していないので、これは2001年なのか2002年なのか判別するのに時間がかかったり、そういうこともたくさんありましたが(笑)、残っていてよかった。そう思います。

 今、それらを整理して、10周年リニューアル版として、きちんと整理してみようと思っているところです。

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 とりあえず、今ある一番古い日記(2001年9月ごろ)までのリンクを作成し終える。

 未公開版の日記は前世紀末(99年)から書いてるから、もう10年以上になるのか……。

 まだまだ古いコンテンツを発掘中です。

 昔は死ぬほど嫌で、全部どっかに消してしまいたかったのにね。でも捨てきれなくて、とりあえずぶん投げておいたのが、かえってよかったです。

 やっぱり、過去あっての現在。その当時や間もない頃は吐き気がするようなつらいことでも、時間が経てば何とか客観的に見えるようになる。そうすれば、自分がどういうことに悩んでいたのかもわかるし、そこからヒントも得られる。

 日記って、そのために書いているのかな。


 こんな、何の意味があるんだろうって思うような記事も、きっといつか役に立つ。なんだかんだでこのブログももう4年くらい続いていますしね。

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 今日は、ふと思うところがあって、昔の日記を整理していました。

 ずっと前に更新停止した、私の古いほうのサイトにいくつか日記は残っているのですが、整理しないでそのままWeb上にぶちまけたようなところなので、リンク切れ多数……2003年の日記は全然ないと言うありさま。

 はたと困ってしまいました。むしろその2003年に、自分がどうしていたか、見たかったのに。


 ……なんて、まあ、それは今だから言えることなのですが。

 記憶に残っているだけでも、当時は本当につらい時期でした。迫る卒論の期日、取りこぼした必須単位、決まらない就職先、すさむ心、家庭内不和……。まあ、あの頃からもう5年も経った今だから振り返れるのですが、どちらかというと捨て去りたい過去でしたしね。


 でも、その頃の積み重ね、その頃の苦い思いがあるから、今の私がある。とりあえず今ある日記を読んで、そう感じました。

 短いですが、とりあえず今日は、この辺で。……いずれ、日記もきちんと整理しなくちゃな……。

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 家を飛び出し、当てもなく車を走らせる。

 ……なんてシャレたものではありません。単に目的地が思いつかなくて、それでもどこかに行きたくて。そんなこんなで岩手町の弓弭(ゆはず)の泉というところに行って来たのでした。

 本当はかねてより私のお気に入りの場所となっていた、今はほとんど使われていない(手入れもされていない)『北緯40度公園』に行ったのですが、そこの駐車場が先日の水害で発生した瓦礫の置き場所になっていて、立ち入り禁止に(涙)。それを乗り越えて無理やり行くほどの気持ちもなかったので、そこから15分ほど離れた、その場所に行って来たのでした。


 このゆはずの泉というのは、平安時代までさかのぼります。前九年の役のさい、中央からこちらまで侵略……ああ、進軍してきた源義家が、日照りに苦しむ兵馬のために弓弭でちょくちょく岩を叩いたりしたところ、清水が溢れ出し、めでたしめでたしという伝説があるのです。

 で、この清水を守るために建てられたのが御堂観音という建物でして。さらにこの場所を『北上川の源流』として対外的にアピールするために2006年に作られたのが『川の駅』です。それ以来、今まで北緯40度公園で行われていた町のイベントはすべてこちらで行われているそうで、ほとんど古戦場のような、遺跡のような状態になった……というわけです。

 『川の駅』という名前から、皆様がイメージされるのはきっと『道の駅』のようなものかもしれませんが、ここにはそんなものはなく(車椅子用水洗トイレがあるくらい)、ちょっと立派なあずまやみたいなのと、水車と、広い公園。そんなものしかありません。そのせいなのか単に平日の午前中だからなのか、こんなところを訪れる人はほとんどいませんでした。


 そのせいなのか元々そうだったからなのか、御堂観音も普段は人が誰もいなくて、せいぜい猫が一匹いるくらいの、寂しい場所です。多分こういうところって、お盆とか正月とか、そういったイベントの時だけ臨時に人が来るんでしょうね。

 ただ、そうは言っても本堂と入り口の間にある、何と言うのか知りませんが線香をあげる場所には、まだ新しい線香の束がいくつかありました。一束50円ということであげてきましたが、これが実にいい匂いのする線香でして、しばらくその匂いをかぎながら、色々とのんびりした時間を過ごしました。

 そのあと、本堂に行って財布の中にあった1円玉を賽銭箱に放り込み、思い切り鐘をついてきました。あの、本堂の前にある、ドラみたいなやつね。……いつも行っているお寺のやつはそんなに響かないので、かなりスナップを意識してえいっ! とやったら、

 「ゴォ~~~ン」

 社務所の近くにいた猫も、びっくりしてどこかに逃げちゃったみたいです(笑)。

 そしてお寺の奥にある『北上川の源流』へ。

 ……これっていうのは、本当にちょろちょろとした、こんなので数百人の兵士と馬の喉を癒せるのかな? と思えるほどの水量でしたが、1000年前はもっと勢いよく流れたのかな。

 ま、どっちにせよ、大河の流れも一滴から、と言うとか言わないとか。この小さな水が流れ流れて宮城県まで行って太平洋まで行くのかと思うと、実に大きなお話なのであります。


 そんな感じで、何度も行った場所ではあるものの、改めてこうして行ってみると、色々といいものが得られたのかなと思いました。このところ新しいことにチャレンジしまくって、その代わり自分の足元がおぼつかなくなっていたのでね。やっぱり自分の立ち位置、足場をしっかり確保してからですよ、人生ね。

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 nkyさんのブログの記事を読んで。

 こういう気持ち(シンタローみたいな気持ちってことね)、確かに私もずっと持っていました。具体的には、中二の頃。いやん。

 思春期って、そういうもんでしょう? 早く『大人』になりたい! 早く『自由』になりたい! つって。

 さしあたって、私が目指してきたのは5つ上の兄者。とにかく小学生の頃から見るもの聴くものすべてがカッコイイ! と思って、それを真似して生きてきたので、兄者がサザンを聴けばサザンを聴き、ユーミンを聴けばユーミンを聴き、アルフィーやら尾崎豊やらを聴いて時に熱唱、時に感涙、そんな青春時代を送っていました。

 それだけなら普通の中学生だったのですが、少しずつ兄者がヘンテコな音楽を聴き始めまして(笑)。

 モダンチョキチョキズ、筋肉少女帯、人間椅子。この3つのアーティストたちの音楽が、それまで純粋無垢でちょっと内気だけど基本的にはどこにでもいる少年の思想を大きくねじ曲げてしまったのです。偏屈と退廃の香りのする世界に足を踏み入れ、世の中で成功するために誰もがやること(勉強、運動、恋愛)をホッポリ出して、自分の世界を作ることに夢中になってしまったのです。

 いいのか悪いのかわかりませんが、勉強も運動も標準かそれ以下、ひいては恋愛のひとつも出来なかったオクテでボンクラな私がバランスを保つためには、そうするしかありませんでした。ダメなやつはダメなやつなりに工夫して、日々を生きていたのです(笑)。

 
 そういうのが、大人になれば全部なんとかなる。確かにそう思っていました。

 でも、そうでもないのかもしれないというのに気づき始めたのは、学生生活の最後の1年間。今まで先延ばしにしてきたツケの支払期限が迫ってきて、ひどく気持ちが震えました。

 その後、当然の如く無職で卒業。2ヵ月ほどで何とか今の職場にもぐりこんだものの、そこでもあんまりうまく行かず、まさに「泣きてぇことばかり」。それでも大人として、社会人として我慢していたら、我慢できなくなって、1年以上向精神薬のお世話になることに。

 私の場合、その時に気づいたんですよね。病院の先生との会話、それに薬を飲みながら自分で考えた結果。

 感情を捨てて『大人らしく』振舞うのって、いいことばかりじゃない、って。そうやって理屈で押し込めてやりすごせば、絶対どこかに無理がかかって、壊れちゃうんだって。

 だったら泣ける時は泣いたらいい。怒る時は烈火のごとく怒ればいい。でもってその代わり、笑える時は頭の中が真っ白になるくらい、笑えばいいと思うよ、って。それは子どもだろうと大人だろうと、正しいことなんだ、って。フロイトも抑圧とか無意識とか、そういう言葉で説明してましたし。

 それが私の、パプワ島(笑)。そういえば、ちょうどその頃も24歳だったっけ。


 今の私はもう29歳。もうすぐ20代も終わりですよ。

 だからもうシンタローの年齢は超えちゃいました。『新世紀エヴァンゲリオン』がリアルタイムで放送されていた頃、チルドレンたちと同じ年齢だったこのヤローも、いまやミサトさんと同じ年齢に。……ずっと『年上のお姉さん』的な目線で見ていた人と並んだって、なんか、どうなんだろうって気持ちです(笑)。

 ま、感情的なところを大事にしながら、大人ならではのテクニックで、毎日笑って過ごせればいいな、と。そんな風に思いました。要するに自室が空き缶で埋め尽くされるくらいビールを飲んでリフレッシュってことですよ(違)。

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 去る28日、会社に行く前のわずかな時間に弟者の文化祭に行ってきました。

 心情的なモニャモニャは別なところで書いたので、こちらでは割とあっさり書きますが、いや~さすが現役高校生は元気ですね。

 って、こんなことを言うと自分が妙に歳をとったみたいで嫌なのですが……でも、本当に29歳だからしょうがないか(苦笑)。冷静に考えてみれば、私が16歳の頃、担任の人は28歳だったもんね。この時点で『先生と生徒』くらいの隔たりがあるのだから、しょーがないですよね本当にね。

 それに、実際に文化祭に行ってみて痛感したのは、やっぱり女の子のノリには勝てねぇな、ということ。……これは別に私が女の子ばかり見ていたというわけでは決してなく(!)、そもそも我が母校は元々が女子高だったことが影響しているのかいないのか、男子と女子であれば女子の方がやや多いのです。

 それでなくても、ずっと昔に石野卓球という人が語っていたのですが、やっぱり若い女の子って率先してガンガン行くもんですよね。主導権をガッチリ握ってて、ヤローどもはそれに続くって言う感じで。30分くらいで(仕事に行かなきゃいけないので)出てきてしまったのですが、そのわずかな間にもそんな風に感じたのだから、それがどれほどのものか……。

 私が現役の頃は偏屈で内向的で女の子と話すのが苦手だった(それだけで恥ずかしくてガチガチになってしまう)のですが、それから10年以上経って、アニメとかもたくさん見るようになったし、今なら渡り合えるという気持ちも少しはありました。

 でも、やっぱりダメでした。無理に大人ぶることもないのですが、反対にがんばって16歳の気持ちになろうとしても、それはそれで無理でした。ならぬものはならぬのです。

 今回の結論:「時代を逆行させることは誰にもできない
          思い出は懐かしむだけにしておくことだ」
『ゴルゴ13』 百人の毛沢東 より



 *


 こんな体験をしたせいか、またしても高校生になった夢を見ました。

 今回は1年生で、他の生徒がみんな自己紹介を終えていて、今度は私の番というシチュエーション。とりあえず先生に促されてみんなの前に出て、29歳の脳で

 「え~と、確かこういう時は、こんな感じで挨拶するんだよな……」

 と考え、黒板に名前を書いたりと、どこか古めかしい挨拶をぎこちなくこなす。

 ……やっぱり私ダメですわ(苦笑)。  


 *


 あ、今、思い出したことがあります。

 昨日は弟者の友達が通っている私立の高校の文化祭に行ったそうですが、そこで企画担当(生徒会所属なのです)として激しいカルチャーショックを受けたそうです。そっちの高校は力が入っていたというか、なんと言うか……詳細は知りませんが、なんだかコスコスプレプレで非常に華やかなところだったようです。

 そして弟者の高校は、何とそういったコスコスプレプレが禁止だというから驚きました。確かに制服か、クラスマッチの時のオリジナルTシャツくらいで、基本的には普通のコーコーセーって感じでしたね。

 「その方が高校生らしくていいよ。あくまで『文化』祭なんだからさ」

 要するに、どこにアクセントを置くか。ある意味、昨日弟者が行って来たのは、

 文『化祭』

 といえるのかもしれませんね。

 でも、どんなコスプレの子がいたんだろう。『けいおん』?『エヴァ』?『Fate』?……って、コミケじゃないんだから(笑)。

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 毎年毎年、8月末と言えば『24時間テレビ』。

 徹底的な娯楽性を求めたフジテレビの『26時間テレビ』に対して、こちらはあくまでも感動を求めて、そういった人たちを引っ張り出してきて延々と流すコンセプトで。そんなものを24時間これでもか~これでもか! と押し付けてくるその内容に否定的な人たちは、ネット社会であれば1千万とも2千万ともいることでしょう。

 昨日、家に帰ってきてから見たのは、余命ゼロ(?)の人が仮装大賞をやったり、紫外線に当たれない子どもの日常生活を放送したり、それからナントカっていうドラマだったり。そのあたりで我慢できなくなってギブアップしてしまいました。

 ……正直「かわいそう」という感情はありませんでした。それはかえって申し訳ない、失礼なんじゃなかろうか、という気がするからです。

 だとしたら、そんなものを無関係の私たちに見せ付けて(本当は「押し付けて」と言いたくなるくらいの雰囲気に感じました)、どうしたらいいのか。募金でもすればいいのか。それこそ「かわいそう」と涙すればいいのか。いや実際に私の親はそうしているので、そうなのかもしれませんが、私はそんな気持ちにはなれません。


 ま、それぞれの思いがあるから、それはさておいて(アントニオ猪木)。

 仮装大賞というのをマジメに見ていたのはいつ頃だったかな、と思うのです。

 前は確かに、結構、好きでした。なんかオーケンさんが審査員として出ていたような記憶もあります。

 結構クオリティが高い作品にオォーと声をあげたり、合格するか、しないか? というところにハラハラしたり、惜しくも不合格だった人へ萩本欽一が一生懸命フォローして、温情で審査員が入れたポイントで逆転合格したのを見てホッとしたり。

 ……でも、私の年齢が上がってくると、だんだんそれが嫌な、なんかずるいもののように映って来たのですね。

 いつしか『子どもが出たらもう合格』とかって、そういうのが透けて見えてしまうようになってしまって。万が一、不合格になろうものなら欽が

 「あら~! 惜しかったネェ~!」

 「なんでこんなにガンバってるのに、入れてあげないのよ!?」

 「あそこのおじちゃんのせいで、落ちちゃったんだよね~!」

 と、なぜか審査員を糾弾。カメラで大写しにされ、苦りきった表情の審査員がポイントを差し出し、逆転合格となる……。そんなシーンを何度も見ているうちに、すっかり興味を失ってしまいました。


 今回だって、もう作品を披露する前から延々とカワイソウ作戦(末期がんだの、もう余命のリミットを過ぎているだの……)を展開してるんだから、ステージに立っただけで合格にしてやりゃいいと思うのです。

 そういうのって、やっぱり、よくないのかな。でも、そういったものをずっと否定して、10年以上そうやって生きてきたしね。申し訳ないのですが、いまさら変えられません。

 でもでも。

 別にテレビで無理やり宣伝しなくても、普段の生活の中で自然に誰かのことを手伝ったり、助けてもらったり。『お互い様』という気持ちが、常にあるのでね。ことさら煽られるから、かえって嫌な気持ちになるのかもしれません。

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 今敏監督が24日に亡くなったことを、昨日になって知りました。

 それを知ったのがなぜかプロレス記者・鈴木健さんのウェブサイトで知ったと言うのが不思議な話なのですが、

 「え? 誰?」

 ……というのが第一声。いつも有名人が亡くなった時と言うのは、そうなんですが、自分が知っている人と同姓同名の別な人じゃないの? と思ってしまいます。

 でも、記事を読み進めると、それが本当なんだと知る。そしてなんともいえない、重たい気持ちになってしまう。がっくりと落ち込んでしまう。もうね、はんにゃの金田君と夏みかん(森カンナ)の熱愛報道で受けたショックもあって、余計にがっくりと気持ちが落ち込んでしまいました。

 『千年女優』『パプリカ』もそうなのですが、犬神が好きだったのは以前にNHKの企画でやっていた『アニクリ15』。

 

 これで監督の『オハヨウ』というショートフイルムを見て、好きになったのです。

 自然な感じというか、うおおドッキドキするぜぇー! といったような印象はないのだけれど、流れるような動きがいいなぁ、って。全然、説明になってなくて、すみません。

 とにかく、非常に残念なニュースでした。

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 昨日の続きです。

 今あえてカセットを聞く理由と言うのは、カセットでしか持っていない音楽が少なくない、というのもあるんですよね。

 昨日、久しぶりに聞いたゆらゆら帝国の『3x3x3』もそうでした。

 本当は以前使っていたヘッドフォンステレオの調子がおかしくなって、『テープがおかしいのかな』と思って、たまたま目の前にあって手を伸ばしたテープがこれだったんですが……

 ……何年かぶりに聴いてみると、すごくいいんですよね、これがね。

 60分のテープに、アルバム全曲と、少し余ったのでシングル『彼女のサソリ』を入れて(余る、というのがいかにもですよね)。


 確か、私の兄がまだ大学生だった頃に、はじめて聴いたから……少なくとも10年以上前ですね。

 その頃は私も高校生。ちょっとカッコつけたい気持ちもあって、当時仙台にひとり暮らししていた兄者のアパートに遊びに行った時などは、覚えたての煙草を吹かしてみたりして、小さな小さな小さな不良を気取ったりしたものでした(ちなみに銘柄はセーラムピアニシモスリムスでした)。

 今からしてみれば、本当にしょうもないというか、まあ「それっぽいこと」を「試して」みたかっただけで、その後は何本も吸わずに捨ててしまいました。意外と、かっこよくないよな、つって。匂いがつくのも嫌だったし。

 ただ、その時にずっと背中を追いかけ続けてきた、自分の生き方の指針としてきた兄者とふたりで聴いたあの夜のことが、今でもこないだのことのように鮮烈によみがえるのです。


 そんな兄者に憧れた私は、いまだに実家で暮らしています。回りの知人友人はみんな家を飛び出しているのに、この犬神と来たら……と思わなくはないものの、でも、家を守る人も必要でしょう?(いわゆる『自宅警備員』って意味じゃなく、ね)

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 一年と少し前に買ったケンウッドのヘッドホンステレオの調子が悪く、再び無音状態に陥っていた犬神です。

 こないだ景品のMP3プレーヤを、中古雑貨店で100円にて(デジカメと一緒に)買ってきたのですが、これがどうもちゃんと動いてくれない。仕方がないのでホームセンターで、再びカセットプレーヤを買ってきました。

 頭出し機能やら重低音やら、そんな機能は一切ありません。それどころか巻戻し機能とか反対面再生機能とかもないので、片面を聞き終えたらいちいちカセット自体をひっくり返さなければなりません。ついでに言えばスイッチが日本語表記と言うのもなんかかっこ悪い。

 それでいて価格は1480円。保証書つきの新品とはいえ、これはちょっと割高感です。

 実際に聞いてみると、音質は当然ながら、大分落ちます。

 『木村カエラの声が半オクターブ高く聞こえる』『やくしまるえつこの声が再現しきれず、半分くらい消える』『平野綾の声も半オクターブ高く聞こえる』

 まあ、高く聞こえると言うのは私の幻聴だと思いますが、いずれにしても、もっと上等なプレーヤなら……と思わなくもありません。


 それでも、このプレーヤを『買ってよかった』と思ったのは、カチッとスイッチを押し込んだ時。電子式の『ピッ』と入るものじゃなくて、ちゃんとスイッチを『押し込む』そのちょっとした作業が、なんとも心地よかったのです。

 何でもデジタルに捉えなきゃいけないような時代ですが、この古めかしい、安っぽい、カチャカチャした機械を操作すること。そういうことが出来る現実があるんだ、ということ。


 この話、もしかすると明日も続きます。

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 昨日は定時に退社して、何となく街を歩いてみました。

 そしてふらりとダイソーに入り、コーヒーでも買ってみるかとうろうろしていると……弟者と同じ高校に通う女子生徒がゾロゾロと。

 別に聞き耳を立てたわけでは、もちろん、ありませんが……狭い店内で、結構大きな声で嬉々と話しているので、普通にしていても聞こえたので……どうやら、今週末にある文化祭で使う小道具を探しに来ているとか。

 ほほう、文化祭ね。

 いやはや、懐かしいものです。あれからもう10年以上が経つのか……ってね。


 ところで、こないだ宇都宮に行った際に電気グルーヴ(以降、電気)のCDを買い、それをよく聴いているのですが、初めて電気のCDを買ったのも、高校の文化祭でした。

 とりあえず、やることもないので学校の中をうろうろしていると、たまたま行商に出歩いていた(笑)女の子に声をかけられて。両手に抱えていた籠の中に入っていたゴチャゴチャしたものの中に、電気のCD『VITAMIN』が入っていたのです。

 

 その頃はAVEX社のコンピレーションアルバム『PURE TRANCE』をきっかけとするテクノの洗礼を受けていたので、「僕、テクノとか聴くんですよね」というと、「あ、それだったらありますよー、ほら、テクノ」といって薦められたのがコレで。断りきれずにとりあえず買ってしまったのでした。

 正直、テクノと言うのはエイフェックスツインのように、歌が入っていないもの、と思っていたので、いきなり野太い声で「ふっじっさーん! ふっじっさーん!」などと絶叫されても、困惑してしまいました。一応コンピュータっぽい音楽は出てるけど、これはちょっと違うな……と思っていました。


 そのよさを理解したのは、何年も経って、ふと思い出したように再生した時。

 その頃はまだ理解できなかった音のひとつひとつが、急にわかった気がして、あ、電気って結構いいじゃんって。シャングリラにさえなびかなかった犬神が、突然、好きになってしまったのです。今も「A(エース)」と交互に聴いています。

 「スティングレイ」「スノウ・アンド・ダヴ」といった、ちゃんとした? インストゥルメンタルの楽曲もあり、「ニセモノフーリガン」「富士山」といったヘンテコカッコイイ(?)歌ものもあり。どっちかだけじゃなくて、どっちもあるから、いいんだなぁ。そんな風に思いました。


 ちなみに、週末の文化祭のことを話していた女子高生は、perfumeの「カシ・ユカ」と「アー・ティャアン」のような、ポニーテールとパッツンストレートな髪形をした子たちでした(なぜこんな表記をしているのかは、こちらの216あたりを参照のこと)。

 でもって少しふくよかというか、私と同じくらい上腕の直径がありそうな体つきで、なんとも、その……あの……ドキドキして、えっと……

 ……思わず店を飛び出してしまいました。

 社会人として色々経験して、ちょっとやそっとのことでは動じない自信があったのですが、まだまだ修行が足りないみたいです。

 あるいは、あれかな。普段職場で見ている女性陣よりもずっと若いから、逆に免疫が弱まってたのかな。どっちにせよ、盛岡の女子高生は……いい感じです。

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 かつて「渋谷系」という言葉を作り出した老舗CDショップであるHMV渋谷店が、営業不振のため閉店するというニュースが数日前に話題になりました。

 この言葉が流行った頃、犬神はモダンチョキチョキズに始まる『ちょっとヘンな音楽』好きになり始めていた頃であって、流行の歌はもはや流行っていること自体が嫌であまり聞いていませんでした。

 そんなこともあって、長いこと『渋谷系』という言葉の意味を知らずに生きてきて、恥ずかしながらこのHMV閉店のニュースを毎日jpで見て、そこで解説を読んで「なるほど、そういうもんだったのね」と理解した次第です。

 そんな犬神ですから、このお店どころか渋谷にすら行ったことがないのですが、やはり一抹の寂しさを感じなくもありません。

 そして、より気になったのは、HMVに限らずCD全体の売り上げが落ち込んでいる……ということ。

 まあ、私自身も中古ショップでCDを買ったり、レンタルしてきてこれをダビングして聴いたり、そういったことも少なくないのですが……それでも、やっぱりCDありき、なんですよね。ずっと前ならカセットテープにダビングしていたのを、今はMP3データとして保存しているだけで。

 そうやってデータ化して聴くのなら、初めからデータでダウンロードすればいいじゃん……つって、みんなそうやってるんでしょうが、やっぱり犬神は手に取れるものがないと不安なんです。CDで手にいれられるのなら、そうしたい。本当に好きなアーティストは、形あるものとして、手元に置いておきたい。古くさいかもしれませんが、そんな風に思うのです。

 以上、まったくもってどうでもいい話でした(笑)。

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 先日からプレイしている(現在2周目)『龍が如く3』は、舞台が沖縄。

 こないだ甲子園で優勝したのは、沖縄の学校。

 今日のスタパは、ガレッジセールがゲストでした。

 ……なんだか、立て続けに沖縄なメディアにふれている感じがします。

 それなら、今が旬。ということで、今日は沖縄どころか本州からさえほとんど出たことがない(ギリギリ宮島とか……そのくらい)犬神が、沖縄についての思いを語りたいと思います。

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 さて、初っ端から一度も沖縄に行ったことがないと宣言したところですが、しかしながら我が岩手県と沖縄県は、実はちょっとした交流があります。それは平成5年。大冷害に苦しむ我が県の農協は、わずかな種もみを暖かい石垣島に送り、そこで育ててもらおうと言うプランを計画。

 まるで北斗の拳のミスミ老人のようです。「今日より明日なんじゃ~!」って感じです。

 そして無事に石垣島まで運ばれた種もみは、最上級のもてなしを受けて大量に育ち、そのおかげで翌平成6年の岩手県は大豊作となりました。石垣島の皆様が、岩手県民がかつてのような大飢饉地獄に陥ることを救ってくれたのです。

 
 ということもあって、個人的には沖縄に対する好感ばかりがあります。

 ただ、数年くらい前から、少し考え方が変わってきて。……あまり難しいことはいえないのですが、端的に言えば、昔は違う国だったんだよな、ということを意識するようになったのです。琉球王国ってことね。

 あとは、ウルトラシリーズの脚本家だった金城哲夫氏のことを勉強したこともあって。……たぶん、内地の人が沖縄の人を見る時のような見方を、向こうの立場の人はしないんだろうな、と思ったのです。


 今でこそ同じ日本国でも、そこに成立した文化はきっと、違うもの。それをきちんと認めて、その上で、沖縄と言う土地を好きになりたい。海が綺麗とか、それはもちろんありますけれど、そんなリゾート感覚だけじゃなくて、色々なところを踏まえて、その上で受け入れて欲しい。そんな風に思います。


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かつて写真部に所属し、一眼レフの基礎を叩き込まれた感覚が抜けきらないこと、その頃に教え込まれた『銀塩写真上位論』が依然として残っていることもあり、写真を撮るならフイルムだろう、という思想の犬神ではありますが、最近はやはりこうしてすぐにブログに写真をアップロードできる利便性も認めているところです。

 さしあたって携帯電話についてるカメラを利用していたのですが、正直なところ、このカメラについてはあまり信頼を置いていません。明るいところだと、画面に何が映ってるのか全然わからなくて、こうしてPCで改めて眺めるまで、どういった写りになっているのか想像でやるしかないからです。



 で、先日宇都宮に行ってきた時に、中古雑貨屋さんで100円のデジタルカメラを買ってきまして。

 まあ、いわゆるクレーンゲームの景品のカメラですね。箱に書いている記事によれば、画素数は30万画素。携帯カメラが130万画素だから、大きく性能は落ちます。

 ただ、犬神が初めて触ったデジタルカメラは5万画素でしたし(知る人ぞ知るカシオのQV-10です)、30万画素もあれば十分。どうせちゃんとした写真を撮る時は私の愛機α-sweetで撮りますから。

 デジタルカメラに求めるのは高い能力ではなく、気軽にパッパッと撮りまくれる機動性。シャツのポケットに収まる大きさで、何となく取り出してパチッ。そういったスナップオブスナップ、どうでもいいような写真ばかり撮りまくってやろうと思ってコレを買った次第です。



 で、ランダムに挿入されまくっている一連の画像が、今回の話題に上ったデジタルカメラで撮影した画像なのですが。

 なるほど、確かに30万画素。なんだかまぶしいというか、モヤッとした感じです。これがカールツァイスレンズとか、そういったのであればもっともっとクリアに写るんでしょうけどね。100円のオモチャカメラならこんなもんでしょうかね。


 でも、こうして写真を好き勝手に撮ることで、ようやく高校の頃からの『縛り』が少しゆるんだ気がします。

 あんまり難しく考えないで、気に入った景色を、あるいは特にどうとも思わない景色でも、気軽に。

 構図? 被写体深度? そんなのどうだっていいじゃん。詳しく設定も出来ないしさ。

 ……って、それはあくまでも、こうしてデジタルカメラでスナップを撮る時ですけどね。一眼レフを持ったら、やっぱりちょっとは気にしてみたい。どうせプログラムモードを使って撮るだけですけど、それでもα-sweetならシャッター速度優先モードとか、露出度優先モードとか、多少はユーザの意志を反映させられる機能もあるんだしね。

 ま、それはともかく。

 これからはもっとたくさん、画像とかをちりばめられるのだろうから、これは結構いい買い物だったかな。そう思います。

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 先週ぐらいから、とにかく非日常的な世界を行ったり来たりして、心身ともにフラッフラになっていた犬神です。

 月曜日は、もうどうしようもないくらい疲労していて、精神力だけで何とか仕事をこなすと言う有様でした。

 おととい、火曜日は、肉体的には大体よくなったものの、精神的にダメダメで。もう最低限の仕事をこなすくらいのモチベーションしかありませんでした。ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……と、いつもなら多少(時々、過剰)に湧き出る感情が、まったく出てきませんでした。コレには参りました。

 そして昨日は、まあ何とか天秤がつりあってきて、バランスしていたんですが。


 今日は休み。

 そういうわけで、心身の復旧に向けて、じっくり取り組んでいきたいと思います。

 最近はアニメを見ることもせず、『獣の奏者』を読んだり、『龍が如く3』をやったりしているので、これもある意味よろしくない。こないだ録画した『けいおん!』などを見て、また滋養強壮、精力絶倫……ちょっと違うな(笑)、そうじゃなくて、また何事にも気持ちを入れられるよう、しなければいけませんわな。

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 先日、1000キロくらい、兄者の愛車である日産マーチを運転して、そのあと私の愛車であるスズキ・ワゴンRを運転して。

 まあ、当然ながら軽自動車とリッターカーですから、大きさも重さも操作感覚も全然違います。

 で、思ったことは、意外とマーチと言うのは穏やかな車なんだな、ということ。

 (私のワゴンRよりは)排気量があるから、もう少しトルクがあってもいいのに……というのが、運転していて感じたことでした。

 これは高速道路で特に感じました。……私の運転がヘボいこと、いまだにスタッドレスタイヤを履いていることからなのかもしれませんが、よほどフラットな道じゃないと90~100キロベースで巡航できないんですよね。ましてや起伏の多い東北道では、アクセルを思い切り踏み込んでキックダウンさせないと、ペースを守ることさえ出来ず、結果的に帰りはすさまじい燃費の悪さを記録してしまったのでした。

 これだったら、私のワゴンRの方が元気がいいな。そう思いました。


 コレに対して、私のワゴンRは、本当に小回りが利く車なのですね。なんかオモチャみたいな感じで、走るも曲がるも止まるもクイクイッと。マーチに乗っている時は(他人の車だし)ぶつけないよう慎重にゆっくりと走らせていた反動も少なからずあるのかもしれませんが、手のひらに収まるような感覚でした。

 やっぱり軽いから、加速もいいし減速もいい。その代わり遮音性は大きく劣るのでCDプレーヤの音量は高めにしないといけないのが弱点ですね(この点はさすがマーチは静かなのです)。ついでに言えばマーチには、最強ナビ『カロッツェリア』がついてるので、全ッ然走ったことのない土地でも何とか目的地にたどり着くことが出来ました。

 
 だから、車に対してすごくフランクに接する私の性格(笑)に合っているのは、多少ラフに扱っても答えてくれる、気心の知れたワゴンRであることは、間違いありません。その一方で、車としてはちょっと物足りない感じもありますが、『旅のためのツール』としては、日産マーチは最高のシロモノなのです。

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 土曜、日曜と、まあ実際的には金曜の午後から、栃木県宇都宮市に行ってきました。

 色々あったので、内容については後日改めて書きます。

 今日から仕事。

 つらい……。


 って、まあ、大丈夫です。

 そういうことは、わかっています。どうすればいいかも、わかっています。

 でも、もう少し『調整』に時間がかかりそうなんです。

 だから、今日は、もう、このくらいで。

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 プロレス系情報サイト『ブラックアイ2』さんを見ていると、思わずええー!? と声をあげそうになってしまうようなニュースが。


 歳三が全日本プロレス退団~会見・退団マッチなどは本人の希望で行わず


 歳三選手といえば、犬神も時々ブログをチェックしていただけに、ブラックアイさん経由で気づいたことが少し悔しかったです。

 まあ、それはいいのですが、確かにこのところ妙に試合数が少なくて、「どうしたんだろう」という心配はあったのですが……そっか、退団か……。


 歳三選手は、『土方隆司』だった頃から知っています。といってもまあ、たまたま犬神が(小島聡さん目当てで)見始めた頃、世界ジュニア王者だった……ような気がする、その程度なのですが。そして間もなくNOAHの丸藤正道に持っていかれて、くすぶって(ゴメンナサイ)ヒールターンして……。

 で、その後はあんまり存在感と言うか、こういうキャラです! っていうイメージがあんまり浮かびませんでした。現状の全日本ジュニア戦線を考えると、

 カズ・ハヤシ……文句なしの『絶対王者』
 近藤修司……パワーもトークも最高の盛り上げ役
 KAI……時代をになうスター候補
 BUSHI……見た目も技も見栄えのするルチャドール
 大和ヒロシ……近ちゃんのオモチャ(笑)

 こんな印象。それに対してヒール集団ブードゥーマーダーズが、

 ヘイト先輩……文句なしの『絶対ヒール』(笑)
 ミノ様(稔)……悪者だけど最高カッコイイ!
 MAZADA……世界中を回って生き抜いてきた職人レスラー

 さらに元スーパースター・KENZOこと鈴木健三も入ってきたら、ますます居場所がない感じがします。

 居場所がないのにいつまでも雇いつづけられるほど、全日本プロレスも余裕はないでしょうし、プロスポーツの世界なら戦力外通告も当然ありうるでしょう。ましてやナチュラルにドライなところのある武藤社長なら(笑)。


 ま、ともかく。

 本人の意向で会見も退団記念マッチも行わないというので、それは仕方がありません。

 でも、『退団』であって『引退』ではないですよね。

 だとしたら、どんなところでもいいから、リングに上がりつづけて欲しいです。そしていつものような、ちょっと笑ってしまうようなほのぼのエピソードを、ブログに書いて欲しいです。

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 同じような意味合い、同じようなものを指す言葉でも、ちょっと言い方を変えるだけで印象が変わってくるものですが、それゆえどっちの言葉を使おうか、色々考えることもあります。

 で、そういったことばかり色々考えているうちに、別に誰かに伝えたいわけでもなく、ただ何気ない瞬間にひとつの言葉をつかまえて、それを手の中で転がしたり、分解したりして、いじりまわすことがある犬神です。

 それがどうして納涼特集なのかと言うと、今回取り上げたい言葉が、『妖怪』と『おばけ』だったからです。


 澁澤龍彦の『黄金時代』の中では、「妖怪とかおばけとか……」という感じで、エッセーの序盤で本当にさらりと触れられていただけなのですが、それがなぜか妙に私の心に反応して。

 もっと言えば、「おばけ」という言葉に、妙なほど愛着と言うか、いとおしい感情を覚えたのでした。


 『おばけ』

 という言葉から連想されるイメージは、Q太郎もそうですし、あとはせなけいこの『ねないこだれだ』のような、すごく薄ぼんやりしたイメージが浮かびます。それはつかんでも実体がなさそうな、怖い夢のように不安な感じがして、でもどこか可愛らしさも感じて……。

 要するに、子どもの頃にイメージした「こわいもの」のイメージなんですよね。

 対して、

 『妖怪』

 というと、これは水木しげる先生の漫画を例に出すまでもなく、あんな感じのイメージがあります。確かに私たち人間とは見た目も性格もたぶん食生活とかも違いますが、少なくともはっきりとした実体があるように思います。でもって水木先生とか荒俣先生とかによって、その詳しいプロファイリング情報(?)も明らかになっているので、怖さにしても『理解できる』ものとなるでしょう。


 別にどっちがどっちっていうわけではありません。あるいはこれよりもっと明確に別なものを指す言葉なのかもしれません。

 ただ、29歳になってからは、『おばけ』という言葉を使うのには少々、抵抗があります。やはり、言葉の響きもそうですが、ちょっと可愛らしすぎる印象があるからです。

 あとは……

 「うしろにおばけがいるぞうっ」

 と言うシーンを思い出すからかな。

 ……これは『ドラえもんが帰ってきた』という(エイプリルフールの)嘘をつかれたのび太がそのおかえしにジャイアンとスネ夫についた嘘なのですが、泣きながら一生懸命にやっている姿が非常につらいんですよね。

 このあとドラえもんが遺して残していった最強のひみつ道具で復讐を遂げること、そして最高のハッピーエンドが訪れることは無論わかっているのですが、それでもこの瞬間の、絶望的なまでの抵抗が本当に……私までもが泣きそうになってしまって……嫌なのです。


 おっと、ドラえもんの話は置いといて。

 もちろん、文章の流れとしてその方が都合がよければ、いいとは思いますが、出来るだけ別な言葉で置き換えられるのなら、そうしたい。少なくとも声に出して言うのは、出来るだけ出来るだけ、しないようにしたい。そう思います。

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 別に国際的感覚とか、そんなことを言うつもりはありません。

 単純に私たちが普段何気なく使っている日本語って、

 「英語だと、何て言うんだろう」

 そう思って、英語版googleで検索したら、結構面白くて。……という話なのです。


 日本には普段カタカナ語つって、外国の言葉をそのまま輸入して使うと言う非常に便利な体系があるわけですが、反対に英語圏でも日本語をそのまんま取り入れて使っているみたいなんですね。

 さしあたって……たとえば「カツ丼」はkatsudonですし、「ドラ焼き」はdorayakiで通じます。いや、通じるみたいです、かな。実際にアメリカ人に聞いたわけじゃないので(笑)。

 


 まあ、こういった試みは以前にもちょこっと、やったことがあったんですよね。

 その時は Ninja, Samurai, Fujiyamaとか、むしろ日本人よりもアメリカ人の口からよく聞くような言葉を、ちょっとやってみたんですが、コレが面白くて。

 今回は、1980年代に地球に降臨し、『フジカラー写ルンです』のCMなどに出られるなどして地球征服作戦を展開、1999年にその作戦を完了して魔界に帰っていった(かと思ったら今度は吉本興業に拠点をおき、さらなる布教活動にいそしまれる)デーモン閣下率いる聖飢魔IIが、どうも海外でも信者を増やしつつあるというニュースを目にしたので、じゃあ「seikimatsu」で言葉が通じるのかどうか。それを試してみたくて、検索したのでした。

 そうしたところ……

 な、なんだこの婦女子が出てくるアニメは!? さてはこれもゼウスの妨害というやつか!!

 ……まあ、実際にはseikima iiで検索するのが正しかった模様です。

 それにこのアニメ『世紀末オカルト学院』、よく見ると『ムー』が監修しているとか言います。ついでに言うと主人公の女の子が、『テレパシー少女蘭』の名波翠によく似ている気がして、どうにも無視できない感じです。ひょっとすると立場は違えどデーモン閣下寄りの女子なのかもしれませんし、カテゴリが違うので今回は触れませんが、もう少し深く突っ込んでみなくては。

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 昨日……ああ、おとといになるのかな。会社が終わって新幹線に乗ろうかという時、ふと立ち寄ったキヨスクにて。

 最近はあまり漫画雑誌は読まないのですが、その中でもなぜか気になったのが『近代麻雀』。日本唯一の麻雀漫画雑誌です。……一昔前なら麻雀『劇画』雑誌だったのですが最近は結構モエモエ……とまでは言いませんが、少なくとも私が憧れた『大人だけの世界』ではありません。老若男女誰でもが遊べるエンターテイメントとしてまで下がってしまったのです。


   *


 私が初めて同誌を手にとったのは、1996年9月――その時も、確か駅の売店だったように思うのです。しかも親戚の結婚式で行った、今までもこれからもこの一度きりであろう、新潟県直江津市の売店で。

 当時は『別冊近代麻雀』『近代麻雀ゴールド』『近代麻雀オリジナル』の3誌に分かれていました。何がどう違うのかというと、『オリジナル』は結構軽めの、『ゴールド』はそれこそ昔ながらの渋い作品が載っていたような気がします。ちなみに今でも(いまだに)連載が続いている『アカギ』は、当時は別冊近代麻雀にて連載されていました。

 その頃は、まあどこにでもいる中学生だったのですが、空想の中ではやっぱり背伸びしたい、大人の世界を垣間見たいと言う気持ちが常々あって。実際に身の回りで麻雀のことを知っている中学生なんて私ぐらいだったので、なんと言うか、エッチな本をこっそり見るような感覚で、近代麻雀を読んでいたのです。

 私が買った1996年10月号は、『アカギ』などの連載マンガのほかに、なぜか往年の名作『哭きの竜』が一本収録されていました。4巻に収録されている『藍錆の章』というやつです。……章の名前を言われてもわからないって? 中盤の重要人物である本宮春樹が出てくる回ですよ。

 その時に一緒に『ゴールド』を買い、さらに『オリジナル』も購入。マンガの中で繰り広げられる大人の男たちの大金(もしくはそれ以上のもの)がかかった死闘に胸躍らせ、それは今でも私の人生哲学として組み込まれています。


 それからしばらく、3誌を定期購読していましたが、徐々に読まなくなったのは……やはり紙面が少しずつ変わっていったから。

 当時のアイドル・吉成圭子が麻雀体験をする記事とか、ヴィジュアルで売っている? 女流プロ雀土とかが出てくるようになってきて、次第に私が愛した昭和の男たちは影をひそめ、なんだか週刊プレイボーイとか、ああいう雑誌みたいになって来たのですね。

 そして『別冊近代麻雀』が『近代麻雀』になった頃、定期購読をやめました。

 その後も時々は、たとえばたまたまコンビニで見かけた時など、雑誌を手にとることもありましたが、基本的に読むのは『アカギ』だけ。どんなに麻雀力があろうと、ジョシコーセーとかがセーラー服で大人相手に勝つ姿は見たくありませんからね。そんなのはコミックブレイドかなんかでやってくれればよろしい。

 そして私と『近代麻雀』は決別したのでした。


   *


 それから数年後、宇都宮に向かう新幹線に乗り込む私は、『近代麻雀』を持っていました。

 今、私が『けいおん!』『Angel Beats!』とともに最重要アニメ/マンガとして登録している『ひぐらしのなく頃に』の派生作品? 『ひぐらしのなく頃に 雀』という作品が掲載されていて、早速どんなものか書いてやろうと思ったので。……というのもあります(思わず「なんじゃこりゃあ!?」と声をあげてしまいましたが)。

 そしてそれ以上に、決定的な感情が、1996年当時――今よりもずっと純粋だった頃の気持ちを思い出して。

 「旅行に行く時にまた近代麻雀とであったことは、きっと何かの縁なのだろう」

 縁なのか何なのかよくわかりませんが、とにかく読んで、その詳しい感想を改めて書きたいと思います(結局、新幹線の中では澁澤龍彦の『黄金時代』をずっと読んでいた)。

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昨日の夜から、な、なんと栃木県は宇都宮市に行ってきた犬神です。しかも昨日の夜に行って、今日のお昼にはもう出発。滞在時間はせいぜい14時間ほど。

 なんでそんなハードスケジュールをこなしたのかと言えば、兄者の愛車であるマーチを引き取るため。とある事情により半年ほど、私が預かりつつメンテナンスと称して時々乗り回すことになってしまったのです。

 とりあえず仕事を終えた後、すぐに新幹線に乗り、10時過ぎに到着。その後シコタマ酒を飲み、今日の午前3時に! ようやく就寝。その後数時間眠り、さらにのんびりゲームなどをした後、ゆっくりゆっくりと車で帰ってきたのでした。


 長いこと(数ヵ月単位)動かしていなかったためか、そもそもこういうものなのか、マーチは普通車の割にトルクが細く、高速道路でちょっと加速しようとするとすぐにキックダウンしてしまいます。とにかく加速力がないのです。

 このキックダウン現象が犬神はとにかく嫌いなので、そうならないよう極力追い越しをせず。走行車線のみを走り、80キロ前後で走るトラックなどを追い越す時など必要最小限にとどめ、平均スピード90キロそこそこの、のんびりしたドライブとなったのでした。

 その結果、宇都宮から自宅までのじつに440キロを、無給油で走りきることが出来たのでした。もちろん出発時に、42リットルくらい入るタンクにギリギリまでガソリンを補給したのですが、それでもなかなかよかったな、と思いました。


 それに、エンジンパワーがないのはそうですが、まっすぐ走る時の安定感は私のワゴンRよりもずっとあって、そういう意味では結構、気持ちも楽でした。やっぱり、乗用車ってこうじゃないとね。……もうちょっとトルクがあれば、もっと楽なんだろうけどなあ。

 まあ、とりあえずオイル交換くらいは、しなきゃね。もっとも、今週末には兄者を送り届けるために、再び動かさなくちゃ、ならないのですが。

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 今、「けいおん!」というアニメを見ているのですが、長いことこのアニメを見なかった理由があります。

 モエモエしてるから。……ではありません。まあ、そういった感情もないわけではないのですが。

 私が高校生の頃、身近に超絶技巧ギタリストがいたからです。


 麻雀が好きで、筋肉少女帯が好き。

 自分では相当ヘンクツな高校1年生だと思っていたのですが、同じような趣味の人がいたのは、そうとう嬉しかったです。

 ただ、その人が私よりも格段にすごかったのが音楽――特にHR/HMに関する知識と技術でして。

 弦楽部(現在はクラシックギター部という名称になっているそうです)所属で、よくベランダでギターを弾いていて、それを聴かせてもらうことがあったのですが……その腕前たるや和製イングヴェイ・マルムスティーンといったところ。軽佻浮薄、チャラチャラフワフワモエモエした空気の一切ない、ストイックな男なのでした。

 そのおかげで、私も楽器を演奏することは全然なものの、アンプはマーシャルの真空管のやつがいいとか(オークションで代行で落札した時に覚えた)、そういった知識をなぜか積み上げていったのでした。

 大学に入ってからは、ギターと同時にピアノも得意であることが発覚、こちらもまた『トルコ行進曲』などのクラシックな音楽を弾きこなすのでした。

 才能か、といえば、そうではないと思います。本人いわく「毎日練習すれば、誰でも上手になれる」とのこと。意外と努力の人だったのです。


 昨年末に(数年ぶりに)来たメールによれば、現在は六本木に拠点を置いて、もう音楽は全然やってないとか。

 そもそも生きていることが花なんだ、ってそれはアントニオ猪木だ、まあ元気そうで何よりといったところなのですが、プロを目指して上京し、実際にプロデビューもしたのに、音楽をあきらめてしまったと言うのは少々寂しいところです。

 それと同時に、私がこの「けいおん!」というアニメを見ない理由が、どこにもなくなってしまって、今回いよいよ視聴と相成った次第でございます。


 で、今日は第2話を見ました。

 主人公の女の子・ゆいが自分のギターを買いに行く、という話なのですが、なんか急転直下の展開。そんなのあり?(笑)

 ま、いいのか。こういうアニメなんだろうし。よし、とりあえずガンバレ!

 こんなこと言えるようになったのだし、随分と犬神も丸くなったものです。

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 ……毎日、すさまじく暑い日々が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか……

 7月生まれということもあり、夏が大好き夏男を自認していた犬神も、この猛暑の連続に少しずつスタミナを削られ、最低限生きるだけの日々を過ごしている感じです。

 何せちょっと前ならば、好んで身体を動かし発汗を促していたのに、今は座ってようが寝てようが汗がドバドバ出てきてたまらない。おかげですぐにシャツはビシャビシャになるし、こんなことが続けば、そのうち私の身の回りで異臭騒ぎが起こりかねません。


 あれあれ……どうしてこんなところで汗の臭いが……?
 何なんだ……? この臭いの発生源は……?
 何だ……? 何だ……? 何……?
 
 あ……オレだった……


 こんなことになったら、私は自分で自分を殴ってやりたくなるので、そうならないよう近頃は色々と対策をしています。それは外的な部分(シャツが濡れて不快、異臭が起こったらもっともっと不快)もそうですし、内的な部分(水分・ミネラル不足で熱中症)もそうです。

 まず、「替えのTシャツを持っていく」。その替えのTシャツもすぐに汗が染みてしまいますが、1枚のシャツをずっと着続けるよりは格段にマシというものです。

 それに「水をたくさん飲む」。これはまあ当たり前なのですが、同時に「塩飴をなめる」ことを、やるようになりました。

 以前熱中症と思しき症状に襲われた時の恐怖があるので、とにかく水分補給はおこならないのですが、この時水道水だと水分はいいもののミネラル(ナトリウム成分とか)が足りなくて、どうもよろしくない。

 初めからきちんとそういった成分が入ったミネラルウォーターを飲めればそれに越したことはないのですが、そうもいかない時にこの飴をプラスすれば、熱中症対策は万全と言うもの。身体の方の調子を整えたら、あとは気合で乗り切るだけです。

 ちなみに私が今よく食べているのは佐久間『塩チャージング』というやつです。グレープフルーツ風味でなかなかいい感じなのですが、なめていると塩の刺激なのか、舌が若干ビリビリしてきます……水なしでなめるとちょっとキツイかも?


 その他『シーブリーズを身体に塗る』『おしぼりウェッティーみたいなので身体を拭く』など、これまでにないくらいボディケアに積極的に取り組んでいる今日この頃です。真夏の暑さは好きだけど、下手すると死んじゃうくらいなのでね、そこは常に気をつけていきたいと思います。

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 秋田港に行って来ました。

 それに関しては、ちょっとこのブログでは大きすぎるので、数ヵ月ぶりにホームページのほうにて公開することにしました。

 真夏の幻想・炎天下の疾走――2010年8月4日、秋田港にて

 で、このときは100ページほどしか読めなかった『夜は短し、歩けよ乙女』の続きを、遅番であることをいいことにぶっ通しで一気に読んだのですが。

 いや、参ったな、こりゃ……。

 『四畳半神話大系』もそうだったのですが、こんなにページをめくることにときめき、もうすぐ終わってしまうことを切なく思ったのは、本当に久しぶりでした。

 この小説で気持ちを加速させたことも、コレだけ長い旅行記を書く手助けになった……たぶん、そうなんでしょう。これは否定できません。


 油断すると、またまたまだまだ長い言葉が出てきそうなので、強引に短い言葉でぶった切ると、実際に自分が高校生・大学生だった頃に慎重に避けて通ってきた『せーしゅん』というやつを、1日でいっぺんに体験しようとしたような、そんな試みであったように思います。

 でも、それは文字通り『身に余るほどの』シロモノだったので、いっぱいとりこぼして。

 何とか取り込んだ分が消化しきれず未だおなかの中でグツグツ煮えたぎっている。それが今の私なんだろう、と思います。


 たぶん、数日はこのグツグツ状態が続くでしょう。

 来週にはまた大きな旅行が控えています。それまで慎重に気持ちをなだめながら、過ごさないとね。

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