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かつて写真部に所属し、一眼レフの基礎を叩き込まれた感覚が抜けきらないこと、その頃に教え込まれた『銀塩写真上位論』が依然として残っていることもあり、写真を撮るならフイルムだろう、という思想の犬神ではありますが、最近はやはりこうしてすぐにブログに写真をアップロードできる利便性も認めているところです。
さしあたって携帯電話についてるカメラを利用していたのですが、正直なところ、このカメラについてはあまり信頼を置いていません。明るいところだと、画面に何が映ってるのか全然わからなくて、こうしてPCで改めて眺めるまで、どういった写りになっているのか想像でやるしかないからです。
で、先日宇都宮に行ってきた時に、中古雑貨屋さんで100円のデジタルカメラを買ってきまして。
まあ、いわゆるクレーンゲームの景品のカメラですね。箱に書いている記事によれば、画素数は30万画素。携帯カメラが130万画素だから、大きく性能は落ちます。
ただ、犬神が初めて触ったデジタルカメラは5万画素でしたし(知る人ぞ知るカシオのQV-10です)、30万画素もあれば十分。どうせちゃんとした写真を撮る時は私の愛機α-sweetで撮りますから。
デジタルカメラに求めるのは高い能力ではなく、気軽にパッパッと撮りまくれる機動性。シャツのポケットに収まる大きさで、何となく取り出してパチッ。そういったスナップオブスナップ、どうでもいいような写真ばかり撮りまくってやろうと思ってコレを買った次第です。
で、ランダムに挿入されまくっている一連の画像が、今回の話題に上ったデジタルカメラで撮影した画像なのですが。
なるほど、確かに30万画素。なんだかまぶしいというか、モヤッとした感じです。これがカールツァイスレンズとか、そういったのであればもっともっとクリアに写るんでしょうけどね。100円のオモチャカメラならこんなもんでしょうかね。
でも、こうして写真を好き勝手に撮ることで、ようやく高校の頃からの『縛り』が少しゆるんだ気がします。
あんまり難しく考えないで、気に入った景色を、あるいは特にどうとも思わない景色でも、気軽に。
構図? 被写体深度? そんなのどうだっていいじゃん。詳しく設定も出来ないしさ。
……って、それはあくまでも、こうしてデジタルカメラでスナップを撮る時ですけどね。一眼レフを持ったら、やっぱりちょっとは気にしてみたい。どうせプログラムモードを使って撮るだけですけど、それでもα-sweetならシャッター速度優先モードとか、露出度優先モードとか、多少はユーザの意志を反映させられる機能もあるんだしね。
ま、それはともかく。
これからはもっとたくさん、画像とかをちりばめられるのだろうから、これは結構いい買い物だったかな。そう思います。
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とにかく、いつぐらいからなのか……今ひとつ、いつもとは違った日々でした。
現実的にはどうということのない、いつも通りの日なのですが、気持ちがね。
ひとつは、先日買ってもらったPS3で『龍が如く3』をやっていたから。
言わずと知れた血と札束が乱舞する暴力(そして義理人情)ゲームです。
そしてもうひとつは、『獣の奏者』を読んでいたから。
どちらも犬神にとっては、非日常の世界。そしてどちらも物語の中で自分の生死、そしてもっと大きな大きな、たくさんの人たちの未来をかけた戦いが繰り広げられていたのでした。
現実的にはどうということのない、いつも通りの日なのですが、気持ちがね。
ひとつは、先日買ってもらったPS3で『龍が如く3』をやっていたから。
言わずと知れた血と札束が乱舞する暴力(そして義理人情)ゲームです。
そしてもうひとつは、『獣の奏者』を読んでいたから。
どちらも犬神にとっては、非日常の世界。そしてどちらも物語の中で自分の生死、そしてもっと大きな大きな、たくさんの人たちの未来をかけた戦いが繰り広げられていたのでした。
『闘蛇編』から直結したストーリーで、進んでいくこの『王獣編』は、幼い頃からエリンに飼いならされてきた『リラン』という王獣(でかい鳥みたいなもの……王国の権威の象徴として、畏れ敬われている)の物語です。
通常、この世界では『王獣』というのは、決して人になつかない……というのが常識でした。情を持って接しても、逆に鋭い爪で切り裂かれてしまう。それは王国の中枢にいる人たちから遠く離れた獣医学校(みたいなもの)の子どもたちまで、誰もが信じて疑わないことでした。
エリンはその常識を知らず、自分が感じたことを素直に試し、その結果を積み重ねて王獣と心を通わせる……どころか、かなりの精度で意思の疎通が出来るようになってしまったのですが、そうなるとコレを政治に利用する者が出てきます。圧倒的な軍事力を持ってすれば、王の権威はより絶対的なものになる、ってね。
気ままに獣たちと心を通わせ、自然を感じてのびのびと生きる。権力者がそれをエリンに許さなかったのでした。このあたり、否応なく大きなビジネスに巻き込まれる桐生さん(『龍が如く3』の主人公)を思い出します。
暴力ゲームとファンタジー小説。まったく違う世界で、このふたつを同時進行で進める人はこの世に何人もいないでしょうが、両方を並べて見ているうちに、なんというか……
「誰が正しいのか」
「誰の言葉を信じればいいのか」
まったくわからなくなって、もう、すごくつらい気持ちになってしまったのでした。
でも、目をそらすわけには行かない。
誰も信じられなくても、エリンと桐生さんだけは、信じていたから。どういう結果になろうと、主人公がどういう判断を下し、どういう結果を迎えたかだけは、きちんと見届けたい。
その一心で本を読み終え、ゲームをやり終えたのでした。
あまり本を読まなくなったせいか、こういった文章を書くのがちょっと苦手になりました。うまく中身を説明すること、自分の感想を書くことが出来ないのです。
あるいは、この物語が大きすぎて、私の手には負えないのかもしれません。ある程度主人公の精神が出来上がった状態から始まる『守り人』シリーズと違って、主人公の成長物語もあるので、余計に感情を揺さぶられた……ということもあるかもしれません。
ゲームの方は、まあ、置いといて。
久々にものすごい、心にどどんと響く本を読んだ。そんな気がしました。やっぱり上橋先生の物語は、私は大好きです。それだけは断言できます。
*
ところで、物語的には一区切りしていますが、本はこのあとも刊行されています。
もしも「全4巻かよ、ちょっとキチィな」と思う方がいらっしゃったら、とりあえず1巻と2巻だけ読んでみて、そのあともしも興味があったら3巻、4巻と手にとるというのでいいと思います。
通常、この世界では『王獣』というのは、決して人になつかない……というのが常識でした。情を持って接しても、逆に鋭い爪で切り裂かれてしまう。それは王国の中枢にいる人たちから遠く離れた獣医学校(みたいなもの)の子どもたちまで、誰もが信じて疑わないことでした。
エリンはその常識を知らず、自分が感じたことを素直に試し、その結果を積み重ねて王獣と心を通わせる……どころか、かなりの精度で意思の疎通が出来るようになってしまったのですが、そうなるとコレを政治に利用する者が出てきます。圧倒的な軍事力を持ってすれば、王の権威はより絶対的なものになる、ってね。
気ままに獣たちと心を通わせ、自然を感じてのびのびと生きる。権力者がそれをエリンに許さなかったのでした。このあたり、否応なく大きなビジネスに巻き込まれる桐生さん(『龍が如く3』の主人公)を思い出します。
暴力ゲームとファンタジー小説。まったく違う世界で、このふたつを同時進行で進める人はこの世に何人もいないでしょうが、両方を並べて見ているうちに、なんというか……
「誰が正しいのか」
「誰の言葉を信じればいいのか」
まったくわからなくなって、もう、すごくつらい気持ちになってしまったのでした。
でも、目をそらすわけには行かない。
誰も信じられなくても、エリンと桐生さんだけは、信じていたから。どういう結果になろうと、主人公がどういう判断を下し、どういう結果を迎えたかだけは、きちんと見届けたい。
その一心で本を読み終え、ゲームをやり終えたのでした。
あまり本を読まなくなったせいか、こういった文章を書くのがちょっと苦手になりました。うまく中身を説明すること、自分の感想を書くことが出来ないのです。
あるいは、この物語が大きすぎて、私の手には負えないのかもしれません。ある程度主人公の精神が出来上がった状態から始まる『守り人』シリーズと違って、主人公の成長物語もあるので、余計に感情を揺さぶられた……ということもあるかもしれません。
ゲームの方は、まあ、置いといて。
久々にものすごい、心にどどんと響く本を読んだ。そんな気がしました。やっぱり上橋先生の物語は、私は大好きです。それだけは断言できます。
*
ところで、物語的には一区切りしていますが、本はこのあとも刊行されています。
もしも「全4巻かよ、ちょっとキチィな」と思う方がいらっしゃったら、とりあえず1巻と2巻だけ読んでみて、そのあともしも興味があったら3巻、4巻と手にとるというのでいいと思います。
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児童文学を評するにあたり、「大人の鑑賞にも堪えうる」という決まり文句がありますが、私はこの言葉が大嫌いです。
なんと言うか、上から目線と言うか……「本来、自分はこんな子ども向けの話なんてバカバカしくて読まないんだけど、これはそういった知識人、常識人、インテリゲンチャな目線から見ても結構面白いと思うよエヘン」とかって遠藤周作みたいな眼鏡をかけてネスカフェゴールドブレンドを片手に語っているようなイメージなんですよね。
もちろんこれは、犬神のものすごい偏見と言うか、妄想というか、冗談ですが。というか犬神自身も大学生の頃は、まあ本を読んでそのレポート(感想ではなく)を書かなければいけない、という立場上、そうしなければいけないと思って、実際にそういったスタンスで文章を書いていたのですが。
でも、今はただ読んで楽しめばよろしい。だとしたらこっち側の世界から見るんじゃなくて、物語の世界に飛び込んでいって、必要なら29歳の自分を10代の自分に置き換えて、出来るだけ物語の中の世界に自分を合わせ、満喫することが出来る立場になったので、今回の『獣の奏者』も、一気に読み終えることが出来たように思います。
なんと言うか、上から目線と言うか……「本来、自分はこんな子ども向けの話なんてバカバカしくて読まないんだけど、これはそういった知識人、常識人、インテリゲンチャな目線から見ても結構面白いと思うよエヘン」とかって遠藤周作みたいな眼鏡をかけてネスカフェゴールドブレンドを片手に語っているようなイメージなんですよね。
もちろんこれは、犬神のものすごい偏見と言うか、妄想というか、冗談ですが。というか犬神自身も大学生の頃は、まあ本を読んでそのレポート(感想ではなく)を書かなければいけない、という立場上、そうしなければいけないと思って、実際にそういったスタンスで文章を書いていたのですが。
でも、今はただ読んで楽しめばよろしい。だとしたらこっち側の世界から見るんじゃなくて、物語の世界に飛び込んでいって、必要なら29歳の自分を10代の自分に置き換えて、出来るだけ物語の中の世界に自分を合わせ、満喫することが出来る立場になったので、今回の『獣の奏者』も、一気に読み終えることが出来たように思います。
元々、上橋先生の物語はいわゆる『守り人シリーズ』……いっぱいあるのです……これを大学生の頃に読んで、それ以来ずっとファンでして。もうすぐ年齢的にも追いついてしまうアラサー(当時はこういう言葉はありませんでしたが)女用心棒・バルサに憧れ、原作・アニメ・漫画と一通り読むくらい好きなのです。
なので今回もかなり期待して本を開きました。
そして、ものすごい情熱を持って、一気に読んでしまいました。
あまり小難しいことは書けません。とりあえず感想だけザックリ書きます。
全4巻のうち、この『闘蛇編』ではエリンの幼年期から物語が始まります。エリンの母・ソヨンは村で『闘蛇』という巨大攻性生物(ってパンツァードラグーンかよ)を飼育する立場にありました。幼い頃からその様子をずっと見続け、自分も同じように闘蛇を育てる職業に就きたいと思っていたのですが……
……ある時、その闘蛇が大量に死んでしまいます。そしてその責を問われ、ソヨンは処刑されてしまい、エリンも色々あって村を飛び出し、様々な人々と触れ合いつつ眠れる才能を開花させていく……そして、そのことで村どころか国中を大きく揺るがすことになる……といった話です。
ソヨンというと私は『龍が如く2』を連想してしまいますが、まあアレはよく調べたらスヨンでしたね。もちろんまったくの無関係ですが、何となくそういった名前が似ていることも、ちょっと親しみやすい要因のひとつでした。
あとは、エリンは優れた才能をもっているのですが、成長とともに身につけていく技術のほとんどは、才能と言うよりは地道な積み重ねなんですよね。
闘蛇、それに『王獣』と呼ばれる攻性生物(本編ではこういう言い方はしていません)、さらには野を飛び回るミツバチと触れ合う時でさえ、「なぜ?」「どうして?」という疑問をもち、それをとことん突き詰めていく。科学者のような気質なのです。
そしてそれを、私たちに明快な理論で語ってくれるのです。餓狼伝の磯村露風ばりに言えば『これは神秘な力でもなんでもないよ』といったところです。
その一方で、単なる夢物語に終わらせないのが上橋先生らしいところでして。
科学的な立場からすれば、エリンの考え方や、体験を通じて得た事実は、とても正しいことなのですが……それは社会的な常識を根こそぎひっくり返すような、いわばコペルニクスやガリレオの唱えた地動説のようなトンデモナイ事柄だったのですね。
それでなくてもエリンとその母・ソヨンは『霧の民』と呼ばれる、そうでない人たちからは気味悪がられる放浪の民。どこに行っても、そういった視線を向けられます。
自分だったらどう思うかな。自分だったら、どうしてるかな。
そう考えながら本を読み、エリンの聡明さに目を開かされ、純粋さに胸をドンドン打たれるのでした。
現在は第2巻『王獣編』を読んでいますが、事態は少しずつ政治的な要素を帯び始めています。詳細は読み終えてから、また書きたいと思います。
なので今回もかなり期待して本を開きました。
そして、ものすごい情熱を持って、一気に読んでしまいました。
あまり小難しいことは書けません。とりあえず感想だけザックリ書きます。
全4巻のうち、この『闘蛇編』ではエリンの幼年期から物語が始まります。エリンの母・ソヨンは村で『闘蛇』という巨大攻性生物(ってパンツァードラグーンかよ)を飼育する立場にありました。幼い頃からその様子をずっと見続け、自分も同じように闘蛇を育てる職業に就きたいと思っていたのですが……
……ある時、その闘蛇が大量に死んでしまいます。そしてその責を問われ、ソヨンは処刑されてしまい、エリンも色々あって村を飛び出し、様々な人々と触れ合いつつ眠れる才能を開花させていく……そして、そのことで村どころか国中を大きく揺るがすことになる……といった話です。
ソヨンというと私は『龍が如く2』を連想してしまいますが、まあアレはよく調べたらスヨンでしたね。もちろんまったくの無関係ですが、何となくそういった名前が似ていることも、ちょっと親しみやすい要因のひとつでした。
あとは、エリンは優れた才能をもっているのですが、成長とともに身につけていく技術のほとんどは、才能と言うよりは地道な積み重ねなんですよね。
闘蛇、それに『王獣』と呼ばれる攻性生物(本編ではこういう言い方はしていません)、さらには野を飛び回るミツバチと触れ合う時でさえ、「なぜ?」「どうして?」という疑問をもち、それをとことん突き詰めていく。科学者のような気質なのです。
そしてそれを、私たちに明快な理論で語ってくれるのです。餓狼伝の磯村露風ばりに言えば『これは神秘な力でもなんでもないよ』といったところです。
その一方で、単なる夢物語に終わらせないのが上橋先生らしいところでして。
科学的な立場からすれば、エリンの考え方や、体験を通じて得た事実は、とても正しいことなのですが……それは社会的な常識を根こそぎひっくり返すような、いわばコペルニクスやガリレオの唱えた地動説のようなトンデモナイ事柄だったのですね。
それでなくてもエリンとその母・ソヨンは『霧の民』と呼ばれる、そうでない人たちからは気味悪がられる放浪の民。どこに行っても、そういった視線を向けられます。
自分だったらどう思うかな。自分だったら、どうしてるかな。
そう考えながら本を読み、エリンの聡明さに目を開かされ、純粋さに胸をドンドン打たれるのでした。
現在は第2巻『王獣編』を読んでいますが、事態は少しずつ政治的な要素を帯び始めています。詳細は読み終えてから、また書きたいと思います。
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先週ぐらいから、とにかく非日常的な世界を行ったり来たりして、心身ともにフラッフラになっていた犬神です。
月曜日は、もうどうしようもないくらい疲労していて、精神力だけで何とか仕事をこなすと言う有様でした。
おととい、火曜日は、肉体的には大体よくなったものの、精神的にダメダメで。もう最低限の仕事をこなすくらいのモチベーションしかありませんでした。ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……と、いつもなら多少(時々、過剰)に湧き出る感情が、まったく出てきませんでした。コレには参りました。
そして昨日は、まあ何とか天秤がつりあってきて、バランスしていたんですが。
今日は休み。
そういうわけで、心身の復旧に向けて、じっくり取り組んでいきたいと思います。
最近はアニメを見ることもせず、『獣の奏者』を読んだり、『龍が如く3』をやったりしているので、これもある意味よろしくない。こないだ録画した『けいおん!』などを見て、また滋養強壮、精力絶倫……ちょっと違うな(笑)、そうじゃなくて、また何事にも気持ちを入れられるよう、しなければいけませんわな。
月曜日は、もうどうしようもないくらい疲労していて、精神力だけで何とか仕事をこなすと言う有様でした。
おととい、火曜日は、肉体的には大体よくなったものの、精神的にダメダメで。もう最低限の仕事をこなすくらいのモチベーションしかありませんでした。ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……と、いつもなら多少(時々、過剰)に湧き出る感情が、まったく出てきませんでした。コレには参りました。
そして昨日は、まあ何とか天秤がつりあってきて、バランスしていたんですが。
今日は休み。
そういうわけで、心身の復旧に向けて、じっくり取り組んでいきたいと思います。
最近はアニメを見ることもせず、『獣の奏者』を読んだり、『龍が如く3』をやったりしているので、これもある意味よろしくない。こないだ録画した『けいおん!』などを見て、また滋養強壮、精力絶倫……ちょっと違うな(笑)、そうじゃなくて、また何事にも気持ちを入れられるよう、しなければいけませんわな。
先日、1000キロくらい、兄者の愛車である日産マーチを運転して、そのあと私の愛車であるスズキ・ワゴンRを運転して。
まあ、当然ながら軽自動車とリッターカーですから、大きさも重さも操作感覚も全然違います。
で、思ったことは、意外とマーチと言うのは穏やかな車なんだな、ということ。
(私のワゴンRよりは)排気量があるから、もう少しトルクがあってもいいのに……というのが、運転していて感じたことでした。
これは高速道路で特に感じました。……私の運転がヘボいこと、いまだにスタッドレスタイヤを履いていることからなのかもしれませんが、よほどフラットな道じゃないと90~100キロベースで巡航できないんですよね。ましてや起伏の多い東北道では、アクセルを思い切り踏み込んでキックダウンさせないと、ペースを守ることさえ出来ず、結果的に帰りはすさまじい燃費の悪さを記録してしまったのでした。
これだったら、私のワゴンRの方が元気がいいな。そう思いました。
コレに対して、私のワゴンRは、本当に小回りが利く車なのですね。なんかオモチャみたいな感じで、走るも曲がるも止まるもクイクイッと。マーチに乗っている時は(他人の車だし)ぶつけないよう慎重にゆっくりと走らせていた反動も少なからずあるのかもしれませんが、手のひらに収まるような感覚でした。
やっぱり軽いから、加速もいいし減速もいい。その代わり遮音性は大きく劣るのでCDプレーヤの音量は高めにしないといけないのが弱点ですね(この点はさすがマーチは静かなのです)。ついでに言えばマーチには、最強ナビ『カロッツェリア』がついてるので、全ッ然走ったことのない土地でも何とか目的地にたどり着くことが出来ました。
だから、車に対してすごくフランクに接する私の性格(笑)に合っているのは、多少ラフに扱っても答えてくれる、気心の知れたワゴンRであることは、間違いありません。その一方で、車としてはちょっと物足りない感じもありますが、『旅のためのツール』としては、日産マーチは最高のシロモノなのです。
まあ、当然ながら軽自動車とリッターカーですから、大きさも重さも操作感覚も全然違います。
で、思ったことは、意外とマーチと言うのは穏やかな車なんだな、ということ。
(私のワゴンRよりは)排気量があるから、もう少しトルクがあってもいいのに……というのが、運転していて感じたことでした。
これは高速道路で特に感じました。……私の運転がヘボいこと、いまだにスタッドレスタイヤを履いていることからなのかもしれませんが、よほどフラットな道じゃないと90~100キロベースで巡航できないんですよね。ましてや起伏の多い東北道では、アクセルを思い切り踏み込んでキックダウンさせないと、ペースを守ることさえ出来ず、結果的に帰りはすさまじい燃費の悪さを記録してしまったのでした。
これだったら、私のワゴンRの方が元気がいいな。そう思いました。
コレに対して、私のワゴンRは、本当に小回りが利く車なのですね。なんかオモチャみたいな感じで、走るも曲がるも止まるもクイクイッと。マーチに乗っている時は(他人の車だし)ぶつけないよう慎重にゆっくりと走らせていた反動も少なからずあるのかもしれませんが、手のひらに収まるような感覚でした。
やっぱり軽いから、加速もいいし減速もいい。その代わり遮音性は大きく劣るのでCDプレーヤの音量は高めにしないといけないのが弱点ですね(この点はさすがマーチは静かなのです)。ついでに言えばマーチには、最強ナビ『カロッツェリア』がついてるので、全ッ然走ったことのない土地でも何とか目的地にたどり着くことが出来ました。
だから、車に対してすごくフランクに接する私の性格(笑)に合っているのは、多少ラフに扱っても答えてくれる、気心の知れたワゴンRであることは、間違いありません。その一方で、車としてはちょっと物足りない感じもありますが、『旅のためのツール』としては、日産マーチは最高のシロモノなのです。
土曜、日曜と、まあ実際的には金曜の午後から、栃木県宇都宮市に行ってきました。
色々あったので、内容については後日改めて書きます。
今日から仕事。
つらい……。
って、まあ、大丈夫です。
そういうことは、わかっています。どうすればいいかも、わかっています。
でも、もう少し『調整』に時間がかかりそうなんです。
だから、今日は、もう、このくらいで。
色々あったので、内容については後日改めて書きます。
今日から仕事。
つらい……。
って、まあ、大丈夫です。
そういうことは、わかっています。どうすればいいかも、わかっています。
でも、もう少し『調整』に時間がかかりそうなんです。
だから、今日は、もう、このくらいで。
プロレス系情報サイト『ブラックアイ2』さんを見ていると、思わずええー!? と声をあげそうになってしまうようなニュースが。
歳三が全日本プロレス退団~会見・退団マッチなどは本人の希望で行わず
歳三選手といえば、犬神も時々ブログをチェックしていただけに、ブラックアイさん経由で気づいたことが少し悔しかったです。
まあ、それはいいのですが、確かにこのところ妙に試合数が少なくて、「どうしたんだろう」という心配はあったのですが……そっか、退団か……。
歳三選手は、『土方隆司』だった頃から知っています。といってもまあ、たまたま犬神が(小島聡さん目当てで)見始めた頃、世界ジュニア王者だった……ような気がする、その程度なのですが。そして間もなくNOAHの丸藤正道に持っていかれて、くすぶって(ゴメンナサイ)ヒールターンして……。
で、その後はあんまり存在感と言うか、こういうキャラです! っていうイメージがあんまり浮かびませんでした。現状の全日本ジュニア戦線を考えると、
カズ・ハヤシ……文句なしの『絶対王者』
近藤修司……パワーもトークも最高の盛り上げ役
KAI……時代をになうスター候補
BUSHI……見た目も技も見栄えのするルチャドール
大和ヒロシ……近ちゃんのオモチャ(笑)
こんな印象。それに対してヒール集団ブードゥーマーダーズが、
ヘイト先輩……文句なしの『絶対ヒール』(笑)
ミノ様(稔)……悪者だけど最高カッコイイ!
MAZADA……世界中を回って生き抜いてきた職人レスラー
さらに元スーパースター・KENZOこと鈴木健三も入ってきたら、ますます居場所がない感じがします。
居場所がないのにいつまでも雇いつづけられるほど、全日本プロレスも余裕はないでしょうし、プロスポーツの世界なら戦力外通告も当然ありうるでしょう。ましてやナチュラルにドライなところのある武藤社長なら(笑)。
ま、ともかく。
本人の意向で会見も退団記念マッチも行わないというので、それは仕方がありません。
でも、『退団』であって『引退』ではないですよね。
だとしたら、どんなところでもいいから、リングに上がりつづけて欲しいです。そしていつものような、ちょっと笑ってしまうようなほのぼのエピソードを、ブログに書いて欲しいです。
歳三が全日本プロレス退団~会見・退団マッチなどは本人の希望で行わず
歳三選手といえば、犬神も時々ブログをチェックしていただけに、ブラックアイさん経由で気づいたことが少し悔しかったです。
まあ、それはいいのですが、確かにこのところ妙に試合数が少なくて、「どうしたんだろう」という心配はあったのですが……そっか、退団か……。
歳三選手は、『土方隆司』だった頃から知っています。といってもまあ、たまたま犬神が(小島聡さん目当てで)見始めた頃、世界ジュニア王者だった……ような気がする、その程度なのですが。そして間もなくNOAHの丸藤正道に持っていかれて、くすぶって(ゴメンナサイ)ヒールターンして……。
で、その後はあんまり存在感と言うか、こういうキャラです! っていうイメージがあんまり浮かびませんでした。現状の全日本ジュニア戦線を考えると、
カズ・ハヤシ……文句なしの『絶対王者』
近藤修司……パワーもトークも最高の盛り上げ役
KAI……時代をになうスター候補
BUSHI……見た目も技も見栄えのするルチャドール
大和ヒロシ……近ちゃんのオモチャ(笑)
こんな印象。それに対してヒール集団ブードゥーマーダーズが、
ヘイト先輩……文句なしの『絶対ヒール』(笑)
ミノ様(稔)……悪者だけど最高カッコイイ!
MAZADA……世界中を回って生き抜いてきた職人レスラー
さらに元スーパースター・KENZOこと鈴木健三も入ってきたら、ますます居場所がない感じがします。
居場所がないのにいつまでも雇いつづけられるほど、全日本プロレスも余裕はないでしょうし、プロスポーツの世界なら戦力外通告も当然ありうるでしょう。ましてやナチュラルにドライなところのある武藤社長なら(笑)。
ま、ともかく。
本人の意向で会見も退団記念マッチも行わないというので、それは仕方がありません。
でも、『退団』であって『引退』ではないですよね。
だとしたら、どんなところでもいいから、リングに上がりつづけて欲しいです。そしていつものような、ちょっと笑ってしまうようなほのぼのエピソードを、ブログに書いて欲しいです。
同じような意味合い、同じようなものを指す言葉でも、ちょっと言い方を変えるだけで印象が変わってくるものですが、それゆえどっちの言葉を使おうか、色々考えることもあります。
で、そういったことばかり色々考えているうちに、別に誰かに伝えたいわけでもなく、ただ何気ない瞬間にひとつの言葉をつかまえて、それを手の中で転がしたり、分解したりして、いじりまわすことがある犬神です。
それがどうして納涼特集なのかと言うと、今回取り上げたい言葉が、『妖怪』と『おばけ』だったからです。
澁澤龍彦の『黄金時代』の中では、「妖怪とかおばけとか……」という感じで、エッセーの序盤で本当にさらりと触れられていただけなのですが、それがなぜか妙に私の心に反応して。
もっと言えば、「おばけ」という言葉に、妙なほど愛着と言うか、いとおしい感情を覚えたのでした。
『おばけ』
という言葉から連想されるイメージは、Q太郎もそうですし、あとはせなけいこの『ねないこだれだ』のような、すごく薄ぼんやりしたイメージが浮かびます。それはつかんでも実体がなさそうな、怖い夢のように不安な感じがして、でもどこか可愛らしさも感じて……。
要するに、子どもの頃にイメージした「こわいもの」のイメージなんですよね。
対して、
『妖怪』
というと、これは水木しげる先生の漫画を例に出すまでもなく、あんな感じのイメージがあります。確かに私たち人間とは見た目も性格もたぶん食生活とかも違いますが、少なくともはっきりとした実体があるように思います。でもって水木先生とか荒俣先生とかによって、その詳しいプロファイリング情報(?)も明らかになっているので、怖さにしても『理解できる』ものとなるでしょう。
別にどっちがどっちっていうわけではありません。あるいはこれよりもっと明確に別なものを指す言葉なのかもしれません。
ただ、29歳になってからは、『おばけ』という言葉を使うのには少々、抵抗があります。やはり、言葉の響きもそうですが、ちょっと可愛らしすぎる印象があるからです。
あとは……
「うしろにおばけがいるぞうっ」
と言うシーンを思い出すからかな。
……これは『ドラえもんが帰ってきた』という(エイプリルフールの)嘘をつかれたのび太がそのおかえしにジャイアンとスネ夫についた嘘なのですが、泣きながら一生懸命にやっている姿が非常につらいんですよね。
このあとドラえもんが遺して残していった最強のひみつ道具で復讐を遂げること、そして最高のハッピーエンドが訪れることは無論わかっているのですが、それでもこの瞬間の、絶望的なまでの抵抗が本当に……私までもが泣きそうになってしまって……嫌なのです。
おっと、ドラえもんの話は置いといて。
もちろん、文章の流れとしてその方が都合がよければ、いいとは思いますが、出来るだけ別な言葉で置き換えられるのなら、そうしたい。少なくとも声に出して言うのは、出来るだけ出来るだけ、しないようにしたい。そう思います。
で、そういったことばかり色々考えているうちに、別に誰かに伝えたいわけでもなく、ただ何気ない瞬間にひとつの言葉をつかまえて、それを手の中で転がしたり、分解したりして、いじりまわすことがある犬神です。
それがどうして納涼特集なのかと言うと、今回取り上げたい言葉が、『妖怪』と『おばけ』だったからです。
澁澤龍彦の『黄金時代』の中では、「妖怪とかおばけとか……」という感じで、エッセーの序盤で本当にさらりと触れられていただけなのですが、それがなぜか妙に私の心に反応して。
もっと言えば、「おばけ」という言葉に、妙なほど愛着と言うか、いとおしい感情を覚えたのでした。
『おばけ』
という言葉から連想されるイメージは、Q太郎もそうですし、あとはせなけいこの『ねないこだれだ』のような、すごく薄ぼんやりしたイメージが浮かびます。それはつかんでも実体がなさそうな、怖い夢のように不安な感じがして、でもどこか可愛らしさも感じて……。
要するに、子どもの頃にイメージした「こわいもの」のイメージなんですよね。
対して、
『妖怪』
というと、これは水木しげる先生の漫画を例に出すまでもなく、あんな感じのイメージがあります。確かに私たち人間とは見た目も性格もたぶん食生活とかも違いますが、少なくともはっきりとした実体があるように思います。でもって水木先生とか荒俣先生とかによって、その詳しいプロファイリング情報(?)も明らかになっているので、怖さにしても『理解できる』ものとなるでしょう。
別にどっちがどっちっていうわけではありません。あるいはこれよりもっと明確に別なものを指す言葉なのかもしれません。
ただ、29歳になってからは、『おばけ』という言葉を使うのには少々、抵抗があります。やはり、言葉の響きもそうですが、ちょっと可愛らしすぎる印象があるからです。
あとは……
「うしろにおばけがいるぞうっ」
と言うシーンを思い出すからかな。
……これは『ドラえもんが帰ってきた』という(エイプリルフールの)嘘をつかれたのび太がそのおかえしにジャイアンとスネ夫についた嘘なのですが、泣きながら一生懸命にやっている姿が非常につらいんですよね。
このあとドラえもんが
おっと、ドラえもんの話は置いといて。
もちろん、文章の流れとしてその方が都合がよければ、いいとは思いますが、出来るだけ別な言葉で置き換えられるのなら、そうしたい。少なくとも声に出して言うのは、出来るだけ出来るだけ、しないようにしたい。そう思います。
別に国際的感覚とか、そんなことを言うつもりはありません。
単純に私たちが普段何気なく使っている日本語って、
「英語だと、何て言うんだろう」
そう思って、英語版googleで検索したら、結構面白くて。……という話なのです。
日本には普段カタカナ語つって、外国の言葉をそのまま輸入して使うと言う非常に便利な体系があるわけですが、反対に英語圏でも日本語をそのまんま取り入れて使っているみたいなんですね。
さしあたって……たとえば「カツ丼」はkatsudonですし、「ドラ焼き」はdorayakiで通じます。いや、通じるみたいです、かな。実際にアメリカ人に聞いたわけじゃないので(笑)。

まあ、こういった試みは以前にもちょこっと、やったことがあったんですよね。
その時は Ninja, Samurai, Fujiyamaとか、むしろ日本人よりもアメリカ人の口からよく聞くような言葉を、ちょっとやってみたんですが、コレが面白くて。
今回は、1980年代に地球に降臨し、『フジカラー写ルンです』のCMなどに出られるなどして地球征服作戦を展開、1999年にその作戦を完了して魔界に帰っていった(かと思ったら今度は吉本興業に拠点をおき、さらなる布教活動にいそしまれる)デーモン閣下率いる聖飢魔IIが、どうも海外でも信者を増やしつつあるというニュースを目にしたので、じゃあ「seikimatsu」で言葉が通じるのかどうか。それを試してみたくて、検索したのでした。
そうしたところ……
な、なんだこの婦女子が出てくるアニメは!? さてはこれもゼウスの妨害というやつか!!
……まあ、実際にはseikima iiで検索するのが正しかった模様です。
それにこのアニメ『世紀末オカルト学院』、よく見ると『ムー』が監修しているとか言います。ついでに言うと主人公の女の子が、『テレパシー少女蘭』の名波翠によく似ている気がして、どうにも無視できない感じです。ひょっとすると立場は違えどデーモン閣下寄りの女子なのかもしれませんし、カテゴリが違うので今回は触れませんが、もう少し深く突っ込んでみなくては。
単純に私たちが普段何気なく使っている日本語って、
「英語だと、何て言うんだろう」
そう思って、英語版googleで検索したら、結構面白くて。……という話なのです。
日本には普段カタカナ語つって、外国の言葉をそのまま輸入して使うと言う非常に便利な体系があるわけですが、反対に英語圏でも日本語をそのまんま取り入れて使っているみたいなんですね。
さしあたって……たとえば「カツ丼」はkatsudonですし、「ドラ焼き」はdorayakiで通じます。いや、通じるみたいです、かな。実際にアメリカ人に聞いたわけじゃないので(笑)。
まあ、こういった試みは以前にもちょこっと、やったことがあったんですよね。
その時は Ninja, Samurai, Fujiyamaとか、むしろ日本人よりもアメリカ人の口からよく聞くような言葉を、ちょっとやってみたんですが、コレが面白くて。
今回は、1980年代に地球に降臨し、『フジカラー写ルンです』のCMなどに出られるなどして地球征服作戦を展開、1999年にその作戦を完了して魔界に帰っていった(かと思ったら今度は吉本興業に拠点をおき、さらなる布教活動にいそしまれる)デーモン閣下率いる聖飢魔IIが、どうも海外でも信者を増やしつつあるというニュースを目にしたので、じゃあ「seikimatsu」で言葉が通じるのかどうか。それを試してみたくて、検索したのでした。
そうしたところ……
な、なんだこの婦女子が出てくるアニメは!? さてはこれもゼウスの妨害というやつか!!
……まあ、実際にはseikima iiで検索するのが正しかった模様です。
それにこのアニメ『世紀末オカルト学院』、よく見ると『ムー』が監修しているとか言います。ついでに言うと主人公の女の子が、『テレパシー少女蘭』の名波翠によく似ている気がして、どうにも無視できない感じです。ひょっとすると立場は違えどデーモン閣下寄りの女子なのかもしれませんし、カテゴリが違うので今回は触れませんが、もう少し深く突っ込んでみなくては。
これは先日ゲオで『けいおん!』を借りた時に、一緒に借りてきたソフトです(ちなみにもう一本は『ドラえもん』)。
『けいおん!』だけでは、いかにもアニメ好きのナヨナヨ男子のようなので(超偏見)バランスをとる意味で、何か激しい闘争心を掻き立ててくれるものを! と思い、21世紀女子高生のスロー部活ライフなアニメとは正反対の、60-70年代ボクサーの血と汗にまみれた激闘の記録映画を借りてきたのでした。
で、ただいま申し上げたように、これは『ドキュメント映画』です。実在の人物の、実際の活動を記録した映画です。
そしてこの映画が製作されたのは1970年。……一度目のチャンピオンになって、栄光街道をばく進している最中、徴兵拒否でその権利を剥奪された頃のものです。司会進行役の人が言っているように、このあとどうするのか誰もわからなかった時代に作られた映画なのです。
大まかな流れとしては、まあ生い立ちからボクシングを始めるきっかけ、そしてその後のスター街道とブラック・ムスリム入信による転落、さらに徴兵拒否による急降下と現在(1970年)を78分のフイルムに収めた……というもの。
この時、自分自身の試合のフイルムを見ながら、それにアリが色々なコメントを付け加えているのですが、その時に隣にいるのがカス・ダマト。私は名前だけしか知りませんでしたが、いわゆるアメリカの丹下段平ですね(違う)。かのマイク・タイソンも彼によって育て上げられ、ボクシング・マシーンのごとき強さをほこりました。
ただ、演出なのか本気なのかわかりませんが……このじいさんの言う言葉がいちいち辛らつなんですよね。まあ、ものすごくザックリ言えば、「昔のチャンピオンとオマエが戦ったら、まず勝てなかっただろうよ」てなことを、アリ本人に向かって言ってるんですよね。
で、チャンピオンベルトもライセンスも剥奪されて、「元プロボクサー」という立場になっていたとはいえ、アリはアリですから、「あんな野郎におれが負けるだって? バカ言ってんじゃねえよ。おれのスピードであんなウスノロ野郎あっという間にKOするに決まってんだろ」といったことを早口・大声でまくし立てます。
何もない部屋でふたりの男が激しく言い合って、このまま殴り合いに発展するんじゃないかって、ハラハラしながらその光景を見ていました。
まあ、この映画じゃなくても、当時のアリの喋りがすさまじかったのは、皆さんもよくご存知のこととは思いますが、この映画でもそれらがバッチリ収録されています。
いわゆるKO予告もそうですし、調印式でも止まらない、止まらない。
これに比べたら亀田三兄弟のビッグマウスなんて、随分おとなしいものです。
まあ、これで負けてるようならただの大ボラ吹き・スカポンタンもいいところなのですが、実際にこれで勝ちまくってるんだから仕方がない。エンターテイナーとしては試合前/試合中/試合後すべてにおいて最高の存在でしょう。まさにHe is GREATEST なのです。
で、この映画でクローズアップされていたのは、ボクサーとしてというより、むしろ思想家? としての彼の活動。かのマルコムXもいたブラック・ムスリムに入信しモハメド・アリと改名。黒人差別撤廃を各地の講演で繰り返したんですね。
犬神は100%ボクシングの映画だと思っていたので、このあたりはちょっとだけ退屈してしまいました。でも、こういった活動を経て徴兵拒否、そしてライセンスとチャンピオンベルトの剥奪……といった話は、アリにとっては人生をねじ曲げられた重要なところですしね。私もそのことを知らないと、アリと言う人間の偉大さを知ることが出来ないでしょう。
(アメリカ人としての)富も名誉もなくす覚悟で国家にケンカを売り、最後まで戦い抜くということ。映画ではもちろん語られていませんでしたが、このあとチャンピオンに返り咲いたこと。ついでに言えばアントニオ猪木のケンカもちゃんと買って戦ったということ(それがアングルだとかシュートだとか、そういった理屈はさておいてね)。
生き方すべてにおいて自分らしさを貫き通したその精神力は、本当に本当にスゴイと思いました。もう一本くらい、今度はもっと新しい時代のことも入ってるドキュメントが見てみたいなあ。
*
先ほど、カス・ダマトと殴り合い寸前の言い争いをしていた、とは言いましたが、無論カスはアリの強さを認めています。そしてその強さ、ひいてはボクサーの強さとは「精神力」である! としきりに言っていて、それを聞いた瞬間、プロレス頭の犬神は鬼軍曹こと山本小鉄さんを思い出してしまったのでした。
同じくコーチ役で、同じくすばらしい選手をたくさん輩出し、同じく根性論で(笑)。カスが竹刀を振り回してマイク・タイソンを鍛え上げたという話はもちろん聞いたことがありませんが、やはり勝負を最後に分けるのは精神力である、というのは洋の東西を問わず、共通することである……のかな? と思いました。
この時、自分自身の試合のフイルムを見ながら、それにアリが色々なコメントを付け加えているのですが、その時に隣にいるのがカス・ダマト。私は名前だけしか知りませんでしたが、いわゆるアメリカの丹下段平ですね(違う)。かのマイク・タイソンも彼によって育て上げられ、ボクシング・マシーンのごとき強さをほこりました。
ただ、演出なのか本気なのかわかりませんが……このじいさんの言う言葉がいちいち辛らつなんですよね。まあ、ものすごくザックリ言えば、「昔のチャンピオンとオマエが戦ったら、まず勝てなかっただろうよ」てなことを、アリ本人に向かって言ってるんですよね。
で、チャンピオンベルトもライセンスも剥奪されて、「元プロボクサー」という立場になっていたとはいえ、アリはアリですから、「あんな野郎におれが負けるだって? バカ言ってんじゃねえよ。おれのスピードであんなウスノロ野郎あっという間にKOするに決まってんだろ」といったことを早口・大声でまくし立てます。
何もない部屋でふたりの男が激しく言い合って、このまま殴り合いに発展するんじゃないかって、ハラハラしながらその光景を見ていました。
まあ、この映画じゃなくても、当時のアリの喋りがすさまじかったのは、皆さんもよくご存知のこととは思いますが、この映画でもそれらがバッチリ収録されています。
いわゆるKO予告もそうですし、調印式でも止まらない、止まらない。
これに比べたら亀田三兄弟のビッグマウスなんて、随分おとなしいものです。
まあ、これで負けてるようならただの大ボラ吹き・スカポンタンもいいところなのですが、実際にこれで勝ちまくってるんだから仕方がない。エンターテイナーとしては試合前/試合中/試合後すべてにおいて最高の存在でしょう。まさにHe is GREATEST なのです。
で、この映画でクローズアップされていたのは、ボクサーとしてというより、むしろ思想家? としての彼の活動。かのマルコムXもいたブラック・ムスリムに入信しモハメド・アリと改名。黒人差別撤廃を各地の講演で繰り返したんですね。
犬神は100%ボクシングの映画だと思っていたので、このあたりはちょっとだけ退屈してしまいました。でも、こういった活動を経て徴兵拒否、そしてライセンスとチャンピオンベルトの剥奪……といった話は、アリにとっては人生をねじ曲げられた重要なところですしね。私もそのことを知らないと、アリと言う人間の偉大さを知ることが出来ないでしょう。
(アメリカ人としての)富も名誉もなくす覚悟で国家にケンカを売り、最後まで戦い抜くということ。映画ではもちろん語られていませんでしたが、このあとチャンピオンに返り咲いたこと。ついでに言えばアントニオ猪木のケンカもちゃんと買って戦ったということ(それがアングルだとかシュートだとか、そういった理屈はさておいてね)。
生き方すべてにおいて自分らしさを貫き通したその精神力は、本当に本当にスゴイと思いました。もう一本くらい、今度はもっと新しい時代のことも入ってるドキュメントが見てみたいなあ。
*
先ほど、カス・ダマトと殴り合い寸前の言い争いをしていた、とは言いましたが、無論カスはアリの強さを認めています。そしてその強さ、ひいてはボクサーの強さとは「精神力」である! としきりに言っていて、それを聞いた瞬間、プロレス頭の犬神は鬼軍曹こと山本小鉄さんを思い出してしまったのでした。
同じくコーチ役で、同じくすばらしい選手をたくさん輩出し、同じく根性論で(笑)。カスが竹刀を振り回してマイク・タイソンを鍛え上げたという話はもちろん聞いたことがありませんが、やはり勝負を最後に分けるのは精神力である、というのは洋の東西を問わず、共通することである……のかな? と思いました。
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昨日……ああ、おとといになるのかな。会社が終わって新幹線に乗ろうかという時、ふと立ち寄ったキヨスクにて。
最近はあまり漫画雑誌は読まないのですが、その中でもなぜか気になったのが『近代麻雀』。日本唯一の麻雀漫画雑誌です。……一昔前なら麻雀『劇画』雑誌だったのですが最近は結構モエモエ……とまでは言いませんが、少なくとも私が憧れた『大人だけの世界』ではありません。老若男女誰でもが遊べるエンターテイメントとしてまで下がってしまったのです。
*
私が初めて同誌を手にとったのは、1996年9月――その時も、確か駅の売店だったように思うのです。しかも親戚の結婚式で行った、今までもこれからもこの一度きりであろう、新潟県直江津市の売店で。
当時は『別冊近代麻雀』『近代麻雀ゴールド』『近代麻雀オリジナル』の3誌に分かれていました。何がどう違うのかというと、『オリジナル』は結構軽めの、『ゴールド』はそれこそ昔ながらの渋い作品が載っていたような気がします。ちなみに今でも(いまだに)連載が続いている『アカギ』は、当時は別冊近代麻雀にて連載されていました。
その頃は、まあどこにでもいる中学生だったのですが、空想の中ではやっぱり背伸びしたい、大人の世界を垣間見たいと言う気持ちが常々あって。実際に身の回りで麻雀のことを知っている中学生なんて私ぐらいだったので、なんと言うか、エッチな本をこっそり見るような感覚で、近代麻雀を読んでいたのです。
私が買った1996年10月号は、『アカギ』などの連載マンガのほかに、なぜか往年の名作『哭きの竜』が一本収録されていました。4巻に収録されている『藍錆の章』というやつです。……章の名前を言われてもわからないって? 中盤の重要人物である本宮春樹が出てくる回ですよ。
その時に一緒に『ゴールド』を買い、さらに『オリジナル』も購入。マンガの中で繰り広げられる大人の男たちの大金(もしくはそれ以上のもの)がかかった死闘に胸躍らせ、それは今でも私の人生哲学として組み込まれています。
それからしばらく、3誌を定期購読していましたが、徐々に読まなくなったのは……やはり紙面が少しずつ変わっていったから。
当時のアイドル・吉成圭子が麻雀体験をする記事とか、ヴィジュアルで売っている? 女流プロ雀土とかが出てくるようになってきて、次第に私が愛した昭和の男たちは影をひそめ、なんだか週刊プレイボーイとか、ああいう雑誌みたいになって来たのですね。
そして『別冊近代麻雀』が『近代麻雀』になった頃、定期購読をやめました。
その後も時々は、たとえばたまたまコンビニで見かけた時など、雑誌を手にとることもありましたが、基本的に読むのは『アカギ』だけ。どんなに麻雀力があろうと、ジョシコーセーとかがセーラー服で大人相手に勝つ姿は見たくありませんからね。そんなのはコミックブレイドかなんかでやってくれればよろしい。
そして私と『近代麻雀』は決別したのでした。
*
それから数年後、宇都宮に向かう新幹線に乗り込む私は、『近代麻雀』を持っていました。
今、私が『けいおん!』『Angel Beats!』とともに最重要アニメ/マンガとして登録している『ひぐらしのなく頃に』の派生作品? 『ひぐらしのなく頃に 雀』という作品が掲載されていて、早速どんなものか書いてやろうと思ったので。……というのもあります(思わず「なんじゃこりゃあ!?」と声をあげてしまいましたが)。
そしてそれ以上に、決定的な感情が、1996年当時――今よりもずっと純粋だった頃の気持ちを思い出して。
「旅行に行く時にまた近代麻雀とであったことは、きっと何かの縁なのだろう」
縁なのか何なのかよくわかりませんが、とにかく読んで、その詳しい感想を改めて書きたいと思います(結局、新幹線の中では澁澤龍彦の『黄金時代』をずっと読んでいた)。
最近はあまり漫画雑誌は読まないのですが、その中でもなぜか気になったのが『近代麻雀』。日本唯一の麻雀漫画雑誌です。……一昔前なら麻雀『劇画』雑誌だったのですが最近は結構モエモエ……とまでは言いませんが、少なくとも私が憧れた『大人だけの世界』ではありません。老若男女誰でもが遊べるエンターテイメントとしてまで下がってしまったのです。
*
私が初めて同誌を手にとったのは、1996年9月――その時も、確か駅の売店だったように思うのです。しかも親戚の結婚式で行った、今までもこれからもこの一度きりであろう、新潟県直江津市の売店で。
当時は『別冊近代麻雀』『近代麻雀ゴールド』『近代麻雀オリジナル』の3誌に分かれていました。何がどう違うのかというと、『オリジナル』は結構軽めの、『ゴールド』はそれこそ昔ながらの渋い作品が載っていたような気がします。ちなみに今でも(いまだに)連載が続いている『アカギ』は、当時は別冊近代麻雀にて連載されていました。
その頃は、まあどこにでもいる中学生だったのですが、空想の中ではやっぱり背伸びしたい、大人の世界を垣間見たいと言う気持ちが常々あって。実際に身の回りで麻雀のことを知っている中学生なんて私ぐらいだったので、なんと言うか、エッチな本をこっそり見るような感覚で、近代麻雀を読んでいたのです。
私が買った1996年10月号は、『アカギ』などの連載マンガのほかに、なぜか往年の名作『哭きの竜』が一本収録されていました。4巻に収録されている『藍錆の章』というやつです。……章の名前を言われてもわからないって? 中盤の重要人物である本宮春樹が出てくる回ですよ。
その時に一緒に『ゴールド』を買い、さらに『オリジナル』も購入。マンガの中で繰り広げられる大人の男たちの大金(もしくはそれ以上のもの)がかかった死闘に胸躍らせ、それは今でも私の人生哲学として組み込まれています。
それからしばらく、3誌を定期購読していましたが、徐々に読まなくなったのは……やはり紙面が少しずつ変わっていったから。
当時のアイドル・吉成圭子が麻雀体験をする記事とか、ヴィジュアルで売っている? 女流プロ雀土とかが出てくるようになってきて、次第に私が愛した昭和の男たちは影をひそめ、なんだか週刊プレイボーイとか、ああいう雑誌みたいになって来たのですね。
そして『別冊近代麻雀』が『近代麻雀』になった頃、定期購読をやめました。
その後も時々は、たとえばたまたまコンビニで見かけた時など、雑誌を手にとることもありましたが、基本的に読むのは『アカギ』だけ。どんなに麻雀力があろうと、ジョシコーセーとかがセーラー服で大人相手に勝つ姿は見たくありませんからね。そんなのはコミックブレイドかなんかでやってくれればよろしい。
そして私と『近代麻雀』は決別したのでした。
*
それから数年後、宇都宮に向かう新幹線に乗り込む私は、『近代麻雀』を持っていました。
今、私が『けいおん!』『Angel Beats!』とともに最重要アニメ/マンガとして登録している『ひぐらしのなく頃に』の派生作品? 『ひぐらしのなく頃に 雀』という作品が掲載されていて、早速どんなものか書いてやろうと思ったので。……というのもあります(思わず「なんじゃこりゃあ!?」と声をあげてしまいましたが)。
そしてそれ以上に、決定的な感情が、1996年当時――今よりもずっと純粋だった頃の気持ちを思い出して。
「旅行に行く時にまた近代麻雀とであったことは、きっと何かの縁なのだろう」
縁なのか何なのかよくわかりませんが、とにかく読んで、その詳しい感想を改めて書きたいと思います(結局、新幹線の中では澁澤龍彦の『黄金時代』をずっと読んでいた)。
昨日の夜から、な、なんと栃木県は宇都宮市に行ってきた犬神です。しかも昨日の夜に行って、今日のお昼にはもう出発。滞在時間はせいぜい14時間ほど。
なんでそんなハードスケジュールをこなしたのかと言えば、兄者の愛車であるマーチを引き取るため。とある事情により半年ほど、私が預かりつつメンテナンスと称して時々乗り回すことになってしまったのです。
とりあえず仕事を終えた後、すぐに新幹線に乗り、10時過ぎに到着。その後シコタマ酒を飲み、今日の午前3時に! ようやく就寝。その後数時間眠り、さらにのんびりゲームなどをした後、ゆっくりゆっくりと車で帰ってきたのでした。
長いこと(数ヵ月単位)動かしていなかったためか、そもそもこういうものなのか、マーチは普通車の割にトルクが細く、高速道路でちょっと加速しようとするとすぐにキックダウンしてしまいます。とにかく加速力がないのです。
このキックダウン現象が犬神はとにかく嫌いなので、そうならないよう極力追い越しをせず。走行車線のみを走り、80キロ前後で走るトラックなどを追い越す時など必要最小限にとどめ、平均スピード90キロそこそこの、のんびりしたドライブとなったのでした。
その結果、宇都宮から自宅までのじつに440キロを、無給油で走りきることが出来たのでした。もちろん出発時に、42リットルくらい入るタンクにギリギリまでガソリンを補給したのですが、それでもなかなかよかったな、と思いました。
それに、エンジンパワーがないのはそうですが、まっすぐ走る時の安定感は私のワゴンRよりもずっとあって、そういう意味では結構、気持ちも楽でした。やっぱり、乗用車ってこうじゃないとね。……もうちょっとトルクがあれば、もっと楽なんだろうけどなあ。
まあ、とりあえずオイル交換くらいは、しなきゃね。もっとも、今週末には兄者を送り届けるために、再び動かさなくちゃ、ならないのですが。
なんでそんなハードスケジュールをこなしたのかと言えば、兄者の愛車であるマーチを引き取るため。とある事情により半年ほど、私が預かりつつメンテナンスと称して時々乗り回すことになってしまったのです。
とりあえず仕事を終えた後、すぐに新幹線に乗り、10時過ぎに到着。その後シコタマ酒を飲み、今日の午前3時に! ようやく就寝。その後数時間眠り、さらにのんびりゲームなどをした後、ゆっくりゆっくりと車で帰ってきたのでした。
長いこと(数ヵ月単位)動かしていなかったためか、そもそもこういうものなのか、マーチは普通車の割にトルクが細く、高速道路でちょっと加速しようとするとすぐにキックダウンしてしまいます。とにかく加速力がないのです。
このキックダウン現象が犬神はとにかく嫌いなので、そうならないよう極力追い越しをせず。走行車線のみを走り、80キロ前後で走るトラックなどを追い越す時など必要最小限にとどめ、平均スピード90キロそこそこの、のんびりしたドライブとなったのでした。
その結果、宇都宮から自宅までのじつに440キロを、無給油で走りきることが出来たのでした。もちろん出発時に、42リットルくらい入るタンクにギリギリまでガソリンを補給したのですが、それでもなかなかよかったな、と思いました。
それに、エンジンパワーがないのはそうですが、まっすぐ走る時の安定感は私のワゴンRよりもずっとあって、そういう意味では結構、気持ちも楽でした。やっぱり、乗用車ってこうじゃないとね。……もうちょっとトルクがあれば、もっと楽なんだろうけどなあ。
まあ、とりあえずオイル交換くらいは、しなきゃね。もっとも、今週末には兄者を送り届けるために、再び動かさなくちゃ、ならないのですが。
今、「けいおん!」というアニメを見ているのですが、長いことこのアニメを見なかった理由があります。
モエモエしてるから。……ではありません。まあ、そういった感情もないわけではないのですが。
私が高校生の頃、身近に超絶技巧ギタリストがいたからです。
麻雀が好きで、筋肉少女帯が好き。
自分では相当ヘンクツな高校1年生だと思っていたのですが、同じような趣味の人がいたのは、そうとう嬉しかったです。
ただ、その人が私よりも格段にすごかったのが音楽――特にHR/HMに関する知識と技術でして。
弦楽部(現在はクラシックギター部という名称になっているそうです)所属で、よくベランダでギターを弾いていて、それを聴かせてもらうことがあったのですが……その腕前たるや和製イングヴェイ・マルムスティーンといったところ。軽佻浮薄、チャラチャラフワフワモエモエした空気の一切ない、ストイックな男なのでした。
そのおかげで、私も楽器を演奏することは全然なものの、アンプはマーシャルの真空管のやつがいいとか(オークションで代行で落札した時に覚えた)、そういった知識をなぜか積み上げていったのでした。
大学に入ってからは、ギターと同時にピアノも得意であることが発覚、こちらもまた『トルコ行進曲』などのクラシックな音楽を弾きこなすのでした。
才能か、といえば、そうではないと思います。本人いわく「毎日練習すれば、誰でも上手になれる」とのこと。意外と努力の人だったのです。
昨年末に(数年ぶりに)来たメールによれば、現在は六本木に拠点を置いて、もう音楽は全然やってないとか。
そもそも生きていることが花なんだ、ってそれはアントニオ猪木だ、まあ元気そうで何よりといったところなのですが、プロを目指して上京し、実際にプロデビューもしたのに、音楽をあきらめてしまったと言うのは少々寂しいところです。
それと同時に、私がこの「けいおん!」というアニメを見ない理由が、どこにもなくなってしまって、今回いよいよ視聴と相成った次第でございます。
で、今日は第2話を見ました。
主人公の女の子・ゆいが自分のギターを買いに行く、という話なのですが、なんか急転直下の展開。そんなのあり?(笑)
ま、いいのか。こういうアニメなんだろうし。よし、とりあえずガンバレ!
こんなこと言えるようになったのだし、随分と犬神も丸くなったものです。
モエモエしてるから。……ではありません。まあ、そういった感情もないわけではないのですが。
私が高校生の頃、身近に超絶技巧ギタリストがいたからです。
麻雀が好きで、筋肉少女帯が好き。
自分では相当ヘンクツな高校1年生だと思っていたのですが、同じような趣味の人がいたのは、そうとう嬉しかったです。
ただ、その人が私よりも格段にすごかったのが音楽――特にHR/HMに関する知識と技術でして。
弦楽部(現在はクラシックギター部という名称になっているそうです)所属で、よくベランダでギターを弾いていて、それを聴かせてもらうことがあったのですが……その腕前たるや和製イングヴェイ・マルムスティーンといったところ。軽佻浮薄、チャラチャラフワフワモエモエした空気の一切ない、ストイックな男なのでした。
そのおかげで、私も楽器を演奏することは全然なものの、アンプはマーシャルの真空管のやつがいいとか(オークションで代行で落札した時に覚えた)、そういった知識をなぜか積み上げていったのでした。
大学に入ってからは、ギターと同時にピアノも得意であることが発覚、こちらもまた『トルコ行進曲』などのクラシックな音楽を弾きこなすのでした。
才能か、といえば、そうではないと思います。本人いわく「毎日練習すれば、誰でも上手になれる」とのこと。意外と努力の人だったのです。
昨年末に(数年ぶりに)来たメールによれば、現在は六本木に拠点を置いて、もう音楽は全然やってないとか。
そもそも生きていることが花なんだ、ってそれはアントニオ猪木だ、まあ元気そうで何よりといったところなのですが、プロを目指して上京し、実際にプロデビューもしたのに、音楽をあきらめてしまったと言うのは少々寂しいところです。
それと同時に、私がこの「けいおん!」というアニメを見ない理由が、どこにもなくなってしまって、今回いよいよ視聴と相成った次第でございます。
で、今日は第2話を見ました。
主人公の女の子・ゆいが自分のギターを買いに行く、という話なのですが、なんか急転直下の展開。そんなのあり?(笑)
ま、いいのか。こういうアニメなんだろうし。よし、とりあえずガンバレ!
こんなこと言えるようになったのだし、随分と犬神も丸くなったものです。
……毎日、すさまじく暑い日々が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか……
7月生まれということもあり、夏が大好き夏男を自認していた犬神も、この猛暑の連続に少しずつスタミナを削られ、最低限生きるだけの日々を過ごしている感じです。
何せちょっと前ならば、好んで身体を動かし発汗を促していたのに、今は座ってようが寝てようが汗がドバドバ出てきてたまらない。おかげですぐにシャツはビシャビシャになるし、こんなことが続けば、そのうち私の身の回りで異臭騒ぎが起こりかねません。
あれあれ……どうしてこんなところで汗の臭いが……?
何なんだ……? この臭いの発生源は……?
何だ……? 何だ……? 何……?
あ……オレだった……
こんなことになったら、私は自分で自分を殴ってやりたくなるので、そうならないよう近頃は色々と対策をしています。それは外的な部分(シャツが濡れて不快、異臭が起こったらもっともっと不快)もそうですし、内的な部分(水分・ミネラル不足で熱中症)もそうです。
まず、「替えのTシャツを持っていく」。その替えのTシャツもすぐに汗が染みてしまいますが、1枚のシャツをずっと着続けるよりは格段にマシというものです。
それに「水をたくさん飲む」。これはまあ当たり前なのですが、同時に「塩飴をなめる」ことを、やるようになりました。
以前熱中症と思しき症状に襲われた時の恐怖があるので、とにかく水分補給はおこならないのですが、この時水道水だと水分はいいもののミネラル(ナトリウム成分とか)が足りなくて、どうもよろしくない。
初めからきちんとそういった成分が入ったミネラルウォーターを飲めればそれに越したことはないのですが、そうもいかない時にこの飴をプラスすれば、熱中症対策は万全と言うもの。身体の方の調子を整えたら、あとは気合で乗り切るだけです。
ちなみに私が今よく食べているのは佐久間『塩チャージング』というやつです。グレープフルーツ風味でなかなかいい感じなのですが、なめていると塩の刺激なのか、舌が若干ビリビリしてきます……水なしでなめるとちょっとキツイかも?
その他『シーブリーズを身体に塗る』『おしぼりウェッティーみたいなので身体を拭く』など、これまでにないくらいボディケアに積極的に取り組んでいる今日この頃です。真夏の暑さは好きだけど、下手すると死んじゃうくらいなのでね、そこは常に気をつけていきたいと思います。
7月生まれということもあり、夏が大好き夏男を自認していた犬神も、この猛暑の連続に少しずつスタミナを削られ、最低限生きるだけの日々を過ごしている感じです。
何せちょっと前ならば、好んで身体を動かし発汗を促していたのに、今は座ってようが寝てようが汗がドバドバ出てきてたまらない。おかげですぐにシャツはビシャビシャになるし、こんなことが続けば、そのうち私の身の回りで異臭騒ぎが起こりかねません。
あれあれ……どうしてこんなところで汗の臭いが……?
何なんだ……? この臭いの発生源は……?
何だ……? 何だ……? 何……?
あ……オレだった……
こんなことになったら、私は自分で自分を殴ってやりたくなるので、そうならないよう近頃は色々と対策をしています。それは外的な部分(シャツが濡れて不快、異臭が起こったらもっともっと不快)もそうですし、内的な部分(水分・ミネラル不足で熱中症)もそうです。
まず、「替えのTシャツを持っていく」。その替えのTシャツもすぐに汗が染みてしまいますが、1枚のシャツをずっと着続けるよりは格段にマシというものです。
それに「水をたくさん飲む」。これはまあ当たり前なのですが、同時に「塩飴をなめる」ことを、やるようになりました。
以前熱中症と思しき症状に襲われた時の恐怖があるので、とにかく水分補給はおこならないのですが、この時水道水だと水分はいいもののミネラル(ナトリウム成分とか)が足りなくて、どうもよろしくない。
初めからきちんとそういった成分が入ったミネラルウォーターを飲めればそれに越したことはないのですが、そうもいかない時にこの飴をプラスすれば、熱中症対策は万全と言うもの。身体の方の調子を整えたら、あとは気合で乗り切るだけです。
ちなみに私が今よく食べているのは佐久間『塩チャージング』というやつです。グレープフルーツ風味でなかなかいい感じなのですが、なめていると塩の刺激なのか、舌が若干ビリビリしてきます……水なしでなめるとちょっとキツイかも?
その他『シーブリーズを身体に塗る』『おしぼりウェッティーみたいなので身体を拭く』など、これまでにないくらいボディケアに積極的に取り組んでいる今日この頃です。真夏の暑さは好きだけど、下手すると死んじゃうくらいなのでね、そこは常に気をつけていきたいと思います。
秋田港に行って来ました。
それに関しては、ちょっとこのブログでは大きすぎるので、数ヵ月ぶりにホームページのほうにて公開することにしました。
真夏の幻想・炎天下の疾走――2010年8月4日、秋田港にて
で、このときは100ページほどしか読めなかった『夜は短し、歩けよ乙女』の続きを、遅番であることをいいことにぶっ通しで一気に読んだのですが。
いや、参ったな、こりゃ……。
『四畳半神話大系』もそうだったのですが、こんなにページをめくることにときめき、もうすぐ終わってしまうことを切なく思ったのは、本当に久しぶりでした。
この小説で気持ちを加速させたことも、コレだけ長い旅行記を書く手助けになった……たぶん、そうなんでしょう。これは否定できません。
油断すると、またまたまだまだ長い言葉が出てきそうなので、強引に短い言葉でぶった切ると、実際に自分が高校生・大学生だった頃に慎重に避けて通ってきた『せーしゅん』というやつを、1日でいっぺんに体験しようとしたような、そんな試みであったように思います。
でも、それは文字通り『身に余るほどの』シロモノだったので、いっぱいとりこぼして。
何とか取り込んだ分が消化しきれず未だおなかの中でグツグツ煮えたぎっている。それが今の私なんだろう、と思います。
たぶん、数日はこのグツグツ状態が続くでしょう。
来週にはまた大きな旅行が控えています。それまで慎重に気持ちをなだめながら、過ごさないとね。
それに関しては、ちょっとこのブログでは大きすぎるので、数ヵ月ぶりにホームページのほうにて公開することにしました。
真夏の幻想・炎天下の疾走――2010年8月4日、秋田港にて
で、このときは100ページほどしか読めなかった『夜は短し、歩けよ乙女』の続きを、遅番であることをいいことにぶっ通しで一気に読んだのですが。
いや、参ったな、こりゃ……。
『四畳半神話大系』もそうだったのですが、こんなにページをめくることにときめき、もうすぐ終わってしまうことを切なく思ったのは、本当に久しぶりでした。
この小説で気持ちを加速させたことも、コレだけ長い旅行記を書く手助けになった……たぶん、そうなんでしょう。これは否定できません。
油断すると、またまたまだまだ長い言葉が出てきそうなので、強引に短い言葉でぶった切ると、実際に自分が高校生・大学生だった頃に慎重に避けて通ってきた『せーしゅん』というやつを、1日でいっぺんに体験しようとしたような、そんな試みであったように思います。
でも、それは文字通り『身に余るほどの』シロモノだったので、いっぱいとりこぼして。
何とか取り込んだ分が消化しきれず未だおなかの中でグツグツ煮えたぎっている。それが今の私なんだろう、と思います。
たぶん、数日はこのグツグツ状態が続くでしょう。
来週にはまた大きな旅行が控えています。それまで慎重に気持ちをなだめながら、過ごさないとね。
『けいおん!』というやつを見ました。
たまたま地上波で放送していることに気づくことが出来たためです。
先日より新たなる世界を切り開くために、当節流行のアニメを見まくる! といった宣言をした犬神にとって、最大流行中のこのアニメは、まあ欠かすことの出来ないと言うか、避けて通ることの出来ない関門ですからね。
何を言うにしても、まあ見てからだろう、ということで。
……私が初めて見たのは「#16 先輩!」という話。事前知識はほぼゼロです。
(ああ、いきなり2年生の子がひとりと、3年生の子たちが……4人?)
(これ、みんなバンドのメンバーなの? なんか、ケーキ食べたりして、全然それらしい雰囲気じゃないんだけど……)
(……)
そして残りの時間、黙ってじっくりと最後の最後まで見て、つい口にしてしまった言葉が。
「……まあ、がんばれ、ナントカにゃん」(名前が覚えられなかった)
今、こんな記事をハヤブサさんのFight with dream(1995年川崎球場版・犬神が一番強い気持ちをもらえる曲)を書いているのですが、ふむう……今風のアニメで言えば『エヴァンゲリオン新劇場版』を見る時のごとき覚悟で臨んだところ、見事に肩透かしを食ってしまい、むしろ譜面台をふっ飛ばしながら壁に激突するがごとき脱力感を味わってしまいました。
こないだ『Angel Beats!』を見た時もそうだったのですが、最近のアニメって、あんまり気合入れて見なくてもいいのかな。そんな気がしました。
でも。
一回見たら消してやろうと思っていたのですが、まあまだハードディスクに余裕もあるし、とりあえず未定延期としておきましょう。そして、どことなく私の感情も、2年生の子にシンクロしていたなあ、とシンパシーを覚えてしまったのでした(最初に気合を入れて、そのあと気合いを抜かれてふにゃふにゃになって……)。
たまたま地上波で放送していることに気づくことが出来たためです。
先日より新たなる世界を切り開くために、当節流行のアニメを見まくる! といった宣言をした犬神にとって、最大流行中のこのアニメは、まあ欠かすことの出来ないと言うか、避けて通ることの出来ない関門ですからね。
何を言うにしても、まあ見てからだろう、ということで。
……私が初めて見たのは「#16 先輩!」という話。事前知識はほぼゼロです。
(ああ、いきなり2年生の子がひとりと、3年生の子たちが……4人?)
(これ、みんなバンドのメンバーなの? なんか、ケーキ食べたりして、全然それらしい雰囲気じゃないんだけど……)
(……)
そして残りの時間、黙ってじっくりと最後の最後まで見て、つい口にしてしまった言葉が。
「……まあ、がんばれ、ナントカにゃん」(名前が覚えられなかった)
今、こんな記事をハヤブサさんのFight with dream(1995年川崎球場版・犬神が一番強い気持ちをもらえる曲)を書いているのですが、ふむう……今風のアニメで言えば『エヴァンゲリオン新劇場版』を見る時のごとき覚悟で臨んだところ、見事に肩透かしを食ってしまい、むしろ譜面台をふっ飛ばしながら壁に激突するがごとき脱力感を味わってしまいました。
こないだ『Angel Beats!』を見た時もそうだったのですが、最近のアニメって、あんまり気合入れて見なくてもいいのかな。そんな気がしました。
でも。
一回見たら消してやろうと思っていたのですが、まあまだハードディスクに余裕もあるし、とりあえず未定延期としておきましょう。そして、どことなく私の感情も、2年生の子にシンクロしていたなあ、とシンパシーを覚えてしまったのでした(最初に気合を入れて、そのあと気合いを抜かれてふにゃふにゃになって……)。
寺山修司の『幻想図書館』(河出文庫)で最初に紹介されたのが、髪に関するアレコレの面白エピソードを収録した、そのままズバリ『髪』という本でした。
この章の締めくくりに、寺山氏は「あすは床屋に行こう」と言っているのですが、犬神は昨日、床屋に行ってきました。
なので、今日はそれっぽい……髪に関する話をしたいと思います。
といっても、10年前と比べて少しずつ上昇しつつある私の前線の話などをしても、面白くも何ともないので、別な話題で今日は書きます。さしあたって『女性の髪型』について。
『幻想図書館』によれば、ルネッサンス時代の女性たちは独身時代は長い髪を垂らしているものの、結婚するとその髪を束ねてしまうのだそうです。もちろんそれにも理由があって、要するにもう人妻なのに長い髪を垂らして他の男をたぶらかしてはいけないため、なのだとか。
無論21世紀の日本においては、女性がどんな髪型にしようと自由であり、短かろうと長かろうと綺麗な人は綺麗だし可愛い人は可愛いと誰もが思うところですが、まあそれでも長い髪を垂らした女性の方が好きだという私の趣味もあながちおかしなことではないのかな、と思いました。
ただ、そういった黒髪が好きな人たちがあまり過激になりすぎて、『国民精神総動員委員会』という舌をかみそうな組織のもと、パーマや何やといったものを軒並み中止させるようなことになるのでしょうが。ああ、これは戦前の話です。ついでに言えば寺山氏はこの件について『国粋主義とは処女礼賛のことなのか、と思った』と断罪しており、思わず笑ってしまいました。
この話、もう少し続きます。
次は、髪型などについて、もう少し語りたいと思います。
この章の締めくくりに、寺山氏は「あすは床屋に行こう」と言っているのですが、犬神は昨日、床屋に行ってきました。
なので、今日はそれっぽい……髪に関する話をしたいと思います。
といっても、10年前と比べて少しずつ上昇しつつある私の前線の話などをしても、面白くも何ともないので、別な話題で今日は書きます。さしあたって『女性の髪型』について。
『幻想図書館』によれば、ルネッサンス時代の女性たちは独身時代は長い髪を垂らしているものの、結婚するとその髪を束ねてしまうのだそうです。もちろんそれにも理由があって、要するにもう人妻なのに長い髪を垂らして他の男をたぶらかしてはいけないため、なのだとか。
無論21世紀の日本においては、女性がどんな髪型にしようと自由であり、短かろうと長かろうと綺麗な人は綺麗だし可愛い人は可愛いと誰もが思うところですが、まあそれでも長い髪を垂らした女性の方が好きだという私の趣味もあながちおかしなことではないのかな、と思いました。
ただ、そういった黒髪が好きな人たちがあまり過激になりすぎて、『国民精神総動員委員会』という舌をかみそうな組織のもと、パーマや何やといったものを軒並み中止させるようなことになるのでしょうが。ああ、これは戦前の話です。ついでに言えば寺山氏はこの件について『国粋主義とは処女礼賛のことなのか、と思った』と断罪しており、思わず笑ってしまいました。
この話、もう少し続きます。
次は、髪型などについて、もう少し語りたいと思います。
はっきり言って読みづらいタイトルで恐縮なのですが、どういうことかというと、こういうことです。毎日jpからの引用です。
酷評看板:美少女キャラ衣替え 福岡
福岡市中心部で「景観破壊」と酷評されてきた大手出会い系サイトの巨大看板(縦10メートル、横17メートル)が31日、この看板に掲示するアート作品の公募を呼びかける内容に衣替えされた。
看板は昨年9月に設置された。大きな瞳の美少女キャラが「もういちど、恋をしよう」と呼びかける内容だった。市民団体「福岡・住環境を守る会」の「福岡まちこわし大賞」特別賞に選ばれるなど市民の批判を受け、驚いたサイト運営会社は今年2月「看板を若いアーティストらの作品発表の場に再生する」と市民団体側に提案。現在、掲示する作品を市民投票で選ぶ計画が進んでいる。
新看板は、9月の作品募集開始を前に「みんなのアートコンペArt here!」と市民の参加を呼びかける内容。近くの会社員、舌間(したま)謙二さん(29)は「最初に看板が出た時はショッキングだったが、面白い試み。市民投票にはぜひ参加してみたい」と話していた。
一瞬、検索結果の中に紛れ込んできた某巨大掲示板では、賢いお方がよろしい言葉で政治批判をされておりましたが、私はもちろんそんな意見には耳を貸さず目も貸さず、自分の感想だけをここで述べたいと思います。
まず、「福岡まちこわし大賞」というものがあるのに笑ってしまいました。「まちおこし」ならよく聞きますが、「まちこわし」。なかなか破壊的な響きです。
毎日jpではすでに改装中の看板の写真しかなく、実際どういったものが栄えある? 受賞を果たしたのか、市民団体の公式ホームページを見てみました。

……こ、これは……キツイかも(苦笑)。
いやね、老若男女あらゆる人が行き交う公共の場において、コレはあまりにも刺激的というか、週刊プレイボーイの裏表紙ならモチロンOKですが、美観景観ついでに教育上よろしくありません。糾弾されてしかるべき、撤去されてしかるべきでしょう。
こう言うと、表現の自由がどうとか、こうとか、そういった反論もあろうと思いますが、そういうのを表現したいならそれにふさわしい場所ですればよろしい。何も往来でこんなソフトポルノな看板を掲げることはないだろう! と思うのです。
その他の表彰対象については、まあ私は福岡の人間ではないのでよくわかりませんが、パチンコ屋に関する言葉は、なるほどと理解できます。一昔前のパチンコ屋と言えば、我が街でもそうでしたが、ラスベガスもかくやと言わんばかりの超絶電飾で、街の景観を徹底破壊していましたしね。
それが多少おとなしくなったとはいえ、国道沿いにポツポツと建てられているパチンコ屋・パチスロ屋の看板を見るたびに、何となく眉をひそめてしまいます。もちろん、中には随分とマシなものもありますが。
少々、個人的な趣味も入ってしまったので、あまり多くを語ることはしませんが、この「福岡まちこわし大賞」というのは、実に面白いと思いました。第3回の発表を楽しみにしたいと思います。
----------引用----------
酷評看板:美少女キャラ衣替え 福岡
福岡市中心部で「景観破壊」と酷評されてきた大手出会い系サイトの巨大看板(縦10メートル、横17メートル)が31日、この看板に掲示するアート作品の公募を呼びかける内容に衣替えされた。
看板は昨年9月に設置された。大きな瞳の美少女キャラが「もういちど、恋をしよう」と呼びかける内容だった。市民団体「福岡・住環境を守る会」の「福岡まちこわし大賞」特別賞に選ばれるなど市民の批判を受け、驚いたサイト運営会社は今年2月「看板を若いアーティストらの作品発表の場に再生する」と市民団体側に提案。現在、掲示する作品を市民投票で選ぶ計画が進んでいる。
新看板は、9月の作品募集開始を前に「みんなのアートコンペArt here!」と市民の参加を呼びかける内容。近くの会社員、舌間(したま)謙二さん(29)は「最初に看板が出た時はショッキングだったが、面白い試み。市民投票にはぜひ参加してみたい」と話していた。
----------引用ここまで----------
一瞬、検索結果の中に紛れ込んできた某巨大掲示板では、賢いお方がよろしい言葉で政治批判をされておりましたが、私はもちろんそんな意見には耳を貸さず目も貸さず、自分の感想だけをここで述べたいと思います。
まず、「福岡まちこわし大賞」というものがあるのに笑ってしまいました。「まちおこし」ならよく聞きますが、「まちこわし」。なかなか破壊的な響きです。
毎日jpではすでに改装中の看板の写真しかなく、実際どういったものが栄えある? 受賞を果たしたのか、市民団体の公式ホームページを見てみました。
……こ、これは……キツイかも(苦笑)。
いやね、老若男女あらゆる人が行き交う公共の場において、コレはあまりにも刺激的というか、週刊プレイボーイの裏表紙ならモチロンOKですが、美観景観ついでに教育上よろしくありません。糾弾されてしかるべき、撤去されてしかるべきでしょう。
こう言うと、表現の自由がどうとか、こうとか、そういった反論もあろうと思いますが、そういうのを表現したいならそれにふさわしい場所ですればよろしい。何も往来でこんなソフトポルノな看板を掲げることはないだろう! と思うのです。
その他の表彰対象については、まあ私は福岡の人間ではないのでよくわかりませんが、パチンコ屋に関する言葉は、なるほどと理解できます。一昔前のパチンコ屋と言えば、我が街でもそうでしたが、ラスベガスもかくやと言わんばかりの超絶電飾で、街の景観を徹底破壊していましたしね。
それが多少おとなしくなったとはいえ、国道沿いにポツポツと建てられているパチンコ屋・パチスロ屋の看板を見るたびに、何となく眉をひそめてしまいます。もちろん、中には随分とマシなものもありますが。
少々、個人的な趣味も入ってしまったので、あまり多くを語ることはしませんが、この「福岡まちこわし大賞」というのは、実に面白いと思いました。第3回の発表を楽しみにしたいと思います。
昨日から、我が岩手県は盛岡市で「さんさ踊り」が開幕しました。
一応、全国の方がご覧になるブログですので説明しますと、これは岩手県の県庁所在地たる盛岡市の行政・警察・ありとあらゆる商業組織が一丸となり、街の中心街を笛と太鼓のBGMに合わせて踊りつつ練り歩くという、一年を通じても最大規模のお祭りなんですが。
人によっては(私の親)、「ただ踊ってるのを眺めてたって面白くない」といわれるのですが……そう言われればそうだけど、としかと言えないのですが……まだ始まる前から街道の両脇にゴザなりブルーシートなりを敷いて缶ビールやお弁当など、花見かなんかのような感覚で構えている人たちがたくさんいる、やっぱり盛り上がる祭りなのです。
何だかんだ言いながら、私もそれなりに毎年毎年その熱気に揉まれていて。
仕事があってそうすることが出来ない年でもその歓声をオフィスで聞いて何となく参加している気分になるくらい好きなのです。……まあ、中には「仕事してんのにウルサイ!」と激怒する女の子もいるので、あまり好きとはいえないのですが。
今年はまだ本格的に始まる前に会社を出たこと、『四畳半神話大系』を読んだことで久々に大学生の頃のような気持ちに戻っていたことなどもあり、
「祭りが本格的に始まる前に、ストイックに古本屋にだけ寄って帰ろう」
と思い、大学の頃に行きまくっていた盛岡随一の古書店『キリン書房』に久しぶりに足を運び、澁澤龍彦や寺山修司といった、これまた当時濫読していた本を購入。
……それでそのまま帰ればよかったのですが、何となく懐かしい気持ちも手伝い、もう少し街を歩いてみることに。
そして、愕然としてしまいました。
私が子どもの頃によく行っていた商店街の雰囲気が、がらりと変わっていたのでした。
飲食店の入っていたビルの1階がセブンイレブンになってる。アーケード街の入り口にあったマクドナルドが空き店舗になってる。他の店舗も空っぽになってたり、妙に小奇麗にリニューアルされていたり、なんだか少々味気なくなってしまっていました。
こういった変化をリアルタイムに感じることができず、なくなってからビックリするのは、本当に寂しいです。20年以上、就学前から知っていて、親しんでいたところだけにね。もうこの街の住人じゃないんだって言うことを痛感して。
まあ、そんな寂しい思いもしつつ、もう一度キリン書房の辺りまで戻り、それから家路へとついたのでしたが。
今年は新しい出店の食べ物がなかったのが、ちょっと残念でした。『トルネードポテト』(2008年)などのような、ヘンテコな食べ物がなくてね。
その代わり焼き鳥とかホルモンとか、ビールが5杯くらい飲めそうなものばっかりが氾濫していて。ひとつでも口にしたらもう車で帰れなくなることは火を見るより明らかだったので、そこはストイックに、まっすぐ家に帰ってきました。
まあね、浴衣とか作務衣みたいな浴衣(下がハーフパンツみたいなの)とか下がスカートみたいな浴衣(フリフリしてる感じ)とか、あとは水樹奈々のPVみたいなカッコイイカワイイ服を着た子とか、普通に学校ジャージの子とか、そうかと思えば黒の紋付でビシッと決めたオジサマがいたり、浴衣と言うか着流しにサングラスと言う、一歩間違えればその筋の人に見えなくもない格好をした人とか。
そういった人たちとすれ違い、パレードに参加するための衣装を着た人たちの波を抜け、はたまたゲゲゲの鬼太郎と『怪物くん』のドラキュラが同じ場所で出番を待っているのを横目に眺めながら、黙々とスーツ姿で歩いてきました。我ながらなんともストイックなことだとは思いましたが、やはり夏は夏らしく、涼しい格好をしたい。そう思った蒸し暑い夏の日だったのでした。
一応、全国の方がご覧になるブログですので説明しますと、これは岩手県の県庁所在地たる盛岡市の行政・警察・ありとあらゆる商業組織が一丸となり、街の中心街を笛と太鼓のBGMに合わせて踊りつつ練り歩くという、一年を通じても最大規模のお祭りなんですが。
人によっては(私の親)、「ただ踊ってるのを眺めてたって面白くない」といわれるのですが……そう言われればそうだけど、としかと言えないのですが……まだ始まる前から街道の両脇にゴザなりブルーシートなりを敷いて缶ビールやお弁当など、花見かなんかのような感覚で構えている人たちがたくさんいる、やっぱり盛り上がる祭りなのです。
何だかんだ言いながら、私もそれなりに毎年毎年その熱気に揉まれていて。
仕事があってそうすることが出来ない年でもその歓声をオフィスで聞いて何となく参加している気分になるくらい好きなのです。……まあ、中には「仕事してんのにウルサイ!」と激怒する女の子もいるので、あまり好きとはいえないのですが。
今年はまだ本格的に始まる前に会社を出たこと、『四畳半神話大系』を読んだことで久々に大学生の頃のような気持ちに戻っていたことなどもあり、
「祭りが本格的に始まる前に、ストイックに古本屋にだけ寄って帰ろう」
と思い、大学の頃に行きまくっていた盛岡随一の古書店『キリン書房』に久しぶりに足を運び、澁澤龍彦や寺山修司といった、これまた当時濫読していた本を購入。
……それでそのまま帰ればよかったのですが、何となく懐かしい気持ちも手伝い、もう少し街を歩いてみることに。
そして、愕然としてしまいました。
私が子どもの頃によく行っていた商店街の雰囲気が、がらりと変わっていたのでした。
飲食店の入っていたビルの1階がセブンイレブンになってる。アーケード街の入り口にあったマクドナルドが空き店舗になってる。他の店舗も空っぽになってたり、妙に小奇麗にリニューアルされていたり、なんだか少々味気なくなってしまっていました。
こういった変化をリアルタイムに感じることができず、なくなってからビックリするのは、本当に寂しいです。20年以上、就学前から知っていて、親しんでいたところだけにね。もうこの街の住人じゃないんだって言うことを痛感して。
まあ、そんな寂しい思いもしつつ、もう一度キリン書房の辺りまで戻り、それから家路へとついたのでしたが。
今年は新しい出店の食べ物がなかったのが、ちょっと残念でした。『トルネードポテト』(2008年)などのような、ヘンテコな食べ物がなくてね。
その代わり焼き鳥とかホルモンとか、ビールが5杯くらい飲めそうなものばっかりが氾濫していて。ひとつでも口にしたらもう車で帰れなくなることは火を見るより明らかだったので、そこはストイックに、まっすぐ家に帰ってきました。
まあね、浴衣とか作務衣みたいな浴衣(下がハーフパンツみたいなの)とか下がスカートみたいな浴衣(フリフリしてる感じ)とか、あとは水樹奈々のPVみたいなカッコイイカワイイ服を着た子とか、普通に学校ジャージの子とか、そうかと思えば黒の紋付でビシッと決めたオジサマがいたり、浴衣と言うか着流しにサングラスと言う、一歩間違えればその筋の人に見えなくもない格好をした人とか。
そういった人たちとすれ違い、パレードに参加するための衣装を着た人たちの波を抜け、はたまたゲゲゲの鬼太郎と『怪物くん』のドラキュラが同じ場所で出番を待っているのを横目に眺めながら、黙々とスーツ姿で歩いてきました。我ながらなんともストイックなことだとは思いましたが、やはり夏は夏らしく、涼しい格好をしたい。そう思った蒸し暑い夏の日だったのでした。
まあ、何だかんだ言いながら、やっぱり私に『プロレスを教えてくれた人』なので、動静は気になります。ブログもほぼ毎日更新していらっしゃるので、それならとばかりにのぞいてしまいます。
ええ、コジログです。
プロレスラー・小島聡さんの日常や、リング上では見せない心情などを丁寧な言葉でつづるこのブログは、すごく面白いのですが……全日本退団を表明したあたりからかな。記事を読むたびに、なんとなく切ない気持ちを感じるようになって。
で、私も黙ってられなくなるくらい決定的になったのが、今日の記事で。
8月に入りました|小島聡 オフィシャルブログ 『コジログ』
退団直前にもほのかに匂わせていた、フリーになる決心をした理由。それがケガのせいだけではない、ということ。
記事の言葉を引用させていただくと、
『自分と全日本プロレスと武藤さんとの関係』
ということ……。
確かに武藤さんの本『プロレスで生きる』を読んだ時に、「小島の明るいキャラクタを俺は買ってたんだけど、意外と暗かったんだよな」なんつって、あっさり言っちゃってて。
まあ、これは武藤さんなりの言い回しなんだろうなと思っていたのですが……やっぱり、そう言った部分ですれ違いがあったのかしら。すれ違いって、なんだか芸能人の離婚みたいな言い方ですが。ともかく、そんな風に勘ぐってしまいます。
もちろん、人間関係だから、多少うまく行かないこともあるとは思うのですが。
それでも不安感がぬぐえないのは、やっぱり「人間・小島聡」がプロレスラーらしくないほどいい人、気遣いの人だから。
現在フリーランスでバリバリ活躍しているミノ様こと稔さんや高山(善廣)さんみたいに、「自分でやりたいことをやるからフリーでやらせてもらうぜ!」つって飛び出したわけじゃなくて、やむにやまれず団体を飛び出して、生きていくために他団体に出て行く……っていう感じだからかな。
今月参加することになった『G1クライマックス』にしても、「オメーラ全員、この腕でぶっ飛ばしてやるよバカヤロー!」みたいな勢いがないから、本当に大丈夫なの? といった心配ばかりが先行してしまいます。
まあ、この心配が杞憂であってくれれば、もちろん、最高です。新日本なら今のべらんめえチャンピオンとか棚橋さんとか、力も華も小島さんよりありそうな人たちがたくさんいるから余計に心配なのですが、それをひっくり返してくれればいいなあ、と切に思います。
あえて言います。プロレスラーなんだから、こんなことファンに心配させないでください! 復帰戦では誰彼構わずぶっ飛ばして、安心させてください!
追記(9/28):杞憂も杞憂、大杞憂でしたね……こちらで、この時の言葉に関する謝罪をしています(笑)。
ええ、コジログです。
プロレスラー・小島聡さんの日常や、リング上では見せない心情などを丁寧な言葉でつづるこのブログは、すごく面白いのですが……全日本退団を表明したあたりからかな。記事を読むたびに、なんとなく切ない気持ちを感じるようになって。
で、私も黙ってられなくなるくらい決定的になったのが、今日の記事で。
8月に入りました|小島聡 オフィシャルブログ 『コジログ』
退団直前にもほのかに匂わせていた、フリーになる決心をした理由。それがケガのせいだけではない、ということ。
記事の言葉を引用させていただくと、
『自分と全日本プロレスと武藤さんとの関係』
ということ……。
確かに武藤さんの本『プロレスで生きる』を読んだ時に、「小島の明るいキャラクタを俺は買ってたんだけど、意外と暗かったんだよな」なんつって、あっさり言っちゃってて。
まあ、これは武藤さんなりの言い回しなんだろうなと思っていたのですが……やっぱり、そう言った部分ですれ違いがあったのかしら。すれ違いって、なんだか芸能人の離婚みたいな言い方ですが。ともかく、そんな風に勘ぐってしまいます。
もちろん、人間関係だから、多少うまく行かないこともあるとは思うのですが。
それでも不安感がぬぐえないのは、やっぱり「人間・小島聡」がプロレスラーらしくないほどいい人、気遣いの人だから。
現在フリーランスでバリバリ活躍しているミノ様こと稔さんや高山(善廣)さんみたいに、「自分でやりたいことをやるからフリーでやらせてもらうぜ!」つって飛び出したわけじゃなくて、やむにやまれず団体を飛び出して、生きていくために他団体に出て行く……っていう感じだからかな。
今月参加することになった『G1クライマックス』にしても、「オメーラ全員、この腕でぶっ飛ばしてやるよバカヤロー!」みたいな勢いがないから、本当に大丈夫なの? といった心配ばかりが先行してしまいます。
まあ、この心配が杞憂であってくれれば、もちろん、最高です。新日本なら今のべらんめえチャンピオンとか棚橋さんとか、力も華も小島さんよりありそうな人たちがたくさんいるから余計に心配なのですが、それをひっくり返してくれればいいなあ、と切に思います。
あえて言います。プロレスラーなんだから、こんなことファンに心配させないでください! 復帰戦では誰彼構わずぶっ飛ばして、安心させてください!
追記(9/28):杞憂も杞憂、大杞憂でしたね……こちらで、この時の言葉に関する謝罪をしています(笑)。
プライベートと言うか、業務上のめんどくさいことが山積みで、物語を読んで何とか気持ちのバランスを取っているところですが。
昨日は宮澤賢治の『蛙のゴム靴』『シグナルとシグナレス』を読みました。……地元出身の有名作家で、そういうこともあって子どもの頃からその名前や代表作のタイトル、さらには記念館にも年に1度くらい足を運ぶようなファンでありながら、今までほとんど触れたことがなかったボケナスだったのです。
『蛙のゴム靴』は、3匹の雄蛙(と、1匹の雌蛙)がゴム靴をめぐって小さないさかいを繰り広げる短編です。
評論家の人、批評家の人であれば、一言一句を取り上げてその意味合いと言うか、何かを見出すのでしょうが、犬神にはそこまでわかりません。ただ素直に「随分と意地の悪いことをするものだ」と思ったり、「ああ、もうダメだもう終わってしまった」と思ったり、そうでもなかったり。
とにかく、まあ、感情的にはとてもドキドキワクワクしたので、よかったです。
『シグナルとシグナレス』は、東北本線の新式信号機『シグナル(男)』と、岩手軽便鉄道の旧式信号機『シグナレス(女)』の淡い恋愛物語です。
これもまたwikipediaを読めばなんだかんだと書いてありますが、私はこれまた単純に深窓の令嬢(※)のような繊細なシグナレスに胸をときめかせ、すぐに返事をもらわないと勝手に絶望して「雷に打たれて死んでしまいたい、消えてしまいたい」と嘆く、妙にせっかちなシグナルに笑いました。
もっとも、ふたりの恋はそう簡単に成就するものではありません。後見人を自称する古参の電信柱は身分の違うふたりが結ばれることに反対しています。果たしてこの恋はかなうのかどうなのか。すごく気持ちのいいファンタジー短編でした。
本来アニメとか、そういったものをもっと見なければいけないのですが、残業で時間が取れないこともあって、なかなかそうはいかないのがつらいところ。ならばせめて、インターネット上で物語を読んで、少しでも感情のバランスを取るべきか。
(※ そういう言葉があるのは、知らないわけではありませんでしたが、実際に使いこなしているのを『四畳半神話大系』で見て、つい使いたくなったので使いました)
昨日は宮澤賢治の『蛙のゴム靴』『シグナルとシグナレス』を読みました。……地元出身の有名作家で、そういうこともあって子どもの頃からその名前や代表作のタイトル、さらには記念館にも年に1度くらい足を運ぶようなファンでありながら、今までほとんど触れたことがなかったボケナスだったのです。
『蛙のゴム靴』は、3匹の雄蛙(と、1匹の雌蛙)がゴム靴をめぐって小さないさかいを繰り広げる短編です。
評論家の人、批評家の人であれば、一言一句を取り上げてその意味合いと言うか、何かを見出すのでしょうが、犬神にはそこまでわかりません。ただ素直に「随分と意地の悪いことをするものだ」と思ったり、「ああ、もうダメだもう終わってしまった」と思ったり、そうでもなかったり。
とにかく、まあ、感情的にはとてもドキドキワクワクしたので、よかったです。
『シグナルとシグナレス』は、東北本線の新式信号機『シグナル(男)』と、岩手軽便鉄道の旧式信号機『シグナレス(女)』の淡い恋愛物語です。
これもまたwikipediaを読めばなんだかんだと書いてありますが、私はこれまた単純に深窓の令嬢(※)のような繊細なシグナレスに胸をときめかせ、すぐに返事をもらわないと勝手に絶望して「雷に打たれて死んでしまいたい、消えてしまいたい」と嘆く、妙にせっかちなシグナルに笑いました。
もっとも、ふたりの恋はそう簡単に成就するものではありません。後見人を自称する古参の電信柱は身分の違うふたりが結ばれることに反対しています。果たしてこの恋はかなうのかどうなのか。すごく気持ちのいいファンタジー短編でした。
本来アニメとか、そういったものをもっと見なければいけないのですが、残業で時間が取れないこともあって、なかなかそうはいかないのがつらいところ。ならばせめて、インターネット上で物語を読んで、少しでも感情のバランスを取るべきか。
(※ そういう言葉があるのは、知らないわけではありませんでしたが、実際に使いこなしているのを『四畳半神話大系』で見て、つい使いたくなったので使いました)
坂口安吾の『白痴』(新潮文庫)を手に取ったのは、高校2年生のときでした。
古本屋だか古本市だかで見つけた色あせてボロい文庫版で、古い時代の装丁だから味気なく明朝体で『白痴 坂口安吾』と書いているだけで。
その頃は犬神もそれなりに自分のアイデンティティを模索していた時期で、身の回りの人々は煙草を吸ったりパチスロに行ったり万引き行為をしたり(発覚、停学処分に)して世間に反抗、「自分なり」を満喫していたのですが、私はそういった古い文学、一般の人が眉をひそめそうな文学を読んでやろうと思ったのが、きっかけでした。
そんな偏屈街道へ向けて駆け出した犬神にとっては、うってつけのタイトルでした。
携帯でもPCでも一発で変換できない、させないようにしている? この言葉。なんともたまらない響きです。
夏休み前の三者面談で、担任の女教師に向けて、自信満々に、
「最近は、坂口安吾とかを読んでますね……」
などと言ってやったのも、よく覚えています。
もっとも、その後フンと鼻で笑われて、「ああ、いかにもって感じだね。高校生らしいよね……」と言われたのは心外でした。あれ? そういうリアクションなの? というのが正直な感想。
実際、読んだことは読んだものの、犬神の当時の読解力ではその20パーセントほども理解できていなかったように思います。ただ「読んだ」という事実だけ。
そして、ある意味それで十分だったのかもしれません。
「おれはライトノベルなんかじゃ満足できない。やっぱり文学だね。坂口安吾とか、そういったものを読まないとイカンよ」
つって、そういう「読んだ」という事実だけを身につけてね。
で、今、29歳になって読み返してみると……
なるほど、コレは面白い。
当時はただ、ひとりの男がひとりの白痴女と出会い、暮らす物語である、といった程度の認識しか出来なかったのですが、主人公の思想や何やといったものをひとつひとつ読み解いていくと、恋に落ちるでもなく愛を深めるでもない、なんとも言いようのない不思議な心地よさを感じました。
まあ、私は評論家ではないし、文学オタクにすらなりそこなった「普通の人」ですから、あんまり難しいことは言えません。
でも、これは面白い。こうして読み返すきっかけにもなったから、当時この本を手に取ったことは無駄ではなかったと、当時の自分にちょっとだけ感謝したい気持ちです。
古本屋だか古本市だかで見つけた色あせてボロい文庫版で、古い時代の装丁だから味気なく明朝体で『白痴 坂口安吾』と書いているだけで。
その頃は犬神もそれなりに自分のアイデンティティを模索していた時期で、身の回りの人々は煙草を吸ったりパチスロに行ったり万引き行為をしたり(発覚、停学処分に)して世間に反抗、「自分なり」を満喫していたのですが、私はそういった古い文学、一般の人が眉をひそめそうな文学を読んでやろうと思ったのが、きっかけでした。
そんな偏屈街道へ向けて駆け出した犬神にとっては、うってつけのタイトルでした。
携帯でもPCでも一発で変換できない、させないようにしている? この言葉。なんともたまらない響きです。
夏休み前の三者面談で、担任の女教師に向けて、自信満々に、
「最近は、坂口安吾とかを読んでますね……」
などと言ってやったのも、よく覚えています。
もっとも、その後フンと鼻で笑われて、「ああ、いかにもって感じだね。高校生らしいよね……」と言われたのは心外でした。あれ? そういうリアクションなの? というのが正直な感想。
実際、読んだことは読んだものの、犬神の当時の読解力ではその20パーセントほども理解できていなかったように思います。ただ「読んだ」という事実だけ。
そして、ある意味それで十分だったのかもしれません。
「おれはライトノベルなんかじゃ満足できない。やっぱり文学だね。坂口安吾とか、そういったものを読まないとイカンよ」
つって、そういう「読んだ」という事実だけを身につけてね。
で、今、29歳になって読み返してみると……
なるほど、コレは面白い。
当時はただ、ひとりの男がひとりの白痴女と出会い、暮らす物語である、といった程度の認識しか出来なかったのですが、主人公の思想や何やといったものをひとつひとつ読み解いていくと、恋に落ちるでもなく愛を深めるでもない、なんとも言いようのない不思議な心地よさを感じました。
まあ、私は評論家ではないし、文学オタクにすらなりそこなった「普通の人」ですから、あんまり難しいことは言えません。
でも、これは面白い。こうして読み返すきっかけにもなったから、当時この本を手に取ったことは無駄ではなかったと、当時の自分にちょっとだけ感謝したい気持ちです。
時間が遅いので簡単な記事になってしまいますが、森見登美彦先生の『四畳半神話大系』を読んで、再びあの頃(2002~2003年)のような文学オタクになりつつある犬神です。
そのころと言うのは英米文学科所属ということで当然ですが、毎日本を読んではレポートを書くと言う日々。読む能力も書く能力も激しく鍛え上げられたのでした。……読む方はともかく書く方はどうなのよ? というのは私の日々の記事を読めば、誰しもが当然疑問を抱くとは思いますが。……思いますが!(なぜか強気)
さしあたって今日は残業を申し渡されたので、その腹いせの意味もこめて12年前にも一度読んだ坂口安吾の『白痴』を、さらに当時は読んだことのなかった『堕落論』を、そして大学に入ってからようやく読んだ『少女地獄』『瓶詰の地獄』を、ついでに時々読み返していた太宰治の『美男子と煙草』を……すべて青空文庫で読了。
そのため業務中ではあったものの、「小説を読む合間に仕事をする」というような状況に(?)。
で、それだけでは飽き足らず、amazonなどで面白そうな本を探してメモしたり、手持ちの文庫本の最後に載っているほかの本の広告などを読み、貪欲に読書の幅を広げるべく画策しているところです。
若者の活字離れとかと言う話も聞きますが、私はこれでなかなか活字大好き人間。うまいご飯をおなかいっぱい食べるように、面白い物語はガツガツとむさぼりたいのです。
そのきっかけを与えてくれた『四畳半神話大系』。いずれきちんと感想を書いて、自分のものとして定着させたいと思います。そのために従来は『黒豹』シリーズしか入れられなかった(笑)カテゴリも修正しました。
これを読んで、誰かがその本を知るきっかけ、読むきっかけになれば、それはもちろんこの上なく嬉しいのですが……まあ、そうでなければ、それはそれでいいです。とりあえず私が読んだ記録、読んだ感想が、きちんと整理できると言う意味合いもあるのでね。
そのころと言うのは英米文学科所属ということで当然ですが、毎日本を読んではレポートを書くと言う日々。読む能力も書く能力も激しく鍛え上げられたのでした。……読む方はともかく書く方はどうなのよ? というのは私の日々の記事を読めば、誰しもが当然疑問を抱くとは思いますが。……思いますが!(なぜか強気)
さしあたって今日は残業を申し渡されたので、その腹いせの意味もこめて12年前にも一度読んだ坂口安吾の『白痴』を、さらに当時は読んだことのなかった『堕落論』を、そして大学に入ってからようやく読んだ『少女地獄』『瓶詰の地獄』を、ついでに時々読み返していた太宰治の『美男子と煙草』を……すべて青空文庫で読了。
そのため業務中ではあったものの、「小説を読む合間に仕事をする」というような状況に(?)。
で、それだけでは飽き足らず、amazonなどで面白そうな本を探してメモしたり、手持ちの文庫本の最後に載っているほかの本の広告などを読み、貪欲に読書の幅を広げるべく画策しているところです。
若者の活字離れとかと言う話も聞きますが、私はこれでなかなか活字大好き人間。うまいご飯をおなかいっぱい食べるように、面白い物語はガツガツとむさぼりたいのです。
そのきっかけを与えてくれた『四畳半神話大系』。いずれきちんと感想を書いて、自分のものとして定着させたいと思います。そのために従来は『黒豹』シリーズしか入れられなかった(笑)カテゴリも修正しました。
これを読んで、誰かがその本を知るきっかけ、読むきっかけになれば、それはもちろんこの上なく嬉しいのですが……まあ、そうでなければ、それはそれでいいです。とりあえず私が読んだ記録、読んだ感想が、きちんと整理できると言う意味合いもあるのでね。
これは、『餓狼伝』の新刊が出ないために何度も何度も何度も読み返しているうちに思ったことです。
この小説は、要するに空手家なりプロレスラーなりといった『強い』男たちが他の『強い』男たちと闘い、コミュニケーションを深めていくというあらすじの小説です。
殴る蹴るなんてのは当たり前。腕をつかめば腕を折りに行き、足をつかめばアキレス腱を引き裂きに行くような世界ですが、グレート巽(アントニオ猪木がモデル)や松尾象山(大山倍達がモデル)といった最強クラスの世界では、目や耳に指を突っ込んだり男の釣鐘を蹴り潰したりと、そういった「えげつない」ことも平気でやります。
『真剣勝負』という言葉を推し進めると、そういった世界になるようです。普通なら、相手の腕を折ってしまえばもう戦意喪失するのですが、この世界の人たちは片目片玉腕一本、勝利のためなら惜しくない……! というのが当たり前なのです。
小説だから出来る世界でしょう。小説だから受け入れられる世界でしょう。私も読んでいるうちは、体温が2度くらい上がったような気がします(気持ち的に)。
だからこそ、そこまでいけない自分は、現実世界ではそうすることもそうされることもない人生を歩みたい。そう思ったのです。逆説的ですが、人が人を殺すシーンを熱心に読み進めることで、人の命の重みを感じたような気がするのです。
何でこんなことを思ったのか? というと……
昨日のお昼のNHKで、2年前に繁華街でたくさんの人を殺し、傷つけた男の裁判のニュースを見たから。自分自身のことを冷静にみつめ、「3つの理由」から殺人を行った、という話をしたそうなんですね。
話を聞けば、なるほど、きっとこの人はすごく頭がいいのでしょう。頭脳明晰なんでしょう。自分のことを客観的に見ることの出来るF田元総理みたいな人なんでしょう。私とは違うんです。
でも、人を殺した。それもたくさん。
どうして、そんなに淡々と人を殺せるの?
そうすれば相手が死ぬ。はっきり確信して、どうしてそんなことが出来るの?
そういったことをする被告人に、ぞくりとする恐怖を覚えてしまったのです。
ただ、自分はどうなんだ、といわれると。
もちろん、同じことをしたいと思ったことはありません。それは既に述べた通りです。
でも、それがゲームの世界とかで、同じことをやるのがクリアの目的だったら?
たぶん、私はためらいなく、同じことをやるでしょう。
じゃあ、自分はその被告人とどう違うの?
……な~んて、こんなこと一日で結論できませんよ。大体、今この記事を書いているのも午前6時台ですよ。あくまで今日のこの記事は、「そう思った」ことを出来るだけ書きたかった。それだけです。もし続きがあるとすれば、私自身がこの記事を何度も読んで、アレコレ考えてから。
ただ、チラッと思ったことがひとつありました。
『餓狼伝』で相手の腕なり眼なり釣鐘なりをぶっ潰してでも勝とうとする人たちは例外なく『素手』だったんですよね。
でも、先に書いた事件の被告人も車やナイフを使っていたし、AngelBeats!でも銃や刃物を振り回していたし。
刺すだけなら殺せる。撃つだけなら殺せる。
もしかすると、道具を使うとか使わないとか――そのあたりに鍵があるんじゃないのかな。と、『めざましテレビ』を見ながら薄ぼんやりと考えています。あ、perfumeの新曲プロモだ。今度の曲はなんだかいいなぁ。
この小説は、要するに空手家なりプロレスラーなりといった『強い』男たちが他の『強い』男たちと闘い、コミュニケーションを深めていくというあらすじの小説です。
殴る蹴るなんてのは当たり前。腕をつかめば腕を折りに行き、足をつかめばアキレス腱を引き裂きに行くような世界ですが、グレート巽(アントニオ猪木がモデル)や松尾象山(大山倍達がモデル)といった最強クラスの世界では、目や耳に指を突っ込んだり男の釣鐘を蹴り潰したりと、そういった「えげつない」ことも平気でやります。
『真剣勝負』という言葉を推し進めると、そういった世界になるようです。普通なら、相手の腕を折ってしまえばもう戦意喪失するのですが、この世界の人たちは片目片玉腕一本、勝利のためなら惜しくない……! というのが当たり前なのです。
小説だから出来る世界でしょう。小説だから受け入れられる世界でしょう。私も読んでいるうちは、体温が2度くらい上がったような気がします(気持ち的に)。
だからこそ、そこまでいけない自分は、現実世界ではそうすることもそうされることもない人生を歩みたい。そう思ったのです。逆説的ですが、人が人を殺すシーンを熱心に読み進めることで、人の命の重みを感じたような気がするのです。
何でこんなことを思ったのか? というと……
昨日のお昼のNHKで、2年前に繁華街でたくさんの人を殺し、傷つけた男の裁判のニュースを見たから。自分自身のことを冷静にみつめ、「3つの理由」から殺人を行った、という話をしたそうなんですね。
話を聞けば、なるほど、きっとこの人はすごく頭がいいのでしょう。頭脳明晰なんでしょう。自分のことを客観的に見ることの出来るF田元総理みたいな人なんでしょう。私とは違うんです。
でも、人を殺した。それもたくさん。
どうして、そんなに淡々と人を殺せるの?
そうすれば相手が死ぬ。はっきり確信して、どうしてそんなことが出来るの?
そういったことをする被告人に、ぞくりとする恐怖を覚えてしまったのです。
ただ、自分はどうなんだ、といわれると。
もちろん、同じことをしたいと思ったことはありません。それは既に述べた通りです。
でも、それがゲームの世界とかで、同じことをやるのがクリアの目的だったら?
たぶん、私はためらいなく、同じことをやるでしょう。
じゃあ、自分はその被告人とどう違うの?
……な~んて、こんなこと一日で結論できませんよ。大体、今この記事を書いているのも午前6時台ですよ。あくまで今日のこの記事は、「そう思った」ことを出来るだけ書きたかった。それだけです。もし続きがあるとすれば、私自身がこの記事を何度も読んで、アレコレ考えてから。
ただ、チラッと思ったことがひとつありました。
『餓狼伝』で相手の腕なり眼なり釣鐘なりをぶっ潰してでも勝とうとする人たちは例外なく『素手』だったんですよね。
でも、先に書いた事件の被告人も車やナイフを使っていたし、AngelBeats!でも銃や刃物を振り回していたし。
刺すだけなら殺せる。撃つだけなら殺せる。
もしかすると、道具を使うとか使わないとか――そのあたりに鍵があるんじゃないのかな。と、『めざましテレビ』を見ながら薄ぼんやりと考えています。あ、perfumeの新曲プロモだ。今度の曲はなんだかいいなぁ。
というわけで、予告どおりそれまで一切見たことのなかった『Angel Beats!』というアニメの第一話を見ました。
主人公は、記憶喪失。
さしあたって主人公側のヒロインは、快活で頭脳明晰な特殊部隊のリーダー。
今のところの? 敵側のヒロインは、無口無表情無感情の『天使』と呼ばれる女子。
そんな人々がいるこの世界は、『死なない世界』。撃たれようが刺されようが、気が付くとまた生きている。そういう世界だそうです。
ちなみにNPC……ノンプレイヤーキャラクターという言葉が出てきました。その世界を構成するほかの学生とかは、歳も取らないし感情もない、いわゆるRPGの街の人みたいな扱いだそうです。なんだか随分とゲームみたいな、安易な解説という気がしますが、まあそういうものだって言うんだから仕方ありませんわな。
で、記憶喪失の主人公は「とりあえず」天使に抗う特殊部隊の仲間に加わり、戦闘に参加していく、と。そんな感じみたいです。
主人公は、記憶喪失。
さしあたって主人公側のヒロインは、快活で頭脳明晰な特殊部隊のリーダー。
今のところの? 敵側のヒロインは、無口無表情無感情の『天使』と呼ばれる女子。
そんな人々がいるこの世界は、『死なない世界』。撃たれようが刺されようが、気が付くとまた生きている。そういう世界だそうです。
ちなみにNPC……ノンプレイヤーキャラクターという言葉が出てきました。その世界を構成するほかの学生とかは、歳も取らないし感情もない、いわゆるRPGの街の人みたいな扱いだそうです。なんだか随分とゲームみたいな、安易な解説という気がしますが、まあそういうものだって言うんだから仕方ありませんわな。
で、記憶喪失の主人公は「とりあえず」天使に抗う特殊部隊の仲間に加わり、戦闘に参加していく、と。そんな感じみたいです。
なんか、軽い世界だな、というのが第一印象。
せっかく物語の世界に入っていこうと思ったのに、NPCという言葉が出てきた瞬間、夢から覚めたような……突然、私と彼女らの間にブラウン管(古いか)の壁が出てきてしまったような、そんな感じがします。
基本的に、「死ぬ」という概念もないしね。
まあ、死ななくても次の世界に転生させされることはあるみたいで(ただし本当にそうなるかどうかはわからないので「消える」と言っていましたが)、そうならないよう彼女らは戦っているそうなのですが。
そういう世界だから、というのはわかります。
そうしなきゃいけないから、というのもわかります。
でも。
刀なり銃なりを振り回して、『西部警察』の10倍くらい撃ちまくって。まるでよく訓練された特殊部隊のような統率の取れた行動をして(なぜかここで『北斗の拳』のGOLANを思い出した)。
これを、受け入れていいのか!? 自分もあのヒロインに荷担して、そっち側の人間になっていいのか!?
そんな葛藤が、あります。
まあ、まだ第一話だしね。加えて私のセンスがちょっと古くさいというのもあるし。
第2話第3話、さらにこれを見終わったら21世紀の他の物語に触れることで、私の精神もブラッシュアップされて。
「いや~やっぱりね、オレはゆり(ヒロインの名前、今調べました)が好きだね~」
とかって、言うような29歳になっているかもしれません(多分ありません)。
せっかく物語の世界に入っていこうと思ったのに、NPCという言葉が出てきた瞬間、夢から覚めたような……突然、私と彼女らの間にブラウン管(古いか)の壁が出てきてしまったような、そんな感じがします。
基本的に、「死ぬ」という概念もないしね。
まあ、死ななくても次の世界に転生させされることはあるみたいで(ただし本当にそうなるかどうかはわからないので「消える」と言っていましたが)、そうならないよう彼女らは戦っているそうなのですが。
そういう世界だから、というのはわかります。
そうしなきゃいけないから、というのもわかります。
でも。
刀なり銃なりを振り回して、『西部警察』の10倍くらい撃ちまくって。まるでよく訓練された特殊部隊のような統率の取れた行動をして(なぜかここで『北斗の拳』のGOLANを思い出した)。
これを、受け入れていいのか!? 自分もあのヒロインに荷担して、そっち側の人間になっていいのか!?
そんな葛藤が、あります。
まあ、まだ第一話だしね。加えて私のセンスがちょっと古くさいというのもあるし。
第2話第3話、さらにこれを見終わったら21世紀の他の物語に触れることで、私の精神もブラッシュアップされて。
「いや~やっぱりね、オレはゆり(ヒロインの名前、今調べました)が好きだね~」
とかって、言うような29歳になっているかもしれません(多分ありません)。
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