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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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 たまには、プロレスの話をしましょうか。

 昨日は全日本プロレスの後楽園ホール大会。個人的なメインエベントは、やはり菊地毅さんがカズ・ハヤシの連続防衛記録阻止をかけたタイトルマッチ。

 今年の初めにノアを解雇されて以来、名も知らぬインディー団体を渡り歩くようなことがたくさんありましたが、ドラゴンゲートにぽつぽつ参戦し始め、さらに今回は全日本プロレスのシリーズ巡業にずっと帯同するというからたまらない。

 そして昨日の試合では……まあ、残念ながら負けてしまったのですが……

 カクトウログさんの速報を見ても、スポーツナビの詳報写真特集を見ても、菊地さんは菊地さんらしさ「爆発!」だったみたいで何よりです。


 一方、バトル・ニュースでは「最近話題の菊地劇場」とかって書かれていて、思わず吹いてしまいました。確かにドラゴンゲートでも「休憩明けの音楽で入場事件」や「5分で倒せなきゃ相談するよ事件」など、私のように菊地さんの大ファンでなくても気を引くような爆発を巻き起こしていますからね。

 願わくば、この勢いでドンドンドンドン爆発しまくって、菊地さんここにあり、というのを見せ付けて欲しいもの。私も同じ東北人として、本当はグレートサスケとかを応援しなきゃいけないのでしょうが、菊地さんを応援しまくります!

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 昨日は、久々の休み。

 例によって、どこかに行きたいと思ったものの、あまり思いつかず。

 とりあえず人気のないところがいいな……と思い、数年前に見つけた、山の中にある古い神社に行ってみることにしました。

 今風に言えばパワースポットというのかもしれませんが、まあ単純に神社という場所が好きなんです。

 で、そこはこう言うと何なんですが、岩手山のふもとというロケーションのためなのか(近くに集落があるものの)どちらかというと暗くてひっそりとしたたたずまいで、物販コーナー(とは言わないのでしょうが)もないし、なんだか寂しいところなのです。


 昨日行ってみたら、社務所? の戸板がすべて外され、ものすごく通気性がよくなっていました。当然、誰もいません。ただ、なぜか「いいちこ」の空き瓶がぶっ転がっていたりしたので、きっと誰かが盛大に飲み会とかをしたのでしょう。

 で、私もちょっと上がらせていただきまして。

 大定番の『信長の野望 覇王伝』のサントラを聞きながら山積みの座布団にもたれかかり、しばし思索に耽ったり『くるるんっ!りえるチェンジ』の2巻(最終巻)を読んだりしたのでした。

 





 この画像では伝わりにくいのですが、ガラス窓とかそういった隔たりのない和風な建物に、極めて和風な『覇王伝』の音楽はものすごくマッチしました。マンガを読み終えた後はしばらく外の景色を眺めながらぼんやりして、それから帰ってきました。

 もしかしたら、次に来た時はもう、こうやって建物の中に入ることは出来ないかもしれません。

 だから、今をめいっぱい味わう。めいっぱい楽しむ。

 そう思ってわざわざ携帯カメラで写真を撮り、こうやって記事を残すことにしたのでした。

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先日買ったカセットプレーヤーの電池が切れかけてきた犬神です。

 以前使っていたケンウッドのものは、たぶん機械的なナニガシかがあって、電池が切れる直前まで回転数を維持してくれます(そして電池が切れかけると、とたんに再生できなくなってしまう)。

 それに対して、今使っているプレーヤーはそんな高級な機能はなく、電池の力が弱まれば弱まったなりにスロー再生してしまいます。

 そうなればさっさと新しい電池に交換してしまえばいいのでしょうが、まだ少しでも残っている電池を捨ててしまうのって、なんかもったいない。そう思って意地でずっと使っていたのですが……

 ……これが意外と面白いのですね。


 あまりよくないヘッドの性能と、弱々しい電池の組み合わせで、いつもの音楽が違って聞こえます。なんだか劇団ひとりが昔やっていた『春樹先輩』のモノマネみたいですが、実際そう聞こえてしまいます。

 たとえば全日本プロレス・中之上靖文選手の入場テーマである平野綾のGod knowsという曲がありますが、これなんかも私のプレーヤで再生すると、曲の速度も声質も、まるで徳永英明がカバーしているように聞こえるのです。ある意味壊れかけのRADIOです(笑)。

 女性ヴォーカルの歌がこれほどまでになってしまうのだから、男性ヴォーカルの歌なんて、どうなるのかというと……そうですね、たとえばGacktの『journey through the decade』という歌があるのですが、これなんかは世良公則みたいな声になってしまいます。


 以前弟者の友人に頼まれて集め続けた『ボーカロイド』? に新たな音楽の可能性を感じ、かなり音楽の好みが広がったこともあるのでしょう。まあ、今は完全に電池が切れてしまったし、あえてこういう特殊な音楽を聞くつもりもないのですが、これはたとえばデジタル音楽プレーヤではわからない世界ですよね。絶対にね。

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 昨日は、おとといと同じ時間でおとといの2倍の仕事をすることに。

 どうも回りの話を聞いていると、私だけでなく誰もが昨日の2倍の仕事を割り当てられたみたいなのですが、別にそれらをすべてこなす必要はなく、同じくらいの量をこなせばいい……。

 みたいなのですが、あいにくと少々足りない私。

 「出来る、出来ない」ではなく、「どうしたら出来るのか」と思案(小鉄イズム)。いつもの2倍だ覚悟しな! とゲームキューブ版キン肉マンでウォーズマンが「二刀流スクリュードライバー」を繰り出す時のセリフを思い浮かべながら、秒単位で無駄を削り、何とかギリギリやってのけたのでした。

 その反動で、家に帰ってからはもうフラッフラになってしまったのですが、人力飛行機みたいなもので、途中で気を抜くと落っこちちゃうから、やっぱり詰め込んで詰め込んで一気にやっちゃうしかないのです。


 *


 家に帰ってからは、最近心のゲームになりつつある『ストリートファイターⅡ』をプレイ。

 心のゲームって、まあ小学生の頃からだから20年近いキャリアがあるのですが、最近特にね、よくやるのでね。

 もっとも、初代からハイパーまで、いっぱいありますが私が好きなのはメガドライブ版の「Ⅱダッシュプラス」。要するに『ダッシュ』が一番好きなんです。

 こちらの出来ることは少ないのですが、その代わり相手がやってくることも少なくて。あまり上手ではないにしても、ある程度パターンを組んでそのパターンにはめて。クリアすると特別なエンディングが見られるレベル6(最高レベルは8)でも、結構進めるようになりました。サガットでは結構、負けちゃったりしますが。

 PS3があるのにメガドライブかよ! と言われそうですが、私は16ビットで生きているんです(たまに8ビットモードにもなりますが)。

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 昨日も、おととい気づいた、というか思い出した? ことを確かめるために、自分のペースでどんどん仕事を進めました。

 やっているうちに、「これで本当にいいのかな?」って不安になるくらいハイペースで作業を進めて。でも、いいも悪いもないよな、って。やらなきゃいけないことをやってるだけなんだから、って。

 今はアレコレ考えて立ち止まるよりも、まず行動すること。ある程度フットワークを取り戻して、それから考えればいい。多少引っかかっても、力ずくで突破する。そうすることが出来たんだから、前はね。

 ま、そんな日でした。


 あんまり面白くないかもしれませんが、出来るだけ旬の話というか、時間が経っても変化しなさそうな話はいずれリニューアルするホームページの方で書くことにして、こっちでは出来るだけその日あったことを書き綴っていきたいと思います。


 それを踏まえて、またひとつ、この日思い出したことがあったので書きます。

 帰りの車の中で、久々に聞いた音楽(自分で作ったCD)。

 ハヤブサさんの入場テーマ『fight with dream』なんですが、そう言えば私これ、ものすごく大好きだったな、つって。

 大好きで大好きで、しかもすごくやる気が出て。特に少し調子がよくない昨日だったから余計に効果があって。

 「よーし、やってやるぜ!」

 いや、今日はもう仕事終わっちゃったから(笑)。

 でもまあ、今日は終わりだけど明日からがんばるための元気をもらえました。ブログは毎日見てますが、音楽面でも久々に活力をもらえた感じです。

 最近はボーカロイド? の音楽を猛勉強中だったので、すっかり忘れていましたが、やはり私の活力の原点はプロレス音楽。HOLD OUTも爆勝宣言もクラッシュもキャプチュードもトレーニング・モンタージュも好きです。そしてそれらのさらに上を行くのがFight with dreamなんです。


 

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 最近の私がどうもモヤリエンヌしているのはどうしてなんだろう。ってまあ、そっちの方は平常どおり快調でして、出すものを毎日出しているのでいいんですが、気持ちがね。どうも気持ちがスッキリしなくて、つまらないことばかり考えているのは、なんでなんだろうって。

 色々と考えてはみるのですが、昨日気づいたのが、そうやって考えるからいけないんだって。……もっと言えば、考えるだけで、何もしないからいけないんだって。

 考えることと行動すること。それが上手にリンクして、ドンドン動ける時はそれなりに調子がいいし、多少つまずいてスッ転んでも、動いていける。でも逆はよくない。余計なことばかり考えちゃって、何もしないうちから疲れてしまう。そうしている間にも時間は過ぎちゃうから、非常にもったいない。それもまた気に病んでしまう。

 こうやって生きてきたのが昔の私。

 少し前からそういう自分を変えて、まあ、そこそこ上手に行っていたのですが、最近またちょっと元に戻ってきちゃったのかな。そう思っています。


 で、前に進むためにはどうしたらいいのかな、なんて『山本小鉄の人生大学プロレス学部』を読み、そのことを考えながら仕事をしていた時のこと。どうも私が苦手なタイプの人と、ことを進めなきゃいけなくなって。

 やれやれ、参ったなあ。そう思ったものの、好きだの嫌いだので仕事するもんじゃねぇ。当然です。そう思って取り掛かろうとした時、本で読んだ小鉄さんのエピソードを思い出しました。


 それというのは、タイガー・ジェット・シンが観客にケガをさせたときのこと。よりにもよってケガをさせた観客というのがその筋の人で、終了後に事務所にやってきたんですね。

 普通なら震え上がってしまうものですが、小鉄さんは開口一番「いやー大変でしたね」と言ってのけ、素早く傷の手当てをしてしまいます。そして「じゃ、これで」と言って一万円を渡して、さっさとタクシーに乗せて帰らせてしまったのです。いわばその筋の人も出鼻をくじかれたような感じになり、しょうがねえなあって具合で、特にトラブルもなく帰ってしまったのでした。

 そのあと、その『事務所の社長』から呼び出しを受けた時も、リングコスチュームのままタクシーではせ参じ、相手に何かを言われる前に「いやすみませんでした、大丈夫でしたか」と相手を思いやる言葉で先制。着替える時間も惜しんで駆けつけた、という雰囲気もあって、文句どころかもてなしを受けて帰ってきたとか。


 要するに、主導権を握って自分のペースで進めれば、どうにかなる。そういったことだそうで、「よーし、どうせならこっちの好きにやらせてもらおう」と発起。それがいいのか悪いのかわかりませんが、多少引っかかっても無理やり突破して完結させたので、よかったんでしょうねきっとね。

 調子がいいとか悪いとかって言うのは、自分で作るもの。回りの影響もなくはないけど、何もなかったら自分で作ればいい。そんなことを思い出した日でした。

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 私が古本屋で買って読んだのは、1999年に出版された単行本の方でした。まあ中身はたぶん、どっちも変わらないでしょうけど。

 私はそもそも『仮面ライダーのいない時代』に幼少期を送ってきた身なので、それほどライダーに対する思い入れというのは、ありません。いや確かに『ブラック』があったのですが、当時の私には怖いイメージしかなく、そこに憧れを抱くところまでは行きませんでした。

 そうするといわゆる平成ライダーはどうか、となると、そういうヒーロー不在の時代を生きてきたので、これまたそれほど思い入れがありません。唯一『ディケイド』だけは大好きなのですが、それでも大人も大人、いい大人になってから見たので、単純に憧れ、とは、違うように思います。


 じゃあどうしてこんな本を買うんだよ、という話になると思うのですが、ライダーにそれほど思い入れはなくても『藤岡弘、』さんは大変に尊敬の念を抱いていますし、憧れもありますし、要するに大好きなんです。

 撮影中の事故で足を複雑骨折し、いったん退場。さあどうする。打ち切りか。いやいや「ライダーは死なない」んだからそんなことしちゃいけない! そんな平山プロデューサーの熱血エピソードや、大野剣友会の皆様の職人気質など、当時の人たちの猛烈な空気の記憶を、藤岡さんが思い出しながら書いている。そんな内容です。

 村枝賢一先生の『仮面ライダーを作った男たち』とか、そういうのがたくさんある時代で、マニアの方には目新しい要素はないかもしれません。ただ、私はひたすら素直に当時の撮影現場の雰囲気を感じ、はぁ~と感嘆のため息をつくばかりでした。


 最近の映画とかドラマとかで、出演者が撮影現場を語る時、「みんな笑って和気あいあいとした雰囲気で作っていました」という言葉を聞きます。もう100回以上色々な人が言っているのを聞いたような気がします。

 もちろん、それはとてもいいことだと思うのです。演じる時も演じた後もそうやっていい雰囲気でいられるのは、すごくいいことだと思うのです。

 だから、これは是非を問うのではなく、当時の撮影現場はそんな感じだった。それだけ。

 そういう前提で語りますが、当時はものすごい職人気質の人たちが集まって『少しでもいいものを作ろう』という裂ぱくの気合いがほとばしる現場であったといいます。特に大野剣友会の皆様なんかは、私たち素人からしてみればムチャなアクションでも会長の「行け!」の一言でポーンとこなしてしまう。そしてその裏にはたゆまぬ練習と、会長への絶対的な信頼があったからできるのだ……。

 いわゆる、山本小鉄論ですね。激しさ、厳しさの裏にある情熱と優しさ。当時のやり方をそのまま2010年に持ち込んでも、そのまま通じるとは思いませんが、確かに当時はそういうのがあって、そういうのがみんなをひとつにまとめていた。ちょっとだけ、うらやましいような気がするのです。


 特撮マニアではなく、俳優・藤岡弘、さんを尊敬してやまないひとりのファンとして、今度『仮面ライダー』を見てみよう。そう思いました。

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 朝、忍者ブログがメンテナンス中だったので、今日のことを書きます。

 眼がつらいとか、左耳が痛いとか、色々と身体の変調を感じ取っているというか、なんか気持ちが重たくなってしまったのですが、このままじゃいけないという気持ちは常にありますので……

 ……先日買ってきた『山本小鉄の人生大学プロレス学部』を再読。やっぱり自分の力で何とかバチッ! とがんばらなければ、何も変わらないのだということを再認識。とりあえずいつも左耳につけているヘッドセットを右耳に当てて、適宜眼を休めるようにして、そんなこんなで少しずつ習慣を変えてみることに。

 それに加えて、思ったことは、やはり『暇すぎるのは精神的にも毒だ』ということ。

 その日の雰囲気によって忙しさが変わるのが私の職場。ここ最近はどちらかというと『凪』のような状態が続いていて、頭を働かせられない時間が長く続いていました。

 そんな状況だから、たまにやらなきゃいけないことがプイッと飛び込んでくると、「ああ、嫌だなあ、めんどくさいなあ」って気持ちになって。それを何とか終わらせたら、また退屈になって。

 負のスパイラル。スクリューパイルドライバーの論理です(そんなものはありません)。

 考えてみれば、逆にメチャメチャ忙しい時というのは、ある程度充実しているような気がします。もちろんそういう時はそういう時で「ああ、めんどくさいなあ」と思わなくはないのですが(苦笑)、でもやらなきゃいけないことが山積みになっていれば「次はこれ、次はこれ」つって、パンパンパンとテンポよく進められて。

 テンポというか、リズムが刻めれば、こっちのものです。勢いに乗ってフル回転で、気持ちも積極的になれるから、ある程度の忙しさがあった方が私の場合、いいようなのです。


 そして、そういう忙しさがあってこそ、リラックスする時に読んだりする漫画とかアニメが楽しいのであって。

 うん、そういう状況をまた取り戻すためにも、自分でもっと動かなきゃダメなのかな。……まあ、ちょっと前まで、ちゃんとわかってた、当たり前のことだったんですけどね。

 そういうのを、また思い出すことが出来た。だから今日は、何でもない一日ではありましたが、ほんの少しだけよかった。そう思いました。

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最近の不調は、ひょっとすると視力の悪化によるものが多いんじゃないだろうか、と思った犬神です。

 元々あまり眼がよくなくて、そのくせゲームが大好きで、そのために悪化の一途をたどる我が視力でありますが、最近は『龍が如く3』やホームページのリニューアル作業に追われ、PCの画面などを見る時間が格段に増えたから……なのでしょうね。

 で、困ったのはあまり長い時間PCの画面を見続けられないこと。見ていると吐きそうになってくるので、気持ちが入っていかないのです。

 そのため、これまで以上に目をいたわることにします。私の眼はこのふたつだけなのですから。まさにyour eyes (というかmy eyes か)はonlyですよ。


 こうなってくると、今まで見ない振りをしていた目にいいサプリメントとかも積極的に取った方がいいかもしれませんね。さしあたってアレか、サイヤ人の親子がナレーションしてる、ブルーベリーの何かか。

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 久々に口角炎が出来てしまいました。

 まあ、たぶん原因も前回と同じでしょう。何で同じ失敗を繰り返すんだ! つっても別に一回の失敗でこうなったわけじゃないですしね。何も考えないで生きていくわけにもいかないし(笑)。

 でも、ちょっと気持ちのコントロールができなくなっていたのかな、とようやく思いました。まさに言葉どおり『痛感』ってね。


 やらなきゃやらなきゃの気持ちで毎日の仕事をこなしているうちに、仕事中じゃなくても何かをやらなきゃやらなきゃの気持ちが抜けきらないのかな、と自己分析。仕事中はもちろんピリッと気合いを入れなきゃいけないけど、そうじゃない時はリラックスすることが大事なはずなのにね。

 そのせいで今朝も、遅刻しそうになる夢を見て、ビックリして飛び起きました。寝ててもこういう感情があるのは、本当に嫌なものです。

 こんな感じの時間が続いたら、それこそ5年と少し前、いったん心療内科に通った頃のようになってしまう。またパキシルとメイラックスのお世話にならなきゃいけない。……

 ……でも、あの頃と違うのは、今はたくさん色々なことを経験したということ。こういうことがあったら、こうすればいい。今の感情は、こういうことが原因だろう。そういったものがある程度、わかるようになってきたから。

 「元々、心のバランスを取るのが上手だから」

 当時、心療内科の先生が言ってくれた言葉です。もしかしたら誰にでも言う言葉なのかもしれませんが、これは大きな自信になりました。

 自分は本当は、薬がなくても生きていけるんだ、って。


 今はちょっと、自分で自分のことを100%信じられなくて、グラグラしてますけど、でもあの時に先生に言ってもらった言葉だけは信じています。

 バランスが取れることを大前提に、今ちょっとバランスを崩していることを認識して。その上で、何とかバランスを取り戻そうとして、がんばったりがんばらなかったり(いつもがんばってると、疲れちゃいますからね)。

 ま、そんな感じで、書き物は少し休止中。たくさん食べてたくさん寝て、気持ちが戻ったらまたこのブログも再始動したいと思います。って、別に停止もしてませんが(笑)2~3日書かないだけで、ものすごい長い期間、休んでいるような気になっちゃったんですよね。

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 ご無沙汰しております。

 このところはホームページのリニューアル、ビデオゲーム系ブログの更新、あとは日々の気持ちのゆるやかな減退……とか何とかで、あまり文章をかけませんでした。

 それでなくても、日々の業務を同じようにこなすのが、大変で。

 毎日やらなきゃいけないことを、当たり前のようにやって。それでいいと思っていたのですが、常に追い立てられるような感じがして、気持ちが随分とつらかったのです。

 あ、つらかったとは言いません。

 でも、やらなきゃやらなきゃの気持ちでがんばっても、あんまりうまくいかないな。そんな風に思いました。

 やらなきゃいけないことをやるのは当然ですが、それにしたって、ギリギリと自分の気持ちを追い詰めてやると、かえって全体に目が行き届かず、失敗するのかなと。

 それに、動きもぎこちなくなっちゃうし。

 もう少し、力を抜いて、軽く行こう。そう思いました。


 今日のいい言葉:

 「お前の麻雀のステップははもっと軽かったはずだ 
  それが今はベタ足でドタバタと見苦しいったらありゃしない…

  思い出しな…… 泳ぎを
  おまえは 今 自分の心に 溺れている」 (『天 天和通りの快男児』)

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 皆様は、魯迅の『狂人日記』という短編を読んだことありますか?

 私は大学の教養課程で読まされた、というかテーマとして取り扱われ、詳しく読んでいくうちにいたく気に入ってしまったクチなのですが、これは短いながら本当に面白いのです。

 内容は、書き手の友人の弟がかつて精神を病み、隔離されていた頃に書き残した日記が出てきたのでそれを読んでみた、というものでして、文章のほとんどはその弟の日記です。

 あまり詳しい批評とかは出来ませんが、さしあたって私の感想としては、日記だけを読んでいればまるでその弟が正義で、弟以外のすべてが悪人であるかのように見えてしまいます。弟以外の人間は、言葉通り「人を食って」生きてきたのです。……いや、ひょっとしたら弟自身もかつて幼くして死んだ妹を食っていたのかもしれませんが(このあたり、あくまでも日記に記された弟の妄想ですよ)。


 今、古い時代に書いていた犬神の文章を読んでいて、ふと『狂人日記』を思い出したのです。私の日記も、当時は一生懸命に書きまくったものの、今にして思えばうん? と思うことがたくさんあるからです。

 それだけでなく、ある意味、今よりもずっと過激な? 論調で自分以外のすべてを批判していて、当時の私の心理状況がいったいどのようなものであったかが見えてきて、非常に面白いのです。

 一部の日記はごっそり行方不明になっていて、それらは多分、永久に読めないと思うのですが、それでも一番古いのは2001年9月。ああ、9年も前になるんですね。

 『今日はずっと家にいた』とか、世の中の出来事をほとんど記していないので、これは2001年なのか2002年なのか判別するのに時間がかかったり、そういうこともたくさんありましたが(笑)、残っていてよかった。そう思います。

 今、それらを整理して、10周年リニューアル版として、きちんと整理してみようと思っているところです。

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 とりあえず、今ある一番古い日記(2001年9月ごろ)までのリンクを作成し終える。

 未公開版の日記は前世紀末(99年)から書いてるから、もう10年以上になるのか……。

 まだまだ古いコンテンツを発掘中です。

 昔は死ぬほど嫌で、全部どっかに消してしまいたかったのにね。でも捨てきれなくて、とりあえずぶん投げておいたのが、かえってよかったです。

 やっぱり、過去あっての現在。その当時や間もない頃は吐き気がするようなつらいことでも、時間が経てば何とか客観的に見えるようになる。そうすれば、自分がどういうことに悩んでいたのかもわかるし、そこからヒントも得られる。

 日記って、そのために書いているのかな。


 こんな、何の意味があるんだろうって思うような記事も、きっといつか役に立つ。なんだかんだでこのブログももう4年くらい続いていますしね。

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 今日は、ふと思うところがあって、昔の日記を整理していました。

 ずっと前に更新停止した、私の古いほうのサイトにいくつか日記は残っているのですが、整理しないでそのままWeb上にぶちまけたようなところなので、リンク切れ多数……2003年の日記は全然ないと言うありさま。

 はたと困ってしまいました。むしろその2003年に、自分がどうしていたか、見たかったのに。


 ……なんて、まあ、それは今だから言えることなのですが。

 記憶に残っているだけでも、当時は本当につらい時期でした。迫る卒論の期日、取りこぼした必須単位、決まらない就職先、すさむ心、家庭内不和……。まあ、あの頃からもう5年も経った今だから振り返れるのですが、どちらかというと捨て去りたい過去でしたしね。


 でも、その頃の積み重ね、その頃の苦い思いがあるから、今の私がある。とりあえず今ある日記を読んで、そう感じました。

 短いですが、とりあえず今日は、この辺で。……いずれ、日記もきちんと整理しなくちゃな……。

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 先日、いきなりこの世を去ってしまったためか、グングン値段を釣り上げて高く売り抜こうとする下衆な方がいらっしゃるようですが、もしかしたら本当にプレミアな状況になっているかもしれないこの本について。ちなみに私はジュンク堂で普通に買いました。


 内容は、山本勝という人間がプロレスラー・山本小鉄となり、2008年(本刊が出版された当時)まで生き抜いてきた中で得た多くの人生訓をぎっしり押し込めたものです。ぎっしり、といっても1時間ほどで最初から最後まで読めるような分量、といえば大体想像はつきますでしょうか。

 ちなみに私が最初に買った小鉄本『人間爆弾発言』と比べると、語り口は随分と穏やかなものです。なんと言うか、『人間爆弾発言』は新日本の鬼軍曹度爆発大噴火な内容なのに対し、こちらは人間・山本小鉄の講演会といった内容なのです。

 そのため、私たちのような一般人でも構えることなくスッと受け入れられるし、明日から使えるような心構えとか、そういったものをたくさん得ることが出来ます。


 さしあたって私が強く感動したのは、「頼まれたら断るな」ということ。

 それは小鉄さんがまだまだデビュー前の若手だった頃。当時はリングの設営とか、そういった雑用が終われば後はフリーだったので、大好きなビールを飲んでいい感じで会場に戻ったところ、当初リングに上がる予定だった先輩レスラーが都合で出られなくなり、

 「お前、出ろ」

 と言われたのだそうです。

 普通なら、「えっ、ちょっと……」と躊躇するところですが、小鉄さんは即決。こうしていきなりやってきたチャンスをガッチリ物にして、初のマットを踏んだのでした(ハヤブサさんも同じような経緯でデビューしたと聞いたことがあります)。

 ここから小鉄さんが得たことは、「頼まれるということは、それだけ信用されているんだから、せっかくやってきたチャンスをみすみす捨てるような真似はするな」ということ。残業だ休日出勤だと言われてウンザリしている時は、このエピソードを思い出せば、俄然やる気も出てくるというものです(今日とか)。


 あとは、幼少期のエピソードですね。

 山本家はとにかく子沢山で、10人も兄弟姉妹がいたのだそうです。かといって特別に裕福だったわけでもなく、小学校高学年にもなれば、自分の食費や服のお金くらいは自分で何とかしなければならず、新聞配達やら何やらで駆け回ったそうですが、さすが! と思ったのは、そのことを別に誇るでもなく、

 「ずっとそういうものだと思っていたから、別につらいとは感じなかった」

 ということ。

 どんな環境でも、こう思えれば無敵です。ともすれば社会が悪い、政府が悪い、生まれが悪い、天気が悪い……とにかく自分以外の何かのせいにして、ひどい時には殺し合いにまで発展することもしばしばありますが、まず現実をちゃんと受け止めること。そして、その中で少しでも環境をよくしようとして努力をすること。そうすれば少しずつ変わってくる……「環境は、自分しか変えられない」という結論です。

 さしあたって私も私の家もあまり収入が多くないのですが(苦笑)、そのことを必要以上に落ち込む必要はないんだ、と思いました。たくさんお金を持っていても満たされない人は満たされないし、そうじゃなくてもこうして力強く生きていけるのだ。そんな風に思いました。


 *


 あとは、若手時代の失敗談苦労談、盟友(だった)アントニオ猪木をはじめとする当時のプロレスラーへの思い、そして鬼軍曹としての指導要領。とにかく山本小鉄という人の厳しさと、その内側にあるまじめさ、熱さ、そして優しさをたっぷり感じられる一冊でした。昔死亡事故があった某ヨットスクールの教官のように、ただ厳しくして自分は煙草を吹かす……そんなことでは誰もついて来ないのです。自分にも弟子にも厳しいからこそ、最後の最後まで小鉄さんは慕われ続けたのです。

 今回の訃報は、本当にがっくり来ました。正直なところ、三沢さんの事故の一報を聞いた時よりも、さらにがっくり来ました。会社じゃなかったらその場で泣いていたかもしれません。

 でも、まあ、ようやくゆっくり長い休みを取れるようになったのかな、と思います。10年間病院で過ごした祖父を見送った時も同じようなことを思いましたが、そんな気がします。

 ともかく、お疲れ様でした。私はただの一般人ですが、この本を何度も読み返して、強く生きられるようがんばりたいと思います。

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 家を飛び出し、当てもなく車を走らせる。

 ……なんてシャレたものではありません。単に目的地が思いつかなくて、それでもどこかに行きたくて。そんなこんなで岩手町の弓弭(ゆはず)の泉というところに行って来たのでした。

 本当はかねてより私のお気に入りの場所となっていた、今はほとんど使われていない(手入れもされていない)『北緯40度公園』に行ったのですが、そこの駐車場が先日の水害で発生した瓦礫の置き場所になっていて、立ち入り禁止に(涙)。それを乗り越えて無理やり行くほどの気持ちもなかったので、そこから15分ほど離れた、その場所に行って来たのでした。


 このゆはずの泉というのは、平安時代までさかのぼります。前九年の役のさい、中央からこちらまで侵略……ああ、進軍してきた源義家が、日照りに苦しむ兵馬のために弓弭でちょくちょく岩を叩いたりしたところ、清水が溢れ出し、めでたしめでたしという伝説があるのです。

 で、この清水を守るために建てられたのが御堂観音という建物でして。さらにこの場所を『北上川の源流』として対外的にアピールするために2006年に作られたのが『川の駅』です。それ以来、今まで北緯40度公園で行われていた町のイベントはすべてこちらで行われているそうで、ほとんど古戦場のような、遺跡のような状態になった……というわけです。

 『川の駅』という名前から、皆様がイメージされるのはきっと『道の駅』のようなものかもしれませんが、ここにはそんなものはなく(車椅子用水洗トイレがあるくらい)、ちょっと立派なあずまやみたいなのと、水車と、広い公園。そんなものしかありません。そのせいなのか単に平日の午前中だからなのか、こんなところを訪れる人はほとんどいませんでした。


 そのせいなのか元々そうだったからなのか、御堂観音も普段は人が誰もいなくて、せいぜい猫が一匹いるくらいの、寂しい場所です。多分こういうところって、お盆とか正月とか、そういったイベントの時だけ臨時に人が来るんでしょうね。

 ただ、そうは言っても本堂と入り口の間にある、何と言うのか知りませんが線香をあげる場所には、まだ新しい線香の束がいくつかありました。一束50円ということであげてきましたが、これが実にいい匂いのする線香でして、しばらくその匂いをかぎながら、色々とのんびりした時間を過ごしました。

 そのあと、本堂に行って財布の中にあった1円玉を賽銭箱に放り込み、思い切り鐘をついてきました。あの、本堂の前にある、ドラみたいなやつね。……いつも行っているお寺のやつはそんなに響かないので、かなりスナップを意識してえいっ! とやったら、

 「ゴォ~~~ン」

 社務所の近くにいた猫も、びっくりしてどこかに逃げちゃったみたいです(笑)。

 そしてお寺の奥にある『北上川の源流』へ。

 ……これっていうのは、本当にちょろちょろとした、こんなので数百人の兵士と馬の喉を癒せるのかな? と思えるほどの水量でしたが、1000年前はもっと勢いよく流れたのかな。

 ま、どっちにせよ、大河の流れも一滴から、と言うとか言わないとか。この小さな水が流れ流れて宮城県まで行って太平洋まで行くのかと思うと、実に大きなお話なのであります。


 そんな感じで、何度も行った場所ではあるものの、改めてこうして行ってみると、色々といいものが得られたのかなと思いました。このところ新しいことにチャレンジしまくって、その代わり自分の足元がおぼつかなくなっていたのでね。やっぱり自分の立ち位置、足場をしっかり確保してからですよ、人生ね。

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 nkyさんのブログの記事を読んで。

 こういう気持ち(シンタローみたいな気持ちってことね)、確かに私もずっと持っていました。具体的には、中二の頃。いやん。

 思春期って、そういうもんでしょう? 早く『大人』になりたい! 早く『自由』になりたい! つって。

 さしあたって、私が目指してきたのは5つ上の兄者。とにかく小学生の頃から見るもの聴くものすべてがカッコイイ! と思って、それを真似して生きてきたので、兄者がサザンを聴けばサザンを聴き、ユーミンを聴けばユーミンを聴き、アルフィーやら尾崎豊やらを聴いて時に熱唱、時に感涙、そんな青春時代を送っていました。

 それだけなら普通の中学生だったのですが、少しずつ兄者がヘンテコな音楽を聴き始めまして(笑)。

 モダンチョキチョキズ、筋肉少女帯、人間椅子。この3つのアーティストたちの音楽が、それまで純粋無垢でちょっと内気だけど基本的にはどこにでもいる少年の思想を大きくねじ曲げてしまったのです。偏屈と退廃の香りのする世界に足を踏み入れ、世の中で成功するために誰もがやること(勉強、運動、恋愛)をホッポリ出して、自分の世界を作ることに夢中になってしまったのです。

 いいのか悪いのかわかりませんが、勉強も運動も標準かそれ以下、ひいては恋愛のひとつも出来なかったオクテでボンクラな私がバランスを保つためには、そうするしかありませんでした。ダメなやつはダメなやつなりに工夫して、日々を生きていたのです(笑)。

 
 そういうのが、大人になれば全部なんとかなる。確かにそう思っていました。

 でも、そうでもないのかもしれないというのに気づき始めたのは、学生生活の最後の1年間。今まで先延ばしにしてきたツケの支払期限が迫ってきて、ひどく気持ちが震えました。

 その後、当然の如く無職で卒業。2ヵ月ほどで何とか今の職場にもぐりこんだものの、そこでもあんまりうまく行かず、まさに「泣きてぇことばかり」。それでも大人として、社会人として我慢していたら、我慢できなくなって、1年以上向精神薬のお世話になることに。

 私の場合、その時に気づいたんですよね。病院の先生との会話、それに薬を飲みながら自分で考えた結果。

 感情を捨てて『大人らしく』振舞うのって、いいことばかりじゃない、って。そうやって理屈で押し込めてやりすごせば、絶対どこかに無理がかかって、壊れちゃうんだって。

 だったら泣ける時は泣いたらいい。怒る時は烈火のごとく怒ればいい。でもってその代わり、笑える時は頭の中が真っ白になるくらい、笑えばいいと思うよ、って。それは子どもだろうと大人だろうと、正しいことなんだ、って。フロイトも抑圧とか無意識とか、そういう言葉で説明してましたし。

 それが私の、パプワ島(笑)。そういえば、ちょうどその頃も24歳だったっけ。


 今の私はもう29歳。もうすぐ20代も終わりですよ。

 だからもうシンタローの年齢は超えちゃいました。『新世紀エヴァンゲリオン』がリアルタイムで放送されていた頃、チルドレンたちと同じ年齢だったこのヤローも、いまやミサトさんと同じ年齢に。……ずっと『年上のお姉さん』的な目線で見ていた人と並んだって、なんか、どうなんだろうって気持ちです(笑)。

 ま、感情的なところを大事にしながら、大人ならではのテクニックで、毎日笑って過ごせればいいな、と。そんな風に思いました。要するに自室が空き缶で埋め尽くされるくらいビールを飲んでリフレッシュってことですよ(違)。

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 去る28日、会社に行く前のわずかな時間に弟者の文化祭に行ってきました。

 心情的なモニャモニャは別なところで書いたので、こちらでは割とあっさり書きますが、いや~さすが現役高校生は元気ですね。

 って、こんなことを言うと自分が妙に歳をとったみたいで嫌なのですが……でも、本当に29歳だからしょうがないか(苦笑)。冷静に考えてみれば、私が16歳の頃、担任の人は28歳だったもんね。この時点で『先生と生徒』くらいの隔たりがあるのだから、しょーがないですよね本当にね。

 それに、実際に文化祭に行ってみて痛感したのは、やっぱり女の子のノリには勝てねぇな、ということ。……これは別に私が女の子ばかり見ていたというわけでは決してなく(!)、そもそも我が母校は元々が女子高だったことが影響しているのかいないのか、男子と女子であれば女子の方がやや多いのです。

 それでなくても、ずっと昔に石野卓球という人が語っていたのですが、やっぱり若い女の子って率先してガンガン行くもんですよね。主導権をガッチリ握ってて、ヤローどもはそれに続くって言う感じで。30分くらいで(仕事に行かなきゃいけないので)出てきてしまったのですが、そのわずかな間にもそんな風に感じたのだから、それがどれほどのものか……。

 私が現役の頃は偏屈で内向的で女の子と話すのが苦手だった(それだけで恥ずかしくてガチガチになってしまう)のですが、それから10年以上経って、アニメとかもたくさん見るようになったし、今なら渡り合えるという気持ちも少しはありました。

 でも、やっぱりダメでした。無理に大人ぶることもないのですが、反対にがんばって16歳の気持ちになろうとしても、それはそれで無理でした。ならぬものはならぬのです。

 今回の結論:「時代を逆行させることは誰にもできない
          思い出は懐かしむだけにしておくことだ」
『ゴルゴ13』 百人の毛沢東 より



 *


 こんな体験をしたせいか、またしても高校生になった夢を見ました。

 今回は1年生で、他の生徒がみんな自己紹介を終えていて、今度は私の番というシチュエーション。とりあえず先生に促されてみんなの前に出て、29歳の脳で

 「え~と、確かこういう時は、こんな感じで挨拶するんだよな……」

 と考え、黒板に名前を書いたりと、どこか古めかしい挨拶をぎこちなくこなす。

 ……やっぱり私ダメですわ(苦笑)。  


 *


 あ、今、思い出したことがあります。

 昨日は弟者の友達が通っている私立の高校の文化祭に行ったそうですが、そこで企画担当(生徒会所属なのです)として激しいカルチャーショックを受けたそうです。そっちの高校は力が入っていたというか、なんと言うか……詳細は知りませんが、なんだかコスコスプレプレで非常に華やかなところだったようです。

 そして弟者の高校は、何とそういったコスコスプレプレが禁止だというから驚きました。確かに制服か、クラスマッチの時のオリジナルTシャツくらいで、基本的には普通のコーコーセーって感じでしたね。

 「その方が高校生らしくていいよ。あくまで『文化』祭なんだからさ」

 要するに、どこにアクセントを置くか。ある意味、昨日弟者が行って来たのは、

 文『化祭』

 といえるのかもしれませんね。

 でも、どんなコスプレの子がいたんだろう。『けいおん』?『エヴァ』?『Fate』?……って、コミケじゃないんだから(笑)。

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 毎年毎年、8月末と言えば『24時間テレビ』。

 徹底的な娯楽性を求めたフジテレビの『26時間テレビ』に対して、こちらはあくまでも感動を求めて、そういった人たちを引っ張り出してきて延々と流すコンセプトで。そんなものを24時間これでもか~これでもか! と押し付けてくるその内容に否定的な人たちは、ネット社会であれば1千万とも2千万ともいることでしょう。

 昨日、家に帰ってきてから見たのは、余命ゼロ(?)の人が仮装大賞をやったり、紫外線に当たれない子どもの日常生活を放送したり、それからナントカっていうドラマだったり。そのあたりで我慢できなくなってギブアップしてしまいました。

 ……正直「かわいそう」という感情はありませんでした。それはかえって申し訳ない、失礼なんじゃなかろうか、という気がするからです。

 だとしたら、そんなものを無関係の私たちに見せ付けて(本当は「押し付けて」と言いたくなるくらいの雰囲気に感じました)、どうしたらいいのか。募金でもすればいいのか。それこそ「かわいそう」と涙すればいいのか。いや実際に私の親はそうしているので、そうなのかもしれませんが、私はそんな気持ちにはなれません。


 ま、それぞれの思いがあるから、それはさておいて(アントニオ猪木)。

 仮装大賞というのをマジメに見ていたのはいつ頃だったかな、と思うのです。

 前は確かに、結構、好きでした。なんかオーケンさんが審査員として出ていたような記憶もあります。

 結構クオリティが高い作品にオォーと声をあげたり、合格するか、しないか? というところにハラハラしたり、惜しくも不合格だった人へ萩本欽一が一生懸命フォローして、温情で審査員が入れたポイントで逆転合格したのを見てホッとしたり。

 ……でも、私の年齢が上がってくると、だんだんそれが嫌な、なんかずるいもののように映って来たのですね。

 いつしか『子どもが出たらもう合格』とかって、そういうのが透けて見えてしまうようになってしまって。万が一、不合格になろうものなら欽が

 「あら~! 惜しかったネェ~!」

 「なんでこんなにガンバってるのに、入れてあげないのよ!?」

 「あそこのおじちゃんのせいで、落ちちゃったんだよね~!」

 と、なぜか審査員を糾弾。カメラで大写しにされ、苦りきった表情の審査員がポイントを差し出し、逆転合格となる……。そんなシーンを何度も見ているうちに、すっかり興味を失ってしまいました。


 今回だって、もう作品を披露する前から延々とカワイソウ作戦(末期がんだの、もう余命のリミットを過ぎているだの……)を展開してるんだから、ステージに立っただけで合格にしてやりゃいいと思うのです。

 そういうのって、やっぱり、よくないのかな。でも、そういったものをずっと否定して、10年以上そうやって生きてきたしね。申し訳ないのですが、いまさら変えられません。

 でもでも。

 別にテレビで無理やり宣伝しなくても、普段の生活の中で自然に誰かのことを手伝ったり、助けてもらったり。『お互い様』という気持ちが、常にあるのでね。ことさら煽られるから、かえって嫌な気持ちになるのかもしれません。

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 今敏監督が24日に亡くなったことを、昨日になって知りました。

 それを知ったのがなぜかプロレス記者・鈴木健さんのウェブサイトで知ったと言うのが不思議な話なのですが、

 「え? 誰?」

 ……というのが第一声。いつも有名人が亡くなった時と言うのは、そうなんですが、自分が知っている人と同姓同名の別な人じゃないの? と思ってしまいます。

 でも、記事を読み進めると、それが本当なんだと知る。そしてなんともいえない、重たい気持ちになってしまう。がっくりと落ち込んでしまう。もうね、はんにゃの金田君と夏みかん(森カンナ)の熱愛報道で受けたショックもあって、余計にがっくりと気持ちが落ち込んでしまいました。

 『千年女優』『パプリカ』もそうなのですが、犬神が好きだったのは以前にNHKの企画でやっていた『アニクリ15』。

 

 これで監督の『オハヨウ』というショートフイルムを見て、好きになったのです。

 自然な感じというか、うおおドッキドキするぜぇー! といったような印象はないのだけれど、流れるような動きがいいなぁ、って。全然、説明になってなくて、すみません。

 とにかく、非常に残念なニュースでした。

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 昨日の続きです。

 今あえてカセットを聞く理由と言うのは、カセットでしか持っていない音楽が少なくない、というのもあるんですよね。

 昨日、久しぶりに聞いたゆらゆら帝国の『3x3x3』もそうでした。

 本当は以前使っていたヘッドフォンステレオの調子がおかしくなって、『テープがおかしいのかな』と思って、たまたま目の前にあって手を伸ばしたテープがこれだったんですが……

 ……何年かぶりに聴いてみると、すごくいいんですよね、これがね。

 60分のテープに、アルバム全曲と、少し余ったのでシングル『彼女のサソリ』を入れて(余る、というのがいかにもですよね)。


 確か、私の兄がまだ大学生だった頃に、はじめて聴いたから……少なくとも10年以上前ですね。

 その頃は私も高校生。ちょっとカッコつけたい気持ちもあって、当時仙台にひとり暮らししていた兄者のアパートに遊びに行った時などは、覚えたての煙草を吹かしてみたりして、小さな小さな小さな不良を気取ったりしたものでした(ちなみに銘柄はセーラムピアニシモスリムスでした)。

 今からしてみれば、本当にしょうもないというか、まあ「それっぽいこと」を「試して」みたかっただけで、その後は何本も吸わずに捨ててしまいました。意外と、かっこよくないよな、つって。匂いがつくのも嫌だったし。

 ただ、その時にずっと背中を追いかけ続けてきた、自分の生き方の指針としてきた兄者とふたりで聴いたあの夜のことが、今でもこないだのことのように鮮烈によみがえるのです。


 そんな兄者に憧れた私は、いまだに実家で暮らしています。回りの知人友人はみんな家を飛び出しているのに、この犬神と来たら……と思わなくはないものの、でも、家を守る人も必要でしょう?(いわゆる『自宅警備員』って意味じゃなく、ね)

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 一年と少し前に買ったケンウッドのヘッドホンステレオの調子が悪く、再び無音状態に陥っていた犬神です。

 こないだ景品のMP3プレーヤを、中古雑貨店で100円にて(デジカメと一緒に)買ってきたのですが、これがどうもちゃんと動いてくれない。仕方がないのでホームセンターで、再びカセットプレーヤを買ってきました。

 頭出し機能やら重低音やら、そんな機能は一切ありません。それどころか巻戻し機能とか反対面再生機能とかもないので、片面を聞き終えたらいちいちカセット自体をひっくり返さなければなりません。ついでに言えばスイッチが日本語表記と言うのもなんかかっこ悪い。

 それでいて価格は1480円。保証書つきの新品とはいえ、これはちょっと割高感です。

 実際に聞いてみると、音質は当然ながら、大分落ちます。

 『木村カエラの声が半オクターブ高く聞こえる』『やくしまるえつこの声が再現しきれず、半分くらい消える』『平野綾の声も半オクターブ高く聞こえる』

 まあ、高く聞こえると言うのは私の幻聴だと思いますが、いずれにしても、もっと上等なプレーヤなら……と思わなくもありません。


 それでも、このプレーヤを『買ってよかった』と思ったのは、カチッとスイッチを押し込んだ時。電子式の『ピッ』と入るものじゃなくて、ちゃんとスイッチを『押し込む』そのちょっとした作業が、なんとも心地よかったのです。

 何でもデジタルに捉えなきゃいけないような時代ですが、この古めかしい、安っぽい、カチャカチャした機械を操作すること。そういうことが出来る現実があるんだ、ということ。


 この話、もしかすると明日も続きます。

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 昨日は定時に退社して、何となく街を歩いてみました。

 そしてふらりとダイソーに入り、コーヒーでも買ってみるかとうろうろしていると……弟者と同じ高校に通う女子生徒がゾロゾロと。

 別に聞き耳を立てたわけでは、もちろん、ありませんが……狭い店内で、結構大きな声で嬉々と話しているので、普通にしていても聞こえたので……どうやら、今週末にある文化祭で使う小道具を探しに来ているとか。

 ほほう、文化祭ね。

 いやはや、懐かしいものです。あれからもう10年以上が経つのか……ってね。


 ところで、こないだ宇都宮に行った際に電気グルーヴ(以降、電気)のCDを買い、それをよく聴いているのですが、初めて電気のCDを買ったのも、高校の文化祭でした。

 とりあえず、やることもないので学校の中をうろうろしていると、たまたま行商に出歩いていた(笑)女の子に声をかけられて。両手に抱えていた籠の中に入っていたゴチャゴチャしたものの中に、電気のCD『VITAMIN』が入っていたのです。

 

 その頃はAVEX社のコンピレーションアルバム『PURE TRANCE』をきっかけとするテクノの洗礼を受けていたので、「僕、テクノとか聴くんですよね」というと、「あ、それだったらありますよー、ほら、テクノ」といって薦められたのがコレで。断りきれずにとりあえず買ってしまったのでした。

 正直、テクノと言うのはエイフェックスツインのように、歌が入っていないもの、と思っていたので、いきなり野太い声で「ふっじっさーん! ふっじっさーん!」などと絶叫されても、困惑してしまいました。一応コンピュータっぽい音楽は出てるけど、これはちょっと違うな……と思っていました。


 そのよさを理解したのは、何年も経って、ふと思い出したように再生した時。

 その頃はまだ理解できなかった音のひとつひとつが、急にわかった気がして、あ、電気って結構いいじゃんって。シャングリラにさえなびかなかった犬神が、突然、好きになってしまったのです。今も「A(エース)」と交互に聴いています。

 「スティングレイ」「スノウ・アンド・ダヴ」といった、ちゃんとした? インストゥルメンタルの楽曲もあり、「ニセモノフーリガン」「富士山」といったヘンテコカッコイイ(?)歌ものもあり。どっちかだけじゃなくて、どっちもあるから、いいんだなぁ。そんな風に思いました。


 ちなみに、週末の文化祭のことを話していた女子高生は、perfumeの「カシ・ユカ」と「アー・ティャアン」のような、ポニーテールとパッツンストレートな髪形をした子たちでした(なぜこんな表記をしているのかは、こちらの216あたりを参照のこと)。

 でもって少しふくよかというか、私と同じくらい上腕の直径がありそうな体つきで、なんとも、その……あの……ドキドキして、えっと……

 ……思わず店を飛び出してしまいました。

 社会人として色々経験して、ちょっとやそっとのことでは動じない自信があったのですが、まだまだ修行が足りないみたいです。

 あるいは、あれかな。普段職場で見ている女性陣よりもずっと若いから、逆に免疫が弱まってたのかな。どっちにせよ、盛岡の女子高生は……いい感じです。

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 かつて「渋谷系」という言葉を作り出した老舗CDショップであるHMV渋谷店が、営業不振のため閉店するというニュースが数日前に話題になりました。

 この言葉が流行った頃、犬神はモダンチョキチョキズに始まる『ちょっとヘンな音楽』好きになり始めていた頃であって、流行の歌はもはや流行っていること自体が嫌であまり聞いていませんでした。

 そんなこともあって、長いこと『渋谷系』という言葉の意味を知らずに生きてきて、恥ずかしながらこのHMV閉店のニュースを毎日jpで見て、そこで解説を読んで「なるほど、そういうもんだったのね」と理解した次第です。

 そんな犬神ですから、このお店どころか渋谷にすら行ったことがないのですが、やはり一抹の寂しさを感じなくもありません。

 そして、より気になったのは、HMVに限らずCD全体の売り上げが落ち込んでいる……ということ。

 まあ、私自身も中古ショップでCDを買ったり、レンタルしてきてこれをダビングして聴いたり、そういったことも少なくないのですが……それでも、やっぱりCDありき、なんですよね。ずっと前ならカセットテープにダビングしていたのを、今はMP3データとして保存しているだけで。

 そうやってデータ化して聴くのなら、初めからデータでダウンロードすればいいじゃん……つって、みんなそうやってるんでしょうが、やっぱり犬神は手に取れるものがないと不安なんです。CDで手にいれられるのなら、そうしたい。本当に好きなアーティストは、形あるものとして、手元に置いておきたい。古くさいかもしれませんが、そんな風に思うのです。

 以上、まったくもってどうでもいい話でした(笑)。

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 先日からプレイしている(現在2周目)『龍が如く3』は、舞台が沖縄。

 こないだ甲子園で優勝したのは、沖縄の学校。

 今日のスタパは、ガレッジセールがゲストでした。

 ……なんだか、立て続けに沖縄なメディアにふれている感じがします。

 それなら、今が旬。ということで、今日は沖縄どころか本州からさえほとんど出たことがない(ギリギリ宮島とか……そのくらい)犬神が、沖縄についての思いを語りたいと思います。

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 さて、初っ端から一度も沖縄に行ったことがないと宣言したところですが、しかしながら我が岩手県と沖縄県は、実はちょっとした交流があります。それは平成5年。大冷害に苦しむ我が県の農協は、わずかな種もみを暖かい石垣島に送り、そこで育ててもらおうと言うプランを計画。

 まるで北斗の拳のミスミ老人のようです。「今日より明日なんじゃ~!」って感じです。

 そして無事に石垣島まで運ばれた種もみは、最上級のもてなしを受けて大量に育ち、そのおかげで翌平成6年の岩手県は大豊作となりました。石垣島の皆様が、岩手県民がかつてのような大飢饉地獄に陥ることを救ってくれたのです。

 
 ということもあって、個人的には沖縄に対する好感ばかりがあります。

 ただ、数年くらい前から、少し考え方が変わってきて。……あまり難しいことはいえないのですが、端的に言えば、昔は違う国だったんだよな、ということを意識するようになったのです。琉球王国ってことね。

 あとは、ウルトラシリーズの脚本家だった金城哲夫氏のことを勉強したこともあって。……たぶん、内地の人が沖縄の人を見る時のような見方を、向こうの立場の人はしないんだろうな、と思ったのです。


 今でこそ同じ日本国でも、そこに成立した文化はきっと、違うもの。それをきちんと認めて、その上で、沖縄と言う土地を好きになりたい。海が綺麗とか、それはもちろんありますけれど、そんなリゾート感覚だけじゃなくて、色々なところを踏まえて、その上で受け入れて欲しい。そんな風に思います。


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