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「澁澤龍彦画廊」という本を読みました。
澁澤龍彦という名前に惹かれて、先日書いたプロレス本といっしょに借りてきたのですが、どうやらこれは1995年に日動画廊というところで開催されたイベントにあわせて出版されたもののようです。中身はその展覧会で出された作品の写真と、何人かのエッセーです。
・・・ということでいいと思うんですが、どうでしょうか。あまり自信がありませんが、私はそう受け止めました。
一応、私も高校生のころに、たまたま立ち寄った古書店で文庫版の著書を数冊買い求め、その勢いでサドの翻訳なんかも読んだクチなのですが、やはりまだまだだな、と思うのです。「私と澁澤龍彦」なんて文章は、恐れ多くて書けないな、と思うのです。
だから、これはあくまでも、澁澤龍彦関連の本を一冊読みました。それだけのことです。
それでも、私自身のために書いておきたいことなのですが、私もまた澁澤龍彦という人の言葉や思想に触れ、趣味や行動理念に大きな影響を受けた人間のひとりであると思うのです。一時期、離れていたこともありましたが、やはり私にとっては重要なポジションを占めているというか・・・まあシンプルに言えば、大好きな作家なんです。それだけに、今後も、もっともっと読まなければイカンなと思った今日この頃です。
澁澤龍彦という名前に惹かれて、先日書いたプロレス本といっしょに借りてきたのですが、どうやらこれは1995年に日動画廊というところで開催されたイベントにあわせて出版されたもののようです。中身はその展覧会で出された作品の写真と、何人かのエッセーです。
・・・ということでいいと思うんですが、どうでしょうか。あまり自信がありませんが、私はそう受け止めました。
一応、私も高校生のころに、たまたま立ち寄った古書店で文庫版の著書を数冊買い求め、その勢いでサドの翻訳なんかも読んだクチなのですが、やはりまだまだだな、と思うのです。「私と澁澤龍彦」なんて文章は、恐れ多くて書けないな、と思うのです。
だから、これはあくまでも、澁澤龍彦関連の本を一冊読みました。それだけのことです。
それでも、私自身のために書いておきたいことなのですが、私もまた澁澤龍彦という人の言葉や思想に触れ、趣味や行動理念に大きな影響を受けた人間のひとりであると思うのです。一時期、離れていたこともありましたが、やはり私にとっては重要なポジションを占めているというか・・・まあシンプルに言えば、大好きな作家なんです。それだけに、今後も、もっともっと読まなければイカンなと思った今日この頃です。
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『ケロのスーパープロレス天国』という本を読みました。これは渋民図書館から借りてきたものです。
ケロというのは、かつて新日本プロレスでリングアナをやっていた田中秀和さんのことで、内容としてはリングアナウンサーの立場から見た巡業中のレスラーたちの日常を書きとめた旅日記といった形式です。なにやらこれで6冊目だといいます。
年代としては1994年ごろのようです。私が本格的にプロレスに入り込んだのは2008年ごろですから、あまり詳しくはないのですが・・・さしあたって新鮮だったのは、蝶野さんがまだ黒くなる前だっていうことですね。それに、現在『第三世代』と言われている人たちがまだヤングライオンと呼ばれていること。小島さんはホテルのビデオ代が高いとボヤき(今ならカードで買うような大人向けのものだとケロさんは推測している)、中西さんはイベントの司会者の女性をタクシーの中でず~っと口説き、永田さんは・・・と言った具合に、ちらほらと名前が出てきます。
あとは、いまや口に出すのもはばかられる『JJジャックス』も現役でした。今の『クレイジー坊主』以前の飯塚さんって、ぜんぜんイメージできない・・・黒くない蝶野さんもそうですけど。
まあ大半は『破壊王』橋本真也さんの豪快エピソードなんですけどね。よく食べよく寝てよく回りに迷惑をかけて(イビキがうるさい、など)・・・。
ひとつ印象に残ったのは、いまや国会議員となった馳センセーのジャイアントスイングについて。自分にもダメージがあり、一度もフォールを奪ったことのないジャイアントスイング。そんな風に言われていました。・・・まさかリングアナが、そういうことを言うとは・・・確かにそうだったかもしれませんが・・・。
ケロというのは、かつて新日本プロレスでリングアナをやっていた田中秀和さんのことで、内容としてはリングアナウンサーの立場から見た巡業中のレスラーたちの日常を書きとめた旅日記といった形式です。なにやらこれで6冊目だといいます。
年代としては1994年ごろのようです。私が本格的にプロレスに入り込んだのは2008年ごろですから、あまり詳しくはないのですが・・・さしあたって新鮮だったのは、蝶野さんがまだ黒くなる前だっていうことですね。それに、現在『第三世代』と言われている人たちがまだヤングライオンと呼ばれていること。小島さんはホテルのビデオ代が高いとボヤき(今ならカードで買うような大人向けのものだとケロさんは推測している)、中西さんはイベントの司会者の女性をタクシーの中でず~っと口説き、永田さんは・・・と言った具合に、ちらほらと名前が出てきます。
あとは、いまや口に出すのもはばかられる『JJジャックス』も現役でした。今の『クレイジー坊主』以前の飯塚さんって、ぜんぜんイメージできない・・・黒くない蝶野さんもそうですけど。
まあ大半は『破壊王』橋本真也さんの豪快エピソードなんですけどね。よく食べよく寝てよく回りに迷惑をかけて(イビキがうるさい、など)・・・。
ひとつ印象に残ったのは、いまや国会議員となった馳センセーのジャイアントスイングについて。自分にもダメージがあり、一度もフォールを奪ったことのないジャイアントスイング。そんな風に言われていました。・・・まさかリングアナが、そういうことを言うとは・・・確かにそうだったかもしれませんが・・・。
『ドキドキ!プリキュア』を見ました。小学生の男の子(妖精が変身した姿)が中学生の女の子(主人公チームの同級生)に恋をする話です。
それを見て、思い出したことがありました。・・・記憶にはあったのですが、「こういうことがあったっけ」という事実以上のものがよみがえったのです。
それは32歳になった今にもつながることなので、記録に残しておきたいと思います。といっても、誰でも一度以上は経験するような、ごくありふれた体験ですが。
今から25年前・・・1988年のことです。当時の私は小学1年生でした。
今もそうですけど当時の私はどうも手先が器用なほうではなく、いわゆる『蝶結び』というのができませんでした。後に猛練習をしてやっとできるようになったのですが、当時はできませんでした。せいぜい『だんご結び』(玉結び)くらいしかできなかったのです。
だから運動会の日も、鉢巻は『だんご結び』にしていたのですが、まわりを見れば95パーセント以上の子が蝶結びにしていました。つまり『だんご結び』にしていることは、自分が極端に不器用な人間であることをアピールしているようなものでした。
それが嫌で、何とか自分も蝶結びにしようと思ってはみたものの、何をどうすればそうなるのかわからないですからね。それで困り果てていた私を見かねたのか、
「どうしたの?」
と声をかけてくれた人がいました。同じ色の鉢巻をした、6年生の女の子でした。
つたない言葉で意志を伝え、鉢巻を蝶結びにして締めてもらいました。
・・・それが、25年前の10月10日、当時の『体育の日』にあったことでした・・・。
ただそれだけのことなんですが、多分それが、私の『初恋』だったと思うのです。あと、鉢巻に対して特別な感情を抱くようになったのも、それがきっかけ。そう思います。まあ、それに関してはコメントを差し控えさせていただきますが。
以来十数年、多くの男子学生がそうであるように、とにかくたくさんの異性を好きになったのですが・・・同級生や下級生よりも上級生を好きになることが多かったと思います。それは自分が最高学府の最高学年になるまで続いていたような気がします。
だから昨日の『プリキュア』は、どうも私自身を重ねて見ていました。身分が違いすぎるから、かなうはずもない恋ではありますが・・・その行為は何よりも私を感動させてくれました。そういう愛の力もありますよ。
随分と青臭い話をしてしまいましたが、たまにはこういうのもいいでしょう。今だからこうして冷静に当時のことを見られた、と言うのもあるし。何よりも、さっきも言いましたが、この体験も今の私につながることですから。
それを見て、思い出したことがありました。・・・記憶にはあったのですが、「こういうことがあったっけ」という事実以上のものがよみがえったのです。
それは32歳になった今にもつながることなので、記録に残しておきたいと思います。といっても、誰でも一度以上は経験するような、ごくありふれた体験ですが。
今から25年前・・・1988年のことです。当時の私は小学1年生でした。
今もそうですけど当時の私はどうも手先が器用なほうではなく、いわゆる『蝶結び』というのができませんでした。後に猛練習をしてやっとできるようになったのですが、当時はできませんでした。せいぜい『だんご結び』(玉結び)くらいしかできなかったのです。
だから運動会の日も、鉢巻は『だんご結び』にしていたのですが、まわりを見れば95パーセント以上の子が蝶結びにしていました。つまり『だんご結び』にしていることは、自分が極端に不器用な人間であることをアピールしているようなものでした。
それが嫌で、何とか自分も蝶結びにしようと思ってはみたものの、何をどうすればそうなるのかわからないですからね。それで困り果てていた私を見かねたのか、
「どうしたの?」
と声をかけてくれた人がいました。同じ色の鉢巻をした、6年生の女の子でした。
つたない言葉で意志を伝え、鉢巻を蝶結びにして締めてもらいました。
・・・それが、25年前の10月10日、当時の『体育の日』にあったことでした・・・。
ただそれだけのことなんですが、多分それが、私の『初恋』だったと思うのです。あと、鉢巻に対して特別な感情を抱くようになったのも、それがきっかけ。そう思います。まあ、それに関してはコメントを差し控えさせていただきますが。
以来十数年、多くの男子学生がそうであるように、とにかくたくさんの異性を好きになったのですが・・・同級生や下級生よりも上級生を好きになることが多かったと思います。それは自分が最高学府の最高学年になるまで続いていたような気がします。
だから昨日の『プリキュア』は、どうも私自身を重ねて見ていました。身分が違いすぎるから、かなうはずもない恋ではありますが・・・その行為は何よりも私を感動させてくれました。そういう愛の力もありますよ。
随分と青臭い話をしてしまいましたが、たまにはこういうのもいいでしょう。今だからこうして冷静に当時のことを見られた、と言うのもあるし。何よりも、さっきも言いましたが、この体験も今の私につながることですから。
山岡荘八『徳川家康』18巻、読了しました。
弟者からもらった本はここでいったん区切りとなります。なぜか次が21巻、22巻となっているためです。
即座に図書館に行って続きを借りて読めばいいのかもしれませんが、何せここまで18冊も読んできましたからね。小説の中でも『天下分け目』と言われた関が原の戦いが終結し、一時的な平和が訪れましたからね。私も少々違う世界や漫画の方にシフトしていこうかなと思っています。もちろん、いずれは図書館で借りるなり何なりして、全部読む予定ではありますが、とりあえず・・・ね。
それにしても、まあ、よくもここまでひとつの物語を読み続けてこられたものです。上下2段で印刷された、一冊あたり300ページそこそこの厚さの本を18冊。もちろん内容がとても面白いから読み続けてこられたわけですが。正直なところこれがトルストイとかドストエフスキーとかだと、どうも読める自信がありません(まあ、これも全然読んだことがないからであって、読み始めれば案外いけるかもしれませんが)。
読んだ感想を一言で表すことはできません。一言どころか百万言でも足りないかもしれません。・・・それでも無理にあらわすとすれば、この本を読むことで、私の人生観が大きく変わった気がします。具体的にどう変わったかをあげ連ねることはしませんが、何かを思ったり行ったりする時に、「この時、家康公ならどうするかな」なんてことを考えるようになったのです。
まったくもって私は凡愚極まりない小人ではありますが、・・・あるいは、だからこそ、でしょうか。熟慮に熟慮を重ね、時に『古だぬき』 『極悪人』 などとさげすまれるような采配の先に、ひたすら天下泰平を求めた家康公に少しでも近づきたいと思っているのです。
*
この本を読んでいる間、ずっと前からやりたかった『戦国無双2』を買ったのですが、どうもアクションゲームが下手になっているような気がします。これは技術的な問題よりも心構えの問題だと思います。戦い自体をそれほど好まない性格になってしまったようです。
無論、乱れきった当時の世の中では、戦争も必要だったと思います。(18巻時点で)一番新しい戦いである関が原の戦いの時も、戦場に立った内府殿は若かりしころと変わらぬ軍略で見事に東軍を勝利に導きましたし。・・・ただ・・・好むか好まないかといえば、好まない性格になってしまいました。
そういった思想を持って、私は2013年を生きています。
弟者からもらった本はここでいったん区切りとなります。なぜか次が21巻、22巻となっているためです。
即座に図書館に行って続きを借りて読めばいいのかもしれませんが、何せここまで18冊も読んできましたからね。小説の中でも『天下分け目』と言われた関が原の戦いが終結し、一時的な平和が訪れましたからね。私も少々違う世界や漫画の方にシフトしていこうかなと思っています。もちろん、いずれは図書館で借りるなり何なりして、全部読む予定ではありますが、とりあえず・・・ね。
それにしても、まあ、よくもここまでひとつの物語を読み続けてこられたものです。上下2段で印刷された、一冊あたり300ページそこそこの厚さの本を18冊。もちろん内容がとても面白いから読み続けてこられたわけですが。正直なところこれがトルストイとかドストエフスキーとかだと、どうも読める自信がありません(まあ、これも全然読んだことがないからであって、読み始めれば案外いけるかもしれませんが)。
読んだ感想を一言で表すことはできません。一言どころか百万言でも足りないかもしれません。・・・それでも無理にあらわすとすれば、この本を読むことで、私の人生観が大きく変わった気がします。具体的にどう変わったかをあげ連ねることはしませんが、何かを思ったり行ったりする時に、「この時、家康公ならどうするかな」なんてことを考えるようになったのです。
まったくもって私は凡愚極まりない小人ではありますが、・・・あるいは、だからこそ、でしょうか。熟慮に熟慮を重ね、時に『古だぬき』 『極悪人』 などとさげすまれるような采配の先に、ひたすら天下泰平を求めた家康公に少しでも近づきたいと思っているのです。
*
この本を読んでいる間、ずっと前からやりたかった『戦国無双2』を買ったのですが、どうもアクションゲームが下手になっているような気がします。これは技術的な問題よりも心構えの問題だと思います。戦い自体をそれほど好まない性格になってしまったようです。
無論、乱れきった当時の世の中では、戦争も必要だったと思います。(18巻時点で)一番新しい戦いである関が原の戦いの時も、戦場に立った内府殿は若かりしころと変わらぬ軍略で見事に東軍を勝利に導きましたし。・・・ただ・・・好むか好まないかといえば、好まない性格になってしまいました。
そういった思想を持って、私は2013年を生きています。
今朝は「めざましテレビ」で、スフィア・・・だったかな? なにやらそういう名前の、声優さん4人組のユニットを見ました。今月いっぱいで退社する松尾翠アナのコーナーで紹介されたものです。
当たり前なんですが、画面を見ないとそこに何人ものアニメキャラがいるような錯覚をしてしまいます。
どきどきすると言うか、そわそわすると言うか。
なんか、ただただ「声優さんってすごい」そう思ったのでした。
まあ、声優さんは「声」をウリにする職業だと思うので、あまり声優さん自身がテレビに出て話しているところは、見たくないのですが。イメージがありますから。
・・・もちろん、そう思わない声優さんもいます。それというのは、やはり私自身がまだそんなことを思わない時代からず~っと顔を知っている方でしょうか。たとえばドラえもん(旧版)の声優陣なんかは小学生のころから映画のパンフレットなどで顔を見知っているので素直に受け入れられるし、日高のり子さんは初めて見たのが『タミヤRCカーグランプリ』だったりするので、『トップをねらえ!』を見るまで声優という認識がありませんでした。
それから、『アイドル雀土スーチーパイ』にて声を当てている方々も、割と受け入れられます。なんとなれば、割と早い段階でおまけディスクに収録されているインタビューを見ていたからです。下手にアニメキャラのイメージが固まる前に触れられたのが、よかったのかもしれません。
そんなわけで、まあ、その・・・。
普段あまり積極的にアニメを見ない私にとって、松尾翠コーナーは重要な情報源だったのですが、今後はそれが見られなくなるのかな。というよりも松尾翠自身が見られなくなるのかな・・・。結構古くから見て慣れ親しんでいたので、随分とさびしい気がします。そんなことを思いました。
当たり前なんですが、画面を見ないとそこに何人ものアニメキャラがいるような錯覚をしてしまいます。
どきどきすると言うか、そわそわすると言うか。
なんか、ただただ「声優さんってすごい」そう思ったのでした。
まあ、声優さんは「声」をウリにする職業だと思うので、あまり声優さん自身がテレビに出て話しているところは、見たくないのですが。イメージがありますから。
・・・もちろん、そう思わない声優さんもいます。それというのは、やはり私自身がまだそんなことを思わない時代からず~っと顔を知っている方でしょうか。たとえばドラえもん(旧版)の声優陣なんかは小学生のころから映画のパンフレットなどで顔を見知っているので素直に受け入れられるし、日高のり子さんは初めて見たのが『タミヤRCカーグランプリ』だったりするので、『トップをねらえ!』を見るまで声優という認識がありませんでした。
それから、『アイドル雀土スーチーパイ』にて声を当てている方々も、割と受け入れられます。なんとなれば、割と早い段階でおまけディスクに収録されているインタビューを見ていたからです。下手にアニメキャラのイメージが固まる前に触れられたのが、よかったのかもしれません。
そんなわけで、まあ、その・・・。
普段あまり積極的にアニメを見ない私にとって、松尾翠コーナーは重要な情報源だったのですが、今後はそれが見られなくなるのかな。というよりも松尾翠自身が見られなくなるのかな・・・。結構古くから見て慣れ親しんでいたので、随分とさびしい気がします。そんなことを思いました。
今日は、当家から130キロ以上離れた地にある航空自衛隊/在日米軍三沢基地に行きました。1年に1度の基地開放日、航空祭に参加するためです。
実は今から十数年前、まだ高校生のころにも、行ったことがあります。、その時は午前2時くらいに出発して3時間ほどかけて三沢に行き、そこで開場までしばらく車内で寝ていく、という行程で行きました。
・・・そうしたところ、寝不足がたたってひどい体調不良に見舞われ、なんとも後味の悪い結末となってしまったのです。それがずっと心に残っていたので、今回たまたま週休日と開催日が重なったこともあり、行って来たしだいです。
混むだろうとは思っていたものの、ついてみたら想像の10倍以上は混んでいました。天気は悪いし、シャトルバスを待つ人の行列は数百メートルはあろうかと言う長さだし。
決定的だったのは、バスを待つ人たちに向けて告げられた告知。
「米軍がゲートをすべて閉鎖してしまった。いつ入れるようになるかわからない」
ただでさえ時間がないのにこの仕打ちでは、さすがの犬神も蝶野さんばりにガッデム! といわざるを得ません。ファッ○ンニュージャパン! ガッチャメラエー!
そういうわけで滞在20分ほどで早々に三沢基地(から随分と距離がある駐車場のキャンプ場)を後にしたのでした。
その後はIBCまつりへ。弟者の知り合いが店を出していると言うので来ました。
「奇跡の一本松」の根っこの大きさに驚愕し、陸前高田のマスコットキャラ「夢ちゃん」のグッズを買い、降りしきる雨の中、会場内をうろうろ。IBCアナウンサーの神山浩樹さんと松原友希さんがいろいろとやっているのををライブで見られて大興奮しました。さらに隣のステージでは菊池幸見さんや伊奈かっぺいさんらがバリバリの方言トークを繰り広げておりました。
詳細な内容については書きませんが、進行の幸見さんが思わず「生放送じゃなくてよかったー! 生放送だったら、始末書書かされるところだったよ!」と言ってしまうくらいの過激トークが繰り広げられ、会場にいた人々はみんなドッカンドッカン笑っていました。そんな感じです。
そして当の模擬店では弟者が「面と向かって買うのは恥ずかしい」というわけで私が代行して買いました。弟者と同級生ならまだ10代でしょう。私だって恥ずかしいですが、まあ何とか買いました。
まあ、そんな感じの一日でした。
三沢基地に関しては、まあ、十分に意義はあったと思います。基地内には入れなかったものの、とにかく自分の力で三沢市まで行けたこと。そこで元気に歩けたこと。それでいいでしょう。これは負け惜しみではなく心からそう思います。
そうなると、まあ、あえて大混雑を覚悟で行ったり、それを避けるために夜明け前に家を出る理由もなくなるわけで・・・。そういうわけで、もう、二度と! 三沢基地航空祭には行かないと思います。
あと、IBCまつりは・・・ライブで見ると、やはり松原アナは綺麗だったな・・・というところです。会場を後にしてから数時間が経ったと言うのに、思い出すたびに胸がドキドキしてしまいます。これで富田アナも見ていたら、いよいよもって今夜は眠れなかったかもしれません。
実は今から十数年前、まだ高校生のころにも、行ったことがあります。、その時は午前2時くらいに出発して3時間ほどかけて三沢に行き、そこで開場までしばらく車内で寝ていく、という行程で行きました。
・・・そうしたところ、寝不足がたたってひどい体調不良に見舞われ、なんとも後味の悪い結末となってしまったのです。それがずっと心に残っていたので、今回たまたま週休日と開催日が重なったこともあり、行って来たしだいです。
混むだろうとは思っていたものの、ついてみたら想像の10倍以上は混んでいました。天気は悪いし、シャトルバスを待つ人の行列は数百メートルはあろうかと言う長さだし。
決定的だったのは、バスを待つ人たちに向けて告げられた告知。
「米軍がゲートをすべて閉鎖してしまった。いつ入れるようになるかわからない」
ただでさえ時間がないのにこの仕打ちでは、さすがの犬神も蝶野さんばりにガッデム! といわざるを得ません。ファッ○ンニュージャパン! ガッチャメラエー!
そういうわけで滞在20分ほどで早々に三沢基地(から随分と距離がある駐車場のキャンプ場)を後にしたのでした。
その後はIBCまつりへ。弟者の知り合いが店を出していると言うので来ました。
「奇跡の一本松」の根っこの大きさに驚愕し、陸前高田のマスコットキャラ「夢ちゃん」のグッズを買い、降りしきる雨の中、会場内をうろうろ。IBCアナウンサーの神山浩樹さんと松原友希さんがいろいろとやっているのををライブで見られて大興奮しました。さらに隣のステージでは菊池幸見さんや伊奈かっぺいさんらがバリバリの方言トークを繰り広げておりました。
詳細な内容については書きませんが、進行の幸見さんが思わず「生放送じゃなくてよかったー! 生放送だったら、始末書書かされるところだったよ!」と言ってしまうくらいの過激トークが繰り広げられ、会場にいた人々はみんなドッカンドッカン笑っていました。そんな感じです。
そして当の模擬店では弟者が「面と向かって買うのは恥ずかしい」というわけで私が代行して買いました。弟者と同級生ならまだ10代でしょう。私だって恥ずかしいですが、まあ何とか買いました。
まあ、そんな感じの一日でした。
三沢基地に関しては、まあ、十分に意義はあったと思います。基地内には入れなかったものの、とにかく自分の力で三沢市まで行けたこと。そこで元気に歩けたこと。それでいいでしょう。これは負け惜しみではなく心からそう思います。
そうなると、まあ、あえて大混雑を覚悟で行ったり、それを避けるために夜明け前に家を出る理由もなくなるわけで・・・。そういうわけで、もう、二度と! 三沢基地航空祭には行かないと思います。
あと、IBCまつりは・・・ライブで見ると、やはり松原アナは綺麗だったな・・・というところです。会場を後にしてから数時間が経ったと言うのに、思い出すたびに胸がドキドキしてしまいます。これで富田アナも見ていたら、いよいよもって今夜は眠れなかったかもしれません。
巨星堕つ。
・・・『徳川家康』15冊目、読み終わりました。
これはあくまでも、その時代から400年以上経った21世紀に、まったくかかわりのない立場から、しかも山岡荘八先生の小説を読むという形で触れた上での感想でありますが、やはりどこまでも豊臣秀吉と言う人は・・・不世出の人であったと思うのです。
清洲の庶民レベルから這い上がり、天下人まで上り詰めたのも秀吉であれば、無謀な海外出兵や女子供にも容赦のない処断の嵐を吹き荒らしたのも秀吉。単純に好き好き大好きとは言えませんが、猿太閤とか老醜老害とかと卑下することもできません。
ひたすらに天下のためと駆け抜けた秀吉公でさえ、晩年には秀頼のこと、ひいては自分の家のことを思い煩うような、ひとりの父親になってしまうのだ・・・と、しみじみ感じたのでした。
やはり日吉丸改め木下藤吉郎改め羽柴秀吉改め豊臣秀吉。すばらしい人であります。
その一方で、何かと重苦しい・・・いや、重厚な雰囲気を貫く本編にあって、からりとさわやかな新風を吹き込むような男がいます。その名は納屋助左衛門・・・通称『呂宋(ルソン)助左衛門』です。太閤立志伝5でも主人公の一人としてプレイすることができる堺の豪商です。
基本的にこの物語は内府家康公が(三方が原の戦いで大敗北を喫したあたりから)思慮深く慎重な性格であるため、血気にはやる家臣をじっくり諭すような場面が多く、ひいては物語自体もどっしりとした雰囲気なのですが、そんな中にあってこの男は豪放磊落を絵に描いたような性格をしています。
何せこの男の夢は、海外に『日本人町』を作ること。もちろんそれは軍事的な侵略拠点ではなく商業拠点としての日本人町です。そして平和な時代が訪れた後に職にあぶれた浪人たちを片っ端から雇用しようという野望を抱いているんですね。そして、そのためにルソンなどと海外貿易を繰り返して巨万の富を築いている・・・というわけです。
まあ、石田治部どのあたりはその大野望が理解できないのか、はたまたやっかんでいるだけなのかわかりませんが、難癖をつけてひっとらえようとします。ところがそこでも一歩先をいっているのがこの男で、その時には大事なものをすべて船に乗せ、持ち出せないもの(聚楽第もかくやといわんばかりの豪邸など)は処分して、役人が手入れに行った時にはもぬけの殻だった・・・というわけです。
痛快この上ない、と言わざるを得ません。史実の助左衛門は後にルソンからカンボジアに渡り、そこでまたひと財産築いたと言われますが、ある意味ではどの戦国武将よりも豪快でビッグな生き方であったと思います。本当に、気持ちのいい男でした。・・・って、この後もしかしたら、出てくるかもしれませんが。
・・・『徳川家康』15冊目、読み終わりました。
これはあくまでも、その時代から400年以上経った21世紀に、まったくかかわりのない立場から、しかも山岡荘八先生の小説を読むという形で触れた上での感想でありますが、やはりどこまでも豊臣秀吉と言う人は・・・不世出の人であったと思うのです。
清洲の庶民レベルから這い上がり、天下人まで上り詰めたのも秀吉であれば、無謀な海外出兵や女子供にも容赦のない処断の嵐を吹き荒らしたのも秀吉。単純に好き好き大好きとは言えませんが、猿太閤とか老醜老害とかと卑下することもできません。
ひたすらに天下のためと駆け抜けた秀吉公でさえ、晩年には秀頼のこと、ひいては自分の家のことを思い煩うような、ひとりの父親になってしまうのだ・・・と、しみじみ感じたのでした。
やはり日吉丸改め木下藤吉郎改め羽柴秀吉改め豊臣秀吉。すばらしい人であります。
その一方で、何かと重苦しい・・・いや、重厚な雰囲気を貫く本編にあって、からりとさわやかな新風を吹き込むような男がいます。その名は納屋助左衛門・・・通称『呂宋(ルソン)助左衛門』です。太閤立志伝5でも主人公の一人としてプレイすることができる堺の豪商です。
基本的にこの物語は内府家康公が(三方が原の戦いで大敗北を喫したあたりから)思慮深く慎重な性格であるため、血気にはやる家臣をじっくり諭すような場面が多く、ひいては物語自体もどっしりとした雰囲気なのですが、そんな中にあってこの男は豪放磊落を絵に描いたような性格をしています。
何せこの男の夢は、海外に『日本人町』を作ること。もちろんそれは軍事的な侵略拠点ではなく商業拠点としての日本人町です。そして平和な時代が訪れた後に職にあぶれた浪人たちを片っ端から雇用しようという野望を抱いているんですね。そして、そのためにルソンなどと海外貿易を繰り返して巨万の富を築いている・・・というわけです。
まあ、石田治部どのあたりはその大野望が理解できないのか、はたまたやっかんでいるだけなのかわかりませんが、難癖をつけてひっとらえようとします。ところがそこでも一歩先をいっているのがこの男で、その時には大事なものをすべて船に乗せ、持ち出せないもの(聚楽第もかくやといわんばかりの豪邸など)は処分して、役人が手入れに行った時にはもぬけの殻だった・・・というわけです。
痛快この上ない、と言わざるを得ません。史実の助左衛門は後にルソンからカンボジアに渡り、そこでまたひと財産築いたと言われますが、ある意味ではどの戦国武将よりも豪快でビッグな生き方であったと思います。本当に、気持ちのいい男でした。・・・って、この後もしかしたら、出てくるかもしれませんが。
仮面ライダーフォーゼふうに一文字ずつ中黒を入れてみましたが、ええ、豊臣秀次の話です。
『徳川家康』(山岡荘八)も15冊目に突入。1度目の朝鮮出兵が何とかまとまるかな? という時期です(その後どうなったかは・・・まあ、書かれていくことでしょうが)。
国内では茶々(淀君)が子を産み、めでたい空気もある一方で、不穏な話もあります。それが秀次です。
実子のない秀吉の後継者とされたものの、一族郎党まとめて処断された・・・というのが歴史上の事実。そしてその理由については様々な乱暴狼藉悪逆非道をとがめられたため、といわれていますが、一方で、「本当は実子を継がせたい秀吉の陰謀によって処断されたんじゃないの」という話もあるようです。
どっちがどうなのかは・・・まあ、置いておくことにします。うかつにネットで調べると、「時の権力者によって隠蔽された歴史の真実」のようなものを自身のブログで公開しているような正義と真実の使徒(by多羅尾伴内)の語る話にぶつかり、
となってしまうからです。それにこのブログは小説の豊臣秀次の話ですから。
作中では、まだ読み始めたばかりなのでアレですが、う~む・・・悪い人じゃないけれど、小さい人として描かれています。ちょっとしたことで腹を立てて、三十人からの侍女たちに八つ当たりをするとか。あと、太閤が自分を手打ちにしようとしてるんじゃないか、という噂話を恐れたりとか。
周囲の噂話や家臣(どさくさにまぎれて成り上がろうとする野心100の連中)たちに翻弄されて、やがてその時を迎えるのかな・・・と、『その時歴史が動いた』みたいな気分で読み進めています。
「どうして昔のように、何も気にせず太閤と話ができぬのじゃ」
涙ながらにそう語る秀次のパートでは、私もちょっと泣きそうになりました。
秀吉も秀次も、生まれながらの極悪人ではないのです。同じように、派手好きで『人をビックリさせること』が大好きな人なのです。ただ叔父の秀吉が、一般人10万人分くらいの才気をもって駆け抜けてきた人なので、相対的に秀次の方がダメダメに見えてしまうのかな・・・というのが私の印象。だからと言って、積極的に付き合いたいわけではありませんが。
そんな感じで、また読みます。さしあたって18巻(関が原の戦いのあたり)までしか、ありませんが。
『徳川家康』(山岡荘八)も15冊目に突入。1度目の朝鮮出兵が何とかまとまるかな? という時期です(その後どうなったかは・・・まあ、書かれていくことでしょうが)。
国内では茶々(淀君)が子を産み、めでたい空気もある一方で、不穏な話もあります。それが秀次です。
実子のない秀吉の後継者とされたものの、一族郎党まとめて処断された・・・というのが歴史上の事実。そしてその理由については様々な乱暴狼藉悪逆非道をとがめられたため、といわれていますが、一方で、「本当は実子を継がせたい秀吉の陰謀によって処断されたんじゃないの」という話もあるようです。
どっちがどうなのかは・・・まあ、置いておくことにします。うかつにネットで調べると、「時の権力者によって隠蔽された歴史の真実」のようなものを自身のブログで公開しているような正義と真実の使徒(by多羅尾伴内)の語る話にぶつかり、
となってしまうからです。それにこのブログは小説の豊臣秀次の話ですから。
作中では、まだ読み始めたばかりなのでアレですが、う~む・・・悪い人じゃないけれど、小さい人として描かれています。ちょっとしたことで腹を立てて、三十人からの侍女たちに八つ当たりをするとか。あと、太閤が自分を手打ちにしようとしてるんじゃないか、という噂話を恐れたりとか。
周囲の噂話や家臣(どさくさにまぎれて成り上がろうとする野心100の連中)たちに翻弄されて、やがてその時を迎えるのかな・・・と、『その時歴史が動いた』みたいな気分で読み進めています。
「どうして昔のように、何も気にせず太閤と話ができぬのじゃ」
涙ながらにそう語る秀次のパートでは、私もちょっと泣きそうになりました。
秀吉も秀次も、生まれながらの極悪人ではないのです。同じように、派手好きで『人をビックリさせること』が大好きな人なのです。ただ叔父の秀吉が、一般人10万人分くらいの才気をもって駆け抜けてきた人なので、相対的に秀次の方がダメダメに見えてしまうのかな・・・というのが私の印象。だからと言って、積極的に付き合いたいわけではありませんが。
そんな感じで、また読みます。さしあたって18巻(関が原の戦いのあたり)までしか、ありませんが。
2011年ごろから、「それはないだろう」ということが実際になってしまっている・・・そんな気がしました。
3.11の震災もそうですけど、それよりも平泉中尊寺が世界遺産に登録されたことです。
「なればいいなあ」という想いはあったにせよ、「いや~それは無理なんじゃないの」と思っていたのです。一回、申請を蹴られましたし。
でも、構成遺産を変えて再申請したら通っちゃって。マチュピチュとかチチェン・イツァーとかナスカ台地のあの絵とかと同じものがわが県にあるのだ、という事実は、登録から2年経った今でも私の心をワクワクさせてくれます。ところでたとえがなぜ南米ばかりなのか。
今朝、「5分であまちゃん」を見ようと思って、がんばって早起きしてテレビをつけると、2020年のオリンピックが東京に決定したというニュースが飛び込んできました。てっきりマドリードあたりになるだろう、と思っていただけに、まさに目が覚めるようなニュースです。
前都知事が東京承知云々と言っていたころはドン・キホーテ的な勇ましい、しかしとうてい実現不可能なことだと思っていました。
最近になって、テレビCMなどで「2020年東京招致を応援しています」というものをチラチラ見るようになり、少し現実味を帯びてきたかな? と思うようになりましたが、それでも「まあヨーロッパでやるんじゃないの」と思っていました。イスタンブールはちょっと政情不安定な雰囲気があるからアレかと思っていましたが、ヨーロッパの人が主導でやるんだろうから、スペインが堅いだろう。そう思っていたのです。犬神式ブックメーカーではマドリードが本命でした。
そこに来て、このニュースですからね。最初はまだ投票結果が出ていないんだと思っていました。そういう、投票結果を生中継する番組なのだろう、と。でも、ハッキリと『決定』とうたっているから、これは、そういうことなのかな・・・と、20分ほど画面を見続けて、ようやくそれを認識したしだいです。
21世紀に東京オリンピックと言うと、「ああ、そういえば『AKIRA』もそんな世界だっけな・・・」と、漠然と思っていました。
って、あれも2020年開催予定なんですね。そのためにスタジアムを建設しているわけですが、その地下には、1982年に東京を壊滅させ、ひいては第三次世界大戦を引き起こした新型爆弾が眠っていて・・・。
まあそれは漫画の話。新型爆弾も爆発していないし第三次世界大戦も起こっていないしネオ東京も建設されていないしピーキー過ぎて「そんなのに乗ってる方の気が知れねぇぜ」と仲間から言われる真っ赤な超伝導モーター式バイクに乗っている健康優良不良少年もいませんからね。それはそれですが、現実が漫画の世界にグイッと近づいた・・・ような感慨があります。
ま、東京の話だから岩手県民の私には関係ない・・・と言えばそうなんですが、せっかく世界規模のお祭りが繰り広げられるのだから、しばらくこの話に乗っかってみたいと思います。このブログも長いこと読書三昧の隠棲生活ブログみたいになっていましたが、あるいはまた、旬の話題をちょくちょく書き出すかもしれません。
以上、「こんなことを思った」というのを残しておきたいと思ったために書きました。ともあれ、決まっちゃったからには後に引けません。みんなで盛り上げていきましょう。
3.11の震災もそうですけど、それよりも平泉中尊寺が世界遺産に登録されたことです。
「なればいいなあ」という想いはあったにせよ、「いや~それは無理なんじゃないの」と思っていたのです。一回、申請を蹴られましたし。
でも、構成遺産を変えて再申請したら通っちゃって。マチュピチュとかチチェン・イツァーとかナスカ台地のあの絵とかと同じものがわが県にあるのだ、という事実は、登録から2年経った今でも私の心をワクワクさせてくれます。ところでたとえがなぜ南米ばかりなのか。
今朝、「5分であまちゃん」を見ようと思って、がんばって早起きしてテレビをつけると、2020年のオリンピックが東京に決定したというニュースが飛び込んできました。てっきりマドリードあたりになるだろう、と思っていただけに、まさに目が覚めるようなニュースです。
前都知事が東京承知云々と言っていたころはドン・キホーテ的な勇ましい、しかしとうてい実現不可能なことだと思っていました。
最近になって、テレビCMなどで「2020年東京招致を応援しています」というものをチラチラ見るようになり、少し現実味を帯びてきたかな? と思うようになりましたが、それでも「まあヨーロッパでやるんじゃないの」と思っていました。イスタンブールはちょっと政情不安定な雰囲気があるからアレかと思っていましたが、ヨーロッパの人が主導でやるんだろうから、スペインが堅いだろう。そう思っていたのです。犬神式ブックメーカーではマドリードが本命でした。
そこに来て、このニュースですからね。最初はまだ投票結果が出ていないんだと思っていました。そういう、投票結果を生中継する番組なのだろう、と。でも、ハッキリと『決定』とうたっているから、これは、そういうことなのかな・・・と、20分ほど画面を見続けて、ようやくそれを認識したしだいです。
21世紀に東京オリンピックと言うと、「ああ、そういえば『AKIRA』もそんな世界だっけな・・・」と、漠然と思っていました。
って、あれも2020年開催予定なんですね。そのためにスタジアムを建設しているわけですが、その地下には、1982年に東京を壊滅させ、ひいては第三次世界大戦を引き起こした新型爆弾が眠っていて・・・。
まあそれは漫画の話。新型爆弾も爆発していないし第三次世界大戦も起こっていないしネオ東京も建設されていないしピーキー過ぎて「そんなのに乗ってる方の気が知れねぇぜ」と仲間から言われる真っ赤な超伝導モーター式バイクに乗っている健康優良不良少年もいませんからね。それはそれですが、現実が漫画の世界にグイッと近づいた・・・ような感慨があります。
ま、東京の話だから岩手県民の私には関係ない・・・と言えばそうなんですが、せっかく世界規模のお祭りが繰り広げられるのだから、しばらくこの話に乗っかってみたいと思います。このブログも長いこと読書三昧の隠棲生活ブログみたいになっていましたが、あるいはまた、旬の話題をちょくちょく書き出すかもしれません。
以上、「こんなことを思った」というのを残しておきたいと思ったために書きました。ともあれ、決まっちゃったからには後に引けません。みんなで盛り上げていきましょう。
ここ1ヶ月ばかり、山岡荘八の『徳川家康』を読んでいます。
上下二段組で、全26巻。間違いなく私の人生でもっとも長い小説です。これ以上長い物語は宇宙英雄ローダンシリーズぐらいしか知りません。
物語は神君家康公が生まれる少し前から始まり、たぶん亡くなる時まで続くのでしょうが、今は九州平定~小田原攻めのあたりです。巻数で言えば、12巻をちょうど読み終えたところです。
思ったことはたくさんありますが、多くは言いません。
思ったことや感じたことを、どんな風に書き出そうかとあれこれ思案しているうちに、「別にわざわざ語るほどのことでもない」と思ってしまうからです。
また、あまり自分は語ることが上手でないし、それでいいような気がするからです。
そういう人にあこがれている、というのもあるのです。
特に印象に残っているのは、時流に抗い、自らの意地を貫き通すために死んだ柴田勝家。秀吉とも仲のいい前田利家が間に入って何とかとりなそうとしたものの、あえてそれを拒み、武士として死んだその生き方。それは以前に読んだ『天を衝く』の九戸政実公や、それから250年ぐらい後の時代に盛岡藩の家老として戦った楢山佐渡公、さらにはトシさんこと土方歳三と重なります(トシさんの意地についてはこちらを参照)。
私自身がそういう人生を貫き通せるかと言うと、まったく自信はありません。どんな状況にあっても「生きてこそ」が信条ですから。たとい人質になろうと「三河の宿無し」と陰口を叩かれようと馬上で焼き味噌をアレしようと(詳細は「三方が原の戦い」で検索)自分のため、自分を信じてついてきてくれる人たちのためにあの手この手を尽くす家康公が好きです。
おまけ:今週の最先端
久々に帰ってきた弟者がツイッターとかラインとか、そういうのを当たり前のように使いこなしているのに驚愕した私。かつて「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ♪」なんて歌って一世を風靡した人がいましたが、今の時代は言いたいことを何でも言える時代のようですね。
でも、私のように、そもそも言いたいことがあんまりないような人間では使いこなせそうにないですね。ツイッターも以前やったことがありますが(自分のホームページの宣伝のため)2回ほどでやめてしまったし。不言実行とか、そういうのはいまどきはやらないのかもしれませんが・・・それでも、私はそういう生き方を貫いてみたいと思います。そういうのがかっこいいと思うから。
上下二段組で、全26巻。間違いなく私の人生でもっとも長い小説です。これ以上長い物語は宇宙英雄ローダンシリーズぐらいしか知りません。
物語は神君家康公が生まれる少し前から始まり、たぶん亡くなる時まで続くのでしょうが、今は九州平定~小田原攻めのあたりです。巻数で言えば、12巻をちょうど読み終えたところです。
思ったことはたくさんありますが、多くは言いません。
思ったことや感じたことを、どんな風に書き出そうかとあれこれ思案しているうちに、「別にわざわざ語るほどのことでもない」と思ってしまうからです。
また、あまり自分は語ることが上手でないし、それでいいような気がするからです。
そういう人にあこがれている、というのもあるのです。
特に印象に残っているのは、時流に抗い、自らの意地を貫き通すために死んだ柴田勝家。秀吉とも仲のいい前田利家が間に入って何とかとりなそうとしたものの、あえてそれを拒み、武士として死んだその生き方。それは以前に読んだ『天を衝く』の九戸政実公や、それから250年ぐらい後の時代に盛岡藩の家老として戦った楢山佐渡公、さらにはトシさんこと土方歳三と重なります(トシさんの意地についてはこちらを参照)。
私自身がそういう人生を貫き通せるかと言うと、まったく自信はありません。どんな状況にあっても「生きてこそ」が信条ですから。たとい人質になろうと「三河の宿無し」と陰口を叩かれようと馬上で焼き味噌をアレしようと(詳細は「三方が原の戦い」で検索)自分のため、自分を信じてついてきてくれる人たちのためにあの手この手を尽くす家康公が好きです。
おまけ:今週の最先端
久々に帰ってきた弟者がツイッターとかラインとか、そういうのを当たり前のように使いこなしているのに驚愕した私。かつて「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ♪」なんて歌って一世を風靡した人がいましたが、今の時代は言いたいことを何でも言える時代のようですね。
でも、私のように、そもそも言いたいことがあんまりないような人間では使いこなせそうにないですね。ツイッターも以前やったことがありますが(自分のホームページの宣伝のため)2回ほどでやめてしまったし。不言実行とか、そういうのはいまどきはやらないのかもしれませんが・・・それでも、私はそういう生き方を貫いてみたいと思います。そういうのがかっこいいと思うから。
奇妙な顔をしているから、奇妙丸。
茶筅(髪型)が結えそうな髪だから、茶筅丸。
生まれた日にちが三月七日だから、三七丸。
これは某戦国大名・Oさん(尾張国出身)に息子が生まれた際の名づけエピソードです。
この直感的なネーミングセンスに激しい衝撃を受けた私。昨日滝沢村役場に行った折り見かけたこの子に、直感的に名前をつけました。
滝沢村で、チャグチャグ馬コの化身のようだな。・・・じゃあ、名前は
「滝沢 駒子(たきざわ こまこ)」
それで行こう、ということになったのでした。
もちろん、これは私が個人的にこの子を特定するときの呼び名です。『もみ子』とか『ムチ子』とか、そういうカテゴリのものです。
茶筅(髪型)が結えそうな髪だから、茶筅丸。
生まれた日にちが三月七日だから、三七丸。
これは某戦国大名・Oさん(尾張国出身)に息子が生まれた際の名づけエピソードです。
この直感的なネーミングセンスに激しい衝撃を受けた私。昨日滝沢村役場に行った折り見かけたこの子に、直感的に名前をつけました。
滝沢村で、チャグチャグ馬コの化身のようだな。・・・じゃあ、名前は
「滝沢 駒子(たきざわ こまこ)」
それで行こう、ということになったのでした。
もちろん、これは私が個人的にこの子を特定するときの呼び名です。『もみ子』とか『ムチ子』とか、そういうカテゴリのものです。
今日はうすみさこと臼澤みさきちゃんの初コンサートを収録した初DVD「臼澤みさきファーストコンサート 繋 -tsunagu-」の発売日です。皆様、もう買いましたか? ええ、私は買いましたよ。今年の5月に仕事があって行けなかった悔しさをこめて、初日にいきなり買いましたとも。
買ってきたばかりなので、まだ中身は見ていないのですが、さぞかし素晴らしい内容でしょう。めいっぱい期待しています。
私がアピールすることでないのかもしれませんが、ここはやはり矢野通選手ふうにアピールするしかありません。おい、お前ら100枚買え! 清○、テメーは1000枚だ! バカタレ!
まあ、17日現在、在庫切れなので100枚も1000枚も買えませんが・・・そうしたら、近所のCDショップに行きましょう。
買ってきたばかりなので、まだ中身は見ていないのですが、さぞかし素晴らしい内容でしょう。めいっぱい期待しています。
私がアピールすることでないのかもしれませんが、ここはやはり矢野通選手ふうにアピールするしかありません。おい、お前ら100枚買え! 清○、テメーは1000枚だ! バカタレ!
まあ、17日現在、在庫切れなので100枚も1000枚も買えませんが・・・そうしたら、近所のCDショップに行きましょう。
元AKB仲谷明香 声優事務所アミュレートと契約 (2013年7月1日 スポーツニッポン)
声優を目指し今年3月にAKB48を卒業した仲谷明香(21)が1日、声優事務所のアミュレートに所属することが決まった。
仲谷は事務所所属が決まったことでリニューアルされたブログで「私仲谷明香、新たに所属させて頂く事務所が決まりました!アミュレートさんに今日からお世話になります」と報告するとともに「うおおおお!!発表やっと出来たー!!」とファンに伝えられる喜びを爆発させた。
「すぐにはここには書けないかもしれないけど、お仕事いっぱい出来るように頑張るので!!まったり応援して頂けたら嬉しいです。これから、たくさんのオーディションに落ちるけど…そこは折れない心の精神で!!!いくぞー」と気合を入れた。
同日、アミュレートのサイトに仲谷の名前が掲載された。同事務所は明坂聡美(25)、伊藤健太郎(39)を始めとした声優やファミコン名人として知られる高橋名人(54)、アイドルグループの「アフィリア・サーガ」が所属している。
特にこのブログでは書きませんでしたが、そういうことがありました。スポニチさんだけがこの情報を報道してくれました。
また、今朝はめざましどようびのスポーツコーナーで、なんと菊池雄星投手がミタパンからの単独インタビューを受けていました。
どちらも大好きな人だけに、そして不遇の時代もずっと見てきただけに、ようやくここまでこぎつけたか・・・と感慨深いものがあります。
超大型新人として期待されながら初年度はケガに泣き、その後も我慢の時代が続いた雄星投手。一方の仲谷も、「非選抜アイドル」というネガティブイメージを逆手にとって活動していたものの、今年の3月に脱退。フリーランスとして色々と厳しい言葉にさらされてきました。
でも、これからは違いますよ。雄星はすでに一軍の主力投手としてバリバリ活躍していますし、仲谷明香は「声優・仲谷明香」としてこれから快進撃を繰り広げるんですよ。まあ、雄星もここまで来るのに4年かかりましたから、仲谷もしばらくはオーディションとかトレーニングとかで大変だと思いますが、絶対に花開くはずです。「仲谷、新作アニメ映画の主演に抜擢!」とかってニュースが日本中のメディアをにぎわす日が来るはずです。その日が来るまで犬神は仲谷明香を全力応援します!
声優を目指し今年3月にAKB48を卒業した仲谷明香(21)が1日、声優事務所のアミュレートに所属することが決まった。
仲谷は事務所所属が決まったことでリニューアルされたブログで「私仲谷明香、新たに所属させて頂く事務所が決まりました!アミュレートさんに今日からお世話になります」と報告するとともに「うおおおお!!発表やっと出来たー!!」とファンに伝えられる喜びを爆発させた。
「すぐにはここには書けないかもしれないけど、お仕事いっぱい出来るように頑張るので!!まったり応援して頂けたら嬉しいです。これから、たくさんのオーディションに落ちるけど…そこは折れない心の精神で!!!いくぞー」と気合を入れた。
同日、アミュレートのサイトに仲谷の名前が掲載された。同事務所は明坂聡美(25)、伊藤健太郎(39)を始めとした声優やファミコン名人として知られる高橋名人(54)、アイドルグループの「アフィリア・サーガ」が所属している。
特にこのブログでは書きませんでしたが、そういうことがありました。スポニチさんだけがこの情報を報道してくれました。
また、今朝はめざましどようびのスポーツコーナーで、なんと菊池雄星投手がミタパンからの単独インタビューを受けていました。
どちらも大好きな人だけに、そして不遇の時代もずっと見てきただけに、ようやくここまでこぎつけたか・・・と感慨深いものがあります。
超大型新人として期待されながら初年度はケガに泣き、その後も我慢の時代が続いた雄星投手。一方の仲谷も、「非選抜アイドル」というネガティブイメージを逆手にとって活動していたものの、今年の3月に脱退。フリーランスとして色々と厳しい言葉にさらされてきました。
でも、これからは違いますよ。雄星はすでに一軍の主力投手としてバリバリ活躍していますし、仲谷明香は「声優・仲谷明香」としてこれから快進撃を繰り広げるんですよ。まあ、雄星もここまで来るのに4年かかりましたから、仲谷もしばらくはオーディションとかトレーニングとかで大変だと思いますが、絶対に花開くはずです。「仲谷、新作アニメ映画の主演に抜擢!」とかってニュースが日本中のメディアをにぎわす日が来るはずです。その日が来るまで犬神は仲谷明香を全力応援します!
本日午前0時をもちまして、不肖犬神、32歳になりました。
この1年を振り返って思うことは、とにかく激動の日々であったような気がします。
特にこの2月にPCが壊れてからでしょうか。やることがなくなったので、とにかく家にある「そのうち読もうと思っていた本」を片っ端から読み漁り、さらにそれでも足りずに図書館に行き、『竜馬がゆく』をはじめとする幕末小説を読みまくり、さらにさらに『帝都物語』なども読みました。さらにその後には新渡戸稲造の『武士道』やら宮本武蔵の五輪書(ただし、『図解五輪書』という解説書)を読みました。
具体的にどうとは言いませんが、それによって大きく考え方が変わった気がします。なんというか、目の前の問題を自分自身の力で、現実に即した形で何とかすることを考えるようになったのです。必要以上に大きく、また小さく考えるようにせず。
そういった考え方を、過去にも持ち込みました。
自分が小学生だったころ、中学生だったころ、高校生、大学生だったころ。そのころ手が届くところにありながら触れずにここまで来てしまったものを手に取り、それをキーにして過去のモヤモヤした思いに決着をつけてきたのです。まあ、それは単に、小学生のころにブームだった『帝都物語』を読み終えたとか、クリアできなかったゲームをクリアしたとか、そんな程度のものですが。
過去を変えれば現在が変わる。現在がよくなれば、未来も変えられる。そんな『無双OROCHI2』理論を、仙界の人間でも22世紀の人間でもない私ができる範囲でマネをし、やったということです。
こんな話、わざわざ誰かに語って聞かせるものでもないし、誰にも理解してもらえるものではないと思ったので今までは書きませんでしたが、今日は1年間の総括なので備忘録もかねて書きました。
とにかく、そうすることでようやく私は31歳の現在を受け入れられたような気がします。それまでの人生のほとんどを受け止め、これを現在に生かしていく。悔しさも懐かしさも全部呑み込んで、前に進むためのエナジーにする。それが私の哲学です。
ホップ・ステップ・ジャンプの法則で行くと、今年はジャンプの年。2011年、2012年と積み重ねてきたものをバネにして、一気に大上段で斬りかかるような32歳にしたいと思います。
この1年を振り返って思うことは、とにかく激動の日々であったような気がします。
特にこの2月にPCが壊れてからでしょうか。やることがなくなったので、とにかく家にある「そのうち読もうと思っていた本」を片っ端から読み漁り、さらにそれでも足りずに図書館に行き、『竜馬がゆく』をはじめとする幕末小説を読みまくり、さらにさらに『帝都物語』なども読みました。さらにその後には新渡戸稲造の『武士道』やら宮本武蔵の五輪書(ただし、『図解五輪書』という解説書)を読みました。
具体的にどうとは言いませんが、それによって大きく考え方が変わった気がします。なんというか、目の前の問題を自分自身の力で、現実に即した形で何とかすることを考えるようになったのです。必要以上に大きく、また小さく考えるようにせず。
そういった考え方を、過去にも持ち込みました。
自分が小学生だったころ、中学生だったころ、高校生、大学生だったころ。そのころ手が届くところにありながら触れずにここまで来てしまったものを手に取り、それをキーにして過去のモヤモヤした思いに決着をつけてきたのです。まあ、それは単に、小学生のころにブームだった『帝都物語』を読み終えたとか、クリアできなかったゲームをクリアしたとか、そんな程度のものですが。
過去を変えれば現在が変わる。現在がよくなれば、未来も変えられる。そんな『無双OROCHI2』理論を、仙界の人間でも22世紀の人間でもない私ができる範囲でマネをし、やったということです。
こんな話、わざわざ誰かに語って聞かせるものでもないし、誰にも理解してもらえるものではないと思ったので今までは書きませんでしたが、今日は1年間の総括なので備忘録もかねて書きました。
とにかく、そうすることでようやく私は31歳の現在を受け入れられたような気がします。それまでの人生のほとんどを受け止め、これを現在に生かしていく。悔しさも懐かしさも全部呑み込んで、前に進むためのエナジーにする。それが私の哲学です。
ホップ・ステップ・ジャンプの法則で行くと、今年はジャンプの年。2011年、2012年と積み重ねてきたものをバネにして、一気に大上段で斬りかかるような32歳にしたいと思います。
『帝都大戦』は完璧盤をLDで持っているのですが、以前に見ようとした時は序盤の15分ほどで止めてしまいました。前作『帝都物語』のように混沌としたオカルトな雰囲気を求めていたのに、どうもそういった雰囲気が薄く、「なんか違うなあ」と思ったからです。
そんな私も原作をすべて読み終えました。なので、今なら昔とは違った見方ができるのではないか。そう思って再挑戦したしだいです。
冊子に書かれていた「原作を大胆にアレンジ」という文言は、本編をすべて見終わった後に読みました。確かに序盤は原作どおり、大出力の電波搭と霊能力によってルーズヴェルト大統領を殺害せんと丹波哲郎が祈祷をささげるシーンがありますが、その後の展開はどうも映画版オリジナルのような気がします。
この映画での加藤保憲は原作のような深い怨念を背負って生きているわけではなく、東京にはびこる怨霊たちの化身として登場します。何せ序盤で加藤は首なし死体として登場します。その後、連日の空爆によって瀕死の状態に追い込まれた帝都でうごめく怨霊たちに取り付かれ、復活するのです。
で、それを倒すべく丹波哲郎の側近として戦う若者と、平将門公の末裔である辰宮雪子が立ち向かう・・・というものです。まあ雪子は看護婦なので日々運び込まれる負傷者の手当てに忙しく、実際に前線に立つのは主に若者(幼少のころ念力の才能があることを丹波哲郎に見出され、謎の組織でその力を強化させられた超能力者)の方が多いですが。
今回は最後まで見ましたが、それは「私が持っている原作のイメージと、どう違うのか」という気持ちが半分くらいあったからのような気がします。原作を読まずに純粋に邦画の一作品として見ればちょっとキツいのかもしれませんが、パラレルワールドというか、『キング・オブ・ファイターズ』のような世界として見ると、これはとても楽しかったです。
何せこの映画の加藤は『人間離れした』というよりも『人間ではない』存在ですからね。自由に空を飛び、念力で自動車なども軽々と持ち上げ、手向かうものたちは次々と惨殺していきます。式神とかはぜんぜん使いません。「ちょっとやりすぎなんじゃないのか」とも思いましたが、旧軍の軍服を着て外套をはためかせながら飛び回る姿はなかなか格好よいのです。
どちらかというと(私が実相寺監督好きということを差し引いても)原作に忠実でドロドロした前作のほうが好きではありますが、これもまた、『見てよかったなあ』と感じた作品であります。
なお、おまけディスクには当時の予告編とメイキング映像がありました。今なら全部CGで作るところを、丁寧に模型を作り、これを俳優さんと組み合わせて映像化するということ。そういう時代だったのだなと思いました。
そんな私も原作をすべて読み終えました。なので、今なら昔とは違った見方ができるのではないか。そう思って再挑戦したしだいです。
冊子に書かれていた「原作を大胆にアレンジ」という文言は、本編をすべて見終わった後に読みました。確かに序盤は原作どおり、大出力の電波搭と霊能力によってルーズヴェルト大統領を殺害せんと丹波哲郎が祈祷をささげるシーンがありますが、その後の展開はどうも映画版オリジナルのような気がします。
この映画での加藤保憲は原作のような深い怨念を背負って生きているわけではなく、東京にはびこる怨霊たちの化身として登場します。何せ序盤で加藤は首なし死体として登場します。その後、連日の空爆によって瀕死の状態に追い込まれた帝都でうごめく怨霊たちに取り付かれ、復活するのです。
で、それを倒すべく丹波哲郎の側近として戦う若者と、平将門公の末裔である辰宮雪子が立ち向かう・・・というものです。まあ雪子は看護婦なので日々運び込まれる負傷者の手当てに忙しく、実際に前線に立つのは主に若者(幼少のころ念力の才能があることを丹波哲郎に見出され、謎の組織でその力を強化させられた超能力者)の方が多いですが。
今回は最後まで見ましたが、それは「私が持っている原作のイメージと、どう違うのか」という気持ちが半分くらいあったからのような気がします。原作を読まずに純粋に邦画の一作品として見ればちょっとキツいのかもしれませんが、パラレルワールドというか、『キング・オブ・ファイターズ』のような世界として見ると、これはとても楽しかったです。
何せこの映画の加藤は『人間離れした』というよりも『人間ではない』存在ですからね。自由に空を飛び、念力で自動車なども軽々と持ち上げ、手向かうものたちは次々と惨殺していきます。式神とかはぜんぜん使いません。「ちょっとやりすぎなんじゃないのか」とも思いましたが、旧軍の軍服を着て外套をはためかせながら飛び回る姿はなかなか格好よいのです。
どちらかというと(私が実相寺監督好きということを差し引いても)原作に忠実でドロドロした前作のほうが好きではありますが、これもまた、『見てよかったなあ』と感じた作品であります。
なお、おまけディスクには当時の予告編とメイキング映像がありました。今なら全部CGで作るところを、丁寧に模型を作り、これを俳優さんと組み合わせて映像化するということ。そういう時代だったのだなと思いました。
ブログ、ツイッター、フェイスブック。私も含めた素人が自分の意見を好きなだけ世間に発信できるメディアはたくさんありますが、舌禍というか筆禍というか、そういったものを引き起こすことも、しばしばあるものです。
その人が書いたことに対して誰かが反論を書く。それが不特定多数の人々に広まって集団でその人のことを糾弾する。よくある話です。
これは筆禍とか舌禍というわけではありませんが、集団で特定の対象を袋叩きにするような状況をかつて目の当たりにしたことがありました。かつて私は電子掲示板『2ちゃんねる』のある板を毎日見るのを楽しみにしてたのですが、普段は書き込まないような人たちがいっせいにその板の常連さんを中傷する書き込みを投稿し、数分でスレッドをひとつ消費するような事件が起こったことがありました。
このとき、『インターネットって怖い』と思いました。それ以来『2ちゃんねる』は極力見ないようにしています。
あと、SNSがらみでも怖い目に遭ったことがありました。それ以来、そういったツールを利用した交流というのは一切信用できなくなりました。まあ、あまり詳しくは言いませんが、ともかくmixiとかツイッターとかLINEとか、そういったもので友達申請をする人は信用しません(元々ツイッターはやってないし、私はフィーチャーフォン利用者なのでLINEというやつをやる資格もないのですが)。
そういうわけで、言いたいことがあっても言わず、思ったことがあっても書かず、このブログも半休止状態だったのですが、今後の私の身の振り方にもかかわってきそうなので、今回は書くことにしました。
このところ、私の精神的支柱を根っこから揺るがす・・・というか、引っこ抜いて投げっぱなしジャーマンスープレックスで放り投げるような衝撃的ニュースが相次ぎました。
ひとつは前WBCスーパーフライ級王者・佐藤洋太選手の引退。自伝とかも読んで、ずいぶんと力をもらっていただけに、この一報を受けた時は、ショックで倒れそうになってしまいました。・・・まあ、本人が『やりきった』とコメントしている以上、周りがどうこう言うわけにはいかないでしょうからね。これで一度目のダウンです。
それならせめてボクシングの指導者とか、そういうところに! と思っていると、「引退後は、多少は先輩がやっているジム(ミナノジム・盛岡市)の手伝いをすることはあるけれど、ボクシングからは離れた仕事をしたい」ということでした。これで二度目のショック、二度目のダウンです。
そして最後は元AKB48のなかやんこと仲谷こと仲谷明香さん(声優目指して奮闘中)が、自身のブログで「もう昔みたいに一日何回更新とかもないし!やめるわ!」宣言。ある意味これが一番ショックでした。これで三度目のダウン。TKOです。カンカンカンカーン(ゴングの音)。
まあAKB時代は何もしなくても一般的な芸能ニュースで情報が入ってくるし、IBCのラジオ番組もあるし、ブログは特に読んでいなかったんですけどね。ええ、フリーになってからはめったに芸能ニュースにも出てこなくなったし、常にアンテナを張っておきたいなと思って、読むようになったんです。
最初は近況とかイベント情報とかがわかればいいや、と思っていたものの、なんか・・・読んでいるうちに情が移って来ちゃったんですよね。特に「飼っている猫がいなくなりました(泣)」って時は私も泣きそうになったし、その後に「見つかりました!」という記事があった時は「よかったねー」と快哉を叫びました。
そんなわけで、むしろ一個人・仲谷明香になってから熱烈なファンになってしまった私なのですが、それこそネット上のコメントに悩み、心を痛めることもあったようです。そういったことを割と強い言葉で告白する時もありました。私もたいがい外道・人非人・人面獣心が服を着て歩いているような男ですが、そんな私でさえ黙っていられないような言葉。もはやハマカーンの人の物まねで「地獄の鬼すら反吐はく所業」と言わざるを得ません。来世、人に生まれると思うなよ!
こうなったら、もはや実力で見返すしかないですよ。実力で『声優・仲谷明香』というネームバリューをゆるぎないものにして、「AKB時代のファンつなぎとめるのに必死」とか、そんなことを言う連中を黙らせるしかありませんよ。わたし(犬神)はあえて断言しますが、仲谷明香をこれからも全力応援します! ブログへのブックマークは外しましたが、ぜひ立派な声優になってください! というわけで、その時までさようなら・・・そして、ありがとう・・・。
・・・というわけで、精神的支柱をいきなり2本も失ってしまいましたが、ある意味これは、私自身も新たなステージに行くタイミングなのかもしれません。まあ、いきなり会社を辞めるとか、そういうことはありませんが。ありませんが!
ただ、会社は変わりませんが来月で32歳になります。だからというわけではありませんが、それまで手が出なかった長編(『竜馬がゆく』とか『帝都物語』とか)を読み、発売以来何年もクリアできなかった『虫姫さま ふたり』をクリアしたり(※)、大苦手なフライトシューティングの傑作『エースコンバット6』をクリアしたり(※※)。今までできなかったことにチャレンジし、これを乗り越えることができているのでね。新しい何かを作り上げる時期なのかもしれません。
そうなれば、このブログもまた、何か新しいイメージで書けるかもしれません。なので、それまでは・・・以前ほどたくさん更新はしませんが、やはり閉鎖はしないでおきましょう。以上~!(なぜかKENSO風シメ)
(※ 100円3クレジットのゲーセンで、3クレジット全部使い切りでクリアした)
(※※ EASYモードでクリアした。それでも、リトライした回数は100回とも200回とも)
その人が書いたことに対して誰かが反論を書く。それが不特定多数の人々に広まって集団でその人のことを糾弾する。よくある話です。
これは筆禍とか舌禍というわけではありませんが、集団で特定の対象を袋叩きにするような状況をかつて目の当たりにしたことがありました。かつて私は電子掲示板『2ちゃんねる』のある板を毎日見るのを楽しみにしてたのですが、普段は書き込まないような人たちがいっせいにその板の常連さんを中傷する書き込みを投稿し、数分でスレッドをひとつ消費するような事件が起こったことがありました。
このとき、『インターネットって怖い』と思いました。それ以来『2ちゃんねる』は極力見ないようにしています。
あと、SNSがらみでも怖い目に遭ったことがありました。それ以来、そういったツールを利用した交流というのは一切信用できなくなりました。まあ、あまり詳しくは言いませんが、ともかくmixiとかツイッターとかLINEとか、そういったもので友達申請をする人は信用しません(元々ツイッターはやってないし、私はフィーチャーフォン利用者なのでLINEというやつをやる資格もないのですが)。
そういうわけで、言いたいことがあっても言わず、思ったことがあっても書かず、このブログも半休止状態だったのですが、今後の私の身の振り方にもかかわってきそうなので、今回は書くことにしました。
このところ、私の精神的支柱を根っこから揺るがす・・・というか、引っこ抜いて投げっぱなしジャーマンスープレックスで放り投げるような衝撃的ニュースが相次ぎました。
ひとつは前WBCスーパーフライ級王者・佐藤洋太選手の引退。自伝とかも読んで、ずいぶんと力をもらっていただけに、この一報を受けた時は、ショックで倒れそうになってしまいました。・・・まあ、本人が『やりきった』とコメントしている以上、周りがどうこう言うわけにはいかないでしょうからね。これで一度目のダウンです。
それならせめてボクシングの指導者とか、そういうところに! と思っていると、「引退後は、多少は先輩がやっているジム(ミナノジム・盛岡市)の手伝いをすることはあるけれど、ボクシングからは離れた仕事をしたい」ということでした。これで二度目のショック、二度目のダウンです。
そして最後は元AKB48のなかやんこと仲谷こと仲谷明香さん(声優目指して奮闘中)が、自身のブログで「もう昔みたいに一日何回更新とかもないし!やめるわ!」宣言。ある意味これが一番ショックでした。これで三度目のダウン。TKOです。カンカンカンカーン(ゴングの音)。
まあAKB時代は何もしなくても一般的な芸能ニュースで情報が入ってくるし、IBCのラジオ番組もあるし、ブログは特に読んでいなかったんですけどね。ええ、フリーになってからはめったに芸能ニュースにも出てこなくなったし、常にアンテナを張っておきたいなと思って、読むようになったんです。
最初は近況とかイベント情報とかがわかればいいや、と思っていたものの、なんか・・・読んでいるうちに情が移って来ちゃったんですよね。特に「飼っている猫がいなくなりました(泣)」って時は私も泣きそうになったし、その後に「見つかりました!」という記事があった時は「よかったねー」と快哉を叫びました。
そんなわけで、むしろ一個人・仲谷明香になってから熱烈なファンになってしまった私なのですが、それこそネット上のコメントに悩み、心を痛めることもあったようです。そういったことを割と強い言葉で告白する時もありました。私もたいがい外道・人非人・人面獣心が服を着て歩いているような男ですが、そんな私でさえ黙っていられないような言葉。もはやハマカーンの人の物まねで「地獄の鬼すら反吐はく所業」と言わざるを得ません。来世、人に生まれると思うなよ!
こうなったら、もはや実力で見返すしかないですよ。実力で『声優・仲谷明香』というネームバリューをゆるぎないものにして、「AKB時代のファンつなぎとめるのに必死」とか、そんなことを言う連中を黙らせるしかありませんよ。わたし(犬神)はあえて断言しますが、仲谷明香をこれからも全力応援します! ブログへのブックマークは外しましたが、ぜひ立派な声優になってください! というわけで、その時までさようなら・・・そして、ありがとう・・・。
・・・というわけで、精神的支柱をいきなり2本も失ってしまいましたが、ある意味これは、私自身も新たなステージに行くタイミングなのかもしれません。まあ、いきなり会社を辞めるとか、そういうことはありませんが。ありませんが!
ただ、会社は変わりませんが来月で32歳になります。だからというわけではありませんが、それまで手が出なかった長編(『竜馬がゆく』とか『帝都物語』とか)を読み、発売以来何年もクリアできなかった『虫姫さま ふたり』をクリアしたり(※)、大苦手なフライトシューティングの傑作『エースコンバット6』をクリアしたり(※※)。今までできなかったことにチャレンジし、これを乗り越えることができているのでね。新しい何かを作り上げる時期なのかもしれません。
そうなれば、このブログもまた、何か新しいイメージで書けるかもしれません。なので、それまでは・・・以前ほどたくさん更新はしませんが、やはり閉鎖はしないでおきましょう。以上~!(なぜかKENSO風シメ)
(※ 100円3クレジットのゲーセンで、3クレジット全部使い切りでクリアした)
(※※ EASYモードでクリアした。それでも、リトライした回数は100回とも200回とも)
『帝都物語』を読みました。
漫画を読んだとか、映画を観たとか、そういうのはあったのですが、原作を読んだのは初めてでした。・・・とにかく長いので、なかなか手が出なかったのです。
ただ、最近は本を読むことにも慣れてきたのでね。
「女神転生が好きなのに帝都物語も読んでいないのでは片手落ちだ」
そう思って、このたび図書館で豪華愛蔵版6冊(旧文庫版12冊に相当)を借りてきて、10日ほどかけてようやく読み終わりました。やっぱり、長かった・・・。
とはいえ、とても面白かったです。これで私も東洋の呪術についてとか、平将門についてとか、そういったことについて語る最低限の資格が身についたというものです(?)。
漫画を読んだとか、映画を観たとか、そういうのはあったのですが、原作を読んだのは初めてでした。・・・とにかく長いので、なかなか手が出なかったのです。
ただ、最近は本を読むことにも慣れてきたのでね。
「女神転生が好きなのに帝都物語も読んでいないのでは片手落ちだ」
そう思って、このたび図書館で豪華愛蔵版6冊(旧文庫版12冊に相当)を借りてきて、10日ほどかけてようやく読み終わりました。やっぱり、長かった・・・。
とはいえ、とても面白かったです。これで私も東洋の呪術についてとか、平将門についてとか、そういったことについて語る最低限の資格が身についたというものです(?)。
『維新銃姫伝』を読みました。
今は『人間 土方歳三――新撰組副長秘め語り』という本を読んでいます。
どうして初期からのメンバーである永倉新八・原田左之助・斎藤一と別れなければならなかったのか。どうして近藤局長と別れなければならなかったのか。いつもそういうところに関心が行ってしまいます。関連書籍を読んでも、あまり詳しく書いていないからです。
そのあたりを、じっくりと読み進めています。かなりゆっくりと読み進めています。
これで、私の維新も終わるのかな。・・・今の政治家が言っているような維新じゃありませんよ。幕末小説を読むことが一段落、っていうことです。
『幕末銃姫伝』に始まった私の回天。その後『竜馬がゆく』 『燃えよ剣』 『新撰組血風録』 『人斬り以蔵』 『果心居士の幻術(※)』 『北の士魂――楢山佐渡の生涯』 『壬生義士伝』 そして『維新銃姫伝』。
時系列的には『維新銃姫伝』が最新となります。名前の通り維新後の話です。山本八重が新島八重になるあたりまでの話です。歴史上の出来事でいえば、紀尾井坂の変が起こったあたりです。ええ、世間一般で言うほうの『維新三傑』の最後の一人、大久保利通が暗殺される事件です。
一通り読んでみて感じたのは、やはり、それぞれに立場も違えば戦う理由も違うのだということ。
要するに、モチベーションが違うんですよね。
あまり詳細な話はしませんが、奥羽越列藩同盟の人たちは「幕府のために、何が何でも薩長をコテンパンにしてやるぜ!」 という会津者や新撰組ほどの気持ちはなかったんじゃないかな、と思うのです。ご近所さん(会津藩)がひどい目に遭いそうだから何とかとりなそうとしたら難癖をつけられて、それでやむなく参戦した、と。
だから土方さんが仙台に来て、
「オレがリーダーになったら、オレの言うことは何でも聞いてね。言うこと聞かないやつは誰でも斬るから」
と言われても、「う~ん・・・」となっちゃうのは仕方がないと思うのです。歳さん、そいつは無理ってもんですよ。そんな感じです。
そんな感じで、私の明治維新は終わりました。
これまでは、まるで自分がその時代に生きているような気分で読んでいたのですが、今後は過去を回想するような気分で読むことになると思います。そういうことができるだけの知識がついたというか、気持ちの整理がついたというか。
たくさんの思想がぶつかり合い、たくさんの刃や銃弾が飛び交い、たくさんの血が流れた時代。
それから百何十年も経過した2013年に生きる私は、立場にかかわらず、自分にとって有意義と感じる思想をツマミ食いしています。
坂本竜馬の現実主義。土方歳三の理想主義。楢山佐渡の温情主義(?)。山本八重の情熱主義(??)。それを全部まぜっこにしようとすれば、いかにも中途半端なものになるかもしれませんが、私はそれでいいんです。だって、ここまで本を読むようになったきっかけの一冊が、河合隼雄先生の『ユング心理学入門』でしたから。人の心はあいまいであやふやで多面的なもの――相反する感情が共有できる器――そう考えていますから。
(※ これは神代や戦国時代の話をも含む短編集ですが、いくつか新撰組ものも含まれているので)
今は『人間 土方歳三――新撰組副長秘め語り』という本を読んでいます。
どうして初期からのメンバーである永倉新八・原田左之助・斎藤一と別れなければならなかったのか。どうして近藤局長と別れなければならなかったのか。いつもそういうところに関心が行ってしまいます。関連書籍を読んでも、あまり詳しく書いていないからです。
そのあたりを、じっくりと読み進めています。かなりゆっくりと読み進めています。
これで、私の維新も終わるのかな。・・・今の政治家が言っているような維新じゃありませんよ。幕末小説を読むことが一段落、っていうことです。
『幕末銃姫伝』に始まった私の回天。その後『竜馬がゆく』 『燃えよ剣』 『新撰組血風録』 『人斬り以蔵』 『果心居士の幻術(※)』 『北の士魂――楢山佐渡の生涯』 『壬生義士伝』 そして『維新銃姫伝』。
時系列的には『維新銃姫伝』が最新となります。名前の通り維新後の話です。山本八重が新島八重になるあたりまでの話です。歴史上の出来事でいえば、紀尾井坂の変が起こったあたりです。ええ、世間一般で言うほうの『維新三傑』の最後の一人、大久保利通が暗殺される事件です。
一通り読んでみて感じたのは、やはり、それぞれに立場も違えば戦う理由も違うのだということ。
要するに、モチベーションが違うんですよね。
あまり詳細な話はしませんが、奥羽越列藩同盟の人たちは「幕府のために、何が何でも薩長をコテンパンにしてやるぜ!」 という会津者や新撰組ほどの気持ちはなかったんじゃないかな、と思うのです。ご近所さん(会津藩)がひどい目に遭いそうだから何とかとりなそうとしたら難癖をつけられて、それでやむなく参戦した、と。
だから土方さんが仙台に来て、
「オレがリーダーになったら、オレの言うことは何でも聞いてね。言うこと聞かないやつは誰でも斬るから」
と言われても、「う~ん・・・」となっちゃうのは仕方がないと思うのです。歳さん、そいつは無理ってもんですよ。そんな感じです。
そんな感じで、私の明治維新は終わりました。
これまでは、まるで自分がその時代に生きているような気分で読んでいたのですが、今後は過去を回想するような気分で読むことになると思います。そういうことができるだけの知識がついたというか、気持ちの整理がついたというか。
たくさんの思想がぶつかり合い、たくさんの刃や銃弾が飛び交い、たくさんの血が流れた時代。
それから百何十年も経過した2013年に生きる私は、立場にかかわらず、自分にとって有意義と感じる思想をツマミ食いしています。
坂本竜馬の現実主義。土方歳三の理想主義。楢山佐渡の温情主義(?)。山本八重の情熱主義(??)。それを全部まぜっこにしようとすれば、いかにも中途半端なものになるかもしれませんが、私はそれでいいんです。だって、ここまで本を読むようになったきっかけの一冊が、河合隼雄先生の『ユング心理学入門』でしたから。人の心はあいまいであやふやで多面的なもの――相反する感情が共有できる器――そう考えていますから。
(※ これは神代や戦国時代の話をも含む短編集ですが、いくつか新撰組ものも含まれているので)
たまたま立ち寄った本屋にあった、藤本ひとみ先生の『維新銃姫伝』をきっかけに幕末小説ばかり読んでいる私。正確には、これより少し前の時代(会津戦争のあたりまで)を描いた『幕末銃姫伝』が最初に読んだ本なのですが。
以来『竜馬がゆく』 『燃えよ剣』の2大長編を読破、さらに『人斬り以蔵』 『新撰組血風録』などの短編もかじり、つい先日までは『北の士魂‐楢山佐渡の生涯』という本を読みました。当時の盛岡藩の家老です。
『維新三傑』という言葉があります。…ありますと言ったものの、具体的に誰なのかは、今この記事を書きながら調べています。ああ木戸孝允、西郷 隆盛、大久保利通ですか。まあ多分そうなんでしょうけど、私の三傑は『坂本竜馬』『土方歳三』『楢山佐渡』の3人です。
まあ、詳しくは言いませんが、とにかく今の私はこの3人の存在が心の支えです。誰もが好きなことを書き散らかすことができるのがインターネットの世界ですから、見ていると「ウムム・・・」と苦りながらも納得せざるを得ない批判的な言葉や「何をこの」と突っかかりたくなるような言葉も飛び交っています。そのひとつひとつを糾弾するつもりはありません。案外そういうことを言っている人のほうが正しいのかもしれないからです。
でも、いいんです。誰がなんと言おうが、私にとってはこの3人がヒーローです。あとはここに山本(新島)八重と岡田以蔵が入ります。さらに勝海舟も入りますが、こうなると戦隊物のようになってしまうので(勝海舟は長官役か)、やはり3人に絞ることにしましょう。
そんな私がこれから読もうとしているのは『壬生義士伝』。どういう結末になるのかは知っているのですが、とりあえず自分の目でそれを見届けたい。そう思います。
以来『竜馬がゆく』 『燃えよ剣』の2大長編を読破、さらに『人斬り以蔵』 『新撰組血風録』などの短編もかじり、つい先日までは『北の士魂‐楢山佐渡の生涯』という本を読みました。当時の盛岡藩の家老です。
『維新三傑』という言葉があります。…ありますと言ったものの、具体的に誰なのかは、今この記事を書きながら調べています。ああ木戸孝允、西郷 隆盛、大久保利通ですか。まあ多分そうなんでしょうけど、私の三傑は『坂本竜馬』『土方歳三』『楢山佐渡』の3人です。
まあ、詳しくは言いませんが、とにかく今の私はこの3人の存在が心の支えです。誰もが好きなことを書き散らかすことができるのがインターネットの世界ですから、見ていると「ウムム・・・」と苦りながらも納得せざるを得ない批判的な言葉や「何をこの」と突っかかりたくなるような言葉も飛び交っています。そのひとつひとつを糾弾するつもりはありません。案外そういうことを言っている人のほうが正しいのかもしれないからです。
でも、いいんです。誰がなんと言おうが、私にとってはこの3人がヒーローです。あとはここに山本(新島)八重と岡田以蔵が入ります。さらに勝海舟も入りますが、こうなると戦隊物のようになってしまうので(勝海舟は長官役か)、やはり3人に絞ることにしましょう。
そんな私がこれから読もうとしているのは『壬生義士伝』。どういう結末になるのかは知っているのですが、とりあえず自分の目でそれを見届けたい。そう思います。
『燃えよ剣』での土方歳三は、自分の理想とするものを作るために自分にも他人にも厳しい『鬼の副長』として描かれておりますが、時としてその厳しさは近藤局長に向けられることもあります。
ほとがら、というのはフォトグラフのことです。当時、禁裏御守衛総督という肩書きだった一橋慶喜が写真大好きだったこともあり、とにかく大名をつかまえては写真を撮らせていて、近藤局長もその対象になったってわけですね。
それが、よく見るあの写真なのでしょうが、当時は露光にものすごい時間がかかったため、さすがの近藤局長も表情がかたくなってしまいました。
「歳三は、ばかばかしくなった。京都政界の大立物になった近藤の写真は、これで永久に残るだろう。息をつめて、それがために悪鬼のような形相になっている近藤の写真が。」
土方さんはそういうのが嫌で、この時は写真を撮りませんでしたが、後にあの洋装写真を撮ったのは皆様ご存知の通りです。
そんなころ、歳三の眼からみればじつにばかばかしいことが、おこった。
この年、ちょうど年号がかわって慶応元年の正月のことだが、歳三は大坂へ出張した。
(中略)
廊下を、近藤がゆく。
なんと、顔を真白にぬたくって、公卿も顔負けの化粧をしているのである。
(野郎、とうとう気がくるいやがったか)
(中略)
「どうしたんだ」
「これか」
近藤はにこりともせずに自分の顔を指さし、
「ほとがらよ」
(畜生。……)
歳三はこわい顔ですわった。京都では、化粧のことをほとがらとでもいうのだろう。
「きょうは、はっきりというがね。お前さんは近頃料簡がおかしかねえか」
歳三は、沖田にいったようなことを、ずけずけといい、
「人問、栄誉の座にのぼるとざまァなくなるというが、お前さんがそうだね。おれはお前さんをそんな薄っ気味のわるい白首の化物にするために、京へのぼったんじゃないよ」
「歳、言葉をつつしめ。おらァ、おめえの多摩の地言葉でまくしたてられると、頭がいたくなってくる」
ほとがら、というのはフォトグラフのことです。当時、禁裏御守衛総督という肩書きだった一橋慶喜が写真大好きだったこともあり、とにかく大名をつかまえては写真を撮らせていて、近藤局長もその対象になったってわけですね。
それが、よく見るあの写真なのでしょうが、当時は露光にものすごい時間がかかったため、さすがの近藤局長も表情がかたくなってしまいました。
「歳三は、ばかばかしくなった。京都政界の大立物になった近藤の写真は、これで永久に残るだろう。息をつめて、それがために悪鬼のような形相になっている近藤の写真が。」
土方さんはそういうのが嫌で、この時は写真を撮りませんでしたが、後にあの洋装写真を撮ったのは皆様ご存知の通りです。
雑誌『レーシングオン』のシルエットフォーミュラ特集、買いました。
私は31歳(1981年生まれ)なので、この雑誌で大々的にフィーチャーされている『ポルシェ935』をリアルタイムで見た世代ではないのですが、田宮のプラモデルでその勇姿を目にしていました。小学生のころに買ってもらった田宮の総合カタログで毎日眺め、下手ながらも何とかくみ上げたプラモデルを眺め。
それと同時にセリカLBターボやらランチアストラトスターボやら、はたまた国産勢のスカイライン・シルビア・ブルーバードやら・・・と、やたらド派手な車に衝撃を受け、この車好きが生まれたんだろう、ということを再認識しました。
シルビアやスカイラインのレースカーであれば、日産のホームページをはじめとして、たくさんの情報があるのですが・・・ポルシェ935については、なかなか詳しい情報がありません。一応Wikipediaに記事があるものの、本当に詳しいのは英語版で、その和訳版はどうも読みづらい。読みづらいというか、気が利いていない翻訳だな、と思ってしまったのです。
こうして日本語で・・・というか、日本人の感覚と言葉で記事にしてくれたのは、本当にうれしかったです。
ちなみに私が一番好きなのは、78年式「モビーディック」ではなく、76年式のもの。それもヘッドランプが2灯式のやつです(前期型?)。
リンクに表示されるテキスト
私は31歳(1981年生まれ)なので、この雑誌で大々的にフィーチャーされている『ポルシェ935』をリアルタイムで見た世代ではないのですが、田宮のプラモデルでその勇姿を目にしていました。小学生のころに買ってもらった田宮の総合カタログで毎日眺め、下手ながらも何とかくみ上げたプラモデルを眺め。
それと同時にセリカLBターボやらランチアストラトスターボやら、はたまた国産勢のスカイライン・シルビア・ブルーバードやら・・・と、やたらド派手な車に衝撃を受け、この車好きが生まれたんだろう、ということを再認識しました。
シルビアやスカイラインのレースカーであれば、日産のホームページをはじめとして、たくさんの情報があるのですが・・・ポルシェ935については、なかなか詳しい情報がありません。一応Wikipediaに記事があるものの、本当に詳しいのは英語版で、その和訳版はどうも読みづらい。読みづらいというか、気が利いていない翻訳だな、と思ってしまったのです。
こうして日本語で・・・というか、日本人の感覚と言葉で記事にしてくれたのは、本当にうれしかったです。
ちなみに私が一番好きなのは、78年式「モビーディック」ではなく、76年式のもの。それもヘッドランプが2灯式のやつです(前期型?)。
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少しカテゴリを削除しました。
「くるま」「からだRevolution」「ジテンコ・ライフ」「カクトウギ!」などのカテゴリに分類していた記事は、すべて「日記」に移しました。
「読書百冊」については、今後のことを考えて、そのままにしました。
「映画」と「ラジオ番組」については、これも日記カテゴリに統合しようと思ったのですが、一応、このふたつを統合して、ひとまずそのままにします。
そして「2011.3.11」「アニメ・マンガ・ゲームな話」については、これはやはり特別な思いがあるのでカテゴリをそのままにします。
記事それ自体については、特に断りのないものは削除していません。どうあれそれが私の生きた証だからです。
以上、ご報告まで。
「くるま」「からだRevolution」「ジテンコ・ライフ」「カクトウギ!」などのカテゴリに分類していた記事は、すべて「日記」に移しました。
「読書百冊」については、今後のことを考えて、そのままにしました。
「映画」と「ラジオ番組」については、これも日記カテゴリに統合しようと思ったのですが、一応、このふたつを統合して、ひとまずそのままにします。
そして「2011.3.11」「アニメ・マンガ・ゲームな話」については、これはやはり特別な思いがあるのでカテゴリをそのままにします。
記事それ自体については、特に断りのないものは削除していません。どうあれそれが私の生きた証だからです。
以上、ご報告まで。
考えてみれば最初に新撰組好きになったころに、私のスタンスは決まっていたのです。
史実は史実、小説は小説。どちらにしても、触れて感動できればいいんです。
「竜馬がゆく」の坂本竜馬像が現実に即していなかったとしても、別にかまいません。「燃えよ剣」の土方歳三が実像とはかけ離れた創作の姿であったとしても、別にかまいません。一応、言い訳をさせてもらえば、私は『竜馬がゆく』の坂本竜馬に憧れ、『燃えよ剣』の土方歳三に感銘を受けた。そういうことですから。
歴史上の人物について、色々な見方があるのは当然だと思います。
でも、今を生きるのは私たちですから。そういった人たちから何を感じ取り、それを日々にどう生かしていくのか。それを考えるのも実際にするのも私たちなんですから。
だから私は今日も、鬼の副長と呼ばれたあの人に思いをはせるのです。・・・おや? なにやら今日の副長は、自室にこもっておられるようですが・・・あっ、沖田さん。
「豊玉宗匠、なかなかのご精励ですな」
史実は史実、小説は小説。どちらにしても、触れて感動できればいいんです。
「竜馬がゆく」の坂本竜馬像が現実に即していなかったとしても、別にかまいません。「燃えよ剣」の土方歳三が実像とはかけ離れた創作の姿であったとしても、別にかまいません。一応、言い訳をさせてもらえば、私は『竜馬がゆく』の坂本竜馬に憧れ、『燃えよ剣』の土方歳三に感銘を受けた。そういうことですから。
歴史上の人物について、色々な見方があるのは当然だと思います。
でも、今を生きるのは私たちですから。そういった人たちから何を感じ取り、それを日々にどう生かしていくのか。それを考えるのも実際にするのも私たちなんですから。
だから私は今日も、鬼の副長と呼ばれたあの人に思いをはせるのです。・・・おや? なにやら今日の副長は、自室にこもっておられるようですが・・・あっ、沖田さん。
「豊玉宗匠、なかなかのご精励ですな」
今年は新撰組結成から150年という節目なんですね。
特にそういったことを意識せず、「燃えよ剣」を読み、さらに歴史人の新撰組特集を買ってしまった私。
さしあたって私は新撰組隊士としては著しく不適であると思われるので、コスプレ等々をしてみたいとは思わないのですが、かといって「人斬り集団」「テロリスト軍団」などと糾弾するつもりもありません。
同じ生き方をすることは無理ですが、遠めに見て憧れの気持ちを抱く。その程度の感情はあります。これでいいと思っております。
そんなこんなで「燃えよ剣」を読んだ余勢を駆って一息に読みきってしまった短編集「新撰組血風録」。今日はその中の、近藤局長の『虎徹』について。
支度金20両で名刀・虎徹を用意してほしいと商人のところに頼んだ近藤局長。虎徹が20両で用意できるわけがないんだし、これでいいやとばかりに商人が用意したのは「偽ものの」虎徹でした。
ところが局長はその「偽ものの」虎徹を気に入ってしまい、最終的には「おれが虎徹だと言ったら虎徹なんだ」といったとか言わなかったとか。偽虎徹を俺虎徹にしてしまったのです。
先日「もしもシリーズ」を通じて菊一文字の話を書きましたが、あの記事の引用元サイトでは、
「清麿(実際に近藤局長が持っていた刀)は虎徹よりも価値がある刀であり、虎徹は知らなくても刀を見る目があった近藤ならではの選択であった」
といった意味合いのことを書いておられた気がします。
やはり、近藤局長はすごいのです。
*
この短編では、後に斎藤一氏が「本ものの」虎徹を見つけてきてしまいます。ただ、土方副長が「虎徹は局長だけのものだから、これはしまっておこう」と言うことにし、結局押し入れに放り込んでしまいました。規律を守らせるために容赦ない粛清の嵐を吹かせた副長ですが、時々見せる人間くささ(ほかには、俳句を読む時とか)。こういうのがやっぱり、魅力なのかなと思います。
特にそういったことを意識せず、「燃えよ剣」を読み、さらに歴史人の新撰組特集を買ってしまった私。
さしあたって私は新撰組隊士としては著しく不適であると思われるので、コスプレ等々をしてみたいとは思わないのですが、かといって「人斬り集団」「テロリスト軍団」などと糾弾するつもりもありません。
同じ生き方をすることは無理ですが、遠めに見て憧れの気持ちを抱く。その程度の感情はあります。これでいいと思っております。
そんなこんなで「燃えよ剣」を読んだ余勢を駆って一息に読みきってしまった短編集「新撰組血風録」。今日はその中の、近藤局長の『虎徹』について。
支度金20両で名刀・虎徹を用意してほしいと商人のところに頼んだ近藤局長。虎徹が20両で用意できるわけがないんだし、これでいいやとばかりに商人が用意したのは「偽ものの」虎徹でした。
ところが局長はその「偽ものの」虎徹を気に入ってしまい、最終的には「おれが虎徹だと言ったら虎徹なんだ」といったとか言わなかったとか。偽虎徹を俺虎徹にしてしまったのです。
先日「もしもシリーズ」を通じて菊一文字の話を書きましたが、あの記事の引用元サイトでは、
「清麿(実際に近藤局長が持っていた刀)は虎徹よりも価値がある刀であり、虎徹は知らなくても刀を見る目があった近藤ならではの選択であった」
といった意味合いのことを書いておられた気がします。
やはり、近藤局長はすごいのです。
*
この短編では、後に斎藤一氏が「本ものの」虎徹を見つけてきてしまいます。ただ、土方副長が「虎徹は局長だけのものだから、これはしまっておこう」と言うことにし、結局押し入れに放り込んでしまいました。規律を守らせるために容赦ない粛清の嵐を吹かせた副長ですが、時々見せる人間くささ(ほかには、俳句を読む時とか)。こういうのがやっぱり、魅力なのかなと思います。
最近の若い人たちは女子高生がビジネス書を読んだ話をイメージするのかもしれませんが、もちろん違います。
物語のキャラクタたちが愛用していた刀剣について解説しているサイトで書いていたことです。
検索しても見つからないので、もしかすると今はないのかもしれません。そういうこともあって、ちょっとここに書き出したいと思います。
1.
念願の菊一文字を手に入れたぞ!
→国宝級の名品なので、即お偉いさんに献上される
総司ショック!(総辞職→駄洒落)
→慶応四年、沖田総司、結核で死去
2.
念願の菊一文字を手に入れたぞ!
→今度はバレないように隠し持つ
→実戦で抜いてみるが、古すぎて使い物にならない
総司ショック!(総辞職→駄洒落)
→慶応四年、沖田総司、結核で死去
ほかにも近藤局長の愛刀『虎徹』にまつわる面白エピソードなどが収録された短編集『新撰組血風録』の最後に収録された『菊一文字』を読み、このコントを思い出した春の日でした。
物語のキャラクタたちが愛用していた刀剣について解説しているサイトで書いていたことです。
検索しても見つからないので、もしかすると今はないのかもしれません。そういうこともあって、ちょっとここに書き出したいと思います。
1.
念願の菊一文字を手に入れたぞ!
→国宝級の名品なので、即お偉いさんに献上される
総司ショック!(総辞職→駄洒落)
→慶応四年、沖田総司、結核で死去
2.
念願の菊一文字を手に入れたぞ!
→今度はバレないように隠し持つ
→実戦で抜いてみるが、古すぎて使い物にならない
総司ショック!(総辞職→駄洒落)
→慶応四年、沖田総司、結核で死去
ほかにも近藤局長の愛刀『虎徹』にまつわる面白エピソードなどが収録された短編集『新撰組血風録』の最後に収録された『菊一文字』を読み、このコントを思い出した春の日でした。






