Xの休止期間中は卒展とか美術展とか仙台市内で開催されたイベントに時速100キロの勢いで行きましたが「ちゃんと感想を伝える」ことが私の役目だと確信しました。私が何か創ることが出来なくても、それを見て感じたことを創り手の方に伝えて喜んでもらえた…そういう体験をたくさんしてきたので。今日は二十四節気の「清明」。清明といえば陰陽師ですが、二十四節気の清明はこんな感じの意味合いです。
対面で直接伝えられるならそれが一等良いのですが、それが出来なければ手紙を送るのも良いでしょう。「とにかく私はそう感じた」それを発信することが私の役目というか、私に唯一出来ることだと思うので…今年度もたくさん良いと思うものと出会いたいです。さ、今日も頑張ろう。
2024年4月3日のポスト
清明(せいめい)とは万物が清らかで生き生きとした様子を表した「清浄明潔」という言葉を訳した季語です。花が咲き、蝶が舞い、空は青く澄み渡り、爽やかな風が吹く頃です。仙台も最近開花宣言が発表され、桜の名所である西公園や榴岡公園では祭りムード爆発の模様です。まあ私のオフィスの繁忙期と完全に重複するので、なかなか花よ蝶よと浮かれることはできないのですが、それでも雰囲気があるのはよろしい。今日は休みで歯医者さんに行くため街に繰り出す予定がありますし、ちょっぴりでもその雰囲気を味わえればと思っております。
暦生活
さて今日のテーマは「メンション」。SNSに慣れ親しんだ皆様であれば「え? メンションがどうしたの?」と首をかしげるかもしれませんが、私は全くその言葉になじみがなく……人生で初めてInstagramから「(ユーザーが)コメントであなたをメンションしました」という通知が出てきて、ビックリしてしまったのですね。メンションって何? と。
何だかわからないけれどドキドキが止まらなくて、一晩経って朝になってようやく決意のInstagram起動。メンションの意味を知り……勇気を出してコメントして良かったと……冒頭Xで投稿したような自分の思想を再確認したのでした。
私がInstagramを開設したのは、分科会の尾身会長がInstagramを始めたと報道されたころです。別に自分がやる必要性を感じなかったのでしれっとしていたのですが、当時EXITのりんたろー。サンと対談するなど「世代間交流」の大切さを感じていた(ように私は察しました)尾身会長が始めたのなら「私もやってみようか」と思って開設……とはいえ尾身会長もそんなに積極的に投稿するわけではなく、私も基本的にテキストで発信するタイプの人間なのでTwitter(現:X)ほど積極的に投稿するわけでもなく……たまに思い出してポツポツ投稿する程度のものでした。2~3か月に1度「いいね」が付けば嬉しいな、って感じです。
そんな停滞したムードが動き出したのは、冒頭で引用したように、卒展とか美術展とかに時速100キロの勢いで通い始めてからでしょうね。このブログではその辺のことを詳しく書いているので、よりピンポイントな話をすると、東北生活文化大学の「足跡」展が切っ掛けでした。作品名と一緒にInstagramのアカウントがQRコードで公開されていて、「私だってアカウント持ってるんだから、フォローして見ようかしら」と思い気軽にフォローし始めたのが直接的なきっかけだったのです。
そのあとは写真展に出展していた専門学校の学生さんに、胎に刺さったリボン展を切っ掛けに知った「さかいふうか」さん、「トキワ」さん、「かんの」さん……。
一昨年の三人展で好きになった「門眞妙」さん「ペロンミ」さん「ユ、六萠」さんはXでフォローしていますが、今年の三人展で好きになった御三方はInstagramでフォローしています。特に「さかいふうか」さんは、個展にお伺いして直接気持ちをお伝えさせていただいた後にもInstagram上でコメントのやり取りをさせてもらっています。
メンションというのも、さかいふうかさんからの発信でした。森敏美さんの個展『とっ替ゑ、ひっ替ゑ、すり替ゑ展』に関する投稿に対して、「観てきましたよ」という主旨のコメントを投稿したところ、とっても温かいリプライを頂いたのです。それをメンションという形で発信してくれて……それがとっても嬉しくて……。
やっぱりSNSでコメントを投稿する時は緊張します。特に、大好きな人にコメントをする時は、物凄く緊張します。さかいふうかさんへのコメントも、いったん下書きしてよ~く考えて、丁寧にただし気持ちを込めて「いけっ……!」とつぶやき送信ボタンをタップ。その直後に書いたのが、冒頭に引用したXの投稿です。
さかいふうかさんへのコメントだけではなく、先日のライブで初めて知り好きになった秋田弁シンガー「みかえる」さんのyoutube動画に投稿した時も、みかえるさんからコメントを頂き……また上記の投稿も読んでいただけたみたいで……。
うん、やはりXもInstagramも、コミュニケーションツールとして必要なものです。ただしSNS上でむやみやたらに「新しい出会い」や「情報」を求めて彷徨うのではなく、あくまで特定の人とつながる連絡手段として、ゆるやかに利用していきたいと思います。あくまで私が生きているのは仙台という街であり、デジタルな世界ではないのです。残念ながら、私はメタバースの世界に生きるには早く生まれ過ぎたのです……だから今はまだ……でも、いつか……きっと……。
希望は捨てません。でも今の私は仙台と、この街で出会えた人たちのことを大切にしたい。そういうことです。
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