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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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 実在の、ではなくて創作のプロレスラーで一番好きなのは餓狼伝の長田弘です。

 腕はあるけれど華がないので、10年以上キャリアを積んではいるものの、せいぜい前座か中堅。それがプロレスラー長田弘としての商品価値だそうです(グレート巽・談)。ただしその鍛え抜かれた肉体は決して痛みでは倒れず、隙あらば磨きぬいたプロレス技で相手をぶちのめす。体力と防御力は餓狼伝世界でもトップクラスといえます。

 その体力をどうやって作り上げたのかといえば、それは人並み以上の努力によってのみなされたのだといいます。科学的とはとても言えないほどのハードなトレーニングを積み重ね、そうやって作り上げたのだそうです。私はこういう努力型の人間にたまらなく惹かれてしまうのですね。

 もうひとつ、すごいことは、長田は一切ドーピングをしなかったということ。いわく、ステロイドを使えば何倍も効率よく、筋力をアップさせることができるが、そうやって作られた筋肉は持久力がないからダメなのだそうです。
 
 だから、私もプロレスラーは好きですが、ステロイドで作り上げた筋肉は「見せ掛けの筋肉」だといって、あまり好きではありませんでした。


 ただ、ダイナマイト・キッドという人だけは少し違うのかなと思いました。今は「板垣恵介の格闘土列伝」を読んでいます。

 リアルタイムに戦いを見たことはないのですが、明日を捨ててすさまじい量のドーピングを自らに施してリングに立ったというから、気にならないわけがありません。ジャイアント馬場御大のように長い時間ずっとリングに立ち続けるのもいいのですが、あえてそれを短くして瞬間的に燃え上がるような生き方。一体どんなファイトをしたんだ!?

 まだ動いている映像を見たわけではないのですが、気になるレスラーであります。

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 すでに10年以上前の話になるのですが、かつてモダンチョキチョキズというバンドがありました。

 現在にいたるまでヘンテコなものを愛好する最初のきっかけとなったのがこのバンドとの出会いでしたが、その中に「デートコース」という楽曲があります。もしかすると微妙にタイトルが違ったかもしれませんが、「くまちゃん」というアルバムに収録されているのは確かです。

 すでにお笑い系から普通のポップスになっている頃なので、割と普通の? ラブソングというやつなのですが、その中でふたりは平日の観光地に行っています。そしてそこでは遠足の小学生たちが、ふたりのことをチラチラと見ている……といったことを濱田マリさんの美声で歌っているのですが……

 今日は宮沢賢治記念館に行ってきました。するとそこには片手にノートを持ち、色々な感想を書き留めている小学生たちがゾロゾロといて、思っていたよりも賑やかだったのですね。

 それで、ふと思い出したのですね。惜しむらくは私には恋人はなく、ひとりでふらりと行ってしまったことか……。


 何度となく行ったことがある場所なのですが、とにかく大好きなんです。そのたびに色々なことを感じて、もって来る。それがどれほど残っているかというと、はなはだ疑問ではありますが、ともかく行って、感じるところは大変に多いのです。

 とりあえず、読んでみようと思ったのが「シグナルとシグナリス」、それに「蛙のゴム靴」。特に後者は、ゴム靴が藁沓(わらぐつ)を駆逐するというあらすじが、イギリスの産業革命時に描かれた風刺画(凶悪な顔をした機関車トーマスが何もかも食べ尽くす……ような絵)を思い出したので、いずれきちんと読んでからまた書きたいと思います。

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 実際に今日会って来て、無事を確認したからこんなことを書きますが……

 先週、私の古い友人が突然「世捨て人になった」とかと連絡してきたことがありました。ザッと話を聞くと、まあ要するに失恋してそのショックで仕事も家族も捨てて飛び出したということです。

 それだけ聞くと「幸福の黄色いハンカチ」の武田鉄矢のようですが、彼はファミリアを買ったわけではなく、そのまま身ひとつで飛び出したというからむしろ女子高校生のセンティメンタリズム(c 柘植久義)のような気もします。

 で、これからどうするのかといえば、何と大手町1丁目1-2に行ってくるとか言ってるのですね。これが私のような一般市民であれば無理に決まっているし、そんなことを言っても一切信じないのですが、過去に岐阜から名古屋まで踏破したという伝説(ただし本人の談話のみ)を持つ男なので、ひょっとしたら……と思ったのですね。それに私が止める理由もありませんし、何よりも面白い。


 そういうことで沙汰を待っていたのですが、本日思いがけない形で連絡がきました。それによれば130キロ程度歩いたところで強制送還、すなわちポリスオフィサーの人たちに乗せられて帰ってきたのだといいます。おいおい。

 ……というわけで、まあその人と久々に会って来ました。精神力で踏破したのはいいものの、肉体的には結構ガタが来ているみたいで、ある程度歩くとヒザがムチャクチャ痛くなるのだそうですが、それ以外は元気そうで何よりでした。面白がってみてはいたものの、やはり私としては普通に会って話がしたいというもの。とにかく無事にまた麻雀(MJ4)を出来たのは、友達が極端に少ない犬神にとってはとても嬉しいのです。

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近頃は非常に寝相が悪く、まあベッドから転落するといった惨事こそ起きませんが、深夜または早朝に布団をすべてぶっ飛ばして寒くなったために目を覚ましてしまう……といった事象が起こっています。

 一度だけ、まだ子供の時分ですが、朝起きたら180度ひっくり返っていた、なんてこともありました。だから自分の寝相にそれほど自信があるわけではないのですが、27歳にもなってこんなエキサイティングな寝相を見せるとは、と少し驚愕してしまいました。


 とはいえ、驚きこそしたものの悩むことはありませんでした。昔「純喫茶 谷村信司」でマスター(谷村信司)が語っていたところによれば、昼間の疲れをほぐすために身体が無意識のうちにジタバタする現象なのだそうで、むしろ寝相がいい人よりも健康的なのではないか? という思想があったからです。

 実際、ネットで少し調べてみても、同じようなことがありました。参考リンク 整体師の方がそう言っているのでまあその通りなのでしょう。何よりも理屈ではなく体感として、割合に早い時間に目覚めても結構、気持ちがいいんです。


 あとは、自分なりに秘訣、というほどではないのですが、「こうしたからよくなったのかな」というのがあるのでそれを少し書きます。

 1.酢を飲むようになった

 これは「強くなれ! わが肉体改造論」の真似です。最初は「9倍」という言葉にこだわり、計量スプーンで計りながらやろうかな? とも思いましたが、提唱者である大山先生が「きょうの料理」のごとくキッチリと計測してやっている姿はどうしても想像できないので、そのあたりはアバウトにやることにしました。なにやら疲労回復に効果があるとかないとか言っていますが、そういった理屈はともかく、これを続けるようになってから少し元気になった気がします。

 2.疲れることをするようになった

 精神的に疲れることは会社で十分やっているので、そういう意味ではありません(笑)。肉体的に疲れることです。もっとも私は人生の大半をナマケて生きてきたので走るにしてもその他の運動をするにしても、高が知れていますが、それでも何もしないよりは、という一心でやっています。これは「寝つきが悪いのは、余計なことを考える体力が余るからだ」という持論に基づくものです。

 3.難しいことを考えないようになった

 というとただのバカみたいに思われそうですが、要するにあまり悩まなくなったということです。FLAT FEELINGという自分のホームページを立ち上げて以来ず~っと心がけてきたことではありますが、本当にそう思えるようになったのは坂井三郎さんの「大空のサムライ」の影響が大きいと思います。失敗してもそれを後悔せず、次に失敗しないためにどうすればいいのかを考える。実際に何度も修羅場を潜り抜け、生き延びてきた坂井さんの言葉はとても重いのですが、とてもシンプルで受け入れやすいものでした。


 そういったところでしょうか。なんか当ブログ始まって以来の役に立ちそうな話って気がします。本当は単純に、寝相が悪いことをネタにして笑っていただこうと思っただけなのですが、自分自身の記録として、ついでにちょっといい話を誰かにしたい気持ちも手伝って、こんな感じになってしまいました。

 酢はいいです。本当にいいです。でも別に黒くなくてもいいと思いますし、ましてや中国由来の高級健康食品じゃなくたって、と思います。台所においてあるその酢を水で薄めて、それを一気に飲み干す。それで十分です。高いものをありがたがってチビチビ飲むよりも、気軽にゴクゴク飲みまくった方が精神衛生上の意味合いも含めて、健康的な気がします。……単純に私が極度の貧乏性だからなのかもしれませんが……。

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プロレスラーは、大好きです。

 ただ、そのプロレスラーの入場時の音楽は意外と詳しくなく、はっきり言えばプロレス以外の場でも聞こえるものしか知りません(例:ジャイアント馬場のテーマ)。まあ、「爆勝宣言」なんかはよく知っていましたが。

 あとは、「パワーホール」。笑っていいともか何かで初めて聞いたのですが、これが平沢進氏のやっつけ仕ご……いや、作品で、なおかつ長州力のテーマだったのですね。最近なら長州「小」力とかかな。

 それから、木曜日の夜7時から放映されている、無人島に行って魚突いてるだけの番組。あの中でお笑い芸人のひとのテーマ曲みたいになっているやつ。え? たぶんそれは「レマゲン鉄橋」のテーマですよ。ギターで演奏されている、ものすごくかっこいいやつ。あれはFMWのハヤブサという人のテーマ曲「fight with dream」です。youtubeではそんな扱いになっていたけど、それでいいのかな?

 
 FMWというと創始者がアレだけに、ず~っとあんなイメージで見ていたのですね。何か激しいし、「男塾」みたいなデスマッチもたくさんやってるけれど、それってなんだかな~って感じで、あまり好きではありませんでした。それは昨日までそうでした。

 ただ、このハヤブサさんの試合を見てみると、どうも違うのですね。

 マスクマンで、なおかつルチャの技をたくさん使う。電流もない。有刺鉄線もない。普通のプロレスのリングなのに、飛んだり跳ねたりぶつかり合ったり、すさまじい迫力が伝わってきて、もしかすると正統派のプロレスなのかな? と思い、いろいろと調べてみました。


 そして私は今日からハヤブサさんのファンになり、創始者の人への嫌悪感はさらに増すこととなってしまったのでした。それでなくてもこのテーマ曲、聴くといいようのない感動があふれてきて困ってしまうくらい大好きだったのですが、プロレスラーとしても応援したくなりました。今はどちらかというとシンガーのようですが、どっちにしても、すごく好きです。


 ……ダイナマイト・キッドのことを書こうと思ったのですが、それは次回にします。

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 今から8年ほど前になりますが、実は一度だけ、武道を志したことがあります。

 ……志したというと嘘になるな。知人に付き添う形で道場を見学させていただいたことがありました。


 我が街には「諸賞流」という盛岡藩ゆかりの古武道があり、wikipediaにも載ってるくらいの伝統と格式があるのですが、これの道場を見学させていただいたのですね。まあ、アポなしでいきなり「すいません見学させてください」といったら、芦原英幸氏にも似た風貌の師範代と思しき人があっさり「どうぞー」といって、道場に通してもらいました。

 何せ8年も前のことですし、当時の犬神は徹底した文化系であって、それ以上のことは何も得るところはなかったのですが、ともかくそういう武道があるということを、実際の空気として触れることができただけでも、大変に貴重な体験であったと思います。あと、横に来てアレコレ教えてくれた師範代の人は、結構なスモーカーであったこともよく覚えています(銘柄は「エコー」でした。運動する人なのに!)。

 
 何でいきなりこんなことを書いたのかというと、先日書店に行った際、「親子で身体(からだ)いきいき古武術あそび」なる本が武道本コーナーにあり、いたく衝撃を受けたためです。一般によく言われているような「型稽古ばっかりで実戦的ではない」といったイメージを逆手にとって? 身体の健康のため! とはっきり言っているその姿勢がいいですね。

 確かに「確実に相手を倒す! 古武道秘伝101(DVD付)」とか「こうして私は相手を殺してきた 激白! 達人の果し合い十番勝負」なんてタイトルおよび内容の本を出したって、これを読んで本気でそんなものを志そうという人はこのご時世には限りなくゼロに近いでしょうし、せいぜい私のようなオタクが知識を得る目的で読むくらいでしょうから、この「古武術あそび」という親しみやすいタイトルは、いいと思います。


 もちろん、きちんとした威力のある古武術が受け継がれているのであれば、それはそれで大変にときめくことです。これは創作の話ですが、餓狼伝の竹宮流みたいなのが本当にあったら、たぶんいち素人の私の目に触れることは絶対にないのでしょうが、ぜひ見てみたいものです。

 あ、でもそれを習った人がテレビ中継もある格闘技大会に出たら、有名になるのかな。門外不出の奥義が全国ネットで放送されたり、そのあとyoutubeとかで何度も放送されたり……。

 情報化社会というのは、こういうことなのでしょうか(何だこのオチは)。

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 私はそれほど靴に頓着しない性格なのですが、靴屋に行ってみるといろいろな機能が実装されているのを見ます。

 特に運動靴なんかは、空気を入れてたりジェルを入れてたりして、いかに走りの衝撃をやわらげるかということに苦心し、これをチラシなどに紹介しています。私の靴もアシックスの何とかというものですが、これもそういった機能が実装されているそうです。

 そこでふと思ったのは、「この機能がない場合、身体はどれほど影響があるのか」ということでした。――そしてこれを体験するべく、町から少し離れた某所にある森の中において素足になり、少し歩いてみたのでした。


 それでわかったことは、やっぱり靴はすごくありがたいものだということでした。


 秋も深まり、地面には枯れ葉や、場合によっては栗のイガなんかも転がっていて、土の上を走るとそういったものがチクチクと刺さります。栗のイガなんかは体重をかけて踏むとチクチクどころではなく、昔のFMWみたいに大流血の惨事になったと思いました(実際は、そうでもなかったのですが)。

 そうかといって整備されたアスファルトの遊歩道を走ると、硬さがもろに骨や関節に響いてきて、少し走っただけでひざが内部から痛くなってしまいました。

 かつて裸足でマラソンをして金メダルを取ったアベベ・ビキラというひともいましたが、裸足で走るというのは逆にしんどいんじゃなかろうか、と思いました。いや、アベベは私のように初めから裸足で走ろうと思ったのではなく、アクシデントでやむなくそうしたようだったのですが。


 もっとも、裸足で走るのも足の裏に刺激を与えられるから、そういう意味ではメリットもあるようですが、それにしたってアスファルトよりは芝生とか、土の上の方がいいような気がします。以上、犬神の体験レポートでした。

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 今日は八幡平へ行って来ました。

 まあ、私ひとりで行ってもよかったのですが、どうせなら、自分で行くことの出来ない母親と祖母(ばーちゃん)も一緒に行ってみたらいいんじゃないだろうか、と思ってなかなか苦手なことではあるものの一応誘い、行って来ました。

 今回は行きに松川温泉郷をぶっちぎって登り始める「樹海ライン」を、帰りが松尾鉱山(現在は廃坑・有害物質処理施設だけが年中無休好評営業中)の宿舎跡を横目に見ながら走る「アスピーテライン」を選択。

 ただし、どちらにしても上り坂は大変に厳しく、4速ではグングン速度が落ちるので3速で少々アイドリングを高くしながら、それでもせいぜい40キロ程度のゆっくりした速度でのぼらなければならないという体たらく。出発時は満タンだったガソリンが帰ってきたら半分くらいになってしまいました。トホホ。


 10月も半ばに差し掛かり、すでに山頂付近は葉っぱもすっかり落ち、寒々とした雰囲気でありましたが、ふもとの方は今がまさに絶景、まさにピークであって、ぐるりと道路を囲んだ木々の葉っぱは黄色から赤へ、まるで輝くような鮮やかな世界でした。

 帰りに、麻雀のテーブル筐体をそのまま使っている渋いラーメン屋にて「あさりラーメン」なるものを食べました。まあ、本当にアサリが入っているだけなのですがその量が大変に多く、なかなか腹いっぱいでありました。


 気取るつもりはさらさらないのですが、やはり時々、自然の空気というか、自然のパワーをもらうと心身ともに元気になれるように思います。そのおかげで最近はゲーセンだのなんだのといった一般的な遊戯施設に行かなくなってしまったのですが。ゲーム系のサイトも掛け持ちする身としてはあまりよろしくないことなのですが……。

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 私の弟者は中2で、中間テストがあるとかないとか。

 それを知ったのが昨日の夜でしたが、私には直接関係ないし、「勉強しろ」とわざわざ言うのも(自分がとても嫌だったので)せず、「大魔界村」やら「アラジン」やら、今でも現役のメガドライブをやってはいたのですが、それでも数学の宿題をものの数十分で終わらせたのを見て少々心配になってしまいました。

 どれほど弟者が勉強が出来るのか。テストの点数は6割以上なのでそれほどバカではないにしても、おいおい本当に大丈夫なのかよ? と聞いてみました。そうすると、まあ、得意ではないとは言いつつもそれなりにやってはいるみたいです。

 少なくとも犬神が中2だったころよりはず~っと出来るみたいなので、それ以上は何も言えなくなってしまいました。


 今でこそ言えるのですが、この犬神、当時はテスト勉強というのをほとんどしたことがありませんでした。せいぜい、テストが始まる10分前に教科書を見直すとか、その程度。だから割合好きだった英語・国語・社会なんかはともかく、理数系、特に数学なんかは壊滅的な点数でした。

 恐ろしいことに高校受験の勉強も、年が明けてから始めました。確か某私立高校の試験に落っこちてからだから、1月末~2月ごろからスタート。はっきり言えばグレイシー道場殴りこみ直前の安生洋二の如く、試験をナメていたのですね。

 最終的には一番志望人数が少なかった(で、なおかつ比較的興味のある)公立高校の英語科に入学。あとで結果を見てみたら40人中26番で、可もなく不可もなく。その後、数学のすべての期末テストでレッドゾーンに落ち込み、進級さえ危ぶまれたこともありましたが、何とか卒業、現在に至っています。


 自分はとにかく運がいい人間である、と思います。

 日常のちょっとした選択をミスしてしまうことは多々ありますが、ここ一番(失敗したらその後の一生を左右するようなこと)では必ずいい方に転んでいます。何とか大学を卒業し、かつかつながら労働者としてわが国の経済の一部を担えるようになったのは普段から言っているような努力でも根性でもなく、幸運であったと信じています。

 だから私は弟者に、何かいいことを言ってやりたくても、何も言えません。実体験を話して真似されて、それで失敗された日には地獄の火の中に投げ入れられてもまだ許されるものではないからです。

 もっとも、テストの結果を聞いてみると5教科で400点近いスコアであり、最高は英語の91点(!)。そして数学は60点台ということで、上々な具合だったようです。普段から何かとモチベーションが低そうなのに、やることやってるんじゃ仕方ないなあ……。

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 ……いや、その……我ながらトンデモないタイトルをつけてしまいましたが、もちろんそこまで固いことではありません。いつも通りです。

 昨今ブームなものというと、バカな人と可愛い、いわゆる「萌え系」なるもの……であって、本来であれば蔑まれるべきバカな人格を恥ずかしげもなくさらけ出し、好きな人がこっそり楽しめばいいものを何でもかんでも白日のものにさらけ出すこの時流が、私はとても嫌で嫌でたまらないのですね。

 そんなの全部、ぶっつぶれてしまえ。

 そう思っていましたが、以前めざましテレビかなんかで、不登校の女の子がそういった人たちのことを見ていたら、元気が出てまた学校に行くようになった……という話を聞き、少し考え方が変わりました。

 私は嫌いですが、まあそういう人がいるのなら、いいのかな。そう思いました。


 もうひとつ。「鉄道むすめ」なる、列車の運転士の格好をしたアニメ系美少女のフィギュアが出ているそうですが、その中に我が岩手県代表「久慈ありす」なる娘がいるのを、あろうことか岩手日報の夕刊一面にて知りました。



 記事によれば他のキャラクタと比べても人気が高いそうで、このほどキャラクタを使った「スイーツ列車」なるものを企画したところ、見事に完売。思わぬ反響を受けてさらなる新企画を検討中だという話でした。

 岩手日報がわざわざ夕刊一面に取り上げ、私もまたこんなブログの記事にしたのも実はこの三陸鉄道は赤字がどんどん深まり、存亡の危機に立たされている路線なのです。私もまたマイカー野郎でなおかつ内陸の人間なので、なかなか貢献することが出来ずにいるのですが、やはり地元企業ですし、何とかがんばって欲しいとは思います。

 そこに来て、この萌えキャラクターの企画が大当たり。これは三陸鉄道にとっても千載一遇のチャンスといえましょう。

 そういうわけで、「久慈ありす」に限っては正しい、ということを認めざるをえないといったところでしょうか。もしもそれが三陸鉄道のためだというのなら、大いに盛り上げて、関連グッズでも何でもガンガン売ってくれればいいと思います。

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 ブルーハーツの歌で何が一番好き? と聞かれると、「リンダリンダ」でも「人にやさしく」でも「TRAIN-TRAIN」でもなく、「1985」と私は答えてしまいます。ただし、「好き」というか、何かというとつい口ずさんでしまう、というだけで、胸を張ってこの曲が好きです、とはいえないわけで……。

 何でかというと、なんか恥ずかしいのです。

 歌詞のひとつひとつが印象的で、とても記憶に残るのはその通りです。謎のイニシャルはサンゴのKYで、国籍不明の飛行機はミグ25(が真っ先に思い出されました)。原爆のことや終戦のことに触れると必ず甲本ヒロトさんの声が耳の奥に響いてくるような気がします。

 けれど、それでもなお、恥ずかしいのです。カラオケでこの歌を声の限り熱唱したいという気持ちが、ないわけではないのですが、そこまでまっすぐ・素直にパンクでポンな生き方や考え方が、すでにできなくなってしまったようなのです。


 同じような人がもうひとりいます。尾崎豊という人です。

 私の兄者がどちらかというとファンで、小学生の頃に「誕生」というアルバムを聴いているのを脇で聴き、それから一気にはまってしまいました。なので盗んだバイクで走り出したり、夜の校舎の窓ガラスを壊して回ったり、先生にあなたはか弱き大人の代弁者なのかと問いただしたりする歌詞にはそれほど思い入れがありませんでした。

 中学生のころは、ひどくはまりました。やんどころない憤懣を、歌を聴いたり歌ったりすることで何とか爆発させていたのだと思います。ご多分にもれず私もまた、純粋でまっすぐな少年だったのです。


 その後は筋肉少女帯やら人間椅子やらの洗礼を受け、相当ひねくれた人間になってしまったために、尾崎豊という人の歌をあまり聴かないようになりました。

 
 10年かそれ以上経っても、その気持ちはあまり変わりありません(特に後者は)。ただ感情的にはいい音楽だったし、それを聴いてそれなりに感動したのも事実なんだということは、認めなきゃならないとは思っています。

 以上、自分の気持ちを整理するための手記でした。最近聴いているのは電気グルーヴの「カラテカ」です(♪ バイクを盗んじゃいけません)。

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 田沢湖に、何ということもないながら赴き、湖畔のベンチで「大空のサムライ」を少々読み、それから帰ってくる。ガソリン代の無駄とも思える行為ですが、ある意味では私にとっては「走ること」それ自体が目的であって、そう考えるとまあ意義はある。車を走らせてアレコレ考えたり、発見したり、なんだりかんだり……。

 田沢湖に巨大な秋田犬がいるのは有名な話ですが、かつてはちょっとした台の上につながれているので、はっきり言って触り放題でした。この通りです。



 今はガッキと檻で囲まれ、なおかつ物珍しげに人間がしょっちゅう来るストレスからか、近づいた瞬間いきなりワンワンと吠えられました。しかしながらこの犬神、そんなことでは退きません。とりあえず目線を合わせ、ゆっくりと手を差し伸べてにおいをかがせる。こちらに敵意のないことをあらわし、それから……。

 残念ながら途中で団体客が大型バスで押し寄せてきたので、せっかくの新名物・酒ようかんを試す間もなくその場を後にしてしまった次第ですが、帰り道の「仙岩峠の茶屋」で名物のおでんをテイクアウトで購入、さらにその後は道の駅・雫石あねっこにて「あねっこバーガー」なるご当地バーガーを購入。食べてみました。

 肝心のパティは雫石産の牛肉を「7割」使用したメンチカツで、これはもちろん結構おいしいのですが、やはり気になるのは「7割」ということ。あとの3割は何だ。オージービーフか。それとも人に言えないような種類の肉を使っているのか!? なんつって。メンチカツだから多少、安い肉が混ざってても文句はいいません。とにかくおいしかったですっと。

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 弟者の中学で文化祭があるということで、見てきました。

 学生を終えて随分と経ち、そういったイヴェントとはすっかりご無沙汰でしたし、ましてや中学の文化祭など10年以上前の記憶しかないという有様。要するに実際に学生として準備からアレコレやった記憶はあっても、招かれる客として行ったことは一度もなかったのですね。

 そういうわけで、半ば楽しみにしながら行って来ました。


 中学校の文化祭なので模擬店なんかはありませんでして、基本的には展示とステージ発表だけ。だから高校、大学のそれと比べれば静かなものですが、それはとにかく、13歳から15歳の生徒諸君が作ったものが各教室に並べられており、そういったものを眺めて歩くその雰囲気。それだけで十分でした。

 あとは、ステージ発表。演劇とかはありませんでしたが、とりあえず合唱コンクールを見てきました。

 終わった後に当人の感想を聞いてみると、とにかくめんどくさかったという話でしたが、まあ、わからんわけでもありません。もちろんそれでいいわけはないのですが、率直な感想としてそこは認めなければなりますまい。

 だからなのかなんなのか、2年3組は男子の声量が格段に低く、まあこれ以上語るほどのものではありませんでした。あえて言うなら、コピペ「男子もちゃんと歌ってください」を思い出して、笑いをこらえるのに大変でした。


 そうそう。私の時代と少し違ったのは、科学部と美術部がステージ上でプレゼンを行ったこと。いやプレゼンじゃないか。研究発表と、文化祭のポスターのコンセプト解説でした。巨大スクリーンなんかも駆使して、それなりのものだったのですが、いかんせん音響設備が悪かったのとしゃべりのスピードが速かったのがわざわいして、その内容はあんまり頭に入ってきませんでした。あれは体育館の後ろの方で聞いていたからじゃないよなあ……?

 などと、せっかく文化祭に行ってきたのにそれほどレポートすることがなくて、自分の情報収集能力にすっかり自信を喪失してしまった次第ですが、まあそんな感じでした。そもそも文化祭って、女子が主導でガンガン進めて、それに追従する形で男子がサポートして……って感じで作ってその日を迎えるから面白いのであって……とはいえ、自分のその時のことを思い出して、すこし懐かしい気持ちになっただけでも十分だったのかなと思います。みなさんの学生時代は、どうでしたか?

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 「レスラーとてリングの外では紳士たれ」といった意味合いのことを言ったのは故・ジャイアント馬場さんでした。全日本プロレス出身の人たちはほとんどがその言葉を守って、とてもまじめであると聞きます(多少柔らかい部分もあるかとは思いますが)。

 また新日本でも坂口「人間不信ビッグ・サカ」征二さんを初めとして、大変にまじめで実直な方もたくさんいます。中にはリング上ではとてつもない極悪人なのに、プライベートでは紳士どころか慈善家で、ありていな言葉で言えば「超いい人」なレスラーも多数いると聞きます。

 私もまたそういった人たちには大変に好感を持ちますが、ひとりだけ、そういったまじめさを根こそぎぶっ壊して縦横無尽にリングの内外で暴れまわるのに、なぜか惹かれてしまう男がいました。

 ……アントニオ猪木です。


 「アントニオ・猪木自選闘魂30戦」という本をようやく読み終わりました。

 ここに載っているのは私が生まれる前の「昭和プロレス」の記録ですから、もちろん今のプロレスとは大分違います。変形4の字固めでギブアップを奪ったり、バックドロップやブレーンバスター、それにジャーマンスープレックス(本書では一貫して「原爆固め」と表記)が説得力十分な必殺技として認識されていた時代でした。そして60分3本勝負で、3本目が時間切れ引き分けというのが珍しくない時代でした。

 今ならもっと過激な格闘技が山ほどあるでしょうが、それはそれ。私は素直に当時のプロレスに思いを馳せ、胸をときめかせました。

 当時はカール・ゴッチとルー・テーズがまだまだ現役だったころ(すでにかなりのヴェテランでしたが)。悪役レスラーではタイガー・ジェット・シンやアブドーラ・ザ・ブッチャーが出始めて、さらにスタン・ハンセンやハルク・ホーガンと言った名前も出てきます。

 日本人対決では坂口征二、ストロング小林、大木金太郎、そして上田馬之助との釘板デスマッチ……あとは対決ではありませんが、東スポ主催の興行における「BI砲」などなど……。

 あとはウィレム・ルスカとザ・モンスターマン、ウイリー・ウイリアムス、そしてモハメッド・アリとの異種格闘技戦についても触れられています。


 一応ある程度の予備知識に加え、「餓狼伝」のグレート巽と伊達潮雄の確執に重ねてみたり、ダスティ・ローデス(今は高田モンスター軍。というかまだ現役なのか!?)にキン肉マンのビューティ・ローデスを連想してみたり。古きよき時代のプロレスがどういったものだったのか、その熱い空気を感じられるなかなかの一冊であると思います(猪木が嫌いでなければ)。

 リング外では何かと引きずり回されて迷惑している人も少なくない「燃える闘魂」。ただし単純で気楽ないちファンにすぎない犬神としては、ここは素直にそのカリスマ性に酔いしれることとしましょう。ダァー!

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 犬神はプラネタリウムが大好きです。もっと言えば宇宙が好きです。

 話が大きすぎてバカみたいな話になっていますが、要するに星を眺めるのが好きなんです。小学生の頃は学研の図鑑「宇宙」を無理を言って買ってもらい、それをよく眺めていました。

 星座のこともたくさん覚えましたが、困ったことにその星座が実際の宇宙のどこにあるのか、まったく見つけられない。オリオン座を見つけたのも実はほんの数年前、社会人になってから駐車場までの帰り道において、だったのでした。


 その後もまあ、他の星座を見つけられないものか、時々空を見上げては結局見つけられない日々を過ごしていたのですが、坂井三郎さんが視力トレーニングのために星を見つめる訓練をして、最終的に2.5とかになった、という話を聴き、ド近眼の犬神もそれならばと一念発起、よりいっそう気合をこめて星を眺めることにしました。

 もちろん坂井三郎さんは「昼間の」星を見つける訓練をすることで視力を強化したといいますし、現在の犬神は職場・家庭含めて12時間以上もディスプレイを眺める環境ゆえ、そこまで視力をアップさせるためにはもはやブラックジャック先生にお願いするぐらいしかないのですが、まあそれはよろしい。とにかく星を眺めて、せめてカシオペア座とか北斗七星とかを見つけてみたいものです。


 あと、もうひとつ、天体の場所で方角がわかるというスキルを身につけたいんです。

 昔見たドラえもんの映画(ドラビアンナイト)で、悪人のアブジルという男が何か妙な器具を駆使して、星の場所から方角を確かめるシーンがあるのですが、恐るべき極悪人でありながらそのシーンだけは少しかっこよく見えたのでした。

 日中であればアナログの腕時計で確かめることも出来るでしょうが、夜はいったい何を目印にしたらいいのか。といった時にやはり北極星を目印にするといい。そうしたらその北極星を見つけるためにはどうしたらいいのかといえば……そう、カシオペア座とか北斗七星とかを見つければよろしい。


 そういうわけで、別に午前2時に望遠鏡をかついで踏み切りに行く……なんてキバっていくつもりはないのですが、帰り道、ふと空を見上げた時にわかるようになればいい。そのためには「宙のまにまに」をいくら読んでもさっぱり頭に入ってこないし、やはり自分で何度も星を見上げて勉強するしかないですね。

 宇宙 is forever (違う)

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 10年前、水野純子さんの漫画「ピュア・トランス」が読みたくてコミック・キューを買いました。その時の特集は「手塚治虫リミックス」であって、コレが実質的な手塚漫画とのファーストコンタクトでした。

 島本和彦流「マグマ大使」や吉田戦車風味の「三つ目がとおる」を読んで、何がファーストコンタクトじゃ! と突っ込まれるかとは思いますが、ともかくコレを切っ掛けに、ちゃんと手塚漫画を読むようになりました。81年生まれの私はどちらかというと藤子不二雄世代なのです。(メールで文通していた相手に出まかせで「アドルフに告ぐ」とかも読んでます、と言ってしまって、その日のうちに古本屋で全巻買い込み一気読みしたのもこのころだったはず)。

 その本で手塚るみ子さんと細野晴臣さんがトリビュートCDについて対談しておられるのを読み、その勢いで買いました。


 10年経ったところで、改めて聴いてみました。

 当時は元々好きだった、または知っていた、あるいはわかりやすい音楽ばかり気に入っていましたが、27歳の今になって聞くとまた印象が違って聴こえるから面白いのですね。特に浅野「カツオ」忠信さんの「名も知らぬ星」。「海底超特急マリンエクスプレス」というアニメのカバーだということはたった今知りましたが、当時は暗くて歌詞もよくわからないし、とにかくあまり好きではなかったのです。


 あるいは、好きな曲の幅が広がっただけなのかもしれません。当時は神経質なテクノや絶望的なヘヴィメタル、そしてヘンテコな音楽ばかりを愛好し、それ以外の音楽を毛嫌いしていたのですが、いまやパフュームなんかも普通に聞いている堕落ぶり。幅が広がったというよりは単に節操がないだけなのかもしれません。


 ただ、それでもあまり「好きです」と広言するのをはばかってしまう人たちもいます。好きだった、あるいは今でも好きなのが事実だけに余計に。

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 通常、私はナントカなので風邪を引かないと思ってはいたのですが、このところ急激に気温が下がり? 朝起きてみると極端に鼻の通りがよろしくない。ついでに喉も痛いものだから、さすがにこれは認めざるをえない、といったところでしょうか。

 まあ、認める認めないに関係なく、鼻が詰まるというのは寝ることにさえ重大な影響を与えるわけで、寝付くまでに1時間、うまく寝付いたとしても喉が痛くて咳が出て、そのたびに目が覚めてしまうので、非常に困ったものです。


 まあ、素早く医者にかかるなり薬を飲むなりすればいいのでしょうが、私はどちらもあまり好きではないのですね。……それで、こうしてごちゃごちゃ言っているのですがそんなことを言っている暇があったらさっさと薬を飲んで寝てしまえ、というのが正論でしょうから、そうしようと思います。

 って、なんだか今日は本当にどうでもいい事を書いていますが、坂井三郎さん言うところの「六割頭」なのでご了承ください。脳に酸素がきちんと行き渡らないのです。鼻をかんでもなかなか通らないし……。やれやれ。

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 実は当家は、りんごの木のオーナーなんです(一本だけだけど)。

 先日、そのりんごを取りまくってきて、今我が家には山積みにされています。

 通常であれば包丁でさくさく切って、それから食べるのですが、今日は、丸ごとシャリシャリと食べました。出かける時にひとつ背広のポケットに放り込んで、駐車場に着いたら……。


 で、食べているうちにふと思いました。

 一般にりんごというのは周りの実を食べて、種と芯を残すけれど、コレは本当に食べられないものなのだろうか?

 できるだけゴミを減らしたかった犬神、本来であればきちんと下調べをしたうえで食べればよいのでしょうが、「まあきちんと噛み砕けば消化されるだろう」とわけのわからない信頼を己に課し、種も芯も何もかも噛み砕いて嚥下してしまいました。種はバキバキと噛み砕くと、甘いような、そうでもないような感じがしました。


 たとえば大山倍達先生が「私はりんごの種も食べる!」と言っているのであれば、「マス大山がそうしているのだから間違いないと思うが、どうだろうか」といって気にすることもないのですが、そういうわけでもないので、一応は調べてみました。

 ……青梅と同じで種の中には青酸(になる物質)が入っていると聴き、青ざめてしまいましたが、その一方で「りんごの種を食べて死んだ」という人の話は一向に聞きません。

 じゃあ、いいか。

 特別に、たとえば癌に効くという話は私はまったく信じません。ただ、一日に一個くらいなら大丈夫かな、という気もします。もっとも、食べないに越したことはないのかもしれませんが、やはり出来るだけゴミを減らしたいので、こういう場合には全部食べてしまえ! と思っています。

 以上、りんごにまつわる話でした。

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 坂井三郎氏の名著「大空のサムライ」を読み終わりました。

 戦後の反戦一辺倒な教育を受けてきた犬神が、クロスカウンターばりの激烈な衝撃を受けたのは高校生のころ、小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言 戦争論」を読んだ時でした(その前にも「図説 帝国陸軍」という本を読んで、軍隊というのは厳しいながらも、それだけではないのだということはよくわかっていましたが)。

 なんというか、それまで作り上げられてきたものが根こそぎぶち壊されたような感じでした。案外と、思っていたよりは、暗くないのですね。その、実際に戦争に参加して大陸なり何なりで生死の危険にさらされている……はずの皆様が。

 以来、「実際に参加した人はどう思っていたのか」と言うことを中心に、いいとか悪いとかと言うことを脇に置き、色々知りたい、そしてきちんと理解したいと思い、様々な本を読んだりしています。


 コレを読んで思ったのは、とにかく戦闘機の操縦とは大変なのだということ。それは私がせいぜいビデオゲームぐらいでしか体感したことがないから当たり前なのですが、操縦かんを引っ張る腕力もそうですし、三次元的に飛んだり回ったりする技術もそうなら、「コレくらいの距離なら弾が届くまでにこのくらいかかるな」とか何とかと言った数学的な計算も瞬時にこなさなければならない。ついでに言うなら無線がないから、仲間に何かを伝える時は風防を開いてジェスチャーで伝えなきゃならんということで、そういった感覚も必要なのかな? とも思いました。

 そして胸を打たれたのが、坂井氏の生への強い気持ちでした。wikipediaにも書かれていますが、ガダルカナル島上空で重傷を負ってなお生還したのは、とにかく強靭な精神力、「努力と根性」というと陳腐な感じになってしまいますが、つまるところそういうものなのだろうな、と思いました。

 あとは、飛行機乗りの人たちというのは随分サッパリしているのだな、ということ。「死んだらその時はその時さ」みたいな感じで、戦争末期、硫黄島で連日の爆撃、そして艦砲射撃を受けて飛行場が壊滅した時も意外と冷静に敵艦の種類を言い合ったりしていたそうです。

 タイトルの「飛行機乗りさん」というのは、ともすれば某巨大掲示板のアレみたいに聴こえますが、もちろんそんなのではありません。呉に行った時「海軍さん」という呼び方があるのを知り、それ以来親しみと尊敬の気持ちがもっとも伝わる言い方だなと思って、あえてこういう言い方をしたものです。


 実際、本編は時々くすぐったくなってくるようなユーモアがあり、また米軍にもそのユーモアを解する余裕がある(こともあった?)ということが書かれています。そもそももっとも危険にさらされているはずの兵隊さんがこんな調子なので、やたらと戦争の悲惨さばかり訴える人たちの言葉もかえって軽く感じられてしまいます。たぶん、どちらもその通りなのでしょうから、どちらが正しいというつもりは毛頭ありませんが、「戦争論」でよしりんさんが語っていた通り、戦争は悲劇ばかり生み出すものではない、ということなのかもしれません。

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 日記というものを付け始めて、9年ほどになります。

 テキストファイルにバチバチッと、取りとめもないことを数行。書くのが途絶えた時期もありますが、まあ、大体続いています。

 よく続いたな、と思うのです。


 日記なんて何の意味があるんだ、と思ったこともありますが、時々何年も前の日記を見てみると、その時どんなことを考えていたか。というか、どんな人間だったのか。そういうのが見えてなかなかに面白いのですね。

 大学生のころの日記なんて、大変なものです。

 もともと内向的で、大学に入ったのを切っ掛けに変わろうと思い、1年目はそこそこうまくいったものの2年目に挫折。澁澤龍彦とその翻訳によるM・サドの本を濫読し、マリリン・マンソンを聴きまくり、結果としてスペースシャトルが飛ぶ時代に中近代ヨーロッパ的な暗黒思想にとりつかれた男の言葉がそこにはありました。

 その内容はひどく暗く、黒く、下手に文学にかぶれていたものだから、きわめて難解な表現が並び……

 餓狼伝的な、というよりは黒沢ばりに「殴ってやるっ……! 他のヤローがそんなこと言い出したら……」てな気分になってしまいました。

 ただ、それというのはやはりシラフの状態で読むからであって、キツい酒でも飲んでハードに酔った状態で読めば、なかなかの肴になるものでして。感情的な(今風に言えば「痛い」)部分は華麗にスルーされ、「あー大変だったんだねーウンウン」と、他人事のように読めるから、やはり保存しておくものだと思いました。

 
 だから、文章力をつける、なんて堅苦しいことは申しません。

 書くこと自体が面白い。そして、あとで読み返した時さらに面白い。

 だから日記を書くことをお勧めします。なんだこのオチは。

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 「キン肉マン2世」と「彼女のカレラ」が好きで、週刊プレイボーイを読んでいるのですが、そのうち「彼女のカレラ」が一体どこに行くのか心配になってきました。

 現在、私はちょっと飛び飛びなところがあるのであまり語ることが出来ないのですが、このところは実在のポルシェ・ターボをネタにして深夜の首都高速を走り回る話が続いているようです。


 「湾岸ミッドナイト」も、同じ実在の車をネタにして「ブラックバード」というものを出しているのですから、別にそれは構わないのですが、問題はキャラクタに「そういうマンガがある」ということを語らせている、ということ。――そうなってくると「こっちはこっち、そっちはそっち」と、それぞれパラレルに考えていたふたつのマンガの間に変なつながりが出来て、私としては非常に困ってしまいます。

 加えて本来、それほど車の運転が上手じゃない女の子が、結構なスキルを求められる車に乗って七転八倒、じゃなくて悪戦苦闘するのがウリで、私もそういった日常的な空気に親しみを覚えていたのに、これでは猛スピードで置いてけぼりを食らってしまった感が高いです。そもそも最高速勝負がどうとか言い出したあたりから、「ん?」と思ってはいたのですが……。


 それでも、それほどまでに嫌いになれないのだから、私もよくよく救われない。「湾岸ミッドナイト」の最新連載はもう随分と追いかけていないのですが、それでも車が好きで、登場人物が好きなのですね。

 以上、チラシのウラでした。

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 八幡宮のお祭りに行ってきました。

 最初はまあ、適当にすり抜けて喫茶店でコーヒーでも飲んで、それで帰ってこようと思ったのですが、見てみると結構見たことのない食べ物の屋台が並んでいて、それでパクパクと食べて、あっという間に3千円の小遣いを使い切ってしまいました。

 ドネルケバブ……グルグルと大きな肉を回して焼き、適当に牛刀で削ぎ落としてパンにはさんで食べるこの食べ物は、これが初めてでした。すっごくおいしかったです。

 信州名物「おやき」……もちもちした触感と、甘かったり(味噌なす)そうでもなかったり(野沢菜)。岩手県ではなかなか食べる機会のない地方の食品でした。

 イタリアンなんとか……細いパスタで作った「固焼きそば」みたいなものか? カップにバラッと入れたものを、パリパリ食べるお菓子感覚の食品。名前をちょっと忘れてしまいましたが、とにかくおいしかったです。


 あとは広島風? お好み焼きとかフルーツポンチ(液体部分はシロップを溶かした水でした)とかをもさもさ食べて満喫。さらに家に帰ってからは月見まんじゅうを肴にワインをグイッと飲み干し、なんだか後半は食ってばっかりでした。

 ただ食べ物に珍しいものがあった一方で、遊びの出店がぐっと少なくなっていたのが残念なところでした。以前当たり前のようにあったダーツ、コルクのライフルで撃つ射的などがなくなり、空き缶にボールを投げつけて倒すものぐらいしか残っていませんでした。

 あとは、大きなサイコロを3つ転がして出目によって景品が出るというもの。これなんかは運否天賦の要素というか、博打くささがちょっと強くてあんまり……って感じです。


 とりあえず私の興味も、遊びから食べ物になっていったから、別にいいといえばいいのですが……まあ、今年はそんな感じでした。

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 唯物論とかというと、どうも小難しいので、噛み砕いて言います。私は世に氾濫する当世流行のスピリチュアルなものが大嫌いです。ただしそれは「科学的でないから」ではなくて、どうも安っぽいから、なのです。

 人間の科学なんてたかが知れたものですし、わからないことだっていっぱいあるはず。岩手県にもUFOが飛んだし、死んだら天国か極楽かはたまた地獄か煉獄か、あるいは案外またこの世に生まれ変わるのか。そういう話を読んだり聞いたりするのは大好きです。

 けれども、天国のだれそれがあなたにこんなことを言ってますよ、なんつってテレビで語っているのを見ると、どうも安直というか、そんな気がしてならないのですね。はっきりとエンターテイメントとして割り切っているのであれば、一向に構いませんが。

 だから、そういう神秘とかには大変に懐疑的なスタンスでかかることにしています。

 そしてその上で、本当にそういうのがあるのであれば、素直に感動すると思います。「麻雀放浪記」の女衒の達ではありませんが、本物がすきなんです。


 「板垣恵介の激闘達人列伝」(徳間文庫)は、そんな懐疑的な私のひねくれた心を完膚なきまでにぶち壊してくれる痛快無比の本でした。

 板垣先生が武道の達人と呼ばれる人たちのところに取材に行き、ある時は叱咤され、ある時はその身で武術を体験し、その都度感動を覚えるという本ですが、実際にコレで紹介されている方々というのは、とにかくスゴイのですね。

 モノローグとかならいざ知らず、人に読ませる文章で一人称に「俺」という言葉を使っているのをよくブログ等々で見ますが、どうもよくない。たいていの場合どうも傲岸不遜な感じがして、最後まで読まないうちに不愉快で読むのをやめてしまいます。

 ただ板垣先生の場合、「俺」という一人称がとにかく似合う。あくまでも取材、というスタンスではありますが、達人と向き合う時の語り口はなんだかインタビューというより精神的な戦いそのもの。とたんに空気がゆがみ、冷や汗が流れ、見開き2ページの中に10個以上の吹き出しがモノローグとして電光のようにひらめく漫画の世界にいやおうなく引き込まれるような、そんな感じの文章です。

 強いけれど、それをひけらかさない。積極的に自分から吹っかけるようなことはしないけれど、いざそういう場になったら遠慮なく相手の命をとりに行く。フィクションの世界にしかいない心身の持ち主が、現実にいるということを知っただけでも、私は深い感動を覚えました。

 同時に、「もしも○○が総合格闘技の選手と戦ったら?」といった議論が大変バカらしく感じられてしまいました。そんなものは怪獣とか、フィクションの世界だけで十分です。

 このところ大山倍達先生の本を立て続けに読み、さらにこの本を読んで、すっかり武道バカの頭になってきたところで、次に手を取ったのは大槻ケンヂさんの「変な映画を見た!」(ちくま文庫)。とたんに文化系だ。読んだのはまだほんの少しですが、1ページごとにウヒラウヒラと笑いながら読んでいます。

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 自分で眺めていて眼がおかしくなってきそうなタイトルですが、今日はそんな感じ。

 犬神の弟者は94年生まれの14歳中2であって、月島きらりとか月野うさぎとか綾波レイとか……なんかそんなのばっかりで恐縮ですが、ともかく中2なんです。次男(私)と違って柔道部に所属し、バンバンやっている……かと思えば柔道に対するモチベーションは低く、勉強もそれほどでもなく、毎日仮面ライダーのビデオばかり見ている、結局は私と同じオタク・バカ一代なのでした。


 で、そんなオタクの弟者に付き合ってレンタルビデオ店に赴き、店内をうろうろしているとCDコーナーに「トップをねらえ!」のサントラCDがあるのを見つけました。

 犬神がまだ14歳中2だったころ、当時はむしろエヴァンゲリオンが出ていてコレは一世代古い感がありましたが、PCエンジンで出ていたこのアニメを原作とするゲームの記事が切っ掛けで、古いレンタルビデオ店にひっそりと置かれていたコレを見ました。

 ひっくり返りました。

 いきなりロボットが腕立て伏せをしたり走り回ったりしているのを見て、今風に言えば「ありえねー」と思ったのですね。

 もっとも、そんなものは最初の軽いジャブに過ぎず、その後全6話に及ぶ猛烈なラッシュに思春期の感じやすいお年頃だった犬神はその場に昏倒、その後も今に至るまで何かといえば「努力と根性」と口走るような人間に相成ってしまいました。


 21世紀に入り、LD-BOXを買ってもう一度見直しました。

 やはり、ひっくり返りました。ただ今度は昏倒ということもなく、きちんと最後まで向き合うことが出来ました。

 いわく、このアニメは昔の様々なアニメ(など)のパロディであるといいます。わかっている人であればアレは何だ、コレは何だと元ネタを探ることも出来ましょう。犬神はいちいち言い当てるにはあまりにも若すぎるのですが、まあ「そういうもんだ」と思っていれば、また面白さもひとしおというもの。

 ただ私の場合、良くも悪くも頭が柔らかかったので、本気で好きになってしまったのだからたまらない。今でも関連グッズを見ると、その時の思いが蘇えってきます。


 結局、弟者もそんな感じなのかな、と思うのです。正直「てれびくん」とかを買うのはいささかガキっぽいんじゃない? という気がするものの、オタク大いに結構。勉強もそれなりにやってれば、あえて私がとやかく言うこともありますまい。

 ただし不肖の次兄と違うところは、女子に対してまったくといっていいほど興味がないっぽいこと。当時の犬神は一触即発、サカリのついた猫状態だったのですが……環境ホルモンかなんかの影響で第二次性徴が遅れているのでしょうか。いや単に私が色情狂だっただけかもしれませんが。

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 「強くなれ! わが肉体改造論」を読み終わりました。

 日常的により健康に生きるための言葉が徐々にヒートアップして、後半においては一応いくつかの健康法、トレーニング方法を説明するものの、最終的には「カラテをやりなさい」ということになるのが実にゴッドハンド氏らしく、小ざかしい理屈を粉砕するパワーを見せ付けられた気がします。

 やはりフィジカルな部分に根ざした表現者として、史上最強の存在だと思うのです。ちなみにその真逆に存在する人は漫画家・小林よしのり氏です。私は「おぼっちゃまくん」から入ったのであえて「よしりん」と呼びたいところですが。


 文庫版の解説は正道会館の角田信朗さんでした。こちらもまたファンな人です。

 角田さんといえば正道会館最強の男というイメージがありましたが(実際的にはセーム・シュルトの方が強い気もしますが)、その前は芦原会館に所属していた、ということを知り、少し驚きました。つまり角田さんと創立者・石井和義氏は「師匠と弟子」ではなくて、芦原英幸氏の「兄弟子と弟弟子」という関係だった、というのですね。

 芦原会館も元をたどれば極真会館へと行くわけで、なれば角田さんはマス大山氏の孫弟子といった位置づけになるのでしょうが、ここで前々から持っていた疑問がまた浮かんできました。

 どうして独自の流派、看板を立てるのか、ということです。


 それがいいのか悪いのか、ではなく、動機は何なのか。最初はひとつのまとまりだった極真会館なのに、どうして弟子がどんどん独立してしまったのか。いつもウムムと考えてしまいます。

 下世話な言葉ですが、利権の問題とか、師匠とケンカ別れしたとか、そういうのならわかります。解釈の違いで分かれてしまったのも、どちらがどうとも言えないので、それもわかります。

 ただ、全員が全員、そういうわけではないですよね。じゃあその人たちは、どうして自分流を起こしたのか。どうしてその流派にいて、ずっと続けていられなかったのか。


 別に結論が出なくたっていいのですが、ふと解説を読んでいると、そう思いました。サア次は「性格改造論」だ。

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