忍者ブログ
大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 家にある「のほほん雑記帳」(大槻ケンヂ・角川)を見ると、私の持っている版は平成10年発行のものでした。

 10年前というと、私は高校2年生。青春まっしぐら、普通の人なら勉強スポーツ恋愛と、ただいま青春どまんなか、ってそりゃ「海老名みどりが本出した」。まあいいや。とにかくそんな多感な時期に、私はこの本を読みまくりました。そして「まあダメでもいいじゃん、平和ならさ」と悟り、現在にいたるまで社会の底辺を這いずり回りながら生きている次第です。

 ただ、まあ変な本とか変なCDとか、そういうものに積極的に関心をもつようになったのはこの本のおかげ。もちろん変じゃない、すごい本もたくさん読みましたし、新しい音楽もたくさん知りました。だから、そこそこ現状には満足しています。


 氏が「とらばーゆ」で連載していた本のレビューの中で、「付き合ってる彼女が、自分の想像しているのと違った作家の本を読んでいるというのは、びっくりする反面、結構うれしいものだ」といった意味合いのことを書いていました。

 犬神はいまだにそういったお付き合いをしたことのある人がいないのですが、一度だけ「澁澤龍彦が好き」と公言する人がいて、腰を抜かしてしまったことがありました。ついでに言うと音楽的には椎名林檎が好きだそうで、当時かなり傾倒していた2大ネームをこころから愛好しているということで、ひどく驚いてしまいました。

 その人はサークルの先輩で、長い黒髪と細い眼が大変に素敵でありまして。……何せ文化系でもソッチ方面へは血気盛んな時期でしたので、一気に好きになってしまったのですが……ただ、好きになったのはいいけれど、緊張してその人の前では何も話せなかったのですね。


 久々に、恥ずかしい話をしてしまいました。しかしながら今でも椎名林檎を聴くたびに(どちらも当時のお気に入りは「闇に降る雨」)、あるいは澁澤龍彦の本を読むたびに、思い出しては切ない気持ちになるので、以来できるだけそれらを避けるようにして生きているところです。

 恥ずかしいついでに、当時の気持ちを当時の言葉をつづったページへのリンクを貼ります。

 ときめき一人芝居――純恋滑稽話

 ……5年前、私は大学生でした。早い、とは言いませんが、懐かしいというほど時間を感じていない、というのが正直なところです。

拍手[0回]

PR

 以前、「トイレを借りたら何かお土産を買っていって」という掲示がされている店でトイレを借り、しょうがねえ、つって静かな店舗にふらりと足を踏み入れたことがありました。

 具体的な店名を出すと、「グランドパレス鳥越」というところです。二戸と岩手町の間にある一戸町というところにある、総合結婚式場……のはずなのですが、そんな雰囲気はあまり感じられません。かつては系列の入浴施設である「鳥越健康ランド」ともども、故・大瀬しのぶさんがCMをしておられた場所で、ある程度以上の岩手県民なら「冷麺はペコ&ペコ」ともども記憶に残る場所だったはず。

 実際にその場所を訪れたのは自分で車を運転できるようになってからだったのですが、薄暗くてシンと静まり返ったその雰囲気は、たとえば私が人生の門出を祝うようなことになったとしても、そういう雰囲気にはちょっとなれません。どうしちゃったんだろう。なんて、地元の人間でもない私に言われたくないか。

 
 で、とりあえずそこで私は樫の木刀を2本と、踏みつけ用の竹を買いました。

 木刀を買った、というと「お前は修学旅行に来た高校生か!」と言われそうですが、私が持っているのはちょっと弱い、薄っぺらい木の木刀(10年以上前に仙台青葉城で買った物)。何せ木工用ボンドで接合したものなので、年月を経るうちにつばが取れて仕込み杖みたいになり、さらに柄と刀身のボンドもはがれかけている非常に情けない代物なのですね。

 それに対してこのお店の木刀は樫の木の削りだし。重量も硬さもあり、これはいざというときに振り回せば結構な武器になる……って別に、何か抗争に持ち出すわけではないのですが、その質感が気に入ったので大小2本を買いました。


 もうひとつの竹は、青くないので青竹とは言いませんが、用途はいわゆる青竹です。丁寧にイボイボがついているので、足の裏のつぼを激烈にプッシュしてくれます。激烈すぎて買ったのはいいけれど3日とやらずに放り投げていたのですね。

 ただ、考えてみればその場でジタバタするだけでそこそこ以上の刺激を得られるのだから、もう少しがんばってみようと思い、2日ほど前からまた引っ張り出して踏みつけています。

 やはり、痛いです。痛気持ちいいではなく、痛い。けれど、2日前よりは昨日の方が、そして昨日よりは今日の方が、痛みがほんの少し和らいだ気がします。やはり、健康度が上がれば痛気持ちよくなるのでしょうか。

 しばらく続けてみようと思います。というか本来はこの踏み竹の話をしようと思っていたのですが、半分以上、関係ない話になってしまいましたね……。

拍手[0回]


 昨日の田老ミニ旅行にまつわる追記です。

 たとえば盛岡から来られる場合、455号線をしばらく爆走し、後に海沿いの国道45号線に合流してそのまま南下……というのが一般的なコースと思われますが、このあたりにはやたらと「津波浸水想定区域」なる看板が目に付きます。さらには結構アップダウンがあって、割合高い(ような気がする)場所に「三陸大津波 ここまで」という看板があります。

 そんなに巨大な津波が来たのかね。フーン。……で終わりませんでした。とりあえず調べてみると、なるほど、どうやら昭和8年に起きた地震に由来する津波で、こんなところまでザパーンと波が来たのですね。って、一体何メートルあったんだ!?(最大観測記録は28.7m)

 この津波で当時の村はほぼ全滅、全住人の4割が亡くなるというトンデモない被害をこうむったといいます。実際に海岸に下りてみるとよくわかるのですが、このあたりは妙にボコボコしたリアス式海岸なので、波がいったん狭いところで凝縮してから広がって来るそうで、それゆえ被害も大変なものであるといいます。

 そのあまりにも大変な被害を教訓として、田老には巨大な防潮堤があります。「防潮堤」で検索すると田老町、と関連検索で出てくるくらい有名なシロモノです。現実に1960年のチリ地震津波では、これのおかげで誰も被害に遭わずに済んだと言います。

 私が行った日の真崎海岸は、それなりに高くて荒っぽい波がザッパンドッパンと打ち寄せていました。往時はこの海岸はおろか、その上の展望台さえ軽く飲み込んでしまうほどの大津波が襲ってきたのかと思うと、改めて津波の恐ろしさを感じました。地震が起きてからでは、もう間に合わないのかもしれません。その時はまあ、自分の運の悪さを呪うことにしますが。

 それまではあまり詳しく知らなかったし、特に見るべきものがないと思っていた(失礼!)田老町。なんだか色々と興味をそそられたので、今度はそういった部分を見に、行きたいと思います。


 そうそう。食べ物の話も少し。

 道の駅・たろうには海鮮な食品のほかに「かりんとう」がたくさんあります。この中で今回買ったのは、数量限定のもの。見た目的には青海苔がまぶしてあって、バリッとあけると非常にいいにおいがします。

 実際に食べてみると思わず「ンマーイ!」と、前にもいつか使った最上級の感嘆が飛び出すほど甘くておいしいのですね。なんか、あのミスタードーナツのチョコリングにかかってる、白くて甘い塊。あれが中央に固まっていて、その部分が激烈においしいのです。

 アイスや生鮮食品は、途中で溶けると大変だし……という遠方からお越しの方は、ぜひお土産にいかがでしょうか。

拍手[0回]


 先日も行ってきた田老・真崎灯台に行ってきました。

 何でわざわざもう一度、というと、ネットで調べてなにやらそういう場所があり、写真まで撮られている人がいるのだから、これは何が何でも行って確かめてやらなければならんな、と思ったわけでして。

 それによると、なにやら灯台の近くに道があって、そこをたどって1時間ほど歩けばたどり着く、ということだったのですね。

 そういうわけで、まあ近くをうろついて、ちょっと道っぽいところを歩いていたのですが……途中で道が途切れてしまったのですね。

 だったら引き返せばいいのに、「きっとこっちの方向なんだろう」「あんまり人が来なくて、道がなくなっているのかもしれない」とかと、山菜取りに出かけたまま帰ってこられなくなる人のような発想で山を越え、沢を下り、かなりの急斜面の場所を木々に掴まりながら進みました。

 倒木で道をさえぎられていればこれを乗り越え、ロープで道が規制されていればそれをかいくぐる。そしてたどり着いた場所は……

 ……スタート地点でした……。


 それで一気に落ち込んでしまった犬神、「がっかり島」を見ながら食べようと思っていたごはんを結局スタート地点で食べてしまい、あとは海岸に下りて秋の海の冷たさをほんの少し体験して、それで帰ってきました。

 まあ、初めてのことですし、ひとまず今回はダメな道を覚えたということでよしとしましょう。あとで地図を見て冷静に考えてみると、どうもネットで見た目的地とは逆の方向に歩いていったようです。

 第二回は、いつやるかは未定ですが、絶対やります。今年中には何とか、結論を出したいと思います。つづく。

拍手[0回]


 極真空手というものに興味を持った2000年ごろ、その空手道場を作った大山倍達氏はすでにこの世の人ではありませんでした。

 当時の極真空手公式サイトにはちょっとしたゲームがあったように記憶しています。カーソルか何かで上段、下段を使い分け、画面端から飛んでくるものを打ち落とす……要するに「イー・アル・カンフー」ですね。まあ、そういったものが遊べました。いや、そんなことはどうでもいい。

 それから、同じように「極真」を源流としていながら別な団体がたくさんあるということを知りましたが、まあとりあえず松井章圭さんのところを「極真会館」とします。とりあえず私が最初に目に付いたのがそこですし。


 松井章圭さんのことは、私はよく知りませんでした。今の極真はこの人が一番なんだってことと、蹴り技が得意だってことぐらいしか。

 ここ最近になって、色々と調べているうちに、思ったよりも20年ほど若い方だということに驚きました(失礼!)。やっぱり小さくない組織の長ですし、強さもさることながらそれなりのキャリアのある人(たとえば、指導員を何年間務めて、肩書きもそれなりにある、とか)が総裁になるものだという先入観があったからです。

 そして、「この人のことをもっと知りたい!」と思った切っ掛けが、この錦織さんとの対談でした。
 

 ジークンドーについて調べている時にたまたま見つけたのですが、組織の長ともあろう人が他流派のことについて割合すんなり認められているのを見て、結構懐の深い方なのかな? と思ったのですね。


 ついでに言うと、これはちょっと思想的な部分に立ち入るので詳しくは語りたくないのですが、在日韓国人の人がどんな風に考えているのかということも、詳しく知る切っ掛けとなりました。それまではつかみどころがないから、おおよそのイメージしか持っていなかったんですが、それが一歩進んで……実際に触りながら考えることができるようになった、気がします。

 国際化とか、国粋主義とか。あまり多くを語りたくはありませんが、「お前は一体、何人だ?」というのを、少しだけ強く意識するようになりました。このあと本屋で、今度は松井氏の本を探してこようと思います。

拍手[0回]


 とは「ゲームセンターCX」における有野課長の名台詞ですが、犬神はゆとり教育とそうでもない教育の過渡期に義務教育、および高等教育を受けました。

 具体的には「総合学習」という授業はなく(始まった年に高校を卒業した)、「生活」という授業もありませんでしたが、第2土曜日は休みであり、後に第2・第4土曜日が休みになりました。ちなみに今はシフト勤務なので土日出勤して水木休みなどというエキセントリックな生活をしています。

 
 週の真ん中・水曜日に何でそんなことをいきなり言うのかというと、何でだっけかな。ああ、そうそう。猪木・アリ戦について調べている時だ。その模様を、土曜日の午後に学校に残っていて、教室のテレビで見た……という話を聞いて、土曜日の午後ということについて改めて考えたのですね。

 午前中だけ出て午後は休み。そして次の日は丸ごと休み。それはある意味、特別な時間でした。

 一応、授業は普通どおりなのだけれど、はっきり言って妙にそわそわして身が入らない。1時限終わるごとに気持ちが高まり、すべての授業が終わったら一気にパーッと目の前が開けるような気持ちになりました。

 
 小学生の頃は、ちょうどお昼の時間に時代劇をやっていたので、それを見るため急ぎ家に帰りました(「名奉行 遠山の金さん」とか「三匹が斬る」とか)。
 
 中学生のころは、よく覚えていませんが、自宅でひとりでインスタントラーメンを食べていたら、ペルーで日本大使公邸が占拠されて大騒ぎになっていたのをテレビで見ていたことだけは記憶しています。

 そして高校生のころは、それなりに小遣いもたまってきたので、どこかで食べてから帰ったりするようになりました。もちろん所詮は高校生、高が知れているというものですが、ある意味社会人になった今よりもよく外食していたような気がします。


 アントニオ猪木酒場では「金曜8時の夕食」をウリにしていますが、私にとってもっともおいしかったのは、ある意味「土曜12時の昼食」だったかもしれません。というか、本当はもっと色々なことを書こうと思ったのですが、ご飯のことばかりになってしまいましたね。うーん……またあとで、この件についてはもう一度、書こうと思います。

拍手[0回]


 27年ほど生きてきて、とにかく「朝は確実に食べろ」と言われてきて、それはその通りだと今でも思っています。もっとも、高校生のころは朝から米をモサモサ食べていたのですが、それ以前およびそれ以後現在に至るまでは、慣習としてパンで済ませています(それほどコダワリがあるわけではないのです)。

 ところが最近、「朝ごはんを食べない方がかえって健康によい」とか、「朝食不要主義」を掲げる人々がいるということを知り、そこまで積極的に朝食を否定する人がいるのか! と驚いてしまいました。

 もちろんそれなりの理屈があってそういうことをおっしゃるのでしょうし、それは「朝食は必要」という理論と同じ重さで受け止めなければならないとは思うのですが、体験的に私の場合はやはり「朝食は必要」だと思います。何となれば、腹が減るとイライラするからです。


 いや、別に食いしん坊バンザイを自認するわけではないのですが、やはり「腹が減っては戦は出来ぬ」とも申しますし、基本的に朝から夕方までの仕事が多いので、朝は確実に食べます。もっとも、朝はそれほどたくさん食べられないし、小林よしのり氏にならって昼飯にウエートを置いているので、少しで済ませてしまいますが(そして、ならってる割にはパン食ですが)。

 理想的な朝ごはんといえば、やはり米飯と味噌汁とか、そういったことになろうかと思いますが、私の胃腸がそこまで元気ではないのに付け加え、当家の朝の台所は大変に忙しく、親父と私(時として弟者)の弁当を作らなければならないので、要するにメチャクチャ忙しくてそんなものをリクエストしている余裕はないということです。

 大山倍達氏も著書「強くなれ! わが肉体改造論」で言っていました。よしりんも「ゴーマニズム宣言」の中で言っていました。ついでに言うと優香も言ってるっぽいです。そういうこともあって、私はやはり、朝食は食べ続けます。これはたぶん死ぬまで変わらないと思います。

拍手[0回]


 「24時間テレビ」を放映していますね。

 今年はエド・はるみサンがマラソンをされるということで……あとは他にも色々と感動させようとする企画が目白押しですね。「ダンス甲子園」で兵藤ゆきさん……何か懐かしい感じですね。「津軽海峡縦断リレー」……

 
 と、ここまで公式ホームページの番組紹介を見てきて、それだけでおなかいっぱいになってしまいました。こうも無理やり感動させるようなラインナップを並べられては、ひねくれ者の犬神、かえってうんざりしてしまうのですね。

 さりとて1年に1度のこの雰囲気。みんなが同じTシャツを着て、「○○市の××さんが、募金会場に持ってきてくれましたー!」などといったことをラジオやテレビでしゃべっているのを聴くのは、ひとつの特別な空気ですし、それほど悪くありません。

 まあ、24分でもまだ長い。2分40秒がいいところでしょう。

 だから、2分40秒テレビ。

 むしろ他局の26時間テレビの方が、全力で視聴率を取りに行っている感があって、潔いので好きです。あまりにも低俗すぎるので、26分程度が限界ですが。


 そんなものよりもむしろ、大曲花火大会の中継の方がよほどいい感じです。なんか、アンビエントな感じというか。

拍手[0回]


 というのはドラえもんの道具で、音叉の形をしたものです。「○○したつもり」といってチ~ンと叩くと、そのつもりになる。……科学的根拠も何もありません。そうなるから、そうなる。考えるな、感じるんだ!

 
 最近は他の人が見た映画の話を見るのが好きです。

 見たことある映画なら感想を共感したり、あるいは全然違った発見があったり。

 見たことない映画ならそのおおよその内容を見て、「じゃ今度レンタルビデオ店を探してみるかね」と言ってみたり(女必殺拳シリーズとか)。

 そして、「きちんと見たことないけど断片的に見たことがあって、これってどんなのかすげー気になるんだよね」というものについては、その内容いかんによって自分でも見てみたり、見た気になって満足したり。

 
 『ローレライ』という物語自体は、愛読しているアフタヌーン誌に掲載されているのを読んだことがあります。

 伊号潜水艦の中で、我らが帝国海軍の軍人さんが活躍されているので、なるほど大戦期の物語なのかな、とは思いましたが、2~3ページに1度、日本人ではない名前の婦女子が紛れ込んでくるのですね。

 しかもその婦女子が、何やら妙な服を着ている。いくら西洋人とはいえ、そんな服はないような気がするのだけれど……。

 ……

 ……

 結論。こんないまどきの婦女子を混ぜ込むようなものしか世に出ないのであれば、この時代の物語はもう一切見たくありません。実際コミックの方も雑誌連載を2~3度はがんばって読みましたが、これ以上、婦女子の姿を見たくなかったのでそれっきりです。


 で、それの映画版についてこちらで読みました。……まあ、大戦末期の世界に綾波レイが出てくるといった時点でぶちギレであり、そりゃ多少はそういうのも頭をよぎったことがないわけではない不肖・犬神ではありますが、それでも…… そういうのが、いいんでしょうか。だとしたら、私は結構世の中から遠いところに来てしまったのかもしれません。

拍手[0回]


 犬神は江戸川乱歩という作家を、大槻ケンヂ氏のエッセイ集「SR311」で知りました。

 「人間椅子」という、なんだかおどろおどろしいタイトルの短編が紹介されていました。なぜか先にバンドの方の人間椅子を聞いていたので、よりいっそうそのイメージが強かったのですが、オーケン流の紹介を読んでいると、ただのバカ小説に見えてくるからたまらない。

 この、「世間一般では大真面目に捉えられているものをわざとヘンテコな角度から眺めてみる」というのを思春期に覚えて以来、基本理念としていい大人になった今でも持っているのですが、自分で発見し、そういう意味で大好きになってしまった作品があります。

 梶井基次郎の「檸檬」であり、太宰治の「美男子と煙草」です。

 
 丸善に行って、画集をドカドカ平積みにした挙句、レモンを置いて立ち去っていく。丸善サイドからしてみればいい迷惑といったところです。もちろんそういう「ちょっとしたいたずら心」を素直に書いたこの短編は、私も大好きなのですが、たとえば私がその時に丸善の店員としてそこにいたら? と思うと、ムクムクと突っ込みたい気持ちが湧き上がってくるのですね。

 ただ、モデルになった丸善が閉店になる時も、レモンを置いていく人たちがたくさんいたと言いますが、いかにも素人っぽくて嫌だなあと思ったのですね。ヒネリを効かせて柚子とか、グレープフルーツとか、いっそ本物の爆だ(当局の指示により以下削除)。


 「美男子と煙草」は、全編が太宰のひがみのオンパレードであり、その卑屈っぷりが私はたまらなく好きなのですね。

 『太宰治といえば、浮浪者。浮浪者といえば、太宰。何かそのような因果関係があるのでしょうか。』

 『……太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつけさせなければ、浮浪者とろくに対談も出来ないに違いないという本社編輯部(へんしゅうぶ)の好意ある取計らいであったのかも知れませんが……』

 『(上野の浮浪者と一緒に撮った写真を見た妻は)本気に私の姿を浮浪者のそれと見誤ったらしい。』


 まじめに考えれば当然、別な解釈もあろうかと思いますが、私は単純に太宰がひがみ根性を原稿用紙に余すところなくぶちまけた、といった印象であり、いまだに「斜陽」も「人間失格」も「走れメロス」さえも読んだことはありませんが、これが収録されている「グッド・バイ」(角川文庫)だけはよく読み返します。

 あとは安部公房「鞄」なんかも好きなのですが、これは割とまじめに好きなので、また別な機会に。

拍手[0回]


 かねてよりあこがれてはいたものの、平均古本価格350円のためにためらっていた「空手バカ一代」が、一冊50円という破格の値段で売っていたのを見て、ところどころ欠番こそあれごっそり購入、読んでいます。

 高校のころに「漫画文庫」というやつが突然ずらりと並び、その時に1巻だけは立ち読みしたことがあったのですが、本格的に読み進めていくのはこれが初めて。いきなり3巻が欠番なのでひとまず2巻までですが、読みました。


 ところどころに「大山倍達・談」と謳っているため、今日のように情報が発達していなければ有明少年は当時の日本を空手で震撼させ、そのあげく大山氏は本当に素手で人を殺したことがあるのか! と信じてしまうようなリアリズム。まさに梶原マジックといったところでしょうか。

 もっとも、それでも素手で牛を殴り殺したのは事実ですし、そういう意味ではノンフィクションの要素もないわけではない……といったところでしょうか(とにかく強かった、というのは当然の事実として)。


 私が数ある格闘技の中でも空手が好き(得意、ではなく!)なのは、この漫画の影響もありますし、八巻建二さんもこの漫画に影響を受けて入門したと「餓狼伝」の関連書籍(格闘技伝説だったかな。最初に出たほう)で述べられておりました。リアルタイムで、たとえば14歳ぐらいの少年ボウイが読んだら絶対にハマると思います。

 ほとんどすべてが創作である、という事実を踏まえても、なお大山強し! のイメージを投げつける本書。ピストン堀口氏のことも、この漫画で初めて知りました。改めてwikipediaで調べてみると、ものすごいパワーファイターだったのですね……というか、その時代にボクシングがあったのかと(私の知る最古の日本のボクサーは「ガッツ石松」さんだったのです)。

 ともあれ早いところ3巻を購入し、続きを読みたいと思います。

拍手[0回]


 元来、体育がそれほど得意ではなかった犬神、水泳も得意ではありません。

 息継ぎができないものだからクロールで25m泳げない。平泳ぎは前に進まない。背泳ぎは沈む。そこで先日、秋田の海で編み出したのが「新・背泳ぎ」(足を伸ばして座るような格好で両手を掻き、背中の方向に進む)であり「パワー泳法」(バタフライのように両手で思い切り水面を叩き、無理やり進みつつ息継ぎをする)といった、きわめて非効率的でアンポンタンな泳法でした。

 
 とはいえ、たといムチャクチャなやり方でも根本的な部分、つまり「水に親しむ」という部分では大きな効果があったわけで、これをきっかけに9年ぶりにプールに入りました(ただし夏休み中にプールに行かなければならない、というノルマを課せられた中学生の弟者に誘われて、というのが直接の理由)。

 私が行ったのは数年前にできた、ゴミを燃やす熱を利用した温水プール「ゆぴあす」。ぐるりと大きな流水プールとウォータースライダー、それに競泳用プールと「フロ」こと採暖プール。老若男女誰もが楽しめる、想像以上にいい感じの施設です。やるじゃん盛岡市(私は滝沢村民ですが)。

 もう全力で遊びました。

 ウォータースライダーは想像以上のスピードに真剣に恐怖し、流れるプールは自力であんまり動かなくても速く泳いでいるような気になれてとても楽しいです。さらに時折フロに入れば身体も温まるし、とにかく心行くまで遊びました。実時間にしてほんの30分ほどでしたが、結構疲れました。

 もちろん、遊ぶだけではなく、多少は泳ぎ方の練習をしました。クロールとか、平泳ぎとか。……自己流で、「たぶんこうだろう」というものをやってみるだけなので、そう上手には行きませんが、そこはおいおい経験でカヴァーしていきたいと思います。


さらに今日は新湯本温泉・美翠館のプールに行きました。こちらは普通のプールなので、30分弱のものでしたが、とにかく泳ぎの練習をしました。結果は、まあ、一向にうまくならなかったのですが……とりあえず、水を掻いてみたり、顔を表に出そうとしてみたり。そんな感じでした。



 脂肪燃焼とか、何とか。そういった効果もあるのかもしれませんが、まあそんなことは結果に過ぎません。とにかく私にとって楽しいのは、水に親しむこと。そして苦手と思っていたことを、少しでも克服していくこと。

 人より10年~20年近く遅れて、そんなことを思いました。

拍手[0回]


 安部公房氏が生前ワープロの愛用者であったというのを見て、ふと思い出したことがありました。

 私の親父はその昔松下電器(の販売店)に務めていたことがあり、そのせいなのか何なのか新しい機械好きでした。ビデオデッキなんかも物心ついたころにはあったし、ビデオカメラなんかもあったはず。

 当時のビデオカメラはVHSをそのままガションと入れるので、ちょっとした業務用ビデオカメラ並の大きさでした。90年代中ごろまでは動いていたんじゃなかったかな。

 もっとも、ロクにお金もないくせにそんな道楽にばかり金をつぎ込んだもんだから、台所事情はトンデモナイものであったと、今でも母親は愚痴を言います。


 話を戻します。そういったハイメカがたくさんあった中で、「ワープロ」なんていうのもありました。カシオの機械で、横に細長いゲームボーイの画面みたいなのがモニタ。それだけだと文字が2列分しか映らないのですが、AV出力でテレビにつなぐと、今日のパソコンみたいにズラッと並んだ文字を見ることができました。

 一応、家には兄が使っていたPC9801DXがあったのですが、ろくすっぽパソコンに親しんでいない小学生のアホガキにコマンドプロンプトが理解できるわけもなく、もっぱら電源を入れればすぐに日本語が打てるこのワープロをおもちゃ感覚で使わせてもらっていました。

 最初は漫画とかの文章を見ながらコピーして(視写ってやつですね)いたのですが、中学生のころからアレコレと文章を考えたものを打ち込みまくり、後にWindowsPCに乗り換えるまで20万文字以上打ちまくりました。


 正確には、中学生のころはPX-1という、格段に上等な機種を与えてもらい、それで作成していたのですが、とにかく触っているうちに次第にタッチタイプもできるようになりました。

 英語もダメ。数学もダメ。人望もないし肉体も強くないし、今で言うヲタクを地で行くような犬神も、その時に覚えたタッチタイプだけが財産でした。とにかくタッチタイプができたから、何とかこうして27年も生きてこられたのだと思います。ってちょっと大げさかな。


 いまさらワープロユーザになるつもりはありませんが、当時はみんなワープロだったな。……と、ふと思い出した、という話でした。

拍手[0回]


 ……なんのひねりもなく、そのために妙にカタいタイトルになってしまいましたが、中身はいつも通りです。

 
 昭和天皇が吐血されたころ、井上陽水氏が口パクでテレビ出演されたというのは、ある程度の年齢以上の方たちであれば私が言うまでもないことですが、ちょっと前にアニメの「ブラックジャック」が放映された時、地震の話が放映中止になったことがありました(カルテ03 「ひったくり犬」)。

 これはまあ、ほとぼりがさめたころに日の目を見たわけですが、

 「アニメはアニメ、現実は現実。何でそんなことするのかねぇ」

 と思っていたのですね。確かに新潟県中越地震が起きたものの、それはそれとして放送してもらいたいと、単純に考えていたのですが……


 被害こそなかったものの、二度も大きな地震を体験し、すっかり地震が怖くなってしまったのですね。

 そうすると、地震にまつわる物語などを見るたびにその恐怖がぞわりと蘇えってきて、とてもつらい気持ちになってしまいます。実際に人的・物的被害をこうむった方ならば、それはよりいっそうといったものでしょう。

 そういった配慮も、多少はあった方がいいのかな、と思いました。


 何でこんなテーマを、このタイミングで書くのかと言うと、少年マガジンで連載中の「カグヅチ」という漫画を読んだ時、こないだの地震のことを思い出して、すっかり恐怖してしまったのですね。

 もうこの漫画は読めない。――そう思いました。

 怖がりでもいいです。何とでも言ってもらって構いません。ただとにかく、こういった漫画はもう読めません。


 その代わり加瀬あつし先生の新作「ゼロセン」はいいですね。マガジンで「発明軍人イッシン」をやったらこうなりました、といった感じでしょうか。「ジゴロ次五郎」ばりのエロ&バイオレンスも健在ですし、久々に血と汗が飛び散るマガジンが帰ってきた感じがします。下品な割に一線を越えないのが、素人の犬神には絶妙なのですな。

拍手[0回]


 一通り読み終えた時、ぞっとしてしまいました。

 http://www.ne.jp/asahi/ymgs/hon/yomimono_folder/yomimono23_waragutsu.htm

 国語の質問に正解はない、と昔、教師に言われたことがあります。正解はない、じゃなくて正解はひとつではない、だったかもしれませんが。

 ともかく文章を読んでどんな解釈をしようがそれは読み手の自由であって、そりゃもちろん先生としては「こう思ってほしい」というのがあるし、それが教育と言うものですから、テストであまり斬新な解釈を書けばそれはたぶんバツがつきます。だからそういった好き勝手なことを書くのは、授業以外の場所でしましょう。たとえばこんなところとか。

 
 この人は国語の教科書の名作「わらぐつの中の神様」を題材に、思い切った深読みをされています。
いわく、わらぐつを作ったマサエさんはすべて計算づくであり、本当にほしかったのは雪げたではなくて伴侶となるべき男であった、と言います。そしてまんまと、純情な大工が罠に引っかかり、その人と結婚した……ということでした。

 こと恋愛と言うものに関しては、この大工の青年と同じくらいボンクラというか純朴なというか、要するによく知らない犬神にとって、ロマンもセンチメンタルもないマサエさんの(この人の解釈による)計算高さには恐ろしいものを感じました。


 仮にそうだったとしても、私は素直に受け入れる気にはなれません。「そういう解釈もあるのね」ぐらいに考えています。だって、せっかくいい話だなあ、と思って生きてきたのに、いまさらそんなこと言われたら、この十数年間は一体なんだったのか。不要に気分が落ち込んでしまうからです。

 そうはいっても、やっぱり斬新な解釈、マントルまでたどり着くような深読みは面白い。大学のころに「物事はいつもいろいろな方向から見ろ」と教えてくれた先生がいて、その言葉をずっと胸に秘めて生きている犬神、これからも新たな解説を色々探して見つけて見たいと思います。

拍手[0回]


 久々に文字を書きたいと思います。

 部屋を整理していると、大槻ケンヂ氏の割合最近の著書「我が名は青春のエッセイドラゴン!」を見つけ、久々に読み返してみました。


 すでに何度も書いているのですが、オーケンさんは中学生の頃に知りました。

 その頃の犬神にとっては「神」……というと言い過ぎかな。でも冷静に当時のことを思い起こすと、「宗教的指導者」にも似た感じに捉えていたような気がします。

 「努力しなくてもいいんだ! 努力したってダメなものはダメなんだ!」

 ……その結果、27歳までそれなりに生きてきたこの犬神がいます(納得できる人生でした)。ただし私にとっての「いい人」はまだめぐり合えずにいます。


 もちろんそういった、著書もたくさん読んで読んで読み返してほっぽってまた読み返しているのですが、音楽もたくさん聴きました。最近では「ステーシーの美術」なんかをもう一度聴き、その奥深さになんだかしみじみとしてみたり。

 ただ、やはり少々見栄っ張り、というか一般的な考え方をするようになってきた犬神、堂々と「筋肉少女帯好きです! 特撮好きです! オーケンさん大好きです!」と人前で公言してはばからない、ということが出来なくなってしまいまして、どちらかというと一般的なネームバリューのある人を好きなアーティストとしてあげてしまいます。P-MODELとか、戸川純とか。それって一般的なのか?

 そっちは、そっち。こっちは、こっち。

 それぞれ別な世界の人たちとして認識していたのですが、オーケンさんが小島麻由美さんとデュエットした、という文言を見てズゴー! と驚いてしまいました。全然雰囲気違うじゃん。日本一ヘンテコな歌を歌うロック歌手と日本一オシャレな歌を歌う歌手がデュエットって。


 これだから、面白い。

拍手[0回]


 光村ライブラリーを見て、「自分は一体、何を読んできたのか」……すでに断片化している記憶を整理していました。

 「くじらぐも」……覚えています。

 「スーホの白い馬」……覚えています。

 「ちいちゃんのかげおくり」……思い出して泣きそうになりました(しかも職場で。こんなことするなよ)。

 「太郎こおろぎ」「つり橋わたれ」「わらぐつの中の神様」「小さな犬の小さな青い服」「やまなし」……どれもこれもよく覚えています。


 小学生の頃というのは、まあどの時代もそうなのですが、あまり思い出したくありません。それなのにわざわざ、こうして記憶を呼び起こしたのは、フロイト的に言うと? 無意識の領域に押し込まれているのが時々浮き上がってきて、どうにも気味が悪いからです。

 そういうわけでひとつひとつ、記憶を補強していったのですが、なぜか星新一「おみやげ」の記憶だけがありません。

 あらすじを読んでおおよその内容は理解したのですが、どうしても習った記憶がないのですね。私のそのあたりの記憶も核実験で吹き飛んでしまったのでしょうか。う~む。


 これが中学生編ともなると、さすがに私の脳髄もそれなりに成長しているので、よく覚えています。「あ、これ中学のころだっけか」などと思うこともありますが。

 こうしてみると年に2つ以上は戦争についての物語が入っていて、そのどれもこれもが悲惨さを訴えるものとなります。こういった教科書を思春期に読めば、なるほど、戦争がとても嫌いな国民が出来上がるというものですね。

 ようやく、「ものを教える側の立場」から見た景色が垣間見えた気がします。


 難しく考えてしまいました。要するに、どんなものでも知識として頭の中に入れておけば、何年も経って改めてわかることがある、ということ。こないだラジオで同じことを言っている人がいましたが、やはり長生きしてみるものです。よし、結論(それでいいのか?)。

拍手[0回]


英語のテキストで佐々木禎子さんのことを学びました。

 10年前の修学旅行では原爆ドームに行き、被爆された方のお話も聴きました。

 1年前には再度その場に赴き、色々なことを思いました。


 でも、「原爆の日」は広島だけではないんですよね。


 11時2分。


 ……


 ……ただ、犬神は九州から遠く遠く遠く離れた東北の一寒村の住人なので、NHKのお昼のニュースを見るまでは、あんまりこんなことは思いませんでした。もちろん長崎に原爆が投下されたのは何度も教えられたことですから、知らないわけはないのですが、あまりにも遠すぎたし、教えられもしなかった……のですね。被害に遭った人の数の問題なのかもしれませんが。

 核兵器廃絶、と言って何十年も経ちますが、なかなか実現は難しいようです。もちろん実際に使うものではなく、脅しのためにチラチラ見せるためのものだ、と知識のある方はおっしゃるのでしょうが、そんなものをチラつかせること自体が私は嫌です。きれいごととか絵空事とか、まあそれはその通りなのでしょうが、それでもなお核兵器はいかん、というのが正直なところです(「兵器を持つことがいかん」というのではなく)。

 つい、少々思想的なことを口走ってしまいましたが、それは置いといて長崎。正直、長崎と言うと「ちゃんぽん」と「皿うどん」と「カステラ」と……食い物ばっかりか! いや、大変申し訳ないのですが、食い物しかないのです。あと「出島」とか。古いな。なので長崎の人が盛岡と言って「は? どこ、そこ?」と言われても、一切文句は申し上げません。

 ともあれ、これを機会に? もう少し理解を深め、せめて平和祈念像のことぐらいは学びたいと思います。

拍手[0回]


 小学生の頃こそサザンだのユーミンだの尾崎豊だのビートルズだのといった音楽を(兄が聴いているのを横で)聴いていたのですが、その後モダンチョキチョキズやら筋肉少女帯やら人間椅子やらといった「ちょっと~かなり変な」楽曲の洗礼を受け、大学のころは最新の流行音楽から230万光年ほど離れたところで活動する人々を礼賛していた犬神です。

 最近はFMラジオの番組をよく聴くようになり、流行音楽も聴くようになりました。そして、「CD買うほどではないにしても、まあいい曲かもね」と思うことも少なくないようになりました。

 とりあえず、はやっている音楽を聴く。自分が本気で好きな音楽が別にあるとしても、そういう情報もやっぱり必要かもね。……などと思いました。何せ数多くの従軍経験を持つ作家・柘植久慶氏が大塚愛を聴く時代なのですからね。だとすると犬神も後れを取るわけにはいかない、と(?)。


 まあ、そんな風に決意しては見たものの、時々テレビで80年代~90年代大ヒット曲特集! みたいなのを見ていると、私の精神の琴線をビンビンはじくものが意外と多いんですね。だから意識することはないにしても、結構、刷り込まれているのかなって。

 同時に、「懐かしい」という言葉に重みを感じるくらい自分は長く生きているのか! と、少しく驚きました。自分としてはまだまだ学生のような気分のところがあるのですが、最後の学校を終えて4年、学ランを着なくなって8年も経っているのだからたまらない。

 昔ある歌手が「急いで生きたら三十いくつ」なんて歌を歌っていました。私はゆっくり100年かけて生きるつもりだったのですが、いつのまにか27まで来てしまいました。


 ……ということを思った、という話です。数ヵ月後に自分で見返してみたらなんて思うんだろう。それが楽しみなので、特に結論はありませんが、書いてしまいました。

拍手[0回]


 突然ですが皆様、友達っていますか。……いや、何でもありません。自分で言っていて、すごくおかしいなと思いまして。

 私には、います。一応ふたりいるつもりですが、実質ひとりかな。

 今日は久々にその友達と会ってきました。まあ会って特別なことをしたわけではなく、普通に過ごしたのですが、プライベートで他人とかかわりあうのはすごく久しぶりな感じがしました。他人って言うか、うーん、友達と。

 はっきり言ってこの犬神、友達は少ないです。ただ家の中に引きこもっているのはあまり好きではなく、休日となれば少々無理をしてでも外に飛び出したいというもの。主に山、川、海など。あとはゲーセンとかもたまには行くけれど、今の時期ならやっぱり川かな。


 何となく、そういった自然の中にいる方が楽しい。そんな気がするから、それほど積極的に友達とかかわりあうことがなかったのですが、それでもかかわれば得るものはたくさんある。しょーもない話でも、自分ではないものを身に入れ込むことができる。

 そういうのってやっぱりいいのかも。……ごく当たり前のことですが、何となくそう思いました。そう思ったから一応書いてみました。

拍手[0回]


 今日も暑かったですね。ということで今日も県内某所・車で1時間くらいのところにある私だけの憩いのスポットで泳いで来ました。

 前回は急流に飲まれて危ないところだったので、今日は慎重を期し、常にどこかに掴まりながらの移動。やや深いところではどこかに足の裏を引っ掛けて、ひっくり返らないようにしつつ……。

 
 一応、一番深いところでも私の首から上が空気に触れているので、「深みにはまってさあ大変」ということはありませんでした。だからむしろ私にとっては、安心して楽しめるスポットのようです。

 途中、やぶ蚊や巨大な蜂などの羽音にドキドキしつつも、十二分に遊んできました。あ、でも時間的なものがあるから(色々あって到着したのが午後5時……)、本当に十二分かというとそうでもなかったかもしれません。だから本当は、もっと気温の高い時にもっとたくさん泳ぎたかった気もします。

 川の岸から岸を渡ってみたり。身体を伸ばして流れに身を任せてみたり。逆に川底の石にぶつかってしぶきが上がっているところを無理やり逆に登って「ファイトーいっぱぁーつ!」の真似をしてみたり。様々な遊び方があって、様々なことがわかりました。ついでに泳ぎも練習して、ほんのちょっとだけ息継ぎが上手になったような気がします。ほんのちょっとだけど。


 最終的には思い切り身体が冷えたので、長袖を着ながらそろそろと退場。帰りの車は8月なのに温度調節を思い切りレッドゾーンに、そして窓を締め切ってゆっくりと身体を温めながら帰ってきました。

 行く前と帰ってきた後。なんだか精神的に、とても強力なものをもらった気がします。やはり自然が一番。休みの日は全力で自然と触れ合わないと、元気が出ません。

拍手[0回]


 昨日の続きです。

 80年代後半~90年代初め頃というのは小学生だったので、それほど詳しいわけではないのですが、やはりテレビ出演の多い女子プロレスラーというのは結構、印象に残っています。逆に言うとベビーフェイスの人たちは後年になってから知ったようなところがあるのですね。

 ダンプ松本、ブル中野、さらにアジャ・コング。

 プロレスラーという職業の人たちについては一目も二目も置いている犬神、やはりこういった人たちのスゴさは十二分にわかります。「ジョシカク」なんて華奢な言い方が似合わないくらい。ここは略さずぜひ「女子プロレスラー」「女子格闘家」……いや、いっそ「格闘家」でもいいかも。ダンプ松本さんはちょっと違うそうですが(ブル中野さんに言わせれば)。
 
 そのブル中野さんはゴルファー目指して奮闘中ですが、それ以外のふたりはなおもヒールとして活躍中ですね。最近は個人のブログとかで、割合プライベートなことも簡単に見られるようになり、「ダンプさんはいつもモヒカンを立ててるわけじゃないんだ」などといったこともわかりました(当たり前だ)。

 あとは(鬼)嫁になられたり、議員になられたり。プロレスラーとしてwikipediaを見ていったらいつのまにか国会議員になってたものだから、ひどく驚いてしまいました。やっぱりレスラーはそっち方面で活躍してほしいなあ、と思うのです。


 そのころと、今の女子プロレスで、どう違うのか。男子プロレスなら何となくわかるのですが、こちらに関してはあまり詳しくわかりません。なのでこの話題については、ここらで切り上げさせていただきたいと思います。


 追記:

 ダンプ松本さんといえばCMにおける「マジだぜ!」ですね。検索してもタヌ……ネコ型ロボットの話しか出てこないと思いますが、元祖は「たこやきラーメン」なる珍商品のCMでした。実際これがうまかったのかどうなのかは、今となっては確かめるすべがないのですが、ドラちゃんも思わず口走ってしまうほどはやっていたのですね。

拍手[0回]


 矢野卓見さんのwikipediaの記事を見ていると、女性の格闘技を「ジョシカク」なる文言であらわすことを知りました。

 ジョシカク。いまどきは何でも略すと言うことでしょうか。ワタテツ、カンマサ、タチヒロシ……ちょっと古いか。まあいいや。ともあれなんだかこう言うと、若い女性にも親しみやすいのかもしれません。親しみやすいんでしょうか。あいにくと直接そんなことを聞ける人が身の回りにいないのでアレですが、まあ親しみやすいんでしょう。


 ただ、この矢野さんという人はそういった風潮をあまり快く思っていないということでした。言い方じゃなくて、女性の格闘技それ自体をね。

 まあ、どういった理由があってそういうのかはまだわかりませんので、そのこと自体にどうこう言うつもりはないのですが、「そういう意見もあっていいんだな」というのが、率直な感想でした。

 そして私もどちらかというと、それに近い気持ちなのかな、ということも思いました。
なぜに、ゆえに。と小一時間問い詰められても納得のいく回答を出せる自身はとてもありませんが、強いて言うなら「感情移入しづらい」というのがあるのかもしれません。そうですね。たぶん、そういうことになるのでしょう。

 
 男性同士の格闘技の試合であれば、容易に気持ちを入れていけます。ひいきの選手がいればその人のセコンドについたつもりで、一緒になって相手をバキバキにしてやろうという気持ちになります。負けそうになったら自分がやられているような気にもなります。勝った時はとてもうれしいし、負けた時はとても残念です。

 これが女性だと、どこに気持ちをこめていいのか、よくわからないのです。可愛いから好きなのか。綺麗だから好きなのか。強いから好きなのか。……そもそもそんなことが思い浮かぶ時点で不純、というか雑念、というか邪念であって、それゆえ私にとって「ジョシカク」はどうもいけない、ということになるのですね。


 そういうカテゴリがあるのはいいと思います。空手、ボクシング、プロレス。そのいずれもが根っからの純観戦派格闘家の犬神よりも強いでしょうし、素直にスゴイと思います。特に80年代~90年代初め頃の女子プロレスラー。実際に誰かというのはまた別な機会に挙げるとして、とにかく好きな人は何人もいます。ただ、それとは別に、素直に受け入れられない気持ちもあるというのが、率直な感想であります。

拍手[0回]


 最近、少し気持ちもやわらぎ、またカーステレオを使い始めることにした犬神です。ただしCDプレーヤとしてではなく、主にラジオ受信機として使っています。

 何やら妙に混信しやすく、せっかく音楽を聴いているのに天気予報とかニュースとかが混じってきてぶち壊しになってしまうことがしばしばあるのですが、それでも調子がいい時はいいので、とりあえずFM局をひとつ選択してかけっ放しにしています。


 FMラジオをよく聴く場所と言うのは理容室です。

 私がよく行くお店はいつもFMラジオを流しており、たいてい午前中に行くので山川牧のオープンセサミで何だかんだと聴きながら髪を切っています。タイミングによって交通情報だったり岩手日報ニュースだったりFMラジオショッピングだったりすることもありますが、たいていこの人の声を聴いているのですね。

 そういう番組なので当然、流行の音楽とかを放送するわけですが、そういったものをあまり積極的に追いかけない犬神にとってはかなり上質の情報源なのですね。

 で、そういったこともあり、とりあえず流しておけば何か面白い情報を拾えるかもしれない、といったわけで、再びラジオを聴くようになりました。


 今日聞いたのは一青窈の「もそもそラジオ」(だったかな)。私は特別に好きなわけではないのですが、かと言って親の仇の如く憎んでいるワケでもない一青窈さんが葉書を読んだり好きな曲を流したりする番組のようです。ふむふむ。

 1曲目はシンメトリーズの「卒業生インザハウス」。答辞をヒップホップでしゃべると言うもので、普通の「あーてぃすと」が作ったら激しく嫌っていたでしょうが、Fantastic Plastic Machineが作ったとなればこれは素直にアハハと笑ってしまいます。

 そのあと一青窈さんが「テクノ歌謡」などとのたまうので、「ああ、パフュームかなんかかね」と思っていると、何とヤプーズの「バーバラ・セクサロイド」をかけやがっちゃってくださったのですね。なんだか激しく日本語が乱れていますが、そのくらい、驚いてしまったのです。まさか2008年に公共の電波で戸川純さんの声が聞けるとは思わなかった!

 同時にこういった楽曲を引っ張ってくる一青窈さんのセンスに、何か近いものを感じたような気がしました。こういうことがあるから、やはりラジオは面白い。

拍手[0回]


 今日から8月ですね。

 今、じつは会社のPCでこの日記を書いているのですが、外では「さんさ踊り」の太鼓の音がひっきりなしに鳴っています。今日から4日までは盛岡最強のお祭りである「盛岡さんさ踊り」が、メインストリートを閉鎖して繰り広げられるのです。

 私の母上様などは「太鼓を叩いて歩いているのを見るだけじゃないの」……と、「どんぶりの上にカツが乗ってるだけじゃないの」に匹敵するほどの写実的な感想を口にし、それはその通りなので私も反論せずに黙っているのですが、私の場合はその雰囲気が何よりも楽しくて仕方がないのですね。

 あいにくと終業時刻が大体、お祭りの終業時刻と同じくらいなので、見に行くことはかなわないのですが、それでもそばで太鼓の音が鳴っているのを聞くと、そこそこいい気分になれるのですね。


 さて祭りと言えば、オリンピックがいよいよ1週間後と迫りました。

 思想的な部分は色々あるかと思いますし、実際に行かれる選手の皆様もテロや口にするものの不安が多々あるのもよくわかりますが、4年に1度のスペシャルなお祭りということで、私としては単純に楽しみにしてしまいます。

 ついでに言うと、まあ別に金メダルとか取れなくてもいいんじゃない? という気持ちも少なからずあります。開催1週間前にこんなことを言うと袋叩きにされそうですが、「金メダルを取るためにがんばる」っていう思想が気に入らないのですね。

 とりあえず、持てる力をすべて出す。その結果として金銀パール……じゃなくて銅メダルがもらえる。「餓狼伝」の堤城平ではありませんが、そんな気がするのです。参加することに意義があるって言うのは、きれいごとじゃなくて、本当にそうだと思います。

 だから、逆に言えばすごく足の速い人はどこの国の人だろうと素直に「すごい」と思います。同じように速く泳げる人、高く跳べる人、遠くまで投げられる人?――とにかく一番すごい人が、すごい。そういうのをテレビで見られるから、オリンピックはとても楽しみです。ただしうちのテレビはブラウン管のアナログ放送ですが。

拍手[0回]