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車の世界では『バッジエンジニアリング』という言葉があります。コレは要するに他社の車に自社のエンブレムをつけて、自社の車として販売することです。OEM車ってやつです。
何でこんな話題を出すのか? といえば、たまたま今朝、マツダの『フレア・クロスオーバー』という車を見たからです。「あれ、これって(スズキの)ハスラーじゃないの」って。
商売としては正しいことだと思うんですよね。あまり、あの手の車に乗る人で「OEM車だからヤダ」って言う人はいなさそうな感じがするし。ああいうのでも、とにかく自社ブランドのラインナップとして並べれば、なんかにぎやかに見えますしね。
あくまでこれは、「そう思った」それだけです。そして、軽自動車に関してはまず「どこのOEM車よソレ?」ということを第一に考えるようになった、ということです。‥‥こないだ代車で乗ったeKワゴンも、てっきりどこかのOEMだろうと思っていたら、あれは三菱オリジナルの車でしたね。大変失礼しました。
何でこんな話題を出すのか? といえば、たまたま今朝、マツダの『フレア・クロスオーバー』という車を見たからです。「あれ、これって(スズキの)ハスラーじゃないの」って。
商売としては正しいことだと思うんですよね。あまり、あの手の車に乗る人で「OEM車だからヤダ」って言う人はいなさそうな感じがするし。ああいうのでも、とにかく自社ブランドのラインナップとして並べれば、なんかにぎやかに見えますしね。
あくまでこれは、「そう思った」それだけです。そして、軽自動車に関してはまず「どこのOEM車よソレ?」ということを第一に考えるようになった、ということです。‥‥こないだ代車で乗ったeKワゴンも、てっきりどこかのOEMだろうと思っていたら、あれは三菱オリジナルの車でしたね。大変失礼しました。
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今日とある契約をしたのですが‥‥というとなんか魔法少女みたいで嫌だな‥‥言い換えます。とある金融商品に関する契約書を交わしたのです。
その中で、端的に言うと「私は反社会的勢力の構成員ではないし、そういった人間との付き合いもありませんよ」ということを証明するための書類があり、それに署名をしたのですが、文章を読むと聞いたことのない用語がポンポン飛び出してきました。
その中のひとつが、この『特殊知能暴力集団』という言葉なんですが、なんかすごい響きですね。Intelligence For Violenceってことですか。東城会直系錦山組って感じですか(初代組長時代限定)。
一応wikipediaによれば「暴力団などの反社会的勢力と連携して、法律などの専門知識を悪用して、証券市場や企業から金品の要求を繰り返す者」だそうなので、悪徳弁護士とか、そういう人のことでしょうかね。まあ頭も力もあるわけですから、かなりタチが悪そうです。私は頭も悪いし力もないので、そういう関係の人間になることはできないし、関わることもしたくありませんが。
その中で、端的に言うと「私は反社会的勢力の構成員ではないし、そういった人間との付き合いもありませんよ」ということを証明するための書類があり、それに署名をしたのですが、文章を読むと聞いたことのない用語がポンポン飛び出してきました。
その中のひとつが、この『特殊知能暴力集団』という言葉なんですが、なんかすごい響きですね。Intelligence For Violenceってことですか。東城会直系錦山組って感じですか(初代組長時代限定)。
一応wikipediaによれば「暴力団などの反社会的勢力と連携して、法律などの専門知識を悪用して、証券市場や企業から金品の要求を繰り返す者」だそうなので、悪徳弁護士とか、そういう人のことでしょうかね。まあ頭も力もあるわけですから、かなりタチが悪そうです。私は頭も悪いし力もないので、そういう関係の人間になることはできないし、関わることもしたくありませんが。
流れの中に身をおくのが一番だなと思いました。
制限速度50キロの道路を、50キロかそれより少し速いくらいのペースで走る。そんな当たり前のことが、すごく気持ちよく感じたのです。
同時に、その流れをコワすように車線変更と追い越しを繰り返す車が「嫌だなあ」と思いました。
まあ結局、少し先の信号で並んで、そのあと追い越すことができたんですけどね(その車の前にいる車が、こちらよりも少し遅かった)。結局こういうことなんですよ。
まあ、そういう、無理が効かない車だからというのもあるんですけどね。グーッと踏み込んだとしても、すぐについてこない車だから。パワーもトルクも特筆するべきところのない、ごくフツーの車だから。
ま、そういったことを感じました。いつだって自分のペースでしか、やっていくしかないんですよ、きっと。
制限速度50キロの道路を、50キロかそれより少し速いくらいのペースで走る。そんな当たり前のことが、すごく気持ちよく感じたのです。
同時に、その流れをコワすように車線変更と追い越しを繰り返す車が「嫌だなあ」と思いました。
まあ結局、少し先の信号で並んで、そのあと追い越すことができたんですけどね(その車の前にいる車が、こちらよりも少し遅かった)。結局こういうことなんですよ。
まあ、そういう、無理が効かない車だからというのもあるんですけどね。グーッと踏み込んだとしても、すぐについてこない車だから。パワーもトルクも特筆するべきところのない、ごくフツーの車だから。
ま、そういったことを感じました。いつだって自分のペースでしか、やっていくしかないんですよ、きっと。
『向かい風で飛べ!』を読んでおります。やはり若い子がスポーツにひたむきに打ち込む姿は気持ちがいいものです。
さて、そんな今日この頃、地元紙『岩手日報』では喜ばしいニュースが報じられました。わが八幡平市で催されたインカレのスキージャンプ競技で、岩手出身の小林兄妹(潤志郎、諭果)がそれぞれ優秀な成績を収めたというのです(各2位)。このブログでは小林諭果選手のことを何度も取り上げてきたので、今回も取り上げます。
向かい風と追い風では、追い風のほうが不利だといいますが、小林諭果選手が飛んだのもそういう状況でした。それでも「そういう状況でもちゃんと気持ちを作っていかなければいけない」と前向きなコメント。さすがです。
先日も書きましたが、現在の早稲田大学スキー部では、女子のジャンプ選手はひとりだけ。用具運搬や何やといった競技準備の部分でもいろいろと苦労しているみたいですが、いろいろな人に助けられて、着実に手応えを感じているそうです。シーズン最終戦は3月の宮様大会らしいので、それまで犬神もできる限り追いかけ続けます。そして、いずれ兄妹で大きなジャンプを見せてもらいたいものです。
さて、そんな今日この頃、地元紙『岩手日報』では喜ばしいニュースが報じられました。わが八幡平市で催されたインカレのスキージャンプ競技で、岩手出身の小林兄妹(潤志郎、諭果)がそれぞれ優秀な成績を収めたというのです(各2位)。このブログでは小林諭果選手のことを何度も取り上げてきたので、今回も取り上げます。
向かい風と追い風では、追い風のほうが不利だといいますが、小林諭果選手が飛んだのもそういう状況でした。それでも「そういう状況でもちゃんと気持ちを作っていかなければいけない」と前向きなコメント。さすがです。
先日も書きましたが、現在の早稲田大学スキー部では、女子のジャンプ選手はひとりだけ。用具運搬や何やといった競技準備の部分でもいろいろと苦労しているみたいですが、いろいろな人に助けられて、着実に手応えを感じているそうです。シーズン最終戦は3月の宮様大会らしいので、それまで犬神もできる限り追いかけ続けます。そして、いずれ兄妹で大きなジャンプを見せてもらいたいものです。
昨日、図書館で自動車のエンジンに関する解説書を借りてきました。といっても技術者向けの専門書とか、DIYで点検整備したい人向けのものではなく、一種の読み物として「エンジンってこういう感じで動いているんですよ」というのを、私のようなタイプの人間でもある程度理解できるよう図入りでわかりやすく説明した本です。
一回で全部を理解できたわけではありませんが、かなり理解が深まりました。
たとえばグランツーリスモとかのような、自分でチューニングできる系の車のゲームで「このパーツを交換するとこうなる」ということは知っていても、「じゃあ、どうしてそうなるのか」というのは、あまりわかっていない部分があったんですよね。それを図入りで解説してもらうことによって、「そういう理由で、こうなる」というのがわかる。これはとても面白いです。
また、じつは最近、愛車を車検に出してきたのですが、整備後に渡された交換部品のこととかも色々と知ることができました。ガスケットとかオイルシールとかウォーターポンプとか。
そういうことを知ると、工賃の意味とかもわかってきますね。誰でもが簡単にバラして交換できる部品じゃない。設備も技術もある程度以上のものが必要なんです。私のような素人がちょっと本を読んだからといってすぐにDIYできるようなものじゃないんです。
まあ刊行年度はちょっと古い(2000年前後)ですが、私が乗っているファミリアファミ子も2000年の車だし、そのあたりはまったく問題ありません。むしろ、まだハイブリッドシステムが今ほど普及していなかった時代ですから、次世代の車はああなるこうなるという予測が立てられていたのが面白かったです。100万円台のコンパクトカーにまでハイブリッドシステムが搭載されるなんて、当時誰が予想できたでしょう。
一回で全部を理解できたわけではありませんが、かなり理解が深まりました。
たとえばグランツーリスモとかのような、自分でチューニングできる系の車のゲームで「このパーツを交換するとこうなる」ということは知っていても、「じゃあ、どうしてそうなるのか」というのは、あまりわかっていない部分があったんですよね。それを図入りで解説してもらうことによって、「そういう理由で、こうなる」というのがわかる。これはとても面白いです。
また、じつは最近、愛車を車検に出してきたのですが、整備後に渡された交換部品のこととかも色々と知ることができました。ガスケットとかオイルシールとかウォーターポンプとか。
そういうことを知ると、工賃の意味とかもわかってきますね。誰でもが簡単にバラして交換できる部品じゃない。設備も技術もある程度以上のものが必要なんです。私のような素人がちょっと本を読んだからといってすぐにDIYできるようなものじゃないんです。
まあ刊行年度はちょっと古い(2000年前後)ですが、私が乗っているファミリアファミ子も2000年の車だし、そのあたりはまったく問題ありません。むしろ、まだハイブリッドシステムが今ほど普及していなかった時代ですから、次世代の車はああなるこうなるという予測が立てられていたのが面白かったです。100万円台のコンパクトカーにまでハイブリッドシステムが搭載されるなんて、当時誰が予想できたでしょう。
このたび、また新しいホームページを作成、開設しました。
内容としては、我が愛車『ファミリアファミ子』ことファミリアS-ワゴンについて。また『湾岸ミッドナイト』のことなど・・・・車関係の話に特化した場所です。
まあ立ち上げたばかりなので、「そういう場所にする予定です」といった程度のものですが、十数年ぶりにフレームのあるHTMLを作成しました。あとは画像とか文字色の設定とか、現在のFLAT FEELING 2よりもよほど手の込んだ感じです。
どうしてわざわざそんなことをしたのかといえば、やはり車に対するスタンスが変わったから、ということになるのかな。そもそも今の車を買った時もそうですけど、今回、車検に出すにあたってタイミングベルト交換などを含めて相当な金額がかかることになって。手持ちの貯金だけじゃ足りなくて、アレコレと金策をしてようやくかき集めたんですが、
「これほどのコストをかけたんだから、ずっとこの車と付き合っていこう」
と、思いまして。・・・・で、その並々ならぬ思いを書き出すのには、もはやそれに特化したひとつのサイトを作るしかない! ということで、立ち上げた次第です。
ま、そういうわけで車に興味のある方に限られると思うんですが、よろしければ一度ご覧ください。サイト名はSUPER FAMIKOです。なんだかミーハーな名前をつけていますが、中身はいたってマジメな車情報サイトです。
内容としては、我が愛車『ファミリアファミ子』ことファミリアS-ワゴンについて。また『湾岸ミッドナイト』のことなど・・・・車関係の話に特化した場所です。
まあ立ち上げたばかりなので、「そういう場所にする予定です」といった程度のものですが、十数年ぶりにフレームのあるHTMLを作成しました。あとは画像とか文字色の設定とか、現在のFLAT FEELING 2よりもよほど手の込んだ感じです。
どうしてわざわざそんなことをしたのかといえば、やはり車に対するスタンスが変わったから、ということになるのかな。そもそも今の車を買った時もそうですけど、今回、車検に出すにあたってタイミングベルト交換などを含めて相当な金額がかかることになって。手持ちの貯金だけじゃ足りなくて、アレコレと金策をしてようやくかき集めたんですが、
「これほどのコストをかけたんだから、ずっとこの車と付き合っていこう」
と、思いまして。・・・・で、その並々ならぬ思いを書き出すのには、もはやそれに特化したひとつのサイトを作るしかない! ということで、立ち上げた次第です。
ま、そういうわけで車に興味のある方に限られると思うんですが、よろしければ一度ご覧ください。サイト名はSUPER FAMIKOです。なんだかミーハーな名前をつけていますが、中身はいたってマジメな車情報サイトです。
現在ちょうどニキ・ラウダとジェームス・ハントの映画『ラッシュ』が公開されていることもありますし、何の前触れもなく突然ニキ・ラウダについて書きたいと思います。
私の小学生時代はちょうど日本におけるF1ブームと重なります。1988年にはマクラーレン・ホンダが16戦15勝という圧倒的な強さを誇り、その後はバブル景気も重なって大盛り上がり。中嶋悟、鈴木亜久里、片山右京といった日本人ドライバーも参戦しましたし、ツーリングカーレースの方が好きだった犬神も少なからずその熱に当てられました。今の人は亜久里といえば円亜久里なのかもしれませんが、私の世代はなんといっても鈴木亜久里です。電気系がね~。
ただ、実際に速かったのはやはり外国人でしたね。アイルトン・セナは言うまでもなく、同じチームで活躍していたアラン・プロストやゲルハルト・ベルガー、ライバルのウイリアムズで活躍したナイジェル・マンセルなんかでしょうか。あとはタミヤがスポンサーをしていたロータスで運転していたミカ・ハッキネン、ジョニー・ハーバートなんかも好きですね。
今回テーマに持ってきたニキ・ラウダは、私がリアルタイムで見ていた世代の人ではありません。実際にその走りを見ていたわけではないのですが、当時愛読していたコロコロコミックで彼のことを書いた短編漫画を読み、それでずっと心に――ある意味ではもっとも敬愛するF1ドライバーとして、存在し続けるのです。
もう20年以上も前のことなので、正式なタイトルとか作者名とか詳しいストーリィとかは覚えていません。確か主人公が何かの都合でタイムスリップして、70年代に行った話じゃなかったかな。で、そこでまだ少年だった『タミヤの前ちゃん』こと前田靖幸氏と出会った、と。
「ニキ・ラウダに笑われちゃうよ!」
90年代の小学生に70年代の小学生が力強く言い放った言葉は、今も頭に残っています。どういうシチュエーションでそんなことを言ったのかはよく覚えていませんが、いずれにせよ転んで痛い思いをしたからといって泣きべそをかいては、ニキ・ラウダに笑われる! ということだったと思います。
そしてどうして笑われるのかと言えば、もちろん――1976年のF1グランプリで大きな事故に遭い、瀕死の重傷を負ったものの驚異的なペースで回復し、わずか6週間で復帰したという伝説があるからでしょう。その年はシリーズチャンピオンを逃したものの(どうしてそうなったかは、ぜひ映画を見てください)、この復活劇はチャンピオンになること以上の感動があります。
だから私は史上もっとも敬愛するドライバーとして、ニキ・ラウダをあげるのです。セナよりもプロストよりもシューマッハよりも、ニキ・ラウダを尊敬しているのです。
私の小学生時代はちょうど日本におけるF1ブームと重なります。1988年にはマクラーレン・ホンダが16戦15勝という圧倒的な強さを誇り、その後はバブル景気も重なって大盛り上がり。中嶋悟、鈴木亜久里、片山右京といった日本人ドライバーも参戦しましたし、ツーリングカーレースの方が好きだった犬神も少なからずその熱に当てられました。今の人は亜久里といえば円亜久里なのかもしれませんが、私の世代はなんといっても鈴木亜久里です。電気系がね~。
ただ、実際に速かったのはやはり外国人でしたね。アイルトン・セナは言うまでもなく、同じチームで活躍していたアラン・プロストやゲルハルト・ベルガー、ライバルのウイリアムズで活躍したナイジェル・マンセルなんかでしょうか。あとはタミヤがスポンサーをしていたロータスで運転していたミカ・ハッキネン、ジョニー・ハーバートなんかも好きですね。
今回テーマに持ってきたニキ・ラウダは、私がリアルタイムで見ていた世代の人ではありません。実際にその走りを見ていたわけではないのですが、当時愛読していたコロコロコミックで彼のことを書いた短編漫画を読み、それでずっと心に――ある意味ではもっとも敬愛するF1ドライバーとして、存在し続けるのです。
もう20年以上も前のことなので、正式なタイトルとか作者名とか詳しいストーリィとかは覚えていません。確か主人公が何かの都合でタイムスリップして、70年代に行った話じゃなかったかな。で、そこでまだ少年だった『タミヤの前ちゃん』こと前田靖幸氏と出会った、と。
「ニキ・ラウダに笑われちゃうよ!」
90年代の小学生に70年代の小学生が力強く言い放った言葉は、今も頭に残っています。どういうシチュエーションでそんなことを言ったのかはよく覚えていませんが、いずれにせよ転んで痛い思いをしたからといって泣きべそをかいては、ニキ・ラウダに笑われる! ということだったと思います。
そしてどうして笑われるのかと言えば、もちろん――1976年のF1グランプリで大きな事故に遭い、瀕死の重傷を負ったものの驚異的なペースで回復し、わずか6週間で復帰したという伝説があるからでしょう。その年はシリーズチャンピオンを逃したものの(どうしてそうなったかは、ぜひ映画を見てください)、この復活劇はチャンピオンになること以上の感動があります。
だから私は史上もっとも敬愛するドライバーとして、ニキ・ラウダをあげるのです。セナよりもプロストよりもシューマッハよりも、ニキ・ラウダを尊敬しているのです。
このところは吉川英治先生の『宮本武蔵』を読んでいました。
1日1冊くらいのハイペースでした。少々荒っぽい読み方になってしまったかもしれませんが、元々新聞連載の小説と言うこともあってか、非常に読みやすかったのです。何よりも「先へ、先へ」と読み進めたくなる、そんなエネルギーをたぶんに含んでいたのです。
いまさら私ごときがあらすじを書くまでもないと思いますが、スタートは関が原の戦が終わったところからです。この時まだ武蔵十七歳。字は武蔵ですが「むさし」ではなく「たけぞう」と自称しておりました。
そこから様々な人と出会い、時に切り結び、旅を続けること十年余り。やがて訪れる離れ小島での決戦。そんな感じの物語を全8巻の大長編で描いた痛快時代小説です。
極真空手創始者の大山倍達総裁、将棋の刈田升三・・・・は『月下の棋士』だ・・・・升田幸三名人、王貞治監督などなど、この小説に力をもらった著名人は少なくありません。また戦前の日本人の多くがその生き方に共感し、熱狂的な支持を集めたといいます。
私もすごく勇気付けられました。また随分と宮本武蔵という人のことを誤解していた節があるようです。・・・・まあ、これが真実の宮本武蔵であるかどうかはわかりませんが(吉川英治先生も序文で「虚実織り交ぜて、小説として書いた」旨を述べておられますし)、ともかくイメージが変わりました。まあ激烈に強いのはもちろんですが、それが花の慶次でいう『虎は元々強いから強いんだよ』と言った強さではなく、人並みの悩みや苦しみと向き合い、それを乗り越えた先にある強さ――努力と修行と自己研鑽の果てに少しずつ積み重ねられたものなんですね。
詳しい感想はまた後ほど書くかもしれませんが、とりあえず速報ベースで書きました。
*
それにしても、たとい小説と言えどもやはり書いた人の思想とか、そういうのが出てくるものだな・・・・と思いました。
戦前の作家である吉川先生が書いた『宮本武蔵』。戦後に連載された山岡荘八先生の『徳川家康』。そしてもう少し時代が下った頃に書かれたシバリョーこと司馬遼太郎先生の『竜馬がゆく』。
まあシバリョー先生は『司馬史観』なんていう言葉があるくらいクッキリハッキリ出ているので私が言うまでもありませんが、それを支持する人の意見にせよ批判する人の意見にせよ、そもそもそれがどういうことなのかわからなかったんですよね。結局、ほかに比べるものがないから。
さしあたって、私はどれがいいとか悪いとか、言うつもりはありません。あえて言えば、それぞれを謙虚な気持ちで受け止め、その上でどういった生き方を志すのかを考えなければいけないだろう。そう思うのです。
(ただ、たといベストセラーだろうと何だろうと、絶対に相容れないような思想を持った人の小説は、読みたいとは思いませんが)
1日1冊くらいのハイペースでした。少々荒っぽい読み方になってしまったかもしれませんが、元々新聞連載の小説と言うこともあってか、非常に読みやすかったのです。何よりも「先へ、先へ」と読み進めたくなる、そんなエネルギーをたぶんに含んでいたのです。
いまさら私ごときがあらすじを書くまでもないと思いますが、スタートは関が原の戦が終わったところからです。この時まだ武蔵十七歳。字は武蔵ですが「むさし」ではなく「たけぞう」と自称しておりました。
そこから様々な人と出会い、時に切り結び、旅を続けること十年余り。やがて訪れる離れ小島での決戦。そんな感じの物語を全8巻の大長編で描いた痛快時代小説です。
極真空手創始者の大山倍達総裁、将棋の刈田升三・・・・は『月下の棋士』だ・・・・升田幸三名人、王貞治監督などなど、この小説に力をもらった著名人は少なくありません。また戦前の日本人の多くがその生き方に共感し、熱狂的な支持を集めたといいます。
私もすごく勇気付けられました。また随分と宮本武蔵という人のことを誤解していた節があるようです。・・・・まあ、これが真実の宮本武蔵であるかどうかはわかりませんが(吉川英治先生も序文で「虚実織り交ぜて、小説として書いた」旨を述べておられますし)、ともかくイメージが変わりました。まあ激烈に強いのはもちろんですが、それが花の慶次でいう『虎は元々強いから強いんだよ』と言った強さではなく、人並みの悩みや苦しみと向き合い、それを乗り越えた先にある強さ――努力と修行と自己研鑽の果てに少しずつ積み重ねられたものなんですね。
詳しい感想はまた後ほど書くかもしれませんが、とりあえず速報ベースで書きました。
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それにしても、たとい小説と言えどもやはり書いた人の思想とか、そういうのが出てくるものだな・・・・と思いました。
戦前の作家である吉川先生が書いた『宮本武蔵』。戦後に連載された山岡荘八先生の『徳川家康』。そしてもう少し時代が下った頃に書かれたシバリョーこと司馬遼太郎先生の『竜馬がゆく』。
まあシバリョー先生は『司馬史観』なんていう言葉があるくらいクッキリハッキリ出ているので私が言うまでもありませんが、それを支持する人の意見にせよ批判する人の意見にせよ、そもそもそれがどういうことなのかわからなかったんですよね。結局、ほかに比べるものがないから。
さしあたって、私はどれがいいとか悪いとか、言うつもりはありません。あえて言えば、それぞれを謙虚な気持ちで受け止め、その上でどういった生き方を志すのかを考えなければいけないだろう。そう思うのです。
(ただ、たといベストセラーだろうと何だろうと、絶対に相容れないような思想を持った人の小説は、読みたいとは思いませんが)
ソチオリンピック、開幕しましたね。
もっとも私の場合、初めっからメダル云々と言う話にはあまり興味がないのですが。
昨年末に『レガッタ!』などのアスリート小説を読んで以来、自分にはできないような高度なパフォーマンスを見せてくれること自体に感動するようになったのです。メダルが取れるに越したことはありませんが、あくまでもそれは結果だろう、と。
そんな私が応援している選手のひとりが「上村愛子」選手。私よりも2つ年上の、モーグルの選手です。
さかのぼれば私がまだ高校生だった時分、1998年の長野オリンピックでしょうか。あの時にオリンピックに初参加し、今回は5回目。モーグル競技の選手のピークがどのあたりにあるのかはわかりませんが、いずれにしてもすごいキャリアです。まだ34歳なのか、もう34歳なのか――どう受け止めればいいのかよくわかりませんが、ともあれ長く見ている分、思い入れも結構強いです。
競技をライブで見ることはできず、今NHKのハイライトを見ているのですが、その前に7時からのニュースで結果は知ってしまいました。
ふむ・・・・。メダルに手が届かなかったのは、きっと無念だと思うのですが、犬神は素直に感動しました。なんか、やりきったって感じなのかな。終わったあとのインタビューを見た限りでは、そういう風に見えました。それこそ、『レガッタ!』を読んだあとのようなさわやかさを感じました。
最近は色々な感情を「内へ、内へ」向けているので、なかなかブログが書けずにいるところですが、いいことがあったらすぐ書きます。「もうやめるわ」(仲谷風に)宣言はしません。
もっとも私の場合、初めっからメダル云々と言う話にはあまり興味がないのですが。
昨年末に『レガッタ!』などのアスリート小説を読んで以来、自分にはできないような高度なパフォーマンスを見せてくれること自体に感動するようになったのです。メダルが取れるに越したことはありませんが、あくまでもそれは結果だろう、と。
そんな私が応援している選手のひとりが「上村愛子」選手。私よりも2つ年上の、モーグルの選手です。
さかのぼれば私がまだ高校生だった時分、1998年の長野オリンピックでしょうか。あの時にオリンピックに初参加し、今回は5回目。モーグル競技の選手のピークがどのあたりにあるのかはわかりませんが、いずれにしてもすごいキャリアです。まだ34歳なのか、もう34歳なのか――どう受け止めればいいのかよくわかりませんが、ともあれ長く見ている分、思い入れも結構強いです。
競技をライブで見ることはできず、今NHKのハイライトを見ているのですが、その前に7時からのニュースで結果は知ってしまいました。
ふむ・・・・。メダルに手が届かなかったのは、きっと無念だと思うのですが、犬神は素直に感動しました。なんか、やりきったって感じなのかな。終わったあとのインタビューを見た限りでは、そういう風に見えました。それこそ、『レガッタ!』を読んだあとのようなさわやかさを感じました。
最近は色々な感情を「内へ、内へ」向けているので、なかなかブログが書けずにいるところですが、いいことがあったらすぐ書きます。「もうやめるわ」(仲谷風に)宣言はしません。
これはきっと、私が書かなきゃいけないと思ったので、書きます。
ジャンプ競技で女子といえば、なんといっても高梨選手でしょう。大会で次々と優勝し、今度のオリンピックでも金メダルを期待されています。そのことはいまさら私がどうこう言わなくてもいいことでしょう。そのことはもちろん私も認めます。
ただ、積極的に応援する気にはなれないんですよね。だって、別に金メダルが取れそうだとかそうじゃないとか、そういうのにはあまり興味がないから。そういうのが狙えるような実力があることは認めますし、それ自体はスゴいと思いますが、それだけ。それ以上は興味も関心もありません。
特にメダルが狙えるとか、目覚しい活躍をしているとか、そういうわけではないけれど、応援したくなる人がいる。応援することで私自身も色々なことを頑張れる。そういう選手がいるんです。高梨選手以外に。このスキージャンプという競技に取り組む女子選手で。
過去に2度、岩手出身のスキージャンプ女子選手である「小林諭果」選手について、取り上げたことがあります。1回目は2011年9月の記事。2回目は翌2012年の3月。
それ以来ずっと記事には書いていませんでしたが、早稲田大学に入学し、スキー部の部員として頑張っているということは知っていました。いわくスキー部で唯一の女子ジャンプ選手だということです。
先日行われたワールドカップでは、残念ながら2回目を飛ぶことができず、順位的には35位に終わりましたが、いいじゃないですか。小説『レガッタ!』を読んで以来、やはりアスリートは全力を尽くして競技に取り組むことが一番ですよ。詳しいことはわかりませんが、とにかくあの頃からずっとジャンプ競技に取り組んでいることがわかって、私も勇気付けられました。
そして早稲田大学スキー部のオフィシャルサイトでは、その小林選手が飛翔している写真を見ることができました。美しいフォームです。私も勇気100倍です。この勢いで昨年のクリスマスに買った『向かい風で飛べ!』という小説を一気に読もうと思います。・・・・あ、これもスキージャンプ競技に挑戦する女子の物語です。こちらは女子小学生ですけど。
ジャンプ競技で女子といえば、なんといっても高梨選手でしょう。大会で次々と優勝し、今度のオリンピックでも金メダルを期待されています。そのことはいまさら私がどうこう言わなくてもいいことでしょう。そのことはもちろん私も認めます。
ただ、積極的に応援する気にはなれないんですよね。だって、別に金メダルが取れそうだとかそうじゃないとか、そういうのにはあまり興味がないから。そういうのが狙えるような実力があることは認めますし、それ自体はスゴいと思いますが、それだけ。それ以上は興味も関心もありません。
特にメダルが狙えるとか、目覚しい活躍をしているとか、そういうわけではないけれど、応援したくなる人がいる。応援することで私自身も色々なことを頑張れる。そういう選手がいるんです。高梨選手以外に。このスキージャンプという競技に取り組む女子選手で。
過去に2度、岩手出身のスキージャンプ女子選手である「小林諭果」選手について、取り上げたことがあります。1回目は2011年9月の記事。2回目は翌2012年の3月。
それ以来ずっと記事には書いていませんでしたが、早稲田大学に入学し、スキー部の部員として頑張っているということは知っていました。いわくスキー部で唯一の女子ジャンプ選手だということです。
先日行われたワールドカップでは、残念ながら2回目を飛ぶことができず、順位的には35位に終わりましたが、いいじゃないですか。小説『レガッタ!』を読んで以来、やはりアスリートは全力を尽くして競技に取り組むことが一番ですよ。詳しいことはわかりませんが、とにかくあの頃からずっとジャンプ競技に取り組んでいることがわかって、私も勇気付けられました。
そして早稲田大学スキー部のオフィシャルサイトでは、その小林選手が飛翔している写真を見ることができました。美しいフォームです。私も勇気100倍です。この勢いで昨年のクリスマスに買った『向かい風で飛べ!』という小説を一気に読もうと思います。・・・・あ、これもスキージャンプ競技に挑戦する女子の物語です。こちらは女子小学生ですけど。
ちょっと感傷的な記事を書きます。
昔、筋肉少女帯が大好きでした。運動も勉強も不得意で、努力も嫌いで、行き場のないオタクなコゾーだった十代前半の頃に強く惹かれ、好きと言うか、もはや人生の指針のようになっていました。オーケンこと大槻ケンヂさんのエッセーもほぼ全部読んでましたし。
今はそれほどでもありません。一時期、活動休止していた筋肉少女帯が復帰したり、ももクロに楽曲を提供したり、『ヌイグルマー』が映画化されたりと、そういった動きはなんとなく見ていましたが、もう自分のものではないと思っていました。
社会人になりたての頃、そうやって温めてきた理念がまったく通用しなくて、完全に打ちのめされてしまったからです。そしてそこから這い上がる過程で、どうしても反社会的(?)な歌詞が合わなかったからです。アノ頃自分が否定していたような人間になることが正しいと思ったし、それでいいと思ったところもあったのです。
今でもそれが間違っていたとは思いません。そうやってきたから、何とか10年間、社会人をやってこられたのだし。
でも、自分のものではないけれど、完全に捨て去ることもできずに、ずっと持っていました。十代の頃はそれがすべてだったし、それがあったから生きてこられたというのが事実ですから。
当時はソロアルバムというものがよく理解できませんでした。何でわざわざ個人名でCDを出すの? とかって。
初めて聴いたのは桑田圭祐『孤独の太陽』で、次に聞いたのは濱田マリの『フツーの人』。そしてその次に聴いたのが大槻ケンヂ『I STAND HERE FOR YOU』でした。
なんか、すごくメッセージ色が強いというか、穏やかなアルバムです。1曲目からピアノの伴奏に乗せてオーケンさんが語りかけるようなトラックが入っていて、ちょっと戸惑ってしまったのです(『レティクル座妄想』から入ったタチなので)。そういうこともあって、あまり好きなほうではなかったのですが、今朝ふとそのキーワードを思い出しました。
I stand here for you.
I'm standing here for you.
……ダンシャリとかって言葉がありますけど、こと心の部分に関しては、無駄が多いほうがいいようです。『いつか役に立つかもしれない』と思って、とりあえず持っていれば、こんな風に思いがけず役に立つこともあるのですから。なんかこれ、内田樹先生の本でも読んだんですけど、やはりそういうもののようです。
昔、筋肉少女帯が大好きでした。運動も勉強も不得意で、努力も嫌いで、行き場のないオタクなコゾーだった十代前半の頃に強く惹かれ、好きと言うか、もはや人生の指針のようになっていました。オーケンこと大槻ケンヂさんのエッセーもほぼ全部読んでましたし。
今はそれほどでもありません。一時期、活動休止していた筋肉少女帯が復帰したり、ももクロに楽曲を提供したり、『ヌイグルマー』が映画化されたりと、そういった動きはなんとなく見ていましたが、もう自分のものではないと思っていました。
社会人になりたての頃、そうやって温めてきた理念がまったく通用しなくて、完全に打ちのめされてしまったからです。そしてそこから這い上がる過程で、どうしても反社会的(?)な歌詞が合わなかったからです。アノ頃自分が否定していたような人間になることが正しいと思ったし、それでいいと思ったところもあったのです。
今でもそれが間違っていたとは思いません。そうやってきたから、何とか10年間、社会人をやってこられたのだし。
でも、自分のものではないけれど、完全に捨て去ることもできずに、ずっと持っていました。十代の頃はそれがすべてだったし、それがあったから生きてこられたというのが事実ですから。
当時はソロアルバムというものがよく理解できませんでした。何でわざわざ個人名でCDを出すの? とかって。
初めて聴いたのは桑田圭祐『孤独の太陽』で、次に聞いたのは濱田マリの『フツーの人』。そしてその次に聴いたのが大槻ケンヂ『I STAND HERE FOR YOU』でした。
なんか、すごくメッセージ色が強いというか、穏やかなアルバムです。1曲目からピアノの伴奏に乗せてオーケンさんが語りかけるようなトラックが入っていて、ちょっと戸惑ってしまったのです(『レティクル座妄想』から入ったタチなので)。そういうこともあって、あまり好きなほうではなかったのですが、今朝ふとそのキーワードを思い出しました。
I stand here for you.
I'm standing here for you.
……ダンシャリとかって言葉がありますけど、こと心の部分に関しては、無駄が多いほうがいいようです。『いつか役に立つかもしれない』と思って、とりあえず持っていれば、こんな風に思いがけず役に立つこともあるのですから。なんかこれ、内田樹先生の本でも読んだんですけど、やはりそういうもののようです。
あまり詳しくは書きませんが、結構、厳しい状況です。
山積みになった自分の仕事に関しては、まあ頑張り次第でどうにでもなります。頑張りが足りなければ、さらに上乗せして頑張ればいいんですから。そしてその頑張りの上限にぶつかったら、せめてそのレベルをずっと維持できればいいんですから。「やれるだけやる」それで十分でしょう。
一方、どうも周りの人と仕事に対するスタンスがズレて来たなと思うことがしばしばあります。今、私がいるフロアでは日々新しい施策が打ち出され、そのあたりの意識あわせがうまくいかずに衝突することがよくあるんですね。
そんな時、自分の権利や意志を主張する。それはきっと正しいことだと思います。相手が誰だろうと、自分の意志を押し通そうとする。それがすごくいいことなんだろうとは思います。
でも、私はそうしない。そうしたくない。そう思うのです。
今の状況の中で最善を尽くす。求められたら、持てる力をすべて尽くし、それに答える。それが私の『意志』ですから。
そんな考えをしているのは私ひとりです。周りからは「言われたことだけをやる人間」「何も考えていない」と言われます。
そんな言葉には「ああ、そうですね」「これじゃいけませんよね」と返事をしますが、内心ではよりいっそう『そういう人間になってやろう』と考えてしまいます。どこまでもオーダーを受けて、それに応えていく生き方。ただし、何も考えずに受けるのではなく、やってやろうという意志を持ってやること。
要するに「職人的」になりたいのです。そういう生き方をしたいのです。
今までやってきたこと、読んできたこと。色々と心の支えになっているものはたくさんありますが、それを改めてここで開陳するつもりはありません。自分の言葉じゃないから、どうも上滑りしそうな気がするためです。
正直、ちょっと弱気になるところもあります。このまましぼんでしまうんじゃないかという思いもあります。そのことも隠しません。だから、これから先はどうなるかわかりません。
一応、書けるうちに書いておきます。
山積みになった自分の仕事に関しては、まあ頑張り次第でどうにでもなります。頑張りが足りなければ、さらに上乗せして頑張ればいいんですから。そしてその頑張りの上限にぶつかったら、せめてそのレベルをずっと維持できればいいんですから。「やれるだけやる」それで十分でしょう。
一方、どうも周りの人と仕事に対するスタンスがズレて来たなと思うことがしばしばあります。今、私がいるフロアでは日々新しい施策が打ち出され、そのあたりの意識あわせがうまくいかずに衝突することがよくあるんですね。
そんな時、自分の権利や意志を主張する。それはきっと正しいことだと思います。相手が誰だろうと、自分の意志を押し通そうとする。それがすごくいいことなんだろうとは思います。
でも、私はそうしない。そうしたくない。そう思うのです。
今の状況の中で最善を尽くす。求められたら、持てる力をすべて尽くし、それに答える。それが私の『意志』ですから。
そんな考えをしているのは私ひとりです。周りからは「言われたことだけをやる人間」「何も考えていない」と言われます。
そんな言葉には「ああ、そうですね」「これじゃいけませんよね」と返事をしますが、内心ではよりいっそう『そういう人間になってやろう』と考えてしまいます。どこまでもオーダーを受けて、それに応えていく生き方。ただし、何も考えずに受けるのではなく、やってやろうという意志を持ってやること。
要するに「職人的」になりたいのです。そういう生き方をしたいのです。
今までやってきたこと、読んできたこと。色々と心の支えになっているものはたくさんありますが、それを改めてここで開陳するつもりはありません。自分の言葉じゃないから、どうも上滑りしそうな気がするためです。
正直、ちょっと弱気になるところもあります。このまましぼんでしまうんじゃないかという思いもあります。そのことも隠しません。だから、これから先はどうなるかわかりません。
一応、書けるうちに書いておきます。
さかのぼると感情的には、やはり中学生の頃になるのかな。犬神です。
……久々に、唐突極まりない書き出しで記事を書き始めてみましたが、どういうことなのかというと、音楽の話です。
本当の原点はといえば、小学生のころに同じ部屋で過ごしていた兄者がよく聴いていたサザンでユーミンでビートルズなんですが、私が自分で好きな音楽というものを模索し始めたのが中学生の頃なんです。といっても、一番強く心惹かれたのは、やはり兄者が聞いていたモダンチョキチョキズであり筋肉少女帯であり人間椅子だったのですが。
ただ、それでも自分自身で当時出始めの相川七瀬とか川本真琴とか、そういった人たちのCDも買いました。そして近所のCD店で借りてきてカセットテープにダビングし(時代を感じますね)、繰り返し繰り返し聞いていたのが坂本龍一『グルッポ・ムジカーレII』でした。
今でも大好きなアルバムです。例の『メリークリスマス・ミスターローレンス』が聴きたくて借りたCDでしたが、それ以外にも素敵な曲がたくさん入っています。
でも、その大好きな理由を奥深く探っていくと、結局のところ中学生の頃の感情がよみがえってくるからなんだろう、と思うのです。いわゆる思春期と呼ばれる時代。楽しいことも恥ずかしいこともいっぱいありました。
それを中2病とかいう言葉でごまかさず、冷静に見つめなおすと、案外面白いのですね。年齢を重ねて、考えすぎるようになったせいで忘れていたものがあることに気づくから。
「経験を重ねるとモノはわかる…
だが余計なコトもわかっていく
モノゴトが直感で判断できなくなっていくんだ」
そんな言葉もあるようです。ただし、これはそういう言葉を聞いたから思ったのではなく、自分が体験的に温めていたことが湾岸ミッドナイトの中でも語られていた。そういうことです。
ま、そんな感じで、このところは色々と難しく考えることが多い日々を過ごしています。会社には『仲間』はいませんし、今の職場では「そういうの、いらないかな」と思っています。その代わり、自分を磨き、高めていくよう努力して行きたいと思います。
……久々に、唐突極まりない書き出しで記事を書き始めてみましたが、どういうことなのかというと、音楽の話です。
本当の原点はといえば、小学生のころに同じ部屋で過ごしていた兄者がよく聴いていたサザンでユーミンでビートルズなんですが、私が自分で好きな音楽というものを模索し始めたのが中学生の頃なんです。といっても、一番強く心惹かれたのは、やはり兄者が聞いていたモダンチョキチョキズであり筋肉少女帯であり人間椅子だったのですが。
ただ、それでも自分自身で当時出始めの相川七瀬とか川本真琴とか、そういった人たちのCDも買いました。そして近所のCD店で借りてきてカセットテープにダビングし(時代を感じますね)、繰り返し繰り返し聞いていたのが坂本龍一『グルッポ・ムジカーレII』でした。
今でも大好きなアルバムです。例の『メリークリスマス・ミスターローレンス』が聴きたくて借りたCDでしたが、それ以外にも素敵な曲がたくさん入っています。
でも、その大好きな理由を奥深く探っていくと、結局のところ中学生の頃の感情がよみがえってくるからなんだろう、と思うのです。いわゆる思春期と呼ばれる時代。楽しいことも恥ずかしいこともいっぱいありました。
それを中2病とかいう言葉でごまかさず、冷静に見つめなおすと、案外面白いのですね。年齢を重ねて、考えすぎるようになったせいで忘れていたものがあることに気づくから。
「経験を重ねるとモノはわかる…
だが余計なコトもわかっていく
モノゴトが直感で判断できなくなっていくんだ」
そんな言葉もあるようです。ただし、これはそういう言葉を聞いたから思ったのではなく、自分が体験的に温めていたことが湾岸ミッドナイトの中でも語られていた。そういうことです。
ま、そんな感じで、このところは色々と難しく考えることが多い日々を過ごしています。会社には『仲間』はいませんし、今の職場では「そういうの、いらないかな」と思っています。その代わり、自分を磨き、高めていくよう努力して行きたいと思います。
昨日の話題に関連して。
今はブラウザの「ブックマーク」というのをほとんど利用していないのですが、かつてはちょっとでも気になる、気に入るとすぐにお気に入り登録をしておりました。
そして、当時の私はそのブックマークをエクスポートして保存していたみたいです。今日、外付けハードディスクの中を探していたら、そんなものが出てきました。2006年に作成しているようですから、ちょうど私がホームページからブログへ移り変わるあたりでしょうか。
ゲーム系、ラジコン系、自動車系、それから音楽とかコンピュータとかミリタリーとか……ちょっと大っぴらには書けないようなジャンルのものとか。細かくフォルダ分けをして、整理されていました。
もう何年もクリックしていないブックマーク。そのサイトが残っているのかどうか? かなりドキドキします。
とりあえず、ラジコン系のフォルダ内にあるリンクを片っ端から確認してみました。そうすると残っていたのはRCTさんとRC Maniaxさん、それから兎の工作室さんとTAMIYA RC MUSEUM(タミヤラジコン博物館)さんですね。あとは、TIME TUNNELさんは管理人が変わって運営中みたいですね。
これはラジコン系サイトに限ったことではありませんが、やはりinfoseekがホームページ運営を終了したことが大きいような気がします。もしかしたらその時に別なURLに移行したのかもしれませんが、何年も更新がないまま放っとかれて、その時にいっきに整理された……そんなところでしょうか。まあ私も同じような理由でHPを引越ししていますが。
そんなわけで、今はもう存在しないサイトも多数存在しますが、かつてそういうサイトがあったこと、またそういうサイトをお気に入りとして登録していたことがわかるだけでも、なんかうれしいです。自分のルーツの手がかりが見つかったような気がして。
私のホームページも、ドメインは少々変わりましたが、最後の「nekotora」という部分は2000年に開設した時からずっと変わりありません。当時のWebサイトのタイトル「猫と少女のトランス」にちなんでつけたアドレスなので、今のホームページにはそぐわないような気もしますが、これもルーツですから。
今はブラウザの「ブックマーク」というのをほとんど利用していないのですが、かつてはちょっとでも気になる、気に入るとすぐにお気に入り登録をしておりました。
そして、当時の私はそのブックマークをエクスポートして保存していたみたいです。今日、外付けハードディスクの中を探していたら、そんなものが出てきました。2006年に作成しているようですから、ちょうど私がホームページからブログへ移り変わるあたりでしょうか。
ゲーム系、ラジコン系、自動車系、それから音楽とかコンピュータとかミリタリーとか……ちょっと大っぴらには書けないようなジャンルのものとか。細かくフォルダ分けをして、整理されていました。
もう何年もクリックしていないブックマーク。そのサイトが残っているのかどうか? かなりドキドキします。
とりあえず、ラジコン系のフォルダ内にあるリンクを片っ端から確認してみました。そうすると残っていたのはRCTさんとRC Maniaxさん、それから兎の工作室さんとTAMIYA RC MUSEUM(タミヤラジコン博物館)さんですね。あとは、TIME TUNNELさんは管理人が変わって運営中みたいですね。
これはラジコン系サイトに限ったことではありませんが、やはりinfoseekがホームページ運営を終了したことが大きいような気がします。もしかしたらその時に別なURLに移行したのかもしれませんが、何年も更新がないまま放っとかれて、その時にいっきに整理された……そんなところでしょうか。まあ私も同じような理由でHPを引越ししていますが。
そんなわけで、今はもう存在しないサイトも多数存在しますが、かつてそういうサイトがあったこと、またそういうサイトをお気に入りとして登録していたことがわかるだけでも、なんかうれしいです。自分のルーツの手がかりが見つかったような気がして。
私のホームページも、ドメインは少々変わりましたが、最後の「nekotora」という部分は2000年に開設した時からずっと変わりありません。当時のWebサイトのタイトル「猫と少女のトランス」にちなんでつけたアドレスなので、今のホームページにはそぐわないような気もしますが、これもルーツですから。
私がラジコンの世界に引き戻されたのは、過去の日記を振り返ると、2006年3月頃だったようです。
あの頃はそれまでイメージしかなかったラジコンの知識が、ネット上で色々と書いている人の記事を見て急速に深まった時期でもありました。ドッグファイター(ヨコモ)とか、アソシエイテッドとか。
あれからもうすぐ8年が経とうとしています。
あの頃、私に色々なことを教えてくれた先輩たちのホームページは、今はあまり残っていないようです。TIME TUNNELさんは運営者が変わって新しい形で更新中ですし、RCTさんも一応15周年のご挨拶などが出ていたから、まだそちらは現役なんでしょうけど、やっぱりさびしいです。ジャカジャカダンパーという言葉を検索しても、もう出てきません。すべては幻のようなただの錯覚だったのか・・・・。
インターネット上での主流がブログになり、そこからさらにSNSや動画サイトになったとしても、私はやはりホームページにこだわりたいと思います。そして、手持ちの材料は少ないですが、2014年は私が持っているラジコンの知識を記事としてあげていきたいと考えています。コロタン文庫のこととかね。
そして、ただ懐かしいとか、そういうところから抜け出して……きちんと自分で納得することができる領域までもって行きたいと思います。
やっと手に入れた、彼女(※)とともに。
※ 「「まあ、車はメスが多いな。(中略)金のかかるわがまま娘ばかりだ」」 by北原所長 こち亀29巻「五式物語」 を参照のこと。
あの頃はそれまでイメージしかなかったラジコンの知識が、ネット上で色々と書いている人の記事を見て急速に深まった時期でもありました。ドッグファイター(ヨコモ)とか、アソシエイテッドとか。
あれからもうすぐ8年が経とうとしています。
あの頃、私に色々なことを教えてくれた先輩たちのホームページは、今はあまり残っていないようです。TIME TUNNELさんは運営者が変わって新しい形で更新中ですし、RCTさんも一応15周年のご挨拶などが出ていたから、まだそちらは現役なんでしょうけど、やっぱりさびしいです。ジャカジャカダンパーという言葉を検索しても、もう出てきません。すべては幻のようなただの錯覚だったのか・・・・。
インターネット上での主流がブログになり、そこからさらにSNSや動画サイトになったとしても、私はやはりホームページにこだわりたいと思います。そして、手持ちの材料は少ないですが、2014年は私が持っているラジコンの知識を記事としてあげていきたいと考えています。コロタン文庫のこととかね。
そして、ただ懐かしいとか、そういうところから抜け出して……きちんと自分で納得することができる領域までもって行きたいと思います。
やっと手に入れた、彼女(※)とともに。
※ 「「まあ、車はメスが多いな。(中略)金のかかるわがまま娘ばかりだ」」 by北原所長 こち亀29巻「五式物語」 を参照のこと。
いやV35じゃなくてポルシェなんですけどね。しかもタムテックギアの。
今日は会社が休みなので、病院に行ったりコートを買ったりして、落ち着いたらいよいよ買いに行こうと思います。
それにあたり、今回は私のルーツともいえる本を引っ張り出してきました。……いや、もうボロボロのバラバラで本とはいえないような状態になってるんですけどね。
左は昭和60年7月現在の『最新』ラジコン全百科。昭和なジャリボーイ(と、もしかしたらガールも)ならおなじみコロタン文庫の中の一冊です。タミヤならホットショットやポルシェ956、京商はターボスコーピオンとかプラズマ3P(MKII)といった時代です。あとはヒロボーの『ゼルダ』ね。4独4駆ベルトドライブ。
この本のすごいところは、ラジコンの操縦やメカニズムに関する基礎的なことが私のような機械オンチの小学生だった私にもわかりやすく解説されていることです。そのため実際にその知識が生きるのは90年代後半に廃業寸前の模型店の安売りで買った『ソニックファイター』を手に入れる時まで10年以上の時間を要するのですが、本当に素晴らしい本です。
……まあ、メカに関しては、スピードコントローラーが巻線抵抗式から3段変速スイッチに移り変わりつつある時代に書かれた本なので、現代では役に立たないものもあります。こないだ模型店の店員さんとタムギア購入後のことを相談したら、完全に浦島太郎状態でした。スピコンはアンプ方式しかないの? とか、2.4GHzって何? とかって。
右のものは、表紙にもあるとおり89年版のカタログです。カタログなので詳しいメカの解説などはありませんが、写真とかスペックとか短い解説文とかが各車ごとについているので、当時の雰囲気は十分に感じられます。しかも車だけではなく飛行機やヘリやボートの記事もあります。こちらではあの『アバンテ』が最強マシンとして紹介されております。一方の京商は『ターボオプティマミッドスペシャル』と妙に長い名前のキットが同じようなポジション(価格帯とか)として紹介されています。
本の後ろのほうにはパーツが紹介されています。純正だけでなくサードパーティ(フェニックス・インコーポレーション)のものも掲載されています。特に目を引くのはアルミ削り出しの「クリエイトホイール」。4本一組7800円、量産が不可能なため、完全受注生産……だったそうです。あと、ゴールデンリミテッドオイルダンパーという大仰な名前のダンパーがありますが、こちらはセットで1980円。意外とリーズナブルです。
当時、買うことも組むこともできなかった犬神はカタログを何度も眺めては「アバンテもいいけど、やはりサンダードラゴンだな」 「モーターはダイナテック01Rしかないだろう」 「バッテリーはレーシングパックEXにしよう」とかって、何度も頭の中で想像するばかりでした。なお、この頃はミニ四駆に大ハマリしていたので、タミヤ以外のモデルにはほとんど興味がありませんでした。
あの頃憧れていたキットとは少し違いますが、タミヤのラジコンであることには変わりありません。29年分の思いを込めて、今日にも買ってこようと思います。
このところポルシェの話が続いているので、それに関連した話をします。あまり難しく考えてはいません。サラッとね。
どうしてこんなにポルシェに惹かれるのかといえば、初めて組んだプラモデルがポルシェだったからだと思います。ただし911とか934とか935ではなく、なぜか928でした。それの、ぜんまいで動くやつ。今で言うミニッツレーサーくらいの大きさで、当時の価格で100円くらいじゃなかったかな。
箱には真っ赤に塗られたポルシェがあったのですが、箱を開けてみれば成型色の白でした。仕方がないのでラッカースプレーでボディを真っ赤に塗り、それから組みました。何せ小学校低学年くらいの時代ですから、もちろん、ボディ以外はすべて素組みです。
もう、とにかく愛着はありました。走らせて楽しみ、眺めて楽しみ、それをスケッチブックに書き写して楽しみ。本当に思い出深いキットでした。
その後はミニ四駆ブームに乗って発売された、なぜかピンスパイクタイヤをはいた4WD仕様のポルシェ928のキットを買ったり、ケーニッヒチューンの928をモデルにした1/24のキットを組んだり。それ以外にも色々と組みましたが、やはりポルシェは特別な存在です。
この流れでいけば、やはり1/12サイズの『タミヤのポルシェ』を組むしかないでしょう。ただしディスプレイ用のビッグスケールシリーズは、さほどプラモを組みなれていない私にとってはあまりにも手に余る難易度ですし、どちらかというとラジコンのほうが楽しそうなので……例のフルキットを買おうと考えつつ、盛岡市内の中古雑貨店に、まかりまちがって組み立てキット(しかも未組み立て)があったりしないかなあ、と悪あがきする予定の今日この頃です。
どうしてこんなにポルシェに惹かれるのかといえば、初めて組んだプラモデルがポルシェだったからだと思います。ただし911とか934とか935ではなく、なぜか928でした。それの、ぜんまいで動くやつ。今で言うミニッツレーサーくらいの大きさで、当時の価格で100円くらいじゃなかったかな。
箱には真っ赤に塗られたポルシェがあったのですが、箱を開けてみれば成型色の白でした。仕方がないのでラッカースプレーでボディを真っ赤に塗り、それから組みました。何せ小学校低学年くらいの時代ですから、もちろん、ボディ以外はすべて素組みです。
もう、とにかく愛着はありました。走らせて楽しみ、眺めて楽しみ、それをスケッチブックに書き写して楽しみ。本当に思い出深いキットでした。
その後はミニ四駆ブームに乗って発売された、なぜかピンスパイクタイヤをはいた4WD仕様のポルシェ928のキットを買ったり、ケーニッヒチューンの928をモデルにした1/24のキットを組んだり。それ以外にも色々と組みましたが、やはりポルシェは特別な存在です。
この流れでいけば、やはり1/12サイズの『タミヤのポルシェ』を組むしかないでしょう。ただしディスプレイ用のビッグスケールシリーズは、さほどプラモを組みなれていない私にとってはあまりにも手に余る難易度ですし、どちらかというとラジコンのほうが楽しそうなので……例のフルキットを買おうと考えつつ、盛岡市内の中古雑貨店に、まかりまちがって組み立てキット(しかも未組み立て)があったりしないかなあ、と悪あがきする予定の今日この頃です。
先日「ミニッツ買います」といっていたところですが、ここに来てちょっと状況が変わってきました。
盛岡市内の模型店をいくつか回ってみたものの、なかなかJKB86のレディセットが見つからないんです。……そうなると通販か、そうでなければ北上まで1時間半くらいかけて買いに行かなきゃいけません。それはちょっと大変です。
そして、それならというわけではありませんが、かれこれ3年ほど前から盛岡市内の模型店の委託販売コーナーに並んでいるタムテックギア版のポルシェ934を買おうかな、という気持ちになりつつあります。
ラジコンに関するルーツをたどれば、そこにはいつもタミヤのRCがありました。さすがにリアルタイムでポルシェ934を見ていた世代ではありませんが、オフロードバギーよりもオンロードの、それも古いラジコンに憧れがありました。
そこにやってきたタミヤの再販ラッシュ。本当はIIの方が好きなんだけどな……といいつつも『グラスホッパー』を購入。プロポとあわせて2万円前後のコストがかかりました。そのあとはずっとあこがれていた『ホーネット』も無理して購入。ああ受信機を買わなくちゃと思っているうちに、ポルシェ934がタムテックギアで復刻。ちょっと待ってよ、と。さすがに予算のほうが追いつかず、そのままポンと7年以上の時が経ってしまいました。
委託販売コーナーにあるポルシェ934は、私の知らない誰かが組んだ完成モデルです。オリジナルのカラーリングが施され、プロポやバッテリーがすべてセットになったものです。そして説明書きによれば様々なオプションパーツが組み込まれたチューンド仕様らしいです。それでいて値段は新品のフルセットよりも割安なので、コストパフォーマンス的には申し分ないのですが、なかなか踏ん切りがつかず、初めて見てからもう3年ほど経ってしまいました。
できれば、自分で組みたい――いま組み立てキットなんて、新品で手にはいりませんよ。
今度見かけたら買おう――いったい、何回見かけてるんですか。
ドライバー人形がない――カスタマーサービスに部品発注すればいいでしょ。
目をそらす言い訳をいくつも考え、それを打ち消していく。そんなことを考えているうちに、気持ちが傾いてきたのです。
ミニッツのJKB86は2014年1月現在でも最新のシャーシですし、チューニングも思いのままでしょう。常に進化し続けている印象です。一方でタムテックギアのポルシェ934は、2006年当時のシャーシのまま進歩がないように見受けられます。ちょっと古くさい印象です。
……でも、好きだった時間が違うんですよね。好きになってから3日ほどしか経っていないJKB86に対し、何年も温め続けてきた気持ち。そのことを考えれば、答えは……。
盛岡市内の模型店をいくつか回ってみたものの、なかなかJKB86のレディセットが見つからないんです。……そうなると通販か、そうでなければ北上まで1時間半くらいかけて買いに行かなきゃいけません。それはちょっと大変です。
そして、それならというわけではありませんが、かれこれ3年ほど前から盛岡市内の模型店の委託販売コーナーに並んでいるタムテックギア版のポルシェ934を買おうかな、という気持ちになりつつあります。
ラジコンに関するルーツをたどれば、そこにはいつもタミヤのRCがありました。さすがにリアルタイムでポルシェ934を見ていた世代ではありませんが、オフロードバギーよりもオンロードの、それも古いラジコンに憧れがありました。
そこにやってきたタミヤの再販ラッシュ。本当はIIの方が好きなんだけどな……といいつつも『グラスホッパー』を購入。プロポとあわせて2万円前後のコストがかかりました。そのあとはずっとあこがれていた『ホーネット』も無理して購入。ああ受信機を買わなくちゃと思っているうちに、ポルシェ934がタムテックギアで復刻。ちょっと待ってよ、と。さすがに予算のほうが追いつかず、そのままポンと7年以上の時が経ってしまいました。
委託販売コーナーにあるポルシェ934は、私の知らない誰かが組んだ完成モデルです。オリジナルのカラーリングが施され、プロポやバッテリーがすべてセットになったものです。そして説明書きによれば様々なオプションパーツが組み込まれたチューンド仕様らしいです。それでいて値段は新品のフルセットよりも割安なので、コストパフォーマンス的には申し分ないのですが、なかなか踏ん切りがつかず、初めて見てからもう3年ほど経ってしまいました。
できれば、自分で組みたい――いま組み立てキットなんて、新品で手にはいりませんよ。
今度見かけたら買おう――いったい、何回見かけてるんですか。
ドライバー人形がない――カスタマーサービスに部品発注すればいいでしょ。
目をそらす言い訳をいくつも考え、それを打ち消していく。そんなことを考えているうちに、気持ちが傾いてきたのです。
ミニッツのJKB86は2014年1月現在でも最新のシャーシですし、チューニングも思いのままでしょう。常に進化し続けている印象です。一方でタムテックギアのポルシェ934は、2006年当時のシャーシのまま進歩がないように見受けられます。ちょっと古くさい印象です。
……でも、好きだった時間が違うんですよね。好きになってから3日ほどしか経っていないJKB86に対し、何年も温め続けてきた気持ち。そのことを考えれば、答えは……。
も・・もう一度
もう一度RCやっちゃダメか・・?
あの金使っちゃダメか・・?
本当にこれで最後だから・・
・・2月に車検があるのヨ・・洸一・・
昨日、とあるおもちゃ屋さんで『ミニッツレーサー』というラジコンを見ました。
いやミニッツレーサーというものがあることは知っていたんですけどね。ダイキャストのミニカーのような精密デザインの車が入った箱があり、よく見るとそれがラジコンで操縦できるらしい、と。その中には20年以上前に私があこがれつつ手に入れることができなかったロスマンズカラーの『ポルシェ962C』もありました(962Cなのでタムテックです)。
コンセプトも、タムテックと同じですよね。小型ラジコン。今は『タムテックギア』として、私のようなオールドタイプをガンガン取り込む戦略を打っているようですが、それを京商がやった、と。
高級メカにこだわりすぎて実戦では使い物にならないと玄人筋から評価されているタミヤ製品に対し、まじめで実践的なメカを製作する会社として評判のある京商。もっと実戦志向な横掘模型なんていうのもありますが、それはさておいて、どうやらこのミニッツって言うのも随分と奥が深いみたいですね。サイズが小さいだけで、チューニングパーツもたくさんあるし、スケールスピードではなく実際的な速度として50キロ以上も出るとか出ないとか。……スゴイ。
別な模型店で『ミニッツ福袋』が5000円で売り出されているのを見て、急速に興味がわきました。もしも5000円でミニッツが始められるのなら……と思い、真剣に箱を手にとって調べてみたのです。
そのお店では、さすがに5000円というわけには行きませんでしたが、それでも送信機セットで13000円台というプライスタグがつけられていました。これを高いというか安いというかはそれぞれだと思いますが、フルセットなら2万円くらいするだろうと思っていただけに(福袋は例外として)、これだったら、通常価格で買ってもいいかなと思ったのです。
そのフルセットの中には……おお、91年にル・マンで総合優勝したマツダ787Bがあるじゃないですか。心情的にはやはりポルシェ962Cですが、タムテックのかたきをミニッツでとるというのもなんだし、やっぱり日本車がいいかなという思いもあるので、これはいいかもしれません。
それから……と別な場所に目をやると、なんだかピンク色のド派手なスポーツカーが。名前は『JKB86』……要するにトヨタ・86のレース仕様で、京商50周年モデルのようですが、ボディには女の子のイラストがあります。おいおい、こりゃ~当節流行のアレかい? と思ったのですが、どうも違う感じがしました。
箱を手にとって詳細に眺めるうちに、理解しました。JKB……秋葉原でもジャカルタでもありません。そう、『女子カート部』です。
公式サイト
いやでも目に付き印象に残る、ピンクを基調としたド派手なカラーリングで、ずっと頭の中に残っていました。モデルやってますどう綺麗でしょ? といった雰囲気は好きではないのですが、レーサーとしての経験・実績は私よりもずっと上だから、そこは認めたいし、応援もしたい……と、どうしたらいいのか結論が出ていないところですが……な、なんと、こんなモデルが出ていたんですね。しかもこれ、ただのオリジナルRCではなく、実車で塚本代表がワンメイクレースに参戦している、ということで(これは帰ってきてからネットで調べて知った)。
なお、5000円の『ミニッツ福袋』は、よく見るとチョロQのセットが入っているものでした。実際に買って開けてみたわけではなく、プライスタグのところについている内容説明文をよく見たらそう書いていました。ギャフン。
そんなこんなで、いまだにこの「JKB86」を買おうかどうしようか、悩んでいるところです。
まあ、7:3くらいで『買う』側が優勢です。とりあえずシステム的にも最新みたいですし、この車のシャーシは、ほかのシャーシを利用しているモデルのボディも乗せられる万能型みたいなんですね。多少アタッチメントを取り付ける必要はあるみたいですが、そのくらいで済むならOKOKですよ。ポルシェ934のホワイトボディも何とか手に入れるめどをつけたし。
そうなると、すぐに934にのせかえてしまうのかという話なんですが、そう簡単にはいきません。86なんて好きじゃないんだとか、女子カート部っていうのがねとか、色々と理屈はありますが、
……こういうことになっちゃうのかなあ。
※ 漫画とかのセリフの改変はあまり好きではないのですが、湾岸ミッドナイトだけは、どうしてもやってしまいます。これはもう10年以上読み続けているので、すっかりしみこんでしまったのです。
もう一度RCやっちゃダメか・・?
あの金使っちゃダメか・・?
本当にこれで最後だから・・
・・2月に車検があるのヨ・・洸一・・
昨日、とあるおもちゃ屋さんで『ミニッツレーサー』というラジコンを見ました。
いやミニッツレーサーというものがあることは知っていたんですけどね。ダイキャストのミニカーのような精密デザインの車が入った箱があり、よく見るとそれがラジコンで操縦できるらしい、と。その中には20年以上前に私があこがれつつ手に入れることができなかったロスマンズカラーの『ポルシェ962C』もありました(962Cなのでタムテックです)。
コンセプトも、タムテックと同じですよね。小型ラジコン。今は『タムテックギア』として、私のようなオールドタイプをガンガン取り込む戦略を打っているようですが、それを京商がやった、と。
高級メカにこだわりすぎて実戦では使い物にならないと玄人筋から評価されているタミヤ製品に対し、まじめで実践的なメカを製作する会社として評判のある京商。もっと実戦志向な横掘模型なんていうのもありますが、それはさておいて、どうやらこのミニッツって言うのも随分と奥が深いみたいですね。サイズが小さいだけで、チューニングパーツもたくさんあるし、スケールスピードではなく実際的な速度として50キロ以上も出るとか出ないとか。……スゴイ。
別な模型店で『ミニッツ福袋』が5000円で売り出されているのを見て、急速に興味がわきました。もしも5000円でミニッツが始められるのなら……と思い、真剣に箱を手にとって調べてみたのです。
そのお店では、さすがに5000円というわけには行きませんでしたが、それでも送信機セットで13000円台というプライスタグがつけられていました。これを高いというか安いというかはそれぞれだと思いますが、フルセットなら2万円くらいするだろうと思っていただけに(福袋は例外として)、これだったら、通常価格で買ってもいいかなと思ったのです。
そのフルセットの中には……おお、91年にル・マンで総合優勝したマツダ787Bがあるじゃないですか。心情的にはやはりポルシェ962Cですが、タムテックのかたきをミニッツでとるというのもなんだし、やっぱり日本車がいいかなという思いもあるので、これはいいかもしれません。
それから……と別な場所に目をやると、なんだかピンク色のド派手なスポーツカーが。名前は『JKB86』……要するにトヨタ・86のレース仕様で、京商50周年モデルのようですが、ボディには女の子のイラストがあります。おいおい、こりゃ~当節流行のアレかい? と思ったのですが、どうも違う感じがしました。
箱を手にとって詳細に眺めるうちに、理解しました。JKB……秋葉原でもジャカルタでもありません。そう、『女子カート部』です。
公式サイト
いやでも目に付き印象に残る、ピンクを基調としたド派手なカラーリングで、ずっと頭の中に残っていました。モデルやってますどう綺麗でしょ? といった雰囲気は好きではないのですが、レーサーとしての経験・実績は私よりもずっと上だから、そこは認めたいし、応援もしたい……と、どうしたらいいのか結論が出ていないところですが……な、なんと、こんなモデルが出ていたんですね。しかもこれ、ただのオリジナルRCではなく、実車で塚本代表がワンメイクレースに参戦している、ということで(これは帰ってきてからネットで調べて知った)。
なお、5000円の『ミニッツ福袋』は、よく見るとチョロQのセットが入っているものでした。実際に買って開けてみたわけではなく、プライスタグのところについている内容説明文をよく見たらそう書いていました。ギャフン。
そんなこんなで、いまだにこの「JKB86」を買おうかどうしようか、悩んでいるところです。
まあ、7:3くらいで『買う』側が優勢です。とりあえずシステム的にも最新みたいですし、この車のシャーシは、ほかのシャーシを利用しているモデルのボディも乗せられる万能型みたいなんですね。多少アタッチメントを取り付ける必要はあるみたいですが、そのくらいで済むならOKOKですよ。ポルシェ934のホワイトボディも何とか手に入れるめどをつけたし。
そうなると、すぐに934にのせかえてしまうのかという話なんですが、そう簡単にはいきません。86なんて好きじゃないんだとか、女子カート部っていうのがねとか、色々と理屈はありますが、
……こういうことになっちゃうのかなあ。
※ 漫画とかのセリフの改変はあまり好きではないのですが、湾岸ミッドナイトだけは、どうしてもやってしまいます。これはもう10年以上読み続けているので、すっかりしみこんでしまったのです。
今日は1月2日。たいていのお店が初売りとなる日ですね。
そういうわけで私もずっと前から欲しかったファミリアファミ子用のスノーブレード『スーパーグラファイト』を買いました。3年前に大変な目に遭って以来、スノーブレードの大切さはよく認識していますからね。その割には、去年はノーマルブレードで何とかしのいだのですが。
あとはスポーツ用品店でアシックスのウインドブレーカーを買いました。これもまた初売りで40パーセントOFFだったのです。それでも結構な金額だったので、たまらずクレジット分割払いになってしまったのですが。
そんなわけで、今日は思いっきり大きな買い物をしました。
そういうわけで私もずっと前から欲しかったファミリアファミ子用のスノーブレード『スーパーグラファイト』を買いました。3年前に大変な目に遭って以来、スノーブレードの大切さはよく認識していますからね。その割には、去年はノーマルブレードで何とかしのいだのですが。
あとはスポーツ用品店でアシックスのウインドブレーカーを買いました。これもまた初売りで40パーセントOFFだったのです。それでも結構な金額だったので、たまらずクレジット分割払いになってしまったのですが。
そんなわけで、今日は思いっきり大きな買い物をしました。
平成二十六年。謹んで新春のご挨拶を申し上げます。本年もFLATFEELING別館・南部忍びの雑記帳をよろしくお願いします。
一年の計は元旦にありといいます。『ドラえもん』のぐーたらお正月セットの話を読んだ方なら分かると思いますが、せっかくの元日をなんとな~く過ごしてしまうことほど、もったいないことはありません。なのでこの日をどう過ごすか? というのは、私にとって一年でもっとも真剣に考え、行動する日でした。
そういう意味では、今年は0時0分から思いっきり頑張りました。今日から私の住む「岩手郡滝沢村」が「滝沢市」にランクアップするので、その式典を村役場改め市庁舎前で行ったのです。
その後は同じ滝沢「市」内にある蒼前神社にお参り。ここは「チャグチャグ馬コ」発祥の地であり、今年の干支の馬神様(?)をまつる場所なのです。
さらにそのあとは、年越し特別営業中の日帰り温泉に。再び家に帰ってきた時は午前2時30分でしたが、最高のスタートダッシュを切れたといえます。
……といえればよかったんですが、最初のセレモニーの時は立ち位置が悪くて記念の花火をろくすっぽ見られず、神社にお参りをした時は激烈に混雑して寒い中長時間並び、そして最後の日帰り温泉は情報が間違っていたのか、実際に行ってみたら完全閉店中につき、何もせずにサッサと帰ってくることになりました。ちなみにこの日の天候は大雪で、視界も道路も最悪状態でした。
でも、いいんです。いつだって何かをやろうとすると、困難が降りかかってくるのが私の人生ですから。
そして、そういう時はいつも力ずくで乗り越えようとするのが、私の人生ですから。……本館で書きましたが、若い女の子たちのひたむきさを目の当たりにしたことで、そうすることに決めたのです。その温泉には入れませんでしたが、今日の夕方に別な温泉に入れたし。
このところは「ホップ・ステップ・ジャンプ」の理論に基づき3年でひとつの区切りとなっています。それまではシームレスというか、なんとな~く25年、26年、27年と歳を重ねていたのですが、2008年からその考えを改めました。そして3年目の2010年には、それまでと違って思いっきり交友範囲が広がり、ドキドキなお付き合いも始まりました。
翌2011年はどうか。この年は三十代の始まりであり、震災の年でもありました。そのため「これからの人生を、どう生きるのか」を真剣に考え、後悔することがあっても振り返った時に納得できるような人生を送ろうと決心。いっそうまじめに自己研鑽を重ねました。その結果、何とか過去のすべてのマイナスを帳消しにし、ちゃんと32歳の現在を受け止められるようになりました。
ここから先はマイナスを取り戻すのではなく、プラスを積み上げていく日々です。果たして何をどうしていくのか。色々なことを考えつつ、まあ、それなりにやっていこうと思います。
そんなわけで、今年もよろしくお願いします。
一年の計は元旦にありといいます。『ドラえもん』のぐーたらお正月セットの話を読んだ方なら分かると思いますが、せっかくの元日をなんとな~く過ごしてしまうことほど、もったいないことはありません。なのでこの日をどう過ごすか? というのは、私にとって一年でもっとも真剣に考え、行動する日でした。
そういう意味では、今年は0時0分から思いっきり頑張りました。今日から私の住む「岩手郡滝沢村」が「滝沢市」にランクアップするので、その式典を村役場改め市庁舎前で行ったのです。
その後は同じ滝沢「市」内にある蒼前神社にお参り。ここは「チャグチャグ馬コ」発祥の地であり、今年の干支の馬神様(?)をまつる場所なのです。
さらにそのあとは、年越し特別営業中の日帰り温泉に。再び家に帰ってきた時は午前2時30分でしたが、最高のスタートダッシュを切れたといえます。
……といえればよかったんですが、最初のセレモニーの時は立ち位置が悪くて記念の花火をろくすっぽ見られず、神社にお参りをした時は激烈に混雑して寒い中長時間並び、そして最後の日帰り温泉は情報が間違っていたのか、実際に行ってみたら完全閉店中につき、何もせずにサッサと帰ってくることになりました。ちなみにこの日の天候は大雪で、視界も道路も最悪状態でした。
でも、いいんです。いつだって何かをやろうとすると、困難が降りかかってくるのが私の人生ですから。
そして、そういう時はいつも力ずくで乗り越えようとするのが、私の人生ですから。……本館で書きましたが、若い女の子たちのひたむきさを目の当たりにしたことで、そうすることに決めたのです。その温泉には入れませんでしたが、今日の夕方に別な温泉に入れたし。
このところは「ホップ・ステップ・ジャンプ」の理論に基づき3年でひとつの区切りとなっています。それまではシームレスというか、なんとな~く25年、26年、27年と歳を重ねていたのですが、2008年からその考えを改めました。そして3年目の2010年には、それまでと違って思いっきり交友範囲が広がり、ドキドキなお付き合いも始まりました。
翌2011年はどうか。この年は三十代の始まりであり、震災の年でもありました。そのため「これからの人生を、どう生きるのか」を真剣に考え、後悔することがあっても振り返った時に納得できるような人生を送ろうと決心。いっそうまじめに自己研鑽を重ねました。その結果、何とか過去のすべてのマイナスを帳消しにし、ちゃんと32歳の現在を受け止められるようになりました。
ここから先はマイナスを取り戻すのではなく、プラスを積み上げていく日々です。果たして何をどうしていくのか。色々なことを考えつつ、まあ、それなりにやっていこうと思います。
そんなわけで、今年もよろしくお願いします。
このところ、漫画『湾岸ミッドナイト』をよく読んでいます。元々大好きな漫画だったし、ゲームのほうの『湾岸ミッドナイト』をやっているから、というのもあるのですが・・・そこで読んだ言葉が、最近になって妙に心に響くんです。
人によって「変なオッサンが真夜中にワケわかんないことをぼやいている」と言われたり「名言の宝庫」と言われたり、評価がはっきり分かれる物語であると思いますが、私は後者のほうです。すごくいい言葉ばかりです。まだ20代の頃からたくさんの言葉をもらい、それを胸に生きてきました。
初めてその言葉に触れた時も感動したはずなんですが、最近これを読み返したら、その時の何倍も心に響いた。それは多分、私自身が色々なことを経験して、体験して、実感を伴ったからなのかもしれません。……もちろん真夜中の首都高を時速300キロで走ったとか、そういう意味じゃなくてね(ゲーム上ではそれをやっていますが)。もっと広い意味で、社会人として色々なことを経験したという意味です。
そういう経験を踏まえて思ったことは、
「どんなにいい言葉でも、それをモノにするためには、受け止める側もある程度のレベルが必要」
だということ。どんなにいい言葉でも、心に響かなければ、ただの言葉以上のものにはならないと思うんです。……もちろん、その言葉を大事に取っておけば、いつか真に名言・金言として生きてくると思うので、名言集や名言まとめサイトなんかを活用するのも結構だと思いますが……ただ、今の私にはそういうのは、いらないかな。
いま、私はこのブログを、できるだけ自分の言葉で書こうとしています。
コミックを片手に何かいい言葉を拾って引用したり、あるいはコピペ改変したりして載せれば、それなりに面白い文章が書けるかもしれませんが・・・何となくそういうの、やりたくないんですよね。やっぱり、誰かの言葉を借りてくるだけじゃ、なんか言葉が上滑りして気持ちをうまく表せないから。
正直、すごく難しいです。そのあたりのことを今読んでいるユングの分析心理学では解説しているんですが、これを引用しながら説明することはできません。ただ読むだけでも中身をちゃんと理解できないのに、それを誰かに説明するなんて無理です。
そういう前提で、少し思ったことを書きます。たぶん私が今、意識できる『私』というのは、全体的な『私』の中の、ほんの一部分であり、それしか認識できないからなのかもしれません。それなのに、全体的な『私』を捉えようとしているから、こんなに苦労しているのかもしれません。
これから先も、色々な言葉を書くと思います。でも、それが私のすべてだとは思わないでください。思想がコロコロ変わるんじゃなく、その時に意識できなかった別な私が出てくるだけですから。
どうやら現在読んでいる『分析心理学』を読み終えるのは来年に持ち越しになりそうです。さらにそのあとは『自我と無意識』を読もうと思っています。そのため、来年はもしかしたら、なんか妙ちくりんなブログになってしまうかもしれませんが、そうなったらそうなったでお笑いください。
では皆様、また来年。
人によって「変なオッサンが真夜中にワケわかんないことをぼやいている」と言われたり「名言の宝庫」と言われたり、評価がはっきり分かれる物語であると思いますが、私は後者のほうです。すごくいい言葉ばかりです。まだ20代の頃からたくさんの言葉をもらい、それを胸に生きてきました。
初めてその言葉に触れた時も感動したはずなんですが、最近これを読み返したら、その時の何倍も心に響いた。それは多分、私自身が色々なことを経験して、体験して、実感を伴ったからなのかもしれません。……もちろん真夜中の首都高を時速300キロで走ったとか、そういう意味じゃなくてね(ゲーム上ではそれをやっていますが)。もっと広い意味で、社会人として色々なことを経験したという意味です。
そういう経験を踏まえて思ったことは、
「どんなにいい言葉でも、それをモノにするためには、受け止める側もある程度のレベルが必要」
だということ。どんなにいい言葉でも、心に響かなければ、ただの言葉以上のものにはならないと思うんです。……もちろん、その言葉を大事に取っておけば、いつか真に名言・金言として生きてくると思うので、名言集や名言まとめサイトなんかを活用するのも結構だと思いますが……ただ、今の私にはそういうのは、いらないかな。
いま、私はこのブログを、できるだけ自分の言葉で書こうとしています。
コミックを片手に何かいい言葉を拾って引用したり、あるいはコピペ改変したりして載せれば、それなりに面白い文章が書けるかもしれませんが・・・何となくそういうの、やりたくないんですよね。やっぱり、誰かの言葉を借りてくるだけじゃ、なんか言葉が上滑りして気持ちをうまく表せないから。
正直、すごく難しいです。そのあたりのことを今読んでいるユングの分析心理学では解説しているんですが、これを引用しながら説明することはできません。ただ読むだけでも中身をちゃんと理解できないのに、それを誰かに説明するなんて無理です。
そういう前提で、少し思ったことを書きます。たぶん私が今、意識できる『私』というのは、全体的な『私』の中の、ほんの一部分であり、それしか認識できないからなのかもしれません。それなのに、全体的な『私』を捉えようとしているから、こんなに苦労しているのかもしれません。
これから先も、色々な言葉を書くと思います。でも、それが私のすべてだとは思わないでください。思想がコロコロ変わるんじゃなく、その時に意識できなかった別な私が出てくるだけですから。
どうやら現在読んでいる『分析心理学』を読み終えるのは来年に持ち越しになりそうです。さらにそのあとは『自我と無意識』を読もうと思っています。そのため、来年はもしかしたら、なんか妙ちくりんなブログになってしまうかもしれませんが、そうなったらそうなったでお笑いください。
では皆様、また来年。
……今年のことを振り返って、アレコレ書くのがこの時期の私のブログでしたが、今年は取り立てて書きたいことが思いつきません。
何でなのかなと思ったら、多分、世の中に対して以前ほど興味がなくなったからなのかもしれません。……というと、来年から世捨て人になる人のようなので、ちょっと付け加えます。とてもこのブログだけでまとめられるほどのものではないので、ひとつまみだけ書くと、誰かのせいにするのをやめようと思ったのです。
「○○が悪い」 「○○のせいだ」 「謝罪しろ」 「土下座しろ」 「倍返しだ」……そういうの、私はもういいです。
以前は私も色々なものを批判したり糾弾したりしました。そうすることで自分のアイデンティティを確認していたんだと思います。でも、「そういうオマエはどうなの?」と言われた時、自分があまりにもショボショボであることに気づいたんですよね。だからとにかく本を読み、自己研鑽を重ねているうちに、もう誰が悪いとかという話はどうでもよくなっちゃったんです。
あとは、なんというか、自分が蝦夷と呼ばれた側の人間であることを強く意識するようになったから、というのもあるかもしれません。「日本を守る」とか「日本を取り戻す」とか「日本とはこんな国だ」とか、そういうことを言う人はたくさんいますが、私はそれ以前に岩手の人間であり、南部の人間であり、大きな戦いの時にはいつも反体制側に立たされてきた人間である……ということを意識してしまいます。
ほかはどうあれ、私は私。なんかチャットモンチーの歌みたいですが、本当そんな感じだと思います。
これから先、艦艇を擬人化したアニメキャラがはやろうが極端な保守系思想雑誌の表紙をアニメキャラが飾ろうが、私は何も言いません。極端な論調で語る人からは距離を置きます。世の中がどうなろうと、これからも私は私のいいと思ったものを選択し、生きていきたいと思います。
「正しいコトと自分がソレをセレクトするかは また別だろ」
……『湾岸ミッドナイト』の話は、また後日と言うことで。
何でなのかなと思ったら、多分、世の中に対して以前ほど興味がなくなったからなのかもしれません。……というと、来年から世捨て人になる人のようなので、ちょっと付け加えます。とてもこのブログだけでまとめられるほどのものではないので、ひとつまみだけ書くと、誰かのせいにするのをやめようと思ったのです。
「○○が悪い」 「○○のせいだ」 「謝罪しろ」 「土下座しろ」 「倍返しだ」……そういうの、私はもういいです。
以前は私も色々なものを批判したり糾弾したりしました。そうすることで自分のアイデンティティを確認していたんだと思います。でも、「そういうオマエはどうなの?」と言われた時、自分があまりにもショボショボであることに気づいたんですよね。だからとにかく本を読み、自己研鑽を重ねているうちに、もう誰が悪いとかという話はどうでもよくなっちゃったんです。
あとは、なんというか、自分が蝦夷と呼ばれた側の人間であることを強く意識するようになったから、というのもあるかもしれません。「日本を守る」とか「日本を取り戻す」とか「日本とはこんな国だ」とか、そういうことを言う人はたくさんいますが、私はそれ以前に岩手の人間であり、南部の人間であり、大きな戦いの時にはいつも反体制側に立たされてきた人間である……ということを意識してしまいます。
ほかはどうあれ、私は私。なんかチャットモンチーの歌みたいですが、本当そんな感じだと思います。
これから先、艦艇を擬人化したアニメキャラがはやろうが極端な保守系思想雑誌の表紙をアニメキャラが飾ろうが、私は何も言いません。極端な論調で語る人からは距離を置きます。世の中がどうなろうと、これからも私は私のいいと思ったものを選択し、生きていきたいと思います。
「正しいコトと自分がソレをセレクトするかは また別だろ」
……『湾岸ミッドナイト』の話は、また後日と言うことで。
一応けじめをつけるために、書きます。
今年ちゃんと見たアニメを振り返った時、思いついたのはせいぜい『ドキドキ!プリキュア』くらいでした。
本来は女児向けに製作されているアニメであり、私のような成人男性のファンは「大きなお友達」と呼ばれるようですが、さすがに映画館に行ってグッズを振り回すようなことはしません(そういうことをしにやってきた人は見たことがありますが)。
私がプリキュアを見ていたのは、女の子が可愛いから……というのも、ないわけではありませんが……私が忘れてしまいそうな感情を、思いっきりさらけ出しているからです。私は30代の男性ですから、そうそうさらけ出すべきではないし、実際にそういうことを表に出すことは極力しませんが、それでも大事なことは忘れたくないと思っています。そのことを教えてくれるのがプリキュアだったんです。
かつて『きらりんレボリューション』を見ていた時もそうでした。大人の『賢い』やり方では行き詰ってしまうところも、若い女の子の柔軟なアイデアで一発逆転してみせるシーンは、むしろ大人だからこそ衝撃が大きかったような気がします。
そういうわけで、私はプリキュアが好きでした。プリキュアに元気をもらい、プリキュアに新しいひらめきのチャンスをもらい、プリキュアを糧にして生きてきました。
本当に、助けられた、と思っています。
来年はどうなるか、わかりません。
2011年の『スイート』から始まり、次の『スマイル』を経て、今年の『ドキドキ』に。この3年はとにかく色々なことがありました。私の会社の体制も変わったし、私の好きな街の景色も変わりました。そんな中で私自身も心身を鍛え、ある程度、何とかなりました。ようやく実年齢に中身が追いついた。そんな感じです。
と、なると、これがちょうどいい機会なのかなと思うのです。プリキュアから離れて、さらに新しい何かを求める。そういうタイミングなのかもしれません。
その一方で、「別に減るもんじゃないし、百歩くらい離れた今の場所から見続けるのもいいのかな」とも思います。もう今までほど感情移入することはなくても、色々と気づかせてくれるプリキュアを、わざわざ切ることもないのかなと。
だから、どうなるか、わかりません。
ただ、ちゃんと分をわきまえる用意はあります。私は別に彼女らの友達になりたいわけではないし、それを好きな人たちとも友達になりたいわけではありませんから。
最後になりましたが……来年のプリキュアは、テーマ曲を仲谷が歌うみたいですね。ああ、これは声優・仲谷明香の愛称です。元AKB48って言えばわかりやすいですか?
ついにこの時が来たか、と思いました。あの頃・・・「AKB時代のファン引き止めるのに必死」とかってコメントを受けて、「もうブログ更新するのやめるわ」と言っていたような最悪な時代もありましたが、6月には声優事務所アミュレートに所属が決まりました。そして来年ついにソロデビュー。……しかも、それがプリキュアのOPテーマと来たからたまりません。ぜひともこれを足がかりに大ブレイクし、アニメ業界に金の雨を降らせてもらいたいものです。その時には私も「レェェェェェベルが違うんだよ! アーッ!」と外道さんばりにマイクアピールをする用意があります。
今の私は「仲谷が主題歌を歌うなら見る」とはなりません。仲谷の「ブログやめるわ宣言」を目の当たりにしてKO負けした日から、もう追いかけることをやめてしまったからです。
ただ、それでもこうして仲谷が大舞台に出てくることは、本当にうれしく思います。昔「ブルーバード、お前の時代だ」というCMがありましたが、まさに「仲谷明香、お前の時代だ」という感じです。ことと次第によっては、考えを改めて「仲谷のために」つってプリキュアを見たり音楽CDを買ったりするかもしれません。
プリキュアの話が仲谷の話になってしまいましたが、今年から来年にかけての思いを語ったところで、そろそろお開きとしましょう。2014年は、あの頃仲谷を散々コケにしてきた連中すべてを見返す快進撃が始まります。仲谷、仲谷、仲谷――!(プロレスのマイクアピール風シメ)
今年ちゃんと見たアニメを振り返った時、思いついたのはせいぜい『ドキドキ!プリキュア』くらいでした。
本来は女児向けに製作されているアニメであり、私のような成人男性のファンは「大きなお友達」と呼ばれるようですが、さすがに映画館に行ってグッズを振り回すようなことはしません(そういうことをしにやってきた人は見たことがありますが)。
私がプリキュアを見ていたのは、女の子が可愛いから……というのも、ないわけではありませんが……私が忘れてしまいそうな感情を、思いっきりさらけ出しているからです。私は30代の男性ですから、そうそうさらけ出すべきではないし、実際にそういうことを表に出すことは極力しませんが、それでも大事なことは忘れたくないと思っています。そのことを教えてくれるのがプリキュアだったんです。
かつて『きらりんレボリューション』を見ていた時もそうでした。大人の『賢い』やり方では行き詰ってしまうところも、若い女の子の柔軟なアイデアで一発逆転してみせるシーンは、むしろ大人だからこそ衝撃が大きかったような気がします。
そういうわけで、私はプリキュアが好きでした。プリキュアに元気をもらい、プリキュアに新しいひらめきのチャンスをもらい、プリキュアを糧にして生きてきました。
本当に、助けられた、と思っています。
来年はどうなるか、わかりません。
2011年の『スイート』から始まり、次の『スマイル』を経て、今年の『ドキドキ』に。この3年はとにかく色々なことがありました。私の会社の体制も変わったし、私の好きな街の景色も変わりました。そんな中で私自身も心身を鍛え、ある程度、何とかなりました。ようやく実年齢に中身が追いついた。そんな感じです。
と、なると、これがちょうどいい機会なのかなと思うのです。プリキュアから離れて、さらに新しい何かを求める。そういうタイミングなのかもしれません。
その一方で、「別に減るもんじゃないし、百歩くらい離れた今の場所から見続けるのもいいのかな」とも思います。もう今までほど感情移入することはなくても、色々と気づかせてくれるプリキュアを、わざわざ切ることもないのかなと。
だから、どうなるか、わかりません。
ただ、ちゃんと分をわきまえる用意はあります。私は別に彼女らの友達になりたいわけではないし、それを好きな人たちとも友達になりたいわけではありませんから。
最後になりましたが……来年のプリキュアは、テーマ曲を仲谷が歌うみたいですね。ああ、これは声優・仲谷明香の愛称です。元AKB48って言えばわかりやすいですか?
ついにこの時が来たか、と思いました。あの頃・・・「AKB時代のファン引き止めるのに必死」とかってコメントを受けて、「もうブログ更新するのやめるわ」と言っていたような最悪な時代もありましたが、6月には声優事務所アミュレートに所属が決まりました。そして来年ついにソロデビュー。……しかも、それがプリキュアのOPテーマと来たからたまりません。ぜひともこれを足がかりに大ブレイクし、アニメ業界に金の雨を降らせてもらいたいものです。その時には私も「レェェェェェベルが違うんだよ! アーッ!」と外道さんばりにマイクアピールをする用意があります。
今の私は「仲谷が主題歌を歌うなら見る」とはなりません。仲谷の「ブログやめるわ宣言」を目の当たりにしてKO負けした日から、もう追いかけることをやめてしまったからです。
ただ、それでもこうして仲谷が大舞台に出てくることは、本当にうれしく思います。昔「ブルーバード、お前の時代だ」というCMがありましたが、まさに「仲谷明香、お前の時代だ」という感じです。ことと次第によっては、考えを改めて「仲谷のために」つってプリキュアを見たり音楽CDを買ったりするかもしれません。
プリキュアの話が仲谷の話になってしまいましたが、今年から来年にかけての思いを語ったところで、そろそろお開きとしましょう。2014年は、あの頃仲谷を散々コケにしてきた連中すべてを見返す快進撃が始まります。仲谷、仲谷、仲谷――!(プロレスのマイクアピール風シメ)
年末恒例企画『コトシノワタシ』。今年はあわや中止かと思われましたが、一応やります。
今年はとにかくたくさん本を読んだ一年でありました。そしてユングに始まりユングに終わった一年でした。ついでに言えば、ユングとともにポプラ文庫ピュアフルがあった一年でした。
2月にPCが故障し、することがなくなったので正月に買った『忍剣花百姫伝』を読んでウォームアップとし、そのあと結構前に買ってそのままにしておいた河合隼雄先生の『ユング心理学入門』を読んだところ、これがまた面白くて。私自身がこれまでぼんやりと考えていたことが理論でビシッと説明されて、急速に心が開かれたのです。
その後も家にある未読の本を読みまくり、それがなくなると図書館に行って読みました。時代小説に児童小説、評論・エッセーなんでもござれ。面白そうと思ったらなんでも手を出し、笑ったり泣いたり熱くなったり涼しくなったりと様々な経験をしました。
ある時から「今年は100冊くらい読めるかもしれないな」と思い、読んだ本をテキストファイルにまとめてみたのですが、今日時点で120冊くらいになりました。別にたくさん読んだからどうだというわけではありませんが、これはもしかしたら、人生の中でもっとも時間が有り余っていた――そして本を読むことに親しんでいたはずの大学時代よりも多いかもしれません。
その結果どうなったかというと、まったくもって、不可思議な人間になりました。
ろくすっぽ人の意見を聞かない割に、自分の意見も持たない。じゃあ何も考えず、流されるままに生きていくのかと言えば、心のコアな部分はしっかり固まっている。まったくもって、何がなんだかわかりません。
・・・ただ、これがすべてというわけではありませんが、「誰かが言っていたから」というのを、あまりやらないようにしようと思ったのです。もちろん完全にオリジナルな発想は、残念ながら私の頭の中からは出てきませんが、誰かがそう言っていたからそれが全面的に正しいんだ! ということをやめる。いったん受け止めて、頭の中で精査して、それからだろう、と。
その時に物をいうのが経験だな、と思いました。私自身の人生として体験したことはもちろん、本を読むことで仮想的に体験した出来事。そういう体験の中で色々と考えたことも精査する時の材料として生きてきます。
だから、うーん・・・いつだって心を閉ざさず、決め付けず、薄ぼんやりとした感覚で上手に生きていきたいな。そんなことを思いました。
とりあえず、それが今の気分です。夜にはまた違う考えになっているかもしれませんが、とりあえず、思ったことを書き出しておきます。
今年はとにかくたくさん本を読んだ一年でありました。そしてユングに始まりユングに終わった一年でした。ついでに言えば、ユングとともにポプラ文庫ピュアフルがあった一年でした。
2月にPCが故障し、することがなくなったので正月に買った『忍剣花百姫伝』を読んでウォームアップとし、そのあと結構前に買ってそのままにしておいた河合隼雄先生の『ユング心理学入門』を読んだところ、これがまた面白くて。私自身がこれまでぼんやりと考えていたことが理論でビシッと説明されて、急速に心が開かれたのです。
その後も家にある未読の本を読みまくり、それがなくなると図書館に行って読みました。時代小説に児童小説、評論・エッセーなんでもござれ。面白そうと思ったらなんでも手を出し、笑ったり泣いたり熱くなったり涼しくなったりと様々な経験をしました。
ある時から「今年は100冊くらい読めるかもしれないな」と思い、読んだ本をテキストファイルにまとめてみたのですが、今日時点で120冊くらいになりました。別にたくさん読んだからどうだというわけではありませんが、これはもしかしたら、人生の中でもっとも時間が有り余っていた――そして本を読むことに親しんでいたはずの大学時代よりも多いかもしれません。
その結果どうなったかというと、まったくもって、不可思議な人間になりました。
ろくすっぽ人の意見を聞かない割に、自分の意見も持たない。じゃあ何も考えず、流されるままに生きていくのかと言えば、心のコアな部分はしっかり固まっている。まったくもって、何がなんだかわかりません。
・・・ただ、これがすべてというわけではありませんが、「誰かが言っていたから」というのを、あまりやらないようにしようと思ったのです。もちろん完全にオリジナルな発想は、残念ながら私の頭の中からは出てきませんが、誰かがそう言っていたからそれが全面的に正しいんだ! ということをやめる。いったん受け止めて、頭の中で精査して、それからだろう、と。
その時に物をいうのが経験だな、と思いました。私自身の人生として体験したことはもちろん、本を読むことで仮想的に体験した出来事。そういう体験の中で色々と考えたことも精査する時の材料として生きてきます。
だから、うーん・・・いつだって心を閉ざさず、決め付けず、薄ぼんやりとした感覚で上手に生きていきたいな。そんなことを思いました。
とりあえず、それが今の気分です。夜にはまた違う考えになっているかもしれませんが、とりあえず、思ったことを書き出しておきます。






