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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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先日歿くなった超有名映画俳優の高倉健さん。たまたま実家に帰っていた時にテレビのニュースでそれを見かけ、思わず「えっ!」と声を上げてしまいました。巨星落つ――そんな印象です。

『網走番外地』『幸福の黄色いハンカチ』『鉄道員』などの名作から『海へ-see you-』『駅 STATION』などの「?」的な作品(と言われているもの)まで、とにかく「健さん」の愛称で親しまれ、愛されてきた大俳優の死去。ただただ目を閉じて、冥福を祈るばかりであります。


……とはいったものの、考えてみると犬神、健さんが主演されている映画をひとつも見たことがありませんでした。武田鉄矢主演の『刑事物語』でゲストキャラクターとしてちょこっと登場したのを見たくらいだったんです。

だから結局、私にとっての健さんは芸能ニュースやWikipediaやテレビCMなんかで見た情報を寄せ集めた存在に過ぎないのです。全国8千万の健さんファンに袋叩きにされても仕方がありません。

一応言い訳をさせていただくと、やはり健さん主演の映画は「怖そう」というイメージがあったからかもしれません。『黄色いハンカチ』などの、どう考えても怖くなさそうな映画もありますが、なんといっても第一に思いつくのは『網走番外地』特に第一作のイメージ。それで二の足を踏んでいるうちに、ついに一度も見ることがなかった……というところです。

あとは、やはり「有名だから」という理由でちょっと遠慮した……というのもあります。これは健さんに限らない話なんですが、みんなが見ているものを自分も見るのはどうもね、という小さな意地があって見なかったというのもあります。

ただし『鉄道員』は、本気で見てみたいと思ったのに先に見たやつからラストシーンをネタバレされ、一気に見る気が失せてしまった、というのが理由です。本当なら馬乗りバルカンパンチのひとつも食らわしてやりたくなりましたが、あいにくとその時は電話でのやり取りだったので何とか未遂に終わりました。


そんなわけで、映画を見たことは一度もありませんが、昔FMVのCMで見た健さんは大好きです。田中麗奈と一緒にパソコンに向きあう健さん。「簡単じゃねえか」と照れくさそうに笑う健さん。古き良き日本の男らしさを全身に満たした健さんは、ほかの人とはちょっとアプローチが違いますが、大好きな人でした。

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3年前『バンブー』という歌(たむらぱん)で「8時半に出勤して9時まで仕事して」云々ということを聞き、「大変だなあ」と思っていたら、最近は朝6時に出勤して夜8時に退社するような日々を送っているいぬがみです。ちなみにその間の休息時間は実質15分程度です。

8月からお世話になっている会社で、今月から新しい部署に配属され、慣れない仕事に戸惑い怒られそれでも走り回るような日々。10月までいた部署よりもメンタル的な疲労は軽減されましたが(3週間で100回以上カミナリを落とされているので、それなりにダメージはあるけど)、何せその長すぎる拘束時間ですからね。ちょっと、体力ゲージがかなり、厳しい状況です。

「精神力だけではテープを切れない」とは、往年のCMコピーですがそのことを痛感しています。どんなに気合を入れても根性でやろうとしても、身体の動きや頭の働きは確実に低下してしまいます。ただでさえトンチキなことばかりやってしまう私だけに、まさに「バカにターボがかかってきたのか」(by大原部長)的な状況です。ちょっとキツいものがあります。


そんなサバイバルな状況のため、もはや「メタルギアソリッド ピースウォーカー」をやる余裕もなければ、Web連載中の「キン肉マン」を読む余裕もありません。その代わりテレビドラマ「探偵物語」の予告編動画などを見て英気を養っています。クールでかっこいいのに色々とズッコケてしまう工藤ちゃんを見ていると、不思議と元気になれるのです。

そして前回の休みの日(18日)、久々に出かけた二戸市の書店で買い求めた「少年サンデー70s」という超分厚い漫画本からも元気をもらっています。今日はその話をしたいと思います。

収録作品は「うる星やつら」「男組」「がんばれ元気」「まことちゃん」「プロゴルファー猿」「おやこ刑事」「ダメおやじ」「サバイバル」というもので、売れ行きが低迷していた少年サンデーを盛り立て、快進撃へと転換させた時代に連載されていたものです(ただし、これらの作品が同一誌上に連載されていたのは78年のごく一時期だけだった)。

結構好きで深く読んでいるもの(「うる星」「まこと」「猿」)、名前とか画像数枚くらいは見たことがあるもの(「男組」「がんばれ元気」「サバイバル」)、まったく初めて触れたもの(「おやこ刑事」「ダメおやじ」)……色々ありますが、スゴイなと思ったのは、これらの作品すべてが非常に面白いこと。笑ったり、ドキドキしたり、ちょっとしんみりしたり。すごくお買い得な一冊です。

以下に、備忘録をかねて色々と書きます。激動の1週間をくぐりぬけた直後のブログなので結構長いですがご了承ください。

「うる星やつら」……わが分裂青春の花咲ける時の愛読書。33歳の今でも、ページを開けば13歳の頃に戻ってしまう永遠のアイドル。

「男組」……色々なパロディでは見たことあるものの、ちゃんと本編を読んだのはこれが初めて。『極虎一家』みたいなものかと思っていたら結構シリアスな感じなので、かなり物語に入り込んでしまいました。

「がんばれ元気」……心が暖かくなる熱血スポーツ漫画。まだ元気は小学校に上がる前の子どもなんですが、これからどうなるんだろう。Wikipediaで調べるのではなく、ちゃんと漫画を読んでストーリィを追いかけたいと思います。

「まことちゃん」……なぜか当家にコミックスが数冊あり、小学生の頃から読んでいた。絵が恐いけれどハードすぎるギャグが病みつきになり今に至る。たまに日常でも「ギョエー」「ハプハプハプ」「グブッグブッ」とかと言ってしまうことも。

「プロゴルファー猿」……なぜかコロコロコミックで読んだ記憶があります。再録されていたのかな。こちらも思いのほか真面目なゴルフうんちくが入っていたので、30代の今のほうが楽しめるかな。

「おやこ刑事」……容姿が違いすぎる二人の人間ドラマ。軽い感じのギャグ漫画かと思えば複雑なトリック話もあり、最後にちょっとホロリとさせる展開があったり。色々な作品が収録された当セレクションの中では一番常識人が多い。

「ダメおやじ」……新聞四コマ的なタッチの割に、ギャンブルにおぼれていく中年男性の悲哀を描いたストーリィは大笑いが半笑いになってしまいます。なんというか、赤塚氏の漫画みたいな印象ですね。昔の『天才バカボン』みたいな。

「サバイバル」……私が最初に読んだのは『ブレイクダウン』でした。日本が水没したとか、中学生がたったひとりで生き残りをかけた戦いをするとか、難易度はこっちのほうが高そう。愛蔵版をよく古書店で見るけれど、買っちゃおうかな。

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今ですと小泉今日子さんがCMでそんなことを言っていますが(期間限定ネタ)、まあ私も色々とね。年月を経て「変わったな」と思うところもあれば「変わらないな」と思うところもあります。そして自分では変化をつけたつもりでも、実際には「思っていたほど変わっていなかった」ことに気づいたりすることもありました。

……あれ? 小泉今日子さんは、どっちがいいって言ったっけ。まあよくわかりませんが、事実としてね。急流をボートで下るような日々を送っているせいか、ところどころメッキが剥がれて地金が出てくるのです。

まあ、それもこれも自分ですからね。ありの〜ままの〜♪ なんていう歌がちょっと前に大流行しましたが、結局のところ手持ちのものしか使えないわけですから、それで何とか頑張りましょう。今日はそういった思いを込めて、めいっぱいプライベートな話をします。ご了承ください。


ミドルティーンの頃に洗礼を受け、高校大学時代と傾倒・心酔・信仰していたオーケンこと大槻ケンヂさんの言葉に、最近また触れています。1998年に刊行された「のほほん日記ソリッド」です。

この頃のオーケンさんは精神的にちょっとツライ時期だったみたいで、心療内科に通ったりミニカーを眺めて泣いたり空手を習い始めたりしながら音楽活動をしていたみたいです。ディスコグラフィと並べてみると「ステーシーの美術」あたりからでしょうか。

(このあと延々と『私とオーケン』的な文章が続いていたものの、不具合により削除されてしまったので、内容を大幅に削減してお送りします)

……今はもう「ダメな自分を肯定して生きる」ことはできません。いくら未経験の業種に転職して3ヵ月半しか経っていないとはいえ、33歳としての仕事を求められているからです。メッキが剥がれるだけならまだいいんですが、穴が空いて浸水している部分もあります。

でも、だからといって、まだ沈むわけにはいきません。水増しした人生とはいえ、それなりに培ってきたものはあるし、道具袋に手を突っ込めば何かしら役に立つものがあります。そういったもので自分の心の中をリペアしつつ、乗り切って行きたいと思います。

断たない捨てない離さない。どんなにゴミのようなものでも、持っていれば必ず役に立つ。それが私の哲学です。

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そんなことを思いながら、昨日から日々の業務に関する「反省文」を書いています。別に誰かに提出しなければいけないわけではないのですが、結局のところ、そうやって紙に書き出さないと失敗をまた繰り返してしまいますからね。頭の中でグルグルさせているものを書きだして、今度はそれを見ながら考えてみる。そうすると答えが見つかるものです。

これは10年近く前に、心療内科の先生から聞いた話です。当時ちょっと精神的に行き詰っていた私は早速これを実行、何とかパキシルやメイラックスといった薬を飲まなくても生活できるところまで回復しました。

そんな文章を書きながら、ユーミンの曲を聞いています。anniversary - misty china town - 時はかげろう - 春よ、来い――そんなセットリストです。

元より歌詞や楽曲それに歌声が素晴らしいのは当然ですが、このところ超・多忙な日々を送ってだいぶ疲弊したせいか、はたまた龍が如く的な浮き沈みの激しい人生を経験したせいか、その言葉が妙に心に響くのです。

先日、岩手では初雪が降りました。春どころか冬もまた来ていない状況ですが、春が待ち遠しい……そんな気持ちになりました。

参考:
2010年の記事

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あまり仕事の話はしたくないのですが、最近は就寝中に夢のなかでも同じような業務をしている私。目の前に山積みになった仕事と向き合い「早く仕事をしなきゃ」と追い立てられているので、精神的には常にアイドリング!!! な状態です。いやアイドルじゃないです。

そして気持ちが張り詰めている時に見るのが「学校の夢」。テストがあるとか単位を取らなきゃとか卒業したらどうしようとか、そんな感じのプレッシャーに追い立てられるような夢を見るのです。

もちろんこれは夢の話。夢から現実にいたる道が見えてくると、「ああ、おれはもう10年も前に卒業してるんだ」「今は確か、社会人として働いているんだ」ということを思い出し、ほっと一息つくのですが(そして今度は現実世界でキリキリと追い立てられる)。


昨日は高校時代の担任が出てきて、どうやら卒業直前らしい……という状況の夢でした。ただし校舎はいつものように中学時代のもので、同じ教室にいるクラスメイト? たちは見知らぬ顔ばかりでした。夢だから薄ぼんやりとしか見えないんですけどね。

アイドルがグループを脱退することとか、それ以外の何かを廃業することとかを「卒業」と言い換える今日このごろ。私も夢のなかで何度目かの卒業をしました。尾崎豊の歌ではありませんが、いったいあと何回卒業すればいいのやら。

まあ、あの卒業式の雰囲気というのは、特別なものを感じていましたが。それまで慣れ親しんだ世界から押し出され、否応なく新しい世界に行かされる儀式。ワクワクとドキドキがない混ぜになった感覚を何度も味わえるのは、果たしていいのか悪いのか。……ゆっくり休みたい時にそんな感覚は味わいたくないかな。


というわけで、卒業も何も関係ない11月に卒業の話をしました。そういう夢を見ちゃったんだから仕方がないんです。

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このブログのタイトルは「お休み処いぬがみ亭」。そのタイトルにふさわしい、昭和ほっこりノスタルジーな話をしたいと思います。昭和のいる・こいる師匠とは関係ありません。

私が現在、そしてこれから本格的に仕事をすることになった岩手県花巻市にある「マルカンデパート」。常に新しい風を取り入れる盛岡市の川徳デパートと異なり、昭和な雰囲気を今も色濃く残す百貨店です。ま、5階フロアは100円均一ですけどね(それでも、ダイソーなどのテナントを入れているわけではなく、独自経営の模様)。

ここの名物と言えば6階フロアにある「大食堂」。これは私が勝手にそう言っているわけではなく、マルカン側で「大食堂」という名称を謳っています。レストランとかダイニングとかビュッフェではありません。食堂なんです。ただし場末の個人経営の食堂ではなくデパートの食堂ですから、めいっぱい洋風なデザインです。

昭和なセンスで、めいっぱい洋風なデザイン。そのため2014年現在ではノスタルジック感爆発の雰囲気になっています。オムライスとかナポリタンとかプリンアラモードといったメニューが並んでいます。……これらのメニューにピンときた方は、立派な昭和野郎(または昭和女史)です。


そんな昭和な大食堂、デパート全体の売上の7割がここから出るというウワサもある場所だけに、日曜日の18時頃でもなかなかの盛況ぶりでした。私は職場帰りだったので背広にネクタイのリーマン仕様だったんですが、結構、家族連れの人たちも多かったですね。

日曜日、家族揃って街中に繰り出し、色々と買い物したりなんだりして、最後にみんなで食事を楽しむ。場所が場所だけに、実際に私がお子様ランチを食べていたような時代(昭和60年代)を思い出しました。あの時は、確かデパートの本屋で『つるピカハゲ丸』の6巻を買ってもらったっけ。それを読みながら料理が出てくるのを待っていたっけ。あの時も窓から夜景を見ていたよな……。

あの頃は子どもの目線だったものの、今はどちらかというと父親側の目線で見てしまいますね。実際に家族がいればいいんですが(奥さんとか子どもとか)、あいにく独身彼女ナシ予定もナシという状況。いいか悪いかはともかくとして、頭の中では「自分が家族を持って、日曜日の夜にマルカンデパートにディナーを食べに来た時の記憶」がリコールされます。体験したことのない記憶が蘇る。まさに「トータル・リコール」です。


そんな日曜日の夜、探偵物語の工藤ちゃんよろしく「月に一度の豪勢なディナー」を楽しんできた私。たまにはいいよね、たまにはね。


領収書:
 
マルカンランチ(700円・税込)
ソフトクリーム(170円・税込)

計:870円

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(BGM:『探偵物語』の予告編サイズ)

ご無沙汰しております。

おかげさまで超・忙しい日々を送っている私(当社比)。今日も久々に実家に戻りネットにつなげたものの、あいにく滞在時間16時間ほどにつき、ちゃんとしたご報告ができません。スミマセン。

まあともかく、元気に頑張っております。詳しい話はまた次回、時間がある時に書くとして。とりあえず元気に今日も明日も頑張っているという事だけを書いて、再び旅立ちます。朝は5時から夜は12時まで。まったくもって忙しいのは結構なんですが、なかなかハードなものです。

次回、お休み処いぬがみ亭タイトルは『どうにもならない、どうにかなる日々』。まずはこれからもよろしくお願いします。

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もうすぐ今の職場で働き始めて3ヶ月がたとうとしています。トライアル雇用、終了の時です。

もう夜も遅いので短めの文章しか書きませんが、

「感謝」

すべてはその言葉に集約されます。

私のような人間を雇い入れ、失敗ばかりでも見放さず叱咤激励してくれた今の会社の人達へ。

ありがとうございます。

この3ヶ月は半年分、一年分の経験をした気がします。

繰り返します。ありがとうございます。

では、おやすみなさい。

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最近「めざましテレビ」で、何やら各界有名人の『名言』をスポット的に放送するようになったようですね。

ちょっと検索すると、そういった名言ばかりをひたすら掲載するブログなんかもありますし、やっぱり誰かのいい言葉は、それだけで気力が回復するような効果があると思います。『湾岸ミッドナイト』なんかは、そういうセリフが次々と出てきます。

一方で、「それでいいのか」と思う時があります。これはフジテレビとかそういったブログを運営している方への批判ではなく、自戒の意味を込めた言葉です。「お前はそれでいいのか?」と。そういった言葉を安易に取り入れて、ひとかどの人物になった気になってるんじゃないのか? と。

そして、何でそんなことを思うのかというと、私の人生の大半はそういった『借り物の言葉』で取り繕ってきたからです。中身は変わらず、見た目と気分だけ一人前。今風に言えばエアなんとか、といったところでしょうか。

ま、そんなことを考えながら、ちゃんと名言を取り込み、自分を高めていければいいな、と思いながら今日も生きています。今の職場もあと10日ほどで任期満了となるでしょうし、ラストスパート、頑張っていきます。


コラム:今日のもりおか小発見

盛岡市内にある映画館『中央映画劇場』(通称:中劇)で、どういうわけか『ドラゴンへの道』を上映していることを知り、激しく衝撃を受けた私。戦闘マシンのような『燃えよドラゴン』と違い、とっても純朴で気さくな笑顔のブルース・リーが見られる本作が私は大好きなんですが、それを映画館でやるのか!? と。

いやはや、こういうことがあるんですよね、盛岡の映画館は。『名画座』といえるほど特化したわけではないんですが、古い映画をデジタルリマスターしたものなどをリバイバル上映するなど、『映画館通り』という場所を全力で守っていこうとする空気があるんです。そのために電線を地中に埋めてイメージアップを図るなど行政面でもバックアップしていますし。

残念ながら1週間限定の上映で、ちょっと見に行く事はできなさそうなんですが……そういったことをする中劇に乾杯。

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これは野球に興味が云々というよりも、テレビもラジオもネット環境もない場所で暮らしているという情報弱者? ぶりゆえなんですが……最初にお断りしておきます。

セ・リーグのCSで阪神タイガースが読売ジャイアンツに4連勝し日本シリーズに進出したということを、今朝になってようやく知った私。ジャイアンツがリーグ優勝を達成した時点で日本シリーズ進出は揺るがないものと思っていたので、あえて詳しい情報を追いかけなかった……というのもありますが、まさかまさかの大どんでん返し(言い回しが90年代で恐縮です)。

確かに、もしも阪神が日本シリーズで優勝したら29年ぶりの快挙となります。たぶん大阪府内では死人が出ます(死因は溺死など)。道頓堀や新世界に警察が出動し厳戒態勢になるでしょう。

でも、まあ、その……なぜかタイガースは、ジャイアンツよりも距離を感じてしまいます。あまり積極的に応援した気持ちが起こらないのです。あるいは私が東日本の人間だからなのかもしれませんが、とにかく大きな驚きとわずかなガッカリ感に襲われました。今更? と言わないでくださいね。とにかく私は、今日になって、ようやく知ったのですから。


一方でパ・リーグの方は、今日、ホークスが日本シリーズ進出を決めたようですね。これは正直に言ってガッカリ感しかありません。私としては日ハムに勝って欲しかったです。なんとならば、それはもちろんタニオーこと大谷投手(岩手・花巻東高校出身)が日ハムにいるからです。そして、私はソフトバンクではなくドコモユーザだからです(?)。

そういうわけで今年の日本シリーズは、どちらも今ひとつ応援しづらいチーム同士の戦いになってしまいました。いやはや、なんとも……。

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昨日に引き続きマッスンの話をします(といっても日付上は今日ですが)。

私も彼も三十代なので、別に結婚してようと子どもがいようと不思議な年齢ではないのですが、やはり彼が「いい人」を見つけ、その人と近々結婚する予定だという話を聞いた時はガクッと来てしまいました。ショットガンマリッジではないので、まだ子どもはいませんが。

相手は普段から通っている喫茶店の店員だそうです。足しげく通って何とか口説き落としたのでしょうか。それとも得意のウイスキーで……い、いや! そんなことはないでしょう。まあどっちにせよ、おめでたい話です。私の酒量も増加の一途をたどります。……これは冗談。


彼に限らず、知り合いで結婚した人間は何組かあります。私がまだ大学生だった頃すでに子どもを抱いている人もいましたし、しばらくぶりに会ったら娘がどうこうという話をされて腰が抜けそうなほど驚いたこともありました。

そういう話を聞くほどに、自分もまた、それなりの年代まで来てしまったのだなと思いました。


振り返ってみればそういうチャンスがなかったわけではないのですが、まあ、それをものにできなかったのが私の限界なんでしょう。そのことについて悔いるつもりはありません。ただ、それまで少年漫画少女漫画はたまた恋愛シミュレーションゲーム程度のビジョンしか持てなかったのが、その先のよりリアルな日々を考えていけるようになった。そういう風になったのかな、というのを感じました。

ともあれ、マッスンおめでとう。もしこのブログを読んでいたらコメントをください。でもって、また一緒に飲みましょう(私信オチ)。

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現在放送されている朝の連続テレビ小説『マッサン』。モデルになったニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝氏のことをリタ夫人がそう呼んでいた事実に基づく愛称だそうです。

私もかつては毎晩毎晩ニッカウヰスキーを飲んでいましたからね。まあせっかくだから、つって久々に「ブラックニッカ・クリアブレンド」を飲みました。……そうしたところ、かつては「ピリッとするだけの水」程度にしか思えなかったクリアブレンドが、なかなかどうして、随分と美味しく感じられました。

その美味しさ、ドラマ放映以前からずっと抱き続けてきたニッカへの思い、さらにここ2ヶ月半の日々と11月以降の身の振り方云々……まあともかく色々な思いが混ざり合って、小一時間ほどでポケット瓶(180ml)を飲み尽くしてしまいました。ちなみに全部ストレートです。


ところで私の友人に『マッサン』ではなく『マッスン』と呼ばれている男がいました。理由はシンプルに、その男の名前が升田だったからです。まあ俳優の升毅さんをマッスンと呼ぶようなものです(故・中島らもさんがそう呼んでいた)。

そして私の友人のマッスンもウイスキーが好きで、ブラックニッカだハイニッカだと話していたのを思い出しました。それまではお酒自体あまり飲まない方だったのですが、彼に飲まされているうちに随分と知識も深まったし、酒にも強くなった気がします。

またそのうち一緒に飲みたいと思わないわけではないのですが……。

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月食というものがどういうふうに見えるのか、33年ほど生きていながら、実はあんまりよく知りませんでした。

そんな私も昨日は天候および時間的都合に恵まれたので、かけ始めから完全に隠れてしまった状態まで、ゆっくりと眺めることができました。こういった模様を翌朝のめざましテレビとかではなくリアルタイムでみられたことは、本当にラッキーなことだったなと思います。


 *


こうして記事を書いていて思い出したのですが、月食というと往年の名作『ゲームセンターあらし』に出てきた月面魔神なんですよね。昔、一冊だけうちに残っていた80年代半ばのコロコロコミック(82年12月号)に載っていたのがその話だったんです。

詳しい経緯はよくわからないのですが、とにかく月火水木金土日……? いろいろな天体の化身とゲームで勝負し、腕時計に封印するシリーズだったみたいです。その中で月面魔神はラス前の結構強いキャラクタで、タイトルにもある「魔界必殺・皆既月食剣」という技であらしを攻撃します。

これはゲームで高得点を出すとかではなく、相手をダイレクトに斬りつける技です。それをまともに食らってしまったあらしは白目をむいて死亡してしまいます(すぐに、実は気絶していただけということが発覚しますが)。

今回の天体ショーとは何の関係もない話で恐縮ですが、そういうことがあったので皆既月食という言葉はちょっと怖いイメージがありました。ああ、あとは『忍者龍剣伝』ですね。黒い月が輝くとき、光と影はくずれ、闇の王はよみがえる……。って、これも関係ないか。すいません、こんな話ばっかりで。



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ノーベル賞というとナメたらアカン……じゃなくて、よしりんこと小林よしのり先生の怪作『世紀末研究所』がまっさきに思いつきます。両手の人差し指を頭のあたりで上下から突き合わせてこのセリフを言うんですが、こんなことを書いて、果たしてどれほどの人がピンとくるのか。

今年のノーベル賞の前評判では『憲法9条を守り続けた日本国民』にノーベル平和賞を、という話が盛り上がっていて、ひどく驚いてしまいました。護憲とか改憲とか、色々な話があると思うものの、いくら何でも話が大きすぎるんじゃないの、と思ってしまいました。確かに受賞してしまえば今後の政治に影響するでしょうが……ま、今朝のニュースで何も言わないという事は、何もなかったんでしょうね。

そのことに関しては、ここでは書きません。だから「ここんとこが、のーべる!」というセリフで茶化して終わりとします。

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さほど車に興味のない兄者から「今日はF1の日本グランプリがあるらしいね」と聞いた私。まったくの初耳でした。

さらに最近のF1には回生ブレーキやらターボチャージャーやらがついているという話も聞き、さらに驚いてしまいました。私にとってF1にターボチャージャーがついていた時代というのは80年代末までで、自然吸気のエンジンで走るものだと思っていたのです。

そういう話をしているうちに、どうやら私のF1のイメージは90年代初頭の「F1ブーム」の頃のままなのかな、という気がしてきました。車好きだけどF1好きではナイ。そういう人間もいるんです。

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パ・リーグの優勝がホークスだということを、「優勝セールが始まって大賑わいです」というニュースで知ったいぬがみです。いくら時勢に疎いとはいえ、これはちょっと残念な感じです。せめてクライマックスシリーズは、ちゃんと追いかけなくては。

ところでオールドタイプないぬがみとしては、ホークスというと「ダイエーホークス」のイメージが強かったりします(さすがに「南海」とは言いません)。まあ、これは私の野球知識が当時コロコロコミックで連載していた「かっとばせキヨハラくん」に由来するためなんですが……。

ただ、そういったことを差っ引いても、「ダイエー」という名前には、なんともいえない懐かしさを感じます。かつては岩手県を含めた日本全国に展開していた一大スーパーマーケットですからね。(感覚的にはデパートですけど)。

今でこそ盛岡店およびダイエーのフランチャイズ店として展開していた「シティ青山」は跡形もなくなり、それぞれ新しい建物が建っているのですが、ダイエー盛岡店(の中にあった時計店)で買った時計は、8年経った今でも愛用しています。この時計が、私とダイエーを結ぶアイテムです。

それはたとい、この地上からダイエーという名の店舗が完全に消え失せたとしても、変わらないでしょう。さようならダイエー、ありがとうダイエー。ニチイやサティと同じように、これまたイオンに飲み込まれてしまうことになりましたが、この腕時計がある限り、絆は消えません。


 * という記事を書いた後、ちょっと調べてみると私が時計を買った「ゼノン」というお店はダイエーの100%子会社であったこと、そして2013年に全店舗閉店・会社清算となっていたことが発覚。oh my god ! (ジョセフ・ジョースター風に)

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1981年生まれの私は『手塚治虫世代』ではありません。どちらかというと『手塚治虫に影響を受けた漫画家世代』であり、藤子不二雄あたりがメンタル的に重要な位置づけとなっている世代であり、手塚治虫はちょっと遠い世界のような感じがしていました。無論『鉄腕アトム』は知っていましたし、『ブラックジャック』なんかを多少読むくらいのことはしていましたが。

そんな私がどうして99年に手塚治虫トリビュート『atom kids』を買ってしまったのかと言えば、コミックキューという雑誌がきっかけでした。水野純子女史の怪作『ピュア・トランス』を読みたいがために買ったその号は『手塚治虫リミックス』……吉田戦車や島本和彦といった漫画家が手塚作品を自分の作風で描くという試みが行われていたのです。そしてその中で手塚るみ子さんと細野晴臣氏との対談があり、当時テクノミュージックかぶれだった高校生の犬神くんが気取って買ってしまった……。そんな感じです。

蓋を開けてみれば、さすがトリビュートアルバムらしく、非常にバラエティに富んだ参加アーティストでした。

忌野清志郎・野宮真貴・宮本和史・浅野忠信・80年代の筋肉少女帯・西脇唯・佐野元春……それ以外にも多くの人が参加しています。ロックな感じがするかと思えば、ポップな人も参加していて、なんとも不思議なアルバムです。

同じようにゴチャゴチャな楽曲を放り込んだ手持ちのデジタルオーディオプレーヤーから浅野忠信さんの歌う『名も知らぬ星』が思いがけず流れてきた時、その当時のことが電光のように蘇ってきたので、この記事を書きました。懐かしい思い出です。


高校生の頃は随分と擦れっ枯らしていたというか、格好つけていたというか。クールな生き方をしたいぜ、と思っていたために、あまり何事にも熱中せず、なんとなく過ごしてきた……そう思っていたのですが、こうして何かのきっかけで思い返すと、案外楽しかったのかな……なんて気がします。

やっぱり、そうじゃなきゃ、つらいですよね。せっかく20年も30年も生きてきたのに。

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プロ野球は、ジャイアンツがリーグ優勝しましたね。

私は特定の支持チームを持たない「日和見」「判官贔屓」的なファンなんですが(そのため、今年は久々にAクラス入りした広島カープを若干応援している)、逆に言えば特別にジャイアンツの優勝を快く思わないわけではなく……。

要するに、ジャイアンツが優勝したのなら素直に「さすがだな」と感嘆する……そういうことなんです。

なんてことを言う私も、かつて毎週土日に「ズームインサタデー」「ザ・サンデー」を見ていた頃は、自然とジャイアンツファンでした。そのため知っている選手の年代がちょっと古いんですが(長嶋監督が「メークドラマ」と言っていたころが最盛期)、ある意味ホッとするというか、昭和保守的な安心感を求める日本人的なイズムが自分にもあるのだな……と感じます。

「巨人大鵬卵焼き」というやつです。いや私もまだ生まれてないんですけどね。この言葉が流行っていた頃はね。

原監督以外には高橋由伸、阿部慎之助くらいしか知っている選手がいないのですが(あとはスポーツ新聞で内海・菅野といった名前を目にするくらい)、リーグ優勝「さすがだな」と思います。今はクライマックスシリーズがあるので、即・日本シリーズ進出というわけにはいきませんが、2014年リーグ優勝という栄誉はジャイアンツだけのもの。

楽天・西武以外のチームがパ・リーグ代表として出てくるのなら、ぜひとも圧倒的なパワーで今度は「日本一」の栄誉を勝ち取り、日本中を盛り上げてほしいものです。

  *

これは野球の話とは少し違うのですが、プロ野球チームが優勝すると必ず話題になるのが「経済効果」。色々と優勝セールを打ち出すお店が多数あるので、それによって経済効果が何億円見こまれ……なんて言う話になりますよね。

話によると今回のリーグ優勝による経済効果は650億円! と言われています。その経済効果の0.00(1億桁省略)1%でも恩恵に預かれればいいんですが、ま、それはともかく。行ったお店で優勝セールが開かれていれば、そのお店とジャイアンツにどういう因果関係があるのかに想像をめぐらせつつ、乗っかってみたいなと思っています。

改めて、ジャイアンツ優勝、おめでとうございます。つぎはCSそして日本シリーズ!

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岩手県と秋田県の境目にある「西和賀町」。旧湯田町と沢内村が合併して2005年にできた町です。

そんな西和賀町のフリーマガジン「元気な西和賀どっとこむ」の2014年夏号の表紙に躍っていたキャッチコピーが、この「だって、夏しか会えないでしょ?」です。その下には「風に揺れる水のスカート」との表現も。要するに西和賀町が誇るダム湖「錦秋湖」の放流を、この季節だけやってくる幻想の少女に例えているんですね。

(なお、だからといって萌え萌えしたイラスト等は一切ありません。そういうものを期待していた方には、心をこめて「ザンネンでした」と言わせて頂きます)

もちろん放流を遠巻きに見るだけでも結構な迫力なんですが、この錦秋湖のすごいところはダムの内側に通路があり、激しい放流の模様を間近で、しかも真裏で見ることが出来るんです。

こんな機会はなかなかありませんからね。もちろん私も行ってきました。

最初に「ほっとゆだ駅」まえの観光案内所で手書きの地図のコピーをもらい、それを頼りに1時間半かけて錦秋湖の周りを徒歩で一周。景色を眺め、放流を裏側から体験し、しばらく歩いて湖畔の公園にてオニギリを食べて……まるで小学校の遠足か何かのようなことをして、帰って来ました。


なお、帰りには再び深澤晟雄資料館へ立ち寄り、今度は「自分たちで生命を守った村」(※1)
、「いのち燃え尽きるとも」(※2)、「その時歴史が動いた」(※3)と立て続けに3本の映像を鑑賞。最後に「村長ありき」という本を買って帰って来ました。

これから出かけなければならないので、かなり簡素な内容となってしまいましたが、とりあえず出来事をまとめておきます。いずれ、きちんとした形で書きたいと思いますが、まずはここまで。


※1 岩波書店から刊行された同名の書籍の映像化版。

※2 1978年にIBCで製作・放送されたもの。深沢村長と奥様以外はすべて沢内村民が出演し、特に助役は本人が演じていた。ちなみにテレビ放送をそのまま録画したものだったので、ローカルCMや「赤いきつね」のCMなどがそのまま収録されていた。武田鉄矢さんが同乗したトラック運転手に日本語で色々と説明し「これだけ言えばわかるだろ」と言ってシメるものです。

※3 第299回 「赤ちゃんを死なせない〜乳児死亡率ゼロ・ある村の記録〜」2007年9月19日

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今日は盛岡最大の祭りである八幡宮の例大祭がありました。

って、今日はもう最終日なんですけどね。そういうわけですでに閉店した屋台もあり、出店で食い倒れという毎年恒例のアレはちょっとむずかしいかなと思いました……が、まあ、そこは大丈夫でした。

焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、フライドポテト……とにかく食べまくり、さらに沿岸から来ていたお店のカキなどをペロリといただき、目一杯腹いっぱいでした。もちろんアルコールは飲んでいません(キリンフリーは飲んだけど)。

というわけで、食うものを食ったら帰るか……とはいきません。最終日には神事・流鏑馬(やぶさめ)が執り行われるのです。


境内に設置された500mほどの馬場を『射手奉行』が駆け抜けつつ矢を放ち、さらにそのあとを『介添奉行』が追いかける。射手3人介添3人の計6人が3セット行うのが南部流鏑馬です。

ここで南部流鏑馬独特のシステムである『介添奉行』について少々説明を加えます。

これはかつて射手奉行を務めた十八歳の若者がすべての的を射抜いた時、何くれと世話を焼いていた祖父があまりのうれしさに馬場に飛び出して「よう射った、よう射った!」と賞賛したのがきっかけであると言います。

これを踏まえて現代では日の丸の扇子を振りかざして射手奉行を褒め称えつつ超高速で駆け抜けていきます。矢をつがえて射たなければいけない射手と違って、こちらはとにかく走り抜けていけばOKなので、本当にすごいスピードで駆け抜けていきます。その中の一頭は日本ダービーで6着になったG1馬だそうですから、それもそのはずです。


元より神事ですから、的に当たる・当たらないは関係ありません。本来であれば神職の人たち同様、我々も厳粛な気持ちであたらなければいけないと思うのですが……まあ、矢が的に当たれば歓声が上がるし、ゴールからスタート地点に引き返す時は拍手も出ます。南部家四十六代当主・南部利文公も観覧される中、神事はおごそかに? 終了しました。

かつては山車と屋台こそ祭りの華であり、流鏑馬というのはあまり関心がありませんでしたが、今は流鏑馬の歴史とか馬の迫力とか射手および介添奉行の技量とか……そういったアレコレが十分に理解できるので、しっかりと最初から最後まで楽しむことができました。時間的都合で山車をゆっくりと眺めることができなかった分、そういう意味では、良かったかな。

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1981年生まれの私は、ちょうど時代の移り変わりをリアルタイムで感じた世代であると思います。

小学生の頃に年号が昭和から平成になり、大学生の頃に千年紀を迎え、さらに21世紀へ突入。そういった節目節目を感じながら生きてきた……つもりだったのですが、どうもその割に随分と時流に疎いところがある気がします。それは1994年生まれの弟者と話している時に色々感じます。

今日もそんな話を少しします。


『新玄』『C1000』『プラッシー』……ふなっしーじゃないですよ、プラッシーですよ。まあそれはいいんですが、今はこれ、ハウスウェルネスフーズという会社から出ているんですね。

確かに「C1000」はテレビCMでも実際に商品を手に取った時もそういう表示がありましたし、プラッシーはそもそも商品じたい見ないのでいいんですが、『新玄』もハウスに移行していたとは……と思って調べてみると、もともと武田薬品の子会社として武田食品工業というのがあり、それが色々あってハウスウェルネスフーズという会社になって……。

まあ、吸収合併は今の流行りですからね。そのあたりについてはこれ以上触れませんが、とりあえず言いたいのは、私にとっては未だにこれらの商品はタケダのイメージであり、多分これからもそのイメージは変わらないだろうと思います。やはり武田薬品のイメージの方がより効き目がありそうだからです。そして私がナチュラルに昭和感覚の男だからです。

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今の会社で働き始めて1ヶ月半が経ちました。

日々全力で頑張っています。大変な仕事ではありますが、非常に充実しています。

ところが、先日……

……おっと、ここで臨時ニュースが入ってきたので話題を強引に切り上げます。

11月以降も、私は全力でがんばります。その時には、この3ヶ月で得た経験が大きく物を言うことになるでしょう。たとい、今と同じではない会社で働くことになるとしても(現在は3ヶ月限定契約の社員なので)。


  *


たった今、OCNからメールで来た情報によりますと、何やらホームページサービスを2015年2月いっぱいで打ち切るということでした。

オイ! オイ! オイ! (大仁田「邪道」厚選手ふうに)

確かに現在の更新頻度は年に数回程度ですが、それでもホームページは私の活動の原点。2000年に自分の場所を借りて以来14年、どちらかというとブログでの更新が増えた2006年以降も大きな記事(ブックレビュー、旅日記など)はホームページの方で更新してきました。

「軽めの記事はブログで、本腰を入れての記事はホームページで」

そんな二段構えのスタンスで活動してきた私にとって、今回の一報は世界の終わりを宣告されたような感じです。セカイノオワリじゃありませんよ。

まあ、来るべき時が来たのかな、という気持ちもあります。時代はツイッターやSNSといったものに移行しており、いつまでも私のようなオールドタイプのためにリソースを割けないという事情もあるのでしょう。


……しかし、そうかといってこのまま終焉を受け入れるほど、物分かりのいい私ではありません。ドラえもんが巨大隕石による滅亡から恐竜人たちを救う『聖域』を作ったように(『のび太と竜の騎士』を参照)、まだ時間があるうちに新しい場所を探します。そして早めに告知を出します。

実生活にせよ、Web上での生活にせよ、今年は本当に激動の年です。11月以降はまた今の島を飛び出して大海に漕ぎ出さなければいけないでしょうし……。

とはいえ、本人は至って元気です。『何とかなる』『やれるだけやってみよう』日々そんな感じで頑張っています。こうしてブログで考えをまとめて、次につなげることもやってますしね。

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今日は弟者を新花巻駅というところに送って来ました。

岩手県花巻市(現在の私の職場がある場所でもある)にある、新幹線が停車するための駅だから、新花巻駅。新横浜とか新大阪とか、そういう意味での『新花巻』です。

まあ新横浜とか新大阪とかであれば、人の出入りも激しいでしょうから、街も発展するでしょう。しかしながら新花巻駅周辺はとっても寂しいです。駅の建物を出ると、元々JAの建物だったレストラン兼土産物屋が一件ポツンと建っているだけ。とっても、と〜っても寂しい感じです。

しかも市街中心部へは結構な距離があります。徒歩で向かおうとすると気が遠くなるくらいの距離があります。途中の風景も田畑と住宅地ばかりで、コンビニがかろうじて1〜2軒あるかな? という感じです。

まあ、こういった立地条件は仕方がないと思うんですけどね。当然ながら、まず線路ありきですから。超特急で南北を結ぶために必要な設備があって、その途中途中に駅が出来る。そういうものですから、これは仕方がないんだろうと思います。


と、自分なりに考えていると、駅周辺で新花巻駅設立に至るまでの経緯を書いた記念碑を発見。なかなかの長文で詳細に記されたそれは、当時の花巻市民の汗と涙によって勝ち取った激闘の記録でした。

それによると、元々国鉄としては花巻市に新幹線の駅を作る予定はなかったのだと言います。新幹線が通れば、当然花巻市にも駅が出来るだろう……と市民は期待していたのに、それがかなわなかった。そこで有志が立ち上がり、何千人もの市民をまとめあげて国鉄やら県知事やらに直訴。あまりの熱意に負けた国鉄側は、駅建設のための費用(数十億円)を花巻市側が負担することなどを条件に新花巻駅を作りました。国内でもあまり例をみない、「花巻市民の、花巻市民による」新幹線の駅なのです。


今までは『時々立ち寄る街』だったのが、今は『週5日滞在する街』になった花巻市。そこに生きた熱き人々の伝説は、少しずつ花巻市民になりつつある私の心を激しく打ちます。そして、この街をもっともっと知り、好きになりたい――そう思ったのでした。

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久々に中古雑貨店『萬屋』に行ったところ、1Fに巨大な『ミニ四駆』のコースができていました。

今は……ええと、第3次ミニ四駆ブームってことで、いいんでしょうか。時代の流れもあるのか、随分と凝ったメカニズムになり、それに伴いキットの単価も値上がりしていますね。って、そういう話をするのはオッサンになった証拠かしらん?

私は第一次ブーム直撃世代。1988年には初の全国イベント『ジャパンカップ』が開催され、大・大爆発ブームに酔いしれました。次々とニューモデル、さらに『グレードアップパーツ』も発売。私もあれやこれやと模型店に走ったのですが、どんどん先鋭化するミニ四駆の世界に金銭的/技術的に追いつけなくなり、流れから降りてしまいました。

あとは、やはり初期のキットがカタログから消えたことが大きかったですね。私にとってレーサーミニ四駆は実車(この場合、1/10RCカーのこと)が高くて買えないから、その弟分であるミニ四駆で雰囲気を味わいたい、というのがありましたから。確かにコース競技には向いていないと思うんですが、やっぱり実車らしさを感じられるモデルじゃないと気持ちを乗せられませんよ。


第二次ブームの頃は、私は傍観者でした。

当時私の中学でも、休み時間になるとベランダでミニ四駆を走らせている連中はいました。傍らで話を聞いていると、みんな非純正モーターを使って、とにかくスピードを追求していたようです。……具体的にどういうものだったのかを知ったのはずっとずっと後のことだったんですが、当時からそういうのは、あまり好きではありませんでした。モーターだけ強化したら、駆動系やその他のパーツに大きな負担がかかるような気がしたからです。

それでなくても、漫画がベースのミニ四駆にはそれほど興味を持てませんでした。「ダッシュ四駆郎」は大好きだったのですが、「レッツアンドゴー」世代ではないのです。


それからずっと時間が経った21世紀、弟者がガンプラを見に行くというので一緒についていき、ぼんやり眺めていると『サンダーショットMk2」「アバンテMk2」「ネオファルコン」といった、往年の名車の名前を冠したモデルが発売されているのを発見。さらに『ミニ四駆レーサーカケル』というストーリー漫画があることも知った私は、ノスタルジー半分・カムバック半分で久々にキットを購入しました。『アバンテMk3 アズール』というやつでした。

今では当時のキットを現代のシャーシに乗せたモデルがあったり、まるごと当時のキットを復刻させたものがあったり。それでなくても『グラスホッパー』『ホーネット』などのRC復刻モデルを次々と発売しオッサンたちをとり込もうとしているタミヤの戦略に乗っかっている私ですが、まあいいでしょう。どんな形であれ現役モデルとしてリリースされているなら、これ以上嬉しいことはありません。


……あれ? 何でこんなにミニ四駆の話をしているんだろう。

ああ、そうそう。『萬屋』という中古雑貨店に行ったらミニ四駆のコースがあったっていうところから、話が始まったんですよね。

当然ながらキットもあったんですが、当時600円だったキットに3800円のプライスタグがつけられているのに驚愕しました。限定発売されたモデルはさらなるプレミア価格がついています。オイオイ、たしかに当時のキットは貴重かもしれないけど……。

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大分、時期を逸した感はありますが、何分にも週に1〜2度くらいしかブログを更新できない身なので、ご了承ください。

というのは、今年の「24時間テレビ」の話。私も何かと批判的な記事を書いてきた身なのですが、今年は……ま、そもそもテレビがないし、休日でもなかったので、ちゃんと見ることはできなかったのですが……携帯電話のワンセグチューナーを利用して関ジャニが「オモイダマ」を歌うあたり〜番組終了時までは見ることができました。

そして、今年のテーマは「小さなキセキ、大きなキセキ」……。

今年はその言葉を笑ったり批判したり糾弾したりすることはできません。私なりに、キセキという言葉の重みを、息が詰まりそうになるくらい感じたからです。


確かに、なんというか、その……

「ほら、彼(彼女)はこんなに頑張ってるんですよ。すごいでしょう。感動するでしょう。お前らこれからはテレビを見て笑うんじゃねえ! 泣くんだ!」(ビシッ)

と言っているように取られる放送内容は、なかなか素直に受け止められません。そういった演出がなければもっと素直に共感したり、感動したり、「よしオレも頑張ろう!」という気持ちになったりできるのに……と思わないことはありません。

ただ、楽しくなければフジテレビじゃないように感動演出がなければ24時間テレビではないので、その点に関しては少しずつ慣れていく事にしましょう。たぶん私がリーダーと同じ年齢になるころには、もう少し見られるようになってるんじゃないかな。その頃にはテレビもあるだろうし。


でも、とりあえず番組の大きなテーマは、受け止められたんじゃないかな。TOKIOも関ジャニも大好きだって言うこともありますが、キセキ……いい言葉です。今年は社会人生活10年目にして失職→再就職というプロセスがありました。これもある意味、私にとってのキセキです。

そして、せっかくつかみとったキセキですから、これを「大きなキセキ」へつなげるために、また頑張ろう。そう思った次第です。

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