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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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人間関係、社会生活を円満に送るために、私は最大の努力を常に会社ではします。具体的には、他人の陰口は叩かない、などです。誰かにしゃべったことは誰に聞かれるかわからない。誰かの陰口を叩き、その叩いた相手が直接その誰かにぶつけることがないにしても、めぐりめぐっていつしかその当人にぶつかっていく可能性は大いにあるわけで、そういうことだから、仕事以外のことはあまり話しません。

そうすると、何が残るかというと、とにかく仕事のことばかりが残るわけで、そういうわけだからあまり仕事に関係ないことは話しません。そのためなんとなく殺伐とした、すさんだ気持ちになってこうしてブログなどを打ち込んでいます。

殺伐たる心境。荒廃するこころ。こんな状況で何が書けるのかというと、うーん、あんまり面白いことが書けません。じゃあいいや。気の利いたことが書けないんなら、やめちゃえ。そんな感じで今日はふてくされてほっぽり出すこととしましょう。まあ、今日も生き延びました。というわけで。

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14:30ごろ、突然、というわけではないものの、「湖でボートに乗りたい」と思い、そのまま西へ40キロほど爆走、秋田県仙北市は田沢湖町に行ってきました。

ただ、ひとりで手こぎボートに乗るのも少々アレなので、湖岸から水面を眺めたり土産物屋をとぼとぼ歩いたりした挙句、ベンチに腰掛けてず~っと前から全然読んでなかった「別冊ヤングマガジン」を精読、それからまた湖岸をとぼとぼ歩き、また1時間あまり爆走して帰ってきた次第です。

BGMは先日宮古に行ったときと同じ「信長の野望 覇王伝」。雄偉の将(足利義昭のテーマ)から飛ばして「暁鐘(エンディング)」~「ほうき星」~「臥龍(リプライズ)」への流れで、日が沈むまで眺めて歩き、月が昇ったころには「レイストーム(アレンジ版)」に切り替えて帰途につきました。

なかなかいい雰囲気でした。こないだは少なからずときめきがありましたが、今日は何もなく、ひたすら静かに歩きつづけるばかりでしたが、それはそれでよかった気がします。でもやっぱり、ボートに乗りたいな、と思うのです。しかも、できれば、自然に見えるから――

異性の方と……ね。

やれやれ。身分不相応な夢を語ってしまいました。ごめんなさい。

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どうも、うまくいかないな、と思うのは、自分の気持ちに正直でないということです。

思ってることを、思っているようにしゃべることができず、心の中でぐずぐずになってしまっているところがあり、それがために何かとつまらない心配をしている今日この頃です。

もっとも、最近は少し落ち着いてきたので、いいのですが、それでもやはり本当の気持ち、本当に思っていることを、上手にいえないなと思うのです。

じゃあ、もう一歩進んで、どうして上手にいえないのかな、というと、あまり信用していないのかなと思われます。こういうこと言ったら、巡りめぐって、どこかから自分の悪いうわさが立つんじゃないか。そういう風に考えると、とても本当の気持ちは話せません。基本的に、誰かにしゃべったことは、もはやどこからどう漏れ出そうとしかたがないと考えているので。

だから、誰が知っていてもいいことしか、言わない。本当の気持ちは心にかぎをかけて、外に出さない。


そんなふさぎこんだ気持ちにちょうどいいのが、先日買い求めた「アンダーディフィート」ですよ。この鉄片と爆風の荒れ狂う「バトルガレッガ」以来の硬派な世界観が実にたまりません。「究極タイガー」「ゼロガンナー2」と並び3大縦スクロール・ヘリが自機シューティングといえましょう。もっとも、「究極タイガー」はこういう経緯でパイロットが選出されたので、それほど硬派でないかもしれませんが、ともあれゲーム内はとても硬派な感じですので、よしとしましょう。

まあ、そんな感じで、ちょっとつらいですが、少しだけ落ち着いてきたので、それはいいのかなと思います。

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懐かしい人や、疎遠になった人、理由あって話をしていない人たちと出会い、話し、遊ぶ夢を見ました。

知っている人、話している人たちもいました。好きな人もいました。けれど、その人たちは綺麗な服を着て、どこかへ行ってしまいました。

起きてみればうれしい気持ちは空気になり、さびしい気持ちだけが残っていました。

つまらんな、と思うのでした。

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これ、いつ書いたっけかな……。

あ、これは昔に犬神が書いた文章です。当時は長髪を後ろで束ねて眼鏡をかけてナップザックを背負っていました。ただしアニメ美少女の本の代わりに文学書等をよく読んでいたので、いくらか違って見えたのかしらん。

それはともかく、当時は「天路歴程」を英文で読み解くなどという非常にアカデミックなことをやっていました。ただ英語を勉強する、というよりはその物語を理解するためにがんばって英語を勉強していたので、それほど苦痛ではありませんでした。

あと、ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」も読んでいました。こちらは和訳版でした。


このころはとにかく、夢見がちな幸福な人間でした。文学的ひきこもりというか、とにかく物語の世界に浸っていて、毎日楽しい夢を見てすごしていました。嘘です。現実が嫌だから夢の世界に片足突っ込んでいただけです。

で、現在。毎日リアルでヒリヒリした日常を送り、帰ってくればもうぐずぐずに疲れ果てているところです。それゆえまた、本を読みたいなと思うのです。

アニメもいいし、ゲームも楽しいし、漫画は毎日読みます。けれど、やっぱり本を読むということ。文字ばかり書かれた本を読んで、気持ちを膨らませるということ。そういうのが結構、大事なのかもしれませんね。

実際、「ダロウェイ夫人」なんていうのは、登場人物の、いわゆる「意識の流れ」にうまく乗れれば、まるで川の流れのように緩やかに……突然急流から滝壷に落っこちるような人もいますが……すごく、面白いんですよね。う~ん、どこに行ったかなあ……。

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正規軍か傭兵部隊かで言うと、私もまた傭兵の部類であり、当然ながら正規兵(=社員)と比べると格下扱いをされつつ、それでも仕事量は正規軍よりたくさん課せられるという昨今にちょっとばかり疲れてしまっている今日この頃ですが、フランス外人部隊というのは基本的に正規兵と同等であり、5年勤めればフランス人になれるそうですね。ちなみに、別に「世界まるみえ! テレビ特捜部」で初めて知ったわけではなく、数年前のコンバットマガジンで知りました。

で、私も実は数年前、進学か就職か悩んでいた高校3年生のころ、軍人になろうとしたことがありました。わが国には軍隊がないので、それに準じる自衛隊ですね。真剣にそれを考えていました。

残念ながら、視力の問題でそもそも受験資格がなかったのですが、もし軍人になっていたら今ごろどうなっていたのでしょう。たぶんものすごくタフだけど人間的には……本も読まないし、今ほどよくしゃべらなかったかもしれない。


今でもそういう、軍人の強さにあこがれることもあります。別に声で相手の鼓膜を破壊したり砂にまぎれて姿を隠したり生体を最も傷つけない方法で相手を絶命させたりするほどの軍人になりたいとは思いませんが、生死をかけて戦っている人たちがいる一方、私はずいぶんと小さなことでぐずぐずになっているな、と思うとちょっと情けなくなります。

ただもちろん、こうも考えるわけです。戦争の只中にいる人は、そういう環境にいたからそうなっているのであり、殺伐ながら少なくとも生き死にの心配のない日本国で生きている私も、こういう環境にあるからそうなったのであって、たとえば私が先の情けない思いに堪えられなくなってアフリカの戦争に参加したところで、何も変わらないわけで、とにかく「できるのだから、する」のだなと思うのです。

楽しいことも、好きなことも。

できるのに、そんなつまらないことでしないなんて、意味がないなと思うわけです。

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麦わら帽子が好きです。

私自身が麦わら帽子をかぶるというよりは、麦わら帽子が似合う女の子が好きです。あるいは、麦わら帽子というもの自体にある意味偏執狂的な何かを感じていると言ってもいいくらいです。

以前「あっぱれ熱中大通り!」というカーニバルゲームで、大枚数千円をはたいて麦わら帽子を手に入れたことがありました。よく見るとそれはアメリカ産の黒いねずみのデザインでしたが、もちろんそのマウスが好きで落としたわけではありません(見えなかったし)。

ただ、ひたすらに麦わら帽子が好きなんです。

だからなのか、その反対なのか、わかりませんが、私は夏が好きです。とにかくもう来る冬を予感させるような季節になっていますが、とにかく夏が好きです。だから海にも行ってきました(昨日)。もちろん麦わら帽子をかぶった女の子はおらず、カップルと親子連れとツアー客ばかりで、野郎がひとりでうろうろするのはちょっとアヤシイ感じもしました。

ただそんなことをふと思ったので、これから先、二度とこんなことを書かないかもしれませんので、今日ここに記すこととしましょう。

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午前9時半ごろ、突然海が見たくなって、沿岸の都市に行くことにしました。
峠道や山道を走ること2時間半、宮古市は浄土が浜というところにたどりつきました。

私は内陸育ちということもあるのか、海が好きです。心理学的には海というのは母性のイメージというか、そういうのがあるらしいですが、あえて無視します。とにかく私は海が好きなんです。それだけです。

ひとりで海辺を歩きました。BGMは「信長の野望 覇王伝」です。あたりはカップルと家族連れとツアー客ばかりでした。どこにいっても不審者扱いされるんじゃないかと思うと、なんだかよけいにこそこそしてしまいました。

で、レストハウスから程よく離れたあずまやに寝転がり、「暁鐘~ほうき星~臥龍(リプライズ)」を通して聞き、少しく快活な気分になったところで、来た道をたどり、昼飯でもと思いレストハウスで焼きホタテを注文すると、従業員のお姉さんは今はできないということで、しょうがねえ、つってめかぶそばをあつらえてもらうことに。

レストハウスは人気のない、とにかく静かなところで、お姉さんひとり私ひとりという、きわめてレアな状況でした。ドラマだったらいい話のひとつもありそうですが、私はそういうのが苦手ですので、とにかくそばを食って帰りました。しかしながら、妙にその潮味がおいしかったような気がしました。

そのあと、土産物屋で(遠出をすると必ず何かを買わなきゃならないという気になるというのが私の悪い癖なのです)アメジストとアゲート(めのう石)を買い求め、その後レストハウスを経由していったん家に帰り、さらにその後デパートに行きました。

そこで私はマクドナルドに行き、「きらりん☆レボリューション」のカードがほしいばかりにハッピーセットを3つ注文し、カード2セットを手に入れました(1つは愚弟のロックマンのカード)。その後家に帰ると、2セットあるべき「きらりん」のカードが1セットしかない。家中を探しても1セットしかない。ダメだ。ダメだダメだ。


そういうわけで非常に嫌な気持ちに向かっています。暗くて、でも穏やかじゃない。ダメだダメだ。うーん、よくない。ダメだ。

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高田裕三氏の「ブッキング・ライフ」をちょっと読んで思いました。

自分は大卒だけど正社員じゃなくて派遣社員だ。好きな女の子がいない。臓器移植カードを持っていない。鈍器で頭をぶん殴られたら多分死ぬ。そして、おそらく私は彼女を守れない。

なんか、がっかりしてしまいました。自分はこれほどまでにダメなのかと。

……ところが、そこでふとある言葉を思い出しました。

「戦場で銃を持った相手に、素手でどう立ち向かいますか?」
「どうにもできません」
「それは拳が弱いんだッ」

「君ぃ、極真空手をやりなさい!」

「死にたくなったら読書百冊。うち2冊は太宰治。ただし、太宰は続けて読むなよ(ニヤリ)」

……少し、元気が出てきました。このところどうも理屈っぽくて、難しく物事を考えていたのですが、シンプルで強く生きることこそ、私の目標だったはず。ってことで、今日、ほんの少し元気になれたかなと思いました。


今日いつものゲーセンに行ったら「虫姫さま」が「虫姫さま ふたり」に進化していました。当然一も二もなくコイン投入。姫さまとその他一名から選べるようですが、姫さま以外見えていない私は当然即決。「また会えたねっ!」と言われつつ出撃。

前作は最初に広範囲型か前方集中かを選べたのに対し、今作は初めから拡散と集中を選べるようになっていました。なおかつオプションはワインダーする、いわばプロトンレーザー状態。でもって集中状態になると動きが遅くなるということで、なかなか戦略が大変になっていました。

とりあえず、2プレイして2ボスまで。なんか前作と比べて飛躍的に難易度がアップしているような気がします。大丈夫かな。続けられるかな……。いや、「ピンクスウィーツ」もそれなりにやりこんでいる割には調子が悪くて3面序盤までだったけれど、結構楽しいし、継続は力なり。とにかく姫さまが好きなので、バリバリやっていこうかなと思います。


あ、さっきの話に戻りますが、元気のないときに無理してこんな言葉で元気を出そうとしないでくださいね。私はここんところずっとぐずぐずの流れだったのが、ほんの少し上向きになってきたから、こんな風に言ってみただけで、また明日にはだめになってるかもしれません。ただ、今日はそう思った、ということでね。

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人が嫌いでいぬが好き。なんて、完全に人を嫌いになりきれないのですが。でも、どうも人というのは難しい。自分と同じで考えるし。

でもいぬはいいですね。においをかがせる。撫でる。食べさせる(何かを)。そうするとしっぽを振ったり頭を下げたりうなったりしてこっちになついてくれるから、すごくいいです。

無条件の愛情というか、無償の愛情というか。

ただ、私という人間はよくよく素直ではなく、あんまりいぬが可愛いからといってやりすぎてはまずい、と思い、「この犬野郎が」「てめぇなんて畜生以下なんだよ」「おれさまは人間だが、お前は犬だ。そのところをよくわかっておけ」と、傲慢に、またシートンのように冷静にいぬが喜んでいるかどうか、とりあえずしっぽを振っているかどうか、逃げないかどうか、などをつぶさに観察しながら今日もいぬを撫でてきました。

ちなみに私はシートン動物記は、読んだことはありません。

いぬは私に頭を撫でられたり首を撫でられたり背中を撫でられたりしているとき、しっぽを振っていました。また、私の身体のあちこちを嗅ぎ、私のわきの下に自分の身体をもぐりこませ、触れ合ってきました。

そのままの体勢だとグラップラー刃牙の最大トーナメント決勝戦のごときフロントチョークになり、万が一私が後ろに倒れてしまえばDDTになってしまうところでしたので、私は注意深く、しかしながらせっかくなので静かに身体をひじの内側で撫でてあげました。

抱きしめるという会話があると以前テレビで聞きましたが、いぬにもそれは有効なのでしょうか。

ともあれ体温のあり、心はないかもしれないけれど気持ちいいとか嫌だとかという感情のある、いぬという生き物はいいなあ、と思いました。

自分は人間にはよく嫌われますが、動物には好かれるようですし。

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私は竹中直人氏の「笑いながら怒る男」という芸がものすごく大好きです。単純に面白いから、というのもそうなのですが、一方ですごく相反する気持ちを同居させているバランス感覚というか、その技巧がすごいと思うのです。

それとは少し違うのですが、このところ情緒不安定な私。今日は少し落ち着いています。なぜ。いつもよりも多く仕事をしてきたからです。

ワーカホリックというほどではないにせよ、私は朝から夜まで仕事をしないとかえって気持ちが落ち着かないんです。って、それをワーカホリックって言うんだよ。という突っ込みが来そうですが、んー、そうじゃないんですよね。

できるだけ冷静に考えると、これまで勉強も運動も遊びもオナノコも、何もいいところがなかった私が初めて誉められ、必要とされ、生きていると実感することができたのが今の職場であり、仕事=アイデンティティと言い換えてしまってもいいくらい、私は執着しているんだろうなと思います。

他の人たちに負けたくない。というのもあります。総勢40数名のうち、半数以上が私と同じ派遣社員なのですが、作成日時でソートしたら古い方から数えたほうが早いくらい長い時間をすごし、仕事をしてきた人間として、たかだか数ヵ月くらいしかやっていない人々に負けてたまるかという思い。

それから、反発。似たような感じになりますが、たいした仕事もしてないのにナマ言うし泣き言言うしで、どいつもこいつも嫌いです。だから自分の正義を押し通したい。僕の考えを押し付けるつもりはさらさらないが、ってそれは「湾岸ミッドナイト」。とにかく誰かに干渉しない代わりに、できるだけ自分のことは自分でケリをつけたい。独立独歩。ひとりぼっちの宇宙戦争。ちょっと違うけど、まあ、そんな感じです。


で、まあ表向きの理由はそんな感じであり、本当の気持ちとしてはアイデンティティを守りたい、ということですね。いつも日陰をとぼとぼと歩き、誰からもほめられもせず、苦にされることはしばしばあり、ずいぶんひねくれた人間に成り下がってしまいましたが、ようやく自分の居場所を見つけられたから、ここを追い出されたらもう生きている価値がない――そんな不安、焦燥、で、結果的に神経症気味なのかなと思います。

仕事がすべてなわけじゃない。仕事をしない人はみんなそう言います。けれど仕事もできない人に大事を成せるわけがないと思うのです。

けれど、だからといって仕事をすることはとてもつらいことです。社内外からさまざまな人に怒られ、肩をすぼめて頭を下げて、あ~いそわらいーのー、25年~って、それは「おそ松くん」か。まあそんな感じで、こなしてもやはりどこかむなしいというか、満たされないのがとてもつらいです。

で、ここでまたアンビバレントという言葉を引っ張り出してくるのですが、つまりこういうわけですよ。仕事をしなければならないという気持ちはあるものの、当然仕事なんてしたくない、もっとゆっくりと生きたい、という思いがあるわけで、うまくいえませんが、どうすれば気持ちが本当に平穏な、フラットフィーリングの境地にたどり着けるのだろう、と思いました。

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別に超なんて接頭辞をつけるくらい過激に神経症だというわけではないのですが、私の場合うつ病とかというよりはたぶん神経症なので、常に不安があり、苛立ちがあり、焦燥があり、統合すると不安定な要素にいつもさいなまれているわけで、それが休みの日ということで解決するのかといえばあんまりそういうわけでもなく、つらいなぁ、と思う今日この頃です。

今日はセガアリーナ盛岡に行って来ました。盛岡にふたつあるイオンショッピングモールの、古いほうにはプラザカプコンがあり、新しいほうにはセガアリーナができたわけで、今日はこのセガアリーナのほうを調査しに行ったわけですが、相当やられました。

 まず「ガンブレードNY」と「LAマシンガンズ」が並んで置かれており、どちらもバリバリにやりまくりました。

 続いて「F355チャレンジ」を、シミュレータモードでプレイ。久々にシフト操作をしました。麗菜ほどシフトさばきはうまくなかったですが、それでも何とかがんばってきました。

 あとは2000年に発売されていたものの所見だった「ストライクイーグル」というセガのフライトシミュレータで「操縦桿を横に倒せば右に進む」というアフターバーナー物理学ではなくリアルな飛行機操縦技術を学び、「トラック狂走曲」をやり、「コブラ・ザ・アーケード」をやり……2時間あまりの時を過ごしていました。

 正直プラザカプコンがメダルとプライズとプリクラばかりで、古くからのビデオゲームファンである犬神はあまり好きではなかったのですが、ここのセガのラインナップは非常に強烈で、すっかり気に入ってしまいました。

もちろん、そもそも面積がとてつもなく広いのであらゆるメダルゲームとプライズとが並べられていたのですが、それでも一般のビデオゲームも20台ほど置かれており、バーチャ5がなくても「タンクフォース」と「スペースインベーダー」があるという、ある意味すさまじいこだわりが感じられました。


盛岡の中心部には、ビデオゲームにかけては最強のラインナップを誇る「ハイテクセガ」があり、そこそこ大型筐体とビデオゲームがある「クラブセガ」があり、そしてこのたび「セガアリーナ」という強烈な大型筐体ゲームが林立するプレイスが生まれて……。

残念ながら、それでもなお私の神経症気味の精神状態はあまり改善されないのですが、それでも、相当な楽しみのある場所がひとつ増えたな、ということを確信しつつ、今日も世がふける……。

ご飯を食べても気持ちがリラックスできません。眠っても嫌な夢ばかりで夜中に何度も目がさめてしまいます。ドラえも~ん、よく眠れて気持ちが落ち着くくすりをだしてくれぇ~(声の出演:小原乃梨子)。

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私はポルシェが大好きです。
そして漫画に出てくるポルシェ乗りの島先生と麗菜が大好きです。R乗り? それは零奈です。

で、先日買ってきた「彼女のカレラ」第4巻をとりあえず、プレイボーイで読んでなかったところまで読みました。いいですね。私はATだからシフト操作なんて何にもないし、70キロがせいぜいの軽自動車ですから、比べるべくもないのですが、やはりいいです。何が。麗菜が可愛いんですよ。

ただ、私はやはりポルシェを持っていないし、車といえばこれとレックスぐらいしか知りません(以前プレリュードという車を運転させてもらいましたが、怖くてほとんど踏み込めませんでした)。そうすると、どうやっても麗菜に近づくことができず、フィクションの世界に絶望してしまうのですが。


その点、アフタヌーン。急に月刊誌に変わるのですが、これはいいですね。近づこうというか、近づきようがないくらい別世界だから、素直に楽しい。

今から10年ぐらい前、私はかつてアフタヌーン読者でした。無限の住人はまだ7巻か8巻くらいまでしか出ていなかったし、ガンスミスキャッツバーストはただのガンスミスキャッツでした。そしてガンスミスキャッツは銃と車と女の子が好きな私にとってはたまらない愛読書となりました。

そのあと、岸和田博士も終わり、ガンスミスキャッツも終わり、菫画報も終わり、無限の住人は続いていたけどもうついていけなくなってたし、しばらくアフタヌーンから離れていました。

しばらくして、ガンスミスキャッツバーストというのが始まっている、のを知りましたが、わざと見ない振りをしていました。

ところが何の気なしに手にとったアフタヌーンで、菫画報の人の新連載第2回が始まっていたので、復帰するのならこの機会かな、と思いアフタヌーンを買いました。ついでに言うと、11月号をすでに買っているのに昨日また11月号を買ってしまい、悔しいので1冊を家庭用、もう1冊を車載用ということにして、それぞれ読んでいます。

つまり、今日はこれといって書くことがないのでこれくらいです。

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今日も出掛けにいぬを撫でました。かわいかったです。今思うと、そのいぬを撫でた手をあまり洗わずにご飯を食べていました。

ところで、今日はチャンピオンを読みました。尾玉なみえの漫画を久々に読みました。相変わらず素直に笑えない漫画だと思いました。それゆえになんだかすごく強烈に印象に残るのですが……。

加えて今回の読みきり「ポスティア」は……よかったですね。いや、すごくよかったですね。BGMは「バトルガレッガ」の7面の音楽でした。もう、なんていうかとにかくよくてよくて……。

これだけじゃ何がなんだかわからないだろうから、もう少し書きます。内容は「スピリット・オブ・ワンダー」とか「ヨコハマ買い出し紀行」と同じ流れの、「科学力がすごすぎて一回りして普遍的でほのぼのしたSF」といった印象のもので、手紙のみが人々のコミュニケーションとなった時代、それを配達する女性型ロボット「ポスティア」の物語です。

過激ギャグと過激バトル漫画とがひしめき合うチャンピオンにおいて、サナギさんにも匹敵するほのぼのSF漫画であり、過激ギャグと過激バトル漫画に精神のチューニングをされていた私の心をやさしくしてくれる、とにかくいい漫画だと思いました。

といって、ここで書いているだけではやはり伝わらないのだから、しっかり行動をしたいと思います。どうするって。チャンピオンにアンケートはがきを書くんですよ。まだ締め切りに間に合えばという話ですが……。


最近は突然耳鳴りがしたり脳が痛くなったりおなかが痛くなったりめまいがしたりと、心身ともに壊滅的な、廃人同様の有様なのですが、そういう時というのは私の持っているテンション、つまり波長が結構乱れまくっていたり、ほとんど反応がなかったりと、散々なのですが、これを読んだ時はアナログ音波のように綺麗なサインでコサインな感じになりました。

片意地張って突っ張って生きてこうにも、ちょっと私は疲れました。だから、ほんの少し、立ち止まりたい……。そう思います。

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レシプロ機の限界速度は戦後に民間に払い下げられ、エア・レースで活躍したF8Fベアキャットの800キロくらいだといいますが、ある程度の速度に達するとプロペラの抵抗が邪魔になって失速してしまうのだとものの本で読んだことがあります。そういうわけで局地戦闘機「震電」はしっぽにプロペラがついていたといいます。

なんか、今日は日の上りきらないうちから仕事をはじめ、日が沈むころに仕事を終えたのですが、私の場合どうもそれだといまいち「仕事したぜ」という気持ちがしないんですよね。かといって、やらなきゃならない仕事があるかといえばそうでもないし、なんとも矛盾した、穏やかでない今日この頃です。

なんとなく、そういうわけで気持ちはあるんだけれど速度が出ない、速度の壁にぶつかった第二次大戦末期の軍用機みたいな犬神です。自分としてはやはりTa152が好きです(震電はもう別格ですんで)。


もう何もしたくない。無気力でなんか捨て鉢な気分なので、今日はあんまり書くことがありません。ごめんなさい。

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と最初に言ったのは私ではなく太宰治ですが、最近つとに思うのです。なぜ。私という人間はまあ、外の世界ではそれなりに社会貢献、および会社に貢献し、いくらかの銭を稼いでいるわけですが、内の世界ではどうもよくない。さまざまなことで家族に迷惑をかけ、それでも家族とともに生きてかなければならない、およそ同居する家族にとってはこの上ない不合理。まさに生まれてすみません。ついでに生きててすみません。

ところが私というやつは、カルモチンもないし一緒に玉川上水に飛び込む人もいないし、そもそも岩手に玉川上水はないし、何もかもないわけで、そもそも生粋のひねくれ者なので、そのように悲観して自殺したんではどうも格好よくないし、また凡庸でつまらないと思うわけで、その一心だけで一時期うつ状態(と心療内科の先生が言っていた)になった時も何とか生きてました。

ただ息をしているだけで罪の意識に押しつぶされそうになる。そのことを言えばいいのに言わない。そのことでまた家の者との不和が生じる……。


で、いろいろ考えた挙句、暫定的にこういう考え方をするようにしました。どういう。つまり自分が生きていることでどれだけ迷惑しているかを厳粛に受け止め、その上で、自分を認めよう、と。

「いたら迷惑だと思うけれど、いなくならないから、せいぜい迷惑がってください。あと、生まれてきてすみません」

存在自体が害悪。かといって自分で排除することはできない。このふたつの事実を合わせると、憎まれっ子世に憚るといいますか、佳人薄命つってむしろいい人が早く死んじゃうんだし、嫌な私はむしろ長生きするんじゃなかろうか、などと無理やり自分を肯定してみたりしています。


最近、「いじめを苦に自殺」とか、そういうのを聞きますね。いや最近じゃなくてもあるみたいだけど。でもいじめられっ子が死んだっていじめっ子は喜ぶだけだし、どんな理由があっても死んだら負けだと思うんです。だからもし、そういう境遇の人がここを見たりしたら、上記の考え方をしてみてはいかがでしょうか。

楽しくはないけど、生きていけますよ、多分。


(なんか今日の日記はちょっとメッセージ色が強いですね……もう少し文学的に、書こうと思ったのですが……むむ、生まれてどうもすみません。違うか。

あと、私が太宰好きになるきっかけとなったエッセー「美男子と煙草」の青空文庫版があったのでリンクを張ります。いじけっぷりを隠そうとせず存分に発揮した文章に笑い、感動し、少し泣き、なんか泣き笑いです)

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久々に盛岡最強の地下ゲーセン・「ハイテクセガ盛岡」に行ったところ、そこはある意味桃源郷であり、人とまともに向き合うことに堪えられなさそうな私をしばし楽しいひと時を過ごすことができました。

「黒鋳薔薇」が、「ピンクスウィーツ」が、「虫姫さま」が、「トリガーハート・エグゼリカ」が。さらにGCで散々やった「ラジルギ」が、そして今まで実際にやる機会のなかった「UNDER DEFERT」がっ! しかも100円1クレジットではなく100円2クレジットだったり50円1クレジットだったりっ!! もう財布の中身の100円玉をすべて使い切るまで遊びまくりました。

最終的には、STGが苦手なオタ向けに手軽にレコ姫さまを拝めるCAVEが悪党のはずがない、非常に良心的なゲーム(カイジのあのAA)である「虫姫たま」をプレイして惨憺たる有様に絶望しつつ、しかしながらレコ姫さま好きな不肖犬神、そこそこ萌えていい気分になりつつ帰宅したのですが、本来の「虫姫さま」も最高記録、4面ボスまでたどり着くことができました。3面で集中力が切れて立て続けにやられなければ、たぶん5面まで行くことができたんじゃないかな。おしい……。

あと、ラジルギはGCでイージー設定、5クレジットくらい使用してようやくクリアしたレベルでしたが、アーケードでやってみると3面後半ぐらいで撃墜。むう、敗因はアブソネットが溜まったのか溜まってないのかわからないというのと、やはり画面が大きいからという油断でしょうか。

「黒鋳薔薇」はちょっと調子が悪くてメイディまで、「ピンクスウィーツ」は今日はやらなかったのですが、やはり一番は「UNDER DEFERT」でした。

印象としてはやはり「ゼロガンナー」という感じですが、硬い敵に撃ちこむ時の「硬さ」はこれまでにない最高峰のものであり、またオプション兵器の妙もかなりのものでした。ちなみにお気に入りはロケット弾です。……戦術核兵器なのか、これは? いや、それを言ったらボムがもっと……。

加えて、キャラクタの男女がスッキリしている割に、プレイヤーがどれだけの破壊と殺戮をしたのかというのを数字で示しているところが実にいいですね。何がいいって、姫さまだろうとスク水っぽいオナノコだろうとSTGの本質とは破壊と殺戮であり、かえってそういうのを見せ付けられると、自分がとんでもない殺戮兵器に乗り、敵国の人々を次々に殲滅するスローターアワーな気分になれるのであり、兵隊は何も考えない、つって、純粋に破壊に行くことができてとにかくDC版のソフトを買いたいと思っています。


最後になりましたが、虫姫「たま」。……私はああいうの苦手です。パズルで得意なのは「テトリス」と「コラムス」です。そういうわけなのであくまでも本家の方で一生懸命破壊と虐殺を繰り返しつつ、好きになっていくのが合っているようです。

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ここではあまり嘘をつきたくありません。ここじゃないところでいっぱい嘘をついているからです。

私というからだの中に、普段だとまあ、いろいろと激しいものがたぎっているときは、とにかく生きる力があるということなのでいいのですが、このところは何にも入ってないものだから、とにかく空気を詰め込んで何とか立っている(ように見せている)ことが多いです。

そうじゃないと前に進めないからです。本当は立ち止まって休みたいけれど、強制横スクロールアクションゲームのごとく、押し迫ってくるので、前に進まなければ1ミスでゲームオーバーになってしまうからです。

このブログも少し無理をして書いています。「せっかくだから何か書かなきゃ」という気持ちがあるからです。


でも、立ち止まるともう歩けないので、立ち止まる前にもっと空元気を出して走り出すようにします。その空元気が本当の元気につながることもよくあるのですが、最近は空元気を使った分、そのあとが余計につらいです。

だから、あんまり今日は書くことがないのでこのくらいですみません。

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顔を見てお互い動かなかったので、少ししゃがんでやると、犬はこちらへ出てきました。

いきなり触らないでまずは匂いをかがせるといいということだったので、とりあえず右拳を突き出して匂いをかがせ、かまれなかったので少し頭を撫でてやりました。それから、喉とか、首とか。

こないだはそっぽを向いたので、嫌われたのかな、と思っていつもそこまでで私は立ち去りました。


今日はしつこく横を向かれたら背中やおなかを撫でてやりました。そうするとさらに私にしっぽを向けてきたので、後ろ足とかを触りました。しっぽで私の手の甲をさわさわと撫でてくれたのがうれしかったです。

そしてさらに反対側、つまりさっきは右側だったのですが、今度は左側を私に向けてきたので、今度は左側の背中やおなかを撫でてやりました。

そうすると犬は私の手だけでなく、私の腕の中に身体を寄せてきたので、思わずフロントチョークをかけるような格好になりながら、しばらくじゃれあい、名残惜しい気持ちもありましたがとりあえず帰りました。


その間、いぬは私のことをどう思っていたのでしょう。また、無表情にいぬを丁寧に撫でる私を見た人はどう思ったでしょう。

考えてみれば私は小学校のころ飼育委員で、他の人が抱くと暴れるウサギも私の腕の中ではとてもおとなしくしておりました。かつてはインコもそうでした。祖母の家にいるオカメインコにはそこそこ慣れられているようです。

あくまでもそれらは畜生、というか小動物、私は人間です。私と彼ら、もしくは彼女らが同一の立場にあるとは決して思わず、私は人間、お前はいぬだ、という厳然とした区別を常に心の中に打ち立てながら接しています。

そのように区別をした上で、相手の最も望むことをしてやることこそ友愛の精神だと、最大トーナメントで言っていたアメリカ大統領のSPの人の言葉に賛同する人間だからです。

そしてそれは、人間でよかったという、人間賛歌につながります。数年前に大人気になった、声優嫌いでヘビースモーカーでロリコンのアニメ映画監督が作った、人間嫌いの自然賛歌アニメのように、人間を否定しても、どこまで行っても私たちは人間であり、石仮面でもなければ人間を止められないのですから。



それでも、一生とは言わないまでも、犬とともに暮らしたい。人よりもいぬといっしょに穏やかな日々を過ごしたい。と最近せつに感じているのですが。

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私は実は、モダンチョキチョキズという人々の音楽が大好きだった時期があり、その流れで濱田マリのソロアルバム「フツーの人」なども当時は初回版を購入し聴きまくっていたことがあったのですが、その中にそういうフレーズがありました、という話。

もっと言うと、生きることとは朝起きて息をして寝るだけではないはずで、ということなのですが、今の私の生活は朝起きて息をしてご飯食べて仕事して寝るだけの生活であり、それ以上の何かを求めようにもそこまで手が伸ばせない状況です。なんかもう、立ってるのもやっとって言うか。


で、現在。最近よく通勤の車内とかで聞いている「信長の野望 覇王伝」のサントラから、「雄偉の将――征夷大将軍足利義昭のテーマ」を聞いています。菅野よう子さん作曲のピアノで奏でられるその音楽は、雄々しいというよりはどこかさびしい、なんかとても静かな好きな曲です。

 そういえばこのブログを書き始めたころ、私は戦国の世にいました。暇さえあれば「信長の野望 革新」をプレイしていました。後にお伊勢参りでキセルを吹かし、戦国時代村にも行きました。伊賀・甲賀の忍者の里にも行きました。そのころはとても楽しく、また強かったような気がします。最近は「天地を喰らうⅡ 赤壁の戦い」などをプレイしていますから、どちらかというと三国志の武将の強さをもらいたいと考えているところもありますが、やはり戦国。だって日本だもの。


 楽しかった時代に戻りたい。戦国時代村の住人になりたい。そう思うこともしばしばあるのですが、過去を振り返るのは私の主義に反します。かといって、何もない現在を生きるのは少々つらい。だから、通勤路にある家の犬を撫でて癒されています。
 犬ってのはいいですね。嫌われたらかまれるけれど、気に入ってもらえれば人間に身体を撫でさせてくれます。ぬいぐるみよりも暖かくて、気持ちもあって、血の通っているもの。そして少しの、生き物にしてあげなければならないことをやってあげれば、無条件に最大の愛情をくれるもの。すごくいいですね。
 といっても、自分で犬を飼おうとは思いません。

 私には生き物を養う資格が、ないから。です。

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今日はとても月が赤かったです。なので月の話をします。

皆様も一度は月を見上げて思索に耽ったりウサギが餅をついているところを想像したり狼になったりしたことがあろうかと思いますが、私はどうも、今はぽっかりと空に浮かんでる月が、落ちてくるんじゃないかと空想することが時々ありました。

月が落ちてくるって言っても、「ゼルダの伝説 ムジュラの仮面」みたいに、いわゆる三次元的に落ちてくるのではなく、むしろ「月風魔伝」のように、実際的な大きさはそのままに、すうっと地面に落ちていくようなイメージです。何で。いや、「月風魔伝」そのままですよ。なんか、その、背景かと思っていた月がポトッと落ちてくる、それだけなんですが、妙に怖かった、というか、今でも月を見上げると落ちてくるんじゃないかと心配になります。あくまでも空想の範囲内ですが。


もうひとつ。最近ドラえもんの「異説クラブ」云々と言う、23巻に収録されている漫画で久々に読んだのですが、月の裏に文明があるという話。いいですね。誰が最初に唱えたのか知りませんが、なるほど、私たちはいつも片側しか見たことがなかったから、反対側では超文明が発達しているという空想があったのですね。

漫画の中の「月の裏側」は超文明都市で、のび太のように「月のウサギに餅をついてもらおう」という気にはなりませんでしたが(ウサギがいるのかどうか……)、そういう月にまつわる空想もなかなかいいなと思うのです。


そんなわけで、今日は取り立てて書くことがなかったので、ふと思ったことを書きました。十五夜は過ぎましたが、秋の夜長、何かあったら月を仰ぎ見て裏側のことを考えたり「月はいいなあ」と前田慶次ばりにつぶやいたりプリズムパワーでメークアップしたり狼になったりするのもいいかもしれません。ただし超能力で月まで飛んでいって破壊すると津波が起きて東京が水没するので、それはやめましょう。

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とスタンド使いのある人(38歳独身・セト神のスタンド)が言っていましたが、私はどうでしょうか。とにかくゲームとか漫画とか、そういうのに精神の救済を求めているような、より高度なオタクの領域に入っているもんだから、変じゃない要素はひとつもないような気もしますが。

まあそれでも、その時々の気持ちを映し出す鏡という風に日記、というものを認識しておるので、その都度できるだけリアルに現していきたいと思います。

つって、今日。何をしていたのかというと、あんまり何にもしてないんですよね……。なんかダメなんですよ。やる気がないって言うか、身体はそれなりにいいんですが心がついてこない。コーディネーション能力がダメなのかもしれない。かもしれない、かもしれない。あーもう、まあいいや。


それでも何かしらのメッセージを発しなければならないような気がするので、無理して考えるとすると、やはり気持ちが落ち込んでる時にがんばれっつって励ますのはよくないと思うのです。立ち上がれない時は頭を低くして、エラーしないようにじっと機を待つ。そういう時があってもいいと思うんです。

で、あとはあんまり自分を否定せず、前向きにやったらいいとか、誰か話せる人がいれば話したらいいとか、そういう風に思うわけなんですよ。ただ私の場合はなかなかそういう人がいないというか、ネット上でも現実でもそれほど話せる人がいなくて……。どうしてかっていうとやはり、壁に耳ありショージに目ありってわけで、自分以外の他人を100パーセント信用していないんです。以前はそういう人がいましたが、今はいないんです。

だから、自己解決しかないんですよね。ここ最近のようにビデオゲームに入れ込んだり、漫画に入れ込んだり、そういう感じでね。

そしてそこで抑えきれなかった気持ちを、こうしてブログで少しさらしている次第です。恥の上塗りにつぐ上塗りで、書けば書くほど私という人間がダメ人間、キ○ガイ、社会不適合者、戦力外通告、つって、そんなに言われたらさすがに嫌ですが、そう思われそうな気がします。

でも、書きます。何も言わなければ何もないけれど、何か書けば、よかれ悪しかれ、何かが動くと信じて疑わないからです。

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開始直後にやられたにもかかわらず、結果的には3面前半ぐらいまで進めるわけで、「いつもはやられないところでやられたら、いつもはやられないところでやられなきゃいいじゃん」という思想で、あきらめずに進めればいいと思うよ。今日もやっぱり、ミディとメイディしかお姿を拝めん。

このところ心身の激しい消耗により、歩くこともしんどい日々が続くのですが、そういう時は「地球下車マシン」のイメージをします。なんだそりゃ? ええ、「ドラえもん」の道具で、地球の自転から外れることができる(=はたから見ると、まるで立ったまま西から東へ移動するように見える)のですが、それと同じ感じで、前に歩くことができない時は、地球が自分に合わせて回ってくれると思うことで、なんとか会社←→自宅間の道のりを歩いています。


また、そういう実際の一歩以外に、何かをする、何かをはじめる一歩が踏み出せない、または踏み出すことにすごくエネルギーを必要とする日々が続いています。それをひとつひとつこなしていくこと。それを繰り返しているうちに、何もしなくても胃が痛い、めまいがする、吐き気がする、などの自覚症状があらわれるようになり、かなり壊滅的な状況です。

ところがそういう症状を誰かに言いたい、とは思うものの、すでにそのことを公言してはばからないひとが私の近くにはおり、客観的に見るとすげぇかっこ悪いと思い、その他のいいたいこととともにぐぐっと飲み込む。そうすると、また胃の中で悪いものが全身に転移する……。

今日はマガジンの「仮面ライダーを作った男たち」(だったかな?)を見て、泣き虫プロデューサーの人をうらやましく思いました。悲しい時とか、うれしい時とか、泣ける人はすごくうらやましいです。なんか「パイナップルARMY」でもこんなことを言ってる人がいましたね。

そういうわけで皆様、思いっきり泣いて、思いっきり笑いましょう。「あなたの、あしたを、あたらしく」の某団体のラジオCMが心の琴線に触れるような、ハードでクールな精神状態になっちゃだめですよ、皆様はね。

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電話。今日は電話です。電話ってぇと私のお仕事にも密接なかかわりがあるためちょっと具合が悪いのですが、今回は電話にかこつけてノスタルジックにヒストリックにエレクトリックに攻めていきたいと思います。ちょっと後半どうかしていますが、あくまでも本分はまじめにやっていきます。

電話の中でも、とりわけ皆様に馴染み深いのが携帯……なんでしょうね。かくいう私も一応利用者ですが、知人からは「携帯しないで何のための携帯電話なんだよ」等々言われるくらいの利用頻度であり、無期限くりこしだったら今ごろ軽く5ケタくらいの無料通話分が積み重なっているような頻度の少なさゆえここでは、公衆電話と言わせていただきます。

公衆電話? 何それ?――いや、ダイヤル電話を使えない小学生がいても、公衆電話がわからない人はいないか。街のあちこちにあるグレー、もしくは緑色の電話ですね。硬貨もしくは磁気カードを叩き込むことで、誰でもどこにでもそして災害時でも電話の相手さえいればかけられるという重要なライフラインであります。災害時は込み合うので171に。って、こんなところで営業してどうする。

いいですね、公衆電話。私は先述したように、時折携帯電話を忘れて外出し、突然電話をしなければならなくなった時、多くの人がそうであるように公衆電話を利用します。カチャッと硬貨を叩き込み、ピッポッパッとプッシュ回線の切れのいい音を響かせ、つながった瞬間ブーッってカチャンってもうなんともいえない風情がありますよね。
何、わからない? ……冷静になって考えて、もう一度話をしますと、やはり公衆電話を使う時というのは、便利なものがない時であり、たいていの場合、すごく苦労してやっと一台の公衆電話を見つけた瞬間と言うのは、砂漠でオアシスを見つけた時にも匹敵するうれしさではないでしょうか(誇大表現)。

ところでこの公衆電話というやつですが、今でこそ緑色、またはグレーなのですが、私の記憶にも赤電話、ピンク電話、黄色電話、青色電話などなど、実にカラフルな電話があったように思います。このうちピンク電話と言うのは厳密にいうと個人の所有物に硬貨収納装置をとりつけたものなので公衆電話とはいえないのですが、ともかく病院などにはよくありますよね。

あと赤電話と言うのは、まあ、「三丁目の夕日」チックな何かで必ず出てくるから、私があえて語るまでもないでしょうが、あまり語られることのない黄色い電話と青い電話。まあ、青いとはいってもドラえもんのごとく(続く)

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「アフターバーナー」というセガのゲームがありますが、あれは敵のミサイル等を食らってやられる時2パターンあります。ひとつはミサイルが直撃した場合であって、これは空中爆発、何も残らないパターン。もうひとつはエンジンが停止して操縦不能、その後ドカンと一発中規模な爆発が起き、ぐんぐん高度が下がってドドドドーンと尾を引きながら地面に墜落していく……。

どっちかというと今日は体調が悪く、そんな感じでした。普段は通常業務プラス残業などはザラであり、ほかの人の通常業務プラス残業が私の通常業務と言ってもいいくらいなのですが、今日は全体に能率が上がらず、わざわざ残業してまでがんばることもないか、つって30分だけ残業して帰ってきました。それはほら、帰るためにどうしても必要なことでしたからね。

てことはお前さん、何のために残業してるんだい? てぇと、そりゃあ旦那、あっしはすることがある時はもちろん、これといってしなきゃならないことがないのならば、どうにかしてすることを見つけてでも残業するんでさぁ、などと江戸弁のような、全然そうでない言葉を使いながら言ってみるのですが、まあ実際そんな感じです。

残業してもそれなりに残業代が出るぐらいで、労働の内容に比してあんまり利益が出ないような感じがしますが、マスターカードでも変えないプライスレスな何かが得られると信じてやってきてます。


……だとしても、やはり、つらいものがあります。何がつらいって、つらいということを誰にもいえないことがつらいんです。でもってこのつらいということをこうしてブログなんかで公開するということ自体も本来であれば「ナマ言ってんじゃねえよこの」ということだと思われますが、一方でまあ、そう思われたとしても、そう思われないでむしろよく思われることも多いんじゃないかと思われるので何が何やらよくわかりませんがとにかく公開します。今日も、生きてます。

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