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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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 9月は一般企業たるわが社において上半期の決算であり、そういうわけで連日連夜残業に休日出勤、朝9時から夜9時(近く)まで、これまでよりも1.6倍くらいの密度で労働をしてきたため、また休日はその反動でエキサイティングに遊びにかまけていたため、ゼロか100か、程よく60かそこらで流すということができなかった犬神です。
 
 そうしたわけで、あまりこのブログを書く時間がなかった……というわけですが、その一方、気持ちの余裕がなかったと言うのもありました。
 やはり人に見せる文章を書く手前、自分の心を正直に書きすぎるのはあまりよくないと思うわけで、……

 だから、あんまり正直に書かないようにしようと思います。でも、とにかく書こうとは思います。書きたくて書く、と言うよりは、書かなくちゃならないような気がするので……。


 最近は菅野よう子さんの「信長の野望 覇王伝」を聞いています。車を運転している時よりは、仕事前と仕事後、破滅的に心がつらい時にぼんやりと思索に耽る折などに聞くといい感じです。その一方で、運転中に聞いているのが、「虫姫さま」のサントラでして、これがまたファンタジーで素敵な音楽です。私はただし3面以降の曲はゲーム内では聞いたことがありません。
 車を運転している時は、フロントガラスから見える風景、路傍を走る自転車や歩行者などには敏感に感じるものの、それ以外の思考が一切停止してしまうくらい集中しているというか、どうかしているというか、まあそんな感じなのですが、それでも音楽は聞こえてきます。
 
 最近楽しいことは、ご飯を食べることと眠ることです。でも、最近は胃の調子がよくないので、ご飯もあんまりおいしくありません。つらいですが、でも生きてます。

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「湾岸MIDNIGHTが好き」スレでこういうのを見つけました。

「オタクの聖地」秋葉原の氏神様で巫女入門

 数ある宗教の中で何よりも神道を重んじ、内心では寺とかもちょっと軽んじている節のある犬神にとって、このような催しは心から歓迎されるべきものだと思います。特に近頃家の内外でいろいろあって、神道における八百万の神々に心のよりどころを見出し始めている昨今ですので、どう思われようと一言、物を申させていただきます。


 イメージでなく、やはり巫女の仕事についている人たちって言うのは、それ相応の能力というか、我々のような俗人ができないことをしている人たちであって、一目置かれなければならないというか、一目置いています。
 先日熱田神宮で魔よけの鈴を買いましたが、その時に初穂料を納めた巫女さんはたぶん本物でしょう。何やらすごく綺麗な髪飾りを召されていて、写真を撮らせてもらいたいと思いましたがそんな俗なことはできませんで、もちろんしませんでした。
 本物じゃない巫女ってのは、有事……って言うと意味が違ってきますね。もとい、正月や例祭など、普段よりも圧倒的に忙しい折に破魔矢とかお神酒とかそういうのを売っている見た感じ俗っぽいオナノコです。
 一般に20歳未満とされており、大学の講義でやってきた時私たちは3回生ですのでまあ21歳以上というわけであり、
 「ここにいる皆さんは21歳以上ですか? あー、それじゃあダメですね。巫女さんのアルバイトをと思ったんですが、20歳以下じゃないとダメなんですよねー」
 と地元を鎮護する神社の方がおっしゃっていたので間違いないでしょう。


 まあ、それはそれで神社公認というか、そういうもんだからいいんでしょうが(私は決して受け入れられませんが)、それがさらに俗化して、間違った……とは言わないまでも、普通とは違う方向に知識と関心が向いてしまった人々によって貶められたことは、私でなくても我慢ならなかったんでしょうね。
 私だけではなく、本職の方もそのように思っていたと言うのはなんだかうれしい限りです。

 セーラー服は結構でしょう。水着や体操着で萌えるのも一向によろしいかと思われます。メイドなんていうのもまあ、特にどうとも思いません。
 けれど、「巫女」だけはいけない、と思うのです。巫女に「さん」をつけて親しみを込めるのも抵抗があります。巫女はどこまで行っても巫女であり、不可侵の神域であるように思います。


※ ちなみに私は「奇々怪界」をこよなく愛す人間ですが、あれはしっかり巫女としての本分を果たしているので、ここでの批判の対象にはあたらない、と言う見解を付け加えておきます。ひいきしてるだけじゃねえのか、なんて突っ込まないで下さいね。

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近頃はウォーバード、ちょっと広げて軍用機についてアレコレ眺めているところでありますが、60年ちょっと前の我が軍、すなわち大日本帝国陸海軍には他国にあんまり例を見ないようなコンセプトの飛行機がありました。

たとえば、当時は普通の爆弾を落とす急降下爆撃機と魚雷を落とす攻撃機というのが別々だったのが普通なのですが、我が軍ではそれをひとつにしてしまえというコンセプトの「流星」というのがありました。後に米軍でもスカイレーダーと言う同様のコンセプトの飛行機が出てきますが、当時は斬新でした。というか、私は80年代以降の人間なので、だったそうです。

あと「偵察機」というのを、他軍は攻撃機かなんかを使っていたのに対し、我が軍では専用の飛行機を作ってなおかつ結構な戦果を上げていました。「我に追いつくグラマンなし」の「彩雲」ですね。

そして、初めから敵機に体当たりすることを目的として作られた一連の「花」シリーズの航空機。これもまた他国には想像もできないような代物でした。ちなみにその走りである「桜花」は、ロケット弾に操縦席を取り付けたようなものだったのですが、意外と速度が遅く、簡単に撃墜されてしまったそうです。


この「桜花」というのは、まあどう考えても設計コンセプト以外の使い道がないような機体でありますが、一方で、
 「結局そういう使われ方をする目的で命名されたが、本来はそうではなかった」
 機体と、
 「そういう使われ方をするために作ったけれども、結構よかったので、違った使い方をしようと計画された」
 機体がありました。陸軍特殊攻撃機「剣」と海軍特殊攻撃機「橘花」です。


「剣」というのは元々ドイツ空軍で言うフォルクス・イエーガー、つまり国民戦闘機構想に基づく簡易ジェット戦闘機He162で、要するに「ありあわせの材料でどうにか戦える飛行機を」ということで木とブリキを多用して、爆弾投下後は(車輪は軽量化のため離陸後投下されるため)胴体着陸をしてパイロットとエンジンを回収するというのが当初のコンセプトでした。ただ、軍の考えとしては「特殊攻撃機」としての運用のようでしたが……。
(ちなみに一応100機あまりが作られましたがあまりにも性能が劣悪で、改修を命じられてその作業に従事しているうちに終戦になったそうです)

 一方「橘花」というのは、超兵器マニアにとっては「震電」「秋水」と並んで心ときめくわが国初のジェット飛行機です。Me262を真似して作ったとよく言われますが、というか実際そうなんですが、そっくりそのままコピーしたと言うわけではなく小型化されてたり(防空壕に入れられるよう)主翼が折畳式になってたり、あえて言えば「別物」です。
 肝心のエンジンはMe262の半分くらいの出力ではありましたが、ハイオク燃料でなくても飛ばせると言うのがメリットであり、武装は500キロ爆弾が1個。つまりそういうコンセプトの飛行機だと言うことですね。
 ところが、(計画だけですが)これのエンジンの出力を強化して機関砲を装備し、まっとうな戦闘攻撃機「橘花改」というのも構想されていたそうです。これは知りませんでした。現実的ではないかもしれませんが、1年ちょっとでジェット機が空を飛んだこと、そしてその技術をそういう目的だけではなく、別なことにも使おうとしていたということ。

 つくづく「いいなあ」と思うのです。

 まあ、そんな感じでした。特に意味あって今日という日にちにぶつけたわけではないのですが、そんな風に思いましたと。

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例によって日があいていましたが、実は先週9日から12日まで、尾張名古屋、あるいは那古屋? 方面に遠征にいって参りました。回ったところはざっとこんな感じ。

Day1 名古屋城・伊勢長島(ナガシマスパーランド)
Day2 伊勢神宮・安土桃山時代村
Day3 伊賀上野城址・忍者資料館・甲賀流忍者屋敷
Day4 熱田神宮・東急ハンズ

時間が立つほどに記憶が薄れていくこともありますが、結構前の宇都宮市探訪および先日の二戸旅行等々、そういった部分を旅日記として整理しているところですので、そちらに関しては今しばらくお待ちいただきたいと思います。誰も待ってないって?


でもって明日から、また平常どおりの仕事となりますわけで、しかしながら明日の仕事と言うのは急遽決まったもので、正直なところ早番か遅番かわからないと言う有様。じゃあ聞けばいいじゃん、とはいうものの聞かないで、とりあえず早めに行けばいいか、とかと思っている昨今です。

最近は1ヶ月前に買ってずっとやらないでほっぽっていた「ラジルギ」という栃木県宇都宮市で一目ぼれしたSTGをやっています。ゲームシステムとしては「レイディアントシルバーガン」みたいだな、という印象。とにかくスコア稼ぎが熱いシステムを用意してくれているようですが、「シュート&デストロイ」こSTGの本質、と考える私はあまり難しく考えずにボンボンやっています。そのせいか3面ボス以降に進めません。ただ、2面だか3面だかの安全地帯を初プレイ時にいきなり発見したのが印象的でした。

あと、見た目がマンガシェード、要は「ジェットセットラジオ」みたいだなというのがいいですね。ただ活字がやたら多く、日本一説明が多いSTGじゃないかなと思います。たぶんそうですよね。どれだけすばやくメールを書くんでしょうか。ややもするとアナログ系の人間である私にはよくわかりません。

まあ、そんなこんなでこのゲームについては、また後ほど書くことにして、今日も今日とてそうやって生きています、と。

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 とかく、段取り主義と言うか……何かコトを起こそうとなったとき、あらかじめ準備をし、さらにその日は朝早くから行動を起こすということがどうもいやな犬神です。
 いや、決して間違ってはいないと思います。何事も準備が肝心ですし、万全の用意を整えていくのはいいことだと思いますが、その一方で、そういう人は何かをしようと思い立ったとき、それがたとえば昼過ぎだったりすると、もう遅いからダメだと言って行動しない……んじゃないかなと、私は思います。たまたま、私が見てきた人がそうなのかもしれませんが。

 で、それに反発して、ほとんど病気のように突発的に行動を起こしたのが私でした。具体的には、午後の2時半ごろ。約50キロほど離れた山間の温泉地に突然「行こう」と思い立ち、実際そうしてきました。具体的には、仙北町と言うところから、国見温泉というところに行ってきました。

 この国見温泉と言うのはどういうところかというと、岩手県と秋田県を結ぶ国道46号線の途中を7キロばかり山登りしたその頂にある、冬期は閉鎖してしまうちょっとした湯治場と言うか秘境めいたところです。その途中の道路もまた極端に狭くて曲がりくねっててアップダウンが激しいもんで、登る時はオーバーヒート、下る時はベーパーロックにそれぞれ気をつかわなければならないようなところです。

 まあ、それはいいんですが、私が行ったのが……純粋に湯治場とでも言うべきよう名ところで、エンターテイメント的な要素はほとんどなく、なおかつ浴槽も石を削りだして作ったシンプルで狭いところでした。純粋に温泉につかり、その成分を感じる。そういうところでした。

 そしてそのあとは、これといってすることもないので、大広間に横たわる。わずかな話し声さえ気になってしまうくらい静かで、風の音と蝉の声だけがかすかに響き渡るその空間で、私は少しだけ休みました。

 何で少しだけかと言うと、そのあとそこから20キロくらい進んだところにある田沢湖に行ってきたからです。普通午後4時過ぎから観光地に行くやつはいないですよね。でもあえて行ってきました。ちなみに田沢湖と言うのは、秋田県にある、日本一深い湖です。この時期はちょっとした水浴に来ている人も大勢いました。

 で、その田沢湖に行って何をしてきたのか。20分ほど湖を眺め、コーヒーを飲み、お土産を買って帰ってきました。それから一路自宅へ、ざっと1時間半ほどでしょうか。まあ、それだけでした。


 無目的な、突発的な旅ほど面白い――そういうのもあるんじゃないでしょうか。もちろん全然土地鑑のないところに行くとなれば、修学旅行しかり、事前の計画なしに行っては最悪のたれ死にです。あくまでも私にとって田沢湖は、第2……いや、あるいは第3か、第4……まあ、ともあれ1桁だった時代のころから知っているところですから、こういう無茶も効くわけでして、今度ちょっと遠くに行って来るのですが、それについては事前のプランをしっかりと立てて行って来ようと思います。

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日々これ戦い。毎日さまざまな苦難があるので、いろいろ精神のわき道にそれながら過ごしている昨今ですが、「革新」3度目のプレイで我が南部家が関東甲信越を制圧し、武田・上杉・北条らを従えてものすごい勢いで西進、京都まであとわずかというところです。そのため精神的なわき道には、しばしば戦国の空気が漂っています。

先日、滝川一益のことが好きだ、と書きましたが、それはやはりゲームにおける辞世の言葉にとても感じ入ったからでした。ただそれはあくまでもゲームですから、実際の辞世の句とそうじゃない句があったりするわけで、そもそも句じゃないこともたくさんあります。でも、それによって、すごく好きになってしまう人が多々いました。

 「野望とともに歩んだ我が生涯……野望の尽きる瞬間などなかったな」
 (鈴木重意とか)
 「ここまで長生きできたのも酒を控えたおかげかのう……。満足じゃ」
 (毛利元就)

あとは信長の座右の銘とでもいうような敦盛の「人生五十年……」や、家康の東照宮遺訓「人生は重き荷を背負い……」とかも、すごく好きです。秀吉の「なにわのことも……」はあんまり好きじゃありませんが。


んー、あまり上手に言葉がつながらない……。そういうわけで、今日は内容がないですが、こんなもので。

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 どういうこっちゃ、と言いますと、昨日今日とちょっと自宅以外の風呂に行ってきまして……要は銭湯、それもちょっとエンターテイメント的な「健康ランド」っぽいところに行って来たんです。

 で、まあ温泉に行ったらやっぱりゆっくりのんびり湯につかって体力・気力ゲージをアップさせたいところですが、何せ午後の2時だの2時半だのから出て行って晩ご飯までに帰らなきゃならないもんだからそれなりに時間制限も厳しいわけで、その矛盾を解決するためにもやはり急いでゆっくりする――つまり風呂に入る前にある程度「これくらい入ろう」という時間を決めておいて、その時間のあいだはじっくり心底からリラックスする……。

 まあ、当然、本当に時間があるときほどゆっくりできないわけですが、それでも温泉の薬効はきちんとリアルに効果があるかと思うので、よかったかなと思います。具体的にどういう温泉だったのかは別な機会に話すとして、まあ、風呂に入って冷たいものを飲んで適当にゲームをしました。

 そういえば最近、脳力鍛錬ゲームと言うのが大流行ですが、まだ誰もそういうのに今ほど関心を持っていなかった時代にセガが「タッチ・デ・ウノー」というゲームを出したのをご存知の方は、結構ゲーセン通いが長い人ではないでしょうか。
 これがその結果です。下の方を見てみると忍者やガンマンなみに発達しそう……なそうで、25年間生きてきて今から忍者になれるかというと、とてつもなく難しい気もしますが、まあ体を鍛えておいて損はなさそうですので、少しがんばってみようかと思います。

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時々、何年も前に置き忘れてきた「何か」をふと思い出して、取りに戻る……そんなことはないでしょうか。いやあると思うんですが。私の場合もそうでした。キーワードは「永遠の瞬間 Eternal Morment」(スペル自信なし)。

「永遠の瞬間」は、E.M.フォースターというイギリスの作家が昔々(といっても20世紀ですが)に書いた小説で、いわゆる「原文」で読んだ初めての物語でした。数十ページの薄い冊子ではありましたが、中にはぎっしりと英文が、しかも挿絵もなく記されており、読めるのかよこんなの……と思いました。

しかしまあ、腐っても英米文学科。なおかつ緊張で非常にまじめな1年生の時代だったので、割とがんばって読みました。英和辞典をちょくちょく引きながら、単語の意味を知り、文章の流れをつかみ、情景を感じ取る。いわゆる「翻訳」ではなくて「精読」を、少しずつではありますが、できました。


あと、「機械が止まるとき The Machine Stops」という短編も読みました。精読した時間は「永遠の瞬間」の方が長かったのですが、内容はこっちの方を詳しく記憶しております。といってもかなり漠然とした、おおよそのストーリィしか覚えていないのですが。どんなのかっていうと、いわゆる「機械にすべてを制御された人間」たちの物語でした。SFですね。

最近、「心が貧しくなった」というか「やせた」というか、そういう感じがするのですが、……やっぱり本を読まなくなったからでしょうね。自分の考え、自分の正義、そういうものがいつもあやふやで……よくないですね。というわけで今度、高橋克彦「天を衝く」を読もうと思います。

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昨日のことになりますが、免許の更新をしてきました。
更新といえば眠い(おっと)講義と重いビデオですが、私が見たビデオはひところのそれと違い、ヴィジュアル的にはとても普通のものでした。かつては事故現場などをリアルに映した結構ハードなものでしたが……。

ただ内容は決してなめたものではありませんでした。主人公の人が10はくだらない交通違反ないしはマナーとして著しくよくない、きわめて危険な運転を続けた挙句に出会い頭にライトバンと衝突、天国と地獄の境目にて審判を受けるという話でした。

一般に交通事故というのは、単純に事故の原因となった人がけがをしたり死んだりすることよりも、ぶつかられた人の方がつらかったりします。自分としてはまっとうに(そうでない場合もたまにありますが)運転しているのにいきなりぶつかられて車椅子生活になったり、最悪死んだり……。

そしてもっともっとつらいのが、遺された家族たちであり、被害者も加害者も大きくその後の人生を狂わされます。今回見たのは、加害者の家の長男(高校生)が進学をあきらめて就職しなければならなくなったために家庭内不和になり、一方の加害者側の人たちは専業主婦だった奥様が派遣社員になり(!)、5歳の娘は保育園にとりあえず通うということでした。

ちなみに以前教習所で見たのはもっとひどくて、加害者の父親は会社を辞めて退職金で賠償金を払い、高校生の娘(で加害者の妹)は中退して働きに出るという絶望的な有様でした。


つくづく思うのは、やはり事故を起こしてはいけないと思うのです。でもってどうして事故を起こすのかというと、時間に遅れそうで焦ってたりスピードを出しすぎてみたりということであり、冷静に考えるとそういうのがいかに無意味なのかということですよね。
 
 車間距離を詰めて走って、どれだけ時間が早くなるのでしょう。40キロで走ろうと50キロで走ろうと最終的にはそんなに違わないはずです。くれぐれも皆様、安全運転を心がけましょう。

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私は「花の慶次」が大好きです。主人公の前田慶次郎利益は前田利家の兄である前田利久の養子であり、実際の父親は滝川益氏であって、その人の親戚である滝川一益という人がいます。

現在、史実では関が原の合戦を迎え、天下は徳川家康の方に傾きつつあるのに私の鈴木「雑賀孫一」重秀は東日本を治める上杉氏に大苦戦を強いられ、黒田官兵衛・明智光秀といった愛着ある武士が討ち死にし、なおかつ子飼いの武将も次々と寿命でこの世を去っていくため、志半ばにしてぶん投げてしまいそうな危機のさなかにありますが、その中で滝川一益が遺した言葉がありました。

 「思えば気の休まらない一生だった。次に生まれてくる時は雀のように気楽に生きたい」

 ああ、そういう人だったんだな、と思いました。そして、忍びの出で鉄砲の達人だったこの方に一介の派遣社員に過ぎない私が重ね合わせるのも僭越ですが、「なんか、共通する部分があるなあ」と思いました。


 この7月からというもの、私の勤める会社では大きな変化がありました。ひとつは他部署との統合に伴いフロアをいっしょにしたことで、これまでにない空気が突風のように吹き込んできたこと。加えて私がこれまで後ろ盾として、そしてこの場所に入ってきてずっと背中を追いかけてきた上司の人が東京に転勤になったこと。

 とにかくはっきり言えば、ものすごく、やりづらくなりました。気苦労がこれまでの10倍になり、昨日などは午前1時まで「革新」をやり、なかなか攻めきれない自分のふがいなさに憤慨し、どうにか寝ようとしたものの寝つけず3時ごろからまた「革新」をやり、今は眠くて眠くてしかたがない状況です。

 ある程度のことであれば、気苦労を自分で飲み込んで「やってやろうじゃねえか」と開き直ることも可能ですが、こうも立て続けに来られると……つらいものがあります。

 そんな中、今日は原哲夫御大の「影武者 徳川家康」を読みました。ものすごく、とても面白かったです。「実は関が原の合戦の折、徳川家康は暗殺されていた。しかし影武者がそのあとを引き継ぎ、戦っていく」――敵方である石田三成がすごくさわやかで、反対に息子・秀忠がとんでもない大悪党という、これまでにないキャラクタ付けですっかりやられてしまいました。柳生宗矩はどことなく男塾の影慶に似ているようですね。


 いろいろ漫画を読んで、生き方の指針を見つけたいと模索しているところです。とりあえず自分としては前田様のようにさわやかに生きたいところです。当然、ちょっとパワーもセンスも足りないので、ほんの少しでも真似ができれば、といったところですが……。

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暇つぶしから雑学知識収集まで、気に入らない部分もあるものの実になる部分も多いマルチメディア百科事典「Wikipedia」にて、「1986年」を調べていました。なぜかはよくわかりません。

で、1986年といえばいろいろありますよね。チェルノブイリ? チャレンジャー爆発事故? ビートたけしがフライデー襲撃?……彗星ですよハレー彗星。76年くらいに一度やってくる世界一有名な彗星。もっとも86年には、あんまりはっきり見えなかったそうですが……そして私は一応、生きていたことは確かなんですが、そういうわけで見た記憶がありません。

そういうわけでドラえもん「ハリーのしっぽ」のことをいつも思い出します。ハリーのしっぽに毒があって、空気がなくなるから自転車のチューブに空気をためておいて生き延びようと思っていたら「あいにくだったね、チューブはみんな買い占めたよ」……しかしながら、未来からやってきた子孫ともっと未来からやってきたロボットの持ち込んだ浮き袋によって生き延びた……いい話です。

「当時は科学が今ほど発展してなかったから」――青猫ロボットさんはそんな風に1986年の野比家のせがれに諭していますが、それではどうしてそんな話が出たのか?――その部分について、少し気になっていました。そうしたところwikipediaにそのあたりのことが書いていたんですね。

……なるほど、どうやら彗星のしっぽにシアン化合物なる毒が入っていたのは事実で、それはよく知られていたそうですが、天文学者の人たちは「何もない」とわかっていたんですね。それを一般のメディアがことさらに騒ぎ立てたと……。

つくづく情報を、鵜呑みにするのは危ないことですね。当然このwikiに書かれていることをそのまま信じ込むのも危険なわけですが、少なくとも当時でも、天文学者の間そのあたりのことが知られていたのは本当でしょうね。


ともあれ次にハレー彗星がやってくるのは2061年。もしそのころまで生きていれば、私は80代になっています。今度は1910年の時と同じくらい、綺麗に見ることができればいいのですが……。

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ZABADAKとか戸川純とかの歌で、よく「蝶の群れ」とかいう歌詞を聞くことがあるかと思いますが、車で走っているとまさにそういう光景を目の当たりにしました。

国道の両側に深い森が広がる部位が我が村内にはあるのですが、そこのわき道に入ると、せまくて深い森が広がっています。そしてそこには、通常1頭や2頭程度であればよく見る紋白蝶が、10頭20頭と群れをなして空を舞い、まるでそのあたりの空間が白く埋まってしまう幻想、のような光景を見ることができました。あまり幻想に見とれているとそのまま現実世界からお別れしてしまうため、すぐに現実を見つめなおしたのですが。

今日は妙にあちこち走り回っていた気がします。その過程で、思春期に触れてひどく感銘を受けた坂本龍一「グルッポ・ムジカーレⅡ」を、またYMO(YMOの名前が使えないためYMOの文字をバツ印で消してある)「テクノドン」を発見し、今それを聞いているところです。

……んー、今日はそれ以外にたいしたことがないなあ。まさに、あったことをとにかく書いただけという感じですが、こんなものでどうでしょうか。どうもこうもないか。まあ、気持ちも乗らないし、このあたりで勘弁してください。

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 今日は母方の実家の物置を整理しました。そうしたところ古いものがやたらたくさん出てきて、なんとも興味深かったり、そうでもなかったり。

 思ったのはやはり名前があるもの、顔があるものというのは、なんとなく捨てづらいわけで、それがゆえにかくも山積していると言う事態が生ずるわけですよね。

 人に対して私は、そういったものは捨てるように勧めます(実際に勧めることがなくても、とりあえずそうした方がいいとは考えます)。捨てることを拒む人と言うのは、んー、たいてい「思い出」とかいう言葉を用いるのでしょうが、それっていうのは結構有害なものだと思います。真に思い出があるのであれば、必ずしも形あるものを残さなくてもいいと思うからです。


 ……ただ、その一方で私はいまだに形あるものを捜し求めています。それというのは2年前から行方不明になっている、私が8年かけて集めた某ギャルゲのグッズの数々です(高校恋愛シミュレーションの先駆けのアレです)。それが2年前からず~っと行方不明になり、何度も物置をひっくり返しても出てこず非常にユーウツな気分です。

 もっとも、そのグッズがなくても好きな気持ちに変わりはないように思いますが、どうしてその「モノ」に固執するのかと言うと、やはり「思い出」……というにはちょっとセンチメンタルではなさすぎる感があります。ここはやはり「生きた証」というか、金と時間をかけて集めつづけたものが、どこかに行ってしまったというのはつらいものがあります。

 たとえばこれが悪の秘密組織の手によって粉々に爆破されてしまったとか、ロシアのマフィアに持ち去られてしまったとか、……実際そんなことがあろうはずはもちろんありませんが(あったらやだ)、二度と手に入らないとはっきり知ることができれば、あきらめもつきます。

ですが、「あるかもしれないし、ないかもしれない」というこの状況では、あきらめようにもあきらめられません。乾電池の入ったものもありますし、一刻も早く見つけ出したいのですが(それがゆえにこうも気に病んでいる)、どこをどう探しても見つからず、なんともはや。まあ、そんなこんなで、今日は日記・手記らしく取り留めのないことを書き記した次第ですがどうでしょう。

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たとえば、
「えーと、ほら、昔TBSで金曜深夜にやってたウッチャンナンチャンの気分は上々って番組の、最初のころのオープニングあったじゃない。なんかトランペットとかジャカジャカ鳴ってて、すごく陽気な感じのやつ。あれ、なんて曲だっけ?」
と言われて、「あー、アレね」とわかってもらうことは可能かもしれませんが、Googleでそんなキーワードで検索していってもたどり着くのは千里の道のごとき遥か先のこととなりましょう。

通常そういうことであれば、偶然どこかで聞いたりとか、そういうのを待つしかないわけですよね。あるいは、地道に検索で引っかかったところを追いかけるとか……。

で、最近それがわかりました。MUSTARD PLUGというスカバンドの「Mr.smiley」という曲だったんですね。これにたどり着いたときの感動たるや、ところかまわず声をあげそうになりました。


ところでこのCDを探すためにヴァージンだのタワーレコードだのといった有名どころを何ヶ所か回ってみたものの、そもそも洋楽でスカというのを探すのが大変でした。やっぱり、あんまりメジャーなジャンルではないのでしょうか。私もこれぐらいしか知らないのですが、それにしても……。

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「信長の野望」に出てくる足利義輝という人はデフォルトで武勇98
という脅威のステータスを持ち、なおかつ最初から天下五剣のひとつ
「童子切安綱」を持っています。つまり初めから武勇108というわけで、
柳生神陰流の開祖・上泉信綱や前田(慶次郎)利益なみの強さを誇ります。
まさに室町・戦国時代の「暴れん坊将軍」だったわけですね。

そういうわけでいろいろ調べてみたところ、それこそ上泉信綱や塚原ト伝
に教えを請い、皆伝をもらうほどの超実力者だったわけですね。なおかつ
名刀もたくさんお持ちだったようで、二条御所に敵方の兵士が多数乗り込んで
来た時などはその名刀コレクションをぐるりと円状に突き刺し、来る敵を
迎え撃って斬れなくなったら別な剣に取り替えて……というわけで、個人の
能力としてはまさに最強だったといわれております。

しかしながら屋敷には火を放たれ、なおかつ敵は次々とやってくるわけで、
やはり多勢に無勢。ひとりで防衛戦は乗り切ることができない……というのが
残念ながら事実といえましょう。これはたぶん、本能寺の信長公にも言える
のではないでしょうか。

「ひとりの猛将はもはや必要ない。知と数がすべてを制するのだ」

「戦国無双」で織田信長が、長篠の戦で言ったせりふです。「革新」でも、
個人の能力よりは鉄砲隊の数が勝負を決めました。剣豪や猛将も100本の槍、3000丁の鉄砲には残念ながらかなわないということですね。


そんな足利最強の猛将・義輝様なのですが、ここでふと思いつくことがありました。

虎の描かれた屏風を持ってきて「この虎を捕まえてみろ」なんて無理難題を
吹っかけたのはいいものの、小坊主に「それなら捕まえて見せますから、そこ
から虎を追い出してください」とかと言われてギャフンと言わされる――
そう! あの将軍も確か足利です! だから計略にしょっちゅうかかるのか!

……違うって。一休さんにいいようにされているのは三代将軍・義満です。
小学校の社会の授業以来、足利義満と言えば坊さん姿の肖像画をイメージ
するもので、なかなかピンと来なかったんですね。この人は政治家としては
とにかくすごかったそうなのですが、まあ、その……とんちには弱かったんで
しょうかね。そこはまだ調査中です。

ちなみにアニメの一休さんで給料泥棒などと言われている(笑)こちらのお侍さんも本来は3代将軍ではなく6代将軍に仕えたとか、ちょっと歴史的におかしいところもあったそうですが、まあ面白いからいいですわな。

一休! 一休!! 一休!!!
……は~い。あわてない、あわてない。

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二重否定でより肯定の意味を強める。そういうわけで、要するにこの犬神、元々格闘技としてのプロレスが好きで、その後根性が捻じ曲がって「プロレスなんて」とななめに見るようになって、さらに知恵をつけて「やっぱりプロレスだね」と、二重三重にひねくれてるタチの悪いプロレスファンなんです。

私のプロレス@哲学としては、プロレスを格闘技、ましてや最強の格闘技なんていうナンセンスなことを言うつもりはありません。かといってプロレスは八百長だから全然強くない、なんていう無粋、というか的外れ、というかバカ言ってんじゃないよといったことは全然ありません

正直なところ誰が強いのか。誰が勝つのか負けるのか。そういうのはあんまり興味はありません。ただプロレスの強さ、つまり、

1.打たれ強さ(やはり、レスラーの最大の強みはこれに尽きるかと)
2.パワーとテクニック(ダブルアームスープレックスとかは、素直に大変な力と技が必要かと)
3.スピード(ルチャ・リブレの流れを汲むレスラーは飛び技もなかなかのものです)

を存分に体験させてくれるということ。それをさせてもらえれば御の字です。


 ……というわけで、ずいぶん長い前置きでしたが、今日は「みちのくプロレス」を見てきました。何を隠そう、25年くらい生きてきて、初めてのプロレス観戦でした。

 まあ、初めてなのでよくわからない部分もありますが、修行僧のような格好の新崎人生とふんどし一丁の男盛のマッチは正直「超兄貴」状態であり、まあ……その……辛抱たまらんのですなあ。

 また、みちのくプロレスは創始者のグレートサスケがそうであるように(最近はストロングスタイルの人もいますが)ルチャドールな人たちが結構いて、トペ・コンヒーロ(コーナーポストとかから場外に向かってジャンプして体当たりするアレ)とかなんとかの飛び技も多々ありました。あと、わざわざロープを端から端まで歩くパフォーマンスを見せてくれるレスラーとかもいて、すごく楽しかったです。

 
 で、まあプロレスのリングというのは弾力があり、なおかつドッカンバッカンといい音がしますので、たとえばボディスラム一発でも結構迫力があるのですが、餓狼伝を50回くらい読み返した(ただし漫画版)犬神は技よりもむしろ「どこに叩きつけるか」がポイントであり、正直なところリング上でボディスラムを見せられても、それ自体がダメージだとは思わんのですな(そのあとの大技はもちろん強力でしょうが)。
 逆にいうと硬い体育館の床とかではそれほど大技はやらんだろう、とスレた考えで見ていたところ、床に倒れていたグレートサスケになんと体育館の2階からダウン攻撃を食らわせるという、正直なところかけた方もかけられた方も無事にはすまないんじゃなかろうかという大技を見せられ、精神ゲージを4割ほど削られる心地よいダメージを受けてきました。

 またプロレスというのは、やはりレスラー自身だけでなく、セコンドやレフリーも含めての戦いなのだということを実感しました。というのは、ヒール(悪役)とベビーフェイス(正統派)のタッグマッチの際、ヒールの方が竹刀やら石油缶やらバケツやらといったさまざまな凶器を持ってくるわ、2対1で戦うわと非道の限りを尽くすのですが、レフリーはセコンドとやりあってたりして全然見ていないわけで、そこに観客がレフリーに抗議する場面がありました。

 またメインイベント、気仙沼二郎と大阪プロレスのスペル・デルフィンとのマッチにおいて、大阪プロレス勢のセコンド、レフリー含めた非道の数々、あげくの果てに

「気仙沼バスターをかけようとした沼二郎を、特に何もしていないのに止めに入り、倒される」→「気仙沼バスターが成功し、フォールが成功するも、なんとレフリーが倒れたまま動かない(!)」→「逆にデルフィンがフォールを取ると、1秒未満の実時間で3カウントをとる」

という一連の流れを見て、観客がセコンドとかに食って掛かる場面などもありました。
 あえて正直に言わせてもらえば、そういうのってあまり風流じゃないなと思うんです。入場前のパフォーマンスから退場後まで含めてプロレスであり、レフリーは決して公平なジャッジをするためにいるのではなく、試合の流れを適度にコントロールするための存在なんですから。

 こと格闘技においては「真剣勝負」というのは、それほど見たいとは思いません。それは決して今回の試合のように心熱くさせるようなものではないからです。相手の技をあえて受け、それでも立っているという強さを見せ付けてくれるプロレスというもの。私は今回それを、あくまでも冷静に観察しながら、しかし心中では非常にヒートアップしておりました。

 冷静に、しかし情熱的に。

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今日は京の本能寺で、信長公が明智光秀軍に討たれた「本能寺の変」の日です。「電忍アレスタ」で織田配下の白牙忍軍として諸大名を討ち果たしたこともある犬神は、ちょっとだけしみじみします。……といったことを昨日書こうと思っていて忘れていました。すいません。本能寺の変は6月2日です。

今日はそれよりも少し前のお話。というのは、平日で会社にあってテレビを見る場合というのは、何せVHFしか入らない関係上、主にNHKの「純情きらり」などを見ているのですが、土曜日は大河ドラマ「功名が辻」を見ています。見ている、というか寝ている時についているのでとりあえず聞きます。

私は山内一豊という武将はよく知らないのですが、秀吉がまだ羽柴筑前守だったころから仕えていた武将なそうですね。そしてどっちかというと武将本人よりも妻の千代の方がよくやっていた、とかなんとか……。

ドラマの中ではまだ信長が存命のようですが、いくら仲間由紀恵がかわいいっつっても途中から見るのはちょっと……という感じです。ただ、土曜日に昼休みになると必然的に見ることになるので、何かにつけ見るのかもしれませんが。

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カタカナで表記するとなんかしまらないので、わざわざ今日は英語を使いました。

いやなんか、6月じゃないですか。6月って言えば衣替えであって、私ども社会人はクールビズなんつってノーネクタイでやっていくようになるわけですが、それよりも明らかに変わるのが学生諸君ですね。

ええ、何せこれまで紺色のブレザーやセーラー服を着用していた女子生徒が白い長袖、あるいは半袖のセーラー服になってて……あと野郎どもも、暑苦しい学ランを脱いでワイシャツでさわやかになりましたね。

ここでふと思ったのですが、当家にある「喧嘩番長」で主人公の番長は長ランで決めているのですが夏服じゃどうもしまらないなあと。もっとも敵役で上着を脱いでワイシャツだけのやつもいるにはいるのですが。


どうしてまた制服の話をしたのかといえば、そりゃもうセーラー服が……というわけではありません。別にそのことについて論じるのではなく、社会人となった今よりも劇的に、変わったことを実感できそうだなと思ったんです。

逆にいうと今の私は、あんまり季節感がないんです。年がら年中同じ背広を着て、会社に行けば暑いから上着を脱いでワイシャツで袖まくり。暑くなければそのまま。だから6月だろうと10月だろうと、大して気にならなくなってしまったんです。

せっかく四季のある国に住んでいるのに、季節も時間もどうでもいいや、なんて都会人めいたことを言うのも無粋というもの。常に季節の移り変わりとかを感じながら生きたいと思っている私にとって、学生諸君の「衣替え」というのは、何よりも季節の移り変わりを意識させてくれる素敵なイベントであると思います。ええ、やっぱりセーラー服が……いや、嘘をつきました。なんでもありません。


(ただ、そうかといってもう一度学生に戻りたいかというと、「学生っていいなあ」と思うことはあるものの、そういうことはありません。時々夢で見てはハッとすることがあるのですが、やはり社会人になってよかったと思います。何せテストがあるからね……学生の本分は勉強ですね。もちろん学生ならではのこともあるから、今まだ学生をやっている方は、その時間を精一杯楽しんだほうがいいと思います)

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相馬大作(下斗米秀之進)という人のことをご存知の方は、どれほどおりますでしょうか。私は先週まで知りませんでした。

この人は何をしたのかというと、当時の弘前藩主・津軽寧親を江戸にて、参勤交代のどさくさで狙撃しようとした人です。ところが仲間に裏切られ、逃亡を図ったものの捕らえられてしまい、あえなく獄門にされてしまいました。


それだけであればただのテロリストなので、どうしてそんなことをしたのかというと、弘前津軽氏と我らが南部氏の確執が原因だそうです。

何せ元々この津軽氏は何につけても要領がよく、秀吉に先立って小田原攻めに参陣して本領を安堵されたり、野辺地地方の烏帽子岳が領土がどっちのものかでもめた時は書類を積み重ねて幕府を味方につけて持っていったり(檜山騒動)。

……津軽の方が世渡りがうまく、南部の殿様はちょっとそのあたりが上手でないといえばその通りなんですが、やはり元々家臣筋だった人間がやりたい放題してるのは穏やかでないですね。

そして決定的だったのが、津軽寧親が朝廷から官位をもらっていながら南部藩主・利用(としもち)さまは無位無官。この状況に我慢ならなくなった相馬大作が、「さっさと隠居しないと恨みを晴らしに参るから」といった内容の手紙、というか果たし状を送りつけ、それを無視したためにスナイプしようとした、という話なんですね。

ただまあ、相馬大作は狙撃には失敗したものの、結果として寧親も隠居し、とりあえず目的は果たされた、というわけですね。


 ……一通り、ごく浅く見てみただけなのですが、正直なところ「そこまですることか?」という気持ちがぬぐえずにいます。

確かに相馬大作の行為というのは義憤にかられた、南部家の誇りを取り戻そうとする行為であり、「みちのく忠臣蔵」といえなくもない気がするのですが、一方で、まだ安定していない戦国期であれば領土の取り合いなんてのは日常茶飯事。

信長にせよ秀吉にせよ、そして津軽にせよ、人道にもとる行為を散々やってのけてますよね。だけど、誰からもとがめられない時代。どころか、大いにもてはやされる時代。それが戦国のならわしだとすれば、津軽はなかなかのやり手と言えなくはないか? という気がするのです。

また折につけいろいろと考え方も変わるでしょうが、とりあえず今はそう思いました。……とはいえやはり私は南部の忍びですし、要領よく立ち回って調子に乗ってバカを見ている津軽の歴代藩主よりも、伝統とかそういったものを重んじる南部の歴代藩主の方が圧倒的に尊敬に値します(事件後、罪人として追われる身になった彼をかくまおうとした、という話もありますし)。

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 仕事が生きがいだというつもりは毛頭ないのですが、何もなく平坦な仕事をこなしているよりは、多忙でなおかつ余裕のない仕事をこなした日の方がなんか体調がいい気がする……ワーカホリック気味な犬神です。

 いや、正直ロクなもんじゃないんですよね。私の仕事は客商売である関係上、まあいろいろな人がいます。感じいい人もいれば感じ悪い人もいます。まあ、それはいろいろですよ。そしてそういった人々にも、ある一定以上のクオリティで応対する。それがいわゆる仕事です。

 そんな私ではありますが、こちらのホームページの第四期内にある「イーハトーブから来た男」を見て、ちょっと心和みました。

 というのは我らが南部の殿様・信直公のエピソードが語られており、これをものすごく大まかに抜粋すると、信直公は津軽為信(元々家臣筋だったのが、豊臣秀吉の小田原攻めのどさくさで成り上がった津軽藩主)とは違い、上方の連中とそれほど上手に付き合わなかったそうで、かえってそれが功を奏し、為信のように余計な恥をかかずにすんだといいます。

 私の場合は好むと好まざるとにかかわらず、中央の人々や、時に上方の人々と話をしなければならないのですが、小回りを利かせて上手に立ち回らなくてもいいのかな、と。

 ……いうとただの偏屈な野郎になってしまうので、少し補足しますと、中央の連中の考え方が正しいというか、それにあわせなくちゃならないって言うことは全然ないんだな、ということですね。

 時流に乗って上手に立ち回り国のレベルを上げていった伊達や津軽ほど目立たなくても、常に「らしさ」を貫き通してきた南部の誇り。その南部在郷の下忍兼派遣社員の私も、いわゆる「南部らしさ」を忘れずに、より高めながらやっていきたいと思います。

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 こちらのサイトでやっているガンダムSEED SHANGLI-LAという二次創作小説があります。

 普段こういった二次創作ものというのはあまり読まない、というかまったく読まないのですが、遠い昔にオリジナル小説を書いていたこともあるこの犬神めも、元をたどれば「パワードール」の二次創作小説を(二次創作とは言わずに)書いていた身。とかなんとか言って読んでみると、これがまた面白いじゃないですか。

 ただ、おそらくこれを書いた方の意図していないところとしては、私が原作となったガンダムSEEDについての知識をほとんど持ち合わせていないといったところでしょうか。まったくない、というわけではないにせよ、具体的には大体以下の通りとなります。

・ガンダムがいっぱいいる
・髪の短いのが白いガンダムに、やや長いのが赤いガンダムに乗ってる
・なんか、ピンク色の髪の女の子がいる

 ……といったわけで、結論から言えば二次創作小説というよりは一次創作小説的な捉え方で読み進めていったわけです。その関係もあり、人名とそのキャラクタが一致しないという部分で少々困っている部分もありますが、それはどちらかというと犬神自身の問題ですね。

 書き手さん自身が原作を「より面白くしようとして」書いているというだけあって、なかなかに読めます。それは「本当は素直にアニメ(の女の子)に恋したりなんだりしたいと思っているものの理性が邪魔してすれっからしたふりをしている」二重三重のひねくれ者・犬神にも読めるくらいだから相当なものです(笑)。

 より具体的に言うと、ライトノベルにありがちな「突っ込みどころ」を登場人物が先に突っ込み、よく修正してくれているんですよね。私のように意地の悪い人間は、ともすれば少年少女ばかりで進行していく物語に置いてけぼりを食らってしまい、「くだらんな」と見切りをつけてそっぽを向いてしまうのですが、こちらは適宜突っ込みを入れてくれる人がいて、なんというか、ちゃんとついていけるんですね。

そういうわけで現在、15話まで読みました。目が疲れるのでなかなか連続して読んでいくことはできませんが、続きを読みたくなる終わり方がまたなんとも(笑)。ヴィジュアルがないから登場人物のイメージを確立させるのがちょっと大変ですが、素人の私が面白いと思うのだから、かなりいい出来なんじゃなかろうかと思います。素人、といっても見てきたアニメの数は一般人のそれよりも結構多いような気もしますが……。

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