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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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 連日ワイドショーでは市川市福栄における英国人女性殺人・死体遺棄事件の容疑者逮捕にまつわる報道をこれでもか~これでもか! とされ続けているところですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 話題になるから、視聴率になるから、小中学校時代の文集まで引っ張り出してきて、プロファイリングまがいのことを報道するテレビ番組……その頃どうだったからって、なんなんだろう、という気がします。

 まあ、そんなことはどうでもいいのですが。

 今回、話題にしたいの同事件の容疑者がまだ逮捕される前の指名手配のポスターについて。ひいては指名手配ポスターと言うもの全体について。


 指名手配ポスターと言うのは、交番の前だけではなくて、人の集まる場所にベタベタ張り出されるものです。たくさんの人たちの目に触れれば、それだけ情報も増えるでしょうからね。当然です。

 でもってそれは老若男女誰の目にも触れるものですから……はっきり言って私は、子どもの頃、このポスターが怖くてたまらなかったのです。

 今でもその、怖かった頃のフォーマットで作られているのが、これです。

 



 モノクロの写真、無機質なゴシック体の文字。そういうのがたぶん、怖かった原因なのでしょう。これはいわゆる過激派グループの手配ポスターですが、青い背景の一般? 容疑者のバージョンでは、ひとつひとつの写真の下にその容疑が書かれていて、それがいちいち怖かったのです。たとえば、

 「火炎ビンで交番を襲撃し警察官を殺傷!」

 とか、

 「けん銃で2人を射殺!」

 とか、そんな感じで。

 火炎ビンという何かがこの世にあることを知ったのは、この指名手配のポスターが切っ掛けだったのでした……。


 あとは、今回の容疑者以上に逃げつづけ、時効直前に逮捕された松山ホステス殺害事件の容疑者の女。事件が起こったのが1982年ですから、当然ながらこの容疑者のポスターも交番の前に張り出されていました。

 こちらはポスター画像がないので、私の記憶のみなのですが、『ホステス』『(美容)整形』という単語を覚えたのは、このポスターが切っ掛けでした。まあ、小学校低学年だったのでホステスと言う職業がどういうものなのかはよくわからなかったのですが、とにかく今でも? 『ホステス』というとこの事件、あるいはこの事件のポスターを思い出してしまうのです。


 最近のポスターはカラー刷りで、「おい、○○!」とか、そういうキャッチコピーを色々と工夫してインパクトのある仕上がりになっていますが、その分不気味な怖さが薄れたな……というのが最近の犬神の印象です。まあ、そんな印象を与えるために作っているわけではないのですから、大いに結構なことだとは思いますが。

 以上、ずっと思っていたことを整理するべく、一気に書きました。こういったポスターの写真の上に「ご協力ありがとうございました」というシールがかぶせられていると、本当にホッとします。やはりお巡りさんも市民も協力して、悪人たちを見つけ出していかなくては……。

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 「あの人は今」みたいな企画が嫌いです。やってても、あまり見たくありません。

 テレビ、新聞、週刊誌。何でもいいのですが、そういったメディアが興味本位で追い掛け回して、話題の旬が過ぎたらあっさりポイ捨て。そうかと思えば忘れた頃にいきなりポッと引っ張ってくる。なんだか身勝手な感じがして、すごく嫌なのですね。

 そう言いつつも、興味を持ってしまうことがままあるので、見てしまうのですが。そして私みたいなのがいるから、また誰かが記事にするのでしょうが。

 「時代」を彩った男と女・あの人は今 元水泳選手・田島寧子さん

 この人は私も覚えています。ただし、あまりよくない意味で。

 アスリートとしては非常にすばらしいと思うのですが、タレントに転進した時は「何で?」と思いました。

 今でも私の見えないところで芸能活動をやってるのだと思いましたが……。

 まあ、この話題はこれで終了です。恐らくこの先、この人については二度と触れることはないでしょう。


 話題を変えます。

 同じように、あまり見ないようにしていたものの、写真付で載っていたので……ドラクエで言えば、「まわりこまれてしまった!」みたいな心境です。

 KGこと近藤朱里、ガチデビュー戦です(≧∇≦) ハッスラーがジュエルス新宿FACE大会参戦へ (カクトウログさん)

 かつて"brother"YASSHIというレスラーが辻本恭史として総合格闘技に参戦したように。この子もKGとしてではなく近藤朱里として、競技格闘技の大会に参戦すると言うことですね。

 まあKGっていうのがハッスルで活躍していたのは知っていました。ただ「空手美少女」っていう謳い文句があまりにもあざといし、そもそもハッスルっていうのが(一部のスーパースター・本気レスラーを除いて)なんだか実力のアヤシイ人たちの集団と言うイメージだったので、スポーツナビの試合詳細も見ませんでした。

 ついでに言えば、KGというと『まことちゃん』の方(カチ・○ソ)を思い出しますし。まあがんばってね、といった程度のものでした。

 ただ、どうやらギミックではなく本気で空手をやってる人なのかなと。まあプロレス(っぽい何か)ではなくて、ジョシカクの試合にエントリーするくらいだし、カクトウログさんのサイトで取り上げるくらいだし。そうだとしたら変な目で見ちゃ失礼だよなと思ったのですね。

 あとは、もちろん、可愛いからっていうのもありますしね。初めて顔を見ましたが、本当にそう思います。……誰だってそう思うでしょう? 素直にね。

 まあ、だからといって彼女の名前を改めて検索したりwikipediaを調べてみたりスポーツナビを調べてみたりするようなことはありませんし、ましてや某巨大掲示板を徘徊するようなことは絶対にありえないのですが、それでもほんの少しだけ気になります。ほんの少しだけね。……出るからにはバシッ! と勝ってほしいものです。ガンバレ!

 
 『プロレスのようなゲテモノ』といったスタンスでずっと見続けてきたハッスル。キング(橋本真也さん)が去り、キャプテン(小川選手)が去り、インリン様もボノくんも高田総統も去り……TAJIRI選手には「ハッスル? あ、もうないか」と言われるし、ギミックではなく現実的に存亡の危機に立たされているハッスル。

 決して本気で熱狂することはなかったにしても、やっぱりなくなると寂しい……かな。そうでもないかな。そうでもないな、ウン。

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 今日はせっかくの休みなのに、雨……。

 なぜか午前2時に目が覚めて、そこからしばらくギラギラと目が冴えて眠れない地獄のような苦しみを味わうし(その後、午前3時頃には眠っていましたが)。ろくな日にならないな……と思いつつ、弟者を学校まで送ってあげたりしたのですが、それじゃイカンということで? 奥中山高原温泉に行ってきました。まあ、実は、以前にもらっていた割引券の有効期限が今日までだからだったのですが。

 以前は『朝朱の湯』に入りましたが、今度は反対側の『煌星の湯』に入ってみました。こちらは反対側の『朝朱の湯』が休館日だったので、結構な賑わいでした。


 こちらの温泉はやや狭く仕切られた(といっても、180センチの私が思い切り手足を伸ばしまくれる十分な広さはあるのですが)2つの温泉と、一戸町名物?「でんき風呂」それに薬湯とサウナと言う構成。

 とりあえず一通り回ってみたのですが、ここのでんき風呂は強烈で、心臓に直接ビリビリと電流が走るような刺激があったのですぐに飛び出してしまいました。それと反対に温泉はややぬるめの、長く入っていられるようなちょうどいいところでした。あとは薬湯ですが、ここはちょっとピリピリするような熱さでした。気持ちいいのですが、あまり長い時間は入ってられないかな……。

 ともかく水風呂→温泉→また水風呂→サウナ……と、積極的に水風呂をからめて何度もホット&コールドを繰り返して汗を流し、風呂上りには海洋深層水……はなかったので、地元・岩泉町は龍泉洞の水を一気飲み、その温泉を後にしたのでした。

 ちなみにここは温泉にしては妙に高いところにあり、そこに行くためには鋼鉄の階段を上らなければいけないのですが……どうやらここはスキー場も兼ねているようです(遠くにリフトが見えたので)。


 帰りは国道沿いにある川原新田ドライブインにて、岩手町名物『焼きうどん』を食べることに。

 ドライブインでありながらホテルあり、スナックあり、寿司バーみたいなもの? があり……というバラエティ豊かなこの建物、かつては大きな看板に『結婚式場』なんて掲げていて、一体ここはなんなんだ!? と通るたびに思っていたのですが、今日いよいよ建物の中に潜入と相成ったのでした。

 お店の中はかなり広いのですが、蛍光灯ではなく各テーブルの上にぼんやりした電球がぶら下がった、ちょっとほの暗い感じ。そこに時代を感じさせるような椅子とかテーブルとかが並び、お座敷なんかもある、なかなか昔むかしな雰囲気を感じられる場所です。

 メニューはお寿司からラーメンまで、かなりすさまじいバリエーション。ココスと正面切ってぶつかっても一歩も引きません。事前に食券を買うシステムなので、ツカツカとレジまで行き、『ソース焼きうどん』(600円)をオーダー。私が行った時は1時過ぎと言うこともあってか、静かな雰囲気でした(トラックの運転手さんとか、通りすがりのオジサンオバサンとかが数名いた程度)。

 しばらくして出てきたのが、これです。

 

 私は普通のお皿に乗ったものを箸で食べるものだと思っていたのですが……なんかイタリアンな感じです(笑)。

 麺は結構歯ごたえがあるというか、モチモチした感じ。それに結構ドロッとした、味の濃いソースにからめてキャベツとか紅ショウガとかと一緒に食べるのですが、本当においしいのですね。あいにくとグルメリポートが苦手な犬神ではありますが、これは本当におすすめです。

 そんな感じで、レトロな雰囲気とか、なんか色々といいものをたくさん味わった一日でした。最後に、岩手町公式ホームページより、同店の広告です。

 岩手町:川原新田ドライブイン

 北のラスベガス! 若い人生の旅立ちに神聖な結婚式場! 超大型宴会場!

 どうやらただのドライブインではなく、岩手町のあらゆるセレモニーを一手に担う重要拠点だったようです。北に行く人も南に行く人も、おなかがすいたらぜひ寄ってみてください。

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 さて、そんなことよりも、今日はベルリンの壁が崩壊して20周年の節目です。

 私が生まれた頃はまだ冷戦のさなかであって、ソ連もあったしドイツと言えば西ドイツでした。

 そのソ連が崩壊して、ベルリンの壁が崩壊した頃、私は小学校低学年。もちろん、それがどういうことなのかよく理解できませんでしたが、テレビの中で世界中の人たちが笑っているのを見て、

 「とにかくいいことなんだろう」

 と、漠然と考えていました。


 20年経って、色々考えたこと。

 それは、戦争で負けたとはいえ、よそから来た国によって自分の家族が分断されたのは、すごく大変なことだということでした。交流が(ほんの少しは?)あったとはいえ、経済的な格差はかなりのものだったと言いますし、それは統一してからもしばらく大変なものだったみたいですしね。

 とはいっても、我々の国のすぐ隣にある半島国家のように、同じ民族でありながら銃火を交え、いまだににらみ合いを続けなければいけなくなるよりは、はるかにマシだとは思うのです。

 
 そして、もっと「よかった」と思ったのは、日本がそうならなくてよかった、ということ。

 『ワールドアドバンスド大戦略』をクリアした頃に初めて知ったのですが、日本ももしかするとドイツのように分断国家となっていたかもしれない……そういう計画があったというのですね。

 もしもそうなったとしたら、私が住まう東北はソ連のエリアになっていました。ソ連ってことは当然社会主義。そして隣の半島国家の例を見るに、同じ大和民族同士で殺し合いをしなければならなかったかもしれない……そうならなくてよかった、と。

 
 ベルリンの壁がなくなってから20年。今やヨーロッパは、国々の壁も取り払って、ひとつの共同体のようになろうとしています(なっている、のかな?)。もはや体制の違いとかでいがみ合っている時代ではないのでしょう。

 そういう意味もこめて、隣の半島国家も早いところ統一国家になってくれればいいと思います。そうすれば、沖縄の海兵隊もいらなくなるし、ひいては米軍基地全体がいらなくなるのですからね!(……と軍事ジャーナリストの神浦さんがおっしゃっていた、という話ですが)

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 新日本プロレスの話題は、応援していた棚橋選手がナカムラ選手に負けて、なおかつTAJIRI選手にも負けるという、近年まれに見る惨敗を喫したので、その直後の棚橋選手のように「なんもねぇ!」と言って終わることにします。

 ……嘘です。ようやくナカムラ選手がほんの少しだけかっこよく見えました。なんと言うか、狼群団の頃の蝶野さんみたいな、孤高の一匹狼って感じ。だからヒールレスラーをかき集めて軍団を結成したり、タッグを組んだりしてた時は「う~ん?」と思っていたのですが、ひとりでビシッと勝ったところを見ると、「あれ? これもかっこいいじゃん」って。

 やっぱり強い選手はかっこいい。他団体ですが高山さんが好きなのもそういう理由ですし、そういうことなのです。元々日和見的というか、別にどっちかの体制についているわけではなく、いちファンとしてプロレスラーにドキドキしたいだけなのでね。

 あとは、一夜明け会見で次期挑戦者の永田さん率いる「青義軍」をネタよばわりしたのは素直に笑いました。私もそう思っていたから。そうしたらいつのまにか正式なユニットになって、本隊のメンバーが随分と少なくなっちゃって……。矢野選手もそうですが、何でいちいちこの団体のヒールは正論ばかり吐くのか。思わず私もうなずいてしまいます。

 次は12月5日。ここまで来たらそうそう負けないでしょう。

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 このところはあまりプロレス・格闘技の話題を出さなかったので、いよいよ明日に迫った新日本プロレスの一大興行「DESTRUCTION ’09」について。

 去年行われた同じ興行では、武藤さんが外からきてかっさらっていったIWGPヘビー級のベルトを防衛したり、なんだりかんだりとありましたが、すでにコジログ読者となっていた犬神が一番関心を持ったのは天山サンと飯塚選手のデスマッチ。具体的な試合内容よりも親友・小島聡さんの悲痛なほどの叫びが心を打ちました。

 コジログ|小島 聡 blog: 天山、かっこよかったぞ

 リング上でここまで喜怒哀楽を開けっぴろげにする小島さんと天山さんによって、今なおプロレスの世界に浸っていることは、動かしがたい事実なのであります。


 逆にいえば小島さんと天山さん以外にそれほど思い入れのある選手はいなかったのですが、色々と知識をつけた分、今年は興味のある戦いがたくさんあります(シングルで組まれてる試合は全部)。

 そんな中で、一番関心があるのはやはりメインなのですが、もうひとつは真壁刀義選手と飯塚さんのデスマッチ。犬神もいつのまにか真壁選手に影響を受けたと言うか、力をもらっていたような気がするからです。

 極悪集団GBHの最高幹部? だった矢野選手からカチ食らわされて、チームは解散の危機に陥り、正規軍と組まされて試合に出るうちに、少しずつ気になっていった真壁選手。ウン○チン○ンなどの下品な言葉が嫌だなあ、と思っていたのに、徐々に男気あふれる熱い台詞がポンポン飛び出してきて、G1クライマックスのさなかでは勝っても負けても勇気付けられる言葉がたくさんありました。

 特に好きなのは、今回タイトルにもした「断崖絶壁」発言。前後はこんな感じ。

 「オイ、これだけは言っといてやるよ。断崖絶壁、断崖絶壁。ここから立ち上がる男がよぉ、俺、真壁刀義なんだよ。いいか。泥臭せぇプロレスラーの真骨頂を見せてやるよ。まだまだまだまだまだ、諦めるか。俺は毎年言ってんだよ。諦めねぇってよ」

 その後破竹の連勝を続け、最後までもつれこんだあげくに優勝をもぎ取った真壁選手。いつのまにか犬神もそのニュースを見て大爆発してしまいました。下僕パートナーの本間選手も非常に熱い言葉を吐く男でしたが(参照)、どちらが元祖なのでしょうね。

 ともかく犬神もまた、仕事などで悪い方に色々なものが転がり、気持ち的にくじけそうになった時は「断崖絶壁、断崖絶壁(以下略)」と繰り返して、そこから這い上がるモチベーションを掻き立てるのが日常的になってきました。

 ストロングスタイル? そういうのもいいかもしれないけど、犬神はやっぱり派手で見栄えのするアメリカンスタイルのプロレスの方が好きです。正しいとか正しくないとかではなく、実際にそういうのに興味を持ち、気持ちを熱くたかぶらせているからっていうことです。


 まあ、メインの戦いがどうなるのか、本当にドキドキです。どちらが勝つのかによって、レスラー個人はもちろん、新日本プロレスという団体それ自体が行く方向が決められるような気がします。

 ……その一方で、岡田かずちかvsTAJIRIも気になります。私よりもさらに若いヤングライオンが、WWEのスーパースターに勝てるとはちょっと考えづらいのですが……単発の興行としては、今年一番気になるところであります。

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 先日久々に遊んだ私の10年来(実際には13~14年くらいですが)の友人が新型インフルエンザにかかったと言うメールをもらったので、猛威を振るうインフルエンザについての気持ちを新たにする意味合いも込めて、今日はそういう話題でいきます。


 メキシコで新型インフルエンザが発症したのが、今年の春先だったでしょうか。

 その時点では犬神も、正直に申し上げて『対岸の火事』でした。海を隔てた遠い遠い国で、そういう深刻な病気が流行り始めている。そりゃ大変だ。でも日本には来ないでしょ。そんな感じで。

 時の政府は「水際で日本に入ってくることを防ぐ」と言っていたし、それ以上に毎日の色々なことの方に忙しくて、あまり気にしていませんでした。

 
 そのあと、国内で感染者が続々と出てきて、そのたびにニュース速報が流れたり、たった今入ったニュースとして伝えられたり。

 少し考えを改めたのは、実際に感染して死亡した人が出てきた頃。基礎疾患があるとか、高齢で体が弱いからとか、そういうのではない10代や20代の青少年が死亡したと言うニュースを聞くうちに、ようやく「他人事ではない」と思うようになったのでした。

 ここまで来ると「自分が住んでいるところでは流行しないだろう」という考えは完全に捨てました。実際にこないだは私の担当から感染者が出たために1週間ほど厳戒態勢が敷かれました。

 ただ、その上で。

 「かかったらその時はその時だ」

 という気持ちで毎日を過ごしています。

 出来る限りのことをしてはいますが、あまり気にしてばかりもいられない。かかるかどうかわからない新型インフルエンザよりも大事なことが私の場合は毎日出てくるから。

 だから、運悪く感染してしまったら、それはもう仕方がないのだろうと思います。もちろん私自身も嫌ですし、誰かに感染させたりするのも嫌なので、そうなったら全力で治療しますが。


 若干鼻かぜを引いたり、喉に痰がからんだりするものの、何とか私は無事に生き長らえています。

 マスク、手洗い、うがい。いちいちするのは、少しめんどくさい気がします。……ですが、それも健康を守るため。自分のためだけではなく、誰かに迷惑をかけないようにするためにも、気をつけましょう。

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今日はヤマダ電機に、電気ストーブなどを買いに行ってきました。私ではなく、ばーちゃんがね。私個人の趣味では絶対に行きませんからね。個人的に、激しい憎悪を抱いているのでね。

 ……まあ、それはいいのですが、待ち時間があったので色々な機能がついた体重計に乗ってみました。

 色々な機能と言うのは、体脂肪率とか骨密度とか筋肉量とか、そんな様々なデータを足の裏から読み込んで数値化してくれるんですね。もちろんそんなことは、私が言わなくても皆様の方がよくご存知のことかと思いますが。

 とりあえず靴と靴下を脱ぎ、自分の年齢・体重・性別を入力して、ピッピッピッ……とやると、数字が出てきました。

 すると、体重70キロに対して筋肉量が53キロ、体脂肪率は20%ということで……少しショックでした。まあ、服を着ていたからでしょう。そうでしょう。そうに決まってるッッ!(現実逃避気味に)ちなみに骨密度は年齢相応の数字でした。

 まあ夕食がラーメンだったり、なんだりと、不摂生しまくってるから仕方がないのでしょう。もちろんこんなファットな生活に満足する私ではありません。今度は服を着ていようがなんだろうが体脂肪率を15パーセントくらいまで落としたいものです。


 ちなみに昨日の夜がラーメンだったのですが、これっていうのがいわゆる移動販売のラーメンだったのですね。まあ、このあたりは面積が広いので屋台を徒歩で引くというのではなく、1BOXの車の後部を厨房にして、それで走っているのですが。それにしたって例のチャルメラ・ソングはエンドレスに流れ続けているので、私たちが注文している間も新たなお客さんが次々とやってきて、大賑わいの様相でありました。

 とりあえずレギュラー700円、チャーシューメン900円という価格設定だったのですが、ここまで来てくれる便利代を加味しても麺の量がかなりたくさんあったのですね。おいおい、こんなんでいいのかよ! ってくらいに。もちろんチャーシューの量もかなりのもので、ラーメン以外のおかずを一皿も食べられませんでした。

 一日5回ご飯を食べても体重が68キロ台をキープしていた芦原先生のように、不摂生しても立派な身体をキープできるくらい激しいトレーニングをしていればいいのでしょうが……まあ、がんばりますよ、がんばります。

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 北上市のアメリカンワールドに行ったところ、なんだか高校生諸君が敷地内でイベントを行っていました。テントで模擬店を建てていたり、向こう側にはステージがあって、バンドとか女の子のダンスグループとかがワイワイとにぎやかしていました。

 どうやら、岩手中の私立高校が集まって、イベントを繰り広げていたようなのですね。

 まあ、私がその輪の中に入っていくことはせず、遠巻きに眺めて帰ってきたのですが、なんだか楽しそうだったなあ……そうか、今日は文化の日だもんなあ……。


 そのあとは、岩山動物公園に行ってきました。

 わざわざこんなところに行ったのは、弟者からのリクエストがあったから。

 今年で開園20年になりますが、私もオープンの頃から年に1度か2度くらいよく来ていたので、それほど嫌いなわけでもありませんし。ホイホイとばかりに一緒に行ってきました。

 しかしながら、本日はこの秋一番の冷え込みと言うことで、終始寒~い中でうろうろと歩き回ることとなってしまいました。

 まあ、私たちは上着を着ているからいいのですが、シマウマとかキリンとかライオンとか象とか、暑い国からきた動物たちにとってこの寒さは大変でしょうなあ。それとも、もう何年も過ごしてるから、多少は慣れたのかな。

 あとは、カンガルーやツキノワグマに餌をあげるイベントに参加してきました。……もちろん、熊には高いところからリンゴの破片を放り投げる程度のものでしたが、どちらにしても随分と慣れたもので、私たちが餌を手にするとすべての個体がいっせいにこちらに近寄ってきて群れてくるのですね。

 とにかく非常に寒かったのですが、そういうちょっとしたイベントに参加できたことはよかったなというところでした。


 そのあとは、同じ岩山の中にあるパークランドと言う遊園地へ。

 ここもまた私が小さい頃からずっと営業している、盛岡唯一の『遊園地』なのですが、年々寂れてきているのも事実。私や兄者がかつて乗ったアトラクションが次々と廃止され、本日行ってみると遊園地の花形・ジェットコースターさえ運行停止状態に。もはや残されたのは巨大観覧車とメリーゴーランドくらいという、ほんの少し寂しい雰囲気になっていました。

 とはいえ、そんな中でも私たちが乗り物に乗らなければ今後の一発逆転ツーランホームランもありえないのであって、とりあえず「これは」というものに乗ってきました。

 もう少し気温が高ければ、アレコレ乗ってみたいものもあったのですが……まあ、そんな感じで色々と、動き回って遊びまくってきました。惜しむらくは、本日がこの秋一番の寒さだったことです……いや、もっと厚着をして出ればよかったのですが……。

 

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今日はハロウィンですね。

 正直なところあんまりハロウィンらしくなくて、つい忘れてしまいそうになっていたのですが、せっかくの季節のイベントですしね。先ほど借りてきたルイ・アームストロングのCDからwonderful worldなどを聞きながら、少し書いてみることにしましょう。


 私が28年間生きてきて、一番ハロウィンな年だったのは、2000年。私が大学1年生だった頃です。

 その頃、英米文学科と言う、今はもう消滅してしまった学部にいた私は、英米文学会と言うサークルに所属していました。名前だけ聞くと妙に固い感じなのですが、中学・高校で言う生徒会に近い集団で、やることも仲間内のグルーヴ感もあんな感じだったのですね。

 私の世代の人はごく少なかったけれど、先輩たちがたくさんいて、その先輩たちがすごく素敵な人たちだったので、ものすごく楽しい日々を過ごしました。勉強も楽しかったし、遊びも楽しかったし。すごくピュアな、恵まれた時間であったと思います。

 
 ちょうど時期も、今ごろだったでしょうか。大学の文化祭において、私たち英米文学会は研究発表をすることになりました。その研究対象・テーマが2000年は「ハロウィンについて」で……まあ、その発祥とか何とかを模造紙に書き出してパネルに貼り付けて、と言ったこともしましたが、残念ながらその内容はまるっきり忘れてしまいました。

 その代わり覚えているのは、みんなでコスプレをしたこと。私たち1年生と2年生のサブリーダーが魔法使いのような格好をし、その当時のリーダーはなぜか爆チュー問題のネズミの着ぐるみを着て、派手にプロモーションしまくったのであります。ちなみにそのネズミのコスチュームは、2年後には私が着ていました。半分はリーダーとしての義務で、半分は……趣味で(笑)。

 そんなドリームでファンタジアなことを臆面もなくやることが出来た大学時代。犬神にとっても非常に貴重ですばらしい体験であったと思います。ちなみにその頃所属していた同人誌製作サークル(創作系)の先輩は、ナースのコスプレをしていて、ひどくドキドキした記憶があります。
 
 やはり、お祭りはどんどん参加して、盛り上がらなくちゃね。最近はもっと大人な盛り上げ方(焼酎の水割りを飲みつつカラオケで井上陽水とか吉田拓郎を熱唱する……など)をしていますが、こうやってコスプレすることが当たり前の世界にまた行ってみたいと思うこともある今日この頃です。

 ……こういう「前科」があるから、あまりコスプレについて、頭ごなしに否定することが出来ないんですよね……それでも気に入らないのは、そのアニメとか、それが好きな人たちを好きになれないといったところかな。

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 車のダッシュボードの中に『ARIA』と一緒に入れている私のこころの書物『芦原英幸 いのちの言葉』。ALS(筋萎縮性側索硬化症)に罹患して不自由な身体になりながらもつづった言葉の数々がつづられた本書は、芦原会館の会員ではない犬神も迷った時とかにパッと開いて、強い気持ちを取り戻すことができる最重要書物のひとつです。

 で、繰り返し繰り返し何度も読み返すことによって、その内容通りの道を、時々踏み外しながらも何とか歩いていく。そういうことですよね、きっとね。

 
 最近、何度も言葉を繰り返して、ようやく少しそうできるようになってきたのが、極真会館副会長も務められた国会議員・毛利松平氏の言葉。この方は大山総裁の著書にもよく出てくるので、名前だけは何となく知っていたのですが。

 芦原先生いわく「大陸的なものの考え方」をする人で、「言い訳をするな、人のせいにするな、人の批判をするな」というのが基本的な教えであったといいます。

 もちろんこの言葉を額面通りに受け止め、実行すればいい、というわけではないんだろうと思います。言い訳とは何か? 人のせいにするとはどういうことか? 人の批判とは何か?――そういうのをきちんと考え、ふまえた上で、そうしなければいけないのでしょう。

 
 だから、完全に自分のものに出来たわけでは、もちろんありませんが。

 ただ、むやみに誰かのことをけなしたり、ゴチャゴチャ言い訳したり、何かにつけて「自分は悪くない」と言ったり。そんなインターネットの巨大掲示板などで繰り広げられているゴミクズ同然のような言葉の羅列に惑わされることなく、自分にとっても、ついでに他人にとっても気持ちのいいこととは何かということを探す。

 そのためにはどうすればいいのか。「君ィ、空手をやりなさい!」いや、これは芦原先生ではなく大山総裁でした。だって岩手には、芦原会館がないですから……。

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 色々あって、今日も色々あって、あんまり気持ちの休まることのないまま、夜になってしまいました。

 どうして気持ちが休まらないのかといえば、それはきちんと身体を動かしていないから。

 軽くでもいいから(または、それしかできないから)走ったり、跳んだり。そういうのをきちんとやる暇もなければ、気持ちの余裕もなく、追い立てられるように生きてきたからなんだろう、と思います。

 そのおかげで、風邪も引いてしまいました。鼻がグズグズだし喉はイガイガだし、あんまり食欲もないし(いつもなら11時くらいでグゥ~と空腹感を感じてしまうのに、最近は12時くらいになっても『今日はお昼食べられるかなあ』と思ってしまうくらいにしか感じない)。コンディションは最悪です。

 やれやれ……。


 ……と、まあクサってばかりもいられない。こんな重たい気持ちでずっとこらえるのは、私の性には合いませんでね。何とか前向きに、ステップを踏んで上手に立ち回っていかなければ。

 というわけで、18時過ぎになってしまいましたが公園に行き、軽く走ったり跳んだりなんだり。少し汗をかいてきました。

 そうすると、なるほど、少し身体とこころの歯車が動き出した気がします。どちらかというと、平直行さんのような世界ですね。格闘技的な強さではなくて、もっと日常生活的な強さと言うか。

 
 やはり食べなければ元気にはなれないですが、そこから一歩戻って、おいしく食べるためにはどうすればいいのかというと、元気に身体を動かさなくちゃならない。どっちが先なのかといえば、やはり動くことでしょうね。少しでも動かないと、何も始まらないから。

 そんなことを感じた一日でした。うまくまとまらなくてすみません。まだちょっと、心身のバランスがちゃんと戻ってないのかもしれません(苦笑)。

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 とりあえず、というわけではないのですが、一応は旬の話題ですしね。先日行われた格闘技戦の感想を少し。


 Dreamについて

 残念ながら動画を見ていないので、一体どういう試合だったんだろうと言う気はしますが、私の応援する菊野選手は、残念ながら負けてしまいましたか……ウムム。

 どちらにしても勝敗が必ず出てしまうのが格闘技の厳しいところですが、ブログを読むと、早くも次に向かって歩き出そうとしています。まだまだ今後に期待するところです。もちろんこれからも応援し続けます!

 それから、総合格闘技のリングで実現した『プロレスラー対決』!? は、後輩・柴田選手に軍配。ただ、終わった時の雰囲気はとてもすがすがしいものだったみたいですね。

 私はまだまだDream初心者なので、あまり詳しいことはいえませんが、総合格闘技でもハイキック一発でKOとか、そういうシーンがあるのはちょっと嬉しいと言うか、興味を惹かれます。ぜひ見てみたい! という気持ちになりました。


 K-1について

 あまり興味がなかったので、おフロに入って来て、上がってきたら1試合目が終わっていました。あまり直視したくない選手だったので、よかったです。

 そのあとは、もう1試合だけ見て、他局の『深イイ話』を見てしまいました。

 というのは、相手がスリップなりダウンなりした時に、「よし、パウンドだ!」と思っても、そうしないのがなんだかまどろっこしく見えたから。当たり前です。これはパンチやキックだけで闘うルールですから。

 ずっと前は見栄えのするハデハデなK-1の方が大好きで、総合格闘技と言うとちょっと通好みなイメージがあったのですが、今は逆に色々なやり方ができる総合格闘技の方が好きになってしまいました。

 ただ、岩手放送はDREAMを放映してくれなかったんですよね……。

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 女子プロレスについて書こうと思った切っ掛けはもうひとつありまして。今度はKamiproなる雑誌なのですが、こちらであのブル中野こと中野恵子さんのインタビューが載っていたのですね。おおっ! と思ったのですが、それはちょっと後回しにして。


 先日、引退してしまいましたが、元気美佐恵さんというレスラーのことを知ったのは、例によって小島聡さんのブログを読んでいた時。

 コジログ 突然の告白!?

 男子プロレスの中でもトップクラスの実力者である小島さんにいきなり対戦要求! えっ、何で!? という気もしましたが、実際の試合の模様を(小島さん視点ではありますが)見てみると、「男子だから」「女子だから」という概念をぶっ壊すくらいパワフルで、名前通り「元気」な人だったみたいですね。

  コジログ 寝れなかった程の興奮

 小島さんとここまで渡り合うんだから。その一戦で私はこの選手が好きになりました。今はもう引退してしまいましたが……。

 あとは天山サンとパチンコ勝負で圧勝した井上京子さんとか、蝶野さんを始めとする日米の男子レスラーと互角以上に渡り合ったチャイナことジョーニー・ローラーとか、結構好きな人はたくさんいるのですが、とりあえずブル中野さんについて。


 いや、好きと言っていいのかどうかわかりませんが、まだ小学生の頃に地元で行われた興行のポスターを見て、それで名前を知ったんですね。当時はWWWAチャンピオンという触れ込みだったから、90年頃だったのかな。

 ダンプ松本、ブル中野、アジャ・コング。ベビーフェイスの人の名前は全然知りませんでしたし、今も覚えていませんが、この3人だけは小学生でもバッチリ覚えていました。全員「なんか怖い人たちだ」という印象でしたが(笑)。

 それぞれの人たちがどういうレスラーだったのかを知ったのは、ここ数年ですね。インターネットが普及して、情報が簡単に手に入るようになってから。
 
 ダンプさんとアジャさんは今でも現役ですが、ブルさんは中野恵子さんに戻って、今はまったく違う道を歩んでいるという情報は知っていたのですが、何せ「あの人は今」のたぐいでも見ないし、今はどうしてるんだろうナァと思っていたところに、このインタビューですからね。

 
 女子プロレスは、見世物興行。そういうイメージはなかなかぬぐえませんが、それでもこういう本物の選手もいる。ということですね。

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 いつものように『カクトウログ』さんのサイトを見ていると、いつものように週刊プロレスの情報が。結構、ここで見て買おうかなとか今週はいいかなとかの判断をするのですが、今週の表紙は……えっ!?

 いつもであれば激しくぶつかり合う男たちの写真なのに、今週はヌードグラビア雑誌みたいな表紙に。何だこりゃ!? と思ったら、なるほど、風香という女子プロレスラーが来春にも引退するということで、こういった表紙になったんですね。


 女子プロレスにほとんど――それも、限りなく「まったく」に近いくらいの――興味のない犬神でも、この風香という人は知っています。何となれば、NOSAWA論外興行でよくその名前を見たからです。


 最初に知ったのは、2006年だったでしょうか。『無茶ワールドプロレスリング』という興行で、鈴木みのる選手を相手に戦い、散々もてあそばれたあげくにピンフォールを奪われたのが、この人を知ったきっかけ。

 そのあとも鈴木みのる20周年興行『風になれ』とかで見ましたし、『風香祭』とかいう自主興行を何度もやって成功しているくらいだから、実際どんな試合をするかは知りませんが、集客力は結構あるんでしょうね。


 ただ、それ以上のことは知らないし、知ろうとも思いません。『アイドルレスラー』を自称、だか他称だかしているようですが、それって何を見ればいいのかわからないからです。可愛いところ? 綺麗なところ? 強いところ??サッパリわかりません。

 まあ、これはこの人に限らず、女子プロレスと言うもの全体に思うことなのですが。見て一体、何を感じればいいのか。そういうのがよくわからんのです。


 めったに女子プロレスということについて書くことがなかったので、とりあえず書いてみました。……ただ、そんな風には言ってみたものの、結構好きなレスラーもいるのです。それについては稿を改めて。

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 プロレスラーは、試合できちんと強さを見せつけることは当然ですが、やはりマイクパフォーマンスも上手でなければ。というか、それも含めて楽しみにしている、というのが、あまたのプロレスファンの意見かと思いますが、犬神が今もっとも気に入ってるのが新日本プロレスに参戦中の本間朋晃選手。

 今年の4月に仲間割れを起こして分裂した新日本の極悪集団GBH(グレート・バッシュ・ヒール)に今もなお籍を置き、異様なほど人気爆発した真壁さんとの男気あふれる、テンコジとはまた違った雰囲気の友情タッグで犬神も注目しているのですが、本格的に注目したのはかつての先輩・TAJIRI選手とのやりとり。


 このTAJIRIという人はとにかく口がうまいんですね。言葉のボキャブラリーがものすごいと思うのです。言葉遣いは非常に丁寧なのに、その内容は猛毒そのもので、真綿で首を絞めて引きずりまわすようなコメントはなんとも言えない面白さです。

 そんなTAJIRI選手が、9月にその本間選手と試合を組まれた時のコメント

 「ゴリラ(真壁さん)の下僕の本間」「今さらそのレベルとは肌を合わせたくもない」「何やら熱く語っていることもチンプンカンプンでメンドくさそう」……あげくの果てにキャンセル希望を出される有様。もう眼中にないって感じです。

 それに対する本間選手のコメントがこちら

プロレスラーらしく「潰してやる」などの言葉で煽るのですが、そんな熱さに液体窒素か何かをぶっかけて完全冷却するようなTAJIRI選手の返答がこちら

 もう、なんか、本間選手だけじゃなくて大多数のプロレスラーにとって耳の痛い批判ではないでしょうか。しかもその言葉を、プロレスラーが言うんだからたまらない。どこまで行ってもTAJIRIはTAJIRIなのです。

 そして私がこんな記事を書きたくなるような決定的な本間選手のコメントがこちら

 「今の悪い大人たちと一緒だよ、何でも上から目線で決めつける。そんな悪いアンタには俺が『人には熱さも必要なんだ』ってことを教えてやるよ」

 ……なんか、尾崎豊のような、ブルーハーツのような、80年代ツッパリのような純粋まっすぐなコメントに、犬神はひどく感動してしまったのです。リング上で嗚咽してしまう小島聡さんに引けを取らない感情丸出し・人情あふれる熱血野郎なのです。

 まあ、そのTAJIRI選手との試合はとんでもない結果に終わってしまうのですが……。


 しかし、その後も熱血純情なコメントを本間選手はかましてくれています。現在はG1タッグリーグで激闘を繰り広げているのですが、天山さんがいなくてストレスがたまっている? 飯塚サンにちょっかいを出されては「頼むから来ないでくれ!」と哀願する始末。何となく必死さがにじみ出ている気がしてなりません。犬神は今後も真壁・本間組を応援し続けます! 

 ちなみに本隊では後藤ひろおき選手を応援しています! 空手技でボマイェを打ち破るのは果たしていつなのか!? ついでに今度ブログが更新されるのも、いつなのか!!?(笑)

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プロレスおよびそれに携わる人たちに勇気をもらうことが多い犬神ですが、その中でも特に勇気をもらうのがハヤブサさんです。

 今は『長期休業中』ですが、ほぼ毎日更新されるブログはいつもチェックします。

 日常のちょっとした楽しみあり、シンガーとしての活動あり、といった具合なのですが、やはり『プロレスラー』ですから、時々プロレスについての記事が書かれることもあります。そしてその言葉はたいてい、すごくまじめで、胸が熱くなるような言葉ばかりなのです。

 そんなハヤブサさんの、「10月22日」の日記……。
 
プロレス話

 入門秘話


 ……自分もそう思っていただけに、「やっぱり、これでいいんだ」という気持ちになりました。プロレスが、エンターテイメントであるべき、というところね。

 ただ勝てばいい、相手より強ければいい。いわゆる格闘技ならそれでもいいのでしょうけど、プロレスはそうはいかない。お互いが力を出し切って、ぶつかり合って、熱狂して、フィニッシュする。そのためには10分も20分もバチバチバンバンぶつかり合わなければならない。これは並の体力ではできません。だからプロレスラーはスクワット何千回とか、ムチャクチャに思えるようなくらい身体を鍛えているのですから。

 「おれ、どうしてプロレス好きなんだろう」

 そんな風に迷うこともありましたが、そんな時はこのハヤブサさんの言葉を思い出して、胸を張ってプロレスファンを自称することとしましょう。


 ちなみに去年の「10月22日」の記事。

 10月22日

 ……今年の記事ではそういうのに何も触れてなかったので忘れていましたが、そうですね、去年も確かこの記事読んだんですよね……。

 がんばれって言葉。気軽に使うけど、それを聞いて相手はどう思うんだろう。

 「こんなにがんばってるのに、がんばれって言われて、何をがんばれって言うの」

 数年前に癌で亡くなった叔母の病床での日記には、そんなことが書かれていたそうです。そういうのも聞いていたし、私自身その気持ちも理解できたから、どうしたらいいんだろうって。

 まあ、ハヤブサさんが言うから、私も「そうか、これでいいんだ」って思えるんですが。

 私もハヤブサさんのように、他人から100回「がんばって!」と言われても、笑顔で答えられるような人間になりたいです。……そっか、そのためにはまず、そう言われるだけの人望を集めるところから始めねば(苦笑)。

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免許を持っていなかった時代は、ある意味どんな車に(ゲームで、または空想で)乗れた幸福な時代でした。今は軽自動車をなんとか維持するのが精一杯。エコカー減税だろうが補助金がでようが、新車などネロがガラス越しにみたあの絵のようなものにすぎないのです。

そんなわけで、もっとコストのかからないものに楽しみを見いだそうとしている犬神ですが、とある場所での待ち時間、ふと「2008新型車のすべて」という雑誌を読んでみました。

ラリーから撤退して以来めっきり興味のなくなったインプレッサやランエボ、それなりにかっこいいし「何やらドすごいっぽい車みたい」とそれなりに知識を仕入れていた日産GT-R……なるほど、あんまりCMとかを流さないものの、こういう(スーパー)スポーツカーのたぐいを作る気持ちが日本のメーカーにもまだあるってことですね。あるいは、ようやく作れるようになったってことでしょうか。

まあそんな評論をするほど車に興味のない犬神ではありますが、すごいなと思ったのは、コンピュータが代わりにやってくれることの多さ。シフトチェンジはいうに及ばず、人間がどんなにムチャな操作を試みても、悲惨な結果になる前にコンピュータが「そうならないように」カバーしてくれる。

「ガンダムみたい」と思ったのはそのためでした。

しかもGT-Rにはマルチファンクションディスプレイなる、何だかSFチックなものまで搭載されているとのこと。これは画面上で車の状態がすべてわかるというものだそうですが、それこそ戦闘機のように情報処理専門の人が隣にいてくれないと乗れないかも(笑)。

というわけで、「最近の車はすげぇなあ」と、カーナビのない5速マニュアル車に乗っている犬神などは感心しきりでありましたが、そういった過剰なコンピュータ依存を嫌うのもまた私。確かに私の愛車など、GT-Rのタイヤ一本ほどの価値もないでしょうが、私にとって大切なことはいかに「自分の意志で」運転できるかということ。ナビの代わりに地図を読み、自分の感覚でギアチェンジ。それを楽しいと感じられる私は、やはりいまだに「車好き」なのかもしれません。

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 こないだの従妹と私の話で、もうひとつ思ったこと。

 これは年の差というよりも、単純に趣味の違いかもしれませんが……先週の土曜日、従妹はテレビでドラマを見ていたのですね。


 最初は『小公女セイラ』。

 志田未来という女優は正直なところ「はねるのトびら」に出て来た時のイメージと、めざましテレビで何か映画のインタビューに出ていた時のイメージくらいしかないのですが、テレビの世界の人なのにあんまりしゃべらない人なんだな、という印象でした。

 私はあいにくと原作も何も知りませんので、とりあえず眺めていたのですが……すごい「いじめドラマ」ですね。正直、「志田未来がいかにしていじめられるか」という一点のためにすべての世界があるような、そんな印象を受けました。そしてそれを、絶対的に安全な立場から眺めてあざ笑う。なるほど、そういうドラマですね!(たぶん違う)

 ある意味『牡丹と薔薇』みたいですね。あっちでは小沢真珠が大河内奈々子をいじめ抜いていましたが、こちらは志田未来以外のほとんどの人間が敵ですから、より激しいものとなるのでしょう。……話が進めばきっと、志田未来に味方する人間も少しずつ(きっと)増えていくのでしょうが。


 そのあとは、『サムライハイスクール』。

 何のとりえもない主人公がいきなり憑依されて最強モードになりました。そのギャップが面白いのかもしれないですが、なんだかイマイチ乗り切れないのでした。もちろんそういうのを従妹は夢中で見ているので、私のような人間がゴチャゴチャ言う必要はないのですが。

 「いまどきの女子高生は、こーいうのが好きなのかな」

 と思ってしまいました。まあ今時とは言っても、あんまり染まってないというか、小学生の頃とか中学生の頃とあんまり変わらない印象ですが。


 次に会う時はどんなギャップを見つけられるのか。少し楽しみであります。……この際、10年前に『カードキャプターさくら』の映画を一緒に見に行ったとか、7年前には『猫の恩返し』を一緒に見に行ったとか、そういうのを覚えているかどうかは不問としましょう。

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 昨日、ちょっと昔のことを書いたので、もうひとつ。

 これは昨日の時間よりもさらに前、私が高校生だった頃なのですが。


 その頃はちょっとカッコつけて? 澁澤龍彦などを読むなど、相当ねじくれた少年だったのですが(苦笑)、それでなくても本を読むことは結構好きで、よく図書室に足を運んでいました。

 とりあえず文学から科学まで、うろうろと歩きながら本のタイトルを見る。

 その中で、確か歴史書のコーナーだったと思うのですが、今でも妙に記憶に残っている本がありまして。

 ……というよりも、ポリスの音楽を聴いていて、また思い出したというべきなのかな。


 少し検索すると、一冊はすぐに出てきました。

 マウス―アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語

 タイトルを何となく覚えていたから、こちらは早かったです。内容はカスタマーレビューとかをご覧いただければわかると思います。……というか中身はあまりきちんを読んでいないのです。タイトルのゴシック体も怖かったし、その時点ではこれが一体どういうものなのか、よくわからなかったし。

 せいぜい冒頭の数ページを読んで、「このくされタマゴが」という言い回しが面白いね、ということを友達と話して笑うくらいしか出来ませんでした。


 もう一冊は、これはもうタイトルも覚えていません。

 ただ、上記の『マウス』と同じ並びにあったので、これもまたナチスドイツ関連の本だっただろう、と思います。

 ただ、今でもよく覚えているのは、今風に言えばツインテールの髪型の女の子が黒い目隠しをされている白黒の写真が表紙になっているということ。人によってはこのキーワードだけである種の想像を膨らませる方もいるかもしれません。私も不謹慎ではありますが、そのクチでした。

 ただ、中身がそういうものではなく、ピューリッツァー賞もののリアルな写真集である――ということはすぐに想像できましたから、こちらは一度か二度手に取っただけで、そのあとはもう本棚のどこにあったのかさえ忘れてしまいました。


 正直に申し上げると、その頃は今よりもずっと残酷でエゲツナイものが大好きでした。そういった本を手に取ったことも、かくも深く記憶に残っているのも、そのせいなのかもしれません。

 ただ、こういうことがあるたびに、気持ちのいい記憶だろうと怖い記憶だろうと、そういうものがあって、今の自分があるんだろうな、と思うのが私の定番。嫌な記憶を取り除いたら、そのおかげで逆に気持ちよく感じたことも忘れてしまうかもしれないですからね。

 ……あれ? これって高校の倫理の授業か何かで聞いたような気がするなぁ。ってことは、何となく過ぎ去ったかに思われた犬神の高校時代も、そこそこ実になっていたということか。

 ということで、オチがついたのでこの辺で今日はお開きということで(笑)。

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 毎日、車で会社に行く時はCDを聴きながら行きます。何とか一日、仕事をやりきるためのテンションを養うためです。

 その時というのはたいてい歌もの、それも自分で歌えるものを聴きながら行くのですが、たまに女性ヴォーカルのものを聴いてみたり、エイフェックス・ツインのように静かなテクノ音楽を聴いたり、洋楽を聴いたりもします。

 今朝聴きながら行ったのは『ポリス』のアルバム。

 ポリスはスティングが中心になって活動した80年代のロックバンドで、『見つめていたい』などのヒット曲で知られる人々ですね。って、たぶん私よりも皆さんのほうが詳しいか。私の場合、好きになったきっかけが、セガの『UFOキャッチャーⅡDX』のアトラクト音楽でしたからね。

 で、聴いていると、色々なことが頭をよぎりました。

 
 この音楽をよく聴いていたのは、今から6~7年前。私が大学3年生から4年生の頃だったと思います。

 この頃は大学生活も後半戦に突入し、そろそろ卒業のことを見据えなければ……などと考えていました。というか、考えざるを得ないという状況だったみたいですね、当時の日記を見るとね。

 とりあえず、その都度レポートとか、そういうものは何とか書いて出して、単位は取っていたんですよね。でもって、本もたくさん読んでたし、それなりに知識もあって。

 その一方で、そういった知識が世の中に出てどれほど役に立つのか?――たぶん、あんまり役に立たないんじゃないかな――という気持ちもありました。

 だからといって、元々オタク気質だし、今まで役に立つようなことを何も積み上げてこなかったから、とにかく本を読んで現実逃避。煙草もバカバカ吸うし、髪も伸ばし放題で、現実から全力ダッシュで逃げまくっていたのです。

 タイトルにつけた『砂の城』というのは、そんな当時の自分を一言で表現した言葉です。たくさん本を読んで、とりあえず格好は出来たものの、それっていうのはすごくもろくて崩れやすいわけで。そのことに気づいてはいたものの、手元には砂しかないから、さらにそこに砂を重ねて積み上げて。

 そして……4年生の後半ぐらいからどんどん崩れて、崩れて、崩れまくって……最終的には自分で解決できなくなって、ついに心療内科に行くことになってしまったのでした。


 そんな、楽しくて不安な時代を思い起こすのが、この『ポリス』のアルバムなのです。

 時々、学生に戻りたいという気持ちにならないわけでもないのですが、そのことを思うと……やっぱり戻りたくないなあ。あえて言えば、黄金伝説みたいに、1週間○学生生活とか、ですかね。一時的に学生っぽい雰囲気を味わうくらい。もう一度やったから、おいしいところだけでいいです(笑)。

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 昨日までの色々で、普段は遠くに住んでいる親族が一同に会し、まあ結構にぎやかになりましたが、その中でおもったこと。

 今年16歳・高校1年生の従妹は、ひとつ下の弟者とよく話していて、弟者の方も『年が近くて色々と話が合う』と、なかなかの好感触だったようですが、その会話を後ろで聞いていると……う~む、何をするにしても犬神の時代とは全然違うのですね。


 たとえば英語の勉強の時、従妹は電子辞書を使っていました。小さくてうすっぺらい機械なのに英英辞典・和英辞典・英和辞典・国語辞典さらにはリスニング用の音声装置内蔵ってなもんだからたまらない。しかも友達はこれのフルカラーバージョンを持っているといいます。

 片や犬神の時代はもちろん辞書といえば紙製。電子辞書もないわけではなかったと思いますが、確かご禁制の品だった気がします。……まあ、従妹も電子辞書ででてこない時は紙の辞書を引く、ということではありましたが。


 あとは、携帯電話で番号やらアドレスやらを交換する時。

 これはジェネレーションの問題ではなくて、単純に機械に精通しているかどうかの問題という気もしますが、今は赤外線通信でピッとやるんですね。私などは口頭、もしくは紙に書いて相手にアドレスなり番号なりを伝え、それに基づいて送ってもらう、電話をかけてもらうなどして、交換するものだと思っていたのですが……。


 その他にも、話を聞けば聞くほど隔世の感ありというか、元々あまり流行にさとくない私ではあるものの、なんだか加速度的に流行の最先端から取り残されている気がしました。

 ……いや、たまたまだ、たまたまだよきっと! だってまだ28歳ですし!(苦笑)

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 生まれて初めて「弔辞」というやつを読んできました。

 まあ、こんなことは何度も体験したくないことですが、今こうして

 生きている以上、仕方のないことでしょう。

 
 読み上げるまでは、気持ちも緊張して手のひらも汗がビショビショ、

 大変なものでした。


 それでも何とか役目を果たしました。

 すごく緊張していましたが、何とか、かんとか。

 こういうのってすごく恥ずかしかったのですが、それでも一生に一度、

 まあ、もうこちらの人ではないので、ちょっと違うかもしれませんが、

 とにかく今を逃すと永遠にチャンスは来ないわけで。


 だから、とにかく。

 やりきったことは、よかったと思います。

 伝えきれない言葉は、これから何度も眠ってる場所に足を運んで。

 一方的に私が言うような形になると思いますが、とにかく、また。


 そんな感じの日でした。

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 毎日jpを、まさに毎日見るFirefoxユーザの犬神ですが、その中で時々アイドル、およびアニメ系の記事を拾うことがあります。

 もちろん見ない振りをすれば、その後の日々も平穏に送れるというものでしょうが、パッと見て気になったのは動かしようのない事実。だったらとりあえず記事を読んで、それでバッサリ(自分のなかで)切り捨てるなりすればよろしい。ということでパチパチとクリックしては、数秒で画面を切り替えたりすることがよくあります。

 そして、どうしても見過ごせないようなものは当サイトでも取り上げて断罪? するわけですね。


 スポドルッ! 第30回 浅田梨奈さん(ボウリング) 美少女ボウラーから世界のトップ選手へ

 だから本来ならこの記事も、わざわざ取り上げるまでもない、あるいは取り上げて糾弾しようかと思ったのですが、「アイドルとして売り出すためにボウリングが上手なところをアピールしている」わけではなくて、「元々ボウリングが上手な女の子が周りのメディアによってアイドルにされた」ようなふうに記事に書いてあったので、なるほど。それならばちゃんと受け止めねば。


 まあ私もボウリングは好きですが、現在でもこういう本気の『競技ボウリング』が行われていることはあんまり意識していませんでした。もちろん私はド素人、というか異端、邪道、外道ボウラーであって、フォームやコントロールを一切意識せず、パワー全開でピンを破壊せんばかりにボールをぶつけることを第一目的とする人間なので当然と言えば当然ですが。

 『美少女ボウラー』という言い方はあまり好きではありませんが(可愛いのはもちろん否定しませんが)、本人はあくまでも『美少女』である以前に『ボウラー』なわけで。本人の意思とは別に『アイドル』にされたのは大変でしょうが、それでもそのプレッシャーを跳ね除けて実績を残しているのだから大したもんですよ、アン。いや本当にそう思います。

 ともかく今後も注目するかどうかというと、あまり追っかけることはしませんが、また少しボウリングというやつをやってみたいな、と思ったのでした。そのためにもやはり、小橋建太さんばりの特訓でパワーアップせねば(違う?)。

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 八十八年。

 ひとつの漢字にすると「米」となるので、「米寿」といいます。

 最後の10年間は歩けなくて、ベッドの上だったけど。

 何度となく危ない状態になっても、それでもまた元気になって。


 自分がしてあげられたことはあんまりありませんが、

 それでも「あーすればよかった」「こーすればよかった」という気持ちは

 ありません。

 とにかく自分なりに、出来る限りのことをやったつもりだからです。


 ようやく、ゆっくり休むことが出来たのかな。そんな気がします。

 そっちに行くのはまだ、ずっと先のことだと思うけど、その時はまた。

 とにかく、いったん、さようなら。――また、今度。


 本日未明。

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