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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
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こんにちは

 今日はちょっと歴史のお話を

 高杉です。


 私の曽祖父は古銭集めが趣味だったそうで、今でも家には若干の古銭があります。

 もっとも、一度うちの弟者が金に困って、価値のあるものはすべて売り払ってしまったので、今うちにあるのは価値のないものばかり。……ではあるものの、やっぱり古銭というものは、何となく歴史的なロマンを感じます。たいして希少価値がなくたって、いまではない時代――明治時代とか、その前の時代とかの人たちが使っていたお金が、いま手元にあるっていうのは、なんとも素敵なことだと思うのです。

 で、今日はその一部を紹介したいと思います。重ね重ね申し上げますが、希少価値は一切ありません。ただ、私なりに歴史ロマンを感じたということを共有したいので書きます。


 

 まず、こちらは「一分銀」です。歴史をさかのぼると天保年間に鋳造が始まったもので、それまで重量をもって価値が決まるお金だったのに対し、これは記載されている「一分」という額面がそのまま価値が決まる、計数銀貨の完成形と言われています。その後幕末から明治初期まで流通しました。



 こちらは「二分金」ですね。初めて見た時は、果たしてこれがなんて書いているのか理解できませんでした。だからお金じゃなくて、なんかの紋章が刻まれたマジックアイテムじゃないかと思いましたが、古銭のサイトをいくつも見ているうちに、これと同じようなものが出てきたので判明しました。確かに言われてみると、「二分」と書いてありますね。

 なお実際にこれが(当時の世の中で)いくらくらいの価値があったのかという話ですが。どうやら一分銀は1/4両、二分金は1/2両という扱いだったようです。それじゃあよく時代劇でいう1両って、今でいうといくらくらいなの?……それは日本銀行の方が答えてくださっていますので、こちらをご参照ください。

 ちなみに当時、飾り職人や三味線の先生をしながら暗殺を行う仕事をしていた人たちがいましたが、その人たちへの依頼料も大体1両です。なので私の中では、人ひとりの命と同じくらいの価値があると思っています(ただし悪徳商人や上級役人の場合は、その1000倍以上のお金が菓子折りと同じ程度の価値しかないわけですが)。

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