小学生の頃、なぜか落語や漫才が大好きでした。なぜかってこともないか。
好きになったきっかけは、いつだったかの年末にラジオで聞いた5代目鈴々舎馬風の『猫の災難』。酒が飲みたい熊公が、隣の家のおかみさんから猫の見舞いにもらったという鯛のおあまりをもらい、それを利用して口八丁で兄貴に酒を買ってこさせたり肴を買ってこさせたりする……という噺なのですが、これは確か今でも録音したテープがあるはず。
小学生で落語なんて……という気持ちもあり、しばらくすると自分からそういった世界を遠ざけてしまったのですが、21世紀に入って『ちりとてちん』というNHKの連続テレビ小説で主人公の女の子が自分と同じように落語を小学生の頃から愛好しているのを見て、
「ああ、こういうのもよかったんだ」
とようやく和解(誰と?)。カセットテープに録音することはないまでも、テレビやラジオで落語をやっていれば、ついそれを見たり聞いたりするようになりました。ついでに言うと、その縁で貫地谷しほりのファンにもなりました。
ただ、落語と言っても面白おかしい噺ばかりではない、というのに気づいたのは、実際にそのドラマを見てインターネットであれこれ情報を検索できるようになってから。
まあ落語と一口に申しましても、オチのある話もあれば人情噺もあり、さらに昨日申し上げた『牡丹灯篭』のような怪談噺もあり……? と、なかなかどうして奥が深そう。
さしあたってその『牡丹灯篭』の噺のざっくりしたあらすじを調べてみたのですが……これ、なんか、面白そう。面白いからずっと受け継がれてきてるんだよバーローと下町の落語家に怒鳴られそうですが、いや本当にそう思いました。
あと人情噺で犬神が大好きなのは『芝浜』。「よそう、また夢になるといけねぇ」ってやつです。
こういった人物の演じ分け、その場の雰囲気、とか何とか。そんなのをすべてひとりで、しかも基本的には座った状態で、ほとんど言葉だけで盛り上げる落語家の人は本当にすごい能力を持っているのだなぁ、とよく思ってしまいます。犬神の頭では、噺の半分を暗記することさえ出来ないでしょうから。
……あれ? 今日はどうしてこんな話になったんでしたっけ。ああ、昨日勝先生に怒られたからか。つまり落語を知らなければ、世界のことを語る資格もないと言うことですね(たぶん違う)。
好きになったきっかけは、いつだったかの年末にラジオで聞いた5代目鈴々舎馬風の『猫の災難』。酒が飲みたい熊公が、隣の家のおかみさんから猫の見舞いにもらったという鯛のおあまりをもらい、それを利用して口八丁で兄貴に酒を買ってこさせたり肴を買ってこさせたりする……という噺なのですが、これは確か今でも録音したテープがあるはず。
小学生で落語なんて……という気持ちもあり、しばらくすると自分からそういった世界を遠ざけてしまったのですが、21世紀に入って『ちりとてちん』というNHKの連続テレビ小説で主人公の女の子が自分と同じように落語を小学生の頃から愛好しているのを見て、
「ああ、こういうのもよかったんだ」
とようやく和解(誰と?)。カセットテープに録音することはないまでも、テレビやラジオで落語をやっていれば、ついそれを見たり聞いたりするようになりました。ついでに言うと、その縁で貫地谷しほりのファンにもなりました。
ただ、落語と言っても面白おかしい噺ばかりではない、というのに気づいたのは、実際にそのドラマを見てインターネットであれこれ情報を検索できるようになってから。
まあ落語と一口に申しましても、オチのある話もあれば人情噺もあり、さらに昨日申し上げた『牡丹灯篭』のような怪談噺もあり……? と、なかなかどうして奥が深そう。
さしあたってその『牡丹灯篭』の噺のざっくりしたあらすじを調べてみたのですが……これ、なんか、面白そう。面白いからずっと受け継がれてきてるんだよバーローと下町の落語家に怒鳴られそうですが、いや本当にそう思いました。
あと人情噺で犬神が大好きなのは『芝浜』。「よそう、また夢になるといけねぇ」ってやつです。
こういった人物の演じ分け、その場の雰囲気、とか何とか。そんなのをすべてひとりで、しかも基本的には座った状態で、ほとんど言葉だけで盛り上げる落語家の人は本当にすごい能力を持っているのだなぁ、とよく思ってしまいます。犬神の頭では、噺の半分を暗記することさえ出来ないでしょうから。
……あれ? 今日はどうしてこんな話になったんでしたっけ。ああ、昨日勝先生に怒られたからか。つまり落語を知らなければ、世界のことを語る資格もないと言うことですね(たぶん違う)。
PR
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック