イギリス人の自動車評論家が、世界各国の車を容赦なく切り捨てる痛快無比? な自動車レビューの本です。
図説と銘打ってはいますが、写真はあまり多くありません。まあ、「世の中にはこんな車があるんだなあ」という衝撃と感動は十分に得られるので、それに関してはあまり不満は感じません。
本書の特徴は、やはりイギリス人らしく? ユーモアたっぷりにこき下ろす批評文でしょう。「砲丸投げの選手並みの腕力がないと曲がれない」とか「サーカス団の団員でなければまともに乗れない」とか、いちいち物のたとえが面白いのです。
まあ、そうやって散々な言い方をされる車の中には、わが国のものもあります。日産セドリック、トヨタ・クラウン、マツダ・コスモ(初代)などです。イギリス人にとっては『セドリック』とか『グロリア』という女性名はかなり珍妙に映ったようです。あとコスモは、国内では非常にかっこいいというイメージがありますが、向こうの国では「カエルみたい」と思われているようです。
このあたりも、お国柄というんでしょうか。逆に海外で人気のデザインが日本では受け入れられない……なんていうこともあるだろうし。優劣ではなく、お国柄の違いであると思います。そのあたりの違いも、なかなか面白いと思います。
2400円という金額は結構高めですが、ひとつひとつの車の紹介文が少なめで、割と気軽に何度も読めそうな感じですからね。これをきっかけに、よりディープにその車のことを知りたくなったら自分でさらに突っ込めばいいし。便覧のような価値があると思えば、まあいい買い物だったかなと思います。
今週の衝撃的な1台:「クライスラー・ターバイン」
60年代に試作されたクライスラー社の『ガスタービンエンジン』搭載車。F1マシンでさえ1万数千回転というところを余裕で上回る60000回転の超絶性能(直接比べるものではありません)。しかもテキーラでも動いたというエコ仕様(どれだけ走れるかは不明)。結局、公式に販売されることはありませんでしたが、やはり60年代というのは、色々なことが試された時代だったのですね。
図説と銘打ってはいますが、写真はあまり多くありません。まあ、「世の中にはこんな車があるんだなあ」という衝撃と感動は十分に得られるので、それに関してはあまり不満は感じません。
本書の特徴は、やはりイギリス人らしく? ユーモアたっぷりにこき下ろす批評文でしょう。「砲丸投げの選手並みの腕力がないと曲がれない」とか「サーカス団の団員でなければまともに乗れない」とか、いちいち物のたとえが面白いのです。
まあ、そうやって散々な言い方をされる車の中には、わが国のものもあります。日産セドリック、トヨタ・クラウン、マツダ・コスモ(初代)などです。イギリス人にとっては『セドリック』とか『グロリア』という女性名はかなり珍妙に映ったようです。あとコスモは、国内では非常にかっこいいというイメージがありますが、向こうの国では「カエルみたい」と思われているようです。
このあたりも、お国柄というんでしょうか。逆に海外で人気のデザインが日本では受け入れられない……なんていうこともあるだろうし。優劣ではなく、お国柄の違いであると思います。そのあたりの違いも、なかなか面白いと思います。
2400円という金額は結構高めですが、ひとつひとつの車の紹介文が少なめで、割と気軽に何度も読めそうな感じですからね。これをきっかけに、よりディープにその車のことを知りたくなったら自分でさらに突っ込めばいいし。便覧のような価値があると思えば、まあいい買い物だったかなと思います。
今週の衝撃的な1台:「クライスラー・ターバイン」
60年代に試作されたクライスラー社の『ガスタービンエンジン』搭載車。F1マシンでさえ1万数千回転というところを余裕で上回る60000回転の超絶性能(直接比べるものではありません)。しかもテキーラでも動いたというエコ仕様(どれだけ走れるかは不明)。結局、公式に販売されることはありませんでしたが、やはり60年代というのは、色々なことが試された時代だったのですね。
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『田宮模型の仕事』という本を読んでいます。
今となっては10年以上前の本ではありますが、やはり面白いです。あまりにも面白いので、少しずつ感想を書きたいと思います。
とりあえず、私が気になっていたのは例の『ポルシェ解体事件(?)』の話。今でもRCカーとして売り出されている『ポルシェ934ターボ』のスケールモデルを作成するために本物のポルシェを買って来て、それをバラバラにしてしまった、というのは有名な話ですが、インターネット上ではそのあとの顛末について、
「組み立てられなくなって泣いた」
「ポルシェの人を呼んできたら『なんてことするんだ!』と怒られた」
と、二通りの話があったんですね。
前者はどちらかというとのび太じゃないの、と思ったのですが(31巻『改造チョコQ』)ともかくこの本を読んで確かめてみたい。そう思いました。
そうしたところ、さすがに泣いたということは書いていませんでした。ただ組み立てられなかったこと(当然ですが)、ディーラーの人を呼んだら怒られた、というのは本当だったようです。3日くらいかけて、やっと組みなおしてもらったとか。
とりあえず、それが伝説の真相でした。
もちろん、これ以外にも非常に面白いエピソードがたくさんありました。このブログでも意外とたくさん書いていたミニ四駆の話も一章分を割いて書いていますし、最初の方の木製模型店からプラスチック模型店への商売替えをする途上における苦労話なんかも面白かったです。まあ、そういったところについては、また次の機会に。
今となっては10年以上前の本ではありますが、やはり面白いです。あまりにも面白いので、少しずつ感想を書きたいと思います。
とりあえず、私が気になっていたのは例の『ポルシェ解体事件(?)』の話。今でもRCカーとして売り出されている『ポルシェ934ターボ』のスケールモデルを作成するために本物のポルシェを買って来て、それをバラバラにしてしまった、というのは有名な話ですが、インターネット上ではそのあとの顛末について、
「組み立てられなくなって泣いた」
「ポルシェの人を呼んできたら『なんてことするんだ!』と怒られた」
と、二通りの話があったんですね。
前者はどちらかというとのび太じゃないの、と思ったのですが(31巻『改造チョコQ』)ともかくこの本を読んで確かめてみたい。そう思いました。
そうしたところ、さすがに泣いたということは書いていませんでした。ただ組み立てられなかったこと(当然ですが)、ディーラーの人を呼んだら怒られた、というのは本当だったようです。3日くらいかけて、やっと組みなおしてもらったとか。
とりあえず、それが伝説の真相でした。
もちろん、これ以外にも非常に面白いエピソードがたくさんありました。このブログでも意外とたくさん書いていたミニ四駆の話も一章分を割いて書いていますし、最初の方の木製模型店からプラスチック模型店への商売替えをする途上における苦労話なんかも面白かったです。まあ、そういったところについては、また次の機会に。
昨日は日曜日ということで、どこにいっても人がたくさんいて、なんだか思うように遊ぶことが出来ませんでした。まず駐車場に車を止められないのだからたまらない。
そういうわけで、黒豹シリーズ第10作『黒豹列島』を読みました。一応、前にも読んだことはあるんですがね。
今回はすごいですよ。任意の場所に毒の雨を降らせることができる敵が相手です。この雨が降ったところは植物が軒並み枯死し、湖沼の魚は全滅、さらに肌に触れると炎症を起こしたりするのです。人工的に作られた強い酸性の雨だそうです。
さらに物語が進むと、触れるとたちどころに死に至る毒の霧が発生して街の人たちが全滅したり、高知の近くに突然タイフーン級の原潜が現れ、ミサイル攻撃でヒロインの一族(いずれも財界における重要人物)を含む多くの人たちが殺されます。国内を舞台にして、ここまで大規模に破壊行為が行われるのは、さすがの黒豹シリーズといえど、あんまりなかったような気がします。いや、でも岩手県が日本列島から切り離されるとか、そういうこともあったか。
さすがの黒豹も手をこまねいてしまう気象兵器。果たして誰が、何の目的のためにこんなことを?……物語を読み進めていくと、恐ろしい事実が発覚します。
今回の黒幕はアメリカのとある情報組織にいた男で、黒木のかつてのクラスメートでした。名前をジョージ・ウキタといいます。黒人と日本人のハーフだそうです。
ハーフということで、よくいじめられていたジョージのことをかばっていた正義感あふれるアーリー黒豹。しかしながら、そういったことも含めて恨み憎しみのかたまりとなっていたジョージは、世界中の軍隊や情報機関からはみ出し者を集め、個人的な復讐心を満たすためにこんなことをしていたのでした。
気象兵器というダイナミックさと、日本人(特に黒豹)に対する復讐のため、という理由のしょぼさの落差が激しい本作のクライマックスは、一族を殺された黒豹の秘書(兼愛人)・高浜沙霧とジョージとの一騎打ち。おお、これも沙霧女史大活躍の巻ですね。
ちなみに私が持っている新書版には、渋い劇画調の挿絵があるのですが、そのタッチで描かれた格闘シーンの沙霧は……私が持っていたイメージとは少し違いますが、綺麗です。さすが黒豹最大のヒロイン。でも黒木の心の中にはいつも白瀬明日香がいるんです。沙霧はかけがえのない存在ですが、白瀬明日香はそれ以上の存在なんだそうです。
『黒豹スペースコンバット』『黒豹伝説』につぐトンデモSF度爆発作品となっている『黒豹列島』。護衛艦しらねを旗艦とする『八・八艦隊』対タイフーン級原潜の架空戦記要素もあるので、それっぽい小説が好きな方も楽しめるかもしれません。
そういうわけで、黒豹シリーズ第10作『黒豹列島』を読みました。一応、前にも読んだことはあるんですがね。
今回はすごいですよ。任意の場所に毒の雨を降らせることができる敵が相手です。この雨が降ったところは植物が軒並み枯死し、湖沼の魚は全滅、さらに肌に触れると炎症を起こしたりするのです。人工的に作られた強い酸性の雨だそうです。
さらに物語が進むと、触れるとたちどころに死に至る毒の霧が発生して街の人たちが全滅したり、高知の近くに突然タイフーン級の原潜が現れ、ミサイル攻撃でヒロインの一族(いずれも財界における重要人物)を含む多くの人たちが殺されます。国内を舞台にして、ここまで大規模に破壊行為が行われるのは、さすがの黒豹シリーズといえど、あんまりなかったような気がします。いや、でも岩手県が日本列島から切り離されるとか、そういうこともあったか。
さすがの黒豹も手をこまねいてしまう気象兵器。果たして誰が、何の目的のためにこんなことを?……物語を読み進めていくと、恐ろしい事実が発覚します。
今回の黒幕はアメリカのとある情報組織にいた男で、黒木のかつてのクラスメートでした。名前をジョージ・ウキタといいます。黒人と日本人のハーフだそうです。
ハーフということで、よくいじめられていたジョージのことをかばっていた正義感あふれるアーリー黒豹。しかしながら、そういったことも含めて恨み憎しみのかたまりとなっていたジョージは、世界中の軍隊や情報機関からはみ出し者を集め、個人的な復讐心を満たすためにこんなことをしていたのでした。
気象兵器というダイナミックさと、日本人(特に黒豹)に対する復讐のため、という理由のしょぼさの落差が激しい本作のクライマックスは、一族を殺された黒豹の秘書(兼愛人)・高浜沙霧とジョージとの一騎打ち。おお、これも沙霧女史大活躍の巻ですね。
ちなみに私が持っている新書版には、渋い劇画調の挿絵があるのですが、そのタッチで描かれた格闘シーンの沙霧は……私が持っていたイメージとは少し違いますが、綺麗です。さすが黒豹最大のヒロイン。でも黒木の心の中にはいつも白瀬明日香がいるんです。沙霧はかけがえのない存在ですが、白瀬明日香はそれ以上の存在なんだそうです。
『黒豹スペースコンバット』『黒豹伝説』につぐトンデモSF度爆発作品となっている『黒豹列島』。護衛艦しらねを旗艦とする『八・八艦隊』対タイフーン級原潜の架空戦記要素もあるので、それっぽい小説が好きな方も楽しめるかもしれません。
先日感想を書いた『爆笑問題の日本原論 世界激動編』と同じタイミングで買った、もう一冊の本です。
すでに何度も書いているように、犬神は高校生~大学生の頃、爆笑問題が大好きでした。『私が総理になったら』とかは政治色が強くてあまり好きではありませんでしたが、時事ネタを漫才師という立場から面白おかしく切り込んでいくのはすごく面白いと思うのです。
この本は深夜に放送されていた『号外!爆笑大問題』シリーズの名物コーナー『太田コラム』の傑作を収録したものです。このコーナーは太田光さんひとりにスポットライトを当て、何かしらのテーマについて語るという内容です。相方の田中裕二さんが後ろから適宜ツッコミを入れるものの、基本的には太田光さんひとりで語るので、ネタを考えるのも大変だし、ツッコミを入れるタイミングを計るのも大変だったようです。
そういった苦労のうえで練り上げられたコラムばかりなので、どれもかなり面白いんですよね。ダジャレを多用した回もあれば、割と真面目な内容が多い回もあり。
犬神がこれに受けた影響というのは少なくなく、そう見えるかどうかはともかく、誰かに読ませる文章を書く時は「ああいう風に、わかりやすくてちょっと面白い文章を書きたいな」と思っているのです。
もっとも、以前テレビで見たコラムを真似して「6月の花嫁は幸せになるといいますが、6月の花婿は地獄に落ちるといわれています」と言ったら本気にされて非常に困ってしまった、ということもありますからね。ボケ加減もほどほどにしないと、とは思います。
すでに何度も書いているように、犬神は高校生~大学生の頃、爆笑問題が大好きでした。『私が総理になったら』とかは政治色が強くてあまり好きではありませんでしたが、時事ネタを漫才師という立場から面白おかしく切り込んでいくのはすごく面白いと思うのです。
この本は深夜に放送されていた『号外!爆笑大問題』シリーズの名物コーナー『太田コラム』の傑作を収録したものです。このコーナーは太田光さんひとりにスポットライトを当て、何かしらのテーマについて語るという内容です。相方の田中裕二さんが後ろから適宜ツッコミを入れるものの、基本的には太田光さんひとりで語るので、ネタを考えるのも大変だし、ツッコミを入れるタイミングを計るのも大変だったようです。
そういった苦労のうえで練り上げられたコラムばかりなので、どれもかなり面白いんですよね。ダジャレを多用した回もあれば、割と真面目な内容が多い回もあり。
犬神がこれに受けた影響というのは少なくなく、そう見えるかどうかはともかく、誰かに読ませる文章を書く時は「ああいう風に、わかりやすくてちょっと面白い文章を書きたいな」と思っているのです。
もっとも、以前テレビで見たコラムを真似して「6月の花嫁は幸せになるといいますが、6月の花婿は地獄に落ちるといわれています」と言ったら本気にされて非常に困ってしまった、ということもありますからね。ボケ加減もほどほどにしないと、とは思います。
実は犬神、爆笑問題が結構好きなんです。特に、深夜に放送していた『号外!爆笑大問題』とかが大好きでした。アレを見た時というのは、「淡々と大真面目に思いっきりヘンなことを言うのが面白いんだ」ということに気づかされた瞬間だったのです。
そんなお二人が時事ネタを漫才形式で面白おかしく解説したのが『日本原論』シリーズ。第一弾第二弾とそれぞれ持っていますが、今回、初版から10年以上経過した2012年に購入、読んでみました(古本屋で買ってきたのです)。
連載当初は新鮮な時事ネタでしたが、今こうして読んでみると、それはそれで面白い。「ああ、こんなことがあったっけ」なんて、一時タイムスリップしてしまうのです。
ライフスペース、バスジャック、雪印食中毒、そして9.11……。
政治の世界では小渕総理が倒れ、森総理が失言を乱発し、小泉内閣が狂熱の旋風を巻き起こしていました。芸能界関係ではアイコラというものが問題になり、田代まさしやいしだ壱成が逮捕されました。そしてシドニーオリンピックが開催され、それとまったく関係ないところで、田中裕二さんが金を取りました。
やっぱりいつの時代も色々あるのです。ちなみにこの本で最初に取り上げられた時事ネタはJCOの臨界事故でした。
一通り読んでみて、「やっぱり面白いなあ」と思いました。
そういうのって『不謹慎』だという人もいるかもしれません。というか、それがきっと正常な感覚だと思います。
でも、それだけじゃダメだな、とも思うのです。
あとがきで触れていましたが、同時多発テロの直後、それをジョークにしたコメディアンが『不謹慎だ』といわれ、そのテレビ番組が打ち切りになったそうです。さらに報復の機運が高まった頃は、ジョン・レノンの『イマジン』を放送することを、これまた『不謹慎だ』ということで、自粛したそうです。
それでもこういう『不謹慎』なことをやってのける爆笑問題。やっぱりプロはすごいと思ったのです。
同時に、やっぱりこのくらいのスタンスがちょうどいいなと思ったのです。適度な距離のある『他人事』感覚。無関心はいけませんが、とりあえず、当時どういうことがあったのかというのを冷静に眺める手引きとなるのではないでしょうか。……あるいは、そこまで難しく考えず、「あ~そうそう、そんなことあったよねアハハ」と笑って読み捨てればいいのかもしれませんが(まさかの急展開)。
そんなお二人が時事ネタを漫才形式で面白おかしく解説したのが『日本原論』シリーズ。第一弾第二弾とそれぞれ持っていますが、今回、初版から10年以上経過した2012年に購入、読んでみました(古本屋で買ってきたのです)。
連載当初は新鮮な時事ネタでしたが、今こうして読んでみると、それはそれで面白い。「ああ、こんなことがあったっけ」なんて、一時タイムスリップしてしまうのです。
ライフスペース、バスジャック、雪印食中毒、そして9.11……。
政治の世界では小渕総理が倒れ、森総理が失言を乱発し、小泉内閣が狂熱の旋風を巻き起こしていました。芸能界関係ではアイコラというものが問題になり、田代まさしやいしだ壱成が逮捕されました。そしてシドニーオリンピックが開催され、それとまったく関係ないところで、田中裕二さんが金を取りました。
やっぱりいつの時代も色々あるのです。ちなみにこの本で最初に取り上げられた時事ネタはJCOの臨界事故でした。
一通り読んでみて、「やっぱり面白いなあ」と思いました。
そういうのって『不謹慎』だという人もいるかもしれません。というか、それがきっと正常な感覚だと思います。
でも、それだけじゃダメだな、とも思うのです。
あとがきで触れていましたが、同時多発テロの直後、それをジョークにしたコメディアンが『不謹慎だ』といわれ、そのテレビ番組が打ち切りになったそうです。さらに報復の機運が高まった頃は、ジョン・レノンの『イマジン』を放送することを、これまた『不謹慎だ』ということで、自粛したそうです。
それでもこういう『不謹慎』なことをやってのける爆笑問題。やっぱりプロはすごいと思ったのです。
同時に、やっぱりこのくらいのスタンスがちょうどいいなと思ったのです。適度な距離のある『他人事』感覚。無関心はいけませんが、とりあえず、当時どういうことがあったのかというのを冷静に眺める手引きとなるのではないでしょうか。……あるいは、そこまで難しく考えず、「あ~そうそう、そんなことあったよねアハハ」と笑って読み捨てればいいのかもしれませんが(まさかの急展開)。
次にどういう展開になるのか、大体覚えているのについつい読んでしまう『黒豹シリーズ』。誰かが漫画的な、と言っていましたが、たぶんそういう感じなのでしょう。30分ほどで7割方読んでしまいました。まあ、この記事を書くために振り返ったので、斜め読みもいいところなのですが。
今回の悪の組織は手が込んでいる……というのかなんなのかわかりませんが、とにかくこの組織のおかげで日本政府は大ピンチに陥ります。通信網が完全に支配下に置かれていて、イギリス政府に送った何気ない親善メッセージが相手国を著しく挑発するメッセージに置き換えられて国交断絶を言い渡されたりするのです(その割に沙霧がアメリカから送った資料はちゃんと届くのですが。黒木いわく『奇跡』)。
国家レベルの危機なので、当然ながら法務大臣・倉脇早善の命令を受けて黒豹が動きますが、そこに襲ってくるのはDNAシンセサイザーによって生み出された超人類。身体能力がとても高いのは当然ですが、恐ろしいのはその生命力。黒木の『ダイナマイトパンチ』(と地の文で門田先生が書いている)を喰らって下顎を吹っ飛ばされ、蹴りで即頭部を陥没させられたにもかかわらず、しばらくすると立ち上がるんですよね。なんか、『ハウスオブザデッド』みたいな光景を想像してしまいます。
そして物語の中盤、タイトル通り黒豹は一時的に消えます。冒頭で民間の旅客機がそうされたように、謎の電波に誘導されて、乗っていたヘリが墜落してしまったのです。その時は地の文ではっきりと「黒豹が死んだ! 世界最強の男が……」と書いているのですね。
他の小説では、地の文でここまで感情的に書いているのはあまり見たことがないのですが、なんだか門田先生までもが無念をかみ締めているような、そんな感じの描写に犬神は激しく心を打たれたのでした。
その後は別行動を取っていた秘書・高浜沙霧が異国の地で孤軍奮闘。襲い来る敵にも黒豹直伝の拳法で「きなさい!」と一喝して戦う姿はさすがカッコイイのです。やっぱり沙霧が、黒豹人気の大きな要因なのかな。
ただし、やはり沙霧といえど何人もの敵を相手には不利な戦いを余儀なくされます。もはやこれまでか、というところまで追い詰められた時、後ろにスッと現れる男の影……。
衝撃の『黒豹が死んだ!』から何十ページも経たないうちに、想像どおりの展開が起こったのです。このあとはいつも通りの大立ち回りが繰り広げられます。
結局、本作で一番好きなシーンが『黒豹が死んだ!』のところになってしまう犬神。SFドラマには興味も関心もない、と地の文で言ってはいるものの、後の『スペースコンバット』のように(トンデモ)SFドラマになってしまう黒豹シリーズの兆しが現れている? 怪作であります。
今回の悪の組織は手が込んでいる……というのかなんなのかわかりませんが、とにかくこの組織のおかげで日本政府は大ピンチに陥ります。通信網が完全に支配下に置かれていて、イギリス政府に送った何気ない親善メッセージが相手国を著しく挑発するメッセージに置き換えられて国交断絶を言い渡されたりするのです(その割に沙霧がアメリカから送った資料はちゃんと届くのですが。黒木いわく『奇跡』)。
国家レベルの危機なので、当然ながら法務大臣・倉脇早善の命令を受けて黒豹が動きますが、そこに襲ってくるのはDNAシンセサイザーによって生み出された超人類。身体能力がとても高いのは当然ですが、恐ろしいのはその生命力。黒木の『ダイナマイトパンチ』(と地の文で門田先生が書いている)を喰らって下顎を吹っ飛ばされ、蹴りで即頭部を陥没させられたにもかかわらず、しばらくすると立ち上がるんですよね。なんか、『ハウスオブザデッド』みたいな光景を想像してしまいます。
そして物語の中盤、タイトル通り黒豹は一時的に消えます。冒頭で民間の旅客機がそうされたように、謎の電波に誘導されて、乗っていたヘリが墜落してしまったのです。その時は地の文ではっきりと「黒豹が死んだ! 世界最強の男が……」と書いているのですね。
他の小説では、地の文でここまで感情的に書いているのはあまり見たことがないのですが、なんだか門田先生までもが無念をかみ締めているような、そんな感じの描写に犬神は激しく心を打たれたのでした。
その後は別行動を取っていた秘書・高浜沙霧が異国の地で孤軍奮闘。襲い来る敵にも黒豹直伝の拳法で「きなさい!」と一喝して戦う姿はさすがカッコイイのです。やっぱり沙霧が、黒豹人気の大きな要因なのかな。
ただし、やはり沙霧といえど何人もの敵を相手には不利な戦いを余儀なくされます。もはやこれまでか、というところまで追い詰められた時、後ろにスッと現れる男の影……。
衝撃の『黒豹が死んだ!』から何十ページも経たないうちに、想像どおりの展開が起こったのです。このあとはいつも通りの大立ち回りが繰り広げられます。
結局、本作で一番好きなシーンが『黒豹が死んだ!』のところになってしまう犬神。SFドラマには興味も関心もない、と地の文で言ってはいるものの、後の『スペースコンバット』のように(トンデモ)SFドラマになってしまう黒豹シリーズの兆しが現れている? 怪作であります。
本作は『帝王コブラ』の続編……ではありません。前作に出てきた登場人物とかは、いつものレギュラーメンバー以外は誰も出てきません。共通するのはキーワードが『コブラ』ということだけです。
ただ、面白さとしてはこっちの方が上だと思います。いわゆる『黒豹スタイル』の小説となっているのです。
いま「いわゆる」と言いましたが、たった今思いついた言葉なので、たぶん一般的には流通していません。要するに「秘伝の拳法で相手を惨殺」「超兵器で相手を爆殺」「猛る肉体で沙霧を失神させる」「子どもには非常に優しい」といった黒豹四大要素をたっぷり盛り込んだ内容だということです。
ストーリィとしては、一応、国内で極秘開発中の攻撃ヘリの入札をめぐる日米仏の三つ巴企業間戦争になぜか特命武装検事が首を突っ込むという感じです。
世界中にその名が響き渡り恐れられている黒豹だけに、道を歩いているだけで次々と色々な人が襲ってきます(ボクシングの元ヘビー級チャンピオンや身長2m60!? の大巨人など)。さらに新型ヘリの飛行テストをしていればMi-24に襲われ、車を運転していればマシンガンで襲われ……と、山本弘さんも言っていたように彼の行くところには死体の山が出来上がるのです。
そして今回もクライマックスで活躍するのは愛銃ベレッタM92です。激しく飛び回るドッグファイト中のヘリから、同じように飛び回る敵機のコクピットに撃ち込むのです。こんなのゴルゴ13でも出来ない(やらない、またはそういう状況にならない)神業です。後にICBMやUFOも撃ち落とし、1発で2人の相手を倒す技を身につける黒木検事ですが、この頃はまだ「もしかしたら?」と思えるような、そうでもないような、そんな感じの戦いぶりでした。
この次に世に出たのが、あの『黒豹伝説』。私の地元である岩手県盛岡市が舞台なのはいいんですが、岩手県を日本列島から切り離すのはちょっと待ってほしいと思うのです。
ただ、面白さとしてはこっちの方が上だと思います。いわゆる『黒豹スタイル』の小説となっているのです。
いま「いわゆる」と言いましたが、たった今思いついた言葉なので、たぶん一般的には流通していません。要するに「秘伝の拳法で相手を惨殺」「超兵器で相手を爆殺」「猛る肉体で沙霧を失神させる」「子どもには非常に優しい」といった黒豹四大要素をたっぷり盛り込んだ内容だということです。
ストーリィとしては、一応、国内で極秘開発中の攻撃ヘリの入札をめぐる日米仏の三つ巴企業間戦争になぜか特命武装検事が首を突っ込むという感じです。
世界中にその名が響き渡り恐れられている黒豹だけに、道を歩いているだけで次々と色々な人が襲ってきます(ボクシングの元ヘビー級チャンピオンや身長2m60!? の大巨人など)。さらに新型ヘリの飛行テストをしていればMi-24に襲われ、車を運転していればマシンガンで襲われ……と、山本弘さんも言っていたように彼の行くところには死体の山が出来上がるのです。
そして今回もクライマックスで活躍するのは愛銃ベレッタM92です。激しく飛び回るドッグファイト中のヘリから、同じように飛び回る敵機のコクピットに撃ち込むのです。こんなのゴルゴ13でも出来ない(やらない、またはそういう状況にならない)神業です。後にICBMやUFOも撃ち落とし、1発で2人の相手を倒す技を身につける黒木検事ですが、この頃はまだ「もしかしたら?」と思えるような、そうでもないような、そんな感じの戦いぶりでした。
この次に世に出たのが、あの『黒豹伝説』。私の地元である岩手県盛岡市が舞台なのはいいんですが、岩手県を日本列島から切り離すのはちょっと待ってほしいと思うのです。
読んだ本の感想を書く『読書百冊』カテゴリの前身『黒豹シリーズ』。今回はその黒豹シリーズの『帝王コブラ』を読みました。
とにかくたくさん出ているので、果たしてこれが何番目か? と思って調べてみると3作目でした。まだまだ初期の方ですね。そのせいなのか、あまりムチャクチャな描写はありません。もちろん射撃も格闘も超一流レベルであることは、ちゃんと書かれていますが。
あと、あれっ? と思ったのは、シリーズの最重要人物のひとりである秘書『高浜沙霧』が出てこないんですよね。現在読んでいる『帝王コブラ2』には出てきているのでその中間にある『黒豹叛撃』か何かで初登場というところでしょうか。まあ、毎回毎回容姿とか住まいとか、そういうのを地の文で書いてくれているので、どこから読んでも安心の仕様となっています。
大まかなストーリィとしては、極秘開発中の新型戦闘機の開発に携わる技術者が次々と謎の死を遂げ、それを不審に思った法務大臣・倉脇早善が特命武装検事・黒木豹介に調査を命じるという、地元警察にとって見れば横やりもいいところといった展開で話が進みます。
先ほども申し上げたように、あまりトンデモナイ描写はないので、『黒豹伝説』とか『黒豹スペースコンバット』のような展開を期待していると、ちょっと物足りない感じを受けるかもしれません。その代わり、背後に見え隠れする凶悪組織に家族を殺され苦悩する未亡人やその娘の描写が印象的でした。なんと、黒豹なのにそういったところに胸をいためてしまうのです。
激しさはやや控えめながら、その代わり黒豹の女子供に対するやさしさが見える本作は、一番のお気に入りとは言いませんが、なかなかよかったです。ちなみに続編? の『帝王コブラ2』では、序盤でいきなりボクシングの元ヘビー級チャンピオンを素手で惨殺しています。
とにかくたくさん出ているので、果たしてこれが何番目か? と思って調べてみると3作目でした。まだまだ初期の方ですね。そのせいなのか、あまりムチャクチャな描写はありません。もちろん射撃も格闘も超一流レベルであることは、ちゃんと書かれていますが。
あと、あれっ? と思ったのは、シリーズの最重要人物のひとりである秘書『高浜沙霧』が出てこないんですよね。現在読んでいる『帝王コブラ2』には出てきているのでその中間にある『黒豹叛撃』か何かで初登場というところでしょうか。まあ、毎回毎回容姿とか住まいとか、そういうのを地の文で書いてくれているので、どこから読んでも安心の仕様となっています。
大まかなストーリィとしては、極秘開発中の新型戦闘機の開発に携わる技術者が次々と謎の死を遂げ、それを不審に思った法務大臣・倉脇早善が特命武装検事・黒木豹介に調査を命じるという、地元警察にとって見れば横やりもいいところといった展開で話が進みます。
先ほども申し上げたように、あまりトンデモナイ描写はないので、『黒豹伝説』とか『黒豹スペースコンバット』のような展開を期待していると、ちょっと物足りない感じを受けるかもしれません。その代わり、背後に見え隠れする凶悪組織に家族を殺され苦悩する未亡人やその娘の描写が印象的でした。なんと、黒豹なのにそういったところに胸をいためてしまうのです。
激しさはやや控えめながら、その代わり黒豹の女子供に対するやさしさが見える本作は、一番のお気に入りとは言いませんが、なかなかよかったです。ちなみに続編? の『帝王コブラ2』では、序盤でいきなりボクシングの元ヘビー級チャンピオンを素手で惨殺しています。
『てっぱん』の番外編を、今になって見逃したことに気づいた犬神です。再放送の予定もなしとのこと。ギャアアアアー!
ま、まあいいです。どうせクリスマスは、それどころじゃなかったんだし。もう終わったことだし。今日からはもう1年を振り返る師走特集だし!
今年も結構、たくさん本を読みました。
まずは、何よりもヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』ですね。卒論は『アリス』で書きましたが、3年生の頃に講義のテキストとして読み、半年かけて読み込んだ、私にとってはかなり重大な物語だったのでね。これをもう一度読むことで、完全にあの頃のような文学野郎に戻れた。そういう意味で、一番にあげました。
次は、『獣の奏者』と『守り人シリーズ』を、すべて読み終えたこと(番外編はまだ)。大河のような長編シリーズではありますが、ようやく旅が終わりました。すばらしい物語でした。
かと思えば、30歳にして初めて読んだ『魔女の宅急便』は、あと5冊ありますからね。ひとつの旅は終わりましたが、また新しい旅が始まったところなのです。
さらに三島由紀夫も読みました。岩波新書も読みました。『餓狼伝』は……これで何回目だろう、って話ですが、とにかくまたまた読み直しました(ようやく新刊も出たことだし)。
一方で、昨年末に宣言していたラノベ方面は、あんまり読めなかったかな、というのが反省点でしょうか。せいぜい『ゴシック』と『浜村渚の計算ノート』くらいで。来年こそは? う~む……それはどうでしょう。今年一年を振り返ると、そう宣言する自信がなくなってしまいました。
まあ、『浜村渚の計算ノート』をラノベと言っていいのかどうかわかりません。人によっては夢枕獏もラノベ扱いするみたいだし。そのあたりがよくわからないので、とりあえずレーベルでラノベかそうじゃないかを分けたいと思います。だからオーケンの『新興宗教オモイデ教』とかも、非ラノベ扱いです。でも『ゴシック』は初出が富士見ファンタジア文庫なのでラノベです。
そしてラノベというには真面目すぎるし(※)一般文学というにはやや少年少女向け? というジャンルがポプラ文庫ピュアフルとかなんですが、このレーベルの作品がまた面白いんですよね。こう、30歳になった今ではなかなか声に出しづらいピュアピュアな感情がポンポンと出ていて。
とりあえず1年近く読み差し状態になっている『きみはジョッキー』と、買ったけどずっと読んでいない『レーシング少女』を読み終えたら、こないだ買ってきたやつを読もうと思います。
残念ながらちょっと時間がなくなってしまったので、いったんここで区切りますが、まあそんな感じで。今年は去年よりもさらにたくさん本を読んだのかな、と思ったのでした。
(※ いや決してラノベをバカにしているわけではありません。ただ言葉遣いとか物語の展開とかが漫画的というか、なんと言うか。地の文が少ないからなのかな? 全体に軽い感じだからかな? とりあえず『ダロウェイ夫人』とかと比べると、そんな印象を受けたのです)
ま、まあいいです。どうせクリスマスは、それどころじゃなかったんだし。もう終わったことだし。今日からはもう1年を振り返る師走特集だし!
今年も結構、たくさん本を読みました。
まずは、何よりもヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』ですね。卒論は『アリス』で書きましたが、3年生の頃に講義のテキストとして読み、半年かけて読み込んだ、私にとってはかなり重大な物語だったのでね。これをもう一度読むことで、完全にあの頃のような文学野郎に戻れた。そういう意味で、一番にあげました。
次は、『獣の奏者』と『守り人シリーズ』を、すべて読み終えたこと(番外編はまだ)。大河のような長編シリーズではありますが、ようやく旅が終わりました。すばらしい物語でした。
かと思えば、30歳にして初めて読んだ『魔女の宅急便』は、あと5冊ありますからね。ひとつの旅は終わりましたが、また新しい旅が始まったところなのです。
さらに三島由紀夫も読みました。岩波新書も読みました。『餓狼伝』は……これで何回目だろう、って話ですが、とにかくまたまた読み直しました(ようやく新刊も出たことだし)。
一方で、昨年末に宣言していたラノベ方面は、あんまり読めなかったかな、というのが反省点でしょうか。せいぜい『ゴシック』と『浜村渚の計算ノート』くらいで。来年こそは? う~む……それはどうでしょう。今年一年を振り返ると、そう宣言する自信がなくなってしまいました。
まあ、『浜村渚の計算ノート』をラノベと言っていいのかどうかわかりません。人によっては夢枕獏もラノベ扱いするみたいだし。そのあたりがよくわからないので、とりあえずレーベルでラノベかそうじゃないかを分けたいと思います。だからオーケンの『新興宗教オモイデ教』とかも、非ラノベ扱いです。でも『ゴシック』は初出が富士見ファンタジア文庫なのでラノベです。
そしてラノベというには真面目すぎるし(※)一般文学というにはやや少年少女向け? というジャンルがポプラ文庫ピュアフルとかなんですが、このレーベルの作品がまた面白いんですよね。こう、30歳になった今ではなかなか声に出しづらいピュアピュアな感情がポンポンと出ていて。
とりあえず1年近く読み差し状態になっている『きみはジョッキー』と、買ったけどずっと読んでいない『レーシング少女』を読み終えたら、こないだ買ってきたやつを読もうと思います。
残念ながらちょっと時間がなくなってしまったので、いったんここで区切りますが、まあそんな感じで。今年は去年よりもさらにたくさん本を読んだのかな、と思ったのでした。
(※ いや決してラノベをバカにしているわけではありません。ただ言葉遣いとか物語の展開とかが漫画的というか、なんと言うか。地の文が少ないからなのかな? 全体に軽い感じだからかな? とりあえず『ダロウェイ夫人』とかと比べると、そんな印象を受けたのです)
先日、弟者の部屋の押入れを整理していると、ずっと前に買った『ミニ四駆』の改造マニュアルが出てきました。
時代的には「タイプ3」と呼ばれるシャーシが出るか出ないかといった頃でありますが、初代のシャーシも改造すればまだまだ張り合えるような、そういった時代でありました。
それで、私の本棚にあった別な本も探してみると……結構たくさん買ってるんですよね。
オフィシャルというか……コロコロコミックと連携していた小学館の『ワンダーライフスペシャル』シリーズを中心に、それ以外の出版社が出した本も数冊。こうして見てみると、やはり『アバンテJr.』の発売が大きかったのかな? という気がします。コース走行をすることを強く意識した本ばかりです。
ただ、私が初めて買ったミニ四駆の本というのは……一応、公認コースもあるにはあったのですが、まだまだ家の周りや家の中で走らせて遊ぶものという前提で構成されていました。グレードアップパーツはスポンジタイヤにハイパーミニモーター、それにニカド電池とか、その程度。ささやかなものですが、スパイクタイヤをスポンジタイヤに替えるだけで、随分と変わったものです。
改造の仕方にしても、速く走らせるための改造というよりは、見た目のかっこよさをアップさせるようなものが多かったです。心がミニ四駆から離れてしまったのも、どんどん先鋭化していく世界についていけなくなってしまったから、なのかもしれません。
なんか漠然とした話になってしまいましたが、今度は一冊に的を絞って具体的な話をしてみたいと思います。元・ミニ四駆レーサーとして、あの頃の気持ちを整理してみたいという思いもあるのでね。まあ、何も書くことがない時なんかに、書いてみたいと思います。
時代的には「タイプ3」と呼ばれるシャーシが出るか出ないかといった頃でありますが、初代のシャーシも改造すればまだまだ張り合えるような、そういった時代でありました。
それで、私の本棚にあった別な本も探してみると……結構たくさん買ってるんですよね。
オフィシャルというか……コロコロコミックと連携していた小学館の『ワンダーライフスペシャル』シリーズを中心に、それ以外の出版社が出した本も数冊。こうして見てみると、やはり『アバンテJr.』の発売が大きかったのかな? という気がします。コース走行をすることを強く意識した本ばかりです。
ただ、私が初めて買ったミニ四駆の本というのは……一応、公認コースもあるにはあったのですが、まだまだ家の周りや家の中で走らせて遊ぶものという前提で構成されていました。グレードアップパーツはスポンジタイヤにハイパーミニモーター、それにニカド電池とか、その程度。ささやかなものですが、スパイクタイヤをスポンジタイヤに替えるだけで、随分と変わったものです。
改造の仕方にしても、速く走らせるための改造というよりは、見た目のかっこよさをアップさせるようなものが多かったです。心がミニ四駆から離れてしまったのも、どんどん先鋭化していく世界についていけなくなってしまったから、なのかもしれません。
なんか漠然とした話になってしまいましたが、今度は一冊に的を絞って具体的な話をしてみたいと思います。元・ミニ四駆レーサーとして、あの頃の気持ちを整理してみたいという思いもあるのでね。まあ、何も書くことがない時なんかに、書いてみたいと思います。
何とか読み終えました、『浜村渚の計算ノート』。
前半分を読んだのが11月で、それから多少ブランクがあいてしまいましたが、困ったことにその間に私の心身が著しく疲弊。私が大苦手な数学に異様なほど明るい14歳少女の言葉に若干の苛立ちを覚えてしまったのです。
もちろん、そのたんびに「そうじゃないだろう」と自分を戒めました。感情と理性のバランスがちゃんと取れないために、前のように素直に受け入れられないだけなんだ。そう言い聞かせて、何とか読みました。
それでも、それでもフィリポビッチ……いやそれはミルコ・クロコップだ……フィボナッチ数の講釈を14歳の少女に得意に語られると、それを知らなかったことゆえのコンプレックスとか何とかが渦巻き、穏やかならざる感情がこみあげてきます。
それがあふれる直前、感情はくるりと方向転換。もしも、自分がこの世界にいたなら、自分もまた14歳の少女に頭が上がらず、何も出来ない、何も解決することが出来ない、ただのバカボンクラな30歳に過ぎないのだろう……と、なんだか悲しい気持ちになってしまったのです。
完全に、心がねじけていたのです。
それでも、それでも、それでも。
数学を捨てた後ろめたさとコンプレックスにさいなまれるのも浜村渚が14歳だからですが、そんなことを生み出す心を救ってくれたのも、浜村渚が14歳だからなのです。まるで、作中に出てくる殺人事件の犯人たちと同様に。
確かに浜村渚は大学の教授も目を見張るような数学的知識と思考をすることが出来ますが、あくまでもパーソナリティは14歳の少女。天真爛漫でピュアピュアな発想から発せられる言葉が、多少なりともねじけた犯人たちの心をふっと和ませます。それはきっと、彼女が14歳だから、女の子だからなんだろう、と思います。
うん、いいですよ、浜村渚。偏見もコダワリもなく、ただ素直に数学が好きな少女。いいじゃないですか。余計な味がついていないから、私も数学の面白さを少しだけ、味わうことができた気がします。
まだ買ったけど読んでいない本があり、さらにこないだ書店に行ったら読んでみたい本が出てきたので、「2さつめ」「3さつめ」と続けざまに購読するわけにはいきませんが……ねじけた心が、かなり修復されたような、そんな気がします。ここは素直にありがとうを言いたい気分です。でもって、また心が落ち着いたら、新しい数学の知識を見せてほしいなと、そう思うのです。頼むよ。
前半分を読んだのが11月で、それから多少ブランクがあいてしまいましたが、困ったことにその間に私の心身が著しく疲弊。私が大苦手な数学に異様なほど明るい14歳少女の言葉に若干の苛立ちを覚えてしまったのです。
もちろん、そのたんびに「そうじゃないだろう」と自分を戒めました。感情と理性のバランスがちゃんと取れないために、前のように素直に受け入れられないだけなんだ。そう言い聞かせて、何とか読みました。
それでも、それでもフィリポビッチ……いやそれはミルコ・クロコップだ……フィボナッチ数の講釈を14歳の少女に得意に語られると、それを知らなかったことゆえのコンプレックスとか何とかが渦巻き、穏やかならざる感情がこみあげてきます。
それがあふれる直前、感情はくるりと方向転換。もしも、自分がこの世界にいたなら、自分もまた14歳の少女に頭が上がらず、何も出来ない、何も解決することが出来ない、ただのバカボンクラな30歳に過ぎないのだろう……と、なんだか悲しい気持ちになってしまったのです。
完全に、心がねじけていたのです。
それでも、それでも、それでも。
数学を捨てた後ろめたさとコンプレックスにさいなまれるのも浜村渚が14歳だからですが、そんなことを生み出す心を救ってくれたのも、浜村渚が14歳だからなのです。まるで、作中に出てくる殺人事件の犯人たちと同様に。
確かに浜村渚は大学の教授も目を見張るような数学的知識と思考をすることが出来ますが、あくまでもパーソナリティは14歳の少女。天真爛漫でピュアピュアな発想から発せられる言葉が、多少なりともねじけた犯人たちの心をふっと和ませます。それはきっと、彼女が14歳だから、女の子だからなんだろう、と思います。
うん、いいですよ、浜村渚。偏見もコダワリもなく、ただ素直に数学が好きな少女。いいじゃないですか。余計な味がついていないから、私も数学の面白さを少しだけ、味わうことができた気がします。
まだ買ったけど読んでいない本があり、さらにこないだ書店に行ったら読んでみたい本が出てきたので、「2さつめ」「3さつめ」と続けざまに購読するわけにはいきませんが……ねじけた心が、かなり修復されたような、そんな気がします。ここは素直にありがとうを言いたい気分です。でもって、また心が落ち着いたら、新しい数学の知識を見せてほしいなと、そう思うのです。頼むよ。
『はみだし空手』(東孝・著)を再読しました。1回目に読んだ時は私自身の気持ちがきちんと定まっていなかったので、ちゃんと内容を受け止めきれなかったのです。
これは現在『大道塾』という武道団体を運営している東孝(あずま・たかし)塾長が今から30年程前に著した自伝です。ヤンチャ盛りの小学6年生の時に中学の番長にぶちのめされた話から始まり、学生時代、自衛隊時代、そして極真空手時代を経て……といった具合に進んでいきます。
書き方としては非常に軽いというか……軽くはないんですが、堅苦しくはありません。くだけた感じの文章で、サクサク読めるのですが、その内容は凄絶というか破天荒というか。やっぱり強さで名をあげる人は違うな! と身震いしてしまうような、そんな感じだったのです。
東塾長のスゴイ! と思ったところは、「文武両道」を目指して空手の修行に打ち込む一方、大学の勉強とかも頑張っていた、ということ。東塾長にしてみれば、空手のアメリカ遠征も英語の勉強を兼ねたものだったそうです(少なくとも本人はそのつもりだった、と)。
その一方で色々な失敗談も多数盛り込まれています。特に厳しいのは、そのアメリカ遠征の中で先輩ともども大遅刻をしでかしてしまった日のこと。
その日は何もなかったのですが、翌日の稽古では腕立て伏せ250回をさせられ、さらに上半身裸にさせられたあと、ひとつの三戦の型をひとつやるごとに竹刀でビッシビシ叩かれたのだそうです。これは連帯責任というか、他の4人の先輩方も同様だったそうですが、やはりその原因となった東塾長と先輩は特に丁寧に竹刀をいただいたそうです。おろしたての竹刀がホウキのようになったというから、どれほどのものか。
オッソロシー、と思うのです。どれほど痛いのか、想像がつきません。……まあ、そこにいるのは私のようなドシロウトではなく、全日本大会で優秀な成績を収めた精鋭たちですからね。そのくらいなら大丈夫なんでしょう。大丈夫なんでしょうけど、やっぱり厳しいものです。
そのあとは、芦原英幸先生の秘蔵っ子・二宮城光選手(現円心会館館長)とのライバルストーリー。芦原先生の本でもそのあたりのことはチラッと触れられていましたが、こっちはその当事者の言葉ですからね。当然、その時の心理状況とか、そういうのが詳しく書かれていました。
大会となれば、勝負の世界ですからね。ケガをしてようがなんだろうが、勝ちは勝ちで負けは負け。負けてしまえばそれを黙って受け入れるしかないという、厳しい世界なのだということをヒシヒシと感じました。併録された当時の日記を読むと、特にそう思います。
やがて二宮選手がデンバーに行き、さらに極真会館を師匠の芦原先生ともども脱退(このあたりの経緯は『芦原英幸 魂の言葉』などを参照のこと)し、東塾長もより実戦的な戦いを求めて自流派を起こすことになります。それが今の『大道塾』です。
この時も色々と政治的な難しさ、ドラマがあったようですが、そのあたりは現在、大道塾の公式ホームページで公開されているWebマンガとかをご覧いただければと思います。いずれ、順風満帆という言葉とは無縁の、大波乱の前半生を軽い調子で読める快著といえるでしょう。
*
そういえば、平直行『格闘技のおもちゃ箱』でも、このあたりのことが書かれていました。いわく、他の人たちには「今度、極真から離れるから、もしも抜けたい人は抜けてくれ」と言ったそうですが、平さんに対しては「今度極真から離れるから、ここの刺繍屋に行って、道着のマークを変えてもらって来い」と言われたそうです。
当たり前のようにそういわれる信頼関係があったんでしょうが、やっぱり面白いなあと思うのです。
その一方で色々な失敗談も多数盛り込まれています。特に厳しいのは、そのアメリカ遠征の中で先輩ともども大遅刻をしでかしてしまった日のこと。
その日は何もなかったのですが、翌日の稽古では腕立て伏せ250回をさせられ、さらに上半身裸にさせられたあと、ひとつの三戦の型をひとつやるごとに竹刀でビッシビシ叩かれたのだそうです。これは連帯責任というか、他の4人の先輩方も同様だったそうですが、やはりその原因となった東塾長と先輩は特に丁寧に竹刀をいただいたそうです。おろしたての竹刀がホウキのようになったというから、どれほどのものか。
オッソロシー、と思うのです。どれほど痛いのか、想像がつきません。……まあ、そこにいるのは私のようなドシロウトではなく、全日本大会で優秀な成績を収めた精鋭たちですからね。そのくらいなら大丈夫なんでしょう。大丈夫なんでしょうけど、やっぱり厳しいものです。
そのあとは、芦原英幸先生の秘蔵っ子・二宮城光選手(現円心会館館長)とのライバルストーリー。芦原先生の本でもそのあたりのことはチラッと触れられていましたが、こっちはその当事者の言葉ですからね。当然、その時の心理状況とか、そういうのが詳しく書かれていました。
大会となれば、勝負の世界ですからね。ケガをしてようがなんだろうが、勝ちは勝ちで負けは負け。負けてしまえばそれを黙って受け入れるしかないという、厳しい世界なのだということをヒシヒシと感じました。併録された当時の日記を読むと、特にそう思います。
やがて二宮選手がデンバーに行き、さらに極真会館を師匠の芦原先生ともども脱退(このあたりの経緯は『芦原英幸 魂の言葉』などを参照のこと)し、東塾長もより実戦的な戦いを求めて自流派を起こすことになります。それが今の『大道塾』です。
この時も色々と政治的な難しさ、ドラマがあったようですが、そのあたりは現在、大道塾の公式ホームページで公開されているWebマンガとかをご覧いただければと思います。いずれ、順風満帆という言葉とは無縁の、大波乱の前半生を軽い調子で読める快著といえるでしょう。
*
そういえば、平直行『格闘技のおもちゃ箱』でも、このあたりのことが書かれていました。いわく、他の人たちには「今度、極真から離れるから、もしも抜けたい人は抜けてくれ」と言ったそうですが、平さんに対しては「今度極真から離れるから、ここの刺繍屋に行って、道着のマークを変えてもらって来い」と言われたそうです。
当たり前のようにそういわれる信頼関係があったんでしょうが、やっぱり面白いなあと思うのです。
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ウス!
ちょっと不思議だけど楽しいことがあって
「まるで夢みたいだ」
そう思った瞬間目が覚めた、犬神です
と、棚橋さんふうに書き出してみましたが、昨日は朝4時半に起床しました。なぜかといえば、修学旅行に行く弟者を駅まで送っていくため。現地集合でその時間がやたらと早いため、そのくらいに起きて準備をしなければならなかったのです。
とりあえず無事に弟者を送り届けたのはいいものの、引き返すには時間が遅いし、会社に行くにも早すぎるし。そんなわけで私が手にした本は角野栄子『魔女の宅急便』。
映画はともかく原作は小学校中学年以上か、そのくらいの年齢向けの本です。いくら読書好きでも30男が読むようなシロモノではありません。それなのにどうして『魔女の宅急便』?
それは最近、魔法少女がブームだから……というのも、ないわけではありませんが……あってもせいぜい2、3パーセント程度のものでしょう。
直接のきっかけは、先日『高村山荘』に行った時に見た仙台文学館の企画展『魔女魔女ワールド』のチラシ。魔女? ほほう、なかなか……(ニヤリ)と下心丸出しで手に取ると、おお、『魔女の宅急便』特集ですか、っていうわけで。
そもそも原作があることさえ知らなかった犬神。1985年に第一巻が刊行されたことにも驚きましたが(もう少し新しいものだと思っていた)、2009年に最終巻が刊行されたことにはもっと驚きました。ごく最近まで続いていたんだ! って。
アリス組(※)構成員だった頃は児童文学には結構親しんでいた私ですからね。面白そうと思えば、小学生向けだろうとなんだろうと躊躇なく手に取ります。
そして小一時間でおよそ3分の2程度を読みましたが、これはこれは……いや、実に面白いです。
十四歳の魔法少女『キキ』がお供の猫『ジジ』とともにひとりで新しい街に行き、そこで生活を始める……と、私ごときがあらすじを書かなくても皆様ご存知ですよね。まあ大変なことは当然いろいろとあるわけですが、それを乗り越えてこそ物語の主人公。私自身も時々ドキドキしながら、いっしょにひとりと一匹の生活そして成長を見守っているのです。
つっても、まあ、映画を作製した監督とかみたいに(?)、キキに恋したり、こういう言葉を使うのは嫌ですが、いわゆる『萌え』たり……そういう気持ちはありませんね。ただただ素直に可愛いと思い、頑張れと思う。そういう気持ちで読み進めていきます。そしてこれを読んだら、当然2冊目3冊目。成長物語を読みたいと今から思っております。
そして、ある程度私自身のキキとジジを作り上げたならば、宮崎駿監督の作り上げたキキとジジに勝負を挑みたいと思います。
(※ 当時、卒業論文で『不思議の国のアリス』を選んでいた人は、そう呼ばれていた。誰が組長で若頭で舎弟頭なのかは不明。現在は英文科そのものが消滅したので解散していると思われる)
ちょっと不思議だけど楽しいことがあって
「まるで夢みたいだ」
そう思った瞬間目が覚めた、犬神です
と、棚橋さんふうに書き出してみましたが、昨日は朝4時半に起床しました。なぜかといえば、修学旅行に行く弟者を駅まで送っていくため。現地集合でその時間がやたらと早いため、そのくらいに起きて準備をしなければならなかったのです。
とりあえず無事に弟者を送り届けたのはいいものの、引き返すには時間が遅いし、会社に行くにも早すぎるし。そんなわけで私が手にした本は角野栄子『魔女の宅急便』。
映画はともかく原作は小学校中学年以上か、そのくらいの年齢向けの本です。いくら読書好きでも30男が読むようなシロモノではありません。それなのにどうして『魔女の宅急便』?
それは最近、魔法少女がブームだから……というのも、ないわけではありませんが……あってもせいぜい2、3パーセント程度のものでしょう。
直接のきっかけは、先日『高村山荘』に行った時に見た仙台文学館の企画展『魔女魔女ワールド』のチラシ。魔女? ほほう、なかなか……(ニヤリ)と下心丸出しで手に取ると、おお、『魔女の宅急便』特集ですか、っていうわけで。
そもそも原作があることさえ知らなかった犬神。1985年に第一巻が刊行されたことにも驚きましたが(もう少し新しいものだと思っていた)、2009年に最終巻が刊行されたことにはもっと驚きました。ごく最近まで続いていたんだ! って。
アリス組(※)構成員だった頃は児童文学には結構親しんでいた私ですからね。面白そうと思えば、小学生向けだろうとなんだろうと躊躇なく手に取ります。
そして小一時間でおよそ3分の2程度を読みましたが、これはこれは……いや、実に面白いです。
十四歳の魔法少女『キキ』がお供の猫『ジジ』とともにひとりで新しい街に行き、そこで生活を始める……と、私ごときがあらすじを書かなくても皆様ご存知ですよね。まあ大変なことは当然いろいろとあるわけですが、それを乗り越えてこそ物語の主人公。私自身も時々ドキドキしながら、いっしょにひとりと一匹の生活そして成長を見守っているのです。
つっても、まあ、映画を作製した監督とかみたいに(?)、キキに恋したり、こういう言葉を使うのは嫌ですが、いわゆる『萌え』たり……そういう気持ちはありませんね。ただただ素直に可愛いと思い、頑張れと思う。そういう気持ちで読み進めていきます。そしてこれを読んだら、当然2冊目3冊目。成長物語を読みたいと今から思っております。
そして、ある程度私自身のキキとジジを作り上げたならば、宮崎駿監督の作り上げたキキとジジに勝負を挑みたいと思います。
(※ 当時、卒業論文で『不思議の国のアリス』を選んでいた人は、そう呼ばれていた。誰が組長で若頭で舎弟頭なのかは不明。現在は英文科そのものが消滅したので解散していると思われる)
このところ『餓狼伝』などのハードな物語ばかり読んでいたので……と思って手にしたのは、私がまだ10代の頃から大好きだったオーケンこと大槻ケンヂさんの『90くんところがったあの頃』。
その昔『週刊アスキー』で連載されていた90年代を振り返るコラム『90くん』の文庫版です。本当は単行本で持っていたのですが、なくしたので買いました。何年も前の話です。
元々すごく直感的というか、あまり難しくないオーケンさんの文章で、しかも週刊誌2ページ分の分量なので、ひとつひとつがすごく短く、ちょっとした空き時間にパッと読むことが出来ます。かつては10回も20回も読み直しましたが、うん、やっぱり面白い。
それと同時に、懐かしいような、そうでもないような……不思議な感触があったのですね。
90年代。数字をひとつひとつ数えていけば、もう10年以上前の話です。
しかしながら、感覚的にはそんなに経った気がしない。ついこないだのような感じさえするのです。
まあ、それというのは私自身に10代の頃の感情がたくさん残っているからなのでしょう。年齢は確かに30歳になってしまいましたし、30歳らしい振る舞いを心がけてはいるものの、中身は結構……。
そんな悲喜こもごものティーンエイジにつかの間戻ってしまう『90くん』。ここ最近はティーンの……夢枕獏ふうに言うところの『暗い炎』を心に燃やしつづけていた?……頃のことを思い出したくなくて、オーケンさんや筋肉少女帯などには触れないようにしていたのですが、まあこういったエッセーならいいですね。いいのかな。まあいいか。
その昔『週刊アスキー』で連載されていた90年代を振り返るコラム『90くん』の文庫版です。本当は単行本で持っていたのですが、なくしたので買いました。何年も前の話です。
元々すごく直感的というか、あまり難しくないオーケンさんの文章で、しかも週刊誌2ページ分の分量なので、ひとつひとつがすごく短く、ちょっとした空き時間にパッと読むことが出来ます。かつては10回も20回も読み直しましたが、うん、やっぱり面白い。
それと同時に、懐かしいような、そうでもないような……不思議な感触があったのですね。
90年代。数字をひとつひとつ数えていけば、もう10年以上前の話です。
しかしながら、感覚的にはそんなに経った気がしない。ついこないだのような感じさえするのです。
まあ、それというのは私自身に10代の頃の感情がたくさん残っているからなのでしょう。年齢は確かに30歳になってしまいましたし、30歳らしい振る舞いを心がけてはいるものの、中身は結構……。
そんな悲喜こもごものティーンエイジにつかの間戻ってしまう『90くん』。ここ最近はティーンの……夢枕獏ふうに言うところの『暗い炎』を心に燃やしつづけていた?……頃のことを思い出したくなくて、オーケンさんや筋肉少女帯などには触れないようにしていたのですが、まあこういったエッセーならいいですね。いいのかな。まあいいか。
先日『浜村渚の数学ノート』についての記事を書いたとき、浜村渚ではなく磯村渚と書いてしまいました。
磯村と言えば、『餓狼伝』の磯村露風ですね。タイトルの言葉はその磯村が発した言葉です。某所では台詞を改変され、こうなりました。私は『あずまんが大王』は読んだことがないのですが、少なくともこんな感じのマンガではないでしょう。
この男が登場する13巻は、冒頭からすさまじい熱を持っています。松尾象山と力王山……史上最大の空手家とプロレスラーが、なんでもありの戦いでぶつかりあうのですから、たまりません。
まあなんでもありと言っても、お互いに『素手』で戦うんですけどね。だから眼を突いたり、相手の腕や足をためらわずに破壊したり、凄絶で凄惨な戦いではあるのですが、純粋で、美しい戦いでもあるのです。
読み直して、改めて、思いました。やはり私は『餓狼伝』が大好きだということ。そして『餓狼伝』の世界に思いっきり影響を受けていると言うこと。ラノベよりもさらに言葉を簡潔に削り落とした、感覚の世界。それはマンガでも表現できない極上の世界なのです。
つい先日、よ~うやく『新・餓狼伝』の第二巻が発売されました。同時に買ったのが西尾維新の『少女不十分』と磯村……じゃなくて『浜村渚の数学ノート』。浜村渚の方はそれほど構えなくてもスッと入っていけたので、西尾維新の方ですね。この世界を一気に駆け抜けるためにも、もっと気持ちを高めていかなければ。
磯村と言えば、『餓狼伝』の磯村露風ですね。タイトルの言葉はその磯村が発した言葉です。某所では台詞を改変され、こうなりました。私は『あずまんが大王』は読んだことがないのですが、少なくともこんな感じのマンガではないでしょう。
この男が登場する13巻は、冒頭からすさまじい熱を持っています。松尾象山と力王山……史上最大の空手家とプロレスラーが、なんでもありの戦いでぶつかりあうのですから、たまりません。
まあなんでもありと言っても、お互いに『素手』で戦うんですけどね。だから眼を突いたり、相手の腕や足をためらわずに破壊したり、凄絶で凄惨な戦いではあるのですが、純粋で、美しい戦いでもあるのです。
読み直して、改めて、思いました。やはり私は『餓狼伝』が大好きだということ。そして『餓狼伝』の世界に思いっきり影響を受けていると言うこと。ラノベよりもさらに言葉を簡潔に削り落とした、感覚の世界。それはマンガでも表現できない極上の世界なのです。
つい先日、よ~うやく『新・餓狼伝』の第二巻が発売されました。同時に買ったのが西尾維新の『少女不十分』と磯村……じゃなくて『浜村渚の数学ノート』。浜村渚の方はそれほど構えなくてもスッと入っていけたので、西尾維新の方ですね。この世界を一気に駆け抜けるためにも、もっと気持ちを高めていかなければ。
『浜村渚の計算ノート』を読んでいます。
ゆとり教育の概念を極端に推し進め(?)義務教育はおろか高校の教育課程の中からも数学が消えた世界で繰り広げられる数学的な殺人事件と、それに対する解法。その鍵を握るのは、数学が飛びっきり好きで得意な女子中学生だった。……といった内容のもので、その女子中学生というところに興味を持って買ったのは偽らざる事実です。
女子中学生……これまたラノベのにおいがプンプンするぜぇーッといった雰囲気なのですが、しかしながら数学は私が大苦手とするところ。それこそ高校2年の時に数学を捨ててしまった後ろめたい過去があるので、理路整然と数学的思考に基づいて説明されるとウググと黙ってしまうしかありません。
とは言いましたが、実際に読んでみると、その女子中学生が問題を解いていくと言うのが、いいのかもしれません。
彼女が問題を解くということは、彼女の言葉で周りの人間に説明するわけですからね。私のようなバカでもちゃんと理解できるのです。そうすると、まあ私自身の頭はまったく使用していないわけですが、難しいパズルを解いた時のような気持ちよさがあるのです。
加えて、主人公の浜村渚、数学以外は普通の女子中学生であるということ。素直に可愛いのです。……これは私自身、色々と受け入れられるようになったから、なのかもしれませんが、何となく心地いいのです。
なんだ、面白いじゃないですか、これ。読んでみると主人公が女子中学生ってこと以外は、結構ちゃんとしてるんです。
あとは、数学嫌いで数学を捨ててきた男だから、新しい発見に大きく感動できるのかもしれません。とりあえず今は半分くらいですが、このあともどんどん読んでいきたいと思います。
ゆとり教育の概念を極端に推し進め(?)義務教育はおろか高校の教育課程の中からも数学が消えた世界で繰り広げられる数学的な殺人事件と、それに対する解法。その鍵を握るのは、数学が飛びっきり好きで得意な女子中学生だった。……といった内容のもので、その女子中学生というところに興味を持って買ったのは偽らざる事実です。
女子中学生……これまたラノベのにおいがプンプンするぜぇーッといった雰囲気なのですが、しかしながら数学は私が大苦手とするところ。それこそ高校2年の時に数学を捨ててしまった後ろめたい過去があるので、理路整然と数学的思考に基づいて説明されるとウググと黙ってしまうしかありません。
とは言いましたが、実際に読んでみると、その女子中学生が問題を解いていくと言うのが、いいのかもしれません。
彼女が問題を解くということは、彼女の言葉で周りの人間に説明するわけですからね。私のようなバカでもちゃんと理解できるのです。そうすると、まあ私自身の頭はまったく使用していないわけですが、難しいパズルを解いた時のような気持ちよさがあるのです。
加えて、主人公の浜村渚、数学以外は普通の女子中学生であるということ。素直に可愛いのです。……これは私自身、色々と受け入れられるようになったから、なのかもしれませんが、何となく心地いいのです。
なんだ、面白いじゃないですか、これ。読んでみると主人公が女子中学生ってこと以外は、結構ちゃんとしてるんです。
あとは、数学嫌いで数学を捨ててきた男だから、新しい発見に大きく感動できるのかもしれません。とりあえず今は半分くらいですが、このあともどんどん読んでいきたいと思います。
先日まで『ダロウェイ夫人』を読み、すっかり文学野郎の心を取り戻した私(?)。ただしあんまり連続的に硬い本を読むと疲れるので、ちょっと軽めの本である『日本の奇談』(鈴江淳也)という本を読んでいます。
これはかつて『ムー大陸』シリーズで一時代を築いた大陸書房の本。そのため最初に収録されているのが宇宙人とコンタクトをした人の話(!)。
そのあともSF、オカルト、都市伝説などなど……。その手の話がもりだくさん。今はまだ途中ですが、非常に面白い本です。
この本の中で知ったのは『最後の忍者』とも言われる藤田西湖というひと。
この人は鍛錬によって胃腸を随意に動かすことができるようになったので、どんな暴飲暴食をしても大丈夫な特殊能力を持っているそうです。本に載っているレコードは、天丼を八杯とか、かけそばなら25杯とか、お酒を八升五合飲んだとか、煙草を十箱吸ったとか。
また、忍者は常に毒殺される危険があるので、硫酸、硝酸、ネコイラズ、ガラスのコップ、レンガなどをバリバリ食べて抵抗力をつける『悪食修行』も敢行しているのが、この人のすごいところ。いわくガラスのコップはおせんべいでも食べるが如く、簡単にやれるのですが、レンガは1個食べるのに40分くらいかかるそうです。
ガラスのコップを食べるというのは、かの力道山も余興でやったとかやらないとかと言いますが、それを当たり前のようにするのがこの人のスゴイところ。普通の人は毒のあるものを食べる前に見分けられるよう努力するものですが、この人はまるで両さんか何かのように、何でも食べられるよう努力をしていたのですね(そういえば、実際に? いん石を食べた話があったっけ)。
ともかく、すべてを紹介したくなるくらい不思議な本です。これからも書くことがない時はこの本から引っ張ってこようと思います。宮下あきら氏が民明書房の本をネタ本として引用するような感じでね。……まあ、私のポジションは「な、なんじゃあ~!?」と驚愕する富樫・虎丸であることは、言うまでもありませんが。
これはかつて『ムー大陸』シリーズで一時代を築いた大陸書房の本。そのため最初に収録されているのが宇宙人とコンタクトをした人の話(!)。
そのあともSF、オカルト、都市伝説などなど……。その手の話がもりだくさん。今はまだ途中ですが、非常に面白い本です。
この本の中で知ったのは『最後の忍者』とも言われる藤田西湖というひと。
この人は鍛錬によって胃腸を随意に動かすことができるようになったので、どんな暴飲暴食をしても大丈夫な特殊能力を持っているそうです。本に載っているレコードは、天丼を八杯とか、かけそばなら25杯とか、お酒を八升五合飲んだとか、煙草を十箱吸ったとか。
また、忍者は常に毒殺される危険があるので、硫酸、硝酸、ネコイラズ、ガラスのコップ、レンガなどをバリバリ食べて抵抗力をつける『悪食修行』も敢行しているのが、この人のすごいところ。いわくガラスのコップはおせんべいでも食べるが如く、簡単にやれるのですが、レンガは1個食べるのに40分くらいかかるそうです。
ガラスのコップを食べるというのは、かの力道山も余興でやったとかやらないとかと言いますが、それを当たり前のようにするのがこの人のスゴイところ。普通の人は毒のあるものを食べる前に見分けられるよう努力するものですが、この人はまるで両さんか何かのように、何でも食べられるよう努力をしていたのですね(そういえば、実際に? いん石を食べた話があったっけ)。
ともかく、すべてを紹介したくなるくらい不思議な本です。これからも書くことがない時はこの本から引っ張ってこようと思います。宮下あきら氏が民明書房の本をネタ本として引用するような感じでね。……まあ、私のポジションは「な、なんじゃあ~!?」と驚愕する富樫・虎丸であることは、言うまでもありませんが。
『一関市の食べ物は危ない』発言をした教授に抗議メールを送った市長に対する抗議という名目の誹謗中傷メール。
『福島の車が来ると放射能に汚染される』といって復興イベントを中止させた福岡市の誰か。
『まさに死の町』と発言し、撤回と陳謝をさせられた大臣。
そうそう、こないだは陸前高田市の松を燃やすと放射能が飛び散るから、といってイベントを拒否した京都の方々もいらっしゃいましたっけ。
それが一部の人である、というのは、わかります。
でも、もう感情的には……。
そんな中、最近は暇さえあればとにかく本を読んでいます。
昨日伊藤文学さんの『裸の女房』を読み終えたところですが、まるで意識が現実にとどまるのを防ぐように、すぐに次の本を手に取りました。
今、読んでいるのはヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』。大学3年の頃に、講義のテキストとして単行本を買ったのですが、あいにく見つからないので文庫版を買ってしまいました。
正直なところ、どういった講義の内容で読んだのか、あまり覚えていませんが(オイ!)、読んで激しく衝撃というか、共感というか、とにかく面白かったのは事実。最近はこんな感じで、気持ちがすっかり疲弊したので、当時の感動を思い出して少しでも日々を生きる燃料になれば、という思いで頑張って読んでいます。
……そう、少し頑張らないと、物語の世界に入れなかったのです。やっぱり読むのも、それなりにパワーを使うのです(笑)。
でも、20ページくらい読んでいくと、ダンダンとその雰囲気にもなじんできて、するすると読めています。これこそ『意識の流れ』ですよ。
また感想は改めて書きますが、最近は世の中にあまり期待していません。今はとりあえず自分の内側の力をつける時期。ある程度レベルが上がったら、また外に打って出ようと思っています。
……といって、別に引きこもり生活をしているわけではないのでご了承ください。むしろ仕事が忙しくてクラクラしてしまいマス……。
『福島の車が来ると放射能に汚染される』といって復興イベントを中止させた福岡市の誰か。
『まさに死の町』と発言し、撤回と陳謝をさせられた大臣。
そうそう、こないだは陸前高田市の松を燃やすと放射能が飛び散るから、といってイベントを拒否した京都の方々もいらっしゃいましたっけ。
それが一部の人である、というのは、わかります。
でも、もう感情的には……。
そんな中、最近は暇さえあればとにかく本を読んでいます。
昨日伊藤文学さんの『裸の女房』を読み終えたところですが、まるで意識が現実にとどまるのを防ぐように、すぐに次の本を手に取りました。
今、読んでいるのはヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』。大学3年の頃に、講義のテキストとして単行本を買ったのですが、あいにく見つからないので文庫版を買ってしまいました。
正直なところ、どういった講義の内容で読んだのか、あまり覚えていませんが(オイ!)、読んで激しく衝撃というか、共感というか、とにかく面白かったのは事実。最近はこんな感じで、気持ちがすっかり疲弊したので、当時の感動を思い出して少しでも日々を生きる燃料になれば、という思いで頑張って読んでいます。
……そう、少し頑張らないと、物語の世界に入れなかったのです。やっぱり読むのも、それなりにパワーを使うのです(笑)。
でも、20ページくらい読んでいくと、ダンダンとその雰囲気にもなじんできて、するすると読めています。これこそ『意識の流れ』ですよ。
また感想は改めて書きますが、最近は世の中にあまり期待していません。今はとりあえず自分の内側の力をつける時期。ある程度レベルが上がったら、また外に打って出ようと思っています。
……といって、別に引きこもり生活をしているわけではないのでご了承ください。むしろ仕事が忙しくてクラクラしてしまいマス……。
2年前に復刊ドットコムからのメールでその刊行を知り、これを読んだ時は、正直なところその圧倒的なエネルギーに気圧され、ちゃんと受け止めることが出来ませんでした。
三島由紀夫や澁澤龍彦といった作家の方々が大活躍されていた1960年代。80年代生まれの私にとっては、それはリアルタイムではなく、本を読むことによってのみ、時代の雰囲気を共有することができるわけですが、それにしても非常にエネルギーに満ち満ちた時代だったのだな、といつも思います。
それは、私が「よりにもよって……」といった作家の本ばかり読んでいるから、ということではない、と思います。
本書はそんな時代に活躍され、30代の若さで急逝した舞踊家・伊藤ミカさんの生涯について、約40年ぶりに帰ってきた資料や日記をもとに元夫・伊藤文学さんが書かれた本です。
読んでいて思ったのは、日記と言う非常にプライベートな場だからこそ明らかにされていた、伊藤ミカさんの心の成長と激しい葛藤。第三者目線、または伊藤文学さんからの目線では気づかなかった心情が、とても詳細に(伊藤ミカさん自身の言葉で)書かれていて、胸が締め付けられるような思いでした。
やがて舞踊の稽古からオリジナルな作品の構想にいたり、平凡な中学教師から『舞踊家・伊藤ミカ』としての芸術追求が始まります。
2年前もそうだったんですが、伊藤ミカさんの芸術論を完璧に理解し、これを私の言葉に翻訳する……などという真似は出来ません。ただ、2年前は読後に何も出来ないくらい激しいパワーにやられてしまったので、今回はこうして感想だけでも言葉に出来たのはよかったかなと思います。あ、まだ感想書いてないか。
ともかく、まさに『駆け抜けた』という言葉がふさわしい生涯だったようです。もちろん私が「こうありたい」と思うような感じではありません。伊藤ミカさんが掲げる芸術論も、私には30パーセントも理解できるかどうか、といった感じです(ちゃんと理解できるようになるためには、今の生活をすべて捨てるくらいの覚悟が必要でしょう、きっと)。
誰にでもオススメできる本ではない……かもしれませんが、ともかく60年代という時代の雰囲気が存分に味わえる一冊でした。
ちなみに翻訳者である澁澤竜彦さんの名前も出てきます。『O嬢の物語』上演に際し、許可を得るために電話でお話をされたそうです。非常にさばさばした感じで「あ、いいですよ」と快諾されたとか。
『天と地の守り人』を読み終えました。……そして、ついに『守り人』シリーズをすべて読み終えました(短編集『流れゆく者』はまだですけど、本編はね)。
思えば今をさかのぼること10年あまり。高校の図書館で平積みされていた『はるかな空の東―クリスタライアの伝説―』とともに手を取った第一作『精霊の守り人』をきっかけに……かなり長い間ブランクがあいたこともありましたが、ともかくついに物語が完結しました。
正直に申し上げると当時は短槍使いのバルサ(主人公)に惹かれて読み始めました。
なんか、好きだなあ、と思ったのです。
ただ、読み進めていくうちに、その重厚な物語の世界にすっかり没入。サグとナユグ……要するに異なるふたつの世界を行き来するチャグム皇子のように、私もまた物語の世界にすっかり魅了され、夢のような時間を過ごしたのでした。
最終章『天と地の守り人』では、これまで旅をしてきた場所や、その中で出会った人たちが再登場。直面する危機に対し、それぞれの思惑が絡み合いつつも徐々にまとまっていく壮大な物語です。……なんか、上手に言えませんが、とにかくすごく面白かったです。
『獣の奏者』を読み終えた時は、こっちと比べれば短いことや、あまり時間をおかずに最後まで読みきってしまったので、ものすごい勢いで押し流されて結末までたどり着いた……という読後感でしたが、『守り人』シリーズはここに来るまで結構長い時間が経ったので、それこそ登場人物たちと同じように、
「長い旅が、ようやく終わった」
気がしました。
もちろんどんな内容かは、ここでは書きませんが、また私も次の世界を見つけなければいけないな、と思いました。
とりあえず、これでもう『めちゃモテ委員長』を読まない理由がなくなったので、今この記事を書いているPCの横に山積みにされているコミックスを手にとって見ました。
……あまりの華やかさ可愛らしさに、思わず息を飲み、ページを閉じてしまいました。大丈夫なのか私! 既刊14冊すべて買ってしまったから、絶対に読まなきゃいけないんだぞ私!(笑)
思えば今をさかのぼること10年あまり。高校の図書館で平積みされていた『はるかな空の東―クリスタライアの伝説―』とともに手を取った第一作『精霊の守り人』をきっかけに……かなり長い間ブランクがあいたこともありましたが、ともかくついに物語が完結しました。
正直に申し上げると当時は短槍使いのバルサ(主人公)に惹かれて読み始めました。
なんか、好きだなあ、と思ったのです。
ただ、読み進めていくうちに、その重厚な物語の世界にすっかり没入。サグとナユグ……要するに異なるふたつの世界を行き来するチャグム皇子のように、私もまた物語の世界にすっかり魅了され、夢のような時間を過ごしたのでした。
最終章『天と地の守り人』では、これまで旅をしてきた場所や、その中で出会った人たちが再登場。直面する危機に対し、それぞれの思惑が絡み合いつつも徐々にまとまっていく壮大な物語です。……なんか、上手に言えませんが、とにかくすごく面白かったです。
『獣の奏者』を読み終えた時は、こっちと比べれば短いことや、あまり時間をおかずに最後まで読みきってしまったので、ものすごい勢いで押し流されて結末までたどり着いた……という読後感でしたが、『守り人』シリーズはここに来るまで結構長い時間が経ったので、それこそ登場人物たちと同じように、
「長い旅が、ようやく終わった」
気がしました。
もちろんどんな内容かは、ここでは書きませんが、また私も次の世界を見つけなければいけないな、と思いました。
とりあえず、これでもう『めちゃモテ委員長』を読まない理由がなくなったので、今この記事を書いているPCの横に山積みにされているコミックスを手にとって見ました。
……あまりの華やかさ可愛らしさに、思わず息を飲み、ページを閉じてしまいました。大丈夫なのか私! 既刊14冊すべて買ってしまったから、絶対に読まなきゃいけないんだぞ私!(笑)
このところ、日記をお休みさせていただいたのは……『龍が如く OF THE END』と『ガンダムシリーズ』により、精神的に著しく参っていたため。
ゲームの中ではどちらもそれなりの理由があって、強力な銃火器や爆弾などを使用し『敵』を撃滅していくのですが、なんと言うか……
……たぶん「無人攻撃機を操縦して『敵』の施設に爆弾を落とした日の午後に、息子のサッカーの試合を見に行く」ような心的ストレスを感じてしまったように思います。
「これはゲームなんだから割り切れ」って? それは無理です。だって物語に深く深く没入し、それを自分のものにする生き方をずっとしてきたから。でも一方で、私が生きる現実のウエートもかなり重くなっているので、そのギャップに気持ちが耐えられなくなりつつあるようです。
そんななか、もはや私の処方箋となっているのが上橋菜穂子先生の『守り人』シリーズ。いよいよ最終『天と地の守り人 第三巻』も半ばを過ぎたところです。
第一作『精霊の守り人』の頃はまだ11歳、ケガレを知らなかったチャグム皇子も、いまや自ら剣を握り、先陣を切って戦うひとりの男となりました。バルサもビックリするくらいの変わりっぷりですが、その根っこにあるのはあくまでも純粋な気持ち。民衆を守りたい一心で時に敵国の虜囚となり、同盟を結ぶために額を床に押し付けるようなことも厭わないのです。
だから私も、こんな皇子が好きでたまらないのです。
利害の違った異なる国、異なる人々の思惑が複雑に絡み合い、読んでいて頭が混乱することも少しありますが(笑)、大切な人を守りたいというバルサ、チャグム、タンダの思いに迷いはありません。だから私も一緒に戦っているような気分で、この国の行く末を――そして、みんなの未来をみてみたいと思います。
ゲームの中ではどちらもそれなりの理由があって、強力な銃火器や爆弾などを使用し『敵』を撃滅していくのですが、なんと言うか……
……たぶん「無人攻撃機を操縦して『敵』の施設に爆弾を落とした日の午後に、息子のサッカーの試合を見に行く」ような心的ストレスを感じてしまったように思います。
「これはゲームなんだから割り切れ」って? それは無理です。だって物語に深く深く没入し、それを自分のものにする生き方をずっとしてきたから。でも一方で、私が生きる現実のウエートもかなり重くなっているので、そのギャップに気持ちが耐えられなくなりつつあるようです。
そんななか、もはや私の処方箋となっているのが上橋菜穂子先生の『守り人』シリーズ。いよいよ最終『天と地の守り人 第三巻』も半ばを過ぎたところです。
第一作『精霊の守り人』の頃はまだ11歳、ケガレを知らなかったチャグム皇子も、いまや自ら剣を握り、先陣を切って戦うひとりの男となりました。バルサもビックリするくらいの変わりっぷりですが、その根っこにあるのはあくまでも純粋な気持ち。民衆を守りたい一心で時に敵国の虜囚となり、同盟を結ぶために額を床に押し付けるようなことも厭わないのです。
だから私も、こんな皇子が好きでたまらないのです。
利害の違った異なる国、異なる人々の思惑が複雑に絡み合い、読んでいて頭が混乱することも少しありますが(笑)、大切な人を守りたいというバルサ、チャグム、タンダの思いに迷いはありません。だから私も一緒に戦っているような気分で、この国の行く末を――そして、みんなの未来をみてみたいと思います。
『蒼路の旅人』を読みました。
いわゆる守り人シリーズの……ええと、何冊目だっけ……ああ! 6冊目ですね。私も良くぞここまで読んだものです。
最初に出会ったのは、それこそ10年以上前。確か『はるかな空の東』という、これまた児童文学の本といっしょにその存在を知ったのですが、実際に手にとって読んだのはそれからもう少しあとでした。
そのころは正直なところ女用心棒・バルサに憧れて読み始めたので、正直なところこのチャグム皇子が主役である『旅人』の方にはあまり興味が無かったのですが、前作(チャグム皇子が主役の、という意味で)の『虚空の旅人』を読んでみると……。
それぞれ、違った雰囲気なんですよね。バルサが主人公のシリーズは、どちらかというとアクション主体ですけど、チャグム皇子の方は、大きな国同士の駆け引きに重きを置いた雰囲気で。……いずれにせよ、読むほどに私の見識の狭さ、考えの浅さをまざまざと見せ付けられ(苦笑)、ウググとうなりつつその活躍に息を飲み、一気に読みきってしまったのでした。
あまり時間が無いので、簡単な内容になってしまいますが、今回思ったのは「やはり、政治は難しい」ということ。やっぱり国力とか軍事力とか、そういう大きな力の差は、為政者の気持ちひとつではひっくり返せないということ。
……あれ、もうちょっと書きたいけど、今は時間が無いですね。じゃ、明日また、出来れば続きを書きたいと思います。
いわゆる守り人シリーズの……ええと、何冊目だっけ……ああ! 6冊目ですね。私も良くぞここまで読んだものです。
最初に出会ったのは、それこそ10年以上前。確か『はるかな空の東』という、これまた児童文学の本といっしょにその存在を知ったのですが、実際に手にとって読んだのはそれからもう少しあとでした。
そのころは正直なところ女用心棒・バルサに憧れて読み始めたので、正直なところこのチャグム皇子が主役である『旅人』の方にはあまり興味が無かったのですが、前作(チャグム皇子が主役の、という意味で)の『虚空の旅人』を読んでみると……。
それぞれ、違った雰囲気なんですよね。バルサが主人公のシリーズは、どちらかというとアクション主体ですけど、チャグム皇子の方は、大きな国同士の駆け引きに重きを置いた雰囲気で。……いずれにせよ、読むほどに私の見識の狭さ、考えの浅さをまざまざと見せ付けられ(苦笑)、ウググとうなりつつその活躍に息を飲み、一気に読みきってしまったのでした。
あまり時間が無いので、簡単な内容になってしまいますが、今回思ったのは「やはり、政治は難しい」ということ。やっぱり国力とか軍事力とか、そういう大きな力の差は、為政者の気持ちひとつではひっくり返せないということ。
……あれ、もうちょっと書きたいけど、今は時間が無いですね。じゃ、明日また、出来れば続きを書きたいと思います。
先日も書いたように、三島由紀夫『太陽と鉄』を読みました。
去年の暮れに澁澤龍彦『洞窟の偶像』のなかでちょこっと三島氏の評論を読んだのが切っ掛けと言えばきっかけですが(一応『金閣寺』はあるものの読んだことはない)、本格的に読んだのはこれが初めて。
初めて読んだのが文学ではなく、信仰告白の書とでも言うべき『太陽と鉄』だったというのが、いいのかどうかわかりませんが、ともかく強く興味を引かれたのがコレだったので、とにかく一気に読みきりました。
具体的に「こういう話です」と語ろうとすると、あまりにも感情的になりすぎるおそれがあるので、一言で表すと『告白の夜と批評の昼との堺の黄昏の領域』を書いた長いエッセーです。自分自身の秘められた感情、青白い文学青年だった三島氏がボディビルやボクシングや剣道によって隆々たる肉体を手に入れるまでの動機と経緯を、とても理路整然とした言葉で書いた作品です。……こんな感じでいいのかな。
一方で、同じ文庫本に収録された『私の遍歴時代』は、うってかわって随分と気軽に読めるエッセーです。タイトル通り、中学時代から様々な人の出会いを経ていかにして小説家となったか、ということを、思い出語りの口調で書き記したものです。
ともかくこの一冊を読んだだけでも、三島氏が思想家ではなく小説家だったんだなということをちゃんと理解することが出来ました。なんか、大きな壁が取り払われたような気分です。
もう一冊の『三島由紀夫おぼえがき』は、以前途中まで読んでほっぽり出してしまった一冊。……やっぱり、せめて1冊でも読んでからじゃないと、ちゃんと理解できませんね。
三島氏とは15年近い親交のあった作者だけに、出会いのことやお互いに文学について語り合ったこと、そして哀悼のエッセー……。今さら私が言うまでもないことですが、澁澤氏の鋭く(そして優しい)三島評が、とても興味深かったのです。
一応、家には『金閣寺』がありますが、それよりも先に読んでみたいと思っているのは『仮面の告白』。どこまで読めるかわかりませんが、とりあえず興味を持ったところから、手を伸ばしてみたいと思います。
ただし、澁澤氏以外のひとが書いた三島論とかは、決して読もうとは思わないのです。私は批評家でも研究家でもなく、ただの素人読者ですからね。そういう自由もあると思うのです。
去年の暮れに澁澤龍彦『洞窟の偶像』のなかでちょこっと三島氏の評論を読んだのが切っ掛けと言えばきっかけですが(一応『金閣寺』はあるものの読んだことはない)、本格的に読んだのはこれが初めて。
初めて読んだのが文学ではなく、信仰告白の書とでも言うべき『太陽と鉄』だったというのが、いいのかどうかわかりませんが、ともかく強く興味を引かれたのがコレだったので、とにかく一気に読みきりました。
具体的に「こういう話です」と語ろうとすると、あまりにも感情的になりすぎるおそれがあるので、一言で表すと『告白の夜と批評の昼との堺の黄昏の領域』を書いた長いエッセーです。自分自身の秘められた感情、青白い文学青年だった三島氏がボディビルやボクシングや剣道によって隆々たる肉体を手に入れるまでの動機と経緯を、とても理路整然とした言葉で書いた作品です。……こんな感じでいいのかな。
一方で、同じ文庫本に収録された『私の遍歴時代』は、うってかわって随分と気軽に読めるエッセーです。タイトル通り、中学時代から様々な人の出会いを経ていかにして小説家となったか、ということを、思い出語りの口調で書き記したものです。
ともかくこの一冊を読んだだけでも、三島氏が思想家ではなく小説家だったんだなということをちゃんと理解することが出来ました。なんか、大きな壁が取り払われたような気分です。
もう一冊の『三島由紀夫おぼえがき』は、以前途中まで読んでほっぽり出してしまった一冊。……やっぱり、せめて1冊でも読んでからじゃないと、ちゃんと理解できませんね。
三島氏とは15年近い親交のあった作者だけに、出会いのことやお互いに文学について語り合ったこと、そして哀悼のエッセー……。今さら私が言うまでもないことですが、澁澤氏の鋭く(そして優しい)三島評が、とても興味深かったのです。
一応、家には『金閣寺』がありますが、それよりも先に読んでみたいと思っているのは『仮面の告白』。どこまで読めるかわかりませんが、とりあえず興味を持ったところから、手を伸ばしてみたいと思います。
ただし、澁澤氏以外のひとが書いた三島論とかは、決して読もうとは思わないのです。私は批評家でも研究家でもなく、ただの素人読者ですからね。そういう自由もあると思うのです。
しばらく前に『上野の413球』という言葉が流行ったことがありましたが(数字間違ってたらすみません)、私はこの言葉が嫌いでした。……もちろん413球も投げきった上野投手のパワーはすばらしいものだと思いますが、その言葉がね。413球って多すぎるだろ! って話でしてね。
それがドラマティックだったのは、9回裏のわずか21球に様々なドラマが交錯し、幕が下りたからだと思うのです。ええ、この言葉の元ネタとなった『江夏の21球』が、収録されているのが、この本なんです。
どういった内容かはWikipediaを見れば書いているのですが、勝ったにしても負けたにしても、そして野球に興味があるにしてもないにしても、そこにある人間ドラマは誰でもが息を飲み、感動できるのではないか、と思うのです。
で、それ以外にもいくつか短いノンフィクションの文章が収録されておりまして。……そのひとつひとつが、とても面白いのですが、それをいっぺんにこの項の中で触れようとするとゴチャゴチャになるので、ちょっとずるい感じですが、そのたび新しい項目で書くとしましょう。もうちょっと深く読まないと、うまく文章をかけないですしね。
それでも、一応、忘れないうちに書いておきたいのは……地方の弱小野球チームの話。どうせ甲子園になんていけるわけないんだから、つって生徒も先生(野球経験がほとんどない)ものんびりしたムードで、『楽しんでいこう』というスタンスで進んでいくのですが、なぜか順調に勝ち上がってしまって。
思わず笑ってしまったのは、そのことを喜ぶよりも早く宿泊費などの予算計上について顧問の先生と校長が頭を抱えてしまうシーン。ちょっと先生!(笑)
それが表題作『スローカーブを、もう一球』なのですが、そのことについてはまた改めて。
昨日、記事をかけなかったのは、PC立ち上げまでの間読もうと思っていた「ONE PIECE」を……ずっと読みつづけていたため。そのために危なく会社に遅刻しそうになったほどでした。小学生か!
抜群に、面白いのです。
どうしてこんなに読んでしまうのかと言うのは、あまり難しく考えなくても、わかるような気がします。これはとても個人的なことですが。
基本的にルフィは、「努力」をしないんですよね。努力というか「修行」。敵がいて、それを戦うのは少年漫画の王道ですが、その相手になかなか勝てない。『ドラゴンボール』ならそこでいったん修行パートがあって、その修行の成果でパワーアップしたから強い相手に勝てる……というものなのですが。
「ONE PIECE」って、今は37巻まで読みましたが、そういった修行パートがない。相手はメチャクチャ強いんですが、それを根性というか、主に『仲間を守る』という動機で無理やり乗り切る、と。物理の壁とか、そういうのをすべて、無理やり乗り切る。
そうやって、難しいことを全部ぶっ飛ばして、ひっくり返して、それで一番おいしいところをガッチリ掴み取る。それがよくないっていう人もいるかもしれませんが、ひとつひとつを乗り越えようとして行き詰まることの多い日々だけに、それがとても気持ちいいのです。
普通なら通らないような状況でも、船長たるルフィの(誰も口出しできない)ワガママで押し通して、結果的にそれがいい方向に転ぶ、と。
「あ、そういう感じでいいんだ」
ってね。なんだか、気持ちが楽になったし、前に進むパワーももらえたのです。……というか、あんまりマジメくさって考えてもそうしなくても困難な状況は変わらないのだし、むしろシンプルに考えた方が色々と行動を起こしやすいのかな、ということを体感したのです。
あとは、もう次が読みたくて読みたくて仕方がないような物語のつくりですよね。これは『ライオン仮面』以来のスタンダードですけど、いいところで1週分が終わっちゃうから、我慢できなくて次の話も読んじゃう。それが終わったらまた次の話を読んじゃう。読むのが少々しんどくなってしまっても、まだ読んじゃう。
2億冊も売れるわけです。
やっと半分を少し過ぎたところですが、私も早く今の航海に追いつけるよう、頑張って追いかけていきたいと思います。
抜群に、面白いのです。
どうしてこんなに読んでしまうのかと言うのは、あまり難しく考えなくても、わかるような気がします。これはとても個人的なことですが。
基本的にルフィは、「努力」をしないんですよね。努力というか「修行」。敵がいて、それを戦うのは少年漫画の王道ですが、その相手になかなか勝てない。『ドラゴンボール』ならそこでいったん修行パートがあって、その修行の成果でパワーアップしたから強い相手に勝てる……というものなのですが。
「ONE PIECE」って、今は37巻まで読みましたが、そういった修行パートがない。相手はメチャクチャ強いんですが、それを根性というか、主に『仲間を守る』という動機で無理やり乗り切る、と。物理の壁とか、そういうのをすべて、無理やり乗り切る。
そうやって、難しいことを全部ぶっ飛ばして、ひっくり返して、それで一番おいしいところをガッチリ掴み取る。それがよくないっていう人もいるかもしれませんが、ひとつひとつを乗り越えようとして行き詰まることの多い日々だけに、それがとても気持ちいいのです。
普通なら通らないような状況でも、船長たるルフィの(誰も口出しできない)ワガママで押し通して、結果的にそれがいい方向に転ぶ、と。
「あ、そういう感じでいいんだ」
ってね。なんだか、気持ちが楽になったし、前に進むパワーももらえたのです。……というか、あんまりマジメくさって考えてもそうしなくても困難な状況は変わらないのだし、むしろシンプルに考えた方が色々と行動を起こしやすいのかな、ということを体感したのです。
あとは、もう次が読みたくて読みたくて仕方がないような物語のつくりですよね。これは『ライオン仮面』以来のスタンダードですけど、いいところで1週分が終わっちゃうから、我慢できなくて次の話も読んじゃう。それが終わったらまた次の話を読んじゃう。読むのが少々しんどくなってしまっても、まだ読んじゃう。
2億冊も売れるわけです。
やっと半分を少し過ぎたところですが、私も早く今の航海に追いつけるよう、頑張って追いかけていきたいと思います。