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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。


 既に100冊を超えてなお衰えない読書熱。今回泉図書館で手に取ったのは、今年2冊目の稲垣足穂です。この表紙の絵が素敵ですよね! 
 これは平凡社STANDARD BOOKSというシリーズです。「科学と文学、双方を横断する知性を持つ科学者・作家の珠玉の作品」を一作家一冊で収録したもので、「科学的視点」があることが特長とのこと。


「自然科学者が書いた随筆を読むと、頭が涼しくなります。科学と文学、科学と芸術を行き来しておもしろがる感性が、そこにはあります。」
(STANDARD BOOKS刊行に際して)


 これは私が先日寺田寅彦の随筆を読んだ時に感じたことです。その寺田寅彦がシリーズ第一冊目らしいので、まさに「そうかな!」と我が意を得る思いでした。まあ稲垣足穂という人は私のなかでは純文人であり、澁澤龍彥・三島由紀夫らと同じカテゴリの人なんですけどね。
 とはいえ稲垣足穂といえばテーマが天体とか飛行機とかSF的なものなので、最近ひたすら人間の内面、精神的な世界に向かっていた私にはとても新鮮でした。文字通り、開かれた世界へ向けられているわけですからね。キラキラと輝く夜空を、100年前の複葉機で空を飛ぶようなイメージを浮かべながら読みました。
 そして、その日の夜には定禅寺通りで開催されている『SENDAI光のページェント』を見てきました。

 おかげで今年のページェントは、去年とはまた違った意味で素敵でした。

   *

 もう少し本の内容について触れたいところですが、私は松岡正剛ではないので(今年3回目)あんまり詳しいことは書けません。本を読んで、そういえば前職の頃はコンビニも何もない代わりに星空が綺麗だったなあとか、お月様とかシャボンとか鉛筆とか身の回りにあるものを取り上げて、それを何でも幻想世界に浮かべてしまうんだなあとか。
 キネオラマなんですよね。
 いや、私は見たことが無いんですけど、私が想像するキネオラマって、そういう……星も月も天井から糸でぶら下げて、空を飛ぶ複葉機もぶら下げて、それに光を当ててキラキラ輝く仕掛けもの。作り物だけに情緒的で幻想的な世界。ゴミと利権で汚れ切った現実の宇宙とは違う……100年経っても古くならないし魅力も損なわれない、永遠の宇宙なんです。やっぱり、この辺の感覚が男性的なのかなあ。
 ちなみにこの「糸でぶら下げた複葉機」というのは原風景があります。
 私が通っていた小学校には鉄筋コンクリートの本校舎と木造の旧校舎が共存していて、その旧校舎の一番奥にある図工室に、そういうのがぶら下がっていたのです。日の丸のマークがついた複葉機なので、もしかしたら戦前からずっとそのままだったのかもしれません。あれから30年以上が経過し、今はもう私の記憶の中にしかありませんが、そういう原風景を強く思い起こさせてくれるような随筆集でした。
 それにしても、繰り返しになりますが、全然古くないんですよね。確かにポン彗星もステッドラー鉛筆の広告も目にすることはないし、今は当時の十倍も速い飛行機が飛ぶ時代なんですが、まったく古さを感じない。また、一読してすらすらと内容を理解できるかといえば、必ずしもそうではないのですが、それでもとりあえず読み通してみると先ほど申し上げたような「キラキラと輝く夜空を、100年前の複葉機で空を飛ぶ」イメージであり「キネオラマ」のイメージなんです。

  *

 そんなわけで、感じたことを一生懸命に書いてみました。私は松岡正剛じゃないので(本日2回目/今年通算4回目)こんなところでいいでしょう。「何だ、わけのわからないことばかり言いやがって」と泉下の稲垣足穂翁も苦い顔をしておられるかもしれませんが、下手な評論を書くよりは気持ちを素直に書く方が良いかなと思ったので。
 大体、稲垣足穂というひとは、わからなくていいと思うんです。三島由紀夫さんが澁澤龍彥さんとの対談で、こんなことをおっしゃっていました。

 三島「わからないでいいんじゃないですか。永久にわからないで。稲垣という作家がわかるということは、なんか気味の悪いことですよ。ほんとうはわかってはならぬことなんですからね。いちばんの、大神秘ということをいっちゃっているんですからね」


 大好きな三島さんがそうおっしゃっているので、私も安心して、わからないながらも感じたことを大切にしていきたいと思います。

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