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これはブックレビューとは異なるのですが、6月30日時点でああいったことを書いた手前、この7月のこともきちんと書いておくのが筋だろうと思ったので、ちょっと書きます。

6月30日時点で内定し、7月1日から正社員として通うはずだった会社は、3日ほど出社したところで突然、「明日から来なくていいよ」宣言を受けました。正式な雇用契約書とかを交わす前にファイヤーとなったので、記録上は内定取り消しです。

思いがけない形で、完全フリー(失業とも言う)状態になってしまったのです。


もちろん、雇用保険をもらいつつ、ゆっくり職探し……なんてのんきなことを言う私ではありません。確かに「龍が如く5」を数十時間プレイしたり、山岡先生の長編小説『徳川慶喜』を読破したりと、高等遊民のような生活をしていた事実はありますが、一日も早く再就職できるよう毎日何かしらの活動をしていました。言うまでもなく、そうしないと心身ともに本当に高等遊民になってしまうからです(正式には高等遊民気取りの低等貧民、つまり廃人)。

職安に通うのは当然のたしなみとして、各種転職サイトに登録し、フリーペーパーの就職情報誌なんかもこまめにチェック。履歴書を書いて写真を撮って、それを郵送して、返事が来るまでゲームしたり本を読んだり……しながらも、気持ちを切らさないよう努力していました。

そして努力のかいあって? 来る8月4日から、ひとまず3ヶ月、仕事をさせてもらえる会社に出会うことができたのです。


確かに3ヶ月という有期雇用スタイルなんですが、これは私にとっても大きなチャンスです。というのは、今回は職安の方で用意してくれた『トライアル雇用』というシステムを遣っての就職なんです。

トライアル雇用というのは、要するに労働者と雇用者の間に3ヶ月の『お試し期間』を設ける、というものです。雇用主にとっては「コイツ本当に使えるのか?」というのを見極めるための時間であり、労働者にとっても「ココは本当に、オレに向いている会社なのかな?」というのを確かめる……と、まあお互いにとってメリットのあるシステムなんです。私は今回の場合、労働者の側なので、雇用者の方がどう思っているかはわかりませんが。

何せ、今回私が就職先として選んだ会社は、今までとはまた違った業種(直接接客系)ですからね。あらかじめトライアル雇用でおねがいしますと伝え、履歴書にも『接客経験はありません』と明記し、さらに面接時にもそのことを強調した私。こういう人間ですけど、本当に雇いますか? と逆にこちらから持ちかけるような態度です。トンデモナイ野郎です。

……って、もちろん、ヤル気があるから申し込んだんですけどね。「経験はないけど、何とか3ヶ月、やらせてください!」って感じで。その熱意が通じたのか、「とりあえず試してみるか」と思ったのか……どちらかはよくわかりませんが、ともあれ3ヶ月、また働くことになりました。

職場は今の住まい(実家)から数十キロ離れた場所です。通いが大変なので、近くにある寮に入ろうと思います。当然ネット環境とかはないので、物理的な理由で更新はもちろんネット閲覧さえ出来ません。まあ更新頻度は激烈に低くなったので、それはいいと思いますが……。


以上、ご報告でした。

3ヶ月後、「期間の定めのない雇用をしてもらえることになりました」と報告できるようにがんばります。その前に何かモヤモヤしたことを書いたら……そういうことかとお察しください。

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この世に生を受けて32年、ようやく真の意味で『社会人』としてデビューできそうな気がします。

小学生の頃からいつも強い劣等感を背負い、周りの人の言葉に過敏になり、何事においても「どうせ自分はダメだから」と気持ちがくじけてしまう。「やる前から負けること考えるバカ」だったので、実際にそういう場面になってもほとんどの場合ダメでした。

「それでも仕方がない」

ダメだった時に奮起すればまだしも、そう言ってダメな結果をそのまま受け入れていました。自分としてはそれを「おれは現実をちゃんとわかっている」「努力が無駄だという事をわかっている」と肯定的に考えていました。中学2年の時点でこんな考え方をしていたんですから、大成はもちろん、人並みさえ無理でしょう。フツーの人は夢や目標を設定し、それに向かって努力するからフツーになるのであって、自分で作った夢(=空想、妄想)を見るだけで満足して実際的な努力を放棄しているんですから、どうしようもありません。

大学卒業後、なんとか就職はできたものの、散々に打ちのめされました。その頃の日記を見ると、まったくもってダメな人間であったことがわかります。それでも三人前の「かっこつけ」だったので、なんとか這いずりまわっていたのですが、ついに心療内科に通うことになりました。

そこで処方されたパキシルとメイラックスのおかげで何とか復調し、それまでの部署から配置転換になったこともあり(?)、それなりにスルスルと生きられるくらいの力は身につけました。ダメなところはそのままだけど、そこそこお金も稼いでるし、これが大人というものだって。酒もタバコもそれなりにこなす、典型的なサラリーマンでした。

その意識が変わったのが、今から6年前の夏のこと。高校の授業以来10年ぶりに泳いだ時、自分の想像よりもずっと上手に泳げることがわかったのです。

「やれば結構できるのかも」

そう思って、今までイメージだけで満足していた様々なことを、体験として知るために、チャレンジするようになりました。


「無双OROCHI2」というゲームでは、主人公たちが過去の世界にさかのぼって歴史改変を行う(それによって、その時に死んでしまった英雄たちを生き延びさせる)というターミネーターシリーズのようなメインストーリーがありますが、私もそんな感じでした。

小学生の頃のトラウマ、中学生の頃のコンプレックス、高校生、大学生……今を抑圧する様々な要因を取り除くため、その頃の記憶を引き出して似たような心のシチュエーションを作り出し、しっかりと向き合っていく。要するに「その頃できなかったこと」を今やることで、気持ちを前へ前へと押しやることができました。エネルギーが、いい方向に流れるように変わったのです。

そしていま、最後のコンプレックスが取り除かれました。大学卒業後10年ばかり時間が経ってしまいましたが、ようやく正社員としての仕事に就くことができたのです。

無論これがゴールというわけではありません。「イメージファイト」で言えば実戦ステージが始まったところであり、土方さんが浪士組に加わって上洛したところです。

はっきり言って今度の職場は「何でもやる」ところらしいので、かなり苦労するでしょう。3日や1週間で辞めた人もいるそうです。

でも、後へは引けません。せっかくつかんだチャンスですから。これまでずっとマイナスを抱えてきた人生でしたが、それがプラスマイナスゼロになったところですからね。これからプラスを積み上げていくためにも、絶対に退きません。会社の方からファイヤー(解雇)されたら仕方がありませんが、自分からケツを割るようなことがあっては絶対にいけないと思うのです。

……本当はここでヴェルレーヌ→太宰治→前田日明さんと受け継がれてきたあの言葉をもって締めくくろうと思ったのですが、それは以前別な記事で書いたような気がするので、やめます。

その代わり豊玉宗匠の発句集から二首、引用させて頂きます。

さしむかふ心は清き水かがみ
梅の花咲る日だけにさいて散


今まで当ブログをご愛顧いただき、本当にありがとうございました。
自分はもう、何かを世間に対して訴える資格はないな、と思ったのです。

政治のこと、芸能のこと。色々と思うところはあります。今はツイッターやら何やらで簡単に自分の意見を発信することが出来る時代ですから、誰だって思ったことを自由に発言できます。

そういうところから新しい見方、新しい発見があったりする……こともあるでしょう。だから、そういうのを否定するつもりはありません。

でも「おれはいいや」って。

自分自身、思ったことをそのまま世間に発信する作業をやめる代わりに、そういうことをしている人たちを無視しよう。そう思ったのです。


たぶん、世の中の早すぎる流れについていけなくなっちゃったんでしょうね。最近は時流に乗れず(というか、自分の意志であえて乗らず)滅びていった人たちに共感しています。その筆頭が土方歳三です。……私は新選組隊士でも幕府の人間でもないので「副長」とか「陸軍奉行並」ではなく、あえて『土方さん』と呼ばせて頂きます。本当は『歳さん』と呼びたいくらいなんですが、これは近藤さんだけが許される愛称でしょう。

今は村瀬彰吾先生の『人間 土方歳三』という本を読んでいます。これは明治二年のとある日に函館で開催された宴会において、土方さんがその場に居合わせる人たちにこれまでのことを語る……という形式の小説なんですが、シバリョー先生ふうの「喧嘩師」のイメージとは少し違った、「年月を経て温和になった」(by中島登)土方さんなんですよね。

1ページごとに心が震えます。

そして、素人が土方さんを語るのは現に慎まなければいけないと思いました。村瀬先生は土方さんの出身地である日野市の方で、深い知識と熱い思いを併せ持つ方ですから、いいと思うんですが、私のようなドシロウトが良かった悪かったと語るのは良くない気がするのです。正否ではなく「力不足」という意味で。確かにそういう「新しい意見」が刺激的に感じられたこともありましたが、やはり……ね。


何かを発信するためには資格がいると思います。そういうのはユーキャンでも取得できません。テーマに対する深い知識と強い愛情。そして、それを伝えるための表現力。そういうのを持たないまま、思ったことをロクに吟味せずポッポッと吐き出すのは、あまり格好良いものじゃないな。……そう思ったので、それを生き方として貫くため、ブログをやめることにしました。

ただ、ホームページの方は続けます。こちらは(Webという媒体ではあるものの)しっかりと自分なりに練りあげて書いた文章だからです。またビデオゲーム系のブログも続けます。これはテーマがはっきりと決まっているぶん、それなりに存在する需要があるのかな? と思うからです。
今度の仕事は「自分に合わないから辞める」とか、そういうのではないと思っています。どんなに仕事が大変であろうと、それは「正社員」としての仕事だからです。10年間ずっと派遣社員という肩書きに甘んじてきた私。2年前に派遣社員から契約社員に――そして正社員にステップアップする機会をスルーした私(当時はまだ、今ほどの気合がなかった)。その代わりに契約社員になった同僚の送別会において、「居心地がいい現在の場所を選んだ」となじられた私。

これは私にとって、やっと掴んだビッグチャンスなんです。あの送別会の時に私をなじった派遣元の社員を見返すチャンス。
今まで私のことを指導してくれた派遣先職場の皆様に「おかげさまで」と言うチャンス。今までダメだダメだと思い込んできた自分を変えるチャンス。大事な大事なアタックチャンス。

途中から児玉清さんふうの口ぶりになってしまいましたが、私はいたって本気です。本気なんですが気負いすぎて、ちょっと正気を失いかけています。それを何とか引き戻すために、この記事を書いています。


普段こういうこと、ブログでも現実世界でも言わないんですが、「誇り」とか「信念」という言葉が好きなんです。去年から1年間かけて時代小説を読みまくり、武士の生き方に感銘を受けて。プライドのためなら生命をも惜しまないその覚悟に魂が震えました。

まあ私は武士ではないです。誰かと斬り合うようなことはないでしょうし、腹を切るようなこともないでしょう。そういう意味では、「誇りのために生命を張る」……その意味はわかりません。少なくとも、今までは、そういうことはありませんでした。

でも、これからは、そういう生き方をできるかもしれません。

笑われてもいいんです。引かれてもいいんです。私にとって「正社員」というのは、生命を張るに値する身分なんです。だから、どんなに大変なことがあろうと、絶対に手放したくない――そういう、強い覚悟をもっていきたいと思うのです。


「ポリスノーツは俺の人生にとって誇りなんだ!」


まだ10代のガキだった頃に聞いた言葉。……あるいは、この言葉の意味が、わかる時が来たのかもしれません。
この記事を書いている時点ではまだ100%確定というわけではないんですが、まあいいでしょう。

来月から、新しい仕事に就くことになりました。今の会社とは資本関係も業務内容も関係ないところです。ついでに言えば、今までは内勤だったのに対し、今度は外勤となります。

賃金、休暇、労働時間。色々なものが変わります。

「より多くの収入、よりよい環境で仕事が得られるようになるため転職する」

それが本来だとすれば、私は逆のことをしようとしているでしょう。少なくとも提示された条件だけを見ると、そんな感じです。

本当にやれるのか? 

何度もそう問われました。まあ最近の記録として9人が面接段階で不採用となり、採用されても3日とか1週間とかの超短期間で退職したといいます。だから感覚としてはプロレスの道場か何かに入門するような気分です。

やれるも何も、「わかりません」と正直に言うと不採用になる気がするので「やります」としか言いようがないんですが、その超短期間で辞めた人たちもそう言っていた、と言います。それもそうだろう、と思います。そういった人達と自分は違う! と言ってやりたいところですが、これまでのことを考えると……「わからない」というのが正直なところです。

ま、ともあれ「本当にやれるの?」と言ってきた会社の人に「やっぱりね」と言われないようがんばります。……あ、でも「頑張る」っていうと疲れて息切れするから、言わないようにします。長続きするように、上手に自分をコントロールします。
鈴木みのるというレスラーは、私がプロレスを見始めた頃は、かなり嫌いな人でした。私は小島聡さんから今のプロレスを見始めたので、最初はああいう「明るく楽しいプロレス」が好きだったんです。それに対し鈴木さんは「力のプロレス」。徹底的に相手を痛めつけ、おちょくり、勝った後はさんざん辛辣な言葉を叩きつける鈴木さんは、どうも合わないなあ……と思っていたのですが、ずっと見ているうちに、少しずつ好きになりました。

やっぱりプロレスに対する熱さとか、真摯さとか、そういうのが見えたからなんですよね。小島さんや棚橋弘至さんのようなレスラーも大好きなんですけど、より深くプロレスを好きになったのは、鈴木さんのおかげだよな……って。あと、「ワンピース」を読み始めたのも鈴木さんのおかげです。「鈴木さんがこんなに面白いっていうのなら、きっと面白いんだろうな」と思ったから。

『鈴木みのるの独り言100選』は、以前「週刊プロレス」で連載していたコラムの中から選りすぐりのタイトルを収録した単行本です。

文章のスタイルとしては、タイトルの通り、口語体です。あと名前がカタカナで表記されています(イノキ、マエダアキラ、フジワラサン……といった具合に)。ついでに言えば時々話題が脱線してしまいます。そういうのも含めて、とても面白い本です。たぶん鈴木さんのことが好きな人じゃないと読まないと思いますけど。


それを、面接15分前まで読んでいました。

なんでそんなものを……と思われる方もいらっしゃるでしょう。普通は面接対策本とか、そういうのを読むんじゃないの? ええ、ごもっともです。ですが、今更対策を講じて云々って話でもないでしょう。取り繕っても仕方がない。向こうは人を見るプロなんだから、小細工抜きのナチュラルスタイルでぶつかっていくしかない。その代わり自分をきちんとアピールし、採用不採用にかかわらず、やり切ろう。そう心に決めてきましたから。

そこで鈴木さんの言葉です。くだけた雰囲気ながら、その言葉は非常に重く、真剣そのもの。小島さんのプロレスは「楽しいプロレス」ですが、実際に私自身が困難に遭った時に勇気をもらったのは鈴木さんでした。おかげで面接でもあまり緊張せず、自分のこれまでとこれからを割とよくアピールすることができました。

そして……。
色々と堅い話をしようと思いましたが、直前に『鈴木みのるの独り言100選』を読み、「ま、そこまで難しく考えることもねえか」と考えなおしました。さらっと行きます。さらっとね。

今月はいったい何をしていたのかというと、就職活動をしていました。現在の職場に派遣社員として9年近く勤めましたが、今月いっぱいでファイヤー(解雇)となることが決定したのです。ビンス・マクマホンふうに言えばYou are fired! といった感じです。

まあ、組織改編で業務がもっと大きなセンタに集約され、私たち派遣社員は全員解雇になるだろう……という見通しは1年以上前からありました。だったら、もっと早い段階で行動を起こしても良かったのにと言われるかもしれませんが、何の取り柄もないゴミクズ同然の私を拾い上げてくれた今の職場の人達に対する恩義があったのでね。必要とされているうちはとどまって、やれるだけのことをやろう。そう思って、今の今まで続けてきたのです。

一応、新しい派遣先も紹介されました。先に人員削減で辞めさせられた派遣社員も同じ場所に行っているので、まあ、今の業務経験を生かして……といえば、そういうことなのかもしれません。

ただ、私は「もう、派遣社員は嫌だな」と思いました。

20代の頃はノーフューチャーというか、「派遣社員だろうとなんだろうと、仕事してお金もらえるなら何でもいいや」「というか、実質的にこの会社の売上に貢献しているのは、オレたち派遣社員だしね」という考えを持っていたのですが、結局、派遣は派遣。結局のところいいように使われて必要なくなったらポイ捨てなんだな……ということを実感しました。まあ、仕方がないんですけどね。いらないものは切り捨てる。当然のことです。


最初はいきなりフリーになって職探しをしようと思っていました。

それは派遣元の会社の所長に止められました。1時間ほど話しあった末、「どこか転職先が見つかったら即座に辞める」ことを前提に7月以降も派遣社員として働く約束をしたのですが、先ほども申し上げたように正社員の仕事に就きたいと思っていましたからね。だとしたら今月中にどこか見つけて、そっちをキャンセルするしかない。そう思って転職サイトに登録したりハローワークに登録したり。10年ぶりに履歴書も書きましたし、それをあちこちに送りつけてやりました。

「今は不景気だから正社員の仕事なんてないよ」

私が正社員の仕事を探している、という話をすると、周りの人たちはみんなそう言いました。なるほど、たしかにそうかもしれません。ただ転職サイトでもハローワークでも、少なくとも「どれにしようかな」って選べるくらい募集はしているんですよね。努力をしてぶつかっていく『マト』はあるんです。

こちらも10社や20社で足りるものとは思っていません。昔、島本和彦先生の『大熱言』という漫画で、

「二兎を追うくらいの気持ちじゃ一兎も得られねえってことよ!」
「おれの経験じゃ十兎追ってやっと一兎ってところだよ!」

といったことが描かれていました。登録した転職サイトからのアドバイスでも「転職成功者は平均20社程度受けています」と言われました。そうなると、私の場合は50社か60社くらい受ける気持ちじゃなきゃダメだな、と思いました。最初はとにかく場数を踏んで、勝負度胸? をつけなきゃいけないな、と。

1社目は……書類選考で失格。OKOK,予定通りです。

2社目は……書類選考なしでいきなり面接となりました。履歴書持参でちょっと来いという話です。い、いきなり? と思いましたが、上等ですよ。私も10年社会人をやってきましたからね。もし採用となれば長いお付き合いになることでしょうから、ちゃんと自分を見てもらおう。そう思いました。

とはいえ、やはり緊張します。こうなると精神のコアな部分を鍛える幕末小説よりも、今ある力を上手にコントロールするための比較的軽めの本がよろしい。というわけで私が手に取ったのが……『鈴木みのるの独り言』でした。

(つづく)


(※ 実は、当初入ろうと思っていた会社が「すでに募集を打ち切っている」と言われ、他になにか無いですか? とハローワークの担当者に言われた時、いくつかキープしていた求人票の「一番上にあったので」それを出した……そしてそのまま、10年も在籍することになった)
特集 「イママデノワタシ、コレカラノワタシ」 #1

このブログも8年ほど続けています。それ以前にホームページ上で公開していた日記は最古記事が2001年なので、13年ほど経ちました。

それだけ長いことやっていれば、たまに「ブログとは何か」といったことを考えたりします。

まあ、一言で表せるものではありません。例えばここで何かを書いても、後に自分で読み返した時「う〜ん、それだけじゃないんだよな〜」と思ってしまいます。記事を書いた後にアレコレと新しい発見があったりするし。だから、まあ、そういうのを全部書くのは無理でしょう。最近はそう思っています。


そういう前提で、今日の午前3時ころに思ったことを書きます。

一応、私の安否確認手段としての役割はありました。また、nkyさんをはじめとする誰かとのコミュニケーションツールとしての役割もあると思います。それから単純に「あの時どこで何をしていたっけ」というのを記録しておくツールとしての役割もあるでしょう。

でも、それはどちらかというと後付の理論です。初めから「そういうことをしよう」と思って書いたわけではない気がします。

じゃあ何なんだ! というと、「理想と現実のギャップを埋めたい」と思ったからじゃないかな。

遡れば小学生とか、その頃からずっと強烈なコンプレックスがあったんですよね。「お前には無理だ」「できるわけない」……そう言われたことも少なくないですが、どちらかというと自分で「これは無理だな」と思い込んでいた、というべきでしょうか。

だから、ゲームとか漫画とかが大好きでした。そして中学2年生の頃に角川スニーカー文庫の『パワードール』を読んだことをきっかけに、小説のようなものを書き始めました。とにかく自分の理想をぶち込んで。

このブログも、そういうのが源流にあります。思ったことをそのまま書いたこともありますが、基本的には思ったことに手を加えて、削り出しの彫刻を作るような感覚で書いています。


そういうわけで、私の精神の原木がしっかりしていれば、それを削りだす作業も楽しかったのですが、原木がボロボロの状態では削りだしてもいいものは作れない。そう思って更新を停止することがありました。今月に入ってからもそうです。今月はちょっと……もう、私の精神力だけで何とかなる範囲を越えて……狂気のような暴風に自分を見失わないよう踏みとどまるのが精一杯でした。

ようやく、その嵐も収まったようです。なんとか来月以降の暮らし向きもイメージができてきました。

そこで、7月以降このブログをどうするべきか? 考えた次第です。
かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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いぬがみ
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男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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