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こんばんは。

 お酒は止められているのですが

 いぬがみです(ビールに手を付けてしまいました)。


 今年もまた『戦場のメリークリスマス』を見ました。

 去年1回見ているのでおおよそのことは知っているはずなのですが。「一応クリスマスだから」ということで見たのですが。

 また、感動してしまいました。

 でも、ま、これってきっと――私がある意味、なんていうのかな。変な話なんですが、いわゆるフツーの人間じゃない(=結構ガチで精神障害)ことを認識させられたから、そちら側の世界に踏み込んでいくことができたから、ここまで感じるものがあったと思うんですよね。

 ここから、なんか、ものすごくわけのわからない話になります。






 いや自分は一応異性愛者なんですけどね。でも、理解できるんですよ。ヨノイとセリアズの間に生じた愛情。

 あくまでも「理解」なんですけどね。要するに私が「うーわデヴィッド・ボウイやっぱり格好いいわせおいなげ~!」って言って自分のナニをアレしてウンチャラカンチャラって実際的にそうするわけじゃなくて、十分に理性を働かせて。

 相手を理解し、受け入れ、お互いに尊重する。その程度の差であって、それはある意味素晴らしいことだと思うのです。

 でも道義的というか、社会通念上、やっぱり同性愛っていうのはアレなわけで。要するにホラ、こういうことですよ。

 

 そして、安全圏からそういう一般論をふるって自分は知識人常識人一般人ぶる人たちを叩き伏せて切腹させて戦死扱いにして家族に恩給を出させるような「力」がこの映画にはあるのです。あるような、気がするのです。少なくとも私の中に沸き起こった、そういう一般論を追い払うだけの力はありました。

 ……ハッ! すみません、ちょっと卒倒していたみたいです(BGM:種まく者)。違うんです、今回言いたかったのは、最初に見た時は特に気づかなかったところだ。このセリフ。


「日本人はあせってた。個人では何もできないのに集団になって発狂した。」
「個々の日本人を憎みたくない」


 ……そして集団の狂気から目覚めたヨノイ坂本教授には愛が芽生え、ハラたけし軍曹はメリークリスマスをロレンスさんに伝えたのです。個人対個人の感情を抑えることなく、隠すことなく、そのままに。


 あの戦争が終わってから70年ちょっとが経ち、映画の公開から35年が経ち、世界情勢も何もかもが違う2018年のクリスマス。この映画を見て思ったのです。

 今の私、および今の私が生きている世界も、結構危うい感じだなって。

 情報統制がない代わりに、というか逆に、情報が溢れすぎて、「自分だけが真実を知っている」と思っていないだろうか? その「自分だけが知っている真実」を錦の御旗に掲げて、正義をふるって、色々な物を批判したり糾弾したり懲役28年実刑判決そんな生ぬるい死刑にしろ死刑になっても死んだ人は生き返らないとか言っていないだろうか? とかと自戒する思いです。

 あと、韓国とか中国とかって国家レベルで言えば腹の立つような報道がされるけれど、個人レベルで言えばそうでもないというか、その人そのものを「韓国人だから」とか「中国人だから」という理由で憎めないんですよね。それは私が中国嫁を貰う前から思っていたことです。大体日本人だって全員が全員安倍政権を全力支持しているわけじゃないでしょう? 個人レベルで言えば、また違うものだと思うんです。

 そろそろ酔っぱらってきたので、その勢いでセリアズとロレンスを解放したハラ軍曹をイメージしながら、ここから先はお読みください。こんや、わたし、ふぁーぜるくりすます! アハハ、ハハ、ハハッ!!

 つまり――これは私がここ数年ずっと大事にしてきたことなんですが――国レベルと個人レベルでは、話が違ってくるっていうことですよ。

 「中国が日本に対して……」とか「韓国が日本に対して……」と報道される様々な政治的なこと。それは私が日本人だからっていうことを差っ引いても、ちょっと違うんじゃないかなと思うことがあります。テレビのニュースとかで言っていることを真に受ければ、ちょっと腹が立つこともあります。

 でも、個人レベルで言えば、また違ってくるわけですよ。ウチの嫁だってメイドインチャイナですけど、こんな精神障害者でポンコツ極まりない私を愛してくれています。ウチの兄者が嫌韓ブーム真っただ中の時期に仕事で韓国に行った時も、個人レベルで向こうの人と仲良くして散々マッコリでブテチゲで「맛있어요(マシッソヨ=おいしい)」と言っていたといいます。

 劇中の大部分でのちのアウトレイジよろしく乱暴ばかりするハラ軍曹や、言うことを聞かないために「斬る……!」と決心し衆人環視の前で敵国の士官を惨(斬)殺しようとしたヨノイ大尉も、もしかしたら――もしかしたら、ですよ。

 心の中、個人レベルでは決して口にすることのできなかった、人間として自然に発するであろう「友情」または「愛情」を、「帝国軍人」としてそうしなければいけない! という理性で無理やり押し殺していたのかもしれない……そして、その縛りがセリアズまたはロレンスによってほどかれ、終盤の展開になだれこんでいったのかもしれない……と思うのです。もうビールがなくなったから梅酒をボトル直飲みで行ってますよハラ軍曹ですよふぁーぜるくりすますですよアハハ、ハハ、ハハッ!



(イメージ画像)


 ……ああ、そうか。きっとハラ軍曹は、こんな気持ちだったのかなあ。

 もちろん劇中では、相当イヤな人ですよ。何かといえば容赦なく暴力をふるうし、わざわざ切腹という処刑方法を強要するし、「何でお前は死なないんだ」「日本人なら捕虜にならずにさっさと自殺(自決)するぞ」とロレンスさんを散々なじるし。でも別な場面になると、切腹させるのは本人の面目を保つため(≒恩給など、遺された家族が生活に困らないようにするため)という配慮があってのものだし、「私がやったことはほかの人がやったことと同じだ」と命乞いにも自己弁護にもとれるようなセリフを言うし。

 戦争が終わってハラ軍曹がハラさんという一個人になったのか。それとも戦争中はずっと押し殺していた本心が、友人として心許していたロレンスさんと再会してポロッと本音を漏らしたのか。どちらにしても――たといそれが1946年時点で心変わりした結果だとしても――ハラさん個人の気持ちだったのでしょうね。

 はい、まとめますよまとめますよ!(残り理性:13%くらい)

 結局、そういうことなんですよ。映画を見ている以上、私は帝国軍人でもイギリス軍人でもオランダ軍人でも朝鮮人軍属でもありません。映画は1942年現代は2018年。あくまでも映画を見ている第三者です。

 だから言います。私はハラ軍曹もヨノイ大尉もロレンスさんもセリアズも好きです。みんながみんな好きです。誰に特別に肩入れするつもりもなければ、どこの国に特別に肩入れするつもりもありません。ただ第二次大戦中の俘虜収容所という特殊な環境で……

 それでも!

 人間は人間らしさを喪うことはなかったし、それでいいのだと。そう思いました。

 終わりで~す! (三四郎の小宮さん風力づくオチ)
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かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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プロフィール
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いぬがみ
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性別:
男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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