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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
おはようございます。

今度こそ久しぶりの2連休

『森のキュイジーヌ』管理人のいぬがみです(今は花巻ホテルに出張中)。


仕事のほうは相変わらず23時24時までの勤務ですが、それに関しては何も言いません。仕事に関して感じたことは、非公開ローカルファイルとして保存しているテキスト、あるいは手書きのメモ帳にすべて書いているからです。

だからこそ、こっちのブログのほうは少々おろそかになってしまったのですが、だからこそ。こっちでは思い切り趣味の話をしたいと思います。そう写真です。

といっても、まだαスイートの中に撮りきれていないフィルムが残っているので、α―7+AF24-105mmF3.5-4.5(D)のミノルタ時代最後のミレニアム標準セットでの撮影行は実施できないのですが。

もっとも、「とりあえず」ハードオフのジャンク品コーナーで540円で買った適当なレンズで撮影したものはあります。ちょうどその日は盛岡城址公園(別名:岩手公園)でイベントがあり、誰かの食べ残した焼き魚をもさもさ食べている黒猫がいたので、それを15枚くらいね。

久々のAF撮影だったので、基本的にカメラのピントが合ったらバシバシ撮りました。そうやって仕上がったところ・・・・・・あれれ? なんかピンボケ気味の写真ばかりだ!? おいおい、やっぱり雑にぶっ転がっていたジャンクレンズじゃこんなものか? それともやっぱり機械任せじゃダメなのかな? とかと、いつものようにカメラのせいにしようとする責任転嫁野郎の私。

いや、もちろんカメラは機械的にきちんと判断してるでしょうから、最終的にシャッターを切る私の判断ミスであることは言うまでもありません。ピントが合っているのは間違いないのでしょうが、「どこにピントを合わせるのか」がダメだったんでしょうね。

たとえばゲーム機・・・・
ゲーム機はソフトを映す機械(ハード)だよナ
ソフト次第でAにもBにもなれる・・・・

パソコンもそうだろ ソフトあってのハードだ
ソフトがなければただの箱だ

でもカメラは違うだろ やっぱり・・
いくらCPU制御が進んでいっても 結局ソレはサポートだろう?
カメラを動かすソフトは ドコまでいっても撮り手じゃないのか・・
今も昔も そしてこれからも
撮り手次第だろう・・

(湾岸ミッドナイト32巻収録 「CALL(指名)」よりコピペ改変)


 *


 そんな中αスイート発売当時に日本カメラ社から刊行された「α-sweet写真入門」という本で、写真日記の薦める記事がありました。日常生活の中でふと気にとまった光景をパチリ。他人からしてみれば他愛のない、「なんじゃこりゃ」と超~テンションの低いジーパン刑事のようなリアクションをされるような写真でもいいんだ、数年後に自分が後で見返して「ああ、そういえばこんなんだったっけ」と思えればいいんだって。そういうことをおっしゃっているんですね。

 すなわち「感じたままに写す」。

 今でこそスマートフォンで手軽に撮影できるから、私もやっているのですが、これをフィルム時代にやっていたら、結構コストが大変だろうなと思いました。あるいは1998年当時であれば、私もフィルムは部の備品をほぼ無限に利用できたので、そういうのも気楽にできたかもしれませんが。

 別に誰かに言われたからやっているわけではありませんが、そう、写真はそこまで構えなくてもいいんです。まずは気軽に、感じたままに撮る。それでいいんです、きっと。そうしているうちに自分で「もっと上手に写真を撮りたいな」と思うでしょうから。そうすれば、いわゆる写真入門書に書かれているような理論もフムフムと消化できるでしょうから。

 ここまで来るのに随分と時間がかかりましたが、ようやく少しずつ写真が楽しめるようになってきた。そんな今日この頃です。

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