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大好きなアートと文芸関係、それに仙台を中心に私が見た日常のことを書いています。時々頑張って大体のんびり。もさらくさらの18年……。
おはようございます。

 Be yourself no matter what they say

 いぬがみです(トーストは両面焼きですけど)。


 と、いきなりEnglish man in New Yorkで始まりましたが、今日はそういうことではありません。というか、本来であればこうして公開するような話でもないのですが、一応何かしら書いておきたいので書きます。

 ええ、というのは、別に世界に対して何かを発信するわけではなく、ごく個人的な気づきの話なんですけどね。

 まあ、それでも、どこでどう誰の心に作用するかわからないですし。スタローンも俳優のオーディションには落ちたけれど、その去り際に「ところで脚本があるんだけど」と言い出したことから『ロッキー』が日の目を見て、人生が大きく動き出したわけですから。


 今月に入って「ラブライブ!サンシャイン!!」の映画を3回も見てしまいました。

 別に週替わりの特典をコンプリートしたいというわけではありません。本当に映画が好きで、あるいはアニメの女の子たちが好きで、その物語の世界に行きたいと思うからそうするのです。それにしたって、物の半月で3回も映画を見に行くなんてことは初めてです。もはや狂気と言ってもいいでしょう。……って、そこまで強迫神経症的なイメージではないのですが。映画を観るのだってタダじゃないしね。

 何でこんなに好きなんだろう。女の子がかわいいから? そりゃ~そうですよそうに決まってるじゃないですか。

 でも、それだけじゃないんですよね。

 そこで今日のテーマ。たぶん私がこうも好きな理由は、物語が「女の子の物語」だからなんだろう、と思うのです。――逆に言えば、私がかわいい女の子に一瞬目を引かれながらも直後に激しい拒絶反応を覚えスゴスゴと遠ざかることが多かったのは、その女の子と私の間に物語の担い手たる男子がいるからだと思うのです。ズギャーン!

 ハイ、だからといってオール・オア・ナッシングというわけではありませんよ。よくある実用書とかタイトルばかり長いライトノベルじゃないんですから、主人公が男だから全部ダメだってわけじゃありませんよ。感情移入しやすい男性が主人公なのであれば、それは面白いです。そういうの、たくさんあります。でも、感情移入しづらい男性が主人公なのであれば、それはダメです。特にそういう人物が一人称で地の文を書いている物語とかそれを原作にしたアニメとか、そんなのはまったくもって拒絶反応です。そんな奴ァ2秒で排除です。遅れた奴は脾臓送りです(byキラーT細胞さん)。

 このテーマ、これから色々と考えていきます。そして気付いたことをその都度書きます。だから今日はあまり長くならないうちに締めくくります。

 早い話が、女の子が主人公の物語に余計な男はいらないってことです。

 少女漫画の主人公の女の子が作中のイケメン男子に恋をして云々というのはよろしい。それは自然な流れですから。

 ただ、一応男性向けのカテゴリにある、女の子が主人公の物語であれば、男子の存在は邪魔になってしまうような気がします。そういう要素いらないから。女の子がその世界で特別純米大吟醸に躍動していれば、見ている私は勝手にヒートゲージが上がってバーニングしちゃいますから。まあ慎み深いμ’s以来のライバーたる私は、光る棒切れを往来で振り回すようなことをせず、精神世界で飛んだり跳ねたりするわけですが。

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