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こんばんは。
 
 「スターウォーズ」見ましたか
 
 いぬがみです(金曜ロードの方ね)。
 
 
 なんだかんだで「スターウォーズ」結構見ましたね。
 
 といっても1と2は飛ばし、5はちょうどその時テレビの前にいられなかったので、今のところ3・4・6といった具合なんですが。それでも結構、見た方じゃないですか。
 
 我々の世界における最初の作品であるエピソード4なんかは、映画よりも先にファミコンソフトでその世界観に触れましたからね。R2-D2とかC-3POとかダースベイダーとか、そういうキャラクタは知っているけれどストーリィがわからないので、何でステージ1でR2-D2がヘンテコな連中に連れていかれるのか? さっぱりわかりませんでした(これはメガドライブ版『アラジン』も同じパターンでした)。
 
 当時と違って今はインターネットによる情報があふれまくっていますから、わからないことがあれば検索し、まとめサイト的なものを参照し、自分でストーリィを補完。合間にローグワンなどの外伝的物語を挟みつつ、今回地上波初放送となったエピソード7を見た次第です。まあ劇場で見たので2回目なんですけどね。
 
 地上波ということはコマーシャルによる収入が絶対的に必要ですからね。どのタイミングでCMを入れるのかは、視聴者がどう思うかというよりもスポンサーがどう思うかの方が大事なんでしょうからね。そう思えばこそ、あえて感じたことを胸にしまっておけるというもの。何もしないでテレビをつけていれば映画が見られるんだから、それだけでもありがたいと思えってことなのでしょう。ええ、わかります。
 
 
 今日はそんな感じですね。
 
 今日は休みだったのですが、基本的には祖母の通院の送迎に従事しました。
 
 その後、これといった目的もなかったので、「何かしら、いい写真が撮れそうな場所はないかな」と思索をめぐらすこと幾星霜(そんなには経っていない)。
 
 私が車を走らせたのは、なぜか私が卒業した中学校のある場所でした。じつに20年ぶりになります。
 
 私の人生の中でも最大級に感受性むき出し・触れるものみな傷つける・中二病でも恋がしたい時代を過ごした母校とかつての自宅の間は、いわゆる盛南開発というものにより「ものすごむっちゃくっちゃ」(by東大通)変わってしまいました。一回ICBMか何かが落ちて更地になり、そこに新しい街を作りました……ってくらい変わりました。
 
 ただ、「の間」とわざわざ付け加えた通り、中学校の周辺は変わりありません。昔と同じく田んぼに囲まれた陸のアルカトラズ島的な立地です。そして当時の通学路についても、かろうじて面影を残すエリアは残っています。
 
 そこで、ちょっとした「ごっこ遊び」のようなことをしたのですね。――すなわち、20年前、1997年からタイムスリップして来た男のふりをして、「確かここに、これがあったはずだが……」とかっていうのを、我が愛機ペンタックスSPとともにたどるという遊び。地道に歩きながら、少しずつ少しずつ埋めていく作業というのは極めてパーソナルなことであり、過去現在未来すべてにおいて私以外の人間にはどーでもいいことであると思うのですが、私にとっては非常に大事な作業でした。
 
 なぜかといえば、昔の私は、とにかく過去を切り捨て切り捨て生きてきたから。
 
 「過去は関係ない。現在を、そして未来を」
 
 そういう言い方をすれば、とてつもなくポジティブなように思われるかもしれませんが、結果的には何も積み上げることなく、ただただ漫然と時間を浪費して来ただけなんです。
 
 もちろん中学時代の思い出を振り返ってみると、あまりいい記憶はありません。どちらかというと、忘れてしまった方が楽な記憶が多いのかもしれません。
 
 でも、こないだ書いたように、やっぱりこれがHOMEですから。こういう時間があったから、今の私があるわけですから。
 
 話が長くなったので、いったんここで打ち切りますが、最後に一つだけ。
 
 我が弟のように、仕事も彼女もなくして、生きる理由を見失っている人たちに向けて。まあ、酔っぱらいの戯言と思って聞き流してもらっても結構ですが、発信するだけします。「なんだか面倒くせえな」と思われる前提で書くので、ここから先は読まなくても結構です。
 
 
 
 
 あなたが今、あるいはこれから直面する嫌なこと、つらいこと、苦しいこと――それって実は、生きるエネルギーになります。
 
 「逃げたい」「辞めたい」「死んでしまいたい」
 
 そう思うことは否定しません。もちろん、本当に死んでしまったらダメですよ。どうしてダメなのかというのは、これまた話が長くなるのでまたの機会に回しますが。
 
 その前に、逃げたくなるような辞めたくなるような死にたくなるような今をめいっぱい生きてほしいんですよね。
 
 私は中学生の頃、そう思って生きていましたから。這いつくばって泥をなめてでも、生きられるところまで生きてみようって。泥水をすすって体調を崩して死んでしまうのなら、それはそれで仕方がないけれど、泥水をすするだけの元気があるならまだ大丈夫だろうって。
 
 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という言葉もあります。
 
 そうやって生き延びた時、その経験が必ず力になります。
 
 「なんだ、こんなことか」「それだったら、前にもあったな」「別に(自分の意志と関係のないところで)死ぬわけじゃねえし、それならまあいいか」そうやって、乗り越えられます。
 
 最後の最後まで生き延びようとして、それでも力尽きてしまったのなら、それは仕方がありません。
 
 でも、その「最後の最後」がどこなのか。特にフォースに目覚めていない私たちには、なかなかわからないことですからね。
 
 だったらば、生きられるだけ生きてみよう。言い換えれば「人間は、どこまで生きられるのか」それを追い求めてみよう。そうすればいいじゃないですか。
 
 
 だって、いま、生きているんだから。
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かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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いぬがみ
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性別:
男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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