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こんばんは。

 過去を振り返り涙ぐむ余裕があるなら

 いぬがみです(それだけ明日見つめよう)。


 すべてアルフィーの歌の歌詞です。

 この歌を聞いていたのが、記憶の中では1995年から1996年。私が中学2年から3年の頃です。

 その頃ちょっとだけ、いわゆる「音楽」というものに興味を持ち、アレコレ聞いていたのですが、うちの兄者がどこかでCDをレンタルしてカセットテープにダビングしたものを聞いたりもしました。ユーミンとかサザンとか尾崎豊とかアルフィーとか、私の心のコアなところにある音楽がちょっぴり古いのは、そういう影響があるのでしょう。

 年齢を重ねて改めて聞いてみると、歌詞の深みや温かみをしみじみとかみしめつつ、その歌詞にセンチメンタルに感じ入っていた中学時代の感情が同時に去来します。

 それがとても心地いいのです。

 1995年、1996年。それは私にとって必ずしも幸福なことばかりがあった時代ではありません。正直、つらいこともたくさんありました。あまり思い出したくない出来事もいっぱいあります。

 でも、それを37歳の「大人の理性」で抑えつけ、余計なものを排除し、おいしいところだけを引き出し味わう。そのためのキーのひとつがアルフィーであると思います。

 明日早いので今日はそろそろ休みます。この話はいずれまた。
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おはようございます。

 今日も一日、聖霊様の加護のあらんことを

 いぬがみです。


 ホームページの古い記事として今も遺しておりますが、10年ちょっと前、私は心療内科に通っていました。「パキシル」「メイラックス」といった薬を常時服用していました。この薬は非常にてきめんで、「FLAT FEELING」という言葉はその薬が効いている時の夕凪のような心境をそのまま表したものです。そんな感じでした。

 その後、薬を飲まなくても何とか生活できるようになり、13年くらいが経ちました。

 最近はどうも、良くない気がするのですよね。

 酒もたばこもしょせんは一過性のもの。中枢神経に穏やかに効く薬が必要になってきました。

 ただ飲みたいわけではありません。そうしないと仕事に支障が出るようなレベルまで来てしまったのです。

 すでにこの業界に入って4年。それだけ経つのに周りからは「何も変わらない」と思われる苦難。年齢的にもそれなりなのに、いつも同じようなミスばかり……。

 
 そんな中、ADHDという言葉を知りました。私はよくPTSDとかACDCと間違えてしまうのですが、

 「もしかして、おれはこれなんじゃないか」

 セルフチェックを経てそう思いました。何をやってもダメなのは、きっとそのせい。

 だから仕方がないというわけではありません。原因がわかれば治療する方策もあるし、自分でも「これはこういう感情なんだから、こうすれば大丈夫」と抑えつけることもできます。それに関しては、この日本国内向けのブログではあえて言明しませんが、強い心のよりどころがあります。LAWがあります。そのために私は道を誤らないよう慎重に歩いていかなければいけないのです。



 しかしながらサタンの妨害、はたまたゼウスの妨害(参照)は日に日に強さを増しており、「まずい」「自分でもコントロールできない」そう思ってしまう時があります。それは私の信仰の足りなさゆえであり、湖に沈みかけた頃のペテロの如くであります(マタイによる福音書14章22節~33節を参照)。イエズス様もこんな私に「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」とおっしゃることでしょう。

 ただひたすらに信仰を深めていく。それは今後も変わらない信念でありますが、それ以外にも何かしら助けを得られるのなら求めたい。そう思ってADHDの相談を受けてくれそうな盛岡市内の精神科・心療内科に片っ端から電話をかけまくり、返事を待っている今日この頃です。
おはようございます。

 僕が僕らしくあるために

 いぬがみです(尾崎豊さんは「僕が僕であるために」)


 長年探し求めていた「ALFEE BEST COLLECTION」がツタヤ十和田店にあるのを知り、さっそくレンタルしてきました。そしてそれと同時に、なぜか槇原敬之さんのベスト盤もレンタルしてきました。

 特別に槇原敬之さんが好きだというわけではありません。というか、どちらかというと好きではありません。「自分はダメな人間だけど何とか頑張ってるよアハハン」と平日の昼間の街中で微笑みを浮かべている成人男性のようなイメージと言いましょうか。アレだ村上春樹氏の小説を読んだ時と同じような、むずがゆさと心地よさを感じたんです。そう、なんか心地よく感じる要素があるから嫌いと言えないし、こうしてCDをレンタルしてきてしまうんです。

 好きでもないのにどうして? と言えば、やはり私も槇原敬之さんの歌がある世界を生きてきたから。ウチの兄者が「どんなときも」の8cmシングルを買ってきた時はひそかに再生していたし、「冬がはじまるよ」は小学校の音楽の授業で歌ったし(今思うと、なぜ? という気がしないでもありませんが)、そのほかにも歌詞で気を引く歌がたくさんあります。

 そう、すごく言葉を大事にするアーティストだなという印象です。その部分は、好き嫌いとは別にすごく評価している部分です。いいことだなあ、って。

 結局、槇原敬之さんの歌をトリガーにして1991年にたいむとんねるするわけですよ。だから別に、そんなに槇原敬之さんのことが好きなわけじゃない……はずなんですが……。


 ……今まで聞き流していたものをきちんと聞いて、歌詞の内容をしっかり理解して、いいか悪いか決めようとしている。それだけです。べ、別に好きになったりしないんだからね! (よくある言い回し的オチ)
こんばんは。

 改めてアルフィーと向き合う今日この頃

 いぬがみです。


 落ち込むというわけではないんですが、何となく気持ちがズシリと重い今日この頃。やっぱりバイクの免許取得にあたり「うまく行くかな」という心配があるからです。もちろん参考書も買ったし、バランス感覚を養うトレーニングもしているし、やれることはすべてやっておこうとばかりにやっているので、不安――とは、ちょっと違う気もしますが。

 でも気負い過ぎて、結局うまくいかなかったですからね。今度は落ち着いていかないと。


 そんな心境でも聴けるのは、アイドルでもアメリカンロックでもなく、ピアノでありアルフィーでした。ピアノっていうか、ジョヴァンニ・アレヴィっていうイタリアのピアニストが弾いている楽曲、というべきかな。

 そのジョヴァンニ・アレヴィについてはまた改めて書くとして、今日はアルフィー。

 

 この曲、ずっと好きだったわけじゃありません。と言って嫌いだったわけでもなく、単純に忘れていたのです。

 でも、youtubeで聞いて、中学生の頃うちの兄者がどこかで借りてきてカセットテープに録音したものを聞き、あまりに感傷的になりすぎて泣いてしまったのはコレだったな、ということを思い出しました。

 そして今の私には、どんな歌よりも響くのです。ミュージシャンという言葉を「バイク免許取得」に置き換えて。

 多分これからもっともっと、つらくて長い道のりがあるでしょうけど、そんな時はこの歌を聞いて自分を励まし、夢に向かって頑張りたいと思います。

 
 なお、もう一つのキーワードは「勝つまでやる」ということです(これは「安堂ロイド」というドラマの中のセリフです)
おはようございます。

 冷静と情熱

 いぬがみです。


 あまり気持ちが高ぶりすぎるのはよくありません。私の場合、自分ではどうしようもないレベルまで高まってしまったので、仕方ありませんが。

 そうしたところぶつかった現実の壁。あるいは物理の壁。

 生まれて初めて乗った自動二輪は散々でした。

 グリップの握り方、目線、その他もろもろ。今現在バイクに乗っている人はもちろん、ほとんどの人が意識することもなく乗り越えられる小さなギャップにつまずき、そのたびにアレコレ悩むようなレベルですから、運転なんてお話になりません。

 初乗り、初コケ、初引き起こし。そんな感じでした。

 今のままでは免許取得はおろか、一段階修了はたまた一時間目修了さえめどが立っていない状況です。


 しかしながら、全く気持ちは弱くなっていません。

 すごく悩んでいる、気持ちが晴れない。そういう状況ではありますが、考えのベクトルは、

 「いったい、どうすれば上手に乗れるようになるのか」

 その一点に向かっています。

 あまり、こういうオープンな場所で書くことはしませんが、今の私はそんな感じで頑張っています。

 酒もたばこもしょせん一時のまやかし。本当に心の支えになるのは「信じること」。何を? それは――。

おはようございます。

気持ちがたかぶって眠れない

いぬがみです(0時半就寝4時起床)。


 すでに主流煙の通る場所に鈍い痛み・違和感を感じ「やめたい」と思っていても、気を落ち着けるため煙草が欠かせない私。酒もたばこも、一時的な気晴らしにしかならないことはわかっているのに…。
 
 って、まあそれもこれも、実際に動き出すまでの辛抱だと思うんですけどね。
 
 つまり、今日まで。以前もそうだったし。
 
 
 そのことを手伝うため、今日はちょっと私の話をします。って、このブログ、ずっとそんな感じですけど。
 
 
 バイクに対する「憧れ」は、ずっと、ありました。
 
 四輪に関して言えば、市販車の面影が1ミリもないフォーミュラカーや最近のハイブリッド云々はともかく、昔から好きでした。それと同時に知識やコダワリも人一倍あります。市販車からモータースポーツまで。
 
 日産R88Cとトヨタ88C-Vを、カラーリングだけでなく形を見て、一目で見分けることができます。



 ところが、同じ時代のホンダNSR500とヤマハYZR500(OW98)について言えば、このロスマンズとマルボロのカラーリングがなければ、見分けることができないでしょう。



 それは現代のRC213VとYZR-M1に関しても同じです。選手についても「バレンティーノ・ロッシっていう人がメチャクチャ速いらしいな」ってことくらいしかわかりません。

 それはたぶん、興味がないというか、「自分にとってあまりにも身近でなさすぎる」から、なのかもしれません。


 そんな私の心にスナップオンで強烈な一撃をくらわしたのが、2013年に読んだ郁子匠さんの小説『レーシング少女』でした。

 (参照)

 これ以来、すべてのライダーに対して「自分にはできないことをやっている人たち」という憧憬を抱くようになりました。男性女性関係なく。特にモータースポーツに参加している人に対しては女子高生だろうと何だろうと素直に、心からガンバレの思いをぶつけるようにしました。



おはようございます。

人生で一番面白いコトは「恋愛」

いぬがみです(『湾岸ミッドナイト C1ランナー』より)


 そして恋愛の醍醐味は次々と相手を変えることらしい
 
 つまり次々と続く連鎖の形にハマるワケだ
 
 そーゆう連鎖を生む商品ほど魅力も大きい
 
 ・・・・
 
 知らなければそれにこしたコトはない
 
 でも 手にした以上もう仕方がない・・・・
 
 
 2018年7月4日、いぬがみ37歳になりました。
 
 そして、この夏、大きな一歩を踏み出します。
 
 

 小型二輪免許、取りに行きます!
 
 このチューンドバイクを、思い切り走らせます!
 
 (AF55改0.58L仕様→原付2種扱い)
こんばんは。

 今日は神様の話ではなく歴史の話を

 いぬがみです(とりあえず教会には行ってきました)。


 今日は十和田警察署に遺失物を引き取るため、あえて実家には帰らず十和田市で過ごしました。

 用事を済ませ、昼飯を市内の老舗食堂「いずみ食堂」にて食べた私。ちょっと前まで「ラーメン350円、カレーライス450円、日替わり定食600円」という昭和なリーズナブルメニュー(でもおいしい)だったのですが、今日行ってみたら全体的に価格改定がされており、今後はちょっと考えなくちゃいけないなと思った次第です。まあ折からの原材料高騰など、やむを得ない措置だということは重々承知でありますが。

 さて、そのあとどうするか。とりあえず今日は一日フリーだし……ということで、結局ポケモンGOの旅。気づけば3時間くらい街中を歩きまわっていました。その間にゲーセンに行ったり煙草を吸ったり教会でお祈り(のち休息)をしてみたり。すみません15分くらい聖堂の椅子で眠ってしまいました。

 さて、そろそろ戻ろうかと思った矢先でありますが、通りすがり、現在の中心地(官庁街通り)から少し離れたところにある新渡戸記念館に行ってきました。

 ここは国際人として旧五千円札の肖像にもなっていた新渡戸稲造博士の祖父であり、十和田開拓の祖でもある新渡戸伝(にとべ・つとう)翁のことを紹介する施設です。言ってみれば現在の十和田市を作った、街にとっては最重要な人物であるはずですが、2015年に建物の耐震強度が基準を満たしていないということがわかり休館。その後速やかに取り壊されて資料は散逸、バラ焼きと現代アートの街として発展する陰で、旧い歴史は闇に葬り去られる……はずでした。

 しかしながら、その急すぎる展開にストップをかける有志の人たちが無償で建物を守っていたのでした。私はちょうど休館措置が取られた直後くらいに十和田に来て、その表記を見てあきらめていたので、中を見ることができたのは非常に良かったです。


 中は……ちょっと薄暗くて、展示ケースの蛍光灯もチカチカしてたりして、なかなか手が行き届かない状況なのかなという感じです。まあ、先ほども書きましたが、無償でやっているわけですからね。入館料とかも特になかったし。

 しかしながら、そんなことはどうでもよろしい。中には新渡戸家に代々伝わる甲冑、稲造博士が寄贈した「新渡戸文庫」、さらに直筆の額(日本語、英語、ドイツ語など色々ある)などなど。稲造博士を先人とあがめる岩手県盛岡市の人間としては、実に嬉しい限りです。


 「これは、守らなければいけない」


 そう思った次第です。

 ひとまず、ひとりでも多くの人に現状を伝えたくて、急ぎブログを書きました。

 Eile nicht, Weile nicht.

 (いそぐことなかれ ふみとどまることなかれ)
こんばんは。

 暗いと不平を言うよりも

 いぬがみです(BGM:例のテーマ曲)。


 今の仕事が「自分に向いていない」とか何とかかんとか――とにかくネガティブな考えしか浮かばないとしても、「どうなってもいいや」と言って壊してしまうのは、良くありません。

 私はギリギリのところで踏みとどまることができました。

 それは私を超絶厳しくしかりつけた上司のおかげ――というか。

 もっともっと上位にいる方のおかげだと思います。

 「このような終わり方をしてはいけない」

 心の底から、そう思いました。

 私はいずれ、この場所から離れることでしょう。しかし、今までやってきたことをすべて打ち壊して、失意とがれきの中に消えるのは、最善の未来ではありません。今はとにかく心のともしび。進んで明かりを付けましょう。ピッポッポーピロリロリロピッポッポー♪(例のテーマ曲)。


「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」  ペテロの手紙第一5章7節


 ONE LOVE 神に感謝
こんにちは。

 信仰のある人は、無い人より強い

 いぬがみです。


http://seishonyumon.com/coach/509/


 悪いところがない、疑うところのない存在を信じる。それは誰にも何にも負けない強さです。

 誰に何を言われてもいい。ただ神の御言葉に耳を傾け、それを受け入れる。

 そうすれば、きっと大丈夫です。

 
 ONE LOVE 神に感謝。
かつて、とある戦場カメラマンは「こんなのニュースになりっこない」と思いながら、ありふれた日常風景をフィルムに収めていたと言います。それは非日常的な世界を追いすぎるあまり糸の切れた凧のようになりかねない自分をつなぎとめ、取り戻す作業であったと言います。
           
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プロフィール
HN:
いぬがみ
年齢:
37
HP:
性別:
男性
誕生日:
1981/07/04
職業:
一応、給与取得者
趣味:
ドライブ・アニメ・ゲーム
自己紹介:
 岩手県に生まれ、岩手県に育ち、岩手県に住む、純粋いわてっ子です。これからも岩手に生き、岩手の人たちのために頑張っていきたいと思います。
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